40年ぶりということになろうか。1970年代後半、あたしらは渋谷のロック喫茶『ブラックホーク』を拠点に、「ブリティッシュ・トラッド愛好会」なるものをやっていた。月に一度、店に集まり、定例会を開く。ミニコミ誌を出す。一度、都内近郊の演奏者を集めてコンサートをしたこともある。

 「ブリティッシュ・トラッド」というのは、ブリテンやアイルランドやブルターニュの伝統音楽やそれをベースにしたロックやポップスなどの音楽の当時の総称である。アイルランドはまだ今のような大きな存在感を備えてはおらず、あたしらの目からはブリテンの陰にあってその一部に見えていた。だからブリティッシュである。トラッドは、こうした音楽のレコードでは伝統曲のクレジットとして "Trad. arr." と書かれていることが多かったからである。フランスにおけるモダンな伝統音楽の優れた担い手である Gabriel Yacoub には《Trad. Arr.》と題した見事なソロ・アルバムがある。

 この愛好会についてはいずれまたどこかで書く機会もあろう。とまれ、そのメンバーの圧倒的多数はリスナーであって、プレーヤーは例外的だった。そもそもその頃、そうした音楽を演奏する人間そのものが稀だった。当時明瞭な活動をしていたのは北海道のハード・トゥ・ファインド、関西のシ・フォークぐらいで、関東にはいたとしても散発的だった。バスコと呼ばれることになる高木光介さんはその中で稀少な上にも稀少なフィドラーだった。ただ、かれの演奏している音楽が特異だった。少なくともあたしの耳には特異と聞えた。

 その頃のあたしはアイルランドやスコットランドやウェールズやイングランドや、あるいはブルターニュ、ハンガリーなどの伝統音楽の存在を知り、それを探求することに夢中になっていた。ここであたしにとって重要だったのはこれらがヨーロッパの音楽であることだった。わが国の「洋楽」は一にも二にもアメリカのものだったし、あたしもそれまで CSN&Y で洗礼を受けてからしばらくは、アメリカのものを追いかけていた。「ブラックホーク」で聴ける音楽も圧倒的にアメリカのものだった。そういう中で、アメリカ産ではない、ヨーロッパの音楽であることは自分たちを差別化するための指標だった。

 もちろんジャズやクラシックやロックやポップス以外にも、アメリカには多種多様な音楽があって、元気にやっているなんてことはまるで知らなかった。とにかく、アメリカではない、ヨーロッパの伝統音楽でなければならなかった。だから、アメリカの伝統音楽なんて言われてもちんぷんかんぷんである。オールドタイム? なに、それ? へー、アパラチアの音楽でっか、ふうん。

 高木さんの演奏する音楽がオールドタイムであるとは聞いても、またその演奏を聴いても、どこが良いのか、何が魅力なのか、もう全然まったく理解の外だった。ただ、なにはともあれ愛好会の定例会で生演奏を聞かせてくれる貴重な存在、ということに限られていた。不遜な言い方をすれば、「ブリティッシュ・トラッド」ではないけれど、生演奏をしてくれるから、まあいいか、という感じである。

 こういう偏見はあたし一人のものではなかった。当時は若かった。若者は視野が狭い。また誰も知らないがおそろしく魅力的な対象を発見した者に特有の「原理主義」にかぶれてもいた。たとえば上記のコンサートには「オータム・リヴァー・バレー・ストリング・バンド(つまり「秋川渓谷」)」と名乗るオールドタイムのバンドも参加していたのだが、その演奏を聞いた仲間の一人は、こんなのだめだよ、トラッドじゃないよ、と言いだしたものだ。

 振り返ってみると、オールドタイムをやっている人たちも居場所を求めていたのだろう。当時、アメリカの伝統音楽といえばブルーグラスとカントリーだった。この人たちも結構原理主義者で、オールドタイムは別物としてお引取願うという態度だったらしい。実際、ある程度聴いてみれば、オールドタイムがブルーグラスでもカントリーでもないことは明瞭ではある。音楽も違うし、音楽が演奏される場も異なる。ブルーグラスもカントリーもあくまでも商業音楽であり、オールドタイムは共同体の音楽だ。共同体の音楽という点ではまだ「ブリティッシュ・トラッド」の方に近い。もちろん「ブリティッシュ・トラッド」も商業音楽としてわが国に入ってきていたけれども、共同体の音楽という出自を忘れてはいないところは、そもそもの初めから商業音楽として出発したブルーグラスやカントリーとは別のところに立っていた。

 さらに加えて、高木さんの演奏は、その頃からもう一級だった、という記憶がある。オールドタイムという音楽そのものはわからなくても、演奏の技量が良いかどうかは生を聴けばわかるものだ。少なくともそうでなければ、よくわからない音楽の演奏を愉しむことはできない。

 当時の高木さんはどこか栗鼠を思わせる細面で、小柄だけどすらりとしたしなやかな体、伸ばした髪をポニーテールにしていた。このスタイルもおしゃれなどにはまったく無縁のあたしにはまぶしかった。

