クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

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 どういうわけで能楽堂でやることになったのか知らないが、結果としてはまことにハマった企画だった。本人が能楽堂でやりたいと言ったのだろうか。

 この企画のチラシを見るまではジル・アバップ Gilles Apap という人は全く知らなかった。元々はクラシックの人であるらしい。が、チェロのジョヴァンニ・ソッリマのように、クラシックだけやっていると退屈してしまうのかもしれない。ヴァイオリンを使う音楽なら何でもやりたがるし、またできてしまう。生で見て驚いたのはクラシックからアイリッシュへ、スウェディッシュへ、はたまたなんじゃもんじゃへ、いとも簡単に何の区切りもなくすっと転換してしまうことである。しかもその一つひとつがホンモノなのだ。借り物とか、ちょっとやってみましたとか、マネしてますというところがカケラもない。ネット上の動画を見る程度ではここまではわからなかった。むしろ、それらを見て、どことなくうさん臭ささえ感じていた。しかし、生は正直だ。あるいは生を見なければわからないのだろう。ソッリマだって生を見るまでは半信半疑だった。

 アパップはとにかくヴァイオリンが好きで好きでたまらないのだろう。ヴァイオリンを弾くことが三度の飯より好きなのだ。

 ところで今回演奏はすべて生音だった。クラシックならば当然だし、クラシック用の会場、たとえば上野の文化会館小ホールならば問題ないだろう。実際今回の演目をあそこで見て聴いてみたいと後で思ったことではある。それが実現したら頭から湯気を立てて怒る人もいるのだろうか。そんなことは時代錯誤でしかないが、しかしこれがあそこではなく、能楽堂で行われたことをあたしは喜ぶ。

 能楽堂は生音が通るように造られているとみえる。舞台の上で発する音も声もよく聞える。河村さんが1曲ギターを弾きながら歌ったその声も言葉もギターはっきり聞えた。他の各々の楽器、ヴァイオリンにしてもチェロ、バンジョー、アコーディオン、皆明瞭でしかも不思議にバランスがとれている。どれかが大きすぎて他を隠すなんてこともない。

 能楽堂の常で、客席は舞台から見て正面から右へ九十度の角度の中に設置されている。正面一番奥の舞台から見て右端、出入口のすぐ傍に座ったが、後であたしからは左側の、舞台を横から見る席でもよかったかと思った。途中休憩があったら移っていたところだ。

 そう休憩無しで1時間半は優に超えていた。アパップはその間出ずっばりである。プログラムの組立ては、アパップがまず独りで出てきてひとしきり演奏してから、酒井絵美さんから順番に入れ替わり立ち替わりミュージシャンが出てくるのをアパップが迎えて共演する。出てくる人たち各々得意のジャンル、スタイルの音楽にアパップは悠々と合わせるのだ。

 加えてこのコンサートに先立って行われたワークショップに参加した人たちの中からの志願者から成るサクラ・チェンバー・オーケストラが最初と最後に花を添えた。3歳ぐらいの子から年配者まで、5人ほどの未就学児を含む総勢20名ほどのグループ。

 あたしとしては一番楽しみにしていた太田惠資氏が体調を崩して欠席してしまったのは実に残念だったが、その穴が穴と感じられないくらい充実していた。

 トップバッターは酒井さん。ハーダンガー・フィドルでノルウェイをはじめとするスカンディナヴィアの音楽をしかけるのにアパップは余裕で応じる。ちゃんとハモってみせるのには舌を巻く。普通のフィドルでアイリッシュを始めるのにも平然とついてゆく。アパップはアイリッシュが好きらしく、やはりコンサートの数日前、都内の定期セッションにふらりと現われ、大いに楽しんだらしい。

 続くは新倉瞳さん。こういうところに出てくるのはいかにも新倉さんらしい。ハンガリーかルーマニアのチューンをやってから、オペラの抜粋を2曲にヘンデルのパッサカリアというクラシックの選曲。アパップはクラシックは暗譜だ。堂々たるクラシック・ヴァイオリン。チェロとのデュエットはすばらしい。そして新倉さん得意のクレズマー、しかも歌う。アパップの楽器はたちまちクレズマー・フィドルになる。これまた楽譜なし。

 三番手は山田拓斗&小寺拓実。フィドルとバンジョーのデュオ。オールドタイムからジャズのスタンダードをやるのだが、2人ともまあ上手い。アパップはまたするりと変身している。その変身がいかにも自然だ。今やっているこの音楽が好きで好きでたまらないのがよくわかる。

 この辺りでようやく納得がいった。先に書いた、この人はヴァイオリンが大好きだということに。音楽のジャンルもスタイルも問わない。このカタチの楽器で演奏されるものならどんなものでも好きなのだ。そして自分も演奏しようとする。できてしまう。それも中途半端や借り物でなく、ホンモノとしてできてしまうのがこの人の異常なところだ。土台はクラシックだろう。クラシック・ヴァイオリンを学べばどんな音楽にも応用が利く。一方で、各々の伝統音楽特有のノリを身につけるには苦労するかもしれない。その点、アパップはそこも見事にノってゆく。これはあるいは天性のものかもしれない。

 小寺氏のバンジョーに耳が引っぱられた。しかも実に端正な演奏で、もっと聴きたくなる。

 次はアラン・パットン。ピアノ・アコーディオンを抱えてくる。まずは〈オー・シャンゼリーゼ〉日本語版。この人のライヴは一度見たことがある。この人も多才多芸。今回も後でノコギリ・ヴァイオリンを披露する。両刃の大きなノコギリを曲げながらヴァイオリンの弓でこする。曲げ具合で音階を出す。

 磯部舞子さんが加わり、3人で舞台の上を回りながら演奏する。なにかよくわからないが底抜けに楽しい。

 パットンと交替で河村博司さんが登場して1曲歌う。サポートするアパップと磯部さんのヴァイオリンがちゃんとハモっている。

 2曲目は磯部さんのインストルメンタル。即興パートでは2人のヴァイオリンが変奏のかけ合いをする。いやスリリング。磯部さん、アパップとこういうので1枚作ってください。

 ここで今日参加ならなかった太田氏に捧げるとして〈これが自由というものか〉を河村さんが音頭をとって歌う。ミュージシャンたちも加わる。

 サクラ・チェンバー・オーケストラ再登場。磯部さんはアパップに何か一つ日本の曲をもって帰ってらいたいと考えて、自分としてはこれしかないと〈サクラ〉を選んだ。全員で演奏するのだが、ひとしきりやったところで酒井さんが進みでて北欧風にアレンジしてソロをとる。チーフテンズがコンサートの最後にいつもやっていたアレだ。引込むとまた全員で一小節。以下、ミュージシャンたちが各々の流儀でアレンジして聴かせる。山田&小寺、新倉、パットンはノコギリ・ヴァイオリン。アパップがクラシック調にアレンジ。締めは磯部&河村のコンビでロック調にかなりすっとんだアレンジ。最後に河村さんが音頭をとり、客席も一緒にうたって幕。

 今回の企画はアパップに惚れこんでどうしても日本に呼びたいと磯部さんが奮闘して実現されたものと聞く。アパップにはそういう魅力がある、というのをまざまざと実感した。この形はかれの幅の広さと懐の深さ、音楽家としてのスケールの大きさを実感させてくれて大成功だと思う。たいへんではあろうが、ぜひ、再度来てもらって、今度はアパップ自身の音楽をじっくり味わってみたい。

 磯部さんはじめ関係者の皆さん、まことにありがとうございました。(ゆ)

 最高のライヴ。好敵手にめぐりあった名人同士がたがいに秘術を尽して渡りあう。

 このところ shezoo さんのライヴはデュオが多い。いずれも一騎当千の人たちばかりなのは当然として、shezoo さんとの息の合い方もぴったりなのには毎回驚かされる。そういう相手を選んでいるといってしまえば、それまでだし、やってみたらダメだった相手と人前でライヴはしないであろう。それにしてもなのだ。とてもこの2人が一緒にやってまだ日が浅いとは到底思えない。いや、何度も共演してきたというだけのことでもない。

 今回はしかしこれまでの誰とよりもハマった組合せだ。まるでお互いがお互いのために生まれてきたようだ。各々のもっているものが余すところなく相手によって引き出され、1+1が正二十面体になる。

 それを深く実感させられたのは〈神々の骨版 Dies Irae〉。初めのトリニテでのヴァージョンは普段はフロントでメロディを担当するヴァイオリンとクラリネットが二音から成る短かいフレーズを延々と繰返す。繰返しながらもフレーズは少しずつ変わってゆく。音をきちんと止めるので、聴いているだけで息が詰まるような緊張感がみなぎる。シンプル極まるフレーズのユニゾンで繰返されるのをバックに、パーカッションがゆっくりとソロを始める。それにだんだん熱がこもり、のってきて、やがて奔放に盛大に爆発する。

 今回はピアノがいつものフレーズを繰返すが、音を切らない。弦を開放して音が響くのにまかせる。まずそこが新鮮。いっそさわやかなそのビートに対して、声が、ぶつかるのでもない、乗っかるのでもない。その周りをとびまわる。様々な声、実に様々な声がピアノが繰返すフレーズを足掛かり、手がかりにして高速のポルタリングをする。とんぼを切る。シュパっと駆けのぼったかと思うとふわりととび降りる。横っ飛びに飛ぶ。声でそれをやる。何なのだ、この人は、とのけぞった。

 蜂谷さんは初見参である。ライヴは愚か、録音すら聴いたことはなかった。shezoo さんの選んだ相手ならという信頼感もあって予習はしなかった。こういう時は全くの不見転でびっくりさせてもらうのを楽しむ、わけだが、それにしてもだ。

 この人はまず声の種類が異常に多い。訓練された声楽家の声から幼女声、ドスの効いた低音、極上のソウル・シンガーの声、等々々。しかもどの声にも歌っている人間の一個の個性が鮮明に刻印されている。

 異常なまでに多様なその声のコントロールがまた凄い。時には一音ずつ変わってゆく。真の七色変化。さらに各々の声の選択、使用が曲想に符合してゆく。妙な声、ズレた声、不適切な声が無い。

 いや、こういう言い方はちがう。

 メインのメロディにせよ、インプロにせよ、同じ声でワン・コーラス歌うことはほとんど無い。にもかかわらず、メロディとしてはもちろん、即興にあっても全体の統一感、連続感が崩れない。大きくうねるかと思うと、細部にもぐりこむ。その一瞬一瞬がもろにツボを押してくる。声の質、音量の大小、強度が、あたしにとっての理想に限りなく迫ってくる。

 shezoo さんのピアノはこの声を引出し、煽り、ジャブをかませる。同時に shezoo さんも即興に飛びたってゆく。shezoo さんの即興はかつては全宇宙をその音で満たそうとしていた。近頃は満たそうとするところは変わらないが、満たす対象が同じ宇宙でも内宇宙に変わってきた。広さよりも深さを求める。

 これがまた蜂谷さんの声と共鳴する。お互いやりたい放題勝手なことをしていて、各々に耳を集中すればどちらも全然違うことをやっているのに、全体としては美しくバランスのとれた音楽が聞えてくる。バッハのポリフォニー、グレイトフル・デッドの集団即興だ。まとまっているのではない。個々の要素はバラバラなまま、一つの音楽としてやってくる。だからデュオという、アンサンブルの形としては最低限なのに、音はとんでもなく豊饒で、大きく広がり、実がぎっしりと詰まっている。

 やる曲がどれも至上の名演に聞える。

 蜂谷さんはマイクも2本使う。片方は普通、もう1本は声にリバーブがかかる。マイクとの距離も計算し、近づいたり離れたり、スタンドに置いたり、手に持ったり。

 鉦、親指ピアノなどのパーカッションの使い方もセンスがいい。店内のスピーカーの上にあった筒からヒモが出ているものも手にとる。振るとしゃかしゃか鳴り、ヒモを引っぱるとドカンと鳴る。〈ムジカ丸〉という蜂谷さんが最初に作ったというまことに「フザケた」歌でこれを鳴らしまくる。そしてピアニカ。左手で支え、右手で弾いて、shezoo さんの即興に真向から挑む。

 蜂谷さんの曲も面白いが、聴きなれた shezoo さんの曲が全く新しい姿を現すのにゾクゾクする。〈タワー〉、そして〈Moons〉はベスト・ヴァージョンと言い切ろう。圧巻は各シンガーが用意した詩に shezoo さんが曲をつけるという今回の決まりによる歌〈ツキツキキツツキタタク〉。ほとんど意味のない、オノマトペだけのような歌がモノを言いはじめるのだ。歌による遊びというより遊びそのものであり、歌以外の何ものでもない。やっている本人たちが最高に愉しんでいる。至福。

 今年の「七つの月」のうち、スケジュールが合ったのは結局この千秋楽だけだったのだが、これに当ったのは心底嬉しい。

 ますます生きづらくなる一方の世の中だが、これでまたしばらくはしのげそうだ。ぜひ再演を。そして録音も。(ゆ)

蜂谷真紀: vocal, pianica, percussion
shezoo: piano

 矢島絵里子&岡皆実デュオ Failte のライヴは2度目。このデュオはホメリで聴くのにぴったり。至近距離でホメリの生音で聴くと、他で聴く気がなくなる。今回はとりわけブズーキの生音が快感。中でもベース音の響きにうっとりして、ベースが響くのを待っていた。後で伺うと、楽器はアイルランド製。おまけについ最近メンテナンスから戻ってきたばかり。そのメンテナンスを手がけた職人さんも夫妻で来ていたそうな。

