05月15日・日
 乾燥機の騒音対策に何かないかと探すと、抽斗の奥から FitEar のライブ用耳栓が出てくる。つけてみるとなかなかよい。これはライブ用で完全に音を遮断しないから、会話もできなくはない。乾燥機の近くにいなければならない時はこれをつけることにする。
 


 サイトによればライブ以外でもいろいろ使えるとある。いや、まったくその通り。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月15日には1970年から1993年まで6本のショウをしている。公式リリースは3本、うち完全版2本、準完全版1本。

1. 1970, Fillmore East, New York, NY
 金曜日。3.50ドル。開演8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ共演。早番、遅番の2回のショウ。それぞれ三部制で、アコースティック・デッド、NRPS、エレクトリック・デッドの構成。NRPS にはガルシアがペダルスティールで参加。ボブ・ウィアが一部にヴォーカルで参加。早番は3時間弱、遅番は4時間の録音が残っている。
 早番ショウ第三部2曲目〈Easy Wind〉が《Fallout From The Phil Zone》で、遅番ショウ第一部5曲目の〈Friend Of The Devil〉が《The Golden Road》所収の《American Beauty》のボーナス・トラックでリリースされた後、《Road Trips, Vol.3, No.3》とそのボーナス・ディスクでニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジのセットを除く全体がリリースされた。
 遅番ショウ第一部クローザーで〈A Voice From On High〉が初演。ビル・モンローの作詞作曲。この年の08月05日まで、アコースティック・セットで3回演奏された。また1986年の感謝祭ディナーでジェリィ・ガルシア、デヴィッド・ネルソン、サンディ・ロスマンからなる The Log Cabin Boys によっても演奏された。
 ビル・モンローは1954年01月25日にこの曲を録音しているが、スタンリー・ブラザーズによる録音の方が早いという話もある。
 ビル・モンローはガルシアが10代の頃、ブルーグラスに入れこんでいた時のヒーローで、ケンタッキーまで追っかけをしている。バンジョー奏者としてブルーグラス・ボーイズに入るのが夢だった。

2. 1977 St. Louis Arena, St. Louis, MO
 日曜日。7.50ドル。開演7時。《May 1977》で全体がリリースされた。
 第一部9曲目で〈Passenger〉がデビュー。Peter Monk の詞にフィル・レシュが曲をつけたもの。1981-12-27、オークランドまで99回演奏。レシュの曲だがリード・ヴォーカルはウィア。ガルシアは普通スライド・ギターを弾く。
 第二部6曲目〈St. Stephen〉から次の〈Not Fade Away〉に移る際に〈Iko Iko〉が歌われ、この曲の初演とされる。この3曲、切れ目なくつながっている。1995-07-05まで計183回演奏。だいたいにおいて時期が遅くなるにしたがい、とりあげられる頻度が増えていった。スタジオ版としてはジェリィ・ガルシアのソロ・アルバムを集めたボックス・セット《All Good Things》収録の《Cats Under The Stars》に、録音セッションからのアウトテイクが収められた。
 セカンド・ラインに載せて歌われるニューオーリンズ・ソングの代表作として、ドクター・ジョンのヴァージョンなどが有名。1950年代初めに James "Sugar Boy" Crawford によって、2曲のインディアンのチャントに曲をつけられてできた。"iko iko" は勝利の歌、"jack-a-mo" が戦いに赴く歌。クロフォードは〈Jack-a-Moe〉として録音。これを The Dixie Cups が〈Iko Iko〉として1964年に録音。こちらに著作権が与えられた。アメリカの著作権のホラー・ストーリーの一つであろう。
 とまれ、デッドはこれを好み、ガルシアの持ち歌として様々な形で歌った。ガルシアは自分のソロ・プロジェクトでも歌っている。
 ここでは〈St. Stephen〉は一通り歌ったところで切り上げ、〈Not Fade Away〉のビートが始まり、ガルシアが軽くスロを弾いたりして、なかなか完全に移行しない。と、いきなりガルシアが "Hey Now" と歌いだし、ドナとウィアが即座に応える。とすれば、この日どこかでデビューさせることはおそらく決まっていて、リハーサルもしていたのだろう。ワン・コーラス歌ったところで、一拍置いて、今度は〈Not Fade Away〉を歌いだす。
 ここでのガルシアのギター・ソロが良い。この日もガルシアのギターは絶好調で、第一部3曲目〈Row Jimmiy〉やその次の〈New Minglewood Blues〉あるいは〈Lazy Lightning〉のような、普段あまりギター・ソロを展開しない曲や、クローザーの20分近い〈Dancing In The Street〉、第二部オープナー〈Estimated Prophet〉から〈Eyes Of The World〉にかけてのギターは凄い、としか言いようがないものばかりだが、この〈Not Fade Away〉では低音域だけを使って渋いソロを弾きまくる。次第にビートがフリーになり、メインのメロディから離れたすばらしいジャムになる。ひとしきり演った後、ガルシアがまだポロンポロンやっているうちにウィアがリフを弾きだして〈Sugar Magnolia〉。ここでの歌の後、Sunshine Daydream の前のガルシアのソロはこの世のものとも思えない。ほとんどのどかな、老農夫が春の日の午後を愉しんでいるけしき。テンポが遅いとも思えないが、ひどくのんびりしている。駘蕩として悠々たる気分。こういう余裕が音楽をさらに豊かにしているのもこの時期の特徴に思える。原始デッドはもっとギラギラしているし、1980年代以降は余裕がだんだんなくなってゆく。
 ゆったりとした余裕はアンコールの〈Uncle John's Band〉にも引き継がれて、ここでもガルシアがそれはそれはすばらしいギターを聴かせる。ギターだけとればこの歌のベスト・ヴァージョン。マイクの調子が今一つなのが惜しいが、そんなことも気にならないくらいだ。
 この時はセント・ルイスは1日だけで、次は中1日置いてアラバマ大学。

3. 1980 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
 木曜日。11.50ドル。開演8時。このヴェニュー3日連続のランの中日。
 第一部10曲中6曲、第二部の1曲を除く全体とアンコール、計16曲が《Go To Nassau》でリリースされた。

3. 1981 Athletic Center, Rutgers University, Piscataway, NJ
 金曜日。11.50ドル。開演7時。この施設は大学の本体とは離れたところにある。
 良いショウの由。第一部クローザー前の〈Looks Like Rain〉や第二部3曲目〈Estimated Prophet〉の途中で、空に電光が走った。

4. 1983 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA
 日曜日。開演3時。このヴェニュー3日連続のランの楽日。
 クローザーの〈Not Fade Away〉にジョン・チポリーナが、Drums にアイアート・モレイラとフローラ・プリムが参加。
 第二部開始前、サウンドマンのダン・ヒーリィの誕生日を盛大に祝った。
 なかなか良いショウの由。

5. 1993 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 土曜日。開演2時。スティング前座。
 第二部オープナー〈Here Comes Sunshine〉でガルシアが "Here comes sunshine" と歌いだした瞬間、雲が切れて陽が射した。あまり良いショウではないらしい。スティングは良かった。(ゆ)