0211日・金

 『SFが読みたい! 2022年版』所載の海外篇ベストSF2021で、あたしが訳した『時の他に敵なし』が第6位に入った、というので、初めて買ってみる。

SFが読みたい!2022年版
早川書房
2022-02-10

時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
マイクル・ビショップ
竹書房
2021-05-31


 どなたが、どのようにして選んでおられるのかも承知しないが、自分の仕事がこうして認められるのは嬉しい。何はともあれ、ありがとうございます。そして、これを機に少しでも売れますように。

 このリストでは内田さんの訳された『時の子供たち』が2位に入ってもいて、これまためでたい。

時の子供たち 上 (竹書房文庫)
エイドリアン・チャイコフスキー
竹書房
2021-08-02






時の子供たち (下) (竹書房文庫 ち 1-2)
エイドリアン・チャイコフスキー
竹書房
2021-07-16

 ベスト10のうち、この本の版元の早川のものが半数なのはまあそんなものだろうが、『時の他に敵なし』の版元、竹書房が2点、早川の他では唯一複数入っているのも、めでたい。Mさんの苦労も報われたというものだ。

 エイドリアン・チャイコフスキーも面白いものを書く人と思うので、評価されるのはめでたい。この人、ひと頃のシルヴァーバーグやディックなみに量産しているのも今どき珍しいし、虫好きで、これもそうだが、虫がたくさん出てくるのも面白い。動物との合体はSFFに多いが、虫との合体は、スターリングにちょっとあったくらいじゃないか。ディッシュの短篇に「ゴキブリ」という大傑作があるが、あれはむしろホラーだ。チャイコフスキーはもっと普通の話。出世作の十部作のファンタジーはキャラクターの祖先が虫で、祖先の虫が何かで部族が別れていたりする。だいたい、この人の名前がいい。チャイコフスキーは元々ポーランドの名前で、作曲家も祖先はポーランドの出身だそうだ。『ウィッチャー』で注目されるポーランドには、なんてったってレムがいるけど、『ウィッチャー』以外の今の書き手も読んでみたいものだ。

 レムと言えば、ジョナサン・レセムが先日 LRB に書いていたエッセイ、「レムを読んだ1年」はなかなか面白い。今年は無理だが、来年はレムを読むぞ、と思ったことではある。

 ぱらぱらやっていると、中国に続いて、韓国のSFも盛り上がっているのだそうだ。英語圏でも Yoon Ha Lee がいるし、E. Lily Yu も確かコリアン系ではなかったかと思う。中国系はやはりケン・リウの存在が大きい。今の中華系SFの盛り上がりはほとんど彼が独力で立ち上げたようなもんではある。

 アジア系ではサムトウ・スチャリトクルのタイが先行したけれど、やはり今世紀に入ってどっと出てきた感じがある。去年やらせてもらったアリエット・ド・ボダールのヴェトナムでは、Nghi Vo The Empress Of Salt And Fortune が今回ヒューゴーのノヴェラを獲った。あれは受賞して当然だし、やはり去年出した初の長篇 The Chosen And The Beautiful も面白かった。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を視点を換え、世界を少しずらしてゴシック・ファンタジーに仕立てなおした1篇で、実に見事な本歌取りになっている。元歌がフィッツジェラルドなので、一般読書界からも注目された。Washington Post Ron Charles は、こちらの方が話のつじつまが合うと言っていた。

 ヴェトナムは今のところ、もう一人 Violet Kupersmith も含めて、ファンタジー色が強いのも面白い。アリエットの「シュヤ」のシリーズにはサイエンス・フィクションもあるから、これから出てくることを期待する。



##本日のグレイトフル・デッド

 0211日には1966年から1989年まで6本のショウをしている。公式リリースは2本。


1. 1966 Youth Opportunities Center, Compton, CA%

 Watts Acid Test と呼ばれるイベントとされるが、アウズレィ・スタンリィの言葉だけで、明確な証拠はない。アシッド・テストに関するベアのコメントは信用性が低いことで知られる。このイベントのものとされているテープが存在するが、その憶測を支持する根拠は無い。


2. 1969 Fillmore East, New York, NY

 このヴェニュー2日連続の初日。《Fillmore East 2-11-69》で全体がリリースされた。

 ショウは Early Late の2本立てで、ともに1時間強。ジャニス・ジョプリンが自分のバンド、後に Kozmic Blues Band と呼ばれるバンドを率いての初のライヴで、デッドはその前座。デッドの演奏を見たジョプリンは、あたしたちが前座をするべきだね、と言ったと伝えられる。

 いろいろな意味で興味深いショウ。とりわけ、遅番ショウの冒頭の2曲〈Dupree's Diamond Blues〉〈Mountains Of The Moon〉をアコースティック仕立てでやっている。ガルシアはアコースティック・ギターで、後者の途中でエレクトリックに持ち替える。この年は原始デッド完成の時期だが、すでに次のアメリカーナ・デッドへの模索が始まっていたのだ。ともに演奏としては上の部類で、こういう仕立ても立派に成り立つと思わせる。ともに《Aoxomoxoa》収録。