 岡さんはフィンガー・ピッキングもする。ブズーキでフィンガー・ピッキングは他では見た覚えがない。音は小さくなるが、やはりギターよりもずっと繊細な音になる。他にもはじいたピックをそのまま弦に押しつけて残響をカットしたりもする。

 こういう工夫はセンスの良さの現れだろう。このデュオは何かにつけてセンスがいい。アレンジ、曲やライヴの構成でもそれが発揮される。

 今回、もう一つの「新兵器」はミニ・キーボード。幅は2オクターヴほどか。コンソールを介して小型のアクティヴ・モニタのペアから音を出していた。小さいが音色はいろいろ出せて、ピアノ、エレピ、シンセ、鉄琴など曲によって変える。この選択がよくはまっている。小さいから大きな動きはできないが、そういう制限を感じさせない。制限を逆に活かすのもセンスの良さだ。

 このデュオは二人のオリジナル曲を演るためのもので、前半は矢島さんの曲、後半は主に岡さんの曲。1曲合作。合作〈ポルカに魅せられて〉は3曲からなる組曲で、a を矢島、b、c を岡さんが各々作ってつなげた。フルートとブズーキ。なるほどポルカのビートに載せている。組合せの妙もあるが、3曲目がことの外に良い。

 組曲形式はこの次の〈星空に浮かぶ夢〉や前半の〈道しるべ〉で、途中からテンポを上げる形でも現れる。どちらも実にカッコいい。

 とはいえ、アレンジの前にまず曲が良い。どちらの曲も面白い。どちらかというと矢島さんの曲は抒情的、岡さんの曲はリズミカルという傾向。特に良かったのは〈道しるべ〉、前半最後の〈花桃の咲く坂道〉、後半では〈夏ピッキング〉と上述の2曲。それにアンコールの〈風かおる丘で〉。派手なところもないし、いかにもウケ狙いの定石フレーズも無いのもいい。

 さらにもう一つ、新機軸があった。岡さんの声である。後半〈夕焼けの忘れた空〉で、途中から矢島さんがスキャットで歌うのに、岡さんがハーモニーをつけた。人前での歌デビューだそうだが、実に気持ち良い。なるほどこういうやり方もあるのだ、とあらためてセンスの良さに脱帽。

 矢島さんは曲によってウッドと金属のフルートを使い分ける。金属の方がシャープでクリアな音が出るものだと納得する。

 歌もいい。時折り声が小さくて歌詞が聴きとれないこともあるが、不思議に気にならない。増幅することで壊れるようなものが、矢島さんの声にはある。もっと大きなハコでは増幅の必要もあるだろうが、ホメリならこのままでいい。

 初めは恐る恐る手探りの感じだったのが、4曲目〈道しるべ〉の半ばでテンポが上がった途端にがらりと雰囲気が変わる。以後、秀逸なアレンジの佳曲が続いて、終ってみればベストのライヴの1本。しかもこのインティメイトな生の音はここでしか聴けない。

 近々CDも作ると宣言されたので楽しみだ。せっせと作っていたら曲が溜まって、落とすのが大変とおっしゃる。Bandcamp でデジタル・アルバムとして全部出してくれと頼んでおく。

 出ると雨が降りだしている。家の近くでは土砂降りで、近くの川はどちらもあふれんばかり。この温暖化の時代をしのぐためにも、彼女たちの音楽は必要だ。(ゆ)

 今年のコンサートは開演が13時と昨年より早い。ミュージシャンたちは即席で作るのでいろいろと大変だ。昨年は前の晩からいろいろと相談していたが、今年はセッションが2ヶ所に分れたのでそれもできない。そこで朝9時の集合になったわけだ。加えて豊田さんとサムはダンスのワークショップに「奉仕」していたから、さらに大変。昼食をちゃんと食べられただろうか。

 コンサート会場は小淵沢の駅にほど近い小淵沢生涯学習センター大ホール。傾斜のきつい客席で座席数は300ほど。まずまずのホールだ。

 参加のミュージシャンたちはメインが
豊田耕三:フルート、アコーディオン
hatao:フルート、ホィッスル
須貝知世:フルート、コンサティーナ、ハープ
青木結子:フィドル
下田理:ギター、司会

 これに昨年の講師のお2人がゲスト。
青木智哉:フィドル
内野貴文:イレン・パイプ

 さらにアイルランドからやって来た
Enda McCabe:ヴォーカル、ギター、マンドーラ

 マッケイブ氏は須貝さんが留学したコーク大学での同窓の由。年がだいぶ違うが大学のコースに年齡制限は無いのだろう。

 コンサートはまずメインの5人によるリール演奏から始まった。セッションではなく、こういうライヴの形でトリプル・フルートが聴けるのは滅多にない。しかも今のわが国でトップの3人だ。

 2番目は hatao さんがホィッスルに持ちかえる。メドレーの3曲目で寺町さんが登場、見事なシャン・ノース=オールド・スタイル・ダンスを披露する。あたしはモダンよりもこの古いスタイルの方が好きだ。

 3番目は豊田さんのソロ。サムがギターで付き合う(記憶違いでした。乞う御容赦)。1曲目はこういうチャンスはなかなかないのでとスロー・エア。そう、あたしももっとスロー・エアを聴きたい。

 次はトリプル・フルートでホップ・ジグ。ホップ・ジグとスリップ・ジグの違いを hatao さんが解説する。シングル・ジグを三拍子にするとホップ・ジグ、というのだが、演奏する場合、この違いは大事なのだろう。聴いている分には曲さえ面白ければそれでいい。

 5番目はホーンパイプからリール2曲。ホーンパイプ、いいですねえ。あたしにはこれが最もアイルランド的と聞える。たぶんアイルランドで最も古く、土着なのはジグなんであろうが。

 6番目、マッケイブ氏のソロ。自身のギター伴奏で〈Gillie mor〉。世間一般にはスティングが歌ったのがたぶん最も有名だろう。アイルランドでは何といってもミホール・オ・ドーナルの歌唱がある。マッケイブ氏の唄はとつとつとしながらもなかなか味わい深い。こういう大きなところよりも、パブのようなところでギネス片手にじっくり聴いてみたい。

 次にまたメインの5人、hatao さんホィッスルで演奏して前半終了。

 昨年も思ったことだが、ここでのメンツはたまたま一つ所に集まったので、おそらく空前絶後、一期一会。実に貴重なライヴなのだ。それもあってか、休憩中、主催の斎藤さんが言いだして、全体の集合写真を撮る。

 後半、まずは午前のダンス・ワークショップの選抜=志願者チームがフルバンドの演奏で、習ったばかりのセット・ダンスをステージで披露する。メンバーには今日生まれて初めてアイリッシュ・ダンスなるものを踊った人も含まれていた。見せるためのダンスではないから、楽しさが伝わればいい。

 後半2番目は青木結子さんのソロで、サムが伴奏。1年のアイルランド留学から帰ったばかりで、向こうではイレン・パイプが大好きになり、パイパーに人気のある曲ばかり習っていたとのことで、スロー・エア。このスロー・エア演奏があたしには新鮮。弓を弦にはずませる。または軽く叩きつけるように弾く。パイプの装飾音のエミュレートだろうか。左手で入れる細かい音がすばらしい。そこからリールにつなげる演奏からすると、ドリゴール・スタイルだろうか。わが国のフィドラーにはこれまであまりいないタイプだ。

 青木さんが残り、もう一人の青木智哉さんが加わる。血縁関係は無いそうだ。スタイルの異なる2人のフィドルの名手によるダブル・フィドル。たまりまへん。ジグを2曲やるが、ユニゾンなのに微妙にズレるところにぞくぞくする。本当に良いセッションに立ち会う感覚。こういう演奏はいつまでも終ってくれるなと思う。

 続いては内野さんが登場して hatao さんが合わせる。ホーンパイプ>ジグ>リールの組立てだが、内野さんは初めはチャンターだけでドローンは2周目から入れたり、レギュレイターはジグまでとっておいたり、リールの1周目はフルートに任せてドローンだけ合わせたり、実に芸が細かい。

 次は内野さんが残ってサムと須貝さんが登場。珍しくもサムのソロ。昔作ったオリジナルをギターでやる。これに須貝さんが始めてまだ間もないハープ、内野さんがパイプで合わせる。このトリオで演奏するのも初めてとのことだが、実に良かった。サムの曲がまずいい。ハープとパイプのからみも品がある。パイプがドローンやレギュレイターでコードをつけるのにしみじみ。コーダでまたギターだけが残るアレンジは秀逸。センスがいい。

 再びマッケイブ氏が登場し、今度はサムがサポートする。唄はオリジナルの〈Winds and tides permitted〉。遠く離れても、風と潮が許せばいつでもあなたの許へ戻る、と聞えた。なかなかの佳曲。CDを持ってきたら買おうと思っていたのだが、それは無かった。

 コンサートも終盤で、8人全員での演奏。ただし楽器は hatao ロウ・ホイッスル、須貝コンサティーナ、豊田アコーディオン、両青木フィドル、サムはギター、内野パイプ、マッケイブがマンドーラ、という編成。ワルツからリール2曲。

 クローザーは曲ごとに編成が変わる。

 まず全員で〈Kesh jig〉。hatao ホィッスル、須貝フルートに戻る。

 2曲目はフィドル2本とギター。名手のフィドルが重なるのはいつもすばらしい。

 3曲目はトリプル・フルートにギターとマンドーラ。

 ラストはまた全員。うーん、この音の厚みはいいなあ。どうもただひたすらユニゾンをやっているのでもないように聞える。何か仕組んでいるのではあるまいか。

 アンコールは昨年と同じおなじみのポルカのメドレー。前日のスロー・セッションでやった曲で、昨年と同じく聴衆で楽器を持っている人は一緒に。いよいよ恒例になってきた。

 終ると寝不足の上に踊らされた疲れがどっと出てくる。老人には限界と挨拶して辞去させていただいた。3時半で陽はまだ高い。小淵沢の駅に向かって歩いていたら、豊田さん、寺田さんのワークショップで見かけた、アイリッシュそのものが初めてという若い女性に追いつく。東京からの参加だそうだ。楽しかったとのことで、来年の再会を約して駅で別れた。満員の特急のうちはそれでもまだ興奮が残っていて保っていたが、八王子で横浜線に乗換えてからがヤバい。必死で眠らずに起きていようとするが、町田で危うく降りそこなうところだった。

 今回は斎藤さんとも内野さんとも青木智さんともゆっくり話せなかった。青木結子さんの演奏もコンサートが初めて。土曜夜に斎藤さんから「すなどけい」の方のセッションを覗こうと誘われたのに何となくおっくうで断わってしまったのを、帰りの電車の中で激しく後悔したことであった。人の誘いは断ってはいけない。

 斎藤さんはじめ、裏方に徹しておられたスタッフ、ミュージシャンの皆さん、それによたよたする老人を許容してくれた参加者の方々に篤く御礼申し上げる。ありがとうございました。また来年も「幸せの国」に行けますように。(ゆ)

 白状すればペンションなるものに泊まるのは初めてである。昨年までの宿の竹早山荘もペンションになるのだろうか。あたしの印象としては昔の民宿、大学のサークルの合宿でよく使ったものではある。ひまわりはああこれがペンションというものであろう。形としては大家族の家で、ただし毎晩メンバーが変わる。

 ひまわりの食堂は天井が2階分まで吹抜けで、外に面して一面床までのサッシ、開ければベランダに出られる。その上の方はステンドグラス。ただしキリスト教のモチーフではなく、「きよさと」の文字が入っているから、ここの自然を意匠にしているのだろう。

 夕食はコースで、テーブルに置かれたカードに書いてある料理が一定の間隔で出てくる。どれも家庭料理だが、どれも美味、品数も多く、時間をかけて食べるのでお腹一杯。ごちそうさまでした。

 食事が終って少しあって8時半からセッションが始まった。ホストは hatao さんと豊田さん。サムと須貝さんの旦那がギター。名古屋の松木さんがバゥロンも叩く。

 スタート時では12人ほどで、ホストのせいもあってか、フルートが5人もいてフィドルが2人。豊田さんはアコーディオンも持つ。

 今回はセッションが2ヶ所に分れた。もう1つのペンションすなどけいの方が人数も多く、フィドルがそろって盛り上がっていたようだ。2ヶ所の会場はホスト以外は移動自由なので、時間が経つにつれてひまわりに人が移ってくる。10時を回る頃には入りきれないほどになる。

 どっぷりと漬かる。帰りの心配をする必要がなく、ひたすら音楽にひたりこめるチャンスはなかなか無い。その気になれば旨い酒にも事欠かない。あたしはボウモアとブラック・ブッシュがあれば充分だ。

 ひまわりのマスターはこの日のためにギネスの壜と缶をしこたま仕入れ、専用の冷蔵庫まで用意していた。これではいただかないわけにはいかない。冷蔵庫一杯のギネスはきれいに無くなったそうだ。

