昼前、駅前まで歩く。山桜があちこち満開。大山の後ろの丹沢の高いところが白くなっているのは雪か。昨夜の雨があそこでは雪だったのかもしれない。

 CDリッピング続行。ようやく新しく買ったものがすんで一段落。

 ヴァルザーの『ヤーコプ・フォン・グンテン』は集英社版、藤川芳朗の訳の方が『作品集』の若林恵のものより良いので、こちらを読むことにする。英訳も読んでみるか。

 Delany, Letters From Amherst、第5信。1991-09-24付。マンハタンからアマーストへ帰ろうと Port Authority へ行くとアマースト方面行きの乗り場には人があふれ返り、バス会社は1台で運行のところを3台にバスを増やす。週末のせいか。してみれば、少なくともニュー・イングランドから北の東部ではかなりバスが利用されているのだろう。

Letters from Amherst: Five Narrative Letters (English Edition)
Delany, Samuel R.
Wesleyan University Press
2019-06-04



 アマーストからマンハタンまでの4時間半の間に何をしているのだろうと思えば、この時はウォークマンで音楽を聴いている。この時期ならまだカセットのはず。聴いているのはハリィ・チェイピンの Short Stories、ヨー・ヨー・マのバッハ、無伴奏チェロ組曲、それにニルソン『ニルソン・シュミルソン』。途中、ヒスパニックの一団が後部座席を占拠し、キューバのゴスペルらしきものを歌っている。それがチェロとある時はハマり、ある時ははずれる。

Short Stories
Chapin, Harry
Rhino Flashback
2003-10-10


 

ニルソン・シュミルソン
ニルソン
BMG JAPAN
2002-07-24



 前信でメイン州まで行った時には、30そこそこの大工の男と知り合い、バンゴーまで一緒になる。この男の話はまるで1篇の短篇小説。映画にもなりそうだ。

 作家のエッセイで音楽の話が出てくるのはあまり読んだことがない。あたしが読んだことがないだけか。それにしてもディレーニィは音楽も聴き、映画、演劇、テレビを見、美術館に通う。読書量は言わずもがなで、やはりインプットの量の桁が違う。

 今回のメイン・イベントは BBC に委託されてアメリカの黒人サイエンス・フィクション作家についてのドキュメンタリーを16ミリで撮るためにやってきたほとんどがイギリス人からなるチームとのマンハタンでの撮影の話。当時アメリカの黒人サイエンス・フィクション作家といえばディレーニィとオクタヴィア・E・バトラーと Steven Barnes の3人だけだった。撮影チームはこれに加えてコミック業界で働いている人間も5、6人、入れようとしていた。カリフォルニアでのバトラーとバーンズの撮影の後、一行はニューヨークにやってきて、ディレーニィもそれに合わせてアマーストから出てゆく。マンハタンでのこの撮影の1日がまた抱腹絶倒なのだが、一つだけ、これは見たかったというシーンがある。まだ若そうな黒人の監督は、荒れはてたハーレムの街頭風景の中でディレーニィが自作を朗読するところを撮りたいと言いだす。たまたまカメラマンが数日前に行きあわせたところがあると言う。そこはガス爆発かなにかあったらしく、建物が半分倒壊し、残りの半分の中身が剥き出しになっている。ディレーニィはそこでたまたま監督が持っていた『ダルグレン』の一節を朗読する。それがまるでこの場に合わせて書いたかのようにハマる。

 見たかったと言えば、ディレーニィがアマーストで学部生のためにやっていた Introduction to Science Fiction の授業も受けてみたかったものだ。ウィリアム・ブレイクの詩 Auguries of Innocence、スタージョンの「極小宇宙の神」、ベアの「ブラッド・ミュージック」(中篇版)についての講義、その翌週のスタージョンの『夢見る宝石』と The [Widget], the [Wadget], and Boff についての講義を聞き、バトラーの「ブラッドチャイルド」とシェパードの「サルバドール」についての試験を受けてみたかった。そう言えばスタージョンもいたよなあ。読みちらかしていて、上記ノヴェラ、ディレーニィが a truly great little American novella と呼ぶものも読んでない。

 この書簡の宛先である Erin McGraw はこの当時は2年前に出た作品集でデビューしたばかりで、ジャンル作家でもなく、ディレーニィとの関係はわからない。ポール・ド・マンについては本人の著作を読むのが一番と書いたりしているから、マグロウの方からそういう問合せをしたのかもしれない。それにしても、前4信同様、細々とした日常を書いて知らせている。ちょっと不思議な感覚になる。(ゆ)