1202日・木

 四谷いーぐるが選ぶ『ジャズ喫茶のジャズ』を聴く。「演奏旅行」という言葉がなつかしい。
 ざっと聴いてまずチャーリー・パーカーからの3曲。パーカーを聴く足掛かりがようやくできた。モンクの面白さ、その外れたところがわかった。確かにこれは面白い。モンクそのものもだが、一方で、ここでフロントを任されて、かなりいい演奏をしていると聞えるサド・ジョーンズとチャーリー・ラウズがモンク抜きだとどうなるのかも興味が湧く。そして、ドルフィーのフルート。昔、一度、聴こうとした時も、サックスよりもフルートの方に惹かれた覚えがある。ここは、フルートを集中的に聴いてみよう。


 後藤さんは「選曲術」と呼ぶ。DJがやっていることも同じだ、という。あたしはキュレーションと呼びたい。キュレーションは普通、展覧会などで、展示物を選び、それらを展示する順番、配置を考えることをさす。常設展示でも、同様なことはされている。人間、一度に複数の作品を同時に鑑賞することはできない。とすれば、何をどういう順番で見るか、聴くか、は大事だ。ただ、行き当たりばったりに見たり聴いたりしても、本当の魅力は見えても、聞えてもこない。だから、凡人にはこういうものをこういう順番で見たり聴いたりしてはいかが、という案内人が要る。案内してもらうことで、行き当たりばったりでは見えない、聞えないところが見え、聞えてくる。

 このオムニバスでもだからライナーが重要だ。この曲をジャズ喫茶ではなぜかけるのか、を後藤さんが書いている。その要諦は表面に聞える音楽の奥に潜むものが聞えるように仕向けることだ。それを読んで聴くと、そこに耳がゆく。
 モンクは《5・モンク・バイ・5》から〈Jackie-ing〉。

 「“ハード・バップ”はジャズの合理的演奏形式でもあるので、そのフォーマットに慣れてしまえば、かえってその中での各ミュージシャンの個性が見えやすいのです。この演奏も典型的2管ハード・バップなので、モンクの楽曲のユニークさ、モンクのピアノの特異性が浮き彫りになるという寸法です」

 聴いてみると、なるほど、他の4人は他でもよく聴くような音楽をやっている。しかし、まずメロディがヘンだ。音がおちつくべきところから外れているところに落ちているように聞える。そしてピアノの音がもっとヘンだ。他の4人の出している音とまるでかけ離れたことをやっているように聞える。全然合っていないように聞える。

 ところが、それが面白いと感じられる。気持ちよいと感じられる。ははあ、これがモンクの音楽の面白さなのか、と腑に落ちる。

 ドルフィーは《ファー・クライ》から〈Left Alone〉。

 「マル・ウォルドロンがビリー・ホリディに捧げた極め付き名曲〈レフト・アローン〉を、ドルフィーは原曲に忠実に吹くのですが、それでもパーカーのところで触れたように、ドルフィーならではの個性・存在感が際立っているのですね。これを聴けば、嫌でも彼の残された数少ない名盤に興味が向うこと請け合いです」

 確かにメロディをまったく変えずに吹いてゆくけれど、まずそのフルートの音に惹きつけられる。吸いこまれるようになる。そして、そのメロディから即興がごく自然に湧きたってくる。さあ、メロディはやったで、ここからあとは俺っちが勝手にやるんだぜい、おめーら、聞きやがれ、というジャズのお定まりのような、とってつけた感じがまるで無い。まるでそこも元々原曲の一部であるように聞える。それに、フルートという楽器の音が、こんなに胸の奥にざくざくと切りこんできて、しかもそれが快感になるなどということがあっただろうか。いや、参りました、ドルフィー、聴きましょう。

 パーカーは「ヴァーヴ時代の隠れ名盤」《フィエスタ》から〈エストレリータ〉。

 「音も良くメロディを素直に歌わせても圧倒的存在感を示す(中略)聴き所は、哀愁に満ちたラテン名曲を切々と歌い上げるパーカーならではの魅力がジャズ初心者にもわかりやすいところですね」