 23時半にお開きになる。ほとんどの人が引上げた頃になってコンサティーナ弾きの青年が現れた。hatao さんはその顔を見るとしまっていた楽器をとりだし、サムと3人で新たにセッションを始めた。青年もかなり遣うので面白かったのだが、さすがにほどなくクレームが入って結局〇時半で幕。

 hatao さんはそれから外付の HD に貯めこんだ音源のうち、コンサティーナのものを青年と見始めた。ミュージシャン別のフォルダになっていて、開いてダブル・クリックすれば再生が始まる。青年は宝の山を前にしてもう夢中だ。1時になってあたしはもう限界と一足先に引上げた。

 日曜日は7時半の目覚ましで起きる。老化と興奮で寝付けず、実質3時間ぐらいしか眠れなかった。それでも涼しくさわやかな空気と、夕食同様美味でたっぷりの朝食にとりあえず元気になる。

 昨夜はテーブルが4人ずつに分れて坐る形だったが、今朝は長く一列に並んでいる。あたしが引上げたときにはセッション用に円環を描く椅子とその真中に集められたテーブルの形だったから、あれからマスターが並べかえたのか。あるいは今朝の作業かもしれないが、いずれにしても早起きで、ペンションのマスターはたいへんだ。

 朝食の席で向いになった hatao さんから最近中国に行ってきた話を聞いていたら、葉山から来られたという左隣のフィドルの女性が中国茶の茶会を定期的にされていると言い出した。今は亡き星川京児師匠の店で味わった中国茶を思いだして楽しくおしゃべりをさせていただく。中国茶も沼の世界で、中には福建の海中の岩に生えるものもある由。人間には危ないので、猿を仕込んでとって来させるのだそうだ。一度飲んでみたいものだ。

 といううちに hatao さんの出発の時刻になる。午後のコンサートの準備で9時に集合がかかっていて、小淵沢駅近くの会場まで時間がかかるためだ。同じ会場で開かれる寺町靖子さんのセット・ダンスのワークショップを覗くつもりだったので、乗せていってもらうことになっていた。車で清里から降りてゆくと、前方の山の中腹に雲がかかって実に美しい。甲州の山は実に険しい。田圃も結構あって穂が垂れている。今年の収獲はどうだろうか。

 車中、hatao さんが最近知り合ったアメリカ人フィドラーの話を聞く。日本人と結婚して西宮に住んでいるが、生まれはボストンで、ボストンのアイリッシュ・ミュージック・コミュニティにどっぷり漬かって育った由。日本でアイリッシュ・ミュージックができるとは考えていなかったのが、たまたま hatao さんと知り合うことになり、先日の中国遠征にも同行した由。御本人にとっても我々にとってもラッキーなことである。いずれ聴いてみたい。

 寺町さんのワークショップには30人ほどが参加した。うち、まったく初めての人が3人ほど。まずはスライドを使ってのセット・ダンスの歴史の簡単な紹介。なかなか面白い。18世紀の cottillon、quadrille と呼ばれる宮廷でのダンスが源流とされる。こういうものを今でもやっている人たちがいるというのも面白い。衣裳と音楽も当時の再現。今見ると踊っているよりただ歩いている。それでも男女4人ずつのペアが方形を作って動くところは確かに共通する。こういうものが下々のところへ降りてきてずっとダイナミックになるわけだが、ダンスの歴史は一筋縄ではいかない。あちこちから禁止されたり抑圧されたりする。統治者たちが恐怖をおぼえるほどに民衆の間で盛んになるわけだ。そういうハードルをあるいは乗りこえ、あるいはくぐり抜けて生き延びてきた。つまりはそれだけ人びとがダンスを必要としていた。伝統文化、伝統音楽は決して昔から順風満帆などではない。むしろ今こそ史上最高の「わが世の春」、これほど盛んになり、社会的な地位も上がったことはないとも言える。

 セット・ダンスの復興は1980年代。というのはずいぶん最近の話だ。2人の男性の努力の賜物。音楽のモダン化から十年遅れだったわけだ。もっとも80年代には音楽の上でも今に続く動きが始まっているから、底流として共通するものがあったのだろう。

 セットというのはまず4組のペアの動きのひとまとまりをさす。これも無数にあり、新しいものもどんどん生まれている。この日習ったのはアントリム・スクエア・セットで、オーストラリア人の考案になる。比較的短かく簡単だが楽しいもの。

 なおセット・ダンスという時には2つの意味がある。ひとつは4組のペアによる集団のダンス、もうひとつはある曲に対して決まっているダンスで、ソロで踊られる。ソロのセット・ダンスには old style とモダン・スタイルがある。モダンは衣裳をつけ、高く跳んだり、脚をはね上げたりする。『リバーダンス』はこれを集団で、より派手にしたものと言えなくもない。オールド・スタイルは足元の動きにより集中し、高くジャンプすることはない。後のコンサートで寺町さんが披露した形。

 いよいよ実際に踊るわけだが、ダンスには音楽が要る。今回は豊田さんのアコーディオン、サムのギターという贅沢。もっとも始まってみてわかったことだが、ダンスも曲と同じく、小さな動作の塊にして憶える。その際求められるパートだけを即座に提供できるのは生演奏だけなのだ。録音でこれをやろうとすれば頭出しだけでひどく手間がかかってしまう。曲の途中からでもぱっと始められて、またぱっと終わるには人間のミュージシャンが必要になる。AI でこれができるようになるとしても、まだまだずっと先になるだろう。

 またこういうことを一見難無く、自在にすることも誰にでもできることではない。豊田さんクラスのミュージシャンが求められる所以でもある。それにしてもお二人の演奏の適切さとその難易度の高さには後で思い返してあらためて脱帽したことだった。

 寺町さんの指導はまずステップの基本からだ。これがいかに大事なことであるかを、これも豊田さんから伺っていた。ある企画のためにインタヴューした際、ダンスの指導が寺町さんに交替し、それまでのフォーメーション重視からステップの基本を身につけることに変わって、ダンスのワークショップの定着率が目に見えて上がったのだという。ダンスが楽しくなり、それにつれて音楽にも入れこむようになるという良い循環が生まれた。

 その話を実地に確認するためもあってワークショップを聴講したのだが、結果的に巻き込まれて自分でも踊ることによって、なるほどと実感した。

 実例としてのセットの選択も巧い。アントリム・スクエア・セットは後半にビッグ・スクエアというフィギュア(フィガー)がある。フィガーというのはひとまとまりの動きだ。ビッグ・スクエアは個々の動きは前進と後退と90度の方向転換だけなのだが、全体では8人が大きく動きながら交錯し、入れかわりながら、まったくぶつかることなく元の位置に戻る。やっていていかにも楽しく面白い動きなのだ。ダンスって楽しいと、頭ではなく、カラダが納得する。

 もちろんそれだけでなく、準備運動からステップを憶えるための動作、個々の動きの分解のしかた、いちいち理にかない、無理がない。体さえ動けば、素直に反応していけば、誰にでも自然に憶えられる。寺町さんはこういう教授法をどうやって開発したのだろう。とこれも後から不思議になった。

 寝不足の上、ここで踊らされたのは後で響いてきたけれど、ワークショップ参加は大きな収獲。今回最大のハイライト。

 豊田さんとサムは小さなスピーカーで PA を組んでいた。大きくはないホールとはいえ、これだけの人間がいれば、音は吸われるし、動いている時、音が小さいと耳に入らないだろう。豊田さんが Grace Design のプリアンプを使っているのを見てオーディオ談義になる。楽器用のマイクはそのままではぺきぺきの音なのだが、グレイスのアンプを通すと生音もかくやという音になるのだそうだ。アメリカのフェスティバルに行った時、他のミュージシャンが使っているのを聴いてたまらなくなり、即座に注文して次の宿泊地のホテル宛に送ってもらったそうな。

 グレイスはプロ用機器のメーカーだが、15年ほど前、今にいたるヘッドフォン、イヤフォン・ブームの黎明期に M903 という据置型の DAC/ヘッドフォン・アンプで一世を風靡した。今は後継の M920 もディスコンだが、中古でもみつかれば、今でも使ってみたい。また出してくれないものか。

 ステージ・モニタについても訊くと、イヤモニを使うことが増えたという。今使っているのは、いろいろ試した末中国の KZAcousitc の1万円しないモデル。これもアメリカのフェスにもちこんだら、耳型をとって作るカスタム・モデルを使っていた人たちも含めて、乗換える人が続出したそうだ。あくまでもステージ・モニタとしてだから、あたしらの日常的リスニングにも適するかどうかはわからないが、この値段なら試してみてもいい。以下続く。(ゆ)

 今年も「幸せの国」に行くことができた。なぜか今回は前2回よりもイベント感が強い。特別な場所へ行って特別な時間を過したという感覚だ。前2回はライヴが延々と連続する感覚だった。最近になって年をとったと実感することが重なったせいだろうか。

 直前になって台風が来たけれど、金曜の午後には抜けている予報だったから、それほど心配はしなかった。もっともフェス自体は金曜から始まっているので、主催する側は気が気でなかっただろう。イベントをやる側に回ったことも何度かあるが、天候はいつも胃が痛くなる。幸い今回は台風一過。土曜朝家を出る時には抜けるような青空が広がって、にわか雨の気配もなく、安定していた。日曜の朝は甲府盆地南側の山々の中腹に雲がかかって、それはそれは気持ちよかった。翌日の下界はまた暑熱が戻ったけれど、あの時のあそこはさわやかな秋晴れが大きかった。

 夏休みは終ったけれども、観光シーズンはまだまだ終らないようで、往復とも中央線特急はデッキにも人が立っていた。往きの車両は偶然か、右半分がすべて白人の外国人、左側が日本人ときれいに分れていた。あるいは団体さんだったか。皆さん、先まで乗っていった。聞くところでは松本は外国人に人気の由。小海線も例によって混んでいて、清里でどっと降りてほとんど空になる。降りる際に運賃を払うのに手間取った人がいて、かなり待たされた。それにしても降車ホームから改札へ線路を横切る踏切を列車の前に置いたのはどういう考えだったのだろう。そのために、降りた人びとは列車が行ってしまうまで待たされる。上りのホームで乗る人びとを優先したのか。それとも単に地形からなのか。

 駅にはMさんが迎えてくれた。今回はあたしだけというのに恐縮する。いつもの八ヶ岳コモンズまで送っていただくが、昨年までの駐車スペースはスペース・デブリの観測所になったそうで、今回は正面玄関につける。なるほど、何やら天文台にあるようなドームの小さいのが建っていた。

 講師控室で皆さんに挨拶。なぜか子どもたちが次々にやってくる。子どもたちが大きくなっているのに驚くのは通例だが、やはり驚く。今回参加者中最年少の生後4ヶ月の赤ちゃんもいる。このフェスが好きなのは子どもたちの存在も大きい。ワークショップやコンサート、セッションにも一緒にいるのがいい。この辺は主催者の裁量次第だが、八ヶ岳のフェスはお子さん大歓迎なのがすばらしい。豊田さんのお子さんも来ている。

 アイリッシュには子どもが似合う。子どもがたくさんいることで音楽が一段と愉しくなる。須貝さんのお嬢さんたちも、去年はお父さんにべったり甘えていたのが、すっかり一人前の子どもになってとびまわっている。もちろん親御さんたちはたいへんなはずだ。あたしの娘は小さい頃、場所見知りをするので苦労させられた。ふだんの場所と違うところに行くと泣きわめくのだ。実家でも同じなので、旅行など行こうものなら、寝かしつけるのが大騒ぎだった。ふだんはころりと寝てしまうのに。それが大人になった今は、海外も含め、独りでほいほいと行ってしまうのだから、人間わからないものである。とまれ老人になると子どもたちの姿を見たり、声を聞いたりすると、元気をもらうと実感する。

 午後は豊田さんによるジグ&リールのワークショップを聴講する。ここにもお子さんが3人、小学校低学年、つかまり立ち、乳呑み児といて、各々思い思いのことをしている。別にワークショップに参加しなくても、できなくてもいいのだ。

 もう一人、主催の斎藤さんの息子さんはすでにミュージシャンとして参加している。今年のフラーに日本代表として行ってきたそうだ。

 ワークショップの参加者は15名ほどでうち女性は6名。豊田さんやあたしを別にして、年齡の上限は30代半ばくらいか。アイリッシュやその類はまったく初めてという人が3人いるのはあたしには驚きだった。たまたま耳にしたホイッスルの音を手がかりに、このしろものがどんなものか知りたくて来たというのは、あたしの若い頃は考えられなかった。いや、あたしがというのではなく、世間一般にそういうことはありえなかった。世の中、少しも変わらないように、時には逆行しているように見えて、その実、着実に変わっているのだ。そういうことを感じさせてくれるのもありがたい。

 豊田さんはまず参加者の自己紹介を求めた。参加の理由と目的の把握のためだ。初心者の存在はそこで明らかになる。初心者といっても、楽器に触ったこともない人もいれば、クラシック・ヴァイオリンは永年やっている人もいる。

 うまいなあとまず唸ったのは、題材曲の選択だ。まったくの初心者とかなり突込んでいる人の双方にとって実のあるものになるように、ジグを1曲選び、これをとりあえず通して演奏できるようになろうというわけだ。楽器は講師が豊田さんだからだろう、フルートが4人と最多。ホィッスル3人、フィドル、ギター、それにバンジョーが2人いるのがあたしには面白かった。昔、と言っても十年くらい前には、パイプはいてもバンジョーはいなかった。これも先日豊田さんから伺った話、今の若い人たちはダンスからアイリッシュにハマり、ケイリ・バンドをやりたがるという現象の顕れだろうか。

