05月07日・土
 Locus 今月号のエイドリアン・チャイコフスキーのインタヴュー、本人のデビュー事情や執筆のやり方も面白いが、終り近く、サイエンス・フィクションやファンタジィの役割というか、それにできることについての話が示唆に富む。
 
 かれの夫人は心理学者だそうで、その夫人から聞いたこととして、認知科学の一環である今の心理学の知見の一つとして、人間は新しい考えに出会った時、それにどう反応するかをミリ秒単位で決定し、しかもその決定を変更することは途方もなく難しい、ということがある。我々はこういう決定、判断を「思い込み」と呼んで、論理的な説得によって変更しようと努力することがあるが、それはほぼ不可能なのだ。相手がその時はうなずいたとしても、こちらが背を向けた途端に元にもどる。むしろ説得しようとすればするほど、相手は自分の判断、決定に固執する。
 
 サイエンス・フィクション、ファンタジィには、この決定、判断の瞬間をやりなおすチャンスを与えることができる。すでに判断を固めているあるアイデア、考え方をまったく別の角度から取り上げて、提示できる。対象のアイデアのプラスとマイナス、そのアイデアを採用した場合にもたらされる可能性のあることを、すでに下した判断、決定は脇において、それとは別に検討できるチャンスを提供する。しかも、何度も、そのたびに角度や条件を変えて検討できる。それによって、すでに下した判断、決定を再検討する契機を作ることができる。あるいは、対象たるアイデアに相手がまだ出会っていなければ、その決定、判断の時間を多少とも広げることもできるだろう。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月07日には1966年から1989年まで12本のショウをしている。公式リリースは5本。うち完全版2本。

 1946年のこの日、William Kreutzmann, Jr. がカリフォルニア州パロ・アルトに生まれた。姓からするとドイツ系だが、母方の姓 Shaughnessy はアイルランド系ではある。
 
 おそらくジャンルを問わず、最も過小評価されているドラマーの一人だろう。デッドのメンバーの中でも最も目立たない存在かもしれない。しかし、何と言っても、まだバンドの名前も無かった最初のリハーサルから、最後まで通してドラムスを叩いていたのはクロイツマンだったし、ミッキー・ハートの不在中もその欠落をまったく感じさせなかった。とりわけ1972年ヨーロッパ・ツアーでのかれの演奏は、レシュの言うとおり、鬼神に憑かれたといってもおかしくはない。
 
 もっともメンバーの中では最も常識のある人間で、その分、箍の外れたところの大きいキャラクターの他のメンバーたちに比べると地味になるのだろう。ガルシア、ウィア、レシュのように、積極的に前へ出る姿勢がみえないのも、楽器の特性もあるかもしれないが、本人の性格もあろう。ハートと並ぶと、やはり半歩引っ込んで見える。
 
 しかし、いざとなると脇目もふらず、一直線に目標に向かうところもある。60年代、マネージャーたちが必ずしもビジネスに強いわけではなかった時期に、プロモーターと渡り合って、ギャラを確保することもしている。
 
 メンバーの中で、ガルシアと最も親しく、プライヴェートでも行動を共にすることが多かった。後年、休暇ではハワイで共にスキューバ・ダイビングに興じることが増え、バンド解散後はハワイに移住している。


01. 1966 Harmon Gym, University of California, Berkeley, CA
 土曜日。1.99ドル。"Peace Rock 3" と題されたイベント。共演 The Great Society、シャーラタンズ、ビリー・モーゼズ・ブルーズ・バンド。
 〈In The Midnight Hour〉の初演とされる。この日演奏された曲としてはこれのみ確実。ウィルソン・ピケットの1965年の曲。1994-10-17まで計38回演奏。1971年04月に一度レパートリィから落ち、1982年の大晦日に復活するが、1985年、86年を中心に、ごく時偶演奏された。スタジオ盤、アナログ時代のライヴ盤収録なし。

02. 1968 Electric Circus, New York, NY
 火曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。ニューヨークで最初の有料の公演。セット・リスト不明。広告が残っている。

03. 1969 Polo Field, Golden Gate Park, San Francisco, CA
 水曜日。おそらくは無料コンサート。1時間半強のショウ。

04. 1970 DuPont Gym, MIT, Cambridge, MA
 木曜日。前売3ドル、当日3.50ドル。開演8時。三部制で第一部はアコースティック・セット、第二部はジェリィ・ガルシア入りニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、第三部エレクトリック・セット。第二部に3曲でボブ・ウィアがヴォーカルで参加。
 〈The Frozen Logger〉が初演。James Stevens & Ivar Haglund にクレジットされているが、元来は伝統歌ではないかと思われる。1985-09-07まで計8回演奏。1970年中に5回、71年、72年に1回ずつ。スタジオ盤収録無し。アナログ時代も含め、録音の公式リリースはされていない。
 非常に良いショウの由。

