1988年からの選曲は今回無しで、次は02日リリースの 1987-09-15, Madison Square Garden, New York, NY から〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉です。このペアは 1991-03-24 にも出ていますから、同じ曲がどう変わるかも体験できます。

 ここは肝心のところで、デッドは同じ曲を二度まったく同じに演奏することはありませんでした。この点ではロック・バンドではなく、ジャズのやり方です。つまり、同じ曲を同じように演奏することはつまらなかった。楽しくなかった。常に別のやり方、変わった手法でやろうとしました。このことは楽曲の演奏だけでなく、ショウの組立て、レコードの作り方から、ビジネスのやり方まで、あらゆるところに共通します。

 ですから、このペアのように通算で500回以上、そのキャリアの最初から最後まで通して演奏されつづけた曲でも、まったく同じ演奏は二つとありません。もちろん、時期が同じならば、共通したところはありますが、いつもどこか、何かが変わっています。またショウの中での順番、位置も変わります。これも時期によって、位置、順番が定まるケースもありますが、コンテクストが変わるので聴いて受ける感覚は変わってきます。このおなじみという感覚と演奏そのものが違うという感覚のバランスがデッドのショウを1本通して聴くときに愉しいところです。また、前回の 1989-02-06 のような、破格の順番、位置もまた愉しくなります。

 ショウはこのヴェニュー5本連続の初日。2日やって1日休んで三連荘です。この5本のショウの18.50ドルからのチケット85,000枚は4時間で売切れ、記録となりました。休みの17日にはガルシアとウィアが NBC の David Letterman Show に出演し、2人だけのアコースティック・セットで6曲演奏しました。この録画は YouTube で見られます。この時のランからは中日09-18のショウが《30 Trips Around The Sun》でリリースされています。

 前年の夏、ガルシアは重度の糖尿病で昏睡に陥ります。しかし、こんな重い症状から恢復したのは見たことがないと医者が驚く奇跡的な恢復を示し、10月にはジェリィ・ガルシア・バンドで、12月にはグレイトフル・デッドとしてステージに復帰しました。デッドはここから1990年春まで、終始右肩上がりに調子を上げてゆく黄金期を現出します。ビジネスの上でもそうですが、それよりも音楽の上で一層黄金期と言えます。見る角度によっては1972年、1977年をも凌ぐ、グレイトフル・デッドとして最高のピークです。

 そこにはこの年の夏、ミッキー・ハートが Bob Bralove の協力で MIDI をステージに導入したことも寄与しています。ブララヴまたはブレイラヴはクラシックの教育を受けたピアニストで、スティーヴィー・ワンダーのサウンド・デザイナー兼コンピュータ音楽ディレクターを勤めていました。ブララヴの援助で、ハートを皮切りにメンバーは次々に MIDI を導入し、これ以後のデッドのサウンドは多様性を大きく増すことになります。

 1987年は前年後半キャンセルした分もカヴァーするように、ショウの数は85本。1981年以来初めて80本を超えました。ちなみに30年のキャリアの中で年間80本を超えたのは14回あります。2,430万ドルを稼いで第4位。レパートリィは150曲。ここまで増えたのは、夏にボブ・ディランとツアーしたためもあります。

 ガルシアの復帰とこの年の稼ぎは強い印象を残しました。3年後、ポール・マッカトニーは13年ぶりにツアーを始める理由を訊ねられて、「ジェリィ・ガルシアが昏睡からたち直ってツアーできるんなら、ぼくだってできないはずはないと思ったのさ」と答えることになります。

 〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉はこの日の第二部オープナー。後半、ガルシアのギターを中心にした集団即興=ジャムがすばらしい。とりわけ、ガルシアとミドランドとレシュの絡合いが、この録音はよくわかります。ウィアのギターの音が小さいのが残念。ヴォーカルはちゃんと聞えます。〈I Know You Rider〉でコーラスの後で、すぐに歌を続けず、おれが弾くと言わんばかりのガルシアのソロ。ガルシアの歌の後のガルシアのソロとレシュのベースの絡みがまたたまらん。最後のアカペラ・コーラスになるところ、会場が手拍子で支えてますね。

