かなりのショックでありました。再生のシステムが違えば音も変わり、したがって、そこから受ける体験の質も変わるのは当然ですが、いざ実際に体験してみると、そのあまりの違いの大きさにいささか茫然としてしまいました。

 ことに、最後にかけた1990-03-29 の、ブランフォード・マルサリスの入った〈Bird Song〉のすさまじさは、まったく初めて聴くものでした。このトラックはもう何十回となく、それもヘッドフォンやイヤフォンだけでなく、「いーぐる」のシステムでも聴いていますが、こんなに体ごともっていかれたことはありませんでした。これはもうまず劇場用PAスピーカーとそしてレーザーターンテーブルの組合せのおかげでありましょう。

 この日はもともとはレーザーターンテーブルの試聴会で、お客さんが持ちこまれたアナログ盤をレーザーターンテーブルで再生し、ホール備えつけのPAスピーカーで聴くという趣旨の企画で、もう何度もここでやっているそうです。あたしは途中で入ったので、聴けたのは3枚3曲ほどでしたが、どれもすばらしい音と音楽で、システムの素性の良さはよくわかりました。とりわけ、エゴラッピンの3枚めからの曲はあらためてこのユニットの音楽を聴こうという気にさせてくれました。

 どれも実に新鮮な響きがするのは、レーザーターンテーブルのメリットでしょう。洗われたように、いわば獲れたての新鮮さです。レコード盤の溝の中の、針が削っていない部分を読み取るからではないかと思われます。

 イベントの最後の1時間ほど、グレイトフル・デッドのライヴ音源をアナログ盤でかけてみたのは、ひとつには11/23に、同じこの場所で、こちらはデッドのライヴ音源ばかり、アナログ盤で聴くというイベントを予定しており、そのいわば公開リハーサルとしてでした。どんな具合になるのか、やってみようというわけ。

 お客さんの中にはデッドを聴くのも初めてという方もおられたので、簡単に説明しましたが、デッドは普通のロック・バンドではなく、同じライヴは二度しなかったので、スタジオ盤で判断せずにライヴ録音、それもできれば1本のショウをまるまる収めたものを聴いてください、ということを強調しました。「できれば」1本だけではなく、何本か、聴いてから判断してくれ、と言いたいです。「いーぐる」の後藤マスターは、まず黙って100枚聴いてからジャズが好きか嫌いか判断しろ、と言われてますが、デッドも100本とはいいませんが、少なくとも10本は聴いてから判断してほしい。

 この日かけたのは以下の録音です。

1. 1972-08-27, Veneta, OR: Sunshine Daydream
The Promised Land

2. 1966-07-29, P.N.E. Garden Aud., Vancouver, Canada
Cream Puff War

3. 1969-02-28, Fillmore West, San Francisco, CA
IV-5. Death Don't Have No Mercy (Reverend Gary Davis)

4. 1980-10-09, The Warfield, San Francisco, CA
Cassidy

5. 1987-12-31, Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
The Music Never Stopped

6. 1990-03-29, Nassau Coliseum, Uniondale, NY
Bird Song

 以下、各トラックについて、簡単に。

1. 1972-08-27, Veneta, OR: Sunshine Daydream
The Promised Land

 同時に撮られた映像があるので、音はアナログから再生して同期できないか、という試みでした。映像と音を別々に再生し、せーので再生ボタンを押すという、はなはだ原始的、アナログ的な方法で、何度かの試行ののち、少しズレたものの、まあ楽しめる程度におさまる形になりました。

 この1972年はデッドのピークの一つで、春には2ヶ月、22個所にわたるヨーロッパ・ツアーを成功させています。この時の全録音がリリースされています。個々のショウの録音も入手可能です。あたしはこの22本を聴いてゆくことでデッドにハマりこみました。

 08-27のショウは、デッドの友人の1人である作家のケン・キージィの親族が経営する酪農場救済のためのチャリティ・ショウで、真夏の屋外での昼間のショウです。このライヴは全篇録画もされ、ここから Sunshine Daydream というタイトルのテレビ用映画が作られました。公式リリースにはこの映画を収めたDVDまたはブルーレイも同梱されました。映画の画像は後半、バンドの演奏からは離れて、客席や周囲の様子、さらに当時の流行にしたがってサイケ調の抽象映像になってゆきますが、なかなか面白いものではあります。


