こういうところでライヴをやってくれるおかげで、ふだん行かない珍しいところに行ける。珍しいとは失礼かもしれないが、このライヴがなければ、まず行くはずのない場所だ。一度来れば、二度目からはハードルが下がる。

 御殿場線に乗るのは生まれてから2度目。最初は御殿場でのハモニカクリームズのライヴに往復した。4年前のやはり秋。御殿場線の駅の中でも谷峨は寂しい方で、これに比べれば御殿場は大都会。言われなければ、こんなところでアイリッシュのライヴがあるなどとは思いもよらない。どころか、降りてもまだ信じられない。それでも駅からそう遠くはないはずで、スマホの地図を頼りに歩く。りっぱな県道が通っているが車もめったに通らない。一緒に降りた地元の人らしき老夫婦は、近くの山陰に駐めてあった軽トラックに乗りこんだ。その先をどんどん行き、角を曲がったとたん、コンサティーナの音が聞えてきた。おお、まちがいない。ここだ、ここだ。

 この店は「スローンチャ」と名づけたライヴ・シリーズを続けていて、今回が18回目。ギターのサムはここでやるのはこれが5回めか6回めになるそうな。他に客がいるのかと思ったら、ちゃんと先客もいて、後から何人もやってくる。半分くらいは車で来たのだろう。

 ここはパンが売りもので、昼飯にクロックムッシュなど二つ三つ買って食べる。なかなか美味。雨が降っていなければ、家で食べるためにいくつか買いこんでいたところではある。飲物ははじめはガマンしてコーヒーにしたが、後でやはり耐えきれずにギネスを飲む。久しぶりでこちらも美味。マスターの話を聞いていると、ビールが美味いそうだが、もう飲めないカラダになってしまった。

 店の建物は宿泊施設を増やすために工事中で手狭ということもあって、すぐ外にモダンなスタイルの天幕を張った下がステージ。その正面、建物から斜めの位置にももう一つ天幕を張って、こちらは客席。少し距離があり、PAを入れている。外の天幕の下で聴くと、音は最高だった。

 生憎の雨模様で、後半、薄暗くなってくると、いささか冷えてきたけれど、山肌を埋めた木々をバックに、脇では薄の穂が揺れている中で聴くアイリッシュはまた格別。サムに言わせれば、この天気もアイルランドになる。

 このトリオでやるのは今回の二連荘が初めてだそうだ。沼下さんのフィドルを生で聴くのはパンデミック前以来だが、どこか芯が太くなって、安定感が増したように聞える。音色がふらつかない。それが須貝さんのフルートと実によく合う。考えてみると、須貝さんがフィドラーとやるライヴを見るのは実に久しぶりだ(記録をくってみたら、2017年の na ba na 以来だった)。この二人のユニゾンは気持ちがいい。片方がハーモニーにずれるのも快感。やはりあたしはフィドルの音、響きが好きなのだ、とあらためて思いしらされる。そして須貝さんのフルートとならぶと、両方の響きにさらに磨きがかかる。須貝さんのフルートには相手を乗せてともに天空を駆けてゆく力があるようだ。

 サムのギターも全体の安定感を増す。一番近いのはスティーヴ・クーニィだとあたしは思っている。派手なことはやらないが、ふと耳がとらわれると、ずんずんと入ってくる。この日は音のバランスも見事に決まっていて、3人の音が過不足なく聞える。それも快感を増幅する。

 前半はオーソドックスなユニゾンを軸に、ジグ、リール、ホーンパイプ? ポルカと畳みかける。曲も地味ながら佳曲が並ぶ。トリッキィなこともやらないし、冒険もしない。そこが気持ちいい。つまり、うまくいっているセッションを聴いている気分。先日の木村・福島組のようなすっ飛んだ演奏もいいし、こういうのもいい。どちらも可能で、どちらも同じくらい愉しい。というのは、アイリッシュの美味しいところではある。

 そう、そして八ヶ岳と木村・福島組の時と同じような幸福感が湧いてきた。それをモロに感じたのは2番目のセットの3曲目のリールが始まったとき、3曲目に入ったとたん、ふわあと浮きあがった。このリールはどちらかというとマイナーなメロディなのだが、気分はメアリ・ポピンズの笑いガスでも吸ったようだ。浮上した気分はワルツでも前半最後のストラスペイでも降りてこない。

 ワルツはベテラン蛇腹奏者 Josephine Marsh の作。その昔サンフランシスコ・ケルティック・フェスティバルに行った時、公式のコンサートがはねてからのパブのセッションで、ロレツも回らないほどべろんべろんに酔っばらいながら、見事な演奏をしていたあのおばさん、いや、あの時はお姉さんでしたね。

 後半は前半よりヴァラエティに富むスタイルということで、ソロでやったり、オリジナルをやったりする。

 スタートはスローなジグのセットで2曲目がいい曲。次はフィドルのソロのリールで始め、一周してからフルートとギターが加わる。シンコペーションのところ、フルートが拍をとばさずに、細かい音で埋めるのが面白い。

 次はフルートのソロで、スロー・エアから2曲目が須貝さんのオリジナル。鳥がモチーフなので、こういうロケーションで聴くのは最高だ。セットの3曲目〈Rolling Wave〉の演奏がいい。

 さらにギターのソロ。サムのオリジナルで〈喜界島の蝶々〉。これを〈町長〉と勘違いした人がいたそうな。そういうタイトルの曲を作るのも面白いんじゃないか。そこから〈Rolling Wave〉と同名異曲。このタイトルの曲はあたしの知るかぎりもう1曲ある。

 後半のワルツは前半のしっとりワルツと対照的な〈Josephin's Waltz〉。元気闊達な演奏で、フィドルとフルートが交替に相手のメイン・メロディにつけるハーモニーが美味しく、この曲のベスト・ヴァージョンの一つ。もう一度聴きたい。

 ラストは〈Mountain Road〉をたどれば〈Mountain Top〉に行くとのことで、この組合せ。スロー・テンポで始め、2周目(だと思う)でテンポを上げ、3周目でさらにもう一段速くする。かっこいい。マーチ、ストラスペイ、リールと曲の変化でテンポを上げるのは定番だけど、曲はそのままでテンポを上げるのも面白い。そのまま2曲目に突入して、最高の締めくくり。ここでようやくエンジン全開。

 アンコールのスライドがまたいい。セットの2曲目、途中で音を絞って3人でユニゾン、ギターがリズムにもどってまた音を大きくするのに唸る。尻上がりに調子が出てきて、第三部があれば文句ないところだけれど、山あいはもう暗くなりかけ、御殿場線の国府津行きの電車の時刻(1時間に1本)も迫ってきたので、それは次回に期待しよう。

 このトリオもいいし、ロケーションもいいので、どちらも次があれば行くぞと思いながら、また降りだした雨の中を駅に急いだ。(ゆ)