05月03日・月
final のサイト、final Lab のコーナーの九州大学・河原一彦博士のインタヴューがめちゃ面白い。
これまでされてきている仕事の話もたいへん面白く、とりわけ「聴能�外蕁廚蓮△海Δい�授業、訓練を若い時に受けたかったと思うけれど、最も興味を惹かれたのは最後の2回、Vol. 6 『音響教育と民生オーディオ』、Vol. 7 『今後目指すもの』。とりわけ、最後の最後の部分は、昨日の中村繪里子氏のコメントにも通じる、今からのオーディオのめざすべきところを押えていると思う。オーディオというと河原博士ではないが、無責任になるな。オーディオのユーザーすなわちリスナー、つまりあたしらがめざすべきところ、だろうか。
—引用開始—
河原:そういう意味じゃ、このインタビューの中でもキーワードみたいになったと思うんですけど。商品、オーディオに関するような商品を買う人も、自分を鍛えないといけない。鍛えたら良いことがあるよっていうふうにしたいなと思いました、この準備をしながら。そうすると、例えばfinalの場合だと、自分に合ったイヤホンが得られ、選ぶ能力というか、例えば僕が言いたかったのは、車を買う時に、めちゃくちゃ調べるでしょ?そんな車を買う時みたいに調べないけど、イヤホンを買う時に、このハンドブックを見とったら、選ぶコツが分かるっていう、1個選ぶ時に、拠り所になるように、例えば僕らにとっては当たり前ですけど、自分の好きな音楽を聴いて選んだらいいよとか。それだけでもいいと思うんですよね。例えば誰の音楽が好きというのがあれば、その曲がかっこよく聴こえるイヤホンを選んだら、それでいいわけじゃないですか。だから自分の好きな曲が、あまりラウドネス競争していると困るんですけど、自分の好きな音楽が、自分にとって気持ち良く聴けるようなイヤホンだったら、値段が高い安いじゃなくて選んでいいんじゃないですか?選んでいいんだよ。思い出した。いつも言ってること。おそらく、今までの民生オーディオは、良い悪いの対立だったと思うんですね。良いのはどれ?みたいな。おそらく、パラダイムシフトが起こらないといけないと思っていて。多分、好きかそうじゃないかとか、もしくは、適しているか適していないかっていう、そういう軸に変わるんじゃないか。それは、ある程度良い悪いっていう意味でのHi-Fiのソリューション、解にほぼ近づいてしまったから、それからどっちかというか、どういう音楽をどう聴かせるかという味付けの方に、味付けというか、調整の方に。味付けというのは、適切じゃない。Hi-Fiでは、ほぼチューニングとして達成できるとしたら、じゃどの音楽を聴かせますか?どういうジャンルの音楽に合わせますか?っていう時代になるんじゃないかと思っているんですよ。そういう時に、じゃあそういう売り方、あるいは、選び手もどういう音楽、好きな音楽、いつも聴いている音楽は、これ。じゃあ、それを聴いてみて、AとBとCと聴いて、じゃあ1番これが素敵に聴こえる。その時に、いっぺんボリュームを下げて、あらためて上げましょうっていうのもあるけど、そういう聴き方をして選んでもらえるような、そういうテクニックというか、リテラシーをちゃんと伝えないといけないなと思います。いけないな、無責任な発言だな、これは。主語がないからいけない。業界関係者ときちんと連携して、教育機関も、そういう発信をしていかないといけないなと思っています。どうでしょう。濱��:ありがとうございます。私自身は、音楽コンテンツを作る側の仕事もやってきましたから、元々は、ある時代までは自分が作った音をそのまま聴いて欲しいという意図が強かったですね。ですから、フィデリティという、忠実性というのを再生側にも求めてきていたんですけど。今は、先ほどのスマートフォンやら、一体どういう環境で聴かれるか分からない。そこに信号処理で、いわゆるレンダリングという技術ができてきて、かつ、3Dオーディオというのも、非常に一般的になりつつある。そうすると、私はこう作ったので、こう聴いてくださいではなくて、こういう形の素材を用意しましたから、あとはお好きに聴いてくださいみたいな形が多分求められてきているんですね。そうしないと、コンテンツもきちっと渡していけないみたいな。それは、MPEG-Hだとか、ああいう符号化がそれこそ、そういうことも想定して、音をどういうふうに伝えるかっていう符号化の考え方も変わってきている。そういう意味では、ユーザーというか、リスナーが主体的に音楽をどういうふうに聴くかっていうことを、主体的に自分で選ぶ。