四谷は「いーぐる」での村井康司さんの連続講演、今回は「モード・ジャズ」のお話。《カインド・オヴ・ブルー》から、ジャズはモード・ジャズの時代に突入する。たった1枚のアルバムでジャズ全体の方向性が変わる、というのもどうかと思うが、文学でいえば『ユリシーズ』とか『失われた時を求めて』のようなものなのだろう。モード・ジャズはジャズにより自由で多様な世界を開いたことは確か。また一方で、ジャズが世界各地の伝統音楽現代化のための強力で柔軟なツールになってゆくのもモード化のおかげではあろう。
では、そのモードによって即興をやるというアイデアをマイルスやコルトレーンたちはどこから得たのか、それを探ろうという試み。こういう発想が村井さんらしい。
いかにマイルスやコルトレーンが天才でも、無から有を生みだしたわけじゃない。そんなことは神ならぬ身には不可能だ。必ずどこかに先行ないし原型があって、それをお手本にしてあちこち変えたり、まぜ合わせたりすることで新たなものを生みだす。アインシュタインだって相対性理論を無から考えついたわけじゃない。アリストテレスとは言わないまでも、ニュートン力学の完全な理解に立って相対性理論に到達したのだ、と寺田寅彦が言っている。
だいたいモードと言われても実はよくわからない。旋法と訳されるるが、教会旋法なんてのがあって、要するに音階の型のようでもあるけれど、それと関係があるのか、無いのか。今回の講演を聞いて、わかった!わけではないが、何となくこーゆーことなのかなーというヒントはもらえた。ひと言でいえば四度のハーモニー、三度や五度ではなく、四度離れた音をつけてゆくのが、モード奏法のひとつの基本らしい。
とまれ村井さんが提示するモード奏法の源流はまずキューバの音楽、そしてクラシックつまり20世紀前半の作曲家たちの音楽、アフリカの音楽とミニマル・ミュージックだ。
そこで次々に披露される音源は、よくまあこれだけのものを見つけてくるよなあ、といつもながら感心する。それを並べられると、言わんとされていることもすなおに納得されてしまう。
まずパート1はキューバのソンの一種「モントゥーノ」。と言われてもキューバ音楽は全く知らないので、はあ、それが何かとしか反応できないのは悲しいが、いきなりかかったのはコルトレーンの〈アフロ・ブルー〉。あ、これは知ってる、好きです。モンゴ・サンタマリアの作、いや、好きだなあ。これには歌詞もあってアルジェリアのシンガーのヴァージョンは良かったと思い出す。
コルトレーンは同じことを繰返していて、そこは西洋音楽ではない、と村井さんは言う。西洋音楽も繰返すけれど、繰返すたびに少しずつ変える。キューバやアフリカは変えない。変えずに繰返すことが気持ちいい。後のディスコもそうだけど、そこは体を動かすからだろう。こういう音楽は踊るためのもので、そうなると、繰返して変えてしまっては踊れなくなる。変えてはいけない。ビバップでジャズもダンス音楽ではなくなったわけで、モードはビバップでやったことをさらに徹底しようと考えだされたわけだが、片方でダンス音楽の要素も復活させている。この部分はエレクトリック・マイルスで拡大されるように聞える。ところで1963年のコルトレーンのパターンの原型としてかかったのは1948年のマチート&アフロ・キューバン・オーケストラ。
四度のハーモニーの実例が並ぶのがパート2。ラヴェルの〈パヴァーヌ〉の1938年のウィーン放送交響楽団と1939年のグレン・ミラー楽団の演奏が並ぶ。味わいは当然違うが、グレン・ミラーってやっぱりヘンだし、スゲエと思う。
休憩後はマッコイ・タイナーから始まって2013年 ECM の児玉桃によるラヴェルの〈鏡の谷〉、チェコの作曲家、ピアニストのイルジャ・フルニッチによるドビュッシー〈版画〉の1曲〈塔〉と、四度のハーモニーの実例が次々にかかる。クラシックでは長調短調システムからの離脱が意図されているようだ。ジャズでも従来とは異なる響きを使っている。コルトレーン《アセンション》の1965年フランスでのライヴ映像、ウガンダの伝統音楽、そして1964年にテリィ・ライリーが作った〈テイト・モダーン&アフリカ急行〉のライヴ映像。
四度のハーモニーは尻がおちつかない。不安定というより綱渡りの気分。終りがない。とはいえ、終らないのが音楽の理想ではなかったか。1曲の演奏時間が5〜7時間かかるモロッコのヌゥバも延々と繰返してゆく。もっともあれは少しずつ変わってゆくので、ヨーロッパの音楽の源流はここにあるわけだが、それは余談。
同じことを繰返して終らないといえばファンクやサルサはその代表でもある。ジェイムズ・ブラウンが同じことを繰返すのが実にカッコいいではないか。どこか人間の感覚の根源につながるからか。音楽は本質的には同じことを繰返す。繰返しのパターンの単純複雑や、繰返しながら変えるか変えないかなどの手法を組合せる。
モード奏法、モードで即興するというのは、出す音を選ぶときに四度のハーモニーをベースにして、しかもなるべく同じように繰返すことである。というのがこの日学んだことに思える。思いきり誤解しているかもしれないが、この枠組みでモード以降のジャズを聴くのは面白そうだ、と少なくとも感じられた。(ゆ)
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