 豊田さんが選んだのは〈John Feehily's〉。ひとつにはこれがDモーダルの曲であること。二つには参加者の中で知っている人がいなかったこと。

 Dモーダルというのは、最もアイルランドらしい音階なのだそうだ。クラシックなど他の音楽をやってきた人で、他の音階の曲はすいすい演奏できても、Dモーダルになった途端につまずくという。音階の中のある音がメロディないし前後の音によってシャープがついたりつかなかったりする、とあたしは理解したのだが、合っているだろうか。

 この曲を1小節ないしそれ以下に細かく分けて覚えてゆくのだが、豊田さんはすぐには楽器をやらせない。まず歌わせる。なるほどねえ。ダンス・チューンでも歌えなければ演奏できないと聞いたことはある。豊田さん自身は音名つまりドレミをつけずに覚えるそうだが、ここでは参加者の便宜のため音名をつけて歌う。何度もくり返し、ある程度体に入ったところで歌いながら楽器に指を合わせる。まだ音は出さない。これもくり返してからようやく楽器で音を出す。

 というのを小節ごとに繰返す。2小節やってつなげる。さらにつなげる。Aパートをつなげて通す。という具合に覚えてゆく。

 ところでアイリッシュのビートは等間隔ではない。ジグは八分の六拍子がドンドンドンと進んではいかない。EDM とか、クラブやディスコなどの等間隔のビートを面白いとあたしには感じられないのは、こういう揺れる、スイングするビートに慣れきってしまっているからだろうか。アイリッシュに限らず、ケルティックに限らず、伝統音楽のビートはほぼ例外なく揺れている。その揺れ、スイングするビートを浴びると体が動きだす。打込みの等間隔ビートでは体は動かない。

 豊田さんがこの揺れ、スイングを円運動で表すのがまた秀逸。それも楕円である。縦の楕円で、底の前後は速く、上端付近ではゆるくなる。むしろためらう。底に向かって圧縮し、上に向かって解放する。緊張と弛緩だ。アイリッシュのダンス・チューンには緊張と弛緩が同居しているのだ。

 もう一つ、楽器を操る筋肉は一番内側の小さな筋肉を遣うように意識せよ。そのためには動作をゆっくりやわらかくする。このことを教えられたのは、バンジョーの達人エンダ・スカヒルからだったそうだ。小さい筋肉を使うように意識してやっていると、それ用の神経回路ができてきて、スピードのコントロールが可能になり、持久力もつく。

 こういうことはクラシックやジャズでも教えられるのだろうか。言われてみると達人、名手といわれる人たちの演奏している姿は皆実に「コスパが大きい」ように見える。最小限の動作しかしていないように見える。

 ジグのリズムは馬をギャロップで走らせる時のリズムが元になっている。日本の馬術にはギャロップが無かったそうだ。だく足でなるべく上下動が少ないように走らせた。その理由は馬に乗るのは甲冑をつけた武士で上下動を嫌ったから、と豊田さんは説明したが、そこは疑問。ヨーロッパの重装騎兵はもっと重い、全身を覆う鎧をつけた。まあ、これは音楽とはまた別の話。

 とまれジグの、馬のギャロップが無いのは世界でも日本列島とインドネシアの一部だけなのだそうだ。となると、そのインドネシアのどこだろうと気になってくる。

 ジグで8割方の時間を使ったので、リールはさらり。こちらは有名な〈Sally Garden〉を選び、やはりまずメロディを歌い、指をつけ、演奏する。

 リールも楕円運動でとらえる。スイングするとゆっくりに聞える。つまりゆっくり聞える時はビートがスイングしている。あとしのようなリスナーにもこれは重要だ。アップテンポのはずなのに、ゆっくり演奏されているように聞えてとまどうことは稀ではない。そういう時はビートがスイングしているのだ。なあるほど。

 90分休憩ナシで、小学生のサットンにはきつかったようだ。

 今回はコモンズ2階の廊下にコーヒー屋さんが出店していた。注文するとその場で豆を挽いて淹れてくれる。やはりもうがぶがぶは飲めないが、旨いコーヒーがいつでもすぐ飲めるのは嬉しい。ふだんはキッチンカーで営業されているそうだ。こういう店ならわが家の近くにも来てもらいたいものだが、営業範囲は県内だそうだ。そりゃ、そうでしょうねえ。

 控室にもどってぼんやりしていると、斎藤さんからロンドのセッションに誘われる。新しくできた店の外のデッキでやっているらしい。車に乗せていってもらったが、実はコモンズのすぐ裏で、歩いてもすぐなのだった。その昔、カリフォルニアで道路を渡るのに車に乗せられたことを思い出した。

 ロンドのセッションは hatao さんがホスト、と見えたのだが、ホストは masato 氏と後で教えられた。仙台の青木さんがかけつけで入っている。セッションには珍しくハープがいるが、反対側の端で音はあまり聞えなかった。

 サムがギターで入っていたが、息子さんにねだられて歩く練習につきあわされて外れる。ギターは須貝さんの旦那も入っている。あたりをとびまわっている娘さんたちはよく見ると須貝さんのお嬢さんたちだった。

 ここまでやって来て、アイリッシュにどっぷりと漬かっているだけで気持ちよくなってしまい、どんな曲をやっているとかはまったくの上の空。とはいえ、音楽の質そのものは相当に高いと聞えた。こういう上質のアイリッシュに浸っていると、日常の感覚がだんだんしびれてくる。すぐ傍を幹線道路の1本が通っていて、時折りでかいトラックがけたたましい音をたてて走りぬけていくのも気にならない。

 それにしても皆さん若い。豊田さん、hatao さんの世代の次の次ぐらいだろうか。今回耳にしたところでは、秋田、岩手、山形、新潟、群馬、埼玉、長野、愛知、それにここ山梨には定期的にアイリッシュのセッションや勉強会をやっている人たちがいるという。どこもそれほど数は多くないが、熱心にやっているらしい。お互いのところへ遠征したりすることもあるそうな。その他にも、まだ仲間に恵まれず、単独でやっている人もいるのだろう。新潟のセッションにはハンマー・ダルシマーを演奏する80歳の爺さんが来る由。20年ほどやっているということは、新潟のセッションができるまでは独りでやっていたわけだ。北海道の小松崎さんの影響だろうか。それとも北米から入ったのか。ハンマー・ダルシマーでアイリッシュやケルティックをやるのは、なぜか北米では盛んだ。アイルランドでもブリテンでも、ハンマー・ダルシマーは一度絶滅した。最近はまた復活しているようだが、あまり聴かない。

 17時にロンドのセッションはお開きとなり、hatao さんとコモンズに戻り、今夜の宿のペンションひまわりに乗せていってもらう。以下続く。(ゆ)

 會田瑞樹氏のライヴをようやく見られた。Winds Cafe 最多登場者ながら、なぜかいつもスケジュールが合わなかったり、こちらが体調を崩したり、何らかの理由で、ついにカーサ・モーツァルトでは見ることがかなわなかった。川村さんに1回ぐらいは見たでしょうと言われたが、やはり見ていない。この人のパフォーマンスを見て憶えていないはずがないと、実際に見て思う。

 「打楽器百花繚乱」という通しタイトルから想像していたのは、ヴィヴァルディ『四季』のCDジャケットにあるように、叩けば音が出る大小様々なものが所狭しと並んでいる光景だった。ところが会場に入ってみると置かれていたのは、正面にヴィブラフォンつまり鉄琴、右側にマリンバつまり木琴だけ。あれれ、というのが第一印象。ヴィブラフォンとマリンバが打楽器であることはわきまえているつもりだったが、あれらはどうしてもサントゥールの仲間に見えてしまう。あちらはどうやら弦楽器だ。こちらはむしろガムランやチャラパルタの仲間ということなのだろう。どちらも独りでは演奏できないことは大分違うけれども(チャラパルタは独りでもまったく不可能ではない、はず)。

 今回の内容は当日までヒミツだった。川村さんからは會田氏の名前から「樹」または「木」がテーマとして出されていたが、それについて答えることはラストの木琴、マリンバによる演奏で見事に果たされることになった。

 プログラムはまずヴィブラフォンのソロで、モーツァルト、バッハ、ブラームス、ドヴォルザーク各々の有名曲と、細川俊夫編曲の〈サクラ〉それに水野修孝の〈ヴィブラフォンのための三章〉を一気に演奏する。

 ヴィブラフォンという楽器は1920年代にアメリカで開発され、中でも Deagan 社の Vivraharp というモデルが有名になったのだそうで、會田氏の楽器もそのディーガン社製。電気で残響を増幅できる。

 ソロの演奏はどれもかなり残響を残すのがヴィブラフォンの味に聞える。

 2番目の演目はゲスト瀧沼亮氏を迎え、氏の〈コンサートのためのコンクレート〉の演奏。紹介文に「奇士」とあるが、瀧沼氏は六尺豊かな大男という表現がぴったり。単純に背が高いだけでなく、並はずれた存在感がある。ガクランにジャージのズボン、幅広のネクタイに黒縁眼鏡、長髪を後ろに束ね、帽子をかぶっている。

 作品は本人のパフォーマンス付き朗読、會田氏のヴィブラフォンとマリンバとセリフ、それに聴衆がそれぞれに出す音から成る4楽章。ご本人はこれまで美術、舞台表現のメディアで活動してきた由で、「演技」は堂に入ったもの。テキスト内容はシュールリアリスティック、會田氏は直角に置いた2つの楽器の間を跳びまわりながら声も出す。我々も思い思いに手や体を叩いたりして音を出す。なかなか楽しい。

 休憩をはさんで第二部はまず朝吹英一(1909-93)の3曲〈火華〉〈風鈴〉〈水玉〉のヴィブラフォンによる演奏。朝吹はヴィブラフォンを初めてわが国に輸入し、演奏し、そのための作曲をした人。財界の実力者の息子で本人も企業経営をしながら、ヴィブラフォンの啓蒙と演奏の活動を続けた。この3曲はそのヴィブラフォン用の代表作。各々に鮮明に性格が異なる。タイトルが各々の曲のキャラクターを端的に表す。楽器の特性や特有のテクニックを聞かせるためのいわゆるショウ・ピースではあるが、くり返し聴きたくなる曲だ。あたしとしては〈風鈴〉が一番心に響いたが、ころころと音がころがる〈水玉〉もいい。〈火華〉はもう少し涼しい時に聴きたい。

 その次が意表を突かれて、何よりも一番面白く楽しんだ。金関寿夫詞、間宮芳生曲の〈カニツンツン〉。金関は北米インディアンの詩の訳者として認識していたが、詞の中にもインディアンの種族の名やその語彙からとられたと覚しき音が聞えた。これは佐原詩音氏のピアノを伴にして、會田氏が、歌うというより声と体で演じる。確かにこの「曲」は声でうたうだけでは収まらない。各地で演じられているそうだが、これをまた見るためだけに會田氏の公演に行きたくなった。

 続いては佐原氏のピアノ・ソロ。鮮やかなものである。そして同じく佐原氏のアレンジで〈ほたるこい〉と〈われは海の子〉をヴィブラフォンとピアノで演奏する。遊び心満載のアレンジ。〈ほたるこい〉は聴衆もうたうようけしかけられる。〈われは海の子〉は八分の九拍子、アイリッシュのスライドでおなじみのリズムでよくスイングする。まさに波に揺られる感覚。

 というようにかなり多彩な内容で、お腹いっぱいになっていたのだが、ラスト1曲でこれがほとんど全部すっとんでしまった。

 山川あをい作曲の〈マリンバのための「UTA」〉第4番。

 ここまで會田氏は瀧沼作品を除いて暗譜で演奏していた。クラシックの人には珍しいと感心していたのだが、これは譜面を見てやる。曲自体は高校生の時に出逢って演奏しはじめてから20年、数えきれないほど演っていて、カラダに刻みこまれている。が、なぜか今日は譜面を見ながらやりたくなったのだそうだ。これが暗譜の演奏とどれほどの違いを生んでいたのかはわかる由もないが、この演奏は実に心に染み入った。

 後で川村さんも言っていたように「感動」とは違う何か。その世界に持っていかれたわけでもない。ひたひたと満たされる感覚、だろうか。音楽に包みこまれ、包んだ音楽がそのまましみこんで満杯になる。

 惚れぼれするようなパッセージがあるわけでもなく、劇的に盛り上がることもない。むしろシンプルなメロディが、流れるのではない、寄せてくる。演奏するのもそう難しくなさそうにも見えるが、案外そうでもないかもしれない。shezoo さんの《神々の骨》の〈怒りの日〉のように、シンプル極まるがきちんと演奏するには極限の集中を要する曲もある。あれは聴く方も集中させられるけれど、この〈UTA〉はそういうことはない。一方でこれはマリンバによる一つの極限の音楽にも聞える。アンコールはついにやらなかったのも当然。何をやってもこれの後では蛇足でしかない。

 ゲイリー・バートンのような人もいてヴィブラフォンは面白いと思うけれども、あたしとしてはマリンバの太いくせに繊細な響きに惹かれる。

 とまれようやく會田デビューができた。次は旋律を叩けない打楽器を叩きまくる會田氏を見て聴いてみたいものだ。

 奏者のためもあってきつめの冷房の室内から外に出ると暑気が襲ってきた。この調子だといずれ夏のイベントには参加できなくなるだろう。少なくとも昼間のイベントには。13時半開場となると一日で最も暑い時間に会場に向うことになる。Winds Cafe もかつてはもっと遅い涼しくなる時間にやっていた。またああいう時間帯での開催の検討をお願いしますよ、川村さん。(ゆ)


