日曜日の11時開演という、ちょっと異例のスケジュールにもかかわらず、大勢のお客様にご来場いただき、御礼申し上げます。
今回はスコットランドの高等音楽教育機関である Royal Conservatoire of Scotland の卒業生と在学生がゲスト、しかも日本人として初の卒業生で、正直、イベントが成立するだけの人が集まるか不安もありました。
もっとも、事前の打合せでお二人から伺った話から、内容は面白いものになるという自信はありました。一番難しかったのは、盛り沢山の内容をどう詰めこむか、というところで、これは進行役のトシバウロンが、うまくコントロールしてくれました。
レジュメに書きながらあそこに盛りこめなかったことの1つは、RCS があるグラスゴーという街の性格です。スコットランドはエディンバラとグラスゴーの二つが飛びぬけた大都市で、3番手のアバディーンを遙かに引き離しています。その二つの大都市はかなり性格が異なるそうなのです。
スコットランドは、グラスゴーの西にあるクライド湾からネス湖に平行に北東に引いた線で、南東側ロゥランドと北西側ハイランドに大きく分けられます。ロゥランドは歴史的にイングランドとの結び付きが強く、英語が支配的です。ハイランドはスコットランド独自のゲール語文化圏で、アイルランドとの結び付きが強いです。英語は第1言語ですが、独自のゲール語であるガーリックもしぶとく生きのびています。人口はロゥランドに集中していて、三つの大都市もいずれもロゥランドに属します。
そのうちエディンバラは行政と経済の中心地であり、スコットランドの首都としての機能がメインです。グラスゴーは対照的に文化の中心地であり、今や、世界でも有数の大規模な音楽フェスティヴァルになった Celtic Connections もグラスゴーで開かれます。
グラスゴーがそうなったのには、ハイランド文化圏が近いことも作用しているのではないかと、あたしは睨んでいます。
質疑応答で出た質問について少し補足します。
アイルランドやスコットランドの音楽については比較的知られているが、ウェールズはどうなのか。
ウェールズもケルト文化圏の例にもれず、伝統音楽は盛んです。とりわけハープの伝統と合唱の伝統に厚いものがあります。telyn と呼ばれるハープは松岡さんや梅田千晶さんが使われているものに似た小型のものから、人の背を遙かに越える大型のものまで、いくつかの種類があります。また、中世以来のハープ伝統が途切れずに伝わってもいます。ハープ伝統がつながっているのはウェールズだけです。
ウェールズのゲール語はキムリア語と呼ばれます。ゲール語はほとんどの地域で少数派になっていて、存続や拡充の努力がおこなわれていますが、ウェールズだけはキムリア語がメインの言語になっています。南部の首都カーディフのあたりでも、今ではキムリア語が多数派になっているそうです。そのキムリア語による合唱と即興詩の伝統が続いています。
一方、1970年代後半から、他地域のフォーク・リヴァイヴァルの影響を受けて、モダンな伝統音楽をやる若者たちが現れてきました。何度か波がありますが、今は三度めか四度めの波が来て、盛り上がっています。今年初めて Wales Folk Awards が選定され、その最終候補に残った楽曲のプレイリストが Spotify にあります。
これを聴けば、今の、一番ホットなウェールズ伝統音楽の一角に触れられます。一方で、ここにはばりばり現役のベテラン勢はほとんどいないことにもご注意。
ご質問でもう1つ、スコットランド音楽の伝統的楽器に打楽器は無いのか。
ケルト系音楽全体に言えることですが、ほぼメロディ楽器だけで、打楽器は伝統的には使われていませんでした。ケルト系だけではなく、ヨーロッパの伝統音楽全体にも言えることで、ヨーロッパはやはりメロディが主体です。
最近、というのは1970年代以降、アイルランドのバゥロンのような打楽器が使われるようになりました。バゥロンはその柔軟性、表現力の広さから、伝統音楽以外のポピュラー音楽、ロックやカントリーなどでも使われていますが、スコットランドでもプレーヤーが増えています。
一方、ハイランド・パイプによるパイプ・バンドではサイド・ドラムまたはスネアと大太鼓は欠かせません。パイプ・バンドは19世紀にイングランドの差金で始まったと言われますが、ハイランド・パイプとスネアと大太鼓からなるあの形態は、スコットランド人にとってはたまらない魅力があるようです。スネアと大太鼓の華麗な撥捌き(叩いている時だけでなく、叩かない時も)はパイプ・バンドの魅力の大きな要素の1つです。
スコットランド音楽もあそこでお見せできたのは氷山の一角なので、奥には広大な世界があります。そのあたりは松岡さんもおられることだし、これからおいおい紹介していけるだろうと思います。〈蛍の光〉Auld Lang Syne の古いヴァージョンのような美しい音楽は山ほどあります。(ゆ)
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