昨年読了した本は53冊。総ページ数12,365ページ。1冊平均237.8ページ。この他に、雑誌、アンソロジー、ウエブ・サイトなどで読んだものもある。そちらはいちいち記録はしていないが、記憶に残るものを一篇あげれば、Wendell Berry の 'The Rise'。1968年発表で、1969年のエッセイ集 The Long-Legged House に収録。LOA の The Story of the Week で読む。その畔に住んでいたケンタッキー河が雨で増水し、普段の何倍もの幅に膨らんだ。そこに上流からカヌーで乗りだし、いつもとはまったく違う世界を体験しながら家まで下る。
Sarah Ogilvie, The Dictionary People: the Unsung Heroes Who Created the Oxford English Dictionary; 2023
著者はオーストラリア生まれ。英国で学び、Oxford English Dictionary すなわち OED の編集部に入る。オクスフォードで教えることになり、そこを去る日、地下の倉庫に降りて、世界中の協力者たちから送られてきた用例スリップの束にでくわす。
OED の編集者といえば三代目で実際に OED を出しはじめたジェイムズ・マレーが有名だが、マレーと少数のその編集部だけで OED ができあがったわけじゃない。
OED の原則は2つある。一つは語彙の意味を歴史にそって並べること。もう一つはすべての意味の時間的変化を用例で示すこと。この用例を収集することは少人数の編集部でまかなえるものではなく、OED の初期編集者たちは全世界の英語話者に協力を呼びかけた。つまり、文献を読んで、ある語彙のある意味を適切に示している用例を抜き書きして編集部に送ってくれというわけだ。語彙と用例、出典を書いた紙切れ、京大カードの一回り小さいくらいのサイズの紙が全世界の英語話者から送られた。英語圏からだけではなく、日本からも送られた。送ったのが日本人とは限らないが。それが全て地下に保管されていたのだ。OED を作ることが可能になったのは、ひとえにこの膨大な数の用例スリップのおかげだ。
著者が見つけたものはもう一つある。マレーが作っていた住所録だ。用例スリップをたくさん送ってくる人たち、優れた用例スリップを送ってくる人たちの氏名、住所、時にその特徴、そして送ってきた用例スリップについてのメモが書かれていた。用例を探す文献は各自の判断に任されていたが、マレーの方で用例を探したい文献がある場合、本と空白のスリップを送って依頼することもあった。またある語彙の意味の変化を辿って空白の時期の用例を探すことを依頼することさえした。
著者はこの2つの資料をもとに、用例スリップを送った人びとを追いかけはじめる。大部分は名前と住所だけで、何者ともわからない。それでも調べてゆくとぼんやりわかってくる人もいる。また、正体が詳細にわかる人もいる。こうしてわかった人たちについてわかったことを著者は書いてゆくのだが、まあ面白い。用例スリップを送った人びとのうち学者はごく一部。ほとんどは市井の人たち。実にいろいろな人たちがいる。
おそらく最も有名なのは、それだけで1冊の本になり、映画化までされた、人殺しをして精神病院で生涯を過したウィリアム・マイナーだろう。
職をもとめて執拗にマレーにまとわりつき、スリップを送りつづけた男オースティン。この男は家族が経営していた会社からも放りだされる。どこか性格か精神の箍がはずれていたのだろう。しかし送ったスリップの枚数ではダントツでトップ。
フランクリンの第一次北西航路探索隊に医師として参加し、辛酸を舐め、また命の危険を感じて土着民の協力者の1人を射殺した人物。フランクリンが3度目の試みで行方不明になると、その追跡・探索に向かう。晩年、レイク・ディストリクトに隠棲して、娘とともにマレーにスリップを送りつづけた。
OED立上げのためのネットワーク作りに誰よりも抜きんでて貢献したアレクサンダー・エリス。11歳のとき、親族の1人が姓を自分の Ellis に変えるなら莫大な遺産を残すともちかけたのに両親が応じて、生涯食うに困らず、趣味を追求した。その趣味の一つが古文献学、方言学。手がけたすべての趣味でプロの業績を残したアマチュア。
マレー前任者でマレーを編集者に推した Furnivall の弟 William の存在もここで初めて明るみに出る。マレーに送ったスリップと国勢調査などの断片的な情報以外、データが無い。死んだ時約1万ポンドを唯一人親しかった姪に遺贈する。スリップ以外、外部との音信の記録が無い。OED の中だけに存在した人物。これに関連するヴィクトリア朝のイングランドの精神病院の様相もあり、さらにともにスリップを送った対照的な2人の精神科医も登場する。
読んでいると、OED を生みだしたヴィクトリア朝英国は面白いキャラクターに満ちているとすら見えてくる。ほとんど OED を媒介としたヴィクトリア朝英国社会史の趣すらある。辞書の話というよりは辞書を作った人びとの話で、マレーやファーニヴァルなどの編集部も含めて、立ちまくったキャラクターのオンパレード。こうした人びとが作った OED が最大のキャラということになろうか。
Victoria Goddard, At The Feet Of The Sun; 2022-11
ゴダードは昨年長篇を1本、中篇を6本リリースした。すべてセルフ出版。電子版だけでなく、紙版もある。
長篇 The Bone Harp は「九世界」とは別の世界での話。ストーリーは単純で、次に何が起こるかよりも、どう起きるか、それがどう語られるかを味わう小説。しかも、いろいろな意味で、小説の構成や語りの型にまつわる暗黙の決まりを破っている。通常の出版社では構成が破綻しているといって、まず出さないか突返されるだろう。それでいて、小説を読む愉しみを十全に味わわせてくれる。加えて、ここまで徹底的に歌を織りこんだ話は珍しい。魔法としての歌、無生物との、あるいは死者との意思疎通の手段としての歌、武器としての歌、祝福としての歌。ただし、ここでは歌は呪詛にだけはならないらしい。