 〈Dupree's Diamond Blues〉は19690124日にサンフランシスコで初演。0711日を最後に一度レパートリィから落ち、19771002日、ニューヨークで復活。1980年代を通じてぽつりぽつりと演奏され、最後は跳んで19941013日のマディソン・スクエア・ガーデン。計78回演奏。公けの初演の前日のリハーサルの録音が《Download Series, Vol. 12》に収録されている。

 〈Mountains Of The Moon〉は19681220日、ロサンゼルスで初演。19690712日、ニューヨークが最後。《Aoxomoxoa》の1971年リミックス版が出た時のインタヴューでガルシアは、この曲はお気に入りだと言っているが、結局トータル13回しか演奏されなかった。

 このショウの話題の一つは早番ショウの最後にピグペンが〈ヘイ・ジュード〉を歌っていることで、デッドとしての初演。オリジナルは前年8月にリリースされているから、カヴァーとしては早い方だろう。一聴すると、ひどくヘタに聞えるが、ピグペンは自分流に唄おうとしている、というより、かれ流にしか唄えないのだが、そのスタイルが楽曲とはどうにも合わない。おそらく自分でもそれはわかっているが、それでも唄いたかった、というのもわかる。ただ、やはりダメだと思い知ったのか、以後、長く封印され、1980年代半ばを過ぎてようやくブレント・ミドランドが持ち歌として、今度はショウの第二部の聴き所の一つとなる。

 デッドがジャニス・ジョプリンの新たな出発に立ち会うのはまことにふさわしいと思える一方、デッドはまたこういう歴史的場面に立ち会うような星周りの下にあったようでもある。DeadBase XI Bruce C. Cotton のレポートにあるように、当時、デッドはまだローカルな存在だったが、後からふり返るとそこにデッドがいたことで輝く瞬間に立ち合っている。North Face がサンフランシスコに開いた最初の路面店のオープニングで演奏しているように。

 もっともこのコットンのレポートはかなり脚色が入っている、あるいはその後の体験の読込みが入っているように思える。

 ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーはクィックシルヴァーやエアプレイン同様、サンフランシスコ・シーンの一員だが、この二つのメンバーがデッドのショウに参加することはあっても、ビッグ・ブラザーのメンバーは無かったようなのは、興味深い。

 まったくの余談だが、ジョプリンがビッグ・ブラザーを離れたことには、ビッグ・ブラザー以外の誰もが喜んだように見える。自分たちの音楽によほど自信があったのか、音楽的な冒険をすることに臆病だったのか、理由はわからないが、すでにできあがったスタイルに固執していて、それがジョプリンの可能性の展開を抑えていたという印象がぬぐえない。一方でその頑固さがジョプリンの保護膜にもなっていたとも見える。


3. 1970 Fillmore East, New York, NY

 このヴェニュー3本連続のランの初日。日曜日までフィルモア・ウェストで3日連続をやり、月火と2日置いてニューヨークで3日間、20日から4日間テキサスを回り、3日置いてサンフランシスコのファミリー・ドッグ・アト・ザ・グレイト・ハイウェイで3日連続と、まさに東奔西走。

 これも8時の早番と 11時半の遅番の2本立てで、3.504.505.50ドルの3種。オールマン・ブラザーズとラヴが共演。

 早番のオープナー〈Black Peter〉が2012年の、遅番の2曲目〈Cumberland Blues〉が2021年の、アンコール〈Uncle John's Band〉が2010年と2013年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 遅番の〈Dark Star〉にラヴの Arther Lee がパーカッションで参加。ピーター・グリーンとデュアン・オールマンも参加したらしい。〈Turn On Your Livelight〉にグレッグ・オールマンがオルガンとヴォーカルで、ベリー・オークリィがベースで参加。ダニー・カーワンも入っていたらしい。

 アンコールはアコースティック・ギター1本とヴォーカルだけで、なかなか良い演奏。

 オールマン・ブラザーズ・バンドがツイン・ドラムスの形を採用したのはデッドの影響、というのはどこかで誰かが証明していないか。フィルモアのライヴでも顕著な長いジャムやスペーシーな即興もデッドの影響だと言ってもおかしくはない。



4. 1979 Kiel Auditorium, St. Louis, MO

 このヴェニューでは、昨年のビッグ・ボックス・セット《Listen To The River》でリリースされた19731030日以来久々のお目見え。セント・ルイスでは19770515日に演っている。年初以来のツアーの最後。あともう1本、17日にオークランドでショウをして、ガチョー夫妻はバンドを離れる。


5. 1986 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA

 16ドル。開演8時。このヴェニュー5本連続の中日。ネヴィル・ブラザーズ前座。さらに、第二部のオープナー〈Iko Iko〉〈Eyes Of The World〉とそれに続く Drums、さらに3曲のアンコールにも参加。

 ミッキー・ハートの招きでジョセフ・キャンペルがこのショウを見にきて、「デュオニソスの儀式、バッカスの宴そのままだ」と述べたと伝えられる。


6. 1989 Great Western Forum, Inglewood, CA

 開演8時。このヴェニュー3日連続の中日。第二部 Drums にアイアート・モレイラが、Space の後の〈Eyes Of The World〉にアイアート&ダイアナ・モレイラとフローラ・プリムが参加。年頭から5本目にして、ようやくエンジンがかかってきたようだ。(ゆ)