会場が変わってからこのコンビの初のライヴ。前のカーサ・モーツァルトの響きをたいへん気に入っていた山中さんは会場が変わることの不安を口にされていた。実際、リハの時は、旧会場がデッドだったのに対し、思いきりライブなので戸惑われていたらしい。本番では聴衆が入って音がおちつき、ちょうど良くなったと喜んでいた。

 楽器は前回と同じ、能登で被災して演奏を諦めた方から預かったもの。海外にも持って行けるよう、皮も人工のもの、糸巻きも黒檀にしている。会場の響きに加えて、人工の皮のせいもあるのか、音はすばらしい。胴にバチが当たる音が強烈なアクセントとして飛んでくる。左手の指を使う、津軽三味線特有の細かい音の連なりの一音ずつが鮮明だ。音が前に前にと出てくる。音量がぐっと小さくなるところ、より微妙な音を連ねるところも引込まずに湧きでてくる。音量の大小にかかわらず、どの音もキレまくる。音楽を頭からざっばあとかけられて、どっぷり漬かる。

 とりわけ2曲目〈秋田荷方節〉。本来唄つきだが、今回はインストとしてやる。歌えないのも当然の超高速演奏。アイリッシュのテナー・バンジョーでも滅多にないくらいの超高速三連符がいつまでも連続する。

 すさまじく気合の入った演奏が終わったところで、川村さんが、歌が入るとどうなるのか訊ねた。山中さんはやってみましょうか、と楽器を替えて、唄いながら演奏する。少しゆっくりになるものの、眼に見えて変わるほどではない。詞は本来は娘を売る歌だったが、今は婆さんが油を売る話になっている。放送などに乗せるためだそうだ。このあたり、英語圏ではどうなのだろう。放送を視聴しないからわからないが、録音では変えていないようにみえる。もっとも人身売買の歌はちょっと思いつかない。人殺しはたくさんあるけれども。

 山中さんは昨年の Winds Cafe の後、5月に能登に行かれた。とりあえず最低限のインフラは復旧したというレベル。もうしばらくしてボランティアが引きあげられると若い人たちがいなくなり、老人ばかりにもどるのが寂しいと地元の人から聞いた。これは明日の我が身だ。先の見えない時代にあって、一日一日を大切に過ごすことを心がけている。3曲目の〈じょんがら節〉も、この曲を弾くのはこれが最後のつもりで毎日弾いている。

 余談になるが、津軽三味線の世界で現在トップは上妻宏光と木下伸一の由。上妻は団十郎の全国ツアーに出ている。団十郎に舞台上で黒子がたすきをかけるバックで〈じょんがら節〉を弾く。上妻が出られない時には山中さんが代役を仰せつかる。歌舞伎座にも出るらしい。たすきをかけ終わるのに合わせて演奏も終わらなければならない。そのタイミングが日々変わるので難しい。山中さんは津軽での修行をおえて十九歳で東京に戻り、すぐに伊藤多喜雄のバンドに入る。その時の前任者が木下伸一だった。ということは津軽三味線の次のトップが山中さんになる。

 会場の変更がより大きな恩恵をもたらしたのは山本さんだった。この会場はヴァイオリンがよく聞こえるように造られていて、実際弦楽器の音の良さは実感している。擦弦も撥弦もいい。琴の五重奏の響きは圧巻だった。ところが弦だけでなく、声にとっても良いスタジオであることを今回まざまざと思い知らされたのでありました。

 唄っている本人にとってもまことに気持ちが良いことがひしひしと感じられる。いつもは結構おしゃべりな山本さんがしゃべるよりも唄いたくてたまらんというように、どんどん唄を続ける。そしてその声。ぎっしりと実の詰まった声がかつてなく太い物量をもって飛んでくる。まさに飛んでくる。唄うのが快感のせいだろうか、コブシも実に良く回る。伸びる。浮くのと沈むのとのバランスも絶妙。人の声を浴びるのがこんなに気持ちの良いものとこれまたあらためて思い知らされる。人がそこにいて唄っている。その偉大さ。ありがたさ。生きてここにあり、この唄を浴びていられることのありがたさが全身に満ちてくる。

 山中さんの演奏もまた一段と冴えわたる。4曲目、〈あいや節〉の前奏で音量を絞り、細かい音を動かす中に、わずかにノイジーな響きが混じるのに戦慄する。

 山本さんは今月82歳になられる由だが、これまで聴いた中でも文句なしのベスト歌唱。お二人のコンビとして最高のライヴ。これはここでしか味わえない。民謡のライヴ、コンサートはワンマンはほとんどなく、複数のうたい手が出るので、一人あたり多くて2、3曲なのだそうだ。今回はアンコールまでふくめて8曲。山本さんはお仕事として唄っているわけではない。あくまでも唄うのが好きで、唄いたいから唄っている。一度にこれだけの数を思いきり唄えるのが嬉しくてたまらない。それも伝わってくる。

 もちろん来年もまた Winds Cafe 出演が決定したのは当然として、山本さん、喜寿まではやりましょうという言葉も川村さんから出た。こうなるとこちらもそれまでは元気にここに来なくてはならない。山本さんよりもわれわれの方が心配だ。

山中信人: 津軽三味線
山本謙之助: 唄 = 津軽民謡