じゃあ、どういうデバイスで選ぶ、あるいは、どういう音で選ぶ、どういう音で聴くというのを多分選べる時代になってきた。でも、そのためにはある程度知らないと選べない。だからそこは、多少なりおっしゃったように、ガイドブックなのか、勉強するのか、調べれば、今の時代ですから、色々な情報があって。今回のこういったインタビューも、おそらく普段それこそ河原先生の授業でも取らない限りは、こうやって話を聞くなんてことはできないというのも、finalというひとつの会社がお願いして、お話を聞かせていただいている。このコンテンツ自体も、そういう意味ではユーザーの人たちが自分たちで考えて、何か音を判断して、自分たちの好きな音楽を好きに聴くというための材料になると思うんですね。だから、そこが多分おっしゃったように、リテラシーなのかなとは思いました。河原:濱��さんのお話、すごくよく分かる。ヘッドホンを選ぶって、レンダリングツールを選んでいるんですね。スピーカーで聴くか、イヤホンで聴くかという所がすでにそう、レンダリングとのつながりで選んでいるっていうような捉え方をすれば、レンダリングする能力というか、リテラシーを身に付けていると、例えば日曜日の朝のご飯を食べながらのレンダリングと、通勤電車の中でのレンダリングの仕方は違うわけですよね。だから、そういうキーワードで意識することができれば、もっとハッピーなリスニング体験ができるんじゃないかなと思いました。産学連携というか、上手く色々な所で連携しながら、儲かるという意味じゃなくて、中のハピネスを増大できるような、それだけ平和な時代なので、せっかくの平和な時代に我が国にいることを楽しめるハピネスを楽しんだらいいんじゃないかなと思います。音楽の力の文化を、リテラシーを高めていくことが、我が国の音楽の文化の聴き方というか、音楽の聴き方を高めていければ、豊かになるんじゃないですか。西洋ヨーロッパの諸国のコンサートのあり方がすべてじゃないかもしれないので、ヘッドホン・イヤホン、ウォークマンを生み出した国なので、そういう音楽の聴き方が日本で色々な聴かれ方が発展していくという1つの聴取スタイルを作っていければいいかなと、お話ししていて思いました。
--引用終了--
引用が長いが、切れるところがない。ポイントはいろいろあるが、最も面白いのはオーディオのパラダイム・シフトだ。従来のオーディオは良い悪い、あたし流に言いかえれば、「原音再生」を軸として良い悪いを競い、リスナーの方もその評価軸を無批判に受け入れていた。今からのオーディオは聴く人間が楽曲を楽しく聴けるかが評価軸になる。「原音」などという曖昧模糊としたものではなく、具体的にこの楽曲、この録音を愉しく聴けるかどうか、なのだ。あえて言い換えれば、「原音」は一つではなく、リスナーによって、録音によってそれぞれに異なることを認め、受け入れることだ。
オーディオの評価の一つに、「どんなジャンルにも合うオールラウンダー」という表現がある。従来これはプラスの評価だった。裏返せば、特定のジャンルにしか合わない製品は不良品である、という認識だ。
新たなパラダイムのもとでは、この表現を与えられた製品は、どんな録音もそこそこに聞けるが、どれにも合わない中途半端なシロモノ、あるいはのっぺらぼうのゴミ、ということになる。
ただし、そういう製品であっても、あるリスナーがある楽曲・録音を愉しく聴ける可能性はある。それを見つけだすことがオーディオの愉しみにもなる。
作り手としては、ある製品を特定の楽曲に向けて作ることは不可能だ。作り手としては「オールラウンダー」をめざすしかない。しかしそれはあくまでも作り手の論理で、リスナーがそれに従う必要はさらさらない。作り手が各々に工夫して作りだした製品の中から、自分が愉しく聴けるもの、聴きたい楽曲・録音を愉しく聴けるものを見つけだすのが、ユーザー/リスナーの論理だ。
あるジャンル、ある音楽の型に向けて製品を出している例はある。イヤフォンのリケーブルには "vocal" や "musical" と製品名に謳っているものがあるし、Chord & Major はジャンル向けに調整したイヤフォンを出している。後者はこれまではいささか眉唾ものという印象だったが、パラダイムが替わってみると、あらためて興味が湧いてくる。
