梅田週間の第一弾。計画したわけではないが、梅田さんが相手を替えてやるライヴが3回、1週間のうちに重なる。まずはフルートの矢島絵里子さん。矢島さんのライヴは初めて。

 矢島さんはこの夏にアイルランドにフルートを習いに行ってきたというので、この日はアイルランド尽くしにしたという。

 矢島さんのフルートはこの次に見る須貝知世さんのフルートとは対照的に柔かく、繊細だ。あたしが見ているフルート吹きは豊田さんにしても、hatao さんにしても、須貝さんにしても、いずれも音が太く、強く、たっぷりとしている。これもたまたまそうなったのだろうが、そういうフルートに慣れていたので、矢島さんのフルートにはちょっと意表を突かれる。あるいはもともとクラシックのフルートをやっていたのだろうか。もちろん、アイリッシュのフルートは太くなければならないはずはない。この優しいフルートもなかなかいい。

 もっとも出だしは少し硬くなっていたようで、曲が進むにつれて腰が座ってくる。この辺はやはりアイリッシュで、クラシックのものではない。2曲めでホィッスルにスイッチし、2曲やった後の4曲めのフルートはぐんと良くなっている。こういう優しく繊細なリールは他ではあまり聞いたことがない。前半最後の〈Ashokan Farewell〉は今回、アイルランドで、先生に気に入っている曲を教えてくれと頼んだら教えられた曲だそうだ。もともとはワルツだが、これを半分以下にテンポを落とし、ほとんどスロー・エアとしてやったのはすばらしかった。メロディの美しさがひときわ映える。この曲がアイルランドにも広まっているのは、〈Josephin's Waltz〉が "Trad." として広まっているようなものだろう。

 後半に入るとますます調子が出てきて、冒頭で梅田さんがホィッスルに挑戦し、ホィッスル2本で〈Lord Inchiquin〉をやったのがまずハイライト。梅田さんがメイン・メロディを吹き、矢島さんがハーモニーをドローン的につける。2周めでは、メロディに沿ったハーモニーをつける。これもゆっくりとやるのが、やはりメロディが際立つ。カロラン・チューンはむしろミドルからアップ・テンポで演奏されることが多いと改めて思うが、スローなカロランも至極良いものだ。

 その次のホィッスルとハープによる〈King of Fairies > Butterfly〉がまたすばらしい。ホィッスルがよく弾んでいる。

 矢島さんは歌もうたわれる。その次にシャンソンを日本語で2曲。〈ナントに雨が降る〉と〈サンフランシスコの6枚の枯葉〉。軽くアンプを通し、どちらもむしろささやくように唄う。これは何といっても梅田さんのハープ伴奏が効いている。シャンソンの伴奏にハープが使われるなんてことは史上初であろう。梅田さんの凄みは音楽伝統にも沈みこみながら、クレツマーとかシャンソンとか、これまでおよそハープとは無縁だった音楽にも貪欲にくらいついてゆくところだ。それが少しも違和感がない。まるで各々の伝統としてハープが使われているように一方では響きながら、しかしやはり新鮮なのである。この2曲に伴奏をつけるために、数十曲のシャンソンの録音を聴きまくったそうだが、一応はピアノをベースとしながら、ハープの特性をしっかり活かすのは、やはりセンスが良いのだ。

 あたしにとって矢島さんのヴォーカルが気持ち良いのは、しゃべる声と唄う声のピッチが同じであるところだ。たいていの人は唄う時の方が高くなる。故意に高くしているわけではなく、自然にそうなるのだろうが、最近の若い人、とりわけ男性はひょっとして意識して高くしているのではないかと思えることもある。全部ではないが、その違いが聴いていておちつかなくなることがある。本来の声で唄っているのではないように聞えるのだ。しゃべる声と唄う声が同じ高さだと、そういう心配が無い。もっとも歌のタイプによるのかもしれない。例えばブルターニュの歌を唄うとすれば変わってくる可能性はある。

 同じ楽器でも、色々なタイプの演奏を聴くのはやはり勉強になって、面白い。フルートはカラダと直接つながるから、その人の人となりが表に出やすい。もっとも、伝統音楽はクラシックやポップスや、あるいはジャズに比べてさえ、他の楽器でも当人の生地が音や音楽に反映する割合が大きくなる。そこがまた面白いところではある。

 こういうライヴを見聞してしまうと、どうも録音を聴く気が起こらなくなるのも困りものだ。録音は録音で聴かねばならないものがどんどんと溜まっているのだが、近頃、移動の間やヒマな時には本ばかり読んでいる。(ゆ)

矢島絵里子: wood flute, modern flute, whistle, vocal
梅田千晶: harp