内藤希花、城田じゅんじ& Alec Brown @ 大倉山記念館、横浜
この会場への登り坂の急なことはいつも感心する。初めて行ったときには驚いた。横浜でもずっと南の港の見える丘公園のあたりも急な坂が多いけれど、ここのはずっと長い。つまり高い。帰りは遠くまで一望できる。視界が良ければ海も見えるか。今回はその入口近く、公園の手前の線路に沿っているところに何軒もマンションができていて、ここの住人は毎日この坂を昇り降りしているのかと、またまた感心する。健康には良いかもしれない。実家が建っていたのは丘の中腹で、下のバス道路から入る坂は相当に急だったが、その丘には長生きの人が多かった。
2月に吉祥寺で内藤、城田のペアに高橋創さんが加わった形で見た時に、最近、チェロを入れたトリオでやっていて、6月にまたやると聞いて楽しみにしていた。フィドルとギターのペアにもう一人加えるとすればチェロがいいと内藤さんは思っていたそうだが、これにはあたしもまったく同意する。アイリッシュの Neil Martin やスコットランドの Abby Newton、アメリカで Alasdair Fraser と組んでいる Natalie Haas といった人たちはチェロでケルト系音楽を豊かにしてくれている。わが国でも巌裕美子さんが出現してくれた。
あたしの場合、まずチェロの音が好きなのだが、内藤さんはどうやらまず低音が欲しかったらしい。コントラバスではどうしても小回りが効かない。そりゃ、ケルト系の細かい音の動きをコントラバスでやるのは、ジャコ・パストリアス級の天才でもムリだろう。そこでチェロを考えていたのだが、ケルト系をチェロでやっているのは、今のところ上記の4人でほとんど尽きてしまう。
たまたま YouTube でアイルランドでのセッションの動画を見ていたら、チェロで参加しているやつがいた。あたしが訳した『アイリッシュ・ミュージック・セッション・ガイド』によれば、セッションにチェロを持ちこむ人間は「厳罰を受けて当然」(21pp.)ではあるが、この男は歓迎されていたらしい。そこでいきなり日本に来ませんか、とメッセージを送ったというのはいかにも内藤さんらしい。この人、相当に天然である。受け取った方は初めは詐欺と疑ったそうだが、まあ当然である。それでも何度かやりとりするうちに、ほぼ1年前、とうとうやって来た。一緒にやってみた。昨年秋、ツアーをし、今回が二度目。
この Alec Brown なる青年はアーカンソー出身で、今はアイルランド留学中、伝統フルートで博士号をとったそうだ。クラシックの世界でチェロでメシが食えるだけでなく、アイリッシュ・フルートも吹けて、しかも歌もうたえる。アーカンソーと言えばド田舎もいいところで、よくもアイリッシュ・ミュージックに出会ったと思うが、その点はわが国も同じか。
アレック君のチェロは基本はベースだ。ベースのハーモニーをつける。ダブル・ベースのようにはじくこともよくやる。時々、ギターのように横に抱いて親指でかき鳴らす。ただし、その演奏は相当に細かい。小回りはやはり効くのだ。
で、かれが加わるとどうなるか。実はまだよくわからない。音は当然厚くなる。それがフィドルにどう作用しているか、1度聞いただけでは、まだよくわからなかった。内藤さんは全然変わらない。これも当然。むしろますますスケールが大きくなっていて、風格すら備わっている。それがチェロが加わったことで増幅されているのか、それとも彼女自身の成長か、よくわからない。
城田さんもまるで変わらない。これもまた当然。音域としてはチェロはフィドルよりもギターに近いし、演奏スタイルもギターに近い。ギターよりはフィドルに接近はする。とすれば、ギターとともにチェロはフィドルを支える形になる。はずだ。そうなることもあるが、そうならないことも多い。むしろ、ギターとともに支えるというよりも、フィドルにからんでゆく。時にユニゾンでメロディを弾く。この場合、同じメロディを例えばオクターヴ低く弾くのではなく、同じ音域でユニゾンする。もっともこれもアイリッシュとしては当然。
一番大きな変化は歌が増えたこと。アレックは昨年、一人で口ずさんでいるのを内藤さんが耳にして、ライヴで唄うよう薦めるまで、人前でうたったことはなかったそうだ。さすがにまだ荒削りなところもあるが、この人、一級のシンガーだ。うたい手としては城田さんよりも上かもしれない。城田さんはなにしろ経験の厚みが違うから、今はまだまだ比べられないが、うたい手の資質としては上ではないかとも思える。この二人のハーモニーもいい。声の質が合っている。
アーカンソーの生まれというのはここに出ていて、全体にオールドタイムの曲が増えていた。そして、このトリオのオールドタイムはそれはそれは聴いて気持ちよい。アイリッシュよりも気持ちよい。というよりも、オールドタイムの歌の間奏にアイリッシュのジグをはさむというのは、このトリオでしか聴けない。今のところ。前半最後のこの〈The Cuckoo〉、後半の〈Sally in the Garden〉がハイライト。後者ではアレックは口笛で鳥の声のマネをしてみせる。器用な人だ。その前、かれが唄ったトム・ウェイツの曲もよかった。そしてアンコール、〈Ashokan Farewell〉のフィドルとチェロのユニゾンがたまりまへん。
前半はあっさりと、後半たっぷりで終演21時を過ぎ、日曜の夜とて、バスの便が無くなるので、終ってすぐに失礼する。正面の扉を出たとたん、正面に満月、そのすぐ下に木星が輝いている。今聴いてきた音楽と同じく、なんとも豪奢だ。(ゆ)
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