いやあ、もう、サイコーに気持ち良い。ダブル・パイプはドローンが出ただけで有頂天になってしまうんですと中原さんは言う。パイパーはパイプを演奏していると脳内麻薬が出てきて、にやにやしてしまうと鉄心さんも言う。聴いている方でもいくぶん量は少ないだろうが、快感のもとは出ている。パイプの音の重なりには他には無い気持ち良さがある。スコットランドのパイプ・バンドの快感もおそらく同様のものなのだ。

 それにしてもイリン・パイプの音の重なりは実際に、生で聴かないと、その本当の気持ち良さはたぶんわからない。この日はまず午前中雨が降って、湿度がパイプにちょうど良いものになった。会場はレストランで、ミュージシャンたちの背後は白壁だが、上の方が少し丸くなっている。天井も円筒形。ここは以前、さいとうともこさんを聴いたが、生楽器が活きるヴェニューだ。この日もアコースティック・ギターに軽く増幅をかけた他はすべて生音。

 イリン・パイプのデュオは中原さんと金子鉄心さんが臨時に組んだもの、というよりパイパーが二人いるから一丁一緒にやるかという感じのセッションで、この日のライヴの本来の趣旨からはいささかずれるのだが、これを聴くというより体験できたのは、まことに得難く、ありがたく、生きてて良かったレベルのものでありました。

 ふだん関西で活動している鞴座が東下するので、中原さんがそれを迎えてフィドルの西村さんをひっぱり出してデュオのライヴを仕込んだ、というところらしい。西村さんとのデュオは断続的に10年ほど前からやっているそうだが、この日は久しぶりに人前で演奏するものだという。とはいえ、二人の呼吸はぴったりで、フィドルとパイプのデュオの楽しさを満喫する。

 そろそろデュオという名のとおり、速い曲をたったかたったか演るのではなく、ゆったりとした演奏なのも肩の力がいい具合に抜ける。ジグをゆっくり演奏するのがこんなに良いものとは知らなんだ。ホーンパイプ、いいんですよねー、というのにはまったくその通りと相槌をうつ。何度でも言うが、ホーンパイプこそはアイリッシュのキモなのだ。ホーンパイプをちゃんとホーンパイプとして聴かせられるのが、アイリッシュ・ミュージックのキモを摑んでいる証である。では、どういうのがちゃんとしたホーンパイプか、というのは、いつものことだが言葉では表しがたい。あえて言えば、あの弾むノリをうまく弾ませられるかどうかが明暗を分ける。一方で弾んでばかりではやはり足りなくて、あの粘りをうまく粘れるか、もポイントだ。

 このデュオは基本的にユニゾンだが、時々、片方がドローンだけやったり、また一カ所、フィドルがソロで始めたのがあって、すぐにユニゾンになったのには、もう少しソロで聴いていたかった。ワンコーラスくらい、それぞれに無伴奏のソロでやるのもいいんじゃないかとも思う。それにしても、これだけ中原さんのパイプをじっくり聴くのも久しぶりのような気もする。

 そろそろデュオは6曲ほどで、鉄心さんが呼びこまれ、3曲、ダブル・パイプとこれにフィドルが加わる形で演る。これが聴けただけでも来た甲斐があった。

 休憩の後、鞴座の二人に今回は録音でもサポートし、エンジニアもやられている岡崎泰正氏がアコースティック・ギターで加わる。岡崎氏は1曲〈Gillie Mor〉ではヴォーカルも披露する。スティングがお手本らしいが、なかなか聴かせた。

 鞴座は鞴を用いた楽器のユニットということで、レパートリィはアイルランドやらクレズマーやらブルガリアやら、おふたりの心の琴線に響いた音楽のエッセンスをすくい上げ、オリジナルとして提示する。その曲、演奏には、わずかだが明瞭なユーモアの味が入っているのが魅力だ。ルーツ・ミュージックをやる人たちは往々にしてどシリアスになりがちだが、鞴座の二人の性格からだろうか、聴いているとくすりと笑ってしまう。どこが可笑しいとか、ここがツボだという明瞭なものがあるわけではない。吉本流にさあ笑え、笑わんかい、と押しつけたり騒いだりもしない。別に笑いをとろうと意識していないのだ。ただ、聴いていると顔がほころんできて、にやにやしてしまう。鉄心流に言えば、脳内麻薬が降りてきているのだろう。

 藤沢さんはもっぱら鍵盤アコーディオンのみだが、鉄心さんはパイプだけでなく、ソプラノ・サックスやらホィッスルやらもあやつる。これがまたとぼけた味を出す。鉄心さんのとぼけた味と、藤沢さんのいたってクールな姿勢がまた対照的で、ボケとツッコミというのでもなく、二人の佇まいにふふふとまた笑いが出る。

 岡崎氏のギターも長いつきあいからだろう、いたって適切、サポートのお手本の演奏だ。

 アンコールは全員で〈Sally Garden〉。これが意外に良かった。2周めでは鉄心さんのパイプがハーモニーに回り、これまた美味。

 もう一度それにしても、ダブル・パイプはまた聴きたい。鉄心さんだけでもやって来て、一晩、イリン・パイプだけ、なんてのをやってくれないものか。

 All in Fun は料理も旨く、生楽器の響きも良く、また来たい。大塚の駅前は都電が走っていてなつかしいが、幸か不幸か、電車は来なかった。来ていたら反射的に乗ってしまいそうだ。(ゆ)

そろそろデュオ
中原直生: uillean pipes, whistles
西村玲子: fiddle

鞴座
金子鉄心: uillean pipes, soprano saxophone, whistle
藤沢祥衣: accordion
+
岡崎泰正: acoustic guitar, vocal


The First Quarter Moon
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フイゴ座の怪人
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