今年のグレイトフル・デッドのビッグ・ボックス《Here Comes Sunshine 1973》はパッケージの製造過程でミスがあったらしく、CDPで再生できなかったり、リッピングできなかったりするディスクが続出。大騒ぎになっている。受取ったセットにまったく問題が無かったのは全体の4分の1にすぎない、という集計もある。

 あたしのところに来たのも17枚のうちの半分以上に、何らかの欠陥がある。音飛びや、短いループ、ひどいノイズなど。リッピングしてひっかかったものはCDPでも同じ問題が出る。大きな障碍ではなく、スピーカーでは気づかず、ヘッドフォンやイヤフォンでわかるものもあるが、音楽にひたりきることはできない。盤面はきれいなもので、欠陥があるとはわからない。いわゆるCDのプリント・ミス。販売元の Dead.net のカスタマーサーヴィスに連絡して交換してもらうことになっているが、どうなるか、まだ不明。

 トラブルの形はそれだけではない。厚紙製のパッケージに挿入する際に傷がついたものや、パッケージに使われた接着剤が盤面に付着したものも報告されている。

 メディアとしてのCDに未来はない。製造会社は新規の設備投資はしていないだろうし、人もいなくなっているだろう。CD製造自体台湾や東欧諸国に主力が移っているようでもある。デッドのボックスのCDはワーナー製造で、まだアメリカ国内でやっているとすれば、CD製造インフラの劣化が吹き出したのだろう。もともとアメリカ製CDは質が良くない。ECMはドイツ・プレス、アメリカ・プレス、日本プレスと三種類あり、各々音が違う。ドイツがダントツによく、次が日本。アメリカ・プレスのものは買うなと昔言われた。

 デッドの公式リリースのCDは HDCD だ。通常のCDにハイレゾ音源を入れる技術で、マイクロソフトが特許をもつ。ウィキペディアによれば、「20 – 24bit音源を自然な音質で、なおかつ聴感上のノイズを低下させつつ音量感を伴う音で16bit化し聴取するしくみである。あくまでも16bitのままで音質を改善するためのディザやノイズリダクションの技術セットであり、16bitのデータと隠しコードから20 – 24bitのデータを復元する技術ではない」そうだ。対応するCDPで再生するとハイレゾとして聴ける。非対応のプレーヤーにかけると通常の16/44.1として再生される。デッドのボックスや Dave's Picks のディスクを dbPoweramp など対応するソフトでリッピングすると24/44.1のファイルにできる。HDCDの製造装置やCDP、リッピング・ソフトにライセンス料がかけられると聞いた。

 当然製作の際に通常のCDより複雑な作業になる。設備も通常CD作成用よりも高価で、故障しやすいはずだ。憶測するに、HDCD製造装置が途中から一部に不具合が出たのに気づかなかった、というところか。

 ビッグ・ボックス・セットや Dave's Picks は Dead.net を顔とするデッドの財産管理会社の主な収入源だ。こうしたアーカイヴ音源の公式リリースをつづけているのは、生残りの旧メンバーの収入を支えるためもあるだろう。テープが出回っている、あるいは Internet Archives にデジタル化されたテープ音源がアップロードされていて、ライヴ録音をいつでも聴けるデッドの世界で確実にライヴ音源を売るには、経年劣化したマスター・テープを修復し、きちんとマスタリングし、読みごたえのあるライナーを付けて付加価値のあるパッケージで出す必要がある。HDCDも付加価値の1つだ。

 しかし製造インフラが劣化して商品としてまともなCDが作れないとなると、パッケージで出す以外の方法を考えざるをえないだろう。従来は発売早々に売り切れていた Dave's Picks が、今年に入っていつまでも売れ残っている。パンデミックをきっかけとした送料の大幅なアップで、アメリカ国外への販売が減ったためではないか。この方面でもパッケージ販売は限界にきている。来年の企画はもう動いているので、変化があるとすれば再来年からだろう。(ゆ)


2023-12-23追記
 後日談。Dead.net のサポートから問題のあるCDの写真を送れとの要請。盤面の写真を送る。印刷段階でのミスは見ただけではわからないはずだが、どうやら通販で届いた商品に問題があった場合はとにかく写真を送るよう求めるのがあちらの手順らしい。写真を送ると代替品を送ると連絡があり、やがて写真を送った盤が送られてきた。今回はどれもスムーズにリッピングできて、一件落着。メールの送信と返信の間には時に1週間ぐらいの間があいたし、返信の度に相手の名前は変わったが、無事解決したので、胸をなでおろしたことでありました。