05. 1972 Bickershaw Festival, Wigan, England
 日曜日。ヨーロッパ・ツアー13本目。2.25ポンドと2.70ポンド。3日間のフェスティヴァルの最終日。ポスターにはジェリィ・ガルシアの顔がフィーチュアされている。このフェスティヴァルはこの時、1回だけ開催された。場所はイングランド北部の炭鉱町の郊外で、葦の生えた沼地や湖があるが、湖の水は汚染されて遊泳禁止だった。天候も最悪で、3日間、断続的に雨が降り、風が吹いて寒かった。
 ヘッドライナーはデッドで、以下、キャプテン・ビーフハート、ドノヴァン、キンクス、ファミリー、カントリー・ジョー、インクレディブル・ストリング・バンド、ドクター・ジョンなどなど。他に、曲芸、軽業などのパフォーマンスも行われた。
 3日目の午後、デッドがステージに上がると初めて雲が切れ、陽が射した。高飛び込みに使われた水槽の水がステージ前にぶちまけられ、まったくの沼地のようになった観客スペースに Declan Patrick Aloysius MacManus という名の、当時18歳の青年がおり、デッドの演奏を見てミュージシャンになることを決意した。5年後、Elvis Costello の名でデビューする。
 《Europe ’72: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。同時に出た《Europe '72, Vol.2》に第二部5〜7曲目〈Dark Star> Drums> The Other One〉が収録された。CD で3時間58分51秒はフランクフルトを凌ぎ、ツアー中最長。なにしろこのショウでは上記のように〈Dark Star〉と〈The Other One〉を両方とも、しかも続けてやっている。どちらのジャムも各々にすばらしい。ここまでのベストの出来。デッドのジャムは特定の感情に支配されない。常に流れていて、留まることがない。何かの雰囲気を生みだしもしない。ビートやメロディのない、抽象的なジャムは、ある不定形の時空の中を漂ってゆく気分。第二部でガルシアのギターが走りだし、この二つのジャムだけでなく、〈Turn On Your Lovelight> Goin' Down The Road Feeling Bad〉でも縦横無尽に駆けめぐる。
 興味深いのは客席から〈St. Stehpen〉のリクエストがかかるのに対してウィアが演奏のやり方を忘れたから、もうできない、と答えて、〈Sugar Magnolia〉をやるところ。バンドは先へ進んでいるのに、ファンはいつまでも古いものを求める、というのはポピュラー音楽の法則だろうか。ジャズでもそういうところがないか。磯山雅に言わせれば、昔の巨匠をなつかしむのは感性の老化だ。自分がそのアーティストのファンになったときにきっかけとなった曲、その時にアーティストがやっていた曲をいつまでも求めるのも、感性の老化の一種であろう。他のミュージシャンならともかく、グレイトフル・デッドのファンともあろうものが、いつまでも古い曲を求めるのでは、デッドのファンでいる価値がない、とも思える。
 一方で、当時はグレイトフル・デッドもまたポピュラー音楽のバンドの一つとみなされていた。ファンの方も、デッドヘッドであることの意味を突きつめていたわけではない。また、アメリカのデッドヘッドとイングランドやヨーロッパのデッドヘッドでは、その存在の在り方も異なっていただろう。

06. 1977 Boston Garden, Boston, MA
 土曜日。8.50ドル。開演7時。
 《May 1977: Get Shown The Light》で全体がリリースされた。
 幸福な年の幸福なツアーの幸福な音楽が詰まったショウ。とりわけ幸せなのは第一部では〈Mississippi Half-Step Uptown Toodeloo〉後半のジャム=集団即興とクローザー〈The Music Never Stopped〉、第二部では〈Friend Of The Devil〉と〈The Wheel> Wharf Rat〉。

07. 1978 Field House, Rensselaer Polytechnic Institute, Troy, NY
 日曜日。6.50ドル。開演8時。
 第一部クローザー〈The Music Never Stopped〉が2015年の、その前の2曲〈Passenger; Brown-Eyed Women〉が2016年の、アンコールの〈U.S. Blues〉が2019年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。

08. 1979 Allan Kirby Field House, Lafayette College, Easton, PA
 月曜日。10.50ドル。開演8時。第二部 Space の後、〈Not Fade Away> Black Peter> Around and Around〉にジョン・チポリーナが参加。
 第一部クローザー〈Passenger〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 良いショウの由。

09. 1980 Barton Hall, Cornell University, Ithaca, NY
 水曜日。2度目のバートン・ホール。開演8時。オープナー〈Jack Straw〉を含む第一部前半の3曲と第二部全部の10曲が《Road Trips, Vol.3 No.4》でリリースされた。

10. 1981 NBC Studios, New York City, NY
 木曜日。これは厳密にはショウではなく、"The Tomorrow Show with Tom Snyder" に出演し、4曲演奏した。YouTube で見られる。

11. 1984 Silva Hall, Hult Center for the Performing Arts, Eugene, OR
 月曜日。このヴェニュー3日連続の中日。18ドル。開演8時。

12. 1989 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演2時。良い会場の良いショウの由。(ゆ)