05月26日・木
まず《Dave's Picks, Vol. 1》のアナログ・セットが発送通知から1ヶ月かかってようやくやって来た。このシリーズはジャケット・デザインが共通だけど、30センチ角のサイズはやはり迫力がある。一応収録時間を CD版と比べる。最大10数秒の幅でLPの方が長かったり、短かかったりする。アナログに収めるにあたって、カットしたところは無いようだ。5枚目のB面、Side 10 はブランク。
John Crowley の新作 Flint And Mirror 着。なんと17世紀後半のテューダー朝によるアイルランド侵略が題材で、ヒュー・オニールとエリザベス一世がメイン・キャラの一角。こいつは早速読みたいが、さて、順番としては次の次だな。Tor からのハードカヴァーだが、造本が1970年代の Doubleday Science Fiction を思わせる。フォント、版組、紙の手触り、薄さ。意図的なものだろうか。後で Rivers Solomon, Sorrowland のハードカヴァー古書が着いたので、これと比べるとなおさらその感を強くする。Sorrowland の方は、これぞ今の造本。Doubleday Science Fiction がSFの発展に果した役割って小さくない、というより、あれは全米の図書館に入っていったのだから、相当に大きいんじゃないか。誰かまとめているのかね。雑誌の歴史はあるが、単行本出版の歴史はあたしは覚えがない。
クロウリーの謝辞を読んで、ネタ本の1冊 Sean O Faolain の The Great O'Neill も古書を注文。そういえばオフェイローンもいたのだ。この人も面白そうだ。Wikipedia によれば紋切り型にアイルランド文化を決めつける態度や検閲によってこれを守ろうとする姿勢に強硬に反対したコスモポリタンと、狂信的愛国主義者が同居しているらしい。しかし、この二つは同居が可能だ。むしろ誠実にアイルランドを愛そうとすれば、コスモポリタンにならざるをえない。いや、どこの国にせよ、誠実に国を愛そうとすれば、コスモポリタンにならざるをえない。自国の利益だけを考えていては国の存続を危くする。このことは20世紀の歴史を通じて明白になっている。新たな実例が目の前で進行中だ。オフェイローンは The Irish: A Character Study を昔読みかけたことがあった。あらためて読んでみよう。
##本日のグレイトフル・デッド
05月26日には1972年から1995年まで5本のショウをしている。公式リリースは4本、うち完全版2本、準完全版1本。。
1. 1972 Strand Lyceum, London, England
金曜日。このヴェニュー4日連続の楽日。ヨーロッパ・ツアーの千秋楽。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。
第二部オープナー〈Truckin'〉5曲目〈Morning Dew〉9曲目〈Ramble On Rose〉それにアンコール〈One More Saturday Night〉が《Europe '72》でリリースされた。全体が《Europe ’72: The Complete Recordings》でリリースされた。また第二部7曲目〈Sing Me Back Home〉が《Europe '72, Vol. 2》に収録された。
31曲。CD で3時間43分。
このショウは文句なくツアー最後を飾る最高のショウで、1972年というピークの年のベストの1本でもある。デッドは各々の時期によって音楽が変わるから、全体を通じてのベストというのは選び難いが、全キャリアを代表するショウであることも間違いない。また、ピグペンがメンバーとしてフルに参加した最後のショウでもある。一つの時代の終りを最高の形で示してもいる。これを境にデッドは別のバンドになってゆく。そちらの完成が1977年だ。
この日は第一部にピグペンの持ち歌が集中している。第二部では一度も歌っていない。それだけ、体調が悪かったと思われる。とはいえ、歌っている4曲の歌唱は見事。体調が悪いなどとは微塵も感じさせない。これだけ聴けば、これがかれが歌う最後のショウであるなどとはまったくわからない。あるいは音楽をやり、こうしてバンドで歌うことで支えていたのかもしれない。晩年のボブ・マーリィのように。
ピグペンのもの以外の歌はどれもこのツアーの総決算を聴かせる。〈Playing In The Band〉は展開の方向が定まり、ここから大休止前にかけて、モンスターに成長してゆく、その予兆が感じられる。もう一つの看板である〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉も、やはり展開の方向がほぼ決まって、これから面白くなるぞとわかる演奏だ。この日は第一部のクローザーとして〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Not Fade Away〉をやってしまう。やや軽いとも思えるが、それでもほとんど決定的な演奏。
第二部では〈The Other One〉が〈Morning Dew〉を包みこみ、ほぼ完全に花の開ききった〈Sing Me Back Home〉とともに、ピークを作る。というよりも、オープナー〈Truckin'〉からクローザーの〈Casey Jones〉まで、テンションは上がりっぱなしだ。しかし勢いにまかせてというところはほとんど無く、常にクールなコントロールが効いていて、低く小さく抑えるところと、がんがん行くところの対比とタイミングはこれ以上のものは不可能だろう。こういうところがデッドのショウの面白いところで、勝手気儘にやっているようにみえて、その実、緻密な組立てをしている。たとえば〈Casey Jones〉は、最後に加速してゆく繰返しで、ラストがこれまでで最も速くなるまでになる。前日まではほとんどアンコールは無いが、さすがに最終日はアンコールをやる。ここでのガルシアのソロがすばらしい。
このツアーからは《Europe '72》という、当時非常識なLP3枚組のライヴ盤が生まれ、デッドのアルバムで最高の売行をみせる。《Live/Dead》と並んで、グレイトフル・デッドというバンドを定義する作品となる。それが実は氷山の一角のカケラであった、とわかるのが《Europe ’72: The Complete Recordings》だ。一連のツアーの全体像が公式リリースされているのは、今のところ、これと1990年春のツアーの二つだけだ。この二つは、デッド30年のキャリアの前期と後期に立つピークをなす。
