この秋にプランクトンが呼ぶ二つのアクト、イタリア南部、長靴の踵にあたるプーリア州のバンドとスペイン・バスクのバンドを紹介するトークイベントに赴く。話者は松山晋也とサラーム海上の両氏。
バスクから来るのは特有の伝統楽器チャラパルタのオレカTX。TX はチャラパルタのバスク語スペルの頭2文字。バラカンさんのLive Magic に出る。チャラパルタは蛇腹のケパ・フンケラのバンド・メンバーとして来たのは見ている。木の角材を並べて、これに両手に持った丸い棒を落として音を出す。原始的な木琴のような形と音だが、必ず二人以上で演奏する。5人ぐらいまであるらしい。演奏者はたがいにタイミングをずらし、同時に複数の音が鳴ることはない。分担するから、ガムランのように一人では不可能な演奏ができる。
今回はチャラパルタの二人を中心に、やはりバスク特有のリード楽器のアルボカ、それにブズーキとパーカッションの組合せ。このバンドはケパ以降も二度ほど来日しているそうな。1つは現代舞踏のアーティストとの共演、もう1つは六本木ヒルズのイベント。双方のビデオが流される。どちらも面白そうで、知っていたら行ったはずだ。
最近のビデオではケパの時よりも二人の奏者の息の合い方がずっと練りあげられていて、ほとんど腕が4本あるように見える。それにずっとにこにこしている。演奏が楽しくてしかたがないふぜい。
このバンドをめぐって『遊牧のチャラパルタ』というドキュメンタリー映画が作られている。その予告篇も流される。チャラパルタの二人が北西アフリカ、インド、北極圏、モンゴルに行き、先々でその土地の材料、石、氷、木を使って楽器を作り、地元の人たちと共演する。サラームさんによると、訪問先の人びとはいずれもその地域で差別を受けているマイノリティの人たち。バスク人たちもスペイン、フランスそれぞれで差別されているマイノリティで、そういう人間同士の結びつきを試みる意志は徹底している。
楽器自体はシンプルだが、素材を削って音程を合わせてゆくのに苦労する。とりわけ石は削りにくくて大変だったらしい。
映画はプランクトン自身が日本語字幕を作成して挿入している。まずは上映会がある。今のところDVDなどのパッケージ販売の予定は無いそうだ。DVDやCDなどのソフトのパッケージ販売は絶滅寸前だそうで、こういう映像作品の流通が難しくなっている、と会場に来ていたバラカンさんが言う。YouTube にでも上げるしかないらしい。
一方、イタリア南部プーリア州のバンドは Canzoniere Grecanico Salentino カンツォニエーレ・グレカニコ・サレンティーノ。「サレント地方のギリシャ語による歌をうたう人たちまたは歌集」という意味だそうで、CGS でいいよ、と本人たちも言っている由。サレントは長靴の踵の長く突き出た半島。
ここはアドリア海をちょっと渡ればギリシャはすぐ近くで、古来から往来の絶えなかったところだ。ギリシャ語の方言が残っているらしい。最近ではアルバニアから難民が渡って話題になった。
イタリアは北と南でまったく文化が異なる。南は古くはフェニキア人からギリシャ人、ノルマン、ムスリムなど、多様な人たちが交錯している。とりわけ、中世以降、マグレヴのイスラーム勢力の影響を受けて、独自の文化を展開してきた。というのはおぼろげに知っている。イタリアのバンドとして真先に浮かぶ La Ciapa Rusa は北の代表。南は長靴の爪先、カラブリアの Re Niliu がマグレヴの音楽とヨーロッパの音楽が混淆した特異な音楽を聴かせていた。2000年にリアルワールドからアルバムを出した Spaccanapoli も面白かった。とはいえ、踵の方は不勉強でまったく知らない。