 と思っていたら、いきなり高木さんの姿が消えたのである。定例会に来なくなった。あるいはあたしが長期の海外出張で定例会を休んでいた間だったかもしれない。オールドタイムを学ぶために、アメリカへ行ってしまったのだった。そう聞いて、なるほどなあ、とも思った。念のために強調しておくが、その頃、1970年代、80年代に、留学や駐在などではなく、音楽を学びに海外に行くなどというのはとんでもないことだった。しかも高木さんのやっているオールドタイムには、バークリーのような学校があるわけでもない。各地の古老を一人ひとり訪ねあるいて教えを乞うしかないのだ。それがいかにたいへんなことかは想像がついた。同時にそこまで入れこんでいたのか、とあらためてうらやましくもなった。ちなみに、アイルランドやスコットランドやイングランドの伝統音楽を学びに現地に行った人は、あたしの知るかぎり、当時は誰もいない。例外として東京パイプ・ソサエティの山根氏がハイランド・パイプを学びに行っていたかもしれない。

 それっきり、オールドタイムのことは忘れていた。はっきりとその存在を認識し、意識して音源を聴きあさるようになったのは、はて、いつのことだろう。やはり Mozaik の出現だったろうか。その少し前から、ロビンさんこと奥和宏さんの影響でアメリカの伝統音楽にも手を出していたような気もするが、決定的だったのはやはり2004年のモザイクのファースト《Live From The Powerhouse》だっただろう。ここに Bruce Molsky が参加し、当然レパートリィにもオールドタイムの曲が入っていたことで、俄然オールドタイムが気になりだした、というのが実態ではなかったか。

Live From the Powerhouse
Mozaik
Compass Records
2004-04-06



 そこでまずブルース・モルスキィを聴きだし、ダーク・パウエルを知り、そして少したってデビューしたてのカロライナ・チョコレート・ドロップスに出くわす。この頃、今世紀の初めには古いフィドル・ミュージックのヴィンテージ録音が陸続と復刻されはじめてもいて、そちらにも手を出した。SPやLP初期のフィールド録音やスタジオ録音、ラジオの録音の復刻はCD革命の最大の恩恵の一つだ。今では蝋管ですら聴ける。オールドタイムそのものも盛り上がってきていて、この点でもブルース・モルスキィの功績は大きい。後の、たとえば《Transatlantic Sessions》の一エピソード、モルスキィのフィドルとマイケル・マクゴゥドリックのパイプ、それにドーナル・ラニィのブズーキのトリオでオールドタイムをやっているのは歴史に残る。



 かくてオールドタイムは、アイリッシュ・ミュージックほどではないにしても、ごく普通に聴くものの範囲に入ってきた。その何たるかも多少は知りえたし、魅力のほどもわかるようになった。そういえば『歌追い人 Songcatcher』という映画もあった。この映画の日本公開は2003年だそうで、見たときに一応の基礎知識はすでにもっていた覚えがあるから、あたしがオールドタイムを聴きだしたのは、やはりモザイク出現より多少早かったはずだ。


Songcatcher
Hazel Dickens, David Patrick Kelly & Bobby McMillen
Vanguard Records
2001-05-08


 一方、わが国でも、アイリッシュだけでなく、オールドタイムもやりますという若い人も現れてきた。今回高木さんを東京に呼んでくれた原田さんもその一人で、かれのオールドタイムのライヴを大いに愉しんだこともある。いや、ほんと、よくぞ呼んでくれました。

 高木さんはアメリカに行ったきりどうなったか知る由もなかったし、帰ってきてからも、関西の出身地にもどったらしいとは耳にした。「愛好会」そのものも「ブラックホーク」から体良く追い出されて実質的に潰れた。あたしらは各々の道を行くことになった。それが40年を経て、こうして元気な演奏を生で聴けるのは、おたがい生きのびてきたこそでもある。高木さんは知らないが、あたしは死にぞこなったので、嬉しさ、これに過ぎるものはない。

 まずは高木さんすなわち Bosco 氏を呼んだ原田豊光さんがフィドル、Dan Torigoe さんのバンジョーの組合せで前座を努める。このバンジョーがまず面白い。クロウハンマー・スタイルで、伴奏ではない。フィドルとのユニゾンでもない。カウンター・メロディ、だろうか。少しずれる。そのズレが心のツボを押してくる。トリゴエさんは演奏する原田さんを見つめて演奏している。まるでマーティン・ヘイズを見つめるデニス・カヒルの視線である。曲はあたしでも知っている有名なもので始め、だんだんコアなレパートリィに行く感じだ。

