ミュージシャンはいくつもの顔を持っているものだ。優れた人になるほど、顔が増える。一つの顔だけ強調するのは売れる要諦かもしれないが、いわゆるアイドルのつまらなさはそこにある。
アニーこと中村大史もいくつもの顔を持つ一人だ。トリコロールと O'Jizo の顔は違うし、ジョンジョンフェスティヴァルでの顔もまた違う。そしてこの日はそれらのどれとも違う顔を見せた。ひと言でいえば作曲家としての顔である。この日のレパートリィはすべて自作、それも参加したミュージカルや演劇などの舞台のための曲や、コンセプト・アルバムのために作った曲が中心である。
彼が参加した舞台やミュージカルはチケットをとるのがひどく難しい。今は少しでも人気のある劇団はどこもそうらしい。チケットを買うのに抽選などと言われると、それだけで萎えてしまうのは老人の性か。だからこれらの音楽を本来の文脈で聴いたことはなかった。と言うより、そもそも聴いたことがなかった。映画にはサントラがあるが、舞台のための音楽は後でパッケージなりストリーミングなりで聴けるようになるのは滅多にないようだ。あたしが知らないだけか。
こうした方面での中村さんの曲はバンドのためのものとは性格を異にする。アイリッシュやケルト系バンドでの、時にアグレッシヴになる闊達な側面とは対照的に、むしろ静謐になることもある抒情性に満ちる。聴いていて心が穏やかに静まり、溜まっていた澱が溶けて、すがすがしい気分になる音楽だ。あるいはほかほかと明るい山道を歩いてゆくと、心晴れ晴れ、日ごろの鬱も散じて生きてあることが嬉しくなる音楽でもある。こういう音楽をトリコロールや O'Jizo でやるのは、雰囲気を変えたり、アクセントをつけたりするのにはよいだろうが、これ一色というのは合わないだろう。どこかふさわしくない。バンドにはそれぞれ固有のキャラがある。
中村さんもそのことは重々わかっていて、バンドとは別の形のコンサートをやりたいと思っていた。しかし彼自身はなかなか時間が取れない。そこで見かねた石崎元弥氏が制作を買ってでた、とMCで言う。
実際このコンサートのために集めたミュージシャンに、中村さんがやっているバンドのメンバーはいない。と言ってまったく無縁の人たちでもない。これまで中村さんがさまざまな形で関わり、共演してきた人たちである。あらためて中村さんの顔の広さを思い知らされる。
音楽の姿としてはバンドでやっているアイリッシュやケルト系は皆無。むしろクラシックに近い。現代音楽的なところさえある。メンバーの中で最も「アイリッシュ」のカラーが濃い奥貫氏も今日弾いているのはフィドルではない、ヴァイオリンである。ヴォーカルの優河氏も堂々たるオペラ歌手の風格を見せる。二人ともこんな面があったのかと驚かされる。衣装もみな正装に近い。中村さんは燕尾服だ。おまけに前半と後半で色を替えてきた。前半は遠目にはブルーの入ったグレー、後半は黒。
全体としてこれはバンドの音楽ではなく、中村大史個人の、ソロの世界だ。あらためてこうしてまとめて聴くと彼は屈指のメロディ・メーカーである。美しい曲が次から次に奏でられて、ひたすら陶然としていた。その美しさを引立たせるように巧妙なアレンジが施されている。例えば[04]。楽器がメロディを引継ぎながら加わってきて、ついにはフル・バンドの壮大な音楽になる。響きもいい。新倉さんのチェロの膨らみ、ハープの鮮烈、そしておそらくはわざわざ選んで持ちこんだベヒシュタインのピアノの清らかさ。一級のミュージシャンたちが、それぞれのパートを心をこめて演奏して、曲に命を吹きこむ。皆さん、演奏するのが愉しくて仕方がないのもよくわかる。
中村さん本人はどちらかと言えばピアノに向かっていることが多い。位置としては自分の楽団をリードするエリントンと言うところ。例外の一つはラストの〈Our birth〉。自作の中で最もプライヴェートな曲というこの宝石のようなメロディをピアノでリードし、アンサンブルがさまざまな形で展開する。膨らんではまたピアノにもどる。気がつくとすっかり音に引きこまれている。曲が終わったとわかった時にはほうとため息が出た。
中村さんの生むメロディはアイリッシュ的、ケルティックな味わいが濃厚なのだが、聴いているとどこか日本的な感覚がある。これがどこから来るのかわからない。日本的と感じるのがなぜかもわからない。わからないがその感覚は明瞭でもある。不思議な感覚。
アイリッシュばりばりを期待した向きにはアテが外れたかもしれない。とはいえこれもまたアニーの音楽だし、ひょっとすると彼の本質により近い形かもしれない。
一方でよりダイナミックな側面もまた間違いなくあるはずだ。今回はゆったりした音楽、急激な変化の少ない演奏に終始していたが、次はもう少し動と静の対象を聴かせてもらえたらと願う。もちろん次回のありますように。そしてこのメンツでの中村作品集の録音が出ますように。
中村大史 / Piano, Guitar, etc.
優河 / Vocal
奥貫史子 / Violin
竹内理恵 / Saxophone, Clarinet, Flute
新倉瞳 / Cello
堀米綾 / Celtic Harp
かわぐちシンゴ / Guitar, Mandolin, etc.

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