毎年秋恒例のハンツ・アラキのトリオの日本ツアー。今年の下北沢はツアー3日目だそうだが、調子は良いと見えた。まず思ったのはコリーンがバゥロンの腕を上げたこと。後で福江さんに言ったら、かれもそう思うと答えてくれたから、あたしの思い込みではないだろう。彼女はビーターを鉛筆握りせず、単純にまっすぐ握っているようにみえる。しかし動きに不器用なところはなく、むしろコントロールがよく効いている。ビーターは細い棒を束ねたタイプで、これの先端でバゥロンの革の端を払うようにするのか、軽快でざらっとした響きを装飾音のロールのようにはさむのが粋だ。単にビートを刻んでいるようでいて、その実細かく変化させて、ギターのストロークの間を縫ってゆく。なんというか、貫禄がついたというと重すぎるが、安定感はぐんと増している。頼もしい。
声の調子も良くて、コリーンも2曲ほどリード・ヴォーカルをとるのがハイライトになる。録音ではずいぶんと抑制しているが、ライヴではメリハリをつけ、盛り上げるべきところではしっかり唄いあげる。もともと貫通力のある声が閃光を放つ。
コリーンがリードをとった〈Standing in the Doorway〉は、もう1つの要素で格別のものになった。2日前の岩手・大槌町でのライヴで、イベントの主催者の息子さんがたまたま居合わせ、飛び入りして楽しかった。その方が東京在住で、しかもこの日はオフ。ということでここでトランペットを合わせたのだ。ハンツはロウ・ホイッスル。この曲に合わせるのはまったくの初めてで、リハーサルも何も無しにいきなりだったのだが、ご本人はたいして動揺もしていない。1990年3月29日のグレイトフル・デッドのショウのステージにいきなり登場したブランフォード・マルサリスもかくや、と思われたが、そこで奏でられた音楽がまた凄かった。まさにあのブランフォード・マルサリスそのままなのだ。もちろん、曲は違うが、その場で聴く曲にぴったりの合の手を入れ、そして抑制の効いたそれはそれはリリカルなソロを吹くのである。歌のメロディに添うところと、まったく自由に、かけ離れたフレーズを奏でるところと、シームレスに出入りしながら綾なす即興に、息をするのも忘れて聴きほれる。また歌にもどり、そしてコーダをまた見事に収めると、喝采が爆発した。
コリーンたちも大喜びだが、まさか、ここでこんな天上の音楽が聴けるとは、まったく音楽というのはハプニングなのだ。
コリーンは後半でももう1曲〈Passage West〉を唄って、これはトランペットは無かったが、やはり良かった。コークから出て西に向かった移民たちを歌うジョン・スピラーンの佳曲。
コリーンとハンツはそれぞれに相手がリードのときにはたいていコーラスをつける。これがまたいい。二人とも、地の声はどちらかというとスモーキーで、それが重なるのがわずかにくすんだ味わいになる。澄んだ声の綺麗なハーモニーには無い人なつこさが現れる。
コリーンの録音はクラン・コラのメール・マガジン連載でずっと聴いてきていて、その声や歌唱のスタイルはあれこれ検討しているが、ハンツの歌にはそこまでの注意を払ったことが無かった。かれもまたアメリカンな唄い方だし発声でもあるけれども、やはり独自のコントロールを隅々まで効かせている。それが最も良く現れたのは後半にうたった長いバラッド。アップテンポで、ギターがダイナミックな演奏でぐいぐいとドライヴするのには血湧き肉躍るが、ハンツの歌唱は熱くなることもなく、あっけらかんと脳天気になることもなく、感情はむしろ削ぎおとしながら明るく唄う。こういううたい手はアイルランドにもスコットランドにもいない。やはり有数のうたい手だ。新作はディングルで、ドノ・ヘネシーのスタジオでドノが録っていて、おそらくはその体験のおかげでハンツの声も1枚薄皮が剥けている。
福江さんのギターも進化していて、二人の音楽の裏表がわかってきたこともあるのだろう、たとえばフレーズのウラを押えてゆく。フィンガー・ピッキングも前より増え、また味わいも増している。1曲、ギター・ソロをやる。〈赤とんぼ〉から〈Planxty Dermot Glogan〉につなげる。岩手県大槌町は、東日本大震災の被害が大きかったところで、そこで何がふさわしいか考えて思いついたのだそうだ。大槌町のライヴでは、聴衆のおじいさんおばあさんから自然に歌声が湧いたという。
アンコールでまた臺氏がトランペットを、今度はハンツの尺八と福江さんのギターに合わせ、スコットランドの曲を奏でる。再び魔法が働いて、音楽としてありうる最高の状態に引きこまれる。この時間がいつまでも続いてほしい。
終演後のBGMにダギー・マクリーンが延々とかかっていた。訊くと、マスターが大好きで、ほぼ全部、Mac に入っているのを流している由。ここのマスターのような人がダギー・マクリーンが好きというのには嬉しくなる。それを聴いたコリーンが、ダギー・マクリーンとディック・ゴーハンを両方聴くのはありだと言うのには百パーセント同意した。プランクシティとチーフテンズと、両方聴くことだってできるのだ、とも言うのには笑ってしまった。そりゃもちろんその通りにはちがいないが、コリーンの口から聞くとなんとも可笑しい。そうだ、ダギー・マクリーンを聴こう。〈Caledonia〉だけじゃない、かれはいい曲をたくさん書いているし、唄っている。
ツアーの今後の予定。詳しくは福江さんのウエブ・サイトをご参照。
11/29(金)Hanz Araki Trio live in 広島 Molly Malone’s
11/30(土)Hanz Araki Trio 福岡 アトリエ穂音
12/01(日) Hanz Araki Trio 大分 カテリーナの森
12/02(月)Hanz Araki Trio 熊本 阿蘇 “納屋音楽会vol.6”
12/03(火)Hanz Araki Trio 鹿児島
このトリオの音楽は味わいを増している。伝統音楽の演奏家は年齡を重ねるにつれて味が出てくるものだ。高度な技量に支えられたぶだん着の音楽、というとわが tricolor だが、ハンツたちの方が年が少し上だけあって、熟成が進んでいる。今回はトランペットの魔法で化けたところもあるが、それ以外の、かれら本来の形でもスモーキーなフレーバーに磨きがかかってきた。一見、どこにでもありそうにみえて、でも、その音楽を浴びると気分は上々。生きててよかった、明日も生きようと思えてくる。(ゆ)
Hanz Araki: flute, whistle, 尺八, vocal
Colleen Raney: bodhran, vocal
福江元太: guitar
臺たかひろ: trumpet



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