 フィドルのチューニングを二度ほど変える。これはオールドタイム特有のものらしい。アパラチアの現場で、ソース・フィドラーたちが同様に演奏する曲によってチューニングを変えているとはちょっと思えない。こういうギグで様々な曲を演奏するために生じるものだろうが、それにしても、フィドルのチューニングを曲によって変えるのは、他では見たことがない。それもちょっとやそっとではないらしく、結構な時間がかかる。それでいて、「チューニングが変わった」感じがしないのも不思議だ。あたしの耳が鈍感なのかもしれないが、曲にふさわしいチューニングをすることで、全体としての印象が同じになるということなのか。チューニング変更に時間がかかるのは、原田さんが五弦フィドルを使っていることもあるのかもしれない。

 二人の演奏はぴりりとひき締まった立派なもので、1曲ごとに聴きごたえがある。最後は〈Bonapart's Retreat〉で、アイルランドの伝統にもある曲。同じタイトルに二つのヴァージョンがあり、それを両方やる。バンジョー・ソロから入るのも粋だ。これがアイリッシュの味も残していて、あたしとしてはハイライト。この辺はアイリッシュもやる原田さんの持ち味だろうか。

 この店のマスターのお父上がフィドラーで、バスコさんの相手を務めるバンジョーの加瀬氏と「パンプキン・ストリング・バンド」を組んで半世紀ということで、2曲ほど演奏される。二人でやるのはしばらくぶりということで、ちょっとぎごちないところもあるが、いかにも愉しくてたまらないという風情は音楽の原点だ。

 真打ちバスコさんはいきなりアカペラで英語の詩ともうたともつかないものをやりだす。このあたりはさすがに現場を踏んでいる。

 そうしておもむろにフィドルをとりあげて弾きだす。とても軽い。音が浮遊する。これに比べればアイリッシュのフィドルの響きは地を穿つ。あるいはそう、濡れて重みがあるというべきか。バスコさんのフィドルは乾いている。

 今でもわが国でアイリッシュ・ミュージックなどでフィドルを弾いている人は、クラシックから入っている。手ほどきはクラシックで受けている。まったくのゼロからアイリッシュ・ミュージックでフィドルを習ったという人はまだ現れていない。高木さんはその点、例外中の例外の存在でもある。見ているとフィドルの先端を喉につけない。鎖骨の縁、喉の真下の窪みの本人から見て少し左側につけている。

 加瀬さんがバンジョーを弾きながら2曲ほど唄う。これも枯れた感じなのは、加瀬さんのお年というよりも音楽のキャラクターであるとも思える。もっともあたしだけの個人的イメージかもしれない。

 バスコ&加瀬浩正のデュオは2001年に Merl Fes に招かれたそうで、大したものだ。そこでもやったという7曲目、バスコさんが唄う〈ジョージ・バック?(曲名聞きとれず)〉がハイライト。オールドタイムはからっとして陽はよく照っているのだが、影が濃い。もっとも、この日最大のハイライトはアンコールの1曲目、バスコ&加瀬デュオに原田、ダニーが加わったカルテットでの〈Jeff Sturgeon〉(だと思う)。オールドタイムでは楽器が重なるこういう形はあまりないんじゃないか。このカルテットでもっと聴きたい。

 それにしても、あっという間で、ああ、いいなあ、いいなあと思っていたら、もう終っていた。良いギグはいつもそうだが、今回はまたひどく短かい。時計を見れば、そんなに短かいわけではないのはもちろんだ。

 原田さんの相手のダン・トリゴエさんは、あの Dolceola Recordings の主催者であった。UK Folk Radio のインタヴューで知った口だが、ご本人にこういうところで会うとは思いもうけぬ拾いもの。このギグも、御自慢の Ampex のプロ用オープン・リール・デッキで録音していた。動いているオープン・リール・デッキを目にするのはこれまた半世紀ぶりだろうか。中学から高校にかけて、あたしが使っていたのは、Ampex とは比較にもならないビクターの一番安いやつだったけれど、FM のエアチェックに大活躍してくれた。オープン・リールのテープが回っている姿というのは、LPが回っているのとはまた違った、吸い込まれるようなところがある。CDの回るのが速すぎて、風情もなにもあったものでない。カセットでは回っている姿は隠れてしまう。

 帰ろうとしたときに加瀬さんから、自分たちもブラックホークの「ブリティッシュ・トラッド愛好会」に出たことがあるんですけど覚えてませんか、と訊ねられたのだが、申し訳ないことにもうまったく記憶がない。だいたい、愛好会でやっていたこと、例会の様子などは、具体的なことはほとんどまったく、不思議なほどすっぽりと忘れている。ほんとうにあそこで何をやっていたのだろう。

 このバスコさんを招いてのギグは定例にしたいと原田さんは言う。それはもう大歓迎で、ぜひぜひとお願いした。オールドタイムにはまだまだよくわからないところもあって、そこがまた魅力だ。(ゆ)

Bosco
Bosco
Old Time Tiki Parlou
2023-04-07



バスコ・タカギ: fiddle, vocals
加瀬浩正: banjo, vocals
原田豊光: fiddle
Dan Torigoe: banjo