08月06日・土
 夜、秋の虫が鳴きだしていた。蟋蟀。気温が下がったからか。季節だからか。明日は立秋。
 昼間は蝉が元気だった。かれらもあまりに暑いと動きが鈍るのか。


%本日のグレイトフル・デッド
 08月06日には1966年から1989年まで7本のショウをしている。公式リリースは2本。

1. 1966 Pender Auditorium, Vancouver, BC, Canada
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。セット・リスト不明。

2. 1967 Palace Ville Marie, Montreal, PQ, Canada
 日曜日。マチネー。ビル・グレアムによるサンフランシスコ・サウンドのショウケースの一環らしい。共演ジェファーソン・エアプレイン、ルーク&ジ・アポスルズ。セット・リストの全体は不明。
 DeadBase XI の Edward Sieb のレポートによれば、これは地元ラジオ局主催による市内の広場でのフリー・コンサート。正午開演の予定が遅れた。集まっていたのは2〜3,000人で、その一部は地元のヒッピーたちだった。デッドが先の演奏で、まずガルシアが行方不明のレシュを呼びだした。ジーブはファーストは聴いていたが、そこには無い曲をやったらしい。〈Viola Lee Blues〉と〈Dancing in the Street〉それに〈Alligator> Caution〉はわかったが、それ以外は曲名不明。録音は存在しない。デッドは90分ほど演奏し、まだ続けそうだったが、エアプレインの番ということで途中で打ち切られた。

3. 1967 Expo '67, Montreal, PQ, Canada
 日曜日。ソワレ。セット・リスト不明。

4. 1971 Hollywood Palladium, Hollywood, CA
 金曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。前売5ドル、当日5.50ドル。開演8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。
 第一部クローザー前の〈Hard To Handle〉が《Fallout From The Phil Zone》で、これを含めて第一部からの5曲が《Road Trips, Vol. 1, No. 3》ボーナス・ディスクで、第二部 drums 後の4曲目〈The Other One〉からクローザー〈Turn On Your Lovelight〉までの7曲が《Dick's Picks, Vol. 35》でリリースされた。全体の4分の3ほどがリリースされたことになる。
 この〈Hard To Handle〉は決定的なヴァージョンとして、ディック・ラトヴァラと Louis Woodbury の両方が DeadBase XI で触れている。この時は電池駆動のテープ・デッキとマイクを持ちこんだ者がいて、ラトヴァラはこのショウの AUD を聴衆録音のレベルを上げるものと讃えている。
 かなり暑い日で、ガルシア入り NRPS の演奏の間に、暑さで気を失う者が続出した由。

5. 1974 Roosevelt Stadium, Jersey City, NJ
 火曜日。5.25ドル。開演7時。
 DeadBase XI の Ihor Slabicky のレポートによれば、これは08月02日のショウが雨で延期になったもの。02日の開演前、降りやまない雨の中、ステージに出ていって金属の何かに触れたウィアは、あそこに出ていって感電死するのは御免だと宣言した。
 第一部7曲目〈Eyes Of The World〉、クローザーの3曲〈Playing In The Band> Scarlet Begonias> Playing In The Band〉、それに第二部オープナー〈Uncle John's Band〉の計5曲1時間強が《Dick's Picks, Vol. 31》でリリースされた。〈Eyes Of The World〉はドキュメンタリー《Long Strange Trip》オリジナル・サウンド・トラックにも収められた。
 この後、ひと月休んでヨーロッパ・ツアーに出て、09月21日までに英仏独と回り、帰ると10月下旬ウィンターランド5日間で大休止。したがってこれは東海岸では大休止前最後のショウ。しかし、演奏を聴くかぎりでは絶好調そのもので、なぜツアーを休まねばならないのか、納得はいかない。当時のデッドヘッドたちにもいかなかっただろうと思われる。
 この5曲を聴くと全体も聴きたくなる。〈Eyes Of The World〉は名演の多い曲だが、その中でもこれはベストと言い切ってもいい。ガルシアのギターが流麗に歌い、レシュが長く味わいふかいベース・ソロを披露する。デッドのジャム、集団即興がどんなものか知りたければ、まずこれを聴いてくれと言いたくなる。あるいはロック・ファンよりもジャズ・マニアの方が愉しめるかもしれない。まことに粋な終り方まで、デッドが「オン」になるとこういうことが起きるのだ。
 その後の〈Scarlet Begonias〉をはさんだ〈Playing In The Band〉、本来第二部オープナーの〈Uncle John's Band〉も夢々劣るものではなく、この1時間にはデッドの音楽の魅力が凝縮されている。その魅力を強引にひと言で表すとすれば「哀しみ」になる、とこれを聴くと思う。
 デッドの音楽が歓喜の音楽、祝祭の音楽であることは確かで、その点ではバッハの音楽と軌を一にする。一方で、脳天気にただひたすらわーいわーいとはしゃぎまわるわけでもなく、この世にあって歓びの裏には必ず貼りついて一体となっている哀しみが、やはり一体になっている。その点でもバッハの音楽に通ずる。
 こういうベストの時のデッドの音楽を聴いて引きこまれるところは、「面白うてやがて哀しき」風光だ。何か一色に染められているのではなく、歓びと哀しみが一番大きくはあるが、その他にも名づけようのない感覚がいくつも混じりあう。そこには澄みきって落ちついた、ほとんど悟りの境地とも呼びたいものすら流れている。
 その風光を「哀しみ」と表現するのは、我々の棲むこの世界の土台が「哀しみ」であると捉え、歓びの音楽によってこれを浄化しようとしているからだ。
 むろん、そう論理立てて、意識してやっているわけではない。直感で捉え、捉えたものと格闘する中で現れてきた結果だ。意識としては、前の日とは違うことをやろうとしているだけだ。ただ、その結果は、この1970年代半ばから大休止をはさんで後半にいたる時期の音楽として現われた結果には、特にその色が濃いようにも思う。そしてこの時期以後、デッドがやっていたこと、やろうとしていたことは、音楽による世界の浄化になってゆく、と、こういう演奏を聴いているとあたしには見える。

6. 1982 St. Paul Civic Center Arena, St. Paul, MN
 金曜日。開演7時。
 この時期として典型的なショウの由。

7. 1989 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 日曜日。このヴェニュー3日連続の楽日。開演7時半。
 最高のショウの一つらしい。(ゆ)