先日読み終わった Chuck Rogers, Heroes Road はおよそファンタジーに求めるものがすべてたっぷりと魅力的な形でぶちこまれていて、大いに愉しませてもらった。分量も十分、エンディングは見事、そして続篇への予告篇もきっちり。続篇 Heroes Road 2 はさらに面白いそうだが、Michael R. Fletcher, Beyond Redemption と2冊、部厚い本を読んだので、次はちょっと軽めの本が読みたい。本棚にぽつんとあった岩村忍『暗殺者教国』が目についた。リブロポートからの再刊で、40年前に出た時に買ったまま、ほったらかしていた。



Beyond Redemption (English Edition)
Fletcher, Michael R.
Harper Voyager
2015-06-16




 読みだしてみれば、読みやすく、面白く、簡潔で、結局読んでしまう。

 10世紀から13世紀まで、約2世紀半、現在のイラン北西部、アラムートの城に蟠踞したイスラームの異端イスマイリ派、別名ニザリ派の誕生からモンゴルによる滅亡、そして復活までを略述する。セルジューク朝と渡り合い、マムルーク朝や十字軍にも脅威を与えた教団政権。イスマイリ派はシーア派の分派で、スンニからもシーアからも異端とされながら、一時は西アジア一帯にとびとびながらかなりの範囲に勢力を持った。今でも絶滅したわけではなく、あちこちにしぶとく生きているそうな。なによりも政略手段として暗殺を積極的に採用したことで歴史上有名だ。『アサシン・クリード』という人気ゲームの源になったことでも知られる。遙か昔、『ゴルゴ13』のエピソードの一つにも出てきた。

 ロジャースの『英雄たちの道』では、暗殺者教団のボスである「山の長老」配下の暗殺者たちが主人公たちの命を狙って、あちこちで大立ち回りをする。なかなか楽しい連中だ。もちろん、作品世界にふさわしくデフォルメされているが、結構巧くデフォルメしていることが、岩村本を読むとわかる。ロジャースはちゃんと調べて書いている。

 もっとも岩村本で一番メウロコだったのは13章の教義の解説だ。どんどん過激になっていって、ついにはイスラームとは似ても似つかない、別の宗教といえるもの(預言者ムハンマドの権威まで否定する)になりながら、最後にまたくるりと回転してスンニ派に合流してしまう。「奇怪」といえばこの過激化したものと、最後の転回が一番「奇怪」。こういう教義、絶対独裁者である教団トップの思考の変遷が、どういう環境の変化に押されたものなのか、知りたくなるが、そこまではようわからないらしい。

 岩村が本来専門外のイスマイリ派に深入りしたのは、かれらを滅ぼしたチンギス・ハンの孫フラグの麾下の武将の一人キドブハを追いかけたため、というのも面白い。ナイマン出身で、どうやらネストリウス派のクリスチャンだったらしいキドブハはフラグのもとで西アジアからシリア征服に功を立てる。しかし、最後にマムルーク朝がモンゴルの進攻を止めた1260年09月03日の戦いで死ぬ。この戦いとかれの戦死はモンゴル帝国にとっては分水嶺となる。

 つまり、岩村本はイスマイリ派をユーラシア大陸西半分の大きな歴史の動きのなかに置いて描く。大きく広い動きと、イスマイリ派をめぐる小く狭い動きの対比がダイナミズムを生む。

 最終章、イスマイリ派が頑強にモンゴル軍に抵抗したラミアッサール城の遺蹟に赴く紀行は、700年の時間の遠さを実感させる。同時に半世紀前のイラン西部の様相もまた別世界だ。

 巻末の「新版によせて」で、岩村がロンドンの本屋で見つけて面白く読んだという Freya Stark の The Valley Of The Assassins, 1934 を調べてみると1982年に現代教養文庫で『暗殺教団の谷 女ひとりイスラム辺境を行く』として出ている。図書館にないか検索するとスタークの伝記『情熱のノマド:女性探検家フレイア・スターク』が出てきた。1993年に100歳で亡くなったこの人、とんでもない人らしい。邦訳はもう1冊 Riding To The Tigris, 1959 が篠田一士の訳で『チグリス騎馬行』として出ている。こちらは『現代ノンフィクション全集』第16巻で、図書館にある。主な著作は Internet Archives で読める。

情熱のノマド 上―女性探検家フレイア・スターク
英子, 白須
株式会社共同通信社
2002-06T



 こうして読む本がどんどんと芋蔓式に増えてゆく。(ゆ)