 パーカーはキモだと後藤さんに散々言われて、ようしと図書館にあったアンソロジーを借りてきて聴いてみても、どこが面白いのかさっぱりわからなかった。他で散々聴いているからSPの音が悪いとは思わないけれど、やっぱり後藤さんみたいに、深夜、とにかくごりごりと面白くもないこれを聴き続けなければならないのか、と敬して遠ざけていた。でもこのパーカーはいい。なるほど、凄い。これは入口になる。


 今年夏頃に発見してキュレーションの威力を感じているものがジャズでもう一つある。イングランドはブリストル在住のジャーナリストが書いている "52 for 2021" だ。パンデミックでライヴが止まった、その代わりに週に1曲、思い入れのあるトラックを紹介する。


 表面的には個人的に好きな、これまでウン十年ジャズを生で録音で聴いてきて、思い入れのあるトラックを紹介する形であるのだが、これが絶妙なキュレーションの賜物なのだ。

 書き手がイングランド人だから、わが国では名前を聞いたこともないイングランドのローカルな人(例えば Tony Coe)も登場する。聴いてみると、これが実に良かったりする。有名な人でも、あまり目立たない、名盤選などにはまず絶対に乗ってこないもの(たとえばアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの《The Album Of The Year》)が出てくる。つまり、まったく無名、いや本国では名は知られてるけれど、他ではあまり知られていない、優れてより広く聴かれる価値のある音楽や、誰でも知ってる人や音盤のすぐ脇にあって、その人たちの隠れた魅力を照らしだすような音楽を、さりげない口調で紹介してくれる。そしてその有名無名の混ぜあわせが工夫されている。ジャズに詳しい人はたぶんにやりとするだろうし、初心者は聴けば面白い音楽によってジャズの多様性と広がりを、その大きさに圧倒されずに実感できる。

 基本的にすべての音源をネット上で聴くことが可能だ。あたしは Tidal でまず探し、無ければ Apple Music で探し、それでも無ければ、YouTube か Spotify で聴いている。きちんと聴きたくなってCDを買ったものも何枚かある。


 『ジャズ喫茶のジャズ』にもどれば、これは「第1回:ジャズ喫茶が選ぶジャズ・ジャイアンツの名演」とあり、後藤さんがジャズ・ジャイアンツをどう料理するのかにまず興味があった。ビル・エヴァンスを出すのはやむをえないとしても、《Waltz For Debby》ではなく、いわばそのB面になる《Sunday At The Village Vanguard》を選んでいるのを見て、さーすがあ、こりゃあ、イケる、と思ったのだが、上記パーカーからの3曲は、期待を大きく上回ってくれました。第2回以降も楽しみになってきた。



##本日のグレイトフル・デッド

 1202日には1966年から1992年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1966 Pauley Ballroom; University of California, Berkeley, CA

 Danse Macabre(死の舞踏)と題された金曜夜のダンス・パーティー。2ドル。開演9時。共演カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ。ポスターとチケットが残っている。San Francisco Chronicle 19661201日付けにも予告記事がある。が、このギグが実際に開催された、という明確な証拠は無いらしい。セット・リスト不明。

 その記事ではこのバンドは結成されて16ヶ月で、ベイ・エリアで最も人気のある組織2つのうちの片方、とある。とすると、結成は1965年8月。もう片方が何かは書いていないようだ。


2. 1971 Boston Music Hall, Boston, MA

 第二部が短かいが、第一部は良いショウとのこと。


3. 1973 Boston Music Hall, Boston, MA

 このヴェニュー3日連続の3日目。前々日と同じく曲数で6割強、時間にして8割強が《Dick’s Picks, Vol. 14》でリリースされた。こちらは第一部がオープナーとクローザーを含んで7曲。第二部がクローザーの〈Sugar Magnolia〉以外全部。それにアンコールの〈Morning Dew〉。つまりこの3日間は〈Morning Dew〉に始まり、〈Morning Dew〉に終る。

 DeadBase XI Dick Latvala John W. Scott は口をそろえて、第二部のジャムを誉めたたえている。このショウを公式リリースした《Dick’s Picks, Vol. 14》はラトヴァラの最後の仕事のはずで、そのすばらしい第二部をほぼ全部収録したわけだ。


4. 1981 Assembly Hall, University Of Illinois, Champaign-Urbana, IL

 開演7時半。セット・リスト以外の他の情報無し。


5. 1992 McNichols Arena, Denver, CO

 25.85ドル。開演7時。セット・リスト以外の他の情報無し。(ゆ)