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 shezoo さんが打楽器奏者と共演するのはずいぶん見てきたが、デュオというのは初めての気がする。メロディを shezoo さんだけが演奏するのを聴くのは、もし初めてではないにしても、ひどく珍しく、新鮮だ。神々の骨版〈ディエス・イレ〉はバンドの時は複数の楽器がユニゾンでメインのメロディというよりシンプルきわまるリフを延々と繰返し、打楽器のソロが炸裂するのがパターンだが、今日はリフは独りだし、打楽器もソロが炸裂することはない。

 HAMA氏はこれまで shezoo さんが共演した打楽器奏者の中ではとび抜けて繊細で口数ないし手数が少ない。他の打楽器奏者が繊細でないわけではない。むしろ打楽器奏者は皆さん神経が細かい。少なくとも shezoo さんが共演してきた人たちは皆神経細やかで繊細だ。ドラム・キットではない、様々な打楽器を操る人はそうなるのか。神経が細やかだからドラム・キットから離れるのだろうか。HAMA氏はあたしは初見参だが、そうした人たちの中でもさらに一頭地を抜いて繊細であるように聞える。音も全体に小さい。

 楽器はアラブ系の片面太鼓、ダラブッカ、ハンドパンというのか、金属製の円盤型、叩く位置で音階を奏でられるもの、シンギング・ボウル、吊した鐘、木の枠に金属のパイプを3本並べたもの、床のスポンジの上に並べた十数枚の鉄板、といったところ。

 片面太鼓は叩く他に指で丸く弧を描いてこする。ダラブッカは膜面だけでなく、胴体も叩く。叩いて音が出るものは譜面台の支柱も叩く。片面太鼓の一つは内側に何やらたくさん糸で下がっていて、これらがノイズを発して面白い音になる。

 〈ディエス・イレ〉に戻れば、いかにもさあどうぞというようにピアノが例の静かで短かいリフを奏でているのに、打楽器も騒がず、静かに独り言をつぶやく。叫ぶことはない。叫ばない打楽器が新鮮で、聴きなれた曲の位相が転換する。ディエス・イレ=怒りの日はキリスト教の最後の審判の日のことだが、実は静かなのではないかとも思えてくる。

 後半は今回のテーマである架空の映画のサントラの趣で、すべての曲が途切れなしに演奏される。曲そのものは shezoo さんの既存の曲で、これを打楽器がつないでゆく。その時々でつなぐ楽器は替わる。ダフだったり、ミニ・ガムランもどきだったり、イランの太鼓だったり、ハンドパンだったりする。替わり目の前後は打楽器のソロになる。が、派手な即興などはしない。滑らかにソロになり、滑らかに次の曲が始まる。つまりピアノが入るので次の曲が始まったとわかる。

 「架空の映画」という意図はわからないでもないが、曲は既存のものなので、その曲に対するこちらの既存のイマージュが湧いてきてしまって、映画を連想する感じにはどうもならない。我ながらもう少しいろいろな連想がわく方が面白くなりそうだが、メロディに反応してしまうので、固定される傾向がある。想像力が貧困なのだ。

 shezoo さんのピアノも今回はフロントを張るわけだが、相手が派手にならないせいか、インプロも抑え気味というより内省的というべきか。音数は多いけれども、変化が小さいのに充実して聞えるのは面白い。

 後で HAMA氏が参加しているスーパージンギスカンズのアルバムを聴いても、叩きまくる感じではない。コントロールが効いている。端正ですらある。

 全体としてはむしろ涼しい音楽。ことしの夏にはまことに嬉しい。終演後、店のマスターからぜひ年内に再演を、と言われていたから期待しよう。

 外に出ると陽はまだかんかんと照っていて、暑さがどっと降りてくる。音楽のおかげで歩いていられる。(ゆ)

 新倉さんがここ2年、中央アジアの音楽にどっぷりハマっていることは、これまでのライヴでも散々聞かされていた。友人から贈られたカザフの撥弦楽器ドンブラを手にしたのがきっかけというのも繰返し聞かされた。この日もアンコールの一発目、カザフの伝統衣裳をまとって披露したドンブラの演奏とうたは、あたしには最大のハイライトだった。と言うとこの日の趣旨からはまったく外れてしまうのだが、せんかたない。

 文化会館小ホールでこの楽器の生演奏を聴けたのも収獲。このホールには大昔に来たというほのかな記憶があるのだが、その記憶にあるものとはまるで違っていた。この響きの良さの前にはどうでもいいことではある。チェロの響きも実に美味しい。これだけたっぷりとチェロの音と歌に浸りこんだのも久しぶり。たとえばジョヴァンニ・ソッリマの場合、チェロを聴いている気がしないのだ。ソッリマの発明になる、何か別のもののように聞え。むろんそれはそれですばらしく、他では味わえない体験ではある。その点、新倉さんはチェロの達人であって、天才ではない。

 今回はそのチェロによる中央アジアと南コーカサスの諸地域の音楽、就中、クラシック作曲家の作品を演奏する。前半がカザフ、キルギス、トゥルクメン、タジク、ウズベクの中央アジア。後半がアルメニア、アゼルバイジャン、ジョージアの南コーカサス。

 これらはいずれも伝統音楽の盛んなところだ。各々独自の色を持つ一方で、共通するところも少なくない。新倉さんを捕えたドンブラも少しずつ形と音を変えて、たいていのところで使われる。それを伴にして、源流たる遊牧の民に伝わる叙事詩をうたうディーヴァがそれぞれにいる。

 新倉さんはまだその域までは行っていないが、チェロを弾きながらうたう場面があったのは愉しかった。クラシックの楽曲にもうたがとり入れているらしい。とりわけ歌曲という風でもない。ごく自然に楽曲の一部としてうたわれる。

 とりあげられた作曲家は一人の例外を除いて二〇世紀の人たち。ほとんどは二〇世紀中に死んでいる。アルメニアのアルチュニアンとジョージアのアザラシヴィリは各々2012、2024年に亡くなった。例外はタジクのヌルラ=ホジャで1972年生まれ。この人の曲は祖父シャヒディの曲とのカップリング。この対照はなかなか面白かった。

 音楽的にこの二つの地域を一度にやるのはかなり欲張りな話だ。前半後半に分けたのは適切だったが、通して聴いているとちょっと情報過多になる。南コーカサスを入れたのは、新倉さん自身の関心もさることながら、ピアノの碓井氏がジョージアの音楽に親しんで、アザラシヴィリとも懇意だったことがあるのではと邪推しておく。

 もっともここで演奏されたアザラシヴィリのチェロ・ソナタ第一番は楽譜が長いこと行方不明で、このコンサートのための曲を探していた碓井氏が偶然発見したというから、ここに南コーカサスを入れた価値は充分にあったともいえる。この曲、あたしは結構面白く聴いた。新倉さんにはぜひ録音を出していただきたい。

 中央アジアの音楽はやはり独自色が強い。この日の演目の作曲家たちの活動した時期は、ラフマニノフ、プロコフィエフ、プーランクといった人たちに重なる。アザラシヴィリはショスタコヴィッチの弟子でもあった。それにしては楽曲の性格としては十九世紀的と感じた。源になっている伝統音楽のキャラが濃いので、それでも充分現代的に聞えるが、チェロのチューニングまで変えて熱演している新倉さんには悪いけれども、あたしとしてはこれなら元の伝統音楽の方を聴きたくなってしまう。

 一方、南コーカサスの方はアジアというよりはヨーロッパの東端の趣。あるいはアルメニアの曲にはロシアを感じる。アルメニアは地理的な位置からは離れて西欧の一部とみなされ、当人たちもそう意識しているそうだが、文化的にロシアの影響も無視できないのだろう。それとも、この曲がたまたまそういう曲だったのだろうか。

 とまれ、こちらの曲はどれも面白い。チェロという楽器の可能性を探る試みもある。アゼルバイジャンの曲では延々とダブル・ストップが続く。ジョージアの1曲目、ツィンツァーゼの〈5つの小品〉は曲ごとにキャラががらりと変わる。2曲目は全曲フィンガリングだけ。と思うといかにも草原を馬が駈けてゆくような曲だったり、抒情たっぷりのラヴソングに聞える曲もある。5曲目はダンス・チューンで、はじめピアノがメインに立ち、後半チェロがリードする。チェロとピアノを合わせたりずらしたり、からみ方をいろいろと試す。

 アンコールの2曲目、アザラシヴィリの〈無言歌〉はどこかで聞いたことがあると思わせる親しみやすく美しい曲。後ろの爺さんが、これが一番良かったと言っていたのは無理もない。聴衆はあたしのようなジジババが大半だが、若い男女も結構いるのはその筋の人たちだろうか。客席の9割方は埋まっていたと見えた。終演は9時半を過ぎ、昼間はごったがえしていた上野もさすがに人影がまばらだった。(ゆ)

 hatao & nami のライヴはパンデミックの前以来だから、3、4年ぶりだろうか。小松さんのライヴを見るのもほぼ同じくらい間が空いた。その間、この人たちの録音は聴いているけれども、生に勝るものはない。

 まず Stringers の二人が始める。小松さんのフィドルと成田七海さんのチェロでアイリッシュをやるというユニット。つい先日 Jocelyn Petit & Ellen Gira の新作を聴いたばかりで、こういうことをやる人たちが洋の東西に同時多発的に出てくることに驚いた。



 結成はペティト&ギラの方が若干早いようだし、アルバムもすでに3枚あるが、Stringers もこれから楽しみ。

 後の MC で hatao さんも nami さんもチェロが好き。nami さんにいたっては手を染めたこともあるという。実はみんなチェロが好きなわけだ。あたしもチェロは大好きだから、この頃面白いチェリストがぞろぞろ出てきていることは愉しくてしかたがない。それともチェロだからこそ面白くなる、と言うべきか。成田さんも加わって、個人的にはますます盛り上がる。スコットランドの Abbey Newton、アイルランドの Neil Martin、イングランドの Caroline Lavelle、ウェールズの Jordan Price Williams、アメリカの Natalie Haas など、チェロでケルト音楽をやる人たちに伍して立派なケルティック・チェリストを目指していただきたいと切に願う。そういえば tricolor の《キネン》にも参加していた巌裕美子さんはどうしているだろう。やはりパンデミックからこちらライヴを聴けていないが、お元気だろうか。クレツマーまでやっていたあの人のチェロもまた聴きたいものだ。

 チェロがケルト系のダンス・チューンに加わる時、どうしてもベース、ビートを担当することが多いのだが、勝手な希望を言わせてもらえば、もっとメロディも弾いてほしいのである。あの音域でダンス・チューンをがんがん演るところを聴きたい。低音楽器で奏でられるメロディはフィドルや蛇腹や笛で奏でられる時とは全く別の美しさを見せてくれるからだ。そこで今回最大のハイライトの一つはアンコールの1曲目〈Josephine's waltz〉の冒頭、チェロによる演奏だった。この曲がチェロで演奏されるのを聴くのはたぶん初めてだし、おまけに生音である。全身が総毛立った。

 成田さんはアメリカのジャズ・チェロを学んでいるとウエブ・サイトにある。なるほど、短かいがインプロになったところは面白かった。一方で、チェロによるダンス・チューンのビート演奏も面白い。ギターやブズーキなど撥弦楽器のコード・ストローク、ピアノのコード演奏などによるビートは音が鋭角になる。ピアノはチェロに近いところもあるが、コードなのでイメージとしては下から持ちあげる。フィンガリングも含め、チェロがビートを演ると刻むにならない。ふくらみのある、しかし明晰な音が、水面に石を投げて生まれる波の同心円がぽわんぽわんと次々に生まれてゆく。小松さんのフィドルがその同心円の重なりの上を走ってゆく。軽いのだ。走るよりも舞ってゆく、だろうか。時折りハモったり、ドローンになるのも面白い。チェロはどちらにも行ける。かと思うと楽器を横抱きにして親指で弦を弾く。音が太い。

 ワルツではリードをとるし、スロー・リールでは短かいフレーズを繰返してリズムをとる。それにしても成田さんはチェロでグルーヴを生んでゆくのが実に愉しそうだ。フィドルを煽るようでもある。フィンガリングで始め、テンポを上げて、弓に持ちかえて弦を叩く。チェロの演奏法の変化で演奏が盛り上がる。このユニットはどうみてもフィドルではなく、チェロがリーダーだ。

 休憩をはさんで hatao & nami。今回 nami さんはほとんどハープで通す。それはそれで文句はないが、ラストにやったピアノの曲を聴くと、こういうのをもっと聴きたいと思う。nami さんがピアノを弾くと音楽に艷が出る。豊潤になる。ハープの音は繊細で、音楽は清冽になる。

 今回はオリジナル中心で、このデュオは即興も面白い。2曲目〈みなもを渡る風〉の中間部は面白い。hatao さんは長いB♭フルートと普通のフルートを持ちかえる。3曲目はなんと hatao さんがピアノを弾いてハープとデュエット。〈黄昏時のリール〉というこれは名曲だ。次のブルターニュ・チューンのメドローの1曲目はゆっくりの曲でフルートとハープがユニゾンするのに悦ぶ。

