奥脇泉さんの「卒業」公演。ずっと笑顔で唄っていたのが、アンコールでは涙声になった。

 現メンバーでは最も新しく、最年少、背が一番高い。声の太さも一番。畠山さんが高音に突きぬけ、菊池さんがどこまでも透明に澄んでゆくのに対し、奥脇さんのソプラノは実の締まった豊かさを湛える。〈会津磐梯山〉前のMCの会津弁に代表されるユーモアのセンスも際立つ。事情は知らないが、この人が脱けるのは実に惜しい。昨年ギターの河野智美氏とのデュオで出した《さくやひめ》はすばらしかったから、そちらに傾注するのだろうか。とはいえ、ソロとアカペラ・コーラスは両立しないものでもないだろう、と素人は思う。

 このメンバーで最後ということもあろう、歌唱はどの曲も見事。アウラのライヴは同じ曲でも毎回アレンジを変えているように聞こえるが、今回はひときわ冴えわたっていた。オープナー〈ゴーデーテ〉はメンバーが客席後方から入ってきて唄いながらステージまで歩いて上がる演出。この礼拝堂の響きの良さがよくわかる。ハーモニーも四人が密にまとまるのではなく、上と下、高と低に広がる重なりを響かせる。この手法はこの後も存分に活用される。星野さんの声がぐっと低く沈んでゆくのがたまりまへん。時にはソプラノが下に潜ることもある。高い声が潜り、低い声が飛翔するのはスリリングだ。

 一つの時期の終りを画する時に定番で唄われる〈蛍の光〉も、アウラは原曲の意味にもどり、旧友との再会として唄う。しんみりせず、喜びに満ちた元気な唄。対照的に〈スカボロー・フェア〉は、こちらも原曲本来の意味にもどり、ダークで時に不気味ですらある。元歌の古いバラッドには The elfin knight というタイトルもあり、あたしはそれを〈妖魔の騎士〉と訳したことがある。

 前半クローザーの〈花〉はハーモニーが切れまくる。ひょっとすると空気の乾燥が会場の響きに作用しているのか。四人の声が個々にははっきり聞こえながら、その重なりに戦慄が体に走る。近年のアウラは詞のないスキャットのハーモニーを多用する。そのハーモニーの流れ、上になり下になってからみ合う流れが今日は一段となめらかで美しい。

 スキャットは後半オープナーの〈春の海〉では琴の弦をエミュレートし、次の〈竹田の子守歌〉ではすばらしい間奏の展開をする。ほとんどの曲でイントロとアウトロでも使うし、歌詞をうたうバックでも使う。楽器の役割。それが人間の声で奏でられるのは快感だ。一方で奥脇さんが強調していたように、とんでもなく難しくもあるだろう。このスキャットのインストルメンタル的唱法は近年のアウラ最大の発明であり、今のアウラをユニークな存在にしているとも見える。時にドローンとして使う時もあって、これがあたしにはまた快感。

 〈会津磐梯山〉は聴くたびにアレンジが違うと聞こえる。今日のヴァージョンは一段と冴えている。クローザーに向けて古いレパートリィを唄うと、こちらはスキャットが無い。四人とも常に詞を唄う。アウラの出発点はインストゥルメンタルに詞をあてはめて唄うことだった。今はそれとは百八十度アプローチが変わっていることになる。これも面白い。

 オペラ・シンガーの道に行きづまっていた時にアウラのファーストを聴いて救われたという奥脇さんの話は、前にもMCで聞いたことがある。とはいえ、アウラを目指し、加入したことで育てられたという感覚はアンコールの〈You raise me up〉を万感迫るものにしていた。ミュージシャンと聞き手は実はまったく別々のことを感じているのは事実としても、この時は奥脇さんの想いの一部を共感できたと感じた。

 クラシックだけでなく、さまざまな曲を、訓練された声と入念なアレンジのアカペラ・コーラスで聴かせてくれるアウラのすごさをあらためて実感する。ここ数年のアウラはコンサートごとにこれまでで最高という歌唱を聴かせてくれていて、今回も昨年末のクリスマスとくらべてもとびぬけている。この声の重なりの快感はこれからも追いかけたい。