0323日・水

 毎日、デッドを聴くのに必死である。1990年春のツアーを聴きなおしている。いずれも2時間半前後。日常生活で2時間半、まとまった時間をとるのはそう簡単なことではない、とあらためて思い知らされる。聴きながらできるかぎりメモをとる。メモをとることで印象をはっきりさせる。散歩している時に聴く時は、その場ではメモはとれないから、帰ってきて、まだ記憶が新鮮なうちに書く。

 一方で「##本日のグレイトフル・デッド」も書かねばならない。何らかの用件が入って1日休むとえらいことになる。とりわけ、春は毎日のショウの本数が多い。3月に入って俄然増えてきた。書くことで発見もあるし、楽しい作業ではあるのだが、時間をとられる。追加の調査も必要になる。文献にもあたる。デッドは文献も多いし、データもいろいろ残されている。情報の量と質で匹敵するのはビートルズとバッハくらいではないか。音源の量と質ではデッドとバッハが双璧だろう。バッハは作った曲が大量にあり、デッドはショウの録音が大量にある。世にはバッハ学があるが、アメリカではデッド学が立ち上がっている。まだそう大きくはないようだが、いずれでかくなるだろう。

 デッドはインターネットが爆発する直前に解散したから、一次資料としてはまだアナログがほとんどだ。それでも、デビュー当時から記録は残している。デッドには自分たちは歴史を作っているという意識があったから、様々な文書、書簡、記録はすべて保存していた。そうしたもの、録音以外の記録や物品は UC Santa Cruz 図書館の Grateful Dead Archive に寄贈され、整理・公開が進められている。一度は行ってみたいものではある。とまれ、直接の記録、物品の量ではデッドは他を圧している。

 デッド専属作詞家の一人 John Perry Barlow はインターネットの発展に寄与したから、ネット上では早くからデッドに関する情報の蓄積と発信が盛んだ。ネット上の二次資料がどれくらいあるのか、全貌は想像もつかない。ニュースグループやメーリング・リストの時代からのものも多い。書籍の形では毎年数冊はデッドに焦点を絞った新刊が出る。60年代文化や関係のあるミュージシャンなども含めた形はまた別だ。デッド学が発展・拡大すれば、ますます増えるだろう。

 これを要するにグレイトフル・デッドは解散して四半世紀後、現在進行形の現象でありつづけている。消化しなければならない相手がどんどん増えるのだから、老後の楽しみとしてはこれ以上のものはない。



##本日のグレイトフル・デッド

 0323日には1968年から1995年まで、11本のショウをしている。公式リリースは4本。


01. 1968 State Fair Coliseum, Detroit, MI

 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。エリック・バードン&ジ・アニマルズ、エア・アパレント、アポスルズ、ジャギド・エッジ共演。セット・リスト不明。


02. 1972 Academy of Music, New York, NY

 木曜日。このヴェニュー7本連続のランの3本目。5.50ドル。開演8時。第一部クローザー前の〈Me And Bobby McGee〉が《Weir Here: The Best Of Bob Weir》で、第二部5曲目の〈Dark Star〉が《Rockin' The Rheinbonus CD でリリースされた。


03. 1974 Cow Palace, Daly City, CA

 土曜日。第一部第二部それぞれのオープナーとクローザーを含む計20曲が《Dick's Picks, Vol. 24》でリリースされた。曲数にして全体の3分の2、時間では全体の4分の3ほど。この頃の《Dick's Picks》は CD2枚組が標準で、2枚に収めるために抜粋としたらしい。

 モンスターPAシステム Wall of Sound 完成版のデビュー・ショウ。実際、すばらしい音質。このシステムの欠点としてヴォーカルの低域が足らなくなり、声が上ずって聞える。それ以外は各自のヴォーカルも含めて、極めてクリア。第二部オープナー〈Playing In The Band〉でウィアのマイクが入らず、一度中断、マイクの接続をやりなおして再度頭からやりなおす。

 第一部5曲目〈Scarlet Begonias〉と8曲目〈Cassidy〉が初演。前者はハンター&ガルシア。1977-03-18, Winterland で初めて〈Fire on the Mountain〉とつなげて演奏される。03-20 Winterland ではまた単独。次の 04-22, Philadelphia でペアで演奏され、以降は原則ペアだが、例外的に単独も何回かある。1977-03-18 以降の単独18回。

 後者はバーロゥ&ウィアの曲。19950706日まで334回演奏。演奏回数順では31位。スタジオ版はウィアのソロ《Ace》収録。この曲はドナの存在を念頭に置いて作られたのではないかと思える。


04. 1975 Kezar Stadium, San Francisco, CA

 土曜日。この年、デッドが行なったショウは4本のみで、その最初。ビル・グレアムが企画した SF SNACK (San Francisco Students Need Athletics, Culture, and Kicks) のための資金集めのイベントで、デッドは1ダースほどの出演者の一つ。前売5ドル、当日7.50ドル。午前10時開演。デッドはこの年9月にリリースする《Blues For Allah》から〈King Solomon's Marbles〉と〈Blues For Allah〉を演奏した。前者を後者ではさむ形。アンコールに〈Johnny B. Goode〉。《Blues For Allah》からの2曲はインストルメンタル版。全体で45分足らず。マール・ソーンダースとネッド・ラギンが全曲に参加。《Beyond Descriptionbonus disc で全体がリリースされた。

 他の出演者は以下の通り。

Doobie Brothers

Graham Central Station

Mimi Farina

Jefferson Starship

Jerry Garcia and Friends

The Miracles

Joan Baez

Santana

Tower of Power

Neil Young(ポスターには無し)

Bob Dylan

 他にもスター・アスリートが多数、出演した。

 〈King Solomon's Marbles〉と〈Blues For Allah〉はともにこれが初演。前者はこの年の4本全部と1976-07-16, サンフランシスコで演奏された。セット・リスト上では組曲を成すレシュ作曲の〈Stronger Than Dirt〉とハート、クロイツマン、レシュの3人の名義である〈Milkin' The Turkey〉の2曲が別々に記載されている。〈Stronger Than Dirt or Milkin' The Turkey〉とされているものもある。5回の演奏は常に組曲として演奏された。

 後者はこの日、次の0617日の Winterland、そして0813日の3回のみの演奏。


05. 1981 Rainbow Theatre, London, England

 火曜日。このヴェニュー4本連続の最終日。6ポンド。開演7時。見事なショウの由。


06. 1986 The Spectrum, Philadelphia, PA

 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時。第一部の方が出来の良いショウの一つの由。


07. 1987 Hampton Coliseum, Hampton, VA

 火曜日。このヴェニュー3日連続のランの最終日。


08. 1991 Knickerbocker Arena, Albany, NY

 土曜日。22.50ドル。開演7時半。


09. 1992 The Palace, Auburn Hills, MI

 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時半。ブルース・ホーンスビィ参加。このランではこちらの方が遙かに良い由。


10. 1994 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY

 水曜日。このヴェニュー5本連続のランの初日。27.50ドル。開演7時半。第一部4曲目〈El Paso〉でウィアがアコースティック・ギター。第二部 Space 後の〈I Need A Miracle〉からアンコール〈U.S. Blues〉まで、ブルース・ホーンスビィがピアノで参加。


11. 1995 Charlotte Coliseum, Charlotte, NC

 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。第二部オープナー〈Unbroken Chain〉が2017年の、4曲目〈Corrina〉が2013年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。ブルース・ホーンスビィがピアノで終始参加。これに刺激されて、ガルシアがいつになく元気で、この春のツアーでもベストのショウとなった。と DeadBase XI で無名の、どうやら女性が書いている。(ゆ)