 5曲目 nami さんの〈雪どけ〉。ここで連結ホィッスルが登場した。3Dプリンタで作った部品でキーの異なる2本のホィッスルをつないである。片方からもう片方へ一瞬で移れる。音域が広がるし、曲の途中で調を変えることもできる。というのだが、そういうことがきて、曲に組込めるのは hatao さんぐらいだろう。この曲では nami さんのスキャットも出て、佳い曲だ。

 hatao さんは連結だけでなく、2本の笛をくわえて同時に演奏することもする。ローランド・カークだ。その技が出る〈タイム・フロー〉もつくづく佳い曲だ。

 2度のアンコールは全員で、1度目の1曲目が〈Josephine's waltz〉なわけだが、2曲目でフィドルを立ててフルートがドローンをつけたのが良かった。

 アンコール2度目はまずハープとフィドル、次にフルートとチェロ、そして全員で〈キンコラ・ジグ〉。hatao さんが主メロから低く外れてゆくのにぞくぞくする。

 靴を脱がされるのには閉口したが、ここはダンスなどのリハにも使われるのかもしれない。

 終演は22時近く。出るとぱらぱら雨が落ちている。昼間の暑熱の後では濡れるのもきもちよいくらいだった。(ゆ)

 先日、当ブログで紹介したスコットランドのレジェンド、ディック・ゴーハンのボックス・セットのクラウドファンディングは目標金額を遙かに超える金額が集まって大成功しました。まずは良かった。

 このクラウドファンディング企画の成功はいろいろあちこちに波紋を拡げているようですが、その一つとして、ゴーハン関係のクラウドファンディングがもう一つ、立ち上がっています。ゴーハンが自分の音源の著作権帰属の明確化を求めて訴訟を起こし、そのための費用を募っています。



 なお、これは純粋に寄付を募るもので、直接の見返りはありません。見返りがあるとすれば、この訴訟がゴーハンの勝利に終り、今は眠っているゴーハンの傑作アルバムが普通に聴けるようになることです。それとともに、ここにもあるように、これが前例になって、同様に休眠状態にある1970年代前半のブリテン、アイルランドの伝統音楽の傑作、名盤が再び聴けるようになることもあります。

 ゴーハンのデビューからの2枚のアルバムは Trailer Records から出ました。Trailer は録音エンジニア、プロデューサーの Bill Leader が立上げたレーベルで、ゴーハンはじめ、Nic Jones ニック・ジョーンズ、Vin Garbutt ヴィン・ガーバット、Dave Burland デイヴ・バーランド、Dave & Toni Arther デイヴ&トニ・アーサーなど、1970年代前半のブリテンの伝統音楽のシンガーたちの傑作、名盤を多数リリースしました。我々はこういうアルバムを聴いて、ブリテンやアイルランドの伝統音楽の世界に引きこまれていきました。

 リーダーは英国フォーク・リヴァイヴァルの初期から活躍したエンジニアで、ブリテンの もう一つの伝統音楽レーベル Topic Records や、60年代に勃興した Transatlantic Records のために優れた録音をたくさんしています。有名なバート・ヤンシュのファースト・アルバムもリーダーの仕事です。その実績の上に Trailer Records を始め、成功するわけですが、経営者としてはエンジニアやプロデューサーほどの腕ではなかったらしく、1980年代に失速します。

 Trailer Records の権利は Celtic Music Records の Dave Bulmer がリーダーから買い取りました。Celtic Music はヨークシャーの企業で、初めは Trailer などブリテン、アイルランドのフォーク・ミュージック、伝統音楽のレーベルの配給、卸を手掛け、1978年から独自のレコード製作を始めます。バルマーは自分がディストリビュートしていたレーベルのバック・カタログを買い取ることに熱心で、Wikipedia にある、かれが買い取ったレーベルを見ると、1970年代から80年代にかけてブリテン、アイルランドで活動し、我々にも馴染のあるものが軒並含まれています。

 ところがバルマーという人はどういう考えがあったのか、自分が買い取ったレコードをほとんど全く再発しませんでした。どうやら在庫として残っていたアナログ盤を売ることだけに興味があったらしく、あたしの知るかぎり、一切CDにしていません。Trailer については、かなり後になって、ビル・リーダーが個人的に少数のタイトルを CD-R としてリリースしましたが、それもすぐにやんでいます。ゴーハンのデビュー作《No More Forever》のCD版はこの時リリースされたものの一つです。

 デジタル化されていないので、配信、ストリーミングなどにも出ていません。Trailer のオリジナル盤は Discog などに出ることもありましたが、バルマーはこれにもクレームをつけていた、ということを読んだ覚えがあります。

 ゴーハンは Celtic Music Records からも Live In Edinburgh (1985)、Call It Freedom (1988) 、Clan Alba (1995) を出しており、いずれも彼の傑作に数えられます。1978年に Tony Capstick と Dave Burland の3人で出した大傑作《Songs Of Ewan MacColl》の Rubber Records もバルマーが買ったレーベルの一つです。後に Battlefield Band と並んでスコットランドを代表するバンドとなる The Boys of the Lough の創設にもゴーハンが参加していて、そのデビュー・アルバムも1973年に Trailer から出ています。

 Celtic Music Records は2007年を最後に活動を停止し、このクラウドファンディングによれば2013年のバルマーの死に伴ない、会社も2016年に消滅したようです。なお、バルマーについては The Living Tradition の編集長だった Pete Heywood が追悼記事を書いています。

 これによれば、バルマーの「コレクション」はフォーク・ミュージック、伝統音楽やその周辺に限らず、イングランド北部に別の伝統を持つブラスバンドなどまで含んでいるようです。

 とまれ、問題なのは、ゴーハンの録音も含め、Celtic Music が所有していた音源が現在ほとんどまったく聴けない状態であることです。これはレコードを作ったミュージシャンたちにとっても、我々リスナーにとっても大きな損失です。あたしの見るかぎり、Trailer をはじめ、これらのレーベルに残されたレコードには、現在なお耳をすますに値する音楽がたくさん入っています。それらはあの時代、20世紀最後の四半世紀にしか作れなかった音楽でもあります。我々老人だけでなく、より若い世代の人たちにとっても価値あるものと信じます。

 これらの音源は Celtic Music の著作権を継承したと称する Northworks なる存在のものになっているそうです。ところが、どちらの存在も現在英国の企業として登録されていません。英国ではすべての企業は Companies House に登録しなければなりません。ここに無いということは、まっとうな企業ではないことになります。

 そこで今回、ボックス・セットのクラウドファンディングの成功に背中を押されて、ゴーハンは過去の音源の著作権確認と音源そのものの返還の訴訟に踏み切りました。それには多額の費用がかかります。関っているのはエディンバラでも最高の弁護士たちだそうですが、当然そういう人たちは高くなります。したがって前回の仕掛人 Colin Harper は再度のクラウドファンディングを立上げました。

 これはあたしなどにとっても大変なグッドニュースです。これまでこれらのアーティストやレコードについて何か語ろうにも、肝心の音源を聴くことがほとんどの人にはできないという状態では手のつけようがありませんでした。かれらについて語っておくことはそれを知っている老人の勤めではないかとこの頃思うようになっていたことでもあります。

 なお、ディック・ゴーハンのボックス・セットについては公式サイトが新たに立ち上がっています。



(ゆ)

 あたしが創刊号に原稿を書いた文芸誌『jem』が第2号を発行するためにクラウドファンディングをしています。



 創刊号にも韓国における日本文学の受容に関するインタビューと記事があって、かなり面白かったのですが、第2号はさらに範囲を拡げて、アラビア語圏や東欧、東南アジアなども含む各地での日本文学の現地語への翻訳やその受容の状況を探ることを目指しています。

 創刊号に記事を書く過程で編集長などと話をするなかで、日本の現代文学、それもこれまでのような三島とか安部とか川端とか、あるいは漱石などといった大物よりも、今の女性の書き手の作品翻訳が欧米でブームになっていると聞いて驚いたことがあります。ここのところマイブームの左川ちかもその恩恵で知りました。この人は英訳から始まった海外での翻訳がどんどん広まって国内でもあらためて評価されたそうですが、あたしにとっては鶴田錦史、横山勝也に代表される伝統邦楽にフランスの Ocora 盤で初めて出逢ってのめりこんだのに共通します。昔六本木にあった WAVE で、アナログ盤に遭遇したのでした。

 この二人が武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』の邦楽器奏者ということは後に知るので、アナログのエサ箱で見たときには、誰だ、これは、とクエスチョン・マークが頭の上にいくつも踊ったものでした。

 同様に、今海外で売れている日本語ネイティヴの女性の書き手たちは、もう数十年もごくわずかの例外を除いて国産の小説を読んでいないあたしにとっては、まったく未知の人たちばかりで、それもまた新鮮ではあります。

 そういう状況がいわゆる西欧、北米だけでなく、世界の各地で起きている、というのはまた面白い。どこが面白がられているのか、にも興味がわきます。

 わが国文化の産物として海外でウケているのが、アニメ、マンガだけではない、というのも心強い。アニメ、マンガがまずいというのではなく、それだけに偏るのは、やはり「偏向」というのものです。ヴィジュアルでは不可能で、言葉によって初めて表現できる、伝えられるものは小さくないわけですから。

 もちろん夜郎自大的に自慢するというよりも、文化の相互交流が面白いわけです。我々の思いもよらないところを面白がり、まったく思いつきもしない読み方がされるのが愉しい。それを自分たちの自画像とは違うと切り捨てるのではなく、自分では見ることができないところを見せてくれていると感謝したい。

 こういう外からの視点、外から見た姿は、自分たちがどこにどのように置かれているかを冷静に把握することにも大いに役に立ちます。

 ということで、自分が原稿を書いたからというのではなく、あたしとしてもこの雑誌は応援したい。いや、実際に応援もしますが、どうか、我と思わん方々にも応援をしていただきたい。どうぞ、よしなにお願いもうしあげます。


 以下、余談。

 この雑誌は昔ならば同人誌、コミケ流のではなく、筒井康隆が『大いなる助走』で描いたような、文学青年、中年たちの集う同人誌の一種に数えられるものなんでしょうが、今はプロとアマの境目が曖昧になっている、または溶融していることも、あたしには興味深いことであります。書くことで食べていればプロ、書くためにカネを注ぎこむのがアマ、という境界も崩れているらしい。友人のマンガ編集者によれば、生業は別に持ち、空き時間やあるいは作った時間に描いたマンガをアマゾンなどで自己出版する人が増えているそうな。作品の質はフルタイムで描いているマンガ家の作品に退けをとらない。すると、こういう描き手、書き手はプロなのか、アマなのか。一方、コミケで販売するいわゆる同人誌だけに描いたり、書いたりして、それで食べている人もいる。

 つまり、出版界において既存の版元のルートは、いくつもある「作物(さくもつ (c) 大西巨人)」の流通ルートの一つにすぎなくなっている。

 このことは出版物だけでなく、音楽の世界でも宅録の産物と設備の整ったスタジオから生みだされるもののレベルに違いがなくなっている。録音やミキシング、マスタリングなどはまだ職人芸が求められるので、プロというのは一応の意味を保っていますが、かつてのように、レコード会社に拾われることは複数の目標の一つでしかなくなっている。

 視覚と聴覚を通じて受容されるメディアはデジタル化されたために、専門技術が拡散して、コストが下がり、クリエイターは創作活動に割けるリソースが増えています。五感のうち、味覚、触角、嗅覚は記録できない。だから、料理はまだプロとアマの違いが明瞭です。デジタル化できない料理は AI の手にも負えません。

 たぶん料理がデジタル化できないことは、人間にとってはいいことなんでしょう。一方で、視覚と聴覚に訴える表現活動は、それに全人生を注ぎこまなくても、質を高めることが可能になりました。質の高い作品を生みだすためには、かつては他のことはすべて犠牲にしなければならなかった。あるいは、否応なく犠牲になっていた。今や、片手間で、とは言いませんが、その気になれば、パートタイムでも傑作をものにできるようになりました。必ずできるとはむろん限りませんが、可能ではあります。

 小説や絵、動画において、AI に「作らせる」ことの是非が問題になっていますが、いずれは AI の「援けを借りる」のは当たり前になるでしょう。AI を使いこなすためには適切なプロンプトを考えることが肝要であるように、創作活動、表現活動において AI を使いこなすには、そのためのコツが必要になるので、ひょっとするとその使い方そのものが「作品」になるかもしれない。それとも料理の「レシピ」のようなものになるのでしょうか。(ゆ)

 サマー・コンサートは6年ぶりだそうだが、この前アウラを教会で聴いたのは、一昨年の盛夏の頃。当初この教会で予定していたのが、当日ダブル・ブッキングが発覚し、歩いて数分、新大久保駅の向こうの淀橋教会に急遽会場が移っての時以来だ。アウラはその後、ルーテル教会でのリベンジ・コンサートもしているが、その時は行けなかったので、今回ここで初めて聴く。

 淀橋教会はメソジスト系になるのか。こちらはルター派。各々の大きな教会が歩いて数分のところに並んでいるというのも面白い。今はコリアン・タウンになっているが、この辺りはかつては新宿駅周辺よりも盛えていたのだろう。もっともノーザン・アイルランドのアーマーにはカトリックとアングリカンの各々のトップの聖堂が、やはり歩いていける距離にある。おまけにそちらはどちらの名前もセント・パトリック聖堂でややこしい。

