01月13日・木
プリンタのノズル・クリーニングをいくらしても黒のプリント結果が改善されず、横にシマが入る。これが治らないと FedEx の出荷書類がまともに印刷されない。記録を見ると購入から4年10ヶ月。なので買い換えることにする。検索するとクリーニング・カートリッジなるものを使ってノズルを洗浄する手があるが、時間と手間がかかるし、必ずしもうまくいくとは限らない。プリンタ兼スキャナーもそう頻繁に使うものでもないのだが、無いのも困る。
##本日のグレイトフル・デッド
01月13日には1966年から1980年まで、5本のショウをしている。公式リリース無し。
1. 1966 The Matrix, San Francisco, CA
手書き原稿のチラシが残っている。09日日曜日、11日火曜、12日水曜がジェファーソン・エアプレイン、この木曜日と土曜がデッド。時間、料金の記載は無い。
セット・リストは不明。
2. 1967 Berkeley Community Theatre, Berkeley, CA
本来デッドは出番ではなかったが、late show と時間を勘違いしたホセ・フェリシアーノの代役として出演。共演はママス&パパスと Canadian Fuzz。
会場はバークレー高校敷地内にある劇場で座席数3,491。第二次世界大戦中建設が中断し、1950年6月に未完成のまま献堂式が行われた。コンサートに頻繁に使用され、デッドの他、ボブ・ディラン、スタン・ゲッツ、ジョニ・ミッチェル、フランク・ザッパ、ジェイムズ・テイラー、リッチー・ヘヴンス、レニー・ブルース、メタリカなどがやっている。
デッドはこの日がここでの最初の演奏で、1986年04月まで23本のショウを行っている。
ママス&パパスは3枚目《The Mamas & the Papas Deliver》発売直前。
Canadian Fuzz は不明。
2. 1967 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA
このヴェニュー2日連続の初日。共演は Junior Wells Chicago Blues Band とドアーズ。セット・リスト不明。late show で上記のショウの後。
ジュニア・ウェルズ本名 Amos Wells Blakemore Jr.(1934-1998)はシンガー、ハーモニカ奏者。ブルーズ黄金時代最後の生残りと言われる。本人は自分の音楽はリズム&ブルーズと言っていたそうな。
ドアーズはファースト・アルバムがリリースされた直後。
3. 1978 Arlington Theatre, Santa Barbara, CA
「原発を止めろ」を掲げたベネフィット・コンサート。
演奏はとても良いものだったが、ガルシアは途中で声が出なくなり、第二部後半の〈Wharf Rat〉ではかぶりを振ってマイクから離れ、ギターだけ弾いた。
終演後、ビル・グレアムが登場し、警備員によるハラスメントを詫び、今日のチケットの半券を持ってくれば、翌日のベーカーズフィールドでのショウは半額にする、とアナウンスした。実際にはベーカーズフィールドの会場では、この日のチケットの半券を持ってきた人間はタダで入れた。
会場は映画とパフォーミング・アーツ用施設で、座席数2,018。1976年オープン。外観はスペイン調、アランブラ宮殿を連想させる。客席頭上の天井には星空が描かれ、席に座ると、スペイン植民地時代の屋外、広場=プラザにいる感覚になる。
デッドがここで演奏したのはこれが最初で最後。
4. 1980 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
この年最初のショウ。この後は3月末まで休み。カンボジア難民救済コンサート。KSAN で FM放送された。ジェファーソン・スターシップ、ジョーン・バエズ、ビーチ・ボーイズ、カルロス・サンタナと合同。
約1時間半超の一本勝負。クローザーの〈Not Fade Away> Sugar Magnolia〉にサンタナとジョン・チポリーナが参加。アンコール〈U.S. Blues〉にスライ&ザ・ファミリー・ストーンのドラマー Greg Errico が参加。このアンコールの後に、デッド、ジョーン・バエズ、ビーチ・ボーイズで〈Amazing Grace〉が歌われた。(ゆ)
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