ITMA (Irish Traditional Music Archive) のサイトにフィドラーのショーン・キーン(1946-2023)のアーカイヴ録音がアップされています。



 ショーン・キーンと言えばチーフテンズのフィドラーとして知られていますが、あれはいわば世を忍ぶ仮の姿で、アイリッシュ・ミュージックのフィドラーとしての真の姿はこのアーカイヴ録音にある、と言いたくなるような音源です。キーンにはチーフテンズの録音以外にもソロやマット・モロイなどとの合作アルバムもあり、それを聴けばチーフテンズのメンバーとはまったく別のフィドラーでもあったことはよくわかりますが、あれもまた整理された形であって、かれの音楽にはさらに奥があると、これを聴くと思い知らされます。

 ショーンの演奏は "without a safety net" だと言う弟のジェイムズの言葉には深くうなずかざるをえません。これを日本語になおせば、「身を捨てた」演奏となりましょうか。身を捨てて音楽の導くところに、それがどんな修羅場であろうと、悦楽郷であろうと、ひたすらに従う。この録音に耳を傾けていると、人がいてそこで演奏しているというよりは、音楽の神というか、音楽の魂というか、そういう何かが降臨して、音楽そのものが勝手に鳴っているような気がしてきます。

  ITMA にはショーン・キーンのこうしたアーカイブ録音が600本以上あるそうで、ここではそこから Office Manager の Sean Potts が選んだ12トラックが選ばれています。これらは商売の場ではない、フォーク・クラブやセッションやパブやプライベートな集まりなどでの録音です。音質は商用録音とは比べるべくもありませんが、音楽の本質は実は音質とは別のところにあることもまた思い知らされます。

 チーフテンズのステージでキーンが手を抜いていたとも思えませんが、あれはやはりお仕事で、エンタテインメントを提供していたのでしょう。このアーカイヴ録音では、ミュージシャンとして音楽に身を委ね、没入していて、エンタテインメントとは別の世界です。チーフテンズのメンバーとしてのショーン・キーンは音楽家としてのその存在のごく一部です。

 マット・モロイにしても、ケヴィン・コネフにしても、いやパディ・モローニ自身にしてからがここでのキーンのような音楽家としての存在を持っています。だからこそチーフテンズの音楽が成立していたとも言えましょう。

 とまれ、アイリッシュ・ミュージックの1つの究極の姿がショーン・キーンのこのアーカイヴ録音には現れています。(ゆ)