   会場は二階の礼拝堂で、淀橋教会のホールよりはずっと狭い。正面祭壇の右側に天井まで届くオルガン。正面の壁は小さめの煉瓦が敷きつめられていて、おまけに一つひとつの煉瓦の表面はラフに刻まれて揃えられておらず、全体としてでこぼこしている。 天井近くに細長いステンドグラスが4枚。どうも抽象画らしい。正面の壁の左側と残りの三方の壁はコンクリートの打放し。左右の壁の前方の半分は平らではなく、波打つ形。 背面の壁はいくつか方形に区切られて、各々で表装を変えている。 波打つ壁が終るあたりに縦に細長い PAスピーカーが左右1基ずつ。ゆったり掛けて4人掛けの長椅子が8脚ずつ4列。つまり128人入ると満席。詰めれば200人ぐらい。左から2列目最後部の椅子は録画録音の機材が置かれている。席は結局ほぼ満席になった。あたしが開場直後に入った時には気配も無かったが、その後、土砂降りの雨が降ったらしい。

 この礼拝堂は響きの良さで定評がある由。ために様々なコンサートに使われているらしい。ずっと狭いので、同じライブな響きでも、淀橋教会よりもさらに響く。淀橋教会は天井が限りなく高いので、声の響きは開放されてゆく。ここは音が重なるように感じる。あたしにはちょっと響きすぎで、歌詞の細かいところが聞えづらかった。PA はさらに聴きづらく、半分は何を言っているのかわからなかった。耳の老化が進んでいるのか。

 今回は「ケルトの歌」をうたうのが一つのテーマ。〈Loch Lomond〉から始めて定番が続くのはアウラらしいところ。最近のアウラは一人がリードをとる裏で他のメンバーがスキャットを重ねる手法を多用している。オープナーの〈Loch Lomond〉からこれがうまくハマる。とりわけ奥泉さんのリードの時のバックがいい。そして最後の一節をユニゾンでやったのには歓ぶ。こういう声のユニゾンはたまりまへん。

 次の〈The water is wide〉にはオリジナルの日本語詞をのせるのが新鮮。ラスト、思いきり声を伸ばすところ、皆さん、気持ちよさそうだ。

 リードはだいたいがソプラノ3人が交互にとる。とはいえ、奥泉さんが一番をとるケースが結構多いのは偶然なのだろうか。

 4曲目〈My love is a red red rose〉で雰囲気が変わる。よく見ると、前3曲とアレンジャーが変わり、ここから畠山さんの編曲になる。畠山さんのアレンジの方がすなおにあたしの耳に入ってくる。無理がない。歌の流れを活かすようにアレンジしている。ハーモニーの組立ても決まっている。ここでは星野さんのリードまで出る。

 前3曲のアレンジは坂部剛のクレジット。この人は後のバッハもやっていて、こちらはずっと素直に聴けた。フォークソングが相手の時はちょっと力みが入っている感じ。もっともラスト前〈Auld lang syne〉のアレンジはかなり面白いから、あるいは曲との相性だろうか。

 畠山さんのアレンジは冴えていて、〈竹田の子守唄〉〈木曾節〉〈会津磐梯山〉〈スオ・ガン〉〈スカボロー・フェア〉と、彼女がてがけた曲は全部いい。まあ、20年一緒にやってきて、メンバーの得意不得意なども完全に自家薬籠中にしていることもあるのだろう。各々のメンバーとしても、ユニットとしても、最もよく、面白く聞える、響かせるやり方が身についていると言えるかもしれない。

 とまれ、〈Red rose〉と〈竹田〉がまずハイライト。後者の、声で効果音を出すのも面白い。全員がリードをとるのもいい。この日は星野さんがリードをとる場面がいつになく多いように聞えて、歓ぶ。バスクラとかチューバとかチェロとか、低音楽器もそうだが、声も低い方がリードをとるのはぞくぞくする。

 もう一つのハイライトは前半クローザーの〈トルコ行進曲〉と後半クローザー前の〈Auld lang syne〉。前者につけた詞はバッカスをモチーフにしているそうで、グループ当初からのレパートリィでもあり、オハコと言ってもいいのだろう、実に楽しそうに歌われる。アウラは繊細さよりもむしろエネルギッシュな唄が本性ではないかと思うのはこういう時だ。後者も、これはスコットランドでは別れの曲ではなく、再会を言祝ぐ唄なのですと MC でわざわざことわって始めた。そして実際にほんの少し速いテンポで明朗闊達、元気よく歌う。しんみりなんぞしていない。これはすばらしい。

 どこへ行っても、日本の民謡が一番評判がいいそうだが、それはやはり新鮮だからではないか。つまり、民謡をアカペラ・コーラスで、こんな複雑精妙なアレンジで聴くことは普段はまず無いだろう。〈会津磐梯山〉など、曲芸的なめまぐるしいアレンジで、この唄の多様な側面をうまく演出する。近頃は民謡をいろいろな形でアレンジして演奏する人たちが増えているが、アウラのやり方は一つの最先端、最もラディカルともいえる。まあ、民謡については、全体にもっともっといろんな手法、スタイル、様式を試してもらいたい。

 〈スカボロー・フェア〉は東京では初演とのことだが、そう言われても、やはりどこかで聴いたことがあるように思えてしまう一方で、このアレンジは新鮮。それにしても MC にはいささか驚いた。これは本来、無理難題をふっかける妖精(あたしは「妖魔」と呼びたい)との会話で、うまく答えられないと魂を抜かれてしまうという唄だと説明されたからだ。ハーブの名前を列挙するのも、邪を祓う呪文であることも触れられる。この唄もようやくサイモン&ガーファンクルの呪縛から脱して、もともとの伝統バラッドとしての素姓が浸透しようとしているのだろうか。

 アンコールは『天空の城ラピュタ』のテーマ〈君をのせて〉。畠山さんと菊地さんが「ルルルル」でやる掛合いがいい。

 後半には響きに耳がだんだん慣れてくるのか、オープニングの時よりも、それほど反響が気にならなくなっていた。

 きちんと訓練された人間の声だけを浴びるのは、他には換えがたい快感である、ということをあらためて確認したことであった。次は12月13日、ハクジュ・ホールでのクリスマス・コンサートになるか。(ゆ)

 すでに何度かやっているそうだが、この組合せは初見参。基本的に二人のオリジナルを演るユニットらしい。二人のオリジナルはアイリッシュを一つのひな型ないし踏み台にしながらも、むしろ自由に作っている。歌もあって、後半は大部分が歌。中には将来定番となり、「伝統歌」になるといいなと思えるものもある。どういうものを期待していたか、自分でもはっきりしないが、こういうものではなかったことは確かで、裏切られて嬉しい。

 前半はインストルメンタル。矢島さんは曲によってウッドとメタル(ベーム式)を持ちかえる。どういう基準で選んでいるのかは訊くのを忘れた。ただ、音色、音調はほとんど変わらないと聞える。

 矢島さんのフルートは柔かい。先月のセツメロゥズとの共演の時も感じたが、音があまり前に出てこない。どちらかというとささやき声のようだ。その分、引き寄せられる。気がつくと身を乗りだすようにして聴きいっている。親密な演奏だ。もっともライヴが進むにつれ、だんだん音が大きくなるようでもあったのは、こちらの耳が馴れたのだろうか。大きくはなっても迫ってこないところは変わらない。

 ベーム式の金属でもウッドでも柔かさは同じ。この二種類を曲によって持ちかえ、しかもほぼ半々というライヴは他にほとんど経験がないから、変わらないのが当然なのかどうかはわからない。

 1曲、黒檀製の楽器を使う。珍しいものだろうか。相当にデリケートな楽器で、1日に吹ける時間に制限があり、おろしたての当初は1日1時間以内と厳しい。出す音にも制限があって、あまり高い音は出してはいけない。この日も1曲だけ。他の曲よりも音が太く、身が詰まり、そしてなるほど響きが若い。

 この曲〈旅路〉は矢島さんがギタリストの田中庸介氏と共作したものとのことで、しかも途中でテンポが上がり、また戻るという構成もあり、アニーもつけるギターをかなり工夫したそうだ。

 そしてもう一つ、アニーのこの日の楽器も特別だった。この日初めて人前で弾いたそうで、メーカーはロゥデンである。アイルランドやブリテンの伝統音楽にとってはマーティン以上に珍重される。マーティンはやはりカントリーやブルーグラスや、あるいはフォークにしてもアメリカン・ミュージックのためのものというところがある。他の音楽で使ってもすばらしいが、アメリカン・ミュージックを弾くと大喜びする。ロゥデンにもツボにはまる音楽があり、少くともその一つはアイルランドやスコットランドの伝統音楽なのだ。

 相手が矢島さんなので、この日はアニーの繊細な側面が引きだされていて、それがまたロゥデンに合う。ロゥデンは根が繊細というわけではないけれども、繊細さが必要なところでは他に比べるものがないくらい繊細になれる。アニーのギターはシンプルにコードでビートを刻むのも巧いが、この日はむしろゆったりとメロディを聴かせる曲が多かったから、アルペジオやピッキングを多用する。そして折りに触れてちゃらんと入れる一種の装飾音、高域で入れる合の手がこと外に美しく響くのは楽器のおかげでもあるようだ。これから弾きこまれてどんどん良くなってゆくだろうけれども、楽器のデビューに立会えたのはまたラッキーだった。

 後半は歌を続ける。アニーのシンガーとしての成長にはちょっと驚いた。声も出ているし、節回しも良い。近頃はミュージカルや劇中の音楽を担当することが多く、出演もするそうだ。ならば鍛えられるだろう。

 後半3曲目「ダブリンの鐘つき人」というミュージカルの挿入歌〈運命を愛せよ〉はこの日のハイライト。続く矢島さんの〈海辺にて〉も良い。ここでは二人でスキャットをかわすのが、現代音楽風でもあり、定型から外れてゆくのが面白い。「去年の夏休みを思い出して」作った曲も出る。これ、いいなあ。ラストの〈見送られる人〉はフルートがスリップジグのようなフレーズを吹き、そしてラストで二人がハモる。矢島さんはうたい手としてはまだまだ精進が要るが、このハーモニーは良かった。

 この二人の音楽はやはり親密なもの、英語でいう intimate な音楽で、まさにここホメリのような空間で、生音で聴くのがふさわしい。アルバムも作って欲しいが、それを聴く時は、夜遅く、照明も暗くし、イヤフォンで、できるかぎり小さな音で聴きたいものだ。

 ホメリは実に久しぶりで、7時開場なのをすっかり忘れて7時半開場と思いこんでいて、危ういところだった。いい気分は電車で帰る間も薄れず、駅から夜道をうらうらと歩いて帰ったことであった。(ゆ)

 何と言っても複数の箏によるアンサンブルが圧倒的だった。ハーモニーも含めてきちんと編曲されている。一つは前半の後半、ヴィヴァルディの《四季》から《春》全曲。もう一つは後半の後半、長沢勝俊による1982年の作品〈北国雪賦〉。前者は箏四面に十七絃、後者は箏三面に十七絃と三絃。

 最前列で見ていた川村さんによると、《四季》の楽譜は印刷されたものだったから、おそらく昨日や今日アレンジされたものではないだろう、とのことだった。箏のアンサンブルでああいうことをやってみたいと思うのは、そう珍しいことではないわけだ。伝統邦楽の楽器だからとて、伝統曲ばかりやっているのではつまらないと思うのはごくあたりまえ。古典の本曲はそれとしてしっかり伝えるが、一方で、今やって面白い曲をやるのは、伝統音楽のありかたとしてむしろ理想的ではある。この日も1曲目は八橋検校の〈みだれ〉で、古典中の古典だ。

 今回の主演である樋口美佐子氏は直前までにこにこしていたのが、その笑顔をすっと消したと思うと最初の音が響いて、空気ががらりと変わる。箏の音にはその場を引きしめる性格がある。少なくともあたしにはそう響くので、蕎麦屋の BGM で箏がかかっていたりするとおちつかなくなる。なるべく耳に入れないようにする。むろん樋口氏の箏の音は蕎麦屋の BGM とは次元が違う。一音一音が清冽だ。

 それにしてもこの日のプログラム、ソロの古典、ヴィヴァルディ、ソロの現代曲、アンサンブルの現代曲という組立ては実に巧い。お客が聴きたいものではなくて、演りたいものを演ってくれという川村さんのリクエストへ反応だというのだが、それにしてもできすぎている。つまりはそれだけ演りたい曲は山のようにあり、どのような組立ても自由自在というわけだろうか。

 それと、先日のピアノ・カルテットと同様、こういうアンサンブルでの演奏のチャンスは稀なので、絶好のチャンスとして、ふだん演りたくてもできないことを演った、という風でもある。最後にひと言ずつどうぞと促されて話した他のメンバーにとっても、この日のためのリハーサル、というよりは稽古だろうか、それは実に楽しいものだったらしい。樋口氏の自宅でおこなわれ、毎回ふるまわれた樋口氏の手料理のおかげもあったのかもしれないが、滅多にできないことを、何の制限もなしにやれる歓びは演奏にも現れていた。

