05月06日・金
 ヴォーカルの高橋美千子とピアノの shezoo のデュオのライヴ。このお2人がやるわけだから、歌とその伴奏などになるわけがないが、それにしても、その対話の愉しいこと、いつもながら、この時間が終らないでほしいと願う。が、一方で、そういう時間が終るということがその時間の価値を高めることにもなる。人間死ぬからこそ生きることが愉しいわけだ。

 このデュオのライヴを見るのは二度めだが、もちろんお2人はもう何度もライヴを重ねているし、高橋さんのたまひびの片割れであるリュートの佐藤亜紀子氏も入れたたまフラでもライヴをされている。呼吸の合い方もすっかり板についている。つまり信頼関係が確立しているので、おたがいに、相手がどう出ようと、どこまで飛びだしていこうと、受け止め、あるいは一緒に飛びだしてゆける。それが音楽にも現れ、こちらにも伝わって、昂揚感が増す。

 前回は作曲家の笠松泰洋氏の作品を演奏するのがメインの趣旨だったが、今回はお2人が演りたいものを演る。するとメインは shezoo さんの曲になる。shezoo さんの曲は、演奏する人、または形態によって様々に様相を変える。たとえば今や代表作となった〈Moons〉は、初め聴いたときはトリニテで、インストゥルメンタルだった。これもその時々でかなり様相が変わっていたけれども、シンガーによって歌われるようになって、位相ががらりと変わった。実は最初から歌詞はついていたのだそうだが、歌われてみると、なるほど、こちらが本来の姿ではあるだろうと納得される。もっともそれでトリニテでの演奏の価値が落ちるわけではないし、また別の形のインストルメンタル、たとえばサックスとかフルート、ギターとか、あるいはそれこそピアノ・ソロで聴いてみたいものだとも思う。その度に、おそらくまた新たな様相を見せてくれるはずだ。

 高橋さんによって歌われる shezoo さんのうたは実に色彩が豊かだ。ひとつには高橋さんのうたい手としての器による。今回あらためて感服したのは、訓練された声の多彩なことと、その多彩な声の自在なコントロールだ。伝統歌謡のうたい手にしても、あるいはジャズやポピュラーのうたい手にしても、それぞれに訓練を積んでいるが、この人たちはめざすところが各々に違う。そこが面白く、メリットであるわけだけれども、訓練の徹底という点ではクラシックがダントツだ。というのも、かれらは独自の基準ではなく、ある統一された基準、1個の理想に向かって訓練するからだ。その理想は決して到達できないのではあるが、目指すことで生まれる副産物は豊冨で充実している。

 高橋さんの声の核心ないし土台になるのは、アンコール1曲目で歌われたバッハの『マタイ』の1曲の声だろう。前回原宿で実感した、実の詰まった、慣性が大きい声である。一方で、オペラのアリアでも歌うような声も出すのは、クラシックのうたい手としては当然だろう。面白いのは、その上で、たとえて言えば場末の落ちぶれた酔いどれシンガーが出すような声、ここでは〈人間が失ったもの〉でのひしゃげた声も使うし、むしろストレートな伝統歌謡のうたい手とも響く声も出す。ただ多彩なだけではない。目隠しされて聴いたらすべてを1人の人間が出しているとはわからないほど多彩なそうした声を完璧にコントロールしている。一小節の中で変えるようなことすらする。そして音量の大小、力の強弱、響かせ方、すべてがいちいち決まってゆく。これは快感だ。そして、それらがその場での即興、二度は繰り返せない一度かぎりの即興として決まってゆく。この快感を何と言おう。

 そう、それはベストの時のグレイトフル・デッドの即興を聴く快感に通じる。〈Black is the colour of my true love> 海を渡る人〉の後で、聞き手には言えない、演奏者同士だけに通じる幸せと言われていたのが、ああ、あのことだなと想像がついたのもデッドを聴いているおかげではあるだろう。かれらもまた必ずしも聴衆に向けて演奏しているわけではない。むしろ、おたがいに対して、またはバンド全体として演奏しているのだが、それをその場で聴いている人間がいて反応することが、またミュージシャンたちの音楽にはね返る。

 そういうこともあって、この2曲のメドレーがまずハイライト。この2曲、どちらも有名な伝統歌で、ごくオーセンティックなものからすっ飛んだものまで、無数のヴァージョンがあるし、名演もまた数多いが、これはあたしの聴いた中ではどちらもベストの一つ。高橋さんはニーナ・シモンを挙げておられたが、あたしはそれに少なくとも匹敵していると思う。〈海を渡る人〉はフランス人作曲家がフランス語版、それも合唱曲に編曲している版がベースの由で、そちらも聴いてみたくなる。

 そこからの shezoo ナンバー・パレードは、これまたデッドのショウの出来の良い第二部を聴く気分。際だっていたのは〈人間が失なったもの〉で即興になり、どこまでも飛んでいってぎりぎりの果てと思えるところから一気に回帰して歌にもどる。ちょうど、つい先日聴いた1977年05月05日コネティカット州ニューヘイヴンでのショウの終り近くの〈St. Stephen〉とまるで同じだったのだ。これも歌の後、ほとんどまったく別世界とも思えるところに飛んでゆき、ひとしきり遊びまわって、これからいったいどうなるのだと感じた瞬間、またテーマの歌にもどるのである。この回帰が言わん方なくカッコいい。それと同じ快感が背筋を駆けぬけた。

 高橋さんのようなうたい手の音楽をデッドの音楽に並べるのは我田引水ではあるだろうが、こういう人がたとえば〈Sugaree〉を歌ったらどうなるだろうと、フォーレの〈秘密〉を聴きながら思ってしまう。〈Sugaree〉もまた「秘密」を歌っているのだと気づかされる。まあ、小林秀雄を借りれば、あたしは今グレイトフル・デッドという事件の渦中にいるから、何でもかんでもデッドに結びついてしまう。

 他の選曲も面白く、ブラジル版バッハとか、レーナルド・アーンの歌曲とか、珍しいものも聴ける。アーンはプルーストの親友として、作中の作曲家のモデルと言われて名前だけ知っていたが、作品を聴くのは初めてだった。この人はちょと面白い。

 ピアノの音がやけに良くて、エアジンの楽器はこんなに音が良かったっけ、と失礼ながら思ってしまうが、あるいは shezoo さんの腕のせいか。前回の原宿は楽器が特殊だからなのかとも思ったが、こうなると、演奏者のせいであることも考えなければいけない。うーん、たまフラは生で見たいぞ。

 それにしても高橋さんはクラシックの声楽家として一家を成しながら、こういう音楽をされているのは実に嬉しいことである。もっとも shezoo さんも元はといえばクラシックの訓練をきっちり受けているわけで、お2人の資質、志向は共鳴しやすいのかもしれない。まあ、クラシックとジャズというのもまた共通するところの大きいものではある。ヨーロッパでは new music と呼ばれてクラシックとジャズの融合する音楽が一つの潮流になっているのも、見ようによっては当然かもしれない。

 高橋さんはふだんはパリにおられて、次の帰国は7月の由。その時にはまた shezoo さんといろいろ企んでいるそうな。それまで生きている目標ができるというものだ。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月06日には1967年から1990年まで8本のショウをしている。公式リリースは4本。

1. 1967 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。セット・リスト不明。

2. 1970 Kresge Plaza, MIT, Cambridge, MA
 水曜日。前々日ケント州立大学で起きた学生射殺事件への抗議集会の一環として行なわれた屋外のフリー・コンサート。1時間強の演奏。翌日同じ MIT の DuPont Gym でのショウの予告篇になる。ひどく寒かったそうな。

3. 1978 Patrick Gymnasium, University of Vermont, Burlington, VT
 土曜日。開演8時。オープナー〈Sugaree〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。この曲がオープナーになるのは珍しい。

4. 1980 Recreation Hall, Pennsylvania State University, University Park, PA
 火曜日。12ドル。開演8時。オープナーの2曲〈Alabama Getaway> Greatest Story Ever Told〉と第一部7曲目〈Far From Me〉を除き、《Road Trips, Vol. 3, No. 4》でリリースされた。

5. 1981 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
 水曜日。当初、7日に予定されていた。
 全体が《Dick's Picks, Vol. 13》でリリースされた。DeadBase XI ではそのディック・ラトヴァラがレポートしている。
 第二部 Drums 前の〈He's Gone〉は前日にハンガー・ストライキで死亡したノーザン・アイルランドの IRA のメンバー、ボビー・サンズに捧げられている。ラトヴァラによれば、この曲の後半、15分がデッド史上最高の集団即興の一つ。

6. 1984 Silva Hall, Hult Center for the Performing Arts, Eugene, OR
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。18ドル。開演8時。

7. 1989 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演午後2時。レックス財団ベネフィット。

8. 1990 California State University Dominguez Hills, Carson, CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演午後2時。
 第二部2曲目〈Samson And Delilah〉が2011年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。(ゆ)