松山さんによると、爪先も含め、イタリア南部には共通のダンス・ミュージックがあり、タランテッラと総称される。スタタ、スタタ、スタタという三連符を共通の特徴とする。三連符なのだが、聴いているとつながって、カチャーシーや阿波踊りのビートに似てくる。プーリアのタランテッラはピッツィカと呼ばれる。
ビートを叩きだす片面太鼓は、タンブレッロと呼ばれる、大きめのもので、モロッコあたりのものに似てタンバリンのように枠に金具がはまっていて、ジャラジャラ鳴るものもある。面白いのは、このタンブレッロはソロでも演奏されるが、4人5人と集団でユニゾンでも演奏される。驚いたことに、このタンブレッロを演奏する人がちゃんと本朝にはいて、ゲストで男女のお二人が来ていて、実演もする。
タランテッラはタランチュラに通じる語で、毒蜘蛛に刺された毒を踊って汗として排出するための踊りという俗説があるそうな。祭などで女性たちが憑依された状態になって、ぐるぐる駆けまわったり、床に倒れて痙攣したり、のたうちまわったりするのもタランテッラと呼ばれる。
CGSはピッツィカを演奏するバンドの筆頭として世界的に知られる。バンドは今のリーダーの父親が創設した。タンブレッロ、アコーディオン、フィドルを核とし、ギリシャのブズーキ、ザンポーニャが入り、シンガーとダンサーがいる。
ザンポーニャは面白い。ハイランド・パイプやイリン・パイプよりバッグがずっと大きく、ドローンが無く、チャンターが長短2本。そのチャンターを両手で押える。バッグは利き手の脇の下。空気は口から吹きこむ。ザンポーニャも地域によって異なるはずだが、少なくともプーリアのザンポーニャはこういうものなのだろう。いや、プランクトンのサイトにあるビデオを見ると、ドローンはひどく短いものが、チャンターの根元についている。
ニューヨークでのこのビデオによれば、ダンスもさることながら、これは歌のバンドでもある。4人もシンガーがいて、ハーモニー・コーラスはもちろん、誰でもリードがとれる。ダンス・ソングもあれば、バラッドらしきうたもあり、ビートにのせて朗々と歌われるうたもある。やはりイタリアは歌の国なのか。むろん発声は地声で、カンツォーネとはまったく違う。
ダンスは即興のようだが、ひょっとすると踊っているうちに本当にトランス状態になるのを見られるかもしれない。ビデオでは顔にタランチュラを現す模様を黒く塗ったダンサーもいる。どちらかというと見せる踊りというよりはこちらも一緒になって踊るもののけしき。むろん、ほんとに一緒に踊ったら、心臓が破裂する。
リーダーのマウロ・ドゥランテはフィドルとタンブレッロを操り、歌もうたう。タンブレッロを叩いて、ジャスティン・アダムズとのデュエットでの活動もしており、イタリアのテレビらしいビデオはすばらしかった。今回、アダムズも、という話もあったそうだが、バンドに集中した方がいいと川島さんが判断した。このデュオなら後でビルボードあたりで呼んでも客は来るんじゃないか。
この人、13年前、まだ20代の時、古楽グループのメンバーとして来日し、今回と同じ三鷹で公演しているそうな。その時には古楽演奏もさることながら、ソロで即興も披露して、一躍ヒーローになったという。生まれた時から、両親の演奏するタランテッラに漬かって育ち、長じてバンドを引き継いでいるが、正規の音楽教育も受けているらしい。こういう人は強い。
それにしても「灼熱のタランテッラ」とはうまい。このあたりの音楽はみな熱い。ダンスだけでなく、声も歌も熱い。地中海沿岸の音楽のなかでも、この辺がいちばん熱い。マグレブはかえってクールだ。イベリア半島も洗練されている。こういう音楽を聴くと、阿波踊りも夏にやるから阿波踊りなのだし、カチャーシーも南のビートだと思えてくる。
彼らが来るのは秋だが、そのくらいの頃でちょうどいいだろう。今、この熱い音楽を浴びる気にはちょっとなれない。(ゆ)
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