03月07日・月
母の眼科受診に付き添う。白内障手術後初めての受診。病院での所見で眼の表面に傷が多かったのでそれを治す目薬が退院の朝に急遽追加された。今日の所見ではかなり良くなっているので、その薬は中止。目薬は4種類になった。念のため、訊ねると、種類と頻度は減ってゆくが、最低でも1ヶ月から2ヶ月は続ける由。一つさすごとに5分はあけろというので、4種類さすと最低でも15分はかかる。母は高齢で動作も遅いから、ひとつさすのに5分はかかる。全部で結局30分以上。とまれ、経過良好ということだから、目薬はちゃんと自分でさせているわけだ。診察前の視力検査では手術前とあまり変わらず、もう少し出てもいいはずだが、高齢者の場合、視力の回復が遅れることがある、と主治医の弁。視野はずいぶん明るくなったと本人は言うから、手術したメリットは出ている。
##本日のグレイトフル・デッド
03月06日には1981年から1994年まで3本のショウをしている。公式リリースは無し。
1. 1981 Stanley Theatre, Pittsburgh, PA
金曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。
2. 1992 Hampton Coliseum, Hampton, VA
金曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。23.50ドル。開演7時半。
3. 1994 Blockbuster Desert Sky Pavilion, Phoenix, AZ
日曜日。このヴェニュー3日連続の最終日。23ドル。開演5時。
サウンド・エンジニアの Dan Healy がこのショウを最後にクビになった。原因は今一つ、定かではない。この時期、ウィアのヴォーカルにディレイやリヴァーブなどの効果をかけることが多く、ためにウィアはモニターが聴こえづらかった。スティングが前座をした時、同様の操作でPAの調子がおかしく、これによって問題が表面化した。という説が一つ。ヒーリィがヘロインを入手するため、 SBD をヨーロッパのブートレグ業者に売っていたことが発覚した、という説が一つ。その他にもいくつかある。
ヒーリィがウィアのヴォーカルにエフェクトをかけた理由もよくわからない。時には、喉の調子が良くないのをカヴァーすることもあるから、そのせいかとも思うが、たいていはこれは要らないよ、と思える。あるいはデッドのスタッフが例外なく感じていた過剰なまでのストレスへの対策の一つなのかもしれない。デニス・マクナリーの本によれば、最後には俺をクビにしろとさかんに言っていたともある。辞任する気にはなれなかったのか。
ヒーリィはアウズレィ・スタンリィが作ったPA工房の Alembic のメンバーでもあり、デッド草創期からのファミリーの一人で、長くサウンド・エンジニアを勤め、復帰後のデッドのPAシステムの音響改善に貢献している。1980年代以降の公式録音の担当者でもある。(ゆ)

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