07月12日・火
 思いかえしてみれば実に2年半ぶりの生トリコロール。一昨年3月の下北沢・空飛ぶコブタ屋でのクーモリとの対バン以来。あの時は途方もなく愉しかった。諸般の事情でクーモリはその後ライヴをしていないそうだが、ぜひまたライヴを見たい。あの後、クーモリ関連のCDは手に入るかぎり全部買って聴いた。各々に面白く、良いアルバムだけれども、あのライヴの愉しさは到底録音では再現できない。

 いや、クーモリの話はさておいて、トリコロールである。あちこちでライヴはしているそうだが、東京はむしろ少なく、遠くに呼ばれている由。あたしはホメリもたぶん2年ぶりだ。嬉しくて、名物のサンドイッチも食べてしまった。

 毎回思うことだけれど、ここは本当に生音が良く聞える。演奏者にもよく聞えるそうだ。この幅の狭さがむしろメリットなのだろう。聴いている方には適度に音が増幅され、しかも、個々の音が明瞭にわかる。柔かい音は柔かく、シャープな音はあくまでも切れ味鋭どく、つまり、生楽器の生音が最も美しく響く。重なるときれいにハモってくれる。妙に混ざりあって濁ることがない。だからユニゾンがそれはそれは気持ち良い。フィドルとピアノ・アコーディオンのぴったりと重なった音に体が浮きあがる。浮きあがるだけではない。クローザーの〈アニヴァーサリー〉のメドレーの1曲目を聴いているうちに、わけもなく涙が出てきた。たぶん悲しみの涙ではなく、嬉し涙のはずだけど、そう言いきれないところもある。

 よく聞えるのはユニゾンだけではもちろん無い。3曲目〈Letter from Barcelona〉のアコーディオンの左手のベース、そしてギターのベース弦。フットワークの軽々とした低音もまたたとえようもなく気持ち良い。

 この日は新録に向けて準備中の曲からスタートする。オープナー〈Five Steps〉ではコーダのアコーディオンのフレーズが粋。次のまだタイトルの無い伝統曲メドレーは G のキーの曲を3曲つなげる。どれも割合有名な曲だが、あたしは曲のタイトルはどうしても覚えられない。オリジナルの一つ〈コンパニオ〉は、結婚式のウェルカム・ムービー用に作った曲だそうだが、何とも心浮きたつ曲。別にアップビートというわけではないのに、聴いていると気分が上々になる。昂揚感とはまた別の、おちついていながら、浮揚する。このやわらかいアッパーは、トリコロールの音楽の基本的な性格でもある。嫌なことも、重くのしかかっていることも、ひとまず洗いながされる。曲が終れば、あるいはライヴが終れば、また重くのしかかってくる圧力は復活するのだが、トリコロールの音楽を聴いた後では、前よりももう少し柔軟に、粘り強く対処していける。ような気になる。

 オリジナルの曲は一つのメロディを様々に料理することが多い。テンポを変え、楽器の組合せを変え、キーを変え、ビートの取り方を変え、いろいろと試し、テストしているようでもある。試行錯誤の段階はすでに過ぎていて、細部を詰めていると聞える。これは旨いと思うところも、それほどでもないかなと思うところも、両方あるけれど、終ってみるとどれもこれも美味しいという感覚だけが残る。

 アニーはアコーディオン、ブズーキに加えて、今回はホィッスルも1曲披露。長尾さんの〈Happy to Meet Again〉という曲で、切れ味のいい演奏をする。後半オープナーの〈Lucy〉のブズーキのカッティングがえらくカッコいい。中藤さんの〈Sky Road〉でもブズーキの使い方が面白い。「おうちでトリコロール」では長尾さんが新たに買ったシターン cittern を弾いていて、いい音がしていた。いずれ、ブズーキとシターンの競演も聴きたい。長尾さんのシターンはアイリッシュ・ブズーキよりも残響が深くて、サステインが長いようだ。ギリシャの丸底ブズーキに響きが近いが、もう少し低い方に伸びている気もする。

 弦楽器はどういうわけか、どれもこれも今のイラク、ペルシャあたりが起源で、そこから東西に伝わって、その土地土地で独自に発達したり、変形したりしている。ウードのギリシャ版であるブズーキはギリシャ経由でまっすぐアイルランドに来ているが、現代のシターンはイベリア半島に大きく回ってからイングランドに渡っている。中世に使われていた楽器の復元と言われるが、その元の楽器があたしにはよくわからん。ブズーキ、シターン、マンドーラ、今ではどれも似ている。カンランのトリタニさんによると、マンドーラは基準となるような仕様が無く、作る人が各々に勝手に、自分がいいと思うように作っているともいう。かれが使っているマンドーラは世界中に数十本しかないそうだ。言われるとあの音は他では聴いた覚えがない。

 〈アニヴァーサリー〉の前の〈盆ダンス〉に、客で来ていた矢島絵里子さんをアニーがいきなり呼びこむ。フルートが加わっての盆踊りビートのダンス・チューンは、いやあ愉しい。途中、それぞれに即興でソロもとる。すばらしい。矢島さんのCDが置いてあったので買う。帰ってみたら、彼女がやっていたストレス・フリーというデュオのCDを持っていた。フルートとハープでカロランや久石譲をやっている、なかなか面白い録音と記憶する。また聴いてみよう。

 アンコールは決めておらず、その場であれこれ話しあって〈マウス・マウス〉。〈Mouth of the Tobique〉をフィーチュアしたあれ。

 聴きながら「旱天の慈雨」という言葉が湧いてきた。このライヴのことをアニーから聞いたのは5月の須貝知世&木村穂波デュオのライヴで、その時も聴きながら、この言葉が湧いてきた。アイリッシュばかりで固めたあちらも良かったけれど、独自の世界を確立しているこのトリオの音楽はまた格別だ。おかげで乾ききっていたところが少し潤いを帯びてきたようでもある。新録も実に楽しみ。

 長尾さんとアニーは O'Jizo で今月末、カナダのフェスティヴァルに遠征する由。チェリッシュ・ザ・レディースがヘッドライナーの一つらしい。ひょっとするとジョーニー・マッデンと豊田さんの競演もあるかもしれない。感染者数が急増しているから、帰ってくる時がちょと心配。今でも入国は結構たいへんと聞いた。

 ライヴに来ると、いろいろと話も聞けるのが、また愉しい。秋に向けて、愉しみが増えてきた。出ると外は結構ヘヴィな雨だが、夏の雨は濡れるのも苦にならない。まったく久しぶりに終電に乗るのもさらにまた愉しからずや。(ゆ)