07月12日・火
四谷三丁目のホメリでのトリコロールのライヴに行く前に、新宿・中村屋で食事。今日はことさらに贅沢をして、白目米という高級米にグレードアップしてみる。なんでも江戸時代の高級米で、明治の前半に作られなくなった幻の米を、インドカリー発売70周年で復活させたものだそうな。確かに旨い。あたしでも食べれば旨いとわかるくらい旨い。ジャポニカには違いないが、米粒がやや長めで、バスマティに似ていなくもない。いずれにしても、カレーにはよく合う。うーん、元の普通の米にもどれるか。
%本日のグレイトフル・デッド
07月12日には1968年から1990年まで、7本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。
1. 1968 Kings Beach Bowl, North Shore, Lake Tahoe, CA
金曜日。前売3ドル、当日3.50ドル。このヴェニュー2日連続の初日。共演 The Working Class。
セット・リスト不明。
Lost Dead Live のブログによれば、この当時、ここにはデッドが出る可能性のあるヴェニューが3つあったが、デッドはそのうち最も小さな会場を選んでいる。ということは、ここを気に入っていた、ということだろう。
The Working Class はその頃のこのヴェニューのハウス・バンド。ちょうどこの頃、メンバー交替があり、Sanpaku というバンドに変身している。
2. 1969 New York State Pavilion, Flushing Meadow Park, Queens, New York, NY
土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。
4曲目〈Hard to Handle〉でガルシアがペダルスティール。
演奏を始める直前、ガルシアが言った。
「このささやかな施設の管理人によれば、みんな踊りたければ踊ってもかまわないということだ。おれたちとしてもかまわないし、むしろみんなが踊っているのに演奏するのはそれは愉しい」
グレイトフル・デッドは何よりもダンス・バンドだった。それは最初から最後まで変わらない。
このショウを報じる1969年07月27日付ニューヨーク・タイムズの記事によれば、ここに5,000人が集まり、近頃のロック・コンサートでは珍しく踊っている人間がたくさんいた。そして、数年前にサンフランシスコから出てきたアクトのうち、ジェファーソン・エアプレインとともに生き残っているデッドは今や上昇気流に乗っていると書く。
3. 1970 Fillmore East, New York, NY
日曜日。このヴェニュー4日連続の楽日。午前零時にショウが始まり、終って出てくると夜が明けるところだった。
第一部アコースティック・セット、第二部ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、第三部エレクトリック・セット。ほぼ完全なテープが残っている。この時期は録音機のバッテリーを節約するため、曲が終るたびにテープを止めていた。
第一部は "Mickey Hart and the Hardons" の名義。ここには NRPS のデヴィッド・ネルソン、マーマデュークが数曲で参加した。7曲目〈New Speedway Boogie〉では、ガルシアだけエレクトリック・ギター。
第二部 NRPS にはガルシアがペダルスティールで参加。
この同じ日、ニューヨーク州マウンテンデイル Mountain Dale で開かれた Mountaindale Summer Theater というフェスティヴァルにもデッドが出たという情報がある。ポスターないしプログラムが残っており、確かにデッドの名前もある。マウンテンデイルはマンハタンの北北東150キロほどの町。昼間ここでやり、夜、フィルモア・イーストに出るというのも不可能ではない。しかし、DeadBase も、Deadlists もこれは掲載していない。
4. 1976 Orpheum Theatre, San Francisco, CA
月曜日。このヴェニュー6本連続のランの初日。7.50ドル。開演8時。復帰後、西海岸で初めてのショウ。この一連のランからは17日の5本目の全体がリリースされた。
5. 1987 Giants Stadium, East Rutherford, NJ
日曜日。開演6時。ディランとのツアーの一環。第一部、第二部がデッド、第三部にディランが入る。
デッドの部分だけの全体が《Giants Stadium 1987, 1989, 1991》でリリースされた。
6. 1989 Robert F. Kennedy Stadium, Washington, D.C.
水曜日。このヴェニュー2日連続の初日。21ドル。開場3時、開演5時。ブルース・ホーンスビィ&ザ・レンジ前座。第二部オープナーの2曲〈Sugaree; Man Smart (Woman Smarter)〉にブルース・ホーンスビィ参加。
第一部4曲目〈Just Like Tom Thumb's Blues〉が《Postcards Of The Hanging》でリリースされた後、全体が《Robert F. Kennedy Stadium, Washington, D.C., July 12 & 13, 1989》でリリースされた。
7. 1990 Robert F. Kennedy Stadium, Washington, DC
木曜日。22.50ドル。開演4時。New Bohemians 前座。
第二部2〜4曲目〈Victim Or The Crime> Foolish Heart> Dark Star〉が《View From The Vault II》で CD と DVD でリリースされた。この〈Dark Star〉は90年代のベストと言われる。
ニュー・ボヘミアンズは Edie Brickell & New Bohemians として1980年代半ばにテキサス州ダラスで結成された。オルタナティヴ・ロック・ジャム・バンドとされている。1988年に〈What I Am〉がヒットし、この1990年にセカンド《Ghost Of A Dog》をリリースしている。この直後、エディ・ブリッケルはポール・サイモンと結婚して、離脱し、バンドは解散。2006年、再編してアルバムを出した。
デッドの演奏が始まる直前、黒雲がやってきて雷が鳴って光り、土砂降りの雨が降りだした。第二部4曲目〈Dark Star〉の途中まで降りつづけた。聴衆は雨におかまいなく踊った。
クローザーの〈Touch of Grey〉の時、12メートルほどの高さの骸骨が現われ、操られて踊った。(ゆ)

コメント