6月29日・火
 
 LOA の最新の Story of the Week の解説にあった Jean Stafford の父親の話は面白い。こういう、莫大な遺産に押しつぶされた人間は他にもたくさんいただろうし、今でもいるだろう。その父親、Jean の祖父はアイリッシュ移民で、ミズーリで牧場主として成功する。Jean の父親の John は莫大な遺産(19世紀から20世紀の代わり目で30万ドル、インフレ率から換算すると今では950万ドル相当)を継ぎながら、第一次世界大戦直後、それを株式投機ですっからかんにすってしまう。あとはひたすら売れない原稿を書きつづけて、1966年、91歳まで生きた。一家の生計は母親が自宅を女子大生向けの下宿にして支えた。

 娘のジーンによれば、地下室に籠り、朝の5時から夜の8時まで、昼食もとらずにタイプを叩きつづけ、毎日最低でも5,000語書いていた。まったく売れないにしても、ここまで原稿を書く、小説を書きつづけたというのは、やはり何かを持っていたのか。あるいは何かに憑かれていたのか。

 まだ遺産があった若い頃、少なくとも1冊は作品が出版され、短篇はいくつか雑誌掲載されている。まったくのゴミというわけでもなかったのではないか。原爆に似た神秘的な兵器 "Hell Ray" についても書いていた、というから、"increasingly unconventional stories" というものには、サイエンス・フィクション的な要素もあったのか。とはいえジーンのある伝記によれば "The piles of unpublished, unread manuscripts accumulated more quickly than the inevitable rejection letters." だったそうから、送ってみなかったわけではないらしい。もっとも送る先を間違えれば、当然拒絶されただろう。それともやはり半ば気が狂っていたのか。死の15年前にジーンが最後に会った時、その姿に、子どもたちが揺籠の中で自殺しなかったのは驚きだと思ったとなると、やはり一種の狂気であろうか。

 こういう狂気は日本語でもあるのだろうか。と思ってしまう。今ならいるだろうか。誰も読まないテキストを、それも毎日40〜50枚、15,000〜20,000字を延々とブログに書きつづける、とか。それだけ毎日書いて、なおかつ中身がちゃんとあり、同じことの繰返しで無く、何かの引き写しでも無いなら、それは一つの才能だろう。もう少しヒマになったら、できるかどうか、やってみるかとも思ってしまう。だからといって John Stafford の原稿を読んでみたいとは思わないが。

 John が若い頃パルプ雑誌にウェスタンを書いていた様々な筆名が、ちゃんと調査され、本人のものとつきとめられているのも、なかなか面白い。契約書などが残っているのか。シルヴァーバーグも ISFDB を見ると、その筆名はほぼつきとめられているらしいが、かれはまだ戦後だ。もっともアメリカは戦災を蒙ったことがないから、戦前からの文書、書物もちゃんと残っているらしい。パルプ雑誌の著者との連絡は大部分が手紙で、しかも手紙のみでやられていた(だから著者の中には女性や黒人もいた由)というから、その手紙が残っているのか。どこかの図書館にどーんと集められているのかもしれない。(ゆ)