エージングというとスピーカーやヘッドフォン、イヤフォンなどで、使っているうちにだんだん音が練れて良くなり、聴くのが楽しくなってくる現象だ。音の出口ばかりでなく、アンプやケーブルでもある。

 これが人間の声でもありうるのではないか、と奈加さんの歌を聴いていて思った。奈加さんの歌を聴きだして5、6年だが、ここのところ、声が変わってきたように感じていた。

 歌においての声はもちろん声帯から出る生来のものだけではない。舌や歯や唇やの作用も入っている。発声だけでなく、言葉の発音が融合している。唄う声にエージングがあるとすれば、声帯がその歌に合うように練れてくるだけでなく、舌や唇の発音もまた練れてくるのだろう。

 その効果が明瞭に聴きとれたのは最新作の《Slow & Flow》で、タイトルどおり、テンポをできるだけ落として、ゆっくりと唄われる言葉がそれは快く響く。

 聴いていて気持ちが良いというのは、実のところ、聞き手にとっては最高の体験だ。どんなに美しい声で唄われても、1曲聴けばもうたくさん、ということもありえる。しかし、この日の奈加さんの声は、とにかく、ずっと浸っていたくなる。おしゃべりはいいから、早く唄ってくれ、あの快感に浸らせてくれ、と言いたくなる。

 アイルランド語の歌で快感がとりわけ大きい。奈加さんの声は「イ」の音でよく膨らむ傾向があって、それが少し低めの中音域にかかるとさらに膨らむ。それがうまい具合にここぞというところで出る。もう、たまりまへん。

 今回はピアノの永田さんと二人だけで、これだけシンプルな編成も初めてだ。永田さんは2曲ほどピアニカを使ったりもするし、1曲、〈Tell Me Ma〉で、お客さんの一部に鈴のパーカッションの協力を仰いだりしていたが、それでかえって二人だけの時の、贅肉を削ぎ落としたどころか、ほとんど骨と皮だけの歌の凄みが浮かびあがる。空間に奈加さんの声が屹立する。それが、とにもかくにも、気持ちよいのだ。

 英語の発音も一段とナチュラルに、ネイティヴに近く聞える。日本語訛で唄われるのが味になることもあるが、やはりその言語本来の発音で唄われる時、歌は最も生き生きする。このことは、先日の古川麦氏の歌でも実感した。奈加さんは古川氏のようなバイリンガルではないが、精進すればここまで行けるのだ。

 最近、アイルランド大使館からお呼びがかかって、大使館のイベントで演奏することが多いそうだが、ネイティヴが聴きたいと思うところまで、奈加さんの歌が到達しているとも見える。

 面白いのは、後で聞いたら、ご本人は今日は声の調子が今一つと思いながら唄っていたそうで、それでもあれだけ気持ちよく響くのは、それだけ高いところまで行っているとも見えるし、音楽という現象の玄妙なところでもある。(ゆ)