06月14日・火
私室のレイアウトを替える。オーディオ機器を載せたテーブルを部屋の入って左側の書棚の前に移す。そちら側に積んであった CD の箱、本は反対側の、これまでテーブルを置いてあった場所に積みあげる。積みあげ方がたまたまうまくいったか、中央のスペースが多少広がる。めでたし、めでたし。
%本日のグレイトフル・デッド
06月14日には1968年から1994年まで10本のショウをしている。公式リリースは4本。
01. 1968 Fillmore East, New York, NY
金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。この時はサンフランシスコのカルーセル・ボールルームでの三連荘から中3日でニューヨークに飛んで3本ショウをし、移動日1日でまたカルーセル・ボールルームにとんぼ返りをしている。
共演ジェフ・ベック・グループ、Seventh Sons。早番、遅番の2回のショウをして、前者は3曲、後者は8曲のセット・リストがある。ポスターではデッドがトップだが、この日はジェフ・ベック・グループがヘッドライナー。ロッド・スチュワートを擁しての最初のアメリカ・ツアー。早番ショウはこの後にもう1、2曲やったようだ。このリストはショウを見た Kenny Schachat なる人物の証言による。別にウィアか誰かが「ウェス・モンゴメリーが昨夜死んだ。この曲はかれに捧げる」と言ってから、バンドは〈Dark Star〉をしたという報告もある。ウェス・モンゴメリーが死んだのは1968年06月15日。シャハトはこの日と翌日のショウを見ていて、〈Dark Star〉は明確に否定している。
遅番クローザー前の30分に及ぶ〈Caution (Do Not Stop On Tracks)〉が《Fillmore West 1969: The Complete Recordings》のボーナス・ディスクでリリースされた。
遅番ショウの3曲目で〈St. Stephen〉がデビュー。ハンター&ガルシアの曲。1983-10-31まで計158回演奏。スタジオ盤は《Aoxomoxoa》収録。1971-10-31までは定番として演奏されるが、そこでレパートリィから落ちる。1976-06-09に復活。1977年いっぱいまで、比較的頻繁に演奏され、以後は1978年に4回、1979年に1回、1983年に3回演奏された。1976年以降は通称 "William Tell Bridge" と呼ばれる、ウィリアム・テルが息子を標的に矢を射たという話を語る部分は演奏されなくなる。この部分はクラシックのバロック的なメロディとビートで、デッドのレパートリィのいわば極北に位置する。デッドはおよそロック・バンドらしくない曲には事欠かないが、これはその中でも際立っている。聴いている分には面白いが、やはり演奏しにくかったのだろう。前後とまったく曲調が違うので、技術的な面よりも、気持ちの切替えが難しいのではないか。デッドの音楽にあって、人の意表を突くこと、およそありえないような転換や接続をすることは異常ではないが、どの場合にもごく自然に流れるように運ぶことを目指す。その点ではこの曲のとりわけ「ウィリアム・テル・ブリッジ」は、あえて流れを断ち切ることを試みているとも見える。
後、客席からのこの曲へのリクエストに対して、「あれは演奏のやり方を忘れたからもうできないよ」とウィアが答えたことがある。
Seventh Sons は Buzzy Linhart (1943-2020) の最初のバンドでこの年、《Raga (4 A.M. At Frank's)》というアルバムを出している。リンハートはマリンバの名手としてフレッド・ニールのバックでグリニッジ・ヴィレッジに登場した。
02. 1969 Monterey Peninsula College, Monterey, CA
土曜日。3ドル。開演8時半。共演オウム。
オープナーとクローザーに〈Turn On Your Lovelight〉をやっている。この年ベストのショウの1本の由。
「ジェリィ・ガルシアがこの惑星で過ごした53年は、われわれ凡俗20人分の人生よりも中身の濃いものだった」
まさにその通り。
00. 1970 Workingman’s Dead release
日曜日。この日《Workingman’s Dead》がリリースされた。バンド4枚目のスタジオ・アルバム。通算では5作目。前作《Live/Dead》でその最終的な姿が示された「原始デッド」から「アメリカーナ・デッド」への転換を示す。少年期から青年期への脱皮でもある。
トラック・リスト。
1. Uncle John's Band
2. High Time
3. Dire Wolf
4. New Speedway Boogie
5. Cumberland Blues
6. Black Peter
7. Easy Wind
8. Casey Jones
[5]と[7]以外、いずれもロバート・ハンター作詞、ジェリィ・ガルシア作曲。[5]は作曲にフィル・レシュが加わる。[7]はハンターの作詞作曲。
最新の50周年記念まで、何度か再発されているが、別ヴァージョンはあっても、新たに加えられた曲は無い。このアルバムのために録音された曲はこの8曲のみだったらしい。
演奏回数順。
6. Black Peter 346 = 27
1. Uncle John's Band 335 = 30
8. Casey Jones 318 = 38
3. Dire Wolf 227 = 59
5. Cumberland Blues 226 = 61
2. High Time 133
4. New Speedway Boogie 55
7. Easy Wind 45
右の数字は200回以上演奏された68曲の中での演奏回数順の順位。
ショウでデビューした期日の順に並べる。
3. Dire Wolf 1969-06-07
2. High Time 1969-06-21
8. Casey Jones 1969-06-22
7. Easy Wind 1969-08-20
1. Uncle John's Band 1969-11-01
5. Cumberland Blues 1969-11-08
6. Black Peter 1969-12-04
4. New Speedway Boogie 1969-12-20
1969年後半の半年に集中している。[4]は偶然から生まれた曲だが、その他の曲は程度の差はあれ、このアルバム、つまり次のアルバムの制作を意識して作っていると思われる。この年にデビューしたオリジナルの曲はこれで全部でもある。
最後の演奏の期日順。
7. Easy Wind 1971-04-04
8. Casey Jones 1993-03-27
2. High Time 1995-03-24
6. Black Peter 1995-06-22
1. Uncle John's Band 1995-06-28
3. Dire Wolf 1995-07-02
4. New Speedway Boogie 1995-07-02
5. Cumberland Blues 1995-07-09
[7]は別として、いずれも長く演奏されている。[4]は1970年09月にレパートリィから落ち、1991年02月に復活。
今回デッドにハマる前に買って、聴いていた3枚のアルバムの1枚。他は《American Beauty》と《Steal Your Face》。あたしが音楽の聴き方を学んだ「ブラックホーク」にも、《Workingman's Dead》と《American Beauty》だけは置いてあった。
今聴いても、スタジオ盤の中ではこの2枚がベストと思うけれども、これだけ聴いてもデッドの何たるかはやはりわからないだろう。
03. 1976 Beacon Theatre, New York, NY
月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。全体が《June 1976》でリリースされた。
マンハタンでのショウは4年ぶり。
04. 1980 Spokane Coliseum, Spokane, WA
土曜日。8ドル。開演7時半。
05. 1984 Red Rocks Theatre, Morrison, CO
木曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。第二部オープナー〈Shakedown Street〉が2016年の、第一部2・3曲目〈Cassidy > It Must Have Been Roses〉が2018年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。
第二部3曲目 Drums 前で〈Dear Mr. Fantasy〉がデビュー。1990-07-21まで58回演奏。ブレント・ミドランドの持ち歌で、全て第二部で演奏され、1988年以降、〈Hey Jude〉と組み合わされて、ショウ後半のハイライトとなる。1994年08月にトラフィックがデッドの前座をした際、ガルシアが参加し、その内1本がトラフィックの DVD《The Last Great Traffic Jam》でリリースされた。
原曲はトラフィックのファースト《Mr. Fantasy》1967年収録。Jim Capaldi, Steve Winwood & Chris Wood のクレジット。
06. 1985 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA
金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。15ドル。開演7時。
第一部冒頭から機器のトラブルが続き、とうとう5曲やったところでバンドは引込んでしまう。20分後に出てきて、さらに4曲やって、本当の休憩。結果、全体としてはほとんど三部構成に見えた。内容はすばらしいものの由。
第一部6曲目、最初の中断からの再開直後で〈Keep On Growing〉がデビュー。この6月中にあと2回、翌年2月にもう1回の計4回演奏。原曲はエリック・クラプトン&ボビー・ウィットロック名義で《レイラ》所収。
このヴェニューは良いショウになることが多いが、この時は単に良いを通りこして、異様な事態になっていたらしい。
07. 1987 Ventura County Fairgrounds, Ventura, CA
日曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。開演2時。
この3日間のショウで、LSD を溶かした水をビンに入れて持ち込み、客席にスプレーしてまわった人間がいた。そのため緊急搬送された者も出た。地元当局も問題視し、この3日目のショウがすんでのところで中止になるところだった。
08. 1991 RFK Stadium, Washington, DC
金曜日。Dwight Yoakam 前座。ブルース・ホーンスビィ参加。
全体が《View From The Vault II》で DVD と CD でリリースされた。
ドワイト・ヨアカムは〈Truckin'〉をカヴァーしたそうな。第二部開始直前、多数の聴衆が最前列に詰めかけた。プロモーターのジョン・シェアが通路は空けてくれと懇願したり、脅したりしたが、そのうちバンドが出てきていきなり演奏を始めた。
09. 1992 Giants Stadium, East Rutherford, NJ
日曜日。26.50ドル。開場4時。開演6時。
第一部3曲目〈Candyman〉が始まると、上階から下のフロアへ様々なチョコレートバーが100本ばかり投げこまれた。多少溶けていたが、投げこんだ人間がチャンスを狙っていたのは明らか。
その前、オープナーの〈Shakedown Street〉の最初の音が鳴ると同時に2,000人ほどの人間が上からフロアに飛びおりた。
10. 1994 Memorial Stadium, Seattle, WA
火曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。28ドル。開演6時。第一部4曲目〈When I Paint My Masterpiece〉でウィアはアコースティック・ギター。(ゆ)


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