昨年11月、In F 以来のこのユニットのライヴ。

 始まってまずぱっと湧いたのが、音がいい。shezoo さんの左手が明瞭に聞える。それに乗る右手も鮮やかだ。なんでも、ピアノを替えられたそうで、その評判がとても良いとのことだが、確かによく鳴る。気持ちよく鳴る。音楽の表情が細かいところまで無理なく、とりわけ集中しなくても聞えてくる。音の粒立ちがあざやか。楽器が良いからといって音楽が良くなる保証はないが、shezoo さんのような人が弾けば、楽器と演奏者の相乗効果は大きい。

 ついでに言えば、shezoo さんは言うところの名手というわけではたぶん無い。テクニカルではもっと巧い人はたぶんたくさんいるだろう。もちろんヘタなはずはなく、自分が描いた音、音楽を引き出す技量は十分だ。それよりも音楽を、楽器を歌わせることが巧い。良い楽器はもちろんだが、それほど条件が揃わない時でも、そこからベストないしそれ以上のものを引き出せる。また、各々の状況に合わせて弾くのも巧い。ここぞと思えばどんどん突込んでゆくし、退き時と判断すれば、すっと引込む。あるいは、『マタイ』の時のように、指揮のための演奏に徹することもできる。それが名人というものだ、と言われれば、別に否やはない。

 石川真奈美さんの声もいい。綺麗に聞える。もともと綺麗なのが、一層綺麗に聞える。こちらも細かいところ、節回しの複雑なところ、拳を握るところ、力を抜くところ、いちいち、よくわかる。声域の広さ、色の多彩さと鮮かさもよくわかる。どうも PA が良いということらしい。PA が良いことは大事だ。その音の良し悪しは全体の出来にもつながる。

 ノーPAにはノーPAの良さがある。ただベルカントだったらあたしは聴きに来ない。ベルカントはどうにも苦手だ。人間の出す声とも思えない。だから、shezoo さんの『マタイ』はあたしにとって理想の音楽になる。クラシックの発声法ではない、しかし一級のシンガーたちによるからだ。

 今回はバッハは封印。月末に『ヨハネ』が予定されていることでもあるし、バッハが無いことは後になって気がついたくらい、充実したプログラムでもあった。

  中心は shezoo さんが、ここ数年横浜・エアジンでやっている「七つの月」と題されたイベントのために書いた曲。7人のシンガーに shezoo さんが各々にふさわしいアンサンブルを仕立てて歌ってもらう。1曲は新曲を書く。今年も9月に予定されている。そうだ、予約をしなくては。ただ、ヘッドフォン祭がそのど真ん中に入ってしまっているので、一番聴きたい人が聴けない。うぇーん。
 
  オープナーはクルト・ワイルの曲に shezoo さんが詞をつけた〈窓に雨、瞳に涙〉で、ここの間奏のピアノがまず良い。そう、今回は shezoo 流インプロはほとんどなく、大半の間奏がシンプルな音やフレーズを重ね、連ねる形。ピアノの音の良さが引き立つし、またそれが即興の美しさを引き立てる。ピアノのせいか。それとも、アレのせいか、と1人にやにやしてしまう。まあ、いろいろであろう。たまたま、虫の居所がそういう具合だったとか。
 
 3曲目の〈サマータイム〉がまずハイライト。緊張感漲る歌唱に吸いこまれる。その次、shezoo さんの〈窓にかかる空の絵〉の、高く伸びる声に空高く引きあげられる。続く〈悲しい酒〉がさらに良い。前半クローザーの〈終りは始まり〉で、ピアノの左手が常に一定のビートを刻んで、右手が歌の裏で細かいフレーズを小さくつけてゆくのがたまらん。
 
 後半オープナーの〈鏡のない風景〉はライヴでしか聴いたことがないが、今回あらためて名曲と認識する。ピアノが歌にぶつかってゆき、歌を高くはじき出す。連の最後の「いない」の力の抜き方に背筋がぞくぞくする。ここでも間奏のピアノは激することなく、シンプルに坦々とうたう。

 この歌はハンセン病患者が霊感の元だそうだが、より普遍的な歌になっている。自閉症スペクトラムの人の歌にも聞えるし、病気とは別の、自分ではどうしようもない様々な理由から孤立してしまう人の歌にも聞える。たとえば京アニ事件の犯人やその親族の人びとにもあてはまろう。

 エミリー・ディキンスンの〈When night is almost done〉では、ピアノの音の粒がことさらに輝き、その次〈星影の小道> のちの想いに〉がハイライト。まさに、木立ちの中にほのかに光る小道が1本、伸びている。コーダでピアノがぱらんぽろんと小さく音を散らし、そこへシンガーの声がハモるのにうっとり。次の〈からたちの花〉で、この日唯一の shezoo 流インプロが出て、石川さんも声で合わせる。山肌にもくもくと雲が湧きでて、尾根を越えてなだれ落ちてゆく風情。
 
  アンコールの〈The Rose〉に意表を突かれる。ベット・ミドラーのあれを、ごくごくしっとりと、抑えに抑えて、静かに歌う。絶品。
 
 まだ、ライヴを聴くカラダにこちらがなっていない。生の声と音にただただ聴きほれてしまう。生を聴いているというだけで陶然としてしまう。『ヨハネ』ではもう少し受けて立てるようにしたいとは思うものの、どうなるか。
 
 週末の夜の中野はこれからが本番という感じ。駅までのほとんどの店が満員か、それに近い。COVID-19感染者数はどんどんと増えているが、気にしている人など誰もいないようだ。死んでいないからだろうか。なんとなく腑に落ちないところもあるが、すばらしいライヴの余韻はそういうものも吹き消してくれる。(ゆ)

みみたぼ
石川真奈美: vocal
shezoo: piano

セット・リスト
01. 窓に雨、瞳に涙
02. 雨が見ていた景色
03. Summer Time
04. 窓にかかる空の絵>
05. 悲しい酒
06. 終りは始まり

07. 鏡のない風景
08. When night is almost done
09. 星影の小道>
10. のちの想いに
11. からたちの花
12. ひとり林に

Encore
The Rose

2022-07-01, Sweet Rain, 中野, 東京