現時点でおそらく新たなパラダイムに最も忠実なのは他ならぬ final の Make シリーズだ。これはリスナーが自分が聴きたい音に向けて調整できるというイヤフォンだ。先日のイベントで、たまたま final の社長と話す機会があったとき、Make シリーズがまことに面白い可能性をもっていることを強調されていた。Make のユーザーはまさに新たなパラダイムに沿って、ある楽曲を愉しく聴けるように音を作ってくるという。そしてそのレシピに従ってイヤフォンを調整し、対象の楽曲を聴いてみると、たとえその曲やジャンルがなじみのないものであっても、当の曲に対するリスナーの愛が、つまりこの曲を愉しく、理想的な音で聴きたいという想いがひしひしと感じられるのだそうだ。
その愛がたがいに感じられる時、リスナー同士の垣根、ジャンルや年齡や環境の垣根がとりはらわれて、対等の会話が生まれる。細尾社長はそこにオーディオの新たなコミュニティの可能性を見ておられる。
これはすごいことである。この場合、リスナー同士は同じ音を聴いているのだ。スピーカーを前にして一緒に聴いている状態がイヤフォンで実現している。しかも、その音は、少なくともその一方にとって理想の音なのだ。スピーカーをある楽曲にとって理想の状態にするのは、限りなく不可能に近い。イヤフォンだからこそ可能になっている。
Make シリーズや Chord & Major、リケーブルは物理的な手段による最適解の探索だ。いわばアナログの手法だ。対して DSP によるデジタルの手法で最適解をめざす手法も当然出てくるし、おそらくすでにいくつかあるだろう。ワイヤレスのイヤフォン、ヘッドフォンは、ケーブルがなくなることはすでにあたりまえで、それよりも、DAC、アンプも内蔵し、その中で音を調整する、作ってゆくことができることの方が、これからは重要になるだろう。細尾社長によれば、あと2世代くらいで、基本のレベルにおいて、無線の音は有線を超える。
ウォークマンによって始まったオーディオのパーソナライズは、ついにというか、ようやくというか、パラダイム・シフトを起こし、オーディオを作り手の論理ではなく、リスナーの論理にしたがう、真の意味で趣味と呼ばれるにふさわしい段階へと脱皮しようとしている。
いや、パラダイム・シフトは見えた時にはすでに起きているものだ。あたしのような鈍い人間にも見えてきたのだから、とっくの昔に新たな段階へ突入している。
あたしとしては、当面、グレイトフル・デッドのアーカイブ音源を愉しく聴ける組合せを見つけることが課題だ。あるいはイヤフォン、ヘッドフォン、DAP、DAC、アンプの組合せを試し、 あるいは Make で作ってみよう。アイリッシュ・ミュージックやわが国の現代音楽向けのものを探すのも同時にできるか。
##本日のグレイトフル・デッド
05月02日には1969年から1987年まで5本のショウをしている。公式リリースはほぼ完全が一本。
1. 1969 Winterland Arena, San Francisco, CA
金曜日。3.50ドル。セット・リストの全体は不明。
このヴェニュー2日連続の初日。ジェファーソン・エアプレイン、モンゴ・サンタマリア共演。この公演は当初フィルモアで予定されていたが、金曜日と土曜日のショウがウィンターランドに移された。
2. 1970 Harpur College, Binghamton, NY
土曜日。東部大学連続7本のランの2本目。三部制で、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。ガルシア、ペダルスティール。
NRPS のデヴィッド・ネルソンが第一部8曲目〈Cumberland Blues〉にアコースティック・ギターで、第一部クローザー前〈Cold Jordan〉にマンドリンで参加。ジョン・“マーマデューク”・ドーソンが〈Cold Jordan〉にバス・ハーモニーで参加。
第二部9曲目〈Cold Rain And Snow〉を除き、全体が《Dick's Picks, Vol. 08》でリリースされた。
この年のベストのショウの1本と言われる。
3. 1980 Hampton Coliseum, Hampton, VA
金曜日。7.50ドル。開演8時。良いショウらしい。
4. 1981 The Spectrum, Philadelphia, PA
土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。10ドル。開演7時。
5. 1987 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演午後2時。デッドは長いことスタンフォードではタブーだったそうな。どちらかというと抑えた演奏の由。(ゆ)

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