気温は低いのだろうが、陽光が強くて、暖かい。
散歩で下古沢の北側の縁を回ると、市が造っている新しい道の工事現場を見下ろす。道路本体ではなく、排水池らしい。このあたりは前は山林だったはずで、林業が行われていたのかどうか。踏みつけ道の脇に、無名の社があるので参詣。一応鳥居があり、それとは直角に社がある。どこにも名前はない。後でネットで調べても出てこない。扉は閉まっている。そこが一帯の頂上で、少し下った奥の方に、こちらは以前は畑だったらしい庭ともつかないところに桜の大きな樹があって、もうそろそろ満開。地上では2本に別れているが、地下ではつながっているのかもしれない。
散歩のおともは The John Kirkpatrick Band, Welcome To Hell, 1997。あらためて聴くと、この人のシンガーとしての偉大さに打たれる。リチャード・トンプソンも長年精進して、今では第一級のうたい手だが、ジョンカークの前では色を失う。同世代ではもちろん、イングランドの伝統歌の男声のうたい手として、肩を並べられるのはマーティン・カーシィぐらいではないか。それに、こういう組立て、ドラムス、ベース、エレクトリック・ギターというロック仕立ての編成をバックにこれだけ堂々と歌えるのは、他には見当らない。ジョン・タムスもいいが、カークパトリックに比べてしまうと弱いと聞える。サイモン・ニコルはB級。男声女声の枠をはずせばイライザがかろうじてタメを張れるか。しかも、このアルバム、ほとんどがかれのオリジナル。いずれもイングランドの伝統に深く根差した佳曲。蛇腹の天才、シンガー、作曲家と天は三物をこの人に与えた。近年イングランドのダンス・チューンの名曲佳曲がぞくぞく発掘・復刻されているけれど、ここにはその先駆もあって、《Morris On》 以来、イングランドのダンス・リヴァイヴァルは常にこの人がリードしてきたことをあらためて思い知らされる。
Graeme Taylor のエレクトリック・ギターは、分をわきまえて、かつカークパトリックの歌や蛇腹を強力にプッシュする。かつての耳をふさぎたくなるやり過ぎは完全に影をひそめた。Michael Gregory のドラムスもやはり進化はうかがえるもので、曲によってビートをきっちり叩き分けるし、何よりダンス・チューンでの躍動感はなかなかの水準。
久しぶりに聴いて、傑作の観新た。ジョンカークの数多い録音の中でも五指に入る。
John Kirkpatrick: vocals, accordion, concertina
Dave Berry: bass, double bass, electric bass, tuba
Michael Gregory: drums, percussion
Paul Burgess: fiddle, recorder, keyboards, chorus
Graeme Taylor: guitar, banjo, mandolin, chorus
FiiO M11Pro は生産完了になっていた。そろそろ次が出る頃ではある。
Elizabeth Hand, Glimmering 改訂版着。キム・スタンリー・ロビンスンの序文はこの作品そのものよりも、この作品が使っている近未来のディストピアという形、サブジャンルの効果、威力を説く。著者のまえがきによると、発表された1997年当初は近未来の警告の書としての性格が強かったわけだが、この2012年改訂版の数年前に、むしろ改変歴史ものとして読めるのではないかとイギリスのある批評家から示唆を受けたことで、復刊を考えはじめた。2009年後半に、気候変動についてした講演の聴衆の一人から改訂のアイデアをもらった。書いてから14年たって初めて読みなおし、改訂することにした。かなりのカットをほどこした上で、先の聴衆の一人で親しくなった人物の提言を受けて、ラストのトーンを初版よりもいくらか希望を持てるものにしている。
ということで、予定していた順番をすべて捨てて、これを読みはじめる。なんといっても、破局が起きるのが1997年3月26日、メイン・キャラの一人 Jack の誕生日、ときては読まないわけにいかない。



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