05月04日・火
 1週間ぶりにインターバル速歩をやると気分爽快。やらないとなんとなく物足らないレベルまでは来た。が、くたびれる。1週間休んだだけで、帰ってから、気がつくとこっくりこっくりしている。今週は何とかノルマの4回をこなせそうだ。
 この間、04月29日に、Apple Watch のムーブの1日の目標1,250回達成。ムーブの目標は1日330キロカロリーで、これは自分で勝手に決めたレベルだからあまり意味はないが、それでも500、1,000、1,250と積みあがってくると満足感がある。次の1,500回まではなんだかんだで300日近くかかるだろう。順調にいって来年の01月か02月。

##本日のグレイトフル・デッド
 05月03日には1968年から1991年まで、10本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。

01. 1968 Low Library Plaza, Columbia University, New York, NY
 金曜日。セット・リストは一部。ドキュメンタリー "Columbia Revolt" の中で2曲演奏シーンあり。YouTube にあり。
 ビル・クロイツマンが回想録 Deal, 2015 の中でこの1件について書いている(097pp.)。学生のストライキでコロンビアのキャンパスが閉鎖されていた。それでバンドのイタズラ魂に火がついた。一行はパン屋のトラックに乗って構内に忍びこみ、この建物の前の石段にすばやくセットアップして、フリー・コンサートを行なった。まったく何の告知もなかった。ただ、やるのが面白い、それだけでやった。ケガした者も逮捕された者もいなかった。少数の学生を驚かせたにすぎず、新たなファンとしては数日後のセントラル・パークでのフリー・コンサートで摑んだ方がずっと多かったではあろうが、それは問題ではない。

02. 1969 Sierra College, Rocklin, CA
 土曜日。夜はウィンターランドに出ているので昼間のショウ。セット・リストは一部のみだが、それだけでも2時間はやっている。

03. 1969 Winterland Arena, San Francisco, CA
 このヴェニュー2日連続の2日目。ジェファーソン・エアプレイン、モンゴ・サンタマリア共演。
 DeadBase XI の John W. Scott によれば、第一部の〈That's It For The Other One〉だけでも最高の由。

04. 1970 Field House, Wesleyan University, Middletown, CT
 日曜日。東部大学ツアー3本目。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。ガルシア、ペダルスティール。セット・リストは残っているテープに基き、不完全。
 入っているアナウンスには、この日ニューヘイヴンであったデモで催涙ガスを浴びて目が痛い人には医務室に目薬が用意してある、というものと、翌日のヴェトナム反戦全国デモに参加するよう呼びかけるものがある由。

