shezoo さんの〈ヨハネ受難曲〉を見るのは2回目。前回は第一部のみで、さらに〈マタイ〉からの曲も交えていた。今回は全曲。編成はミニマムで、これ以上削れないギリギリと思われる。ピアノ、ヴァイオリン、フルート(含むバス・フルート)、チューバ。それにシンガー4人。一部の曲ではピアノ、チューバにヴァオリンまたはフルートのトリオもある。
〈マタイ〉と同じく、このミニマムの形で見て、聴いてしまうと、通常の形式、オケや合唱団による演奏が聞けない。余計なものがくっついて、水膨れしたように聞えてしまう。極小編成の方が楽曲の本質が顕わになり、直接響いてくる。バッハが聴かせたかったのはまさにこういう音楽だったのだと思えてしまう。
shezoo さんによれば、原曲にはない音やフレーズを加えてもいるそうだが、この編成でやるためにはむしろ必要な措置だろう。全体として聞えてくるのはまぎれもないバッハの〈ヨハネ〉、それも今ここのために今ここで演奏されている音楽だ。
4人の器楽奏者は当然各々不可欠の存在だが、あたしとして一番面白いのがチューバの働きだ。基本的にはビートのキープが主な担当だが、メインのメロディを奏でることも少なくない。低音楽器がメロディを奏でるとメロディの性格、美しさが剥出しになるのは、チューバとバス・クラリネットのデュオ Music for Isolation でも経験している。ここではピアノやヴァオリンのサポートでチューバが舞いあがるのが愉しい。これが可能なのもこの編成ならではだろう。ピアノが支えてチューバがメロディを吹く二重奏もすばらしい。チューバの演奏はさぞかしたいへんだろうとは思われたが。
〈ヨハネ〉ではコーラスがより重要だそうで、四声のハーモニーが詞無しでうたわれる。〈マタイ〉ではコーラスをボーカロイドが担当することで時間短縮するとともに面白い効果を出していた。今回はすべて肉声。全体はコーラスに始まり、コーラスに終る。終った時、本当に終ったのかどうか、はっきりわからなかった。ためらいがちに拍手が起きるまで、少し間があった。
コーラスを形成する4人の声のハーモニーもまた面白い。というのも4人の声の質が揃っているわけではないからだ。クラシックの合唱隊なら発声法を揃えるよう訓練されるので、個々のうたい手の声の質の違いは吸収できるのだろう。ポピュラーでは声の質が合うメンバーではハーモニーが整い、きれいに聞える。サイモン&ガーファンクルとかクロスビー、スティルス&ナッシュとかマンハタン・トランスファーとかはその例だ。兄弟姉妹によるのも元々声が似ている。いつだったか、日比谷野音の楽屋で、コンサートの後の打上げで、トゥリーナとマイレトのニ・ゴゥナル姉妹が前触れ無しにうたい出したのには、うなじの毛が総毛立った。
〈マタイ〉と〈マタイ〉のためにshezoo さんが集めた4人のうたい手は、ソロでの歌唱を基準にしていると思われる。だから声の質は揃っていない。発声法も各々独自だ。むろん音としては合っている。この4人はライヴに向けてハーモニーの練習も別に重ねているそうだ。元々一級のうたい手ばかりだから、ハーモニーそのものはぴたりと合っている。
一方で声の質は合っていない。そこにズレが生まれる。一方の位相で合っていながら、もう片方ではズレている。これがたまらなく面白い。気持ちいい、快いというのとはまた違う。見方を変えれば不安定だ。崩れそうに聞えながら、実際には崩れない。そのスリル。不協和音でもない。合っている音が収斂しない。滑らかに流れない。
クラシックに馴れてしまっている人は受けつけないかもしれない。しかし、合っていながらズレといる感覚には「今」が共感する。これこそ今を生きる我々のための音楽と思える。そしてそれを生みだしたバッハの音楽を今にあって美しいと思う。時代を超えるとはこういうことだとも思う。
今回もう一つ特徴的で面白かったのは、歌の前に各々のうたい手が読みあげる日本語のイントロだ。いずれもshezoo さんのオリジナルで、歌の内容からかけ離れた連想のようでもあり、そこはかとなくつながっているようでもある。〈マタイ〉のように、これから歌う歌詞の内容のごく短かい要約、紹介ではないし、ある物語に沿ったものでもない。各々が独立した散文詩にも聞えるし、また全体の一部でもあるようだ。
朗読のしかたもその時々で変えている。声を張ったり、ささやいたり、いかにも朗読のように読んだり、話しかける会話調になったりする。もっともどういう基準でそうしているのかは、一度見聞しただけではわからい。
緊張と弛緩が綾なす1時間半ノンストップ。いやあ、堪能しました。願わくはこれをもう一度、いや何度もくり返し聴きたい。ぜひ、何らかの形の録音を出していただきたい。準備はしているそうだから待つといたしましょう。でも、あたしがまだ生きている間、生きて音楽を聞ける状態でいるうちに出してくだされ。(ゆ)
shezoo: piano, 編曲
石川真奈美: vocal
松本泰子: vocal
行川さをり: vocal
Noriko Suzuki: vocal
桑野聖: violin
北沢直子: flute
佐藤桃: tuba
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