小暮さんは他のうたい手とはまるで異なるところ、異次元に行ってしまっていた。元々個性的な声がさらに熟したと言おうか。成長とは違う気がする。一方熟すという言葉に含まれる老いの匂いはかけらも無い。時間を超越している。倍音がより豊富にも聞こえる。貫通力も増した。ただ、力づくで強引につき通ってくるのではない。するっと入ってくる。入ってくる時の摩擦がない。

 そして死が宿っている。死の影とか匂いとかではない。死そのものが声に宿る。うたい手が死を意識しているのではないだろう。唄う動機の根底に死が作用しているのではないか。それもやはりうたい手の意識にはのぼってこないところに。こちらの年齢も共鳴あるいは共振してのことかもしれない。その死の存在ゆえに、うたわれている生きる喜びがより切実に響く。もうすぐ自分にもやって来る死が実感される。メメント・モリ。実感されるから、今日も生きてあること、生きてこの唄を聴けることの嬉しさがこみあげてきて、胸に迫る。涙がこぼれる。本当に頬を伝うのを感じる。

 その声の威力をまず感じたのは3曲目〈それはすべてファド〉だった。ギタラ・ポルチュギースとヴィオラ・バハとピアノ、それに自身のギターでうたわれる。こういう歌を唄ってファドの作り手とうたい手たちはポルトガルのサラザール独裁政権時代を生きのびたそうだ。声が伸びるところでその声がふわあと空間を満たす。

 最初に涙が出てきたのは、5曲目〈ほたるの庭で〉。「今年もまた会いに来た」。今年も生きながらえ、やってくることができた。表には出さないからその嬉しさが心の奥に沈みこむ。何といううたなのだ、この歌は。

 後半は何をうたわれても涙が出てくる。〈あぜ道〉〈ちょうちょ〉〈ガタンゴトン〉〈タンポポのように〉。どうしてこんな歌が作れるのか。まるであたしのために、あたしだけのためにつくり、うたってくれていると聞こえる。生きてあることのありがたさが湧いてくる。失敗の連続にしか思えない人生だが、それがひどく貴重でありがたいものに見えてくる。

 とどめを刺されたのは二度目のアンコール、〈誰かが誰かを〉。ギターを置いてピアノだけでうたう。うたい手が別の次元に行っていると納得させられた。作者の紅龍さんが聴いたらどう言うだろうか。よくぞここまでうたってくれたと褒めるだろうか。俺にもうたえないくらいにうたいやがってと悔しがるだろうか。などということすら頭をよぎる。

 レコ発ライヴで録音に参加したミュージシャンが総勢8名、チェロとカンテレの2人を除いて顔をそろえた。もっともフルバンドでバックアップすることは少なく、さまざまな組合せで支える。パーカッションとヴィオラ・ダ・モーレにやはり耳を惹かれる。ギタラ・ポルチュギースの鮮烈な響き、オープナーでいきなり登場したグレート・バス・リコーダーのどこまでも柔らかい、底無しの低音も耳に残る。

 会場は下北沢のビル三階の多目的ホール。床はフローリング、天上はコンクリート打ち放し。少し低いと思われたが、声を初めとして音は良く抜けていた。

 終わっても呆然としていて、帰り際、プロデューサーも兼ねたピアノの永田さんがいるのに話しかけようとしても声が出なかった。(ゆ)

小暮はな: vocal, guitar
永田雅代: piano
関島岳郎: recorders, tuba
向島ゆり子: violin
関根真理: percussion
小澤陸: bass
月本一史: guitarra portugesa
伊代田大樹: viola baixo