ミュージック・マガジン 2019年 9月号
ミュージック・マガジン
2019-08-20



 「ラバーバンド」と聞くとあたしなどは Lal & Mike Waterson の1972年の傑作《Bright Phoebus》の1曲めを連想する。

Bright Phoebus
Lal Waterson & Mike
Domino
2017-12-04


 ただしあちらは〈Rubber Band〉で、マイルスのこれは《Rubberband》と一語だ。どちらも同じで、輪ゴムのことである。ゴムバンドともいいますな。しかし『輪ゴム』または『ゴムバンド』では、天下のマイルス最後の秘宝のタイトルにはあんまりだー、というのでカタカナ表記にしたのであろう。しかし、ここはかえって『輪ゴム』の方が売れるのではないかと思うあたしはアサハカであろうか。マイルス・デイヴィスの『輪ゴム』、ついに発売! と言えば、マイルスなんて聴いたこともないじいさんばあさんおっちゃんおばちゃんにいさんねえさんも、何だそりゃあ、何のこっちゃー、ちょっと聴いてみんべ、となるはずだ。あ、CDは買わないか。でも、ストリーミングや YouTube でも、レコード会社にはカネはいくらかでも入るんでしょ、ミュージシャンまでは行かなくてもさ。

 そういえば、この号には近田春夫氏がコラムで「JASRACから音楽を守る党」なるウエブ・サイトについて触れている。もしその党がほんとうに候補を立てるなら、一票入れますよ。

 んで、なんで、今さらこの雑誌を買ったかと言えば、もちろん50年のジャズ・アルバム・ベスト100の企画のためで、とりわけ村井さんと柳樂さんの対談を読むためである。この企画については、いーぐるの掲示板で後藤さんが触れ、ブログにも書かれていたので知ったわけだ。

 あたしはこういうベスト・リストは遊びだと思っている。個人や少人数の集団が選ぶのには一個の批評としての意味がある場合もあるが、まあ、たいていのもの、とりわけこのリストのように、複数の人間が選んだものから第三者が作るベスト・リストは遊びでしかない。遊びとしては面白くもなる。ただし、遊びなのだからして、ルールはちゃんと説明しなければならない。ルールがなくなるととたんに遊びはつまらなくなる。

 ところが、ここにはそのルールの説明が無い。37人の選者が順位をつけて選んだ30枚から集計して順位付きの100枚のリストにした、というのだが、まずなぜ37人という人数なのか、そしてなぜこの37人を選んだかの説明が無い。集計方法の説明が無い。この企画は創刊50周年記念で各ジャンル毎にベスト100のリストを作ってきていて、50年のジャズはその8つめ。ということはベスト100にすることはあらかじめ決まっていたわけだが、では各選者には30枚に限ったのはなぜかの説明が無い。ベスト100を選ぶ基礎にするのなら、各選者にもそれぞれベスト100を選んでもらうのが筋だ。

 となると、極端な話、このリストはあがってきた延べ1,110枚のアルバムの中から、編集部が勝手に選んだのだろうと言われても、文句は言えない。つまり、雑誌としてはこの100枚をここ50年のジャズのベスト・アルバムにしておきたいのだな、とあたしが言っても、下司の勘繰りにはならない。土台にされた37人の選んだリストは、読もうとすれば拡大鏡が必要なほど小さな活字で、しかも改行をまったくせずにぎっしりと詰め込み、さらに雑誌を90度回転させる必要がある組みで印刷していらっしゃる。このリストは読んでほしくないのねと言っても、これまた下司の勘繰りにはなるまい。

 これはもう遊びではない。プロパガンダである。対談で柳樂さんが「中村とうようが降臨している」と言っているのは、まさに肯綮を突いている。

 読者として、ジャズも聴くリスナーとして、ではどうするか。まったく無視する、というのも一つの方法ではある。とはいえ、このリストの背後では37人の、少なくともあたしなんぞよりはずっと広く深くジャズを聴いている方たちが選んでいることは確かだ。何らかの形で活用しないのももったいない。

 一つの方法としてリストを逆に見るのはどうだろう。順位をさかさまにする。Julian Lage がトップで、オーネットは最下位とみる。そして、100番から知らないもの、聴いたことのないものを聴いてゆく。だいたい数字の小さい方は、あたしでも聴いているものばかりだ。このリストに入ったからといって、今さら評価が変わるわけじゃない。それよりも数字の大きなものの方が、知らない人、聴いたことのないアルバムがたくさんある。こういうリストは、知らない人、聴いたことのない音源を聴くきっかけにするのが、あたしにとっては一番面白い使い方だ。

 というわけで、まずは81番シャバカ・ハッチングスを聴いてみた。この見開きに掲げられた20枚をざっと見て、知らない人、聴いたことのないアルバムの中で一番面白そうだったのがこれとソフト・マシーンで、どちらが先かと言えば、やはりまったく初耳の人になる。

WISDOM OF ELDERS
SHABAKA & THE ANCEST
BROWO
2016-09-16


 すばらしいじゃないですか。南アフリカのものらしい土俗的ルーツ的伝統的なフレーズ、ビート、サウンドが効いていて、祝祭でもあり、呪術でもあり、混沌と秩序が対等に同居していて、体の内部だけがよじられてゆくあの快感が湧いてくる。あたしにとっては理想のジャズ。「奇跡的な音楽」と細田氏が言う通り。渋さ知らズ、あるいはここにもある篠田昌巳の音楽にも通じる。

 試みに1番のオーネットと聴き比べてみた。もちろん良いですよ。立派な音楽です。あたしも好きだ。でも、シャバカを聴いてしまうとねえ、古色蒼然というと言い過ぎだろうけど、どこか時代の色や匂いがまつわりついてる。そりゃね、このオーネットがあってこそのシャバカでしょう。でも、このアルバムはオーネットの録音の中でも一番古びやすいんじゃないかなあ。とシロウトのあたしは思うのでありました。(ゆ)