その前に、例の The Hands Of The Emperor の続篇 At The Feet Of The Sun を読んだ。Hands と質量ともに肩を並べる雄篇。なお、話の順序としてはこの2本の間に The Return Of Fitzroy Angursell がはさまる。この3本は三部作を成す。長さから言えば Hands と Feet は通常の長篇の3、4倍はあるので、通常の長さの Return が2つをつなぐ形。これから読もうという向きはこの順番で読むことを薦める。
この三部作はゴダードのこれまでの全作品の核をなす。「九世界」の中心の話だ。これを本流とすれば、Greenwing & Dirt のシリーズが最大の支流を形成する。Feet の最後で2つの話が合体する可能性が示される。
昨年リリースした6本の中篇のうち、5本は Hands/Return/Feet の話の外伝で、すでに語られた事件を別の人物から見たり、主著に登場する人物たちの前日譚などだ。残る1本は「アブラマプル三姉妹」三部作の第三部。
アブラマプル三姉妹は九世界の一つ Kaphyrn カフィルンの出身。その砂漠に住む Oclaresh 族の盗賊女王と都市からやってきた芸術家の夫の間の娘たち。長女アルズは魔法の編み手で空飛ぶ絨緞などを織ることができる。次女パリは抜きんでた戦士。三女サーディートは当代並ぶ者のない美貌の持ち主。三部作はまずサーディートが蒼い風の神にさらわれて妻とされたことから始まり、第二部でパリがごく稀な第三ヴェールの戦士の位を授けられ、そしてこの第三部でアルズの冒険となる。アルズは故郷に帰って母親の後を継ぐが、パリとサーディートは「九世界」を股にかける無法者集団「紅団(くれないだん)」の一員となり、その姿はすでに出ている作品のあちこちに現れている。Hands や Feet にも短かいが重要な役割で登場する。紅団については、正面からこれを扱ったシリーズの第一部が出ていて、あたしは続篇の登場を最大の愉しみにしている。
島田潤一郎, 長い読書; みすず書房, 2024-04
「ひとり出版社」の先駆けとして知られる夏葉社を興した著者の回想録。核は夏葉社をなぜ始めたかの顛末。回想録はやはり面白い。この本を読んで思った。短い読書というのはありえない。細切れに、少しずつであっても、最後には長くなる。読書は長いもの、長くなるものなのだ。ここにも長い本を読む人びとが登場する。長い本を日常のごく断片的な時間の中で読む人びとに感心する。証券会社の営業マンをしながら、立ち食いそば屋でそばをかき込みながらプルーストを読み、谷崎源氏を読み、『カサノヴァ回想録』を読む人。高知の書店に勤め、毎年長い小説を読んでいる人。ドストエフスキー、『兵士シュヴェイクの冒険』『特性のない男』。そして、「決して座れない小田急線に揺られながら、新潮文庫の『魔の山』の上巻を読む」著者。最も共感した一節。
「疲れているから、内容は全然頭に入ってこない。でも、漂流した人が海面に浮かぶ丸太を離さないように、左手に吊り輪、右手に文庫本をしっかりともつ。
ぼくは目をこすりながら、ページをめくる。それをやめてしまうと、こころがどこか遠くへ行ってしまいそうなのだ。
(中略)
本を読んでいる時間も、働いている時間も、どちらも現実感がない。でも、世界がふたつあるということが、たいせつなのだ。」
そうだ、長い本を読むぞ、と決意を新たにしたことであった。
庄野潤三, 世をへだてて; 講談社文芸文庫, 1987-11/2021-07
その島田氏が称揚していて、それではとまずこれを読んでみた。著者が脳梗塞で最初に倒れた時のいきさつ。老人は他人の病気の話は気になる。書名は倒れたことの前後が別の世と見えたことからつけられている。ここからしばらく庄野の著作を読んでいった。中ではアメリカ留学から生まれた『ガンビア滞在記』『シェリー酒と楓の葉』『ガンビアの春』『懐しきオハイオ』の四部作が面白かった。『鉛筆印のトレーナー』に始まる後期の小説連作も読むつもりでいるが、今は諸事情で棚上げ。今年どこかで戻りたいものだ。庄野が住んでいた生田の丘は、あたしの実家がしばらくあった所から尾根と谷を一つずつ隔てたところで、その家には散歩で何度か行ったことがある。そこが庄野潤三の家ということはなぜかわきまえていたが、その頃は庄野作品とは縁が無かったから、単に周りをまわっただけである。教えられて、折りしも神奈川文学館で開かれていた「庄野潤三展」も見にいった。ちびたステッドラーの鉛筆でいっぱいのボウルの実物に感激した。
佐藤英輔, 越境するギタリストと現代ジャズ進化論; リットーミュージック, 2024-09
パンデミックでやることがなくなったので書いたそうだが、それならもう2、3回パンデミックが来て欲しいものである。唯一の不満はジェリィ・ガルシアにひと言も触れられていないことだが、それは無いものねだりであろう。
Surrealisme 展図録, ポンピドー・センター, パリ, 2024
これまた教えられて瀧口修造のデカルコマニーを見にいった画廊で実物見本をぱらぱらやり、矢も楯もたまらず欲しくなって、英語版を注文してしまった。シュールレアリスム宣言百周年記念の一大回顧展の図録。2冊の本が背中合わせになっている。片方はほぼ時系列に沿って、重要な作品を並べる。片方は写真、資料と文章でシュールレアリスムの歴史を辿る。残された人生、シュールレアリスムについてはこれがあれば十分だ。(ゆ)
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