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 久しぶりに訳書が出ます。ぼくらの大好きなアイルランドの全歴史が読める本です。著者の Jonathan Bardon ジョナサン・バードンは A History Of Ulster を皮切りにアルスター、ベルファストを中心とした歴史書を出しています。2005年に BBC ラジオ・アルスタから1本5分の番組240本の台本執筆を依頼されます。アイルランドに人間が現れてから1939年までをカバーする形。番組は2006年から2007年にかけて、1年間、毎週平日に放送されました。この本はその台本を基にし、さらに10話を加えて1969年までをカバー。そして「エピローグ」で原書が出版された2008年までカバーしています。

 現代のできごとが「歴史」として扱えるようになるには、50年経つことが必要、というのが一般的です。それくらい経てば関係者がほぼ全員死んでいるから、というのが一つの理由でしょう。その点から見ると、筆を置くのに1969年を選んだ本文の記述は妥当なものです。「あとがき」はそれ以後の概観、まだ歴史になりきらない部分のアウトラインを述べています。そこには「ケルティック・タイガー」や「聖金曜日合意」など、アイルランド史上空前のできごとも含まれますが、それを歴史として書くのはまた別の人たちの仕事であります。

 1本が5分の放送台本がベースですから、1話も短かく、さらりと読めます。ポイントもはっきりしています。よくできたショートショートを読む感覚です。どこからでも読めますし、どんな順番で読んでもいい。現代から遡ってもいいのです。通して読めば、日本語で読めるアイルランドの歴史としては最も詳しいものでもあります。

 版元のアルテスパブリッシングは音楽書の出版社として有名です。この本はちょっと異色になりますけれど、アイルランドはなにせ世界で唯一楽器を国の紋章にしている音楽の国です。その国の歴史ならやはりふさわしいことにもなります。1792年の「ベルファスト・ハープ・フェスティバル」もしっかりとりあげられています。

 アイルランドからは大変な数の人びとが海外に移民しました。ディアスポラしました。ですが、ここでは出ていったまでは書いていますが、その先のことはすっぱり切っています。つまり、これはアイルランドという島の歴史です。小さな島ではありますが、お隣ブリテンにもヨーロッパ大陸にも近く、古来人間の往来は頻繁で、その歴史は波瀾万丈。まあ、歴史というものはどこにあっても波瀾万丈で、たいへんに面白いものではあります。詳しく書こうと思えばいくらでも詳しく書ける。1本5分とはいえ、250話ともなると分量も少なくありません。普通の歴史書では出ないだろう細かい話も出てきます。神は細部にこそ宿りたもう。そういう細かい話を読むのも歴史の醍醐味でもあります。

 もともとは、自分の勉強のつもりで翻訳し、出版は意図していなかったので、こうして本になるのは望外の歓びであります。加えて嬉しいのは、版面、つまりぱっと開いて見た時のページのデザインが実に美しい。フォントの選択、サイズ、字間、行間、それに周囲のスペースの按配が見事に決まっています。このことはすごく大事で、こういうデザインは読みやすい。読んでいて疲れません。これを実現してくれたデザイナーの方にも御礼申し上げます。

 アイルランドのファンなら一家に一冊。そうでなくても地元の図書館にはリクエストを出して、買ってもらってください。どうぞ、よしなに。(ゆ)