10月13日・水
図書館から借りてきたヤコブ・ヴェゲリウス『サリー・ジョーンズの伝説』を読む。すばらしい。『曲芸師ハリドン』は文章主体で絵はあくまでも挿絵だったが、こちらは絵と文章が半々。グラフィック・ノヴェルに分類されるものだろう。長さからいえば、グラフィック・ノヴェラだ。
主人公が並外れたゴリラ、という以外はリアリズムに徹する手法がいい。絵もいい。デフォルメのバランスがとれていて、ユーモラスでもあり、シビアでもある。感情を描かず、起きるできごとを坦々と語ってゆく語り口もいい。リアリズムである一方で、荒唐無稽寸前でもあって、文字通り波瀾万丈、それをもの静かな語り口が支える。この誇張のバランスもまたよくとれている。舞台がイスタンブールやシンガポールやボルネオなど、いわば文明の中心地からは外れたところであるのも新鮮。アメリカには行くけれども、サンフランシスコとニューヨークの港だけ。
サリー・ジョーンズは娘なのだが、ゴリラであるだけでジェンダーが消える。名前からして女性であるとわかるはずだが、誰もそのことを指摘したり、それによって差別したりはしない。オランウータンのババの性別は記されない。
まだ、飛行機の無い時代。第一次世界大戦前。船が万能だった時代。それにしてもディテールがまた深い。シンガポールとマカッサルを往復、周回する航路は、おそらく実際に栄えていただろう。
ラスト、サリー・ジョーンズは故郷にもどり、かつての仲間たちと再会する。けれども、そこにずっと留まることもできない。オランウータンのババとは異なり、サリー・ジョーンズは人間世界で生きてゆく技術に卓越してしまった。それはまたサリー・ジョーンズの性格をも変えている。ゴリラの世界で生きていくだけでは、生きている喜びを感じられない。生きのびるために変わったのだが、一度変化した者はもとにはもどれない。
チーフもサリー・ジョーンズも、金を稼ぐのは使うためだ。使う目的があり、そのためにカネを作る。金とは本来、このように使うものだ。稼いでから、何に使おうか考えるのではない。稼ぐことそのものを楽しむのはまた別だ。
ここには道徳は無い。生きるために道徳は要らない。心に深い傷を負ったものにも、道徳は要らない。泥棒から盗むのは罪か、考えることは無意味だ。
サリー・ジョーンズは学ぶのが好きだ。何かを学んで、できなかったことができるようになることが面白い。盗みの技術も蒸気船の機関を扱う技術も、学べる技術であることでは同じだ。
サーカスのシーンでハリドンがカメオ出演している。
こうなると、サリー・ジョーンズを探偵役に据えた次の長篇は実に楽しみになってきた。
##本日のグレイトフル・デッド
10月13日は1968年から1994年まで、6本のショウをしている。公式リリースは3本。
1. 1968 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
前半冒頭から3曲〈Dark Star> Saint Stephen> The Eleven〉が2019年の《30 Days Of Dead》で、後半のオープナー〈That's It for the Other One〉の組曲が2016年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。判明しているのは前半4曲、後半5曲なので、半分以上がリリースされたことになる。全体で65分であったらしい。
ピグペンは不在だが、ウィアはいる。
ジミヘンがやってきて、演奏に加われるんじゃないかと思っていたらしい。しかし、ジミヘンは前の晩、ソーサリートのヘリポートでデッドとクィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスに待ちぼうけをくらわしていたので、ステージには呼ばれなかった。
〈The Eleven〉の後ろが切れているのが惜しい。演奏はいい。〈That's It for the Other One〉を聴いても、全体像を何らかの形でリリースしてほしい。〈Dark Star〉はパーカッションがほとんどギロだけで通し、ドラムスが無いのが一種超越的な感覚を生む。この頃は、バンド全員の即興であることがよくわかる。1990年代になると、他のメンバーがガルシアを盛りたてる形になる。全員が対等の即興ではなくなる。この時期のルーズで、かつ緊密にからみあった、スリル満点の演奏の方を評価したくなる気持ちはよくわかる。
2. 1980 Warfield Theater, San Francisco, CA
第一部3曲目〈El Paso〉、7曲目〈The Race Is On〉が《Reckoning》で、第二部〈Sugaree〉が2010年の《30 Days Of Dead》で、4曲目〈C C Rider〉、6・7曲目〈Lazy Lightnin'> Supplication〉が《Dead Set》でリリースされた。どちらも2004年の拡大版に初出。
2010年の《30 Days Of Dead》は持っていない。
〈El Paso〉ではウィアがずっと歌いつづける後ろでガルシアがいろいろなことをやる。〈C C Rider〉はゆったりしたブルーズ・ナンバー。ガルシアがやはりウィアのヴォーカルの後ろで茶々を入れるのが粋。ミドランドのハモンド・ソロもシャープで、ガルシアがこれに応じる。〈Lazy Lightnin'> Supplication〉、前者では "My lightnin', too" のコール&レスポンスが長い。
3. 1981 Walter Koebel Halle, Russelsheim, West Germany
この年二度目のヨーロッパ・ツアー8本目。アンコールはストーンズの〈(I Can't Get No) Satisfaction〉だが、あまりに面白かったので、ウィアが今のはレーガンに捧げる、と言った由。
4. 1989 NBC Studios, New York, NY
正式のショウには数えられない。ガルシアとウィアが Late Night with David Letterman に出演、番組のハウス・バンド The World's Most Dangerous Band をバックにスモーキー・ロビンソンの〈I Second That Emotion〉を演奏した。1番をガルシア、2番をウィアが歌った。レターマンがロシア当時はソ連遠征の可能性について、どれくらいあちらにいるつもりかと訊ねるとガルシアは「出してもらえるまでさ」。以上、DeadBase XI の John J. Wood のレポートによる。
5. 1990 Ice Stadium, Stockholm, Sweden
最後のヨーロッパ・ツアー初日。ここから統一後初のドイツ、フランス、イングランドと回る。夜7時半開演。良いショウではあるが、ややラフだったというレポートもある。ガルシアが食べたマリファナ入りブラウニーが強烈だった、という説もあり、時差ボケだという説もある。
6. 1994 Madison Square Garden, NY
6本連続の初日。前半6曲目〈Dupree's Diamond Blues〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。ガルシアはご機嫌で、これは良いショウだったろう。少なくとも前半は。ここではウェルニクのピアノがよく働いている。
ジミー・ペイジとロバート・プラントが前半途中まで見ていた、という報告があるが、真偽のほどは不明。(ゆ)


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