 続くのは〈Estimated Prophet〉から〈Eyes Of The World〉という定番の組合せ。この2曲は〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉や〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉ほどの完全なペアにはなりませんでしたが、かなりの頻度で続けて演奏されてます。ただ、この2曲は順番が逆になったりします。どちらも長いジャムになることもよくあって、ここでも2曲合わせて20分超。

 前者では最初の歌の後の間奏でガルシアが決まったフレーズから出発して、どんどんはずれてゆき、最高のソロを聴かせます。ウィアの歌にもどると大喝采。ウィアも負けじと、イカレた「預言者」の役を熱演。その後のガルシアのソロはこの曲ではよくありますが、完全にジャズ、それも極上のジャズ。デッド流ジャズ。このソロを愉しめるかどうかは、デッドの音楽を愉しめるかどうかの試金石かもしれません。

 一度終って、一瞬、間があって〈Eyes Of The World〉のリフが始まると大歓声。ガルシアのヴォーカルが力強く、歌いまわしにも余裕があります。昏睡からの恢復後は相当に節制につとめたこともあり、体調も絶好調なのでしょう。こちらは〈Estimated Prophet〉よりもアップテンポで、ギターもそれに合わせていますが、やはりロック・ギターの範疇からははずれます。それにミドランドがピアノのサウンドでからんでゆくと、ガルシアはますます調子が出てきて、今度はハートとも絡みます。やがて、Drums に遷移。ハートが MIDI で不思議な音を出すのに、クロイツマンは通常のドラム・キットで応じます。ハートは今度は巨大太鼓でこれに対抗。この AUD は優秀で音は割れていません。デジタル録音と思われ、かなりクリアです。

 普通 Space に移るとドラマーたちはひっこみますが、この日はなかなかひっこみません。ひっこんだ後はガルシアとウィアの2人だけ。ガルシアはスライド・ギターで思いきり音をひっぱります。明瞭なメロディはなく、まさに宇宙空間を旅している気分。ウィアはこれにコードを合わせるというより、遠くから投げかける感じ。

 ごく自然に〈The Wheel〉が始まり、他のメンバーも入ってくるのに、ガルシアがイントロを引きのばします。聴衆も力一杯歌っているのも聞えます。これもいい演奏。

 〈Gimme Some Lovin'〉への遷移はちょっと唐突ですが、リフが始まってしまえばこっちのもの。すぐにミドランドがハモンドで有名なリフをくり出します。これも全員のコーラスですが、レシュも歌っていますね。歌の後、ワン・コーラスですがガルシアが切れ味のいいソロ。最後はこれもやや唐突に終り、すぐに〈All Along The Watchtower〉をやりかけますが、ガルシアの気が変わったようで〈Black Peter〉におちつきます。

 〈Black Peter〉でもガルシアのヴォーカルは元気で、このピーターはとても死にそうには聞えません。死にそうだという噂をばらまいておいて、あわてて見舞いに来た友人たちにアッカンベーをして見せるよう。前年の自分の体験を重ねているのでしょうか。ビートはブルーズ調で、ここでのガルシアのギターは明るいブルーズ・ギターの趣。

 一度きちんと終って間髪を入れず〈Sugar Magnolia〉。会場全体が最初からウィアにぴたりと合わせて歌っています。ウィアも負けじとメロディを崩してます。ミドランドのピアノを合図にジャムに突入、ガルシアは自在にメロディを崩して美味しいギターを展開します。弾きやめません。これぞ、デッド、ガルシアのギターを中心にバンド全体が飛んでゆきます。やがて、一瞬の間を置いて、ドン、ドンと Sunshine Daydream。ウィアがひとしきり叫んだ後はまたガルシアが弾きだしますが、この日はウィアが再びからみ、コーダにもちこみます。

 アンコールは〈It's All Over Now, Baby Blue〉。惜しいことにこれは AUD には入っておらず、SBD をストリーミングで聴きます。これはガルシアの持ち歌。ヴォーカルは力が籠もっていますが、ギターは肩の力が抜けて、「枯れた」というと言い過ぎですが、半歩退いたクールさが光ります。ミドランドのピアノがまたよく脇を締めています。最後にウィアが "Manana マニャーナ"。つまり「また明日」。この選曲と演奏も含め、明日のために力を貯めておけ、ということでしょうか。(ゆ)