あたしはこの22本のショウを聴くことでデッドにハマっていった。聴きだした時には、デッドって何者だ、と思いながら聴いていた。聴きおわった時には、もっと聴かずにはいられなくなっていた。グレイトフル・デッドの音楽とそれが生みだし、それを取り巻く広大な世界が垣間見えたからだ。それからひたすらショウの公式リリースを集め、聴きだした。「テープ」、今はネット上のファイルだが、「テープ」という概念はあたしにはまだ無かった。テープ文化はブートレグ文化とはまったく違う。グレイトフル・デッド特有の現象だ。
これまで1個のバンドにここまでハマったことは無い。フランク・ザッパも公式に出ているものはすべて手に入れたが、こういうハマり方はしていない。
1972年春は、原始デッドとアメリカーナ・デッドが合流し、完成し、そして次の位相へと転換するプロセスだ。22本のヨーロッパ・ツアーはそれを具体的な音楽として示している。これを聴くことは、グレイトフル・デッドというバンドがその思春期から青年期へと脱皮するプロセスを体験することでもある。
そう見れば、この最後のロンドン4日間、とりわけ最終日のショウには、その後のバンドの音楽の姿が最高の形で現れている。
2. 1973 Kezar Stadium, San Francisco, CA
土曜日。5.50ドル。開場10時。開演11時。デッドの登場午後2時。"Dancing On The Outdoor Green (DOG)" と題されたイベントで、デッドがヘッドライナー、ウェイロン・ジェニングズとニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジが共演。スターターは NRPS でキース・ガチョーとマシュー・ケリーが参加。2番目がウェイロン・ジェニングズ。デッドは三部構成で4時間超のステージ。内容はすばらしく、この年のベストのショウの1本の由。
第二部6曲目〈Box Of Rain〉が2021年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
オープニングのウェイロン・ジェニングズのバンドのペダルスティール奏者 Ralph Mooney の演奏をガルシアが食い入るように見ていた由。
元来は05月22日、23日の2日間として予定されていたもの。
3. 1977 Baltimore Civic Center, Baltimore, MD
木曜日。第一部6曲目〈Passenger〉が2012年の、第二部2曲目〈High Time〉が2013年の、オープナー〈The Music Never Stopped〉が2014年の、第二部オープナー〈Samson and Delilah〉が2016年の、アンコール〈Uncle John's Band〉が2017年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《Dave's Picks, Vol. 41》で全体がリリースされた。
この CDケースに写真が掲載されたノートによると、
Crew Call: 10 AM
Sound Check: 4 PM
Door Open: 6 PM
Show Time: 7 PM
End Of Show: 11PM - STRICT CURFEW!!
とある。最後の音は午後11時までに鳴り終えなければならない。この注意書きが大文字でタイプされているのは、それだけ掟破りが多かったと思われる。この頃のデッドは1972、73年頃のように、やたらに長く演奏することはなくなっていたが、とにかくケツを決められるのが嫌いだったのだろう。この日、この制限が守られたかは定かではない。CD での時間は2時間54分。
前日のリッチモンドからボルティモアまでは250キロ、車で2、3時間。移動日無し。翌日は移動日でコネティカット州ハートフォードまで、ボルティモアからは480キロ。このハートフォードが春のツアーの千秋楽。
この日はどちらかというと第二部が良いショウの1本に聞える。第一部もすばらしいが、とんでもないと思えるところがまず無い。ほとんど坦々と演奏していると聞える。というのは贅沢なのだが、1977年春については、そういう贅沢も許される。では、悪いかといえば、むろんそんなことはなく、どの曲もすばらしい演奏が続く。ただ、どこか、きっちりと収まっているところはある。
中ではオープニングの2曲、4曲目という早い位置の〈Sunrise〉、〈Brown-Eyed Women〉〈Looks Like Rain〉、そして〈New Minglewood Blues〉が突込んだ演奏を聴かせる。第二部では〈High Time〉の言葉をそっと置くようなコーラス、〈Big River〉のガルシアのソロ、〈Estimated Prophet〉後半の集団即興が聞き物。そして、〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Around and Around〉の畳みかけ。〈Not Fade Away〉のガルシアのギター・ソロは凄みすら感じさせる。ほとんどこの世のものとも思えない。〈Goin' Down The Road Feeling Bad〉でもその調子が崩れない。ここでは基本として3人とも小さく歌い、"bad, bad, bad" とくり返すところだけ声を大きくする。だんだん力を入れてゆき、ついにはわめき、いきむ。その対照の妙。〈Around and Around〉でもガルシアのギターがすばらしい。アンコールの〈Uncle John's Band〉は、3人の歌の入り方がよく計算されている。1人で歌い、2人で歌い、3人目が加わり、また元にもどり、という具合。この曲のコーラスはドナがいた時期の後半が最も美しい。
ああ、永遠の1977年春。
4. 1993 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
水曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演7時。レックス財団ベネフィット。
《Road Trips, Vol. 2, No. 4》とそのボーナス・ディスクで第二部 Space を除く全体がリリースされた。
第二部の中核〈Playing In The Band〉は1990年代で1、2を争うと言われる。
5. 1995 Memorial Stadium, Seattle, WA
金曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。33.25ドル。開演5時。第一部クローザー前の〈Eternity〉でウィアがアコースティック・ギター。
かなり良いショウの由。とりわけ第二部オープナー〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉が良いらしい。(ゆ)
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