2. 1966-07-29, P.N.E. Garden Aud., Vancouver, Canada
Cream Puff War

 一昨年に出たデッドのデビュー・アルバム50周年記念デラックス盤に同梱された録音。デッドの最初の海外公演でした。ちなみに最後の海外公演もカナダでした。曲はガルシアの単独作品です。なお、この頃の録音の通例でリード・ヴォーカルはすべて左に寄っています。

 これはまた、1本のショウ全体またはそれに近い録音が残っている最も初期のものの一つです。録音したのは当時デッドのサウンド・エンジニアだったアウズレィ・スタンリィ。「ベア」の通称で呼ばれていたこの男は、デッドが関係するイベントでのLSDの供給者として有名ですが、一方優秀なサウンド・エンジニアでもあり、後に巨大な「ウォール・オヴ・サウンド」に発展するデッドのライヴ・サウンドの改善に大きく貢献しています。また、ショウ全体の録音を始めたのもスタンリィで、初期の録音はほとんどが彼の手になります。

3. 1969-02-28, Fillmore West, San Francisco, CA
Death Don't Have No Mercy (Reverend Gary Davis)

 デッドがベイエリアのローカル・バンドから飛躍したアルバムがこの年に出た最初のライヴ・アルバム《Live/Dead》で、その元になったのは2月末から3月初めにフィルモア・ウェストに出たときの録音です。その4日間の全録音が2005年に出ました。

 これはブルーズ・ナンバーですが、珍しくピグペンではなく、ジェリィ・ガルシアがリード・ヴォーカルをとり、しかも結構真剣に唄っています。ガルシアはある時期から自分の歌唱スタイルを決めて、そこからはずれなくなりますが、この頃はまだちゃんと唄おうとしています。


4. 1980-10-09, The Warfield, San Francisco, CA
Cassidy

 1980年の秋にサンフランシスコの The Warfield Theatre とニューヨークの Radio City Music Hall でレジデンス公演を行います。この時には第一部を全員アコースティック楽器を使い、二部と三部はいつものエレクトリックでの演奏をしました。ここからはアコースティックの演奏を集めた《Reckoning》とエレクトリックの演奏を集めた《Dead Set》の二つのライヴ・アルバムが出ています。そのうち、10-09 と 10-10 のアコースティック・セットを完全収録したアナログとCD各2枚組が、今年のレコードストア・ディ向けにリリースされました。そのうち10-09の分から選びました。

 アコースティック楽器ですが、後半いつものデッド流ジャムを繰り広げていて、とてもスリリングです。アコースティックでの演奏をもっとやってもらいたかったと、こういうものを聴くと思わざるをえません。


5. 1987-12-31, Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
The Music Never Stopped

 デッドにとって最も重要な関係にあったプロモーターのビル・グレアムは年越しライヴが大好きで、かれが生きている間は毎年、デッドはベイエリアで年越しライヴを行っています。その一つからの選曲。

 デッドのショウはたいていが二部構成で、この曲は第一部の最後や第二部の冒頭に演奏されることが多く、これは第一部のラスト。最後のウィアのMCによれば、この後、新年へのカウントダウンがあった模様。


6. 1990-03-29, Nassau Coliseum, Uniondale, NY
Bird Song

 1990年春のツアーはデッドの最大のピークの一つです。それを象徴するのがこの日のショウで、フィル・レシュの友人が自分の友人であるブランフォード・マルサリスをこの前日03/28に連れて来ます。楽屋に挨拶に来たブランフォードに、ガルシアは翌日、楽器をもって遊びにこないかと誘います。誘いにのってやって来たブランフォードが、リハーサルもなにも無しにいきなりステージに現れて演奏したのがこのトラック。前半はこれだけでしたが、後半はアンコールまでほぼ出突っ張り。この時のツアーは二つのボックス・セットでリリースされていますが、この日のショウの録音だけは Wake Up And Find Out というタイトルで独立に売られています。

 ブランフォードはスティングの《Bring On The Night》での演奏も有名ですが、本人としても、全体としても、デッドとの共演の方が遙かに良いと、あたしなどは思います。

 ここではガルシアとマルサリスが、まるで昔からずっとやっていたかのようなすばらしい掛合いを展開し、バンドもこれに反応して盛り立てます。その様子が、レーザーターンテーブルとPAスピーカーのシステムで、まさにその現場に居合わせたように再現されたのでした。

 11-23には、レーザーターンテーブルでアナログ盤でデッドのライヴ録音を聴いてゆきます。映像とのアナログ的同期ももう少しうまくいくようにします。(ゆ)