05. 1972 Olympia Theatre, Paris, France
 水曜日。ヨーロッパ・ツアー11本目。このヴェニュー2日連続の初日。22フラン。当時のレートで6USD。アメリカ国内でデッドのショウの料金がこのレベルになるのは1977年。開演8時。実際に演奏が始まったのは9時頃。終演は午前1時半。
 第一部7・8曲目〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉、13曲目〈Tennessee Jed〉、第二部11曲目〈Jack Straw〉が《Europe '72》でリリースされた。《Europe ’72: The Complete Recordings》で全体がリリースされるとともに、第一部4曲目〈Sugaree〉が《Europe '72, Vol. 2》に収録された。
 DeadBase XI の Bob Welle によれば、第一部が終ったところで、ほとんどのフランス人の客は終ったものとして帰ろうとした。その時、フランス人女性がステージに跳び上がり、フランス語でショウがまだ終っていないことをアナウンスし、大歓声が上がった。
 ウェルはずっとヨーロッパ大陸を旅していて、当時の共産圏にまで足を伸ばした。ために、デッドについては《Workingman's Dead》が最新情報だった。デッドのツアーのことは、チューリヒのユースホステルで会ったデッドヘッドたちから聞き、ちょうどパリに行くところだったから、そこに留学していた友人を通じてチケットを入手する。パリでもデッドヘッドに遭遇するが、かれらがショウの準備として聴いていたのは《American Beauty》と《Live/Dead》だった。実際のショウではメンバーが増えていることに驚き、新たなメンバーの貢献と初見参の新曲に喜ぶ。
 パリという場所にはどこか魔法があるのかもしれない。誰にでも、いつでも起こりうるものではないのだろうが、うまくはまった者、タイミングがたまたま合った者、あるいは自ら魔法を呼びおこすことができる者には魔法が起きることがある。
 場所はオランピアである。収容人員2,000はデッドにとってはちょうど良い。ドイツのヴェニューはクラシック用コンサート・ホールで、それに比べれば、ミュージック・ホールと呼ぶべきここはデッドの性格にはより近いだろう。名のあるアーティスト、ミュージシャンがパリでやるならばここ、というヴェニューだ。あたしにとってはアラン・スティヴェールのここでのライヴ盤を歴史的名盤として愛聴している。もっともここでのライヴ盤が代表作となっているアーティストはたくさんいる。デッドにとってもここでの2日間はフランクフルトに並ぶツアー中のピークとなる。
 オリジナルの《Europe '72》にとられた〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉は確かにすばらしく、このペアがもっている潜在的な魅力が現れだしている。〈He's Gone〉はわずかにテンポが遅くなり、ガルシアの声がうまく力が抜けている。"smile, smile, smile" を強調しないのもいい。〈Playing In The Band〉がますます良くなり、そして〈Good Lovin'〉はこれまでのベストの出来。ガルシアのギターが冴える。〈Sing Me Back Home〉はもう少し後の方が良くなるが、形はできてきた。
 第二部では冒頭〈Greatest Story Ever Told〉でガルシアのギター・ソロがいきなり炸裂する。そして〈Me And Bobby McGee〉を丸々含む〈The Other One〉の長い長い演奏。パリの聴衆はこれをどう聴いたのだろうか。ガルシアの切れ味のよいギターを核とした集団即興の醍醐味。こういう演奏はある時は聞きいり、ある時は聞きながし、流れに身をゆだねるのが、最近のあたしの聴き方だ。むろん、聴き方はいくつもあるので、その時の気分で選べばいいし、あるいは新たな聴き方をあみだすのも面白い。ビートにのったり、フリー・リズムになったり、あるいはそのどちらでもなかったり、千変万化する音楽は聴くたびに様相も変える。
 そのまま続く〈Wharf Rat〉がまたすばらしく、ガルシアのギター・ソロがウィアに煽られて離陸する。〈Jack Straw〉では歌の役割分担が初めて現れる。つまりここで Shannon と呼ばれるキャラをガルシアが歌い、主人公の Jack Straw をウィアが歌う。これまではウィアが1人で歌っていた。〈Sugar Magnolia〉では、後半、ウィアがあまりわめかないうちにガルシアがビートを刻みだして〈Not Fade Away〉。ここでも間にはさまる〈Goin' Down The Road Feeling Bad〉でも、ガルシアのギターが聞き物。リリカルなコーダから〈Not Fade Away〉にもどると、今度はピグペンとウィアが掛合いをする。ツアー後半ではこの掛合いがなくなるから、ここの愉しさは貴重だ。

06. 1977 The Palladium, New York, NY
 日曜日。このヴェニュー5本連続のランの4本目。8.50ドル。開演8時。
 この春、悪いショウは無い。

7. 1979 Charlotte Coliseum, Charlotte, NC
 木曜日。春のツアーのスタート。05-13 メイン州ポートランドまで9本。

08. 1986 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。16ドル。開演午後2時。
 全体が《30 Trips Around The Sun》でリリースされた。
 始め曇って寒く、雨も降っていたのが、途中から晴れ、第二部では陽が降りそそいだ。クローザーの〈Sugar Magnolia〉の後、ウィアが出てきて、ガルシアのアンプが凍りついた、と言ってアンコールは無し。ショウそのものは良い由。

09. 1987 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演午後2時。
 第二部が良かったらしい。

10. 1991 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時。
 DeadBase XI に書いているブレア・ジャクソンによれば、このヴェニューは規模がちょうどよく、音響がよく、場内どこで聴いても音が良くて、悪い席というものがない。そして、デッドはここでは常に良いショウをする。この時期になるとデッドがやる会場はスタジアムや大規模屋内アリーナで、メンバーの顔も見えないことがほとんどだが、ここはそうした中で息抜きになる。
 ここはサクラメントにある収容人員14,000の屋外アンフィシアターで、デッドは1984年06月から1995年06月まで、計24本のショウをしている。1991年にはこの5月の三連荘とともに8月にも三連荘をしている。
 この日のショウは凡庸とするデッドヘッドが多いが、ジャクソンは3本ともそれぞれに良いところがあっていずれも水準は高いとしている。(ゆ)