大昔、1年間『邦楽ジャーナル』にコラムを連載した際に現代邦楽、つまり伝統邦楽と呼ばれる音楽の現代の姿を集中的に聴いたことがあり、このユニットのCDも買って聴いていた。名前は記憶に残っていたのが、いきなり地元でライヴをやるというので喜んでチケットを買った。聴いてみればこれで千円は安すぎる。もっとも完売御礼、当日券無しになったのはその安さのおかげかもしれない。元々は今年8月に予定されていた公演が台風で流れたリベンジの由。8月の方は気がつかなかったので、ありがたかった。
びかむというユニットは琵琶、琴、尺八に打楽器が加わるのがレギュラーの形だそうだが、今回は打楽器抜き。このトリオの形でもよくやるらしい。先々週トリオで小椋佳のコンサートのバックを勤めたとも言っていた。
プログラムは前半平曲を並べ、後半はモダンなレパートリィ。
まず琵琶の坂田氏が独り出てきて「祇園精舎」と「扇の的」をやり、琴と尺八が加わって「敦盛」。どれも抜粋ないし短縮版。「敦盛」はまともにやれば30分はかかるはず。あたしはむしろそちらが聴きたかったが、厚木の文化会館主催で聴衆のほとんどは地元の婆さん爺さんではやはりこうなるか。
演奏そのものは一級で、この人の平曲は本来の形で聴いてみたい。短縮するのは器楽の部分が大きいから、琵琶の演奏がこれからというところで終ってしまう憾みがある。
昔の琵琶法師は男性だったと思われ、詞も楽曲も男の声に合わせてあるはず。女声による語りはどうだろうと思ったが、「祇園精舎」ではちょっと合わない感じもあったけれども、「扇の的」では気にならないのも面白い。「敦盛」は他の楽器が加わったせいか、声自体に違和感は無かった。「祇園精舎」は坂田氏の作曲とあって、それが今一つぴたりと合っているとは聴こえなかったのはあたしの耳がおかしいのかもしれない。
琴と尺八の加わった平曲は悪くない。平曲は琵琶だけでやるべしとはわからなくもないし、あたしも好きだが、こうしてアンサンブルでやるのも大いにアリだと思う。もともと平曲はエンタテインメントなんだから、時代に合わせてどんどん新しい形でやってしかるべきだろう。シンセやヒップホップでやったっていいし、もうやっている人がいるかもしれない。一方でこうして伝統的生楽器のアンサンブルでもっと聴きたい。半日がっつり平曲もこれなら楽しめそうだ。演る方は大変ではあろうが。
楽器の説明も入るのはお約束。琵琶は演奏者も製作者も減って絶滅危惧種なのだそうだ。とりわけ製作者は親子二人だけの由。親戚のウードは結構演奏者がいるようだが、琵琶には行かないのか。楽器の演奏だけでなく、語り、唄もできなければならないとなると敷居が高くなりそうだ。分業なんか考えられないのだろうか。もっとも平安の昔からやっている雅楽の琵琶は違うのだそうだ。でもウード弾きながら歌う人もいるよなあ。
休憩をはさんで後半はまず尺八と琴のお二人が出てきて、楽器の説明をひとくさり。「尺八」の語源の話。琴の調弦の話。「桜」が弾きやすい、というよりその音階をうまく使った曲になるのだろう。
で、この音階の琴と尺八でやった〈サマータイム〉が良かった。この日のハイライト。実際拍手も一番大きかったと思う。元の8月の公演ならばふさわしかったわけだが、これは季節に関係なく名演。尺八が妙にひしゃげた音を出すのが快感。
最後は琵琶が戻ってトリオでの物語り「泣いた赤鬼」。今回のお題が物語りをかたることだそうで、そこでこれを持ってきた、と言う。演奏そのものは立派で何の文句もないが、なぜこれを、というのは後から思った。異族と仲良くすることの強調だろうか。
音楽で物語りというと物語詩としてのバラッドがある。日本語にはバラッドの伝統は無いけれども、英語のマーダー・バラッドの一篇、たとえば〈Little Musgrave and Lady Bernard〉を設定を本朝に置きかえてやってもよいのではないか。いや、その前に心中物や仇討ち物の話には事欠かないではないか。三味線伴奏の謡とは別に琵琶伴奏による語りがあってもよさそうなものだ。
というのは無いものねだりと承知しているが、小学校でやるならまだしも、じじばば相手に「泣いた赤鬼」はどうなのよ、とは思ったことであった。
アンコールはバックを勤めた小椋佳のヒット曲〈愛燦々〉。なるほど、これなら、小椋佳がバックに呼びたくなるのもわかる。
アンコールはバックを勤めた小椋佳のヒット曲〈愛燦々〉。なるほど、これなら、小椋佳がバックに呼びたくなるのもわかる。
とまれ全体としては良いライヴ。会場は多目的ホールで拍手の音がまるで響かないにもかかわらず、サウンドはすばらしかった。照明もかなり念が入っていた。どちらも専属のチームがやっているのだろう。ぜひまた地元で、次は改修なった文化会館でやっていただきたい。
終って30分後には家に帰っていたというのも珍しく、ありがたかった。(ゆ)。
坂田美子:薩摩琵琶、歌
稲葉美和:琴、コーラス
坂田梁山:尺八、笛、コーラス
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