 ヴィヴァルディで面白かったのは、第2楽章を始めから終りまで終止トレモロで演ったこと。それと第3楽章のテンポのとり方の絶妙なこと。撥弦楽器だけ、つまり持続音が無いアンサンブルでこのテンポで演られると、すばらしくリズミカルになる。楽曲としては、むしろこういう風に演奏してもらいたいのではないかとすら思えてくる。さらに箏では弦を平面から上に弾く。そのせいか、音が跳ねてゆく。跳ねながら揺れる。スイングする。バッハなども同じだが、バロックの音楽はダンスのためのものがたくさんある。このヴィヴァルディなどもひょっとするとダンス・チューンとして作られたのではないかと妄想したくなるくらいだ。たとえばマンドリンやギターなどの撥弦楽器でこの曲を聴いても、ここまで跳ねることはなく、したがって、これが実はダンス・チューンだと気がつくこともないだろう。

 もう一つ、撥弦楽器というよりも箏の特徴なのかもしれないが、響きが清冽なために重なってもふくらまない。厚く重なってゆくが、各々の層がはっきり見えるようで、壮麗な構築物にも聞える。これも面白い。

 後半の現代曲はどちらも冒険的な曲。実験的でもあって、様々な演奏法を試しているようでもある。弦を弾くのに指にはめたツメだけではなく、裸の指も使ったり、左手も使ったり。コマの左側を弾くし、上から掌で叩く、こする、この楽器から可能なかぎり多種多彩な音を出そうとしていると聞える。ハーモニクスのように聞える技も出る。沢井の曲はおまけにリピートが無い。とあたしには聞えた。

 長沢作品は、個々のメンバーでも、全体のアンサンブルとしても、演奏の難易度が相当に高そうでもある。むろん指揮者などはおらず、全員が客席に向いているから、お互い目線を合わせるわけでもない。

 2ヶ所ほど、三絃も含め、全員がぴたりと音を止めるところがあった。一瞬だが、完全に音が消える。反射的に、これで終りか、と思ったが、またすぐ演奏が再開された。思わずほおっと溜息が出る。川村さんによると、一番後ろの十七絃の奏者の谷井氏が、その終止が決まった瞬間、会心の笑みを浮かべて、他のメンバーを見やったそうな。これがぴたりと決まるまで、いったい何度稽古を繰返したのだろうか。しかし、あそこで決まった時の快感は演奏者にとってなにものにも換えがたいものではあっただろう。

 箏の音はソロだと場を引きしめるのだが、アンサンブルになると引きしめるというよりも、洗い清める。澄んで透明な空気が、やはり澄んで透明な音に満たされる。三絃も含めたこの透明な音のユニゾンの快感は比類がない。直前のリハーサルではこのヴェニューでは音が響きすぎるので、少し控えめに演奏するという判断をされたそうだが、実際には満員の客席の効果もあったか、まことに良い具合だった。演奏者もここは音が良いと口を揃えていた。

 これで Winds Cafe では、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ、ピアノ・カルテット、そして箏のアンサンブルと、3回連続で圧倒的な音楽にどっぷりと浸からせていただいた。個々の会をとっても、これだけの音楽体験はまずもって稀というレベルなのに、それが3回続く、というのはもっと稀であろう。春から気の滅入ることが多かったので、音楽の神さまがあわれんでくれたものだろうか。おかげで何とか乗り切り、暑い夏に向かう気構えを持てそうだ。主宰の川村さん夫妻とミュージシャンの方々にはひたすら感謝もうしあげる。(ゆ)

樋口美佐子:箏
柿原百代:箏、三絃
矢野加奈子:箏
阿沙美穂芽:箏
谷井琴子:十七絃

 共鳴弦楽器のトリオ。どういうことになるのだろうと半分不安、半分わくわくで行ったわけだが、まずは面白い。向島さんも認めていたように、アレンジなどはまだまだ手探りの部分はあるにしても、このトリオによる音楽はもっと聴きたいと思う。この日向島さんが間違って別のCDを持ってきてしまった SonaSonaS のデビュー・アルバムも楽しみだが、ライヴをもっと聴きたい。

 共鳴弦のついている楽器といえば、あたしのなじみのあるものではまずハルディングフェーレ。このライヴも酒井さんから教えられた。もう一つが波田生氏のヴィオラ・ダ・モーレ。弦が共鳴弦も含めて14本ある。そして向島さん自身は五弦ヴィオラ・ダ・モーレ、というのだが、この楽器はやはり新しいのではないか。というのは、他の2本に比べて音色の性格が違うように聞えたからだ。

 共鳴弦のある楽器の音はどちらかというとくすむというと言い過ぎだろう、しかし音色は沈んだ色調で、地味になる。少なくとも、この日のハルディングフェーレとヴィオラ・ダ・モーレの音はそう聞えた。

 共鳴弦のある楽器といえばニッケルハルパも音量はそれほど大きくない。ハーディガーディは大きいようにも思えるが、あれはむしろサワリによるノイズのおかげで、実際の音量はそれほど大きくない。いずれにしても共鳴弦のある楽器、少なくともヨーロッパの弦楽器はどれも音量は控え目で、前には出てこない。

 ところが向島さんの楽器の音は明るいのだ。音量も大きい。音がどんどん前に出てくる。この楽器を初めて聴いたのは紅龍のライヴの時で、印象は変わらない。これが一体何なのか、今回も訊ねるのを忘れた。ライヴの中でも、ハルディングフェーレとヴィオラ・ダ・モーレについては一応の説明があったが、向島さんの五弦ヴィオラ・ダ・モーレについては何も触れられなかった。あれは何なのか、だんだん気になってくる。

 一方で共鳴弦楽器が複数揃って演奏して、音がどうなるのか、濁ったりしないのか、とも思っていたのだが、これはまったくの杞憂だった。ハーモニーは実に綺麗で、このトリオのウリの一つでもある。おそらくアレンジにもよるのだろう。トリオで始めてからすでに2年はやっているそうで、あれこれ試行錯誤もされたにちがいない。共鳴弦の鳴りも含めてハーモニーが綺麗に聞えるようなアレンジがされている。

 もっとも3本が揃ってハーモニーを奏でるのはそう多くなく、むしろ役割を割りふって、1本がメインで奏でると、他の2本はこれに合わせたり、サポートしたりすることが多いように思えた。この辺はまだ発展途上という感じではある。

 演奏された楽曲は向島さんのオリジナル、ハルディングフェーレが伝えてきた伝統曲、それにクラシックなど。まずオリジナルを全員でやる。この曲はこのトリオでやること、できることのショウケースの意味合いもあったらしい。現代音楽的でもあって、弦を押えるのにネックの上に左手を出してやったり、左手でこすったりという、おそらく通常とは異なる手法も見せる。

 それから3人各々をフィーチュアした演奏。酒井さんはソロで、椅子に腰かけて足で拍子をとる。ヴィオラ・ダ・モーレはヴィヴァルディのヴィオラ・ダ・モーレ協奏曲の抜粋。体の動きも大きなダイナミックな演奏。当時もこんな風にやっていたのだろうか。向島さんはなんとカロラン・チューン、〈Carlan's farewell to music〉。生涯の最後に、人間や場所ではなく、音楽と別れることを哀しむ曲を作ったことに感銘を受けたのだそうだ。言われてみれば、なるほど、他にこういう曲の作り方をした人はいないかもしれない。

 向島さんのオリジナルでは、1曲全部全員フィンガリングだけで演ったりもする。共鳴弦はこれでも共鳴するのか。あたしの駄耳ではよくわからない。しかし、インドの楽器は単音で弾いて共鳴するから、おそらく共鳴しているのだろう。

 フィンガリングだけでなく、第一部ラストのスウェーデンのトラッド〈ステファンの唄〉では、コード・ストロークも使う。

 休憩をはさんで第二部は、3人が客席後方から、鳥の鳴き声を立てながら登場するという演出。この日はカメラが何台も入って、全篇ビデオ撮影されていた。後で何らかの形で登場するらしい。そこからの第二部オープナーはノルウェイのトラッドで、チューニングも独得の由。

 その次にゲストのフルート、佐々木優花氏が参加する。佐々木氏はジャズをやっているそうで、向島さんとソロをとりあう。なかなかに聴かせる。あたしは初見参なので、この人は追いかけてみよう。

 またトリオに戻ってスウェーデンのトラッド、しかもクリスマスのための曲。夏至も近いし?ということらしい。これはしかしなんともいい曲で、聴き惚れてしまう。ハルディングフェーレの、くすんだというのがまずければ、セピア色の響きがいい。

 続いての日本民謡メドレーが今回最大のハイライト。ここはたぶん向島さんのアレンジだろう。〈こきりこ節> 越中おわら節> 津軽じょんがら節〉。どれもすばらしいが、あたしには〈じょんがら節〉がベスト。

 その次のバルカン・チューンもいい。共鳴弦同士がさらに共鳴しているような響きに陶然となる。

 アンコールは再びフルートが加わって、〈「その男ゾルバ」のテーマ〉。向島さんの楽器の音色の明るさが引立つ。

 他の共鳴弦楽器ともやってみたい、と言われるが、ニッケルハルパが加わると北欧色が濃すぎるような気もする。ハーディガーディは我が強いから、うまくアンサンブルになれるか。シタールやサロッドはちと無理でしょうなあ。とまれ、まずはこのトリオでの形をもっと追求されたものを聴きたい。レパートリィにしても、アレンジにしても、思いもかけぬものが出てくる可能性はありそうだ。面倒なことでは究極にも見える共鳴弦があって良かったと心底思えるようなハーモニーを聴いてみたい。

 それにしても共鳴弦なんて不思議なものを、よくも思いついたものよとあらためて感心する。(ゆ)

SonaSonaS
向島ゆり子: 五弦ヴィオラ・ダ・モーレ
酒井絵美: ハルディングフェーレ
波田生: ヴィオラ・ダ・モーレ

ゲスト
佐々木優花: flute

 やはりアイリッシュはいいなあ。ふるさとへ帰ってきた気がする。いつの間にこうなったのかはよくわからない。いわゆる「世紀の変わり目」前後にアイリッシュの録音を集中的に聴いてからだろうか。いや、その前にもうそういう感覚はあったような気もする。

 ジャズやアラブ・イスラームの音楽やクラシックやを聴いて、それぞれで天にも登る体験をして、さて、アイリッシュ、あたしの場合スコティッシュも含めて、その音楽を久しぶりに聴いてみると、世界をへめぐって故郷へもどってきたような感覚を覚える。聴くのがライヴならなおよろしい。

 前の前の週に Winds Cafe で圧倒的な音楽を聴いてしまって、これから一体どうすればいいのだ、と途方に暮れたのだが、いざ、セツメロゥズの演奏が始まると、あー、これこれ、これですよ、と全身の力が脱けた。終ってみれば、音楽を聴きたいという気持ちがまた湧いてきた。

 Winds Cafe の後の1週間は音楽など全然聴く気が起きなかった。何を聴いても幻滅しかしない感じがした。ほとんど音楽を聴くのが怖かったと言ってもいい。1週間経って意を決してグレイトフル・デッドを聴いたら、これはまともに聴けた。クラシックとはまるで対極にある音楽だからだろう。

 傍から見れば、クラシックの室内楽とデッドをどちらも愉しめるのはどこかおかしいと思われるかもしれないが、あたしの中では全く同列で、何の不思議もない。いーぐるのマスターの後藤さんもジャズもロックもクラシックもワールドも聴かれる。あたしに言わせれば、どれか一つのジャンルや、もっとごく狭い範囲、たとえば特定のミュージシャンとかレーベルとかスタイルしか聴かないという方が疑わしい。その人は本当に音楽が好きなのか。音楽が好きというよりは、その特定の何かが好きな自分が好きなのではないか。

 デッドは聴けたけれども、いつものようにどんどんと聴いてゆく気にはなれない。情報だけはどんどんと入ってくるけれども、おー、どれどれ、よっしゃひとつ聴いたれ、とはならないのだ。

 という状態で迎えたこのライヴは、だから不安でもあり、期待もしていた。これでダメだったら、ほんとうにどうすればいいのだ。という危惧はしかし、まず出てきた矢島絵里子さんと岡皆実さんのデュオが演奏を始めた途端に消えた。デュオとしてすでに何度かライヴはしているが、Failte と名乗ってのライヴは初だそうだ。フルートとブズーキ、それにピアノとパーカッション。ユニット名はアイルランド語なら「ようこそ」の意味になるだろう。

 このユニットは二人のオリジナルを演奏するためのものらしい。この日やったのはほとんどが矢島さんのものだった。曲作りのベースはお二人ともアイリッシュにある。アイリッシュはじめケルト系の音楽、とくにダンス・チューンは、楽器のできる人なら演奏したくなるものらしいが、それだけでなく、同時に曲も作りたくなるものらしい。本朝のトップ・アーティストの皆さんは各々にオリジナルも作っていて、また佳曲も多い。

 矢島さんの曲もあたしには面白い。そしてその面白さが岡さんによって増幅されるのだ。今回はピアノが新鮮だった。後のセツメロゥズでもピアノが大活躍するのだが、岡さんのピアノはアイリッシュやスコティッシュでは似たものを聴いたことがない。ピアノでダンス・チューンのメロディを弾く Padraic O'Reilly とも違う。岡さんのピアノは時にユニゾンでメロディを弾いたり、ソロで弾くこともあるが、基本は伴奏だ。それが単にコードを押えるのでもなく、ぽろんぽろんやるのでもない。チェロ・ソナタのