06月24日・金
iBasso DX320、ローム社 BD34301EKV 採用は魅力。同じくこれを採用した Cayin N8ii の半額。
バッテリーの分離、アンプの交換も面白い。A&K SE180 は DAC の交換。どちらが面白いか、となると、アンプの方が面白そうだ。アンプによる音の変化は量、DAC による音の変化を質、と見れば、質が替わるのは土台がふらふらする感じがある。DAC の好みはより根本的だから、好みのものが出れば、古いものにもどることは滅多にない。アンプは取っ替え引っ替え遊べる。
DX320 の謳い文句の中では、無線の強化も魅力。SE180 はそこが弱い。WiFi 接続が安定しない。
R2R 採用の HiBy RS6 も気にはなっている。Himalaya DAC を使って HiFiMAN が新しい DAP を出さないか、待ってもいる。まあ、すぐに飛びつくのはやめよう。
%本日のグレイトフル・デッド
06月24日には1970年から1995年まで10本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。
01. 1970 Capitol Theater, Port Chester, NY
水曜日。5.50ドル。早番8時、遅番零時開演。
セット・リストはテープによるので、完全かどうかは不明。早番ショウは70分強、遅番ショウは2時間半弱の録音がある。早番はアコースティック・セットとエレクトリック・セット。遅番ショウではアコースティック・デッド、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、エレクトリック・デッドの構成。早番でもこの構成かどうかは不明。早番の NRPS とされるテープは無い。
この頃の NRPS はガルシアがペダルスティールで入り、レシュやドラマーの片方がほぼレギュラー、ウィアもゲストとは言えないほど頻繁に参加しているので、まだ完全に別れてはいない。とはいえ、レパートリィといい、演奏といい、グレイトフル・デッドの演奏とは言えない。
遅番ショウのオープナーで〈Big Railroad Blues〉がデビュー。Cannon's Jug Stompers のメンバー Noah Lewis の曲。1928年のシングルがある。デッドは1966年に初演していると言われるが、記録が無い。はっきりしているのがこの日の演奏で、1974年10月まで頻繁に演奏され、1979年02月に復活。1990年代はぐっと頻度が落ち、最後は1995年06月28日で、計175回演奏。スタジオ盤収録は無し。アナログ時代では《Skull & Roses》に収録。オリジナル以外では、これが最初の録音とされる。
ノア・ルイスの曲では〈New Minglewood Blues〉が429回演奏され、〈Viola Lee Blues〉が1960年代のレパートリィの柱の1本。
大休止以後、演奏頻度が落ちるせいか、演奏されると話題になる。
エレクトリック・セットの7曲目で〈Sugar Magnolia〉がニューヨーク・デビュー。
DeadBase XI の Rene Gandolfi によれば、アコースティック・セットと NRPS の間、指定された席におとなしく座っていた聴衆は、オープナー〈Not Fade Away〉の最初の一音が鳴った途端に立ち上がり、前方にぎっしりと詰めかけ、ショウの終りまでそのままだった。ガンダルフィからはバンドの後ろのスピーカーとアンプの壁の向こうにステージの端から端まで四重になった人垣が見えた。みんな踊っていた。時折り、中の1人の女性がステージに踊り出ると、誰か男性が1人出てきて、踊りながら連れもどした。男性が出る時には女性が連れもどした。場内禁煙で、誰かジョイントに火を点けると、懐中電灯の光が照らされた。火を消すと、灯りも消えた。消さないと、何本も光が集中して、その姿が浮きあがった。
ガンドルフィの友人のボブはこの日が誕生日だったが、チケットが無く、入口付近をうろうろしていた。すると頭上から、おまえ、何やってんだ、と声がかかった。見上げると髭面の男が見下ろしていた。事情を述べると、ちょっと待て、と言って、手持ちのマッチブックにさらさらと何か書き、放ってよこした。そいつをステージ横のドアにいる奴に見せろ、と言われた通りにするとボブはたちまち引きずりこまれ、バックステージのパーティーに加わった。するとさっきの髭面の男が羽根のついた帽子をかぶってやってきて、ステージに出てゆき、オルガンとマイクの後ろに座った。この日、ピグペンは絶好調だった。
02. 1973 Memorial Coliseum, Portland, OR
日曜日。前売4.50ドル、当日5.50ドル。開演7時。中止になった05月03日の代替のショウ。
全体が《Pacific Northwest》でリリースされた。
全体としては前日の方が充実しているが、これも良いショウ。前半、〈They Love Each Other〉のアップビートな演奏がすばらしい。〈Looks Like Rain〉も味わいふかい。これは前日よりも良いか。〈Box Of Rain〉のレシュの歌唱は前日よりもずっと良い。ちゃんと歌になっている。〈China> Rider〉も水準が高い。
ここでのポイントは〈Dark Star〉で、これはかなり良い演奏。とりわけ、歌の前が良い。〈Eyes Of The World〉へのつなぎも良いが、こちらはもう一つ。〈Greatest Story Ever Told > Bertha〉の流れも悪くない。
03. 1976 Tower Theatre, Upper Darby, PA
木曜日。このヴェニュー4本連続のランの楽日。8.50ドル。開演7時。
04. 1983 Dane County Coliseum, Madison, WI
金曜日。11.50ドル。開演7時。
第二部は最初から最後までまったく途切れず。最高のショウの1本。
05. 1984 Saratoga Performing Arts Center, Saratoga Springs, NY
日曜日。10ドル。開演8時15分。
ガルシアが喉頭炎で声が出ず、〈China Doll〉ではミドランドが代役。
第二部2曲目〈Bertha〉でどしゃ降りの雨。演奏は良かったが、天候は最悪。
06. 1985 River Bend Music Center, Cincinnati, OH
月曜日。13ドル? 開演6時半。
ショウを間、雨が降っていた。
第一部6曲目〈My Brother Esau〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《30 Trips Around The Sun》の1本として全体がリリースされた。
07. 1990 Autzen Stadium, University of Oregon, Eugene, OR
日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。26ドル。開演正午。雨天決行。リトル・フィート前座。
この時期のデッドのショウに悪いものは無い。リトル・フィートの出来もすばらしく、計9時間超は人生最高の9時間にもなりえた。
08. 1991 Sandstone Amphitheatre, Bonner Springs, KS
月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。
オープナーの〈Help on the Way> Slipknot!> Franklin's Tower〉は30分を超える見事な演奏だそうだ。
09. 1994 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。30ドル。開演6時。トラフィック前座。
気温摂氏48度超。このヴェニューは砂漠のど真ん中にあるそうだから、無理もないか。踊っている人たちにホースで水がかけられた。ガルシアには大きな扇風機があてがわれていたそうな。
10. 1995 RFK Stadium, Washington, DC
土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。32.50ドル。開演6時。ボブ・ディラン前座。ブルース・ホーンスビィ、ピアノで全篇参加。
第一部5曲目〈El Paso〉でボブ・ウィア、アコースティック・ギター。
こんなのはクソだと言う人びとがいる一方で、いやいや、立派なものじゃないか、言われているような状態でなおかつこんな音楽ができるなんて、グレイトフル・デッドは、ジェリィ・ガルシアはやはり特別だ、と言う人びともいる。デッドのショウをこきおろしたくなる気持ちもわからないではない。しかし、デッドは常に前を向いて進んでいた。他の誰もが後退りに未来に向かう時、かれらだけは前を向いていた。そういうかれらをこきおろす資格は誰にも無い。(ゆ)
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