今年最高のライヴ。今年は水準の高いライヴが多く、先週のザ・なつやすみばんど+ tricolor はじめ、「今年最高!」がいくつもあるのだが、これは「夢の共演」の実現がそのまま期待どおりに期待を超えてくれて、身も心もとろける想い。

 林氏のライヴは何回か見ていて、どれもすばらしいものだったが、どちらかというと隙間の多い、むしろ静かな思索系の音楽の印象が強かった。グルーベッジのような、「はしゃぎ系」の、精神としてはジャズよりもロック寄りのアンサンブルで氏のピアノを聴くのは初めてだ。それがどうなるのだろうというのが、期待のポイントの一つだったわけだ。

 まず面白いかったのは林氏が入ることで、グルーベッジのバンドとしての性格が顕わになったこと。大渕さんがいることと、ドラムス系のパーカッションがいるから、あたしが見ている中で編成とサウンドが一番近いのはハモニカクリームズだ。ハモクリのアンサンブルは清野さんを中心として、ハープとフィドルのフロントが引張る形だ。個々のミュージシャンの展開の積み重ねになる。グルーベッジではバンドの中心はナベさんのパーカッションになる。これがアコーディオンとフィドルのフロントを押し出す。アニーも含めてソロも少なくないが、他の3人の演奏はパーカッションにつながっていて、バンド全体のアンサンブルとしての性格が強い。

 ハモクリにドラムスが入る形で見ることが多いのだが、ハモクリのドラムスは田中さんも含めて、アンサンブルの土台を据えて、ビートをキープする役割だ。グルーベッジのナベさんはおとなしくビートをキープするよりも、自分から走りだす。いわば、ナベさんのパーカッションがキント雲となって他のメンバーを載せて、天翔ける。ビートのキープはアニーのギターが担う。

 そこに林氏のピアノが加わると、リズム・セクションが充実する。終演後にアニーも言っていたが、ギターだけだと時に充分ではないと感じていたところへ、ピアノによって厚みが加わり、奥行も深くなる。カルテットのグルーベッジに何か欠けているわけではないが、ピアノが加わったクィンテットは理想により近い。

 それにしても林氏のピアノ表現の多彩多様なことにはあらためて驚かされる。何気ない、どこにでもありそうなフレーズがさらりと入れるだけで、音楽の全体の味わいがぐんと深くなる。かと思うと、おそろしくトンガった不協和音を叩きこんで、突如別世界を現出させる。他のメンバーを煽り、またより奔放な展開を誘う。

 冒頭4曲、グルーベッジのカルテットで演奏し、5曲目に林氏が入ったのだが、これがまず凄い。グルーベッジのメンバーは林氏が入るというだけで一段ギアが切り替わる。曲は〈パラドックス〉で、アコーディオンからソロを回してゆくのを、ピアノが裏でさらに煽る。フィドルから受けたギターはいきなりテンポを変えてロックンロールになり、さらにぐんとテンポを落としてブルーズになり、これをピアノが受けて見事なブルーズ・ピアノで入り、またもとの曲にもどる。これだけでも来た甲斐があると思っていたら、後半にさらに凄いものが待っていた。

 せっかくだからとやった林氏の2曲は、この世のものとも思えない至福の音楽。1曲めの〈ブルー・グレイ・ロード〉は間を奏でるのレパートリィとして馴染んだ曲だが、ここでもソロを回して、まったく別の様相を見せる。この日はどの曲でも秦さんのアコーディオン・ソロがすばらしい。何をどう精進するとこうなるのであろうか。繰り出してくるフレーズがいちいち腑に落ち、胸に染みる。

 2曲めは林氏の「五十音シリーズ」の1曲〈ソタチ〉、「ソ」の音が全体の音の4分の3を占めるという曲で、なるほど同じ音が連発されるのだが、これがまた面白い。林氏の曲は、理詰めで始まりながら、そしてその理屈がずっと筋を通しながら、同時に破天荒にすっ飛ぶのが特徴なのだが、その象徴のような曲。演奏の難易度は相当に高そうだが、皆さん、それは楽しそうに演る。

 ピアノが入った演奏を聴いていると、どこかでこういう感覚は味わったことがあるな、と思えてきていた。この2曲を聴いたところで思い当たった。ザッパなのだ。ナベさんはテリィ・ポジオだ。

 幸いにこの日のライヴはビデオ収録され、CSの Music Air ライブ・ラボで10/27、24:00から放映される由。こいつはちゃんと録画しなければいけませんぜ、皆さん。

 それにしてもぜひぜひ、この形は続けてほしい。林氏も楽しそうだったし、グルーベッジも林氏と演ることでさらにまた1枚も2枚も剥けそうだし、録音も作ってほしいと切に願う。

 いやあ、ほんと、生きててよかった。(ゆ)

Groovedge
 秦コータロー: keyboard accordion
 大渕愛子: fiddle
 中村大史: guitar
 渡辺庸介: percussion

林正樹: piano