村井さんの飛んでるジャズ歴史講座の8回目は1960年代後半から70年代いっぱい、エレクトリック・マイルスからクロスオーバー/フュージョン。

 20世紀末のヒップホップでフュージョンがそれ以前のジャズ同様にサンプリングされて新ためて脚光を浴びているのだそうだ。それを受けて21世紀のジャズ・ミュージシャンたちがフュージョンを参照し、カヴァーするようになる。あたしには今回この部分が一番面白かった。彼ら、今30代、40代のミュージシャンたちはハービー・ハンコックがフュージョンをいわば完成させ、代表的の録音を残しているとして、リスペクトしているのだそうだ。

 もっともハンコックのフュージョンとしてかかった《ヘッドハンターズ》などの音源は今一つ面白くない。音楽としてはその源流であるエレクトリック・マイルスの方がずっと面白い。あの混沌がいい。何か新しいものが生まれてくる時の勢いがまざまざと感じられる。

 ハンコックたちになると妙にできあがってしまっている感じを受ける。整理されてきちんとやっている。だから引用、参照、利用されやすくもなるのだろう。マイルスの音楽は方法論やコンセプトを学ぶことはできるだろうが、素材としては使えないまではいかなくても、相当に使いにくいのではないか。

 マイルスとしてかかったフィルモアのライヴは、グレイトフル・デッドの前座で出た時の録音のはずだが、70年のデッドは68、69年の原始デッドの混沌から《ワーキングマンズ・デッド》《アメリカン・ビューティ》のアメリカーナ・デッドへと転換している。混沌からよりメロディ志向になっている。混沌へ向かうマイルスとベクトルがちょうど対極だ。この二つの方向性がフィルモアで交錯していたわけだ。これもちょと面白い。

 クロスオーバー/フュージョンは当初大ヒットした。ジョージ・ベンソンの〈Blazin'〉などは、あの頃そんなものには見向きもしなかったあたしでさえ、散々耳にした、聞かされた。ラジオやら BGM やら、そこらじゅうでかかっていた。今聴いて、やはりもっと聴きたいとは全く思わない。こんなものを聴くのに貴重な人生の残り時間を使いたくない。

 それ以前、こういうものはイージーリスニングと呼ばれていた。それとの違いはリズム・セクションだと村井さんは言う。リズム隊がタイトにきっちりと支えている。言われてみるとなるほど、そこがフュージョンの革命だったのかもしれない。あれ以後、リズムがきちんとしていない音楽はヒットしなくなった。

 それにしてもヒップホップによるサンプリングというのはどこか異常だ。元の音源を構成する要素に分解し、その断片を抜き出して組合せる。村井さんは元の音源もかけて、ここが使われてます、と腑分けしてみせてくれて、それはそれで面白いが、サンプリングした方がこの「曲」を使っていると宣言しなければ、絶対にわからないと思われる。そしてそうした宣言によって、引用先の音源をヒップホップのファンは聴くらしい。

 もっとも伝統音楽のフィールドでも、この曲のこのヴァージョンは誰それの録音なりこの資料なりがソースとライナーで書くのと同じことではある。あたしらはそこでそのソースを聴こうとする。今の解釈と聴き比べるためだ。そこであらためて Frankie Archer は凄いという話になる。おそらく、それと同じことなのだろう。

 かくて引用されたボブ・ジェームズは大金持ちとなり、ハンコックがリスペクトされ、グラスパーがカヴァーしたり、《ビッチズ・ブリュー》のトリビュート・アルバム《London Brew》でヌバイア・ガルシアがマイルスをカヴァーすることになる。

 そしてフュージョンは今や新たなダンスバンドとして、例えばエズラ・コレクティヴの形をとるわけだ。フュージョンはかつては「聴いてはいけない」ものとされたそうで、それも隨分な話だが、そこまで貶しめられたものが最先端ジャズの一角として甦っている。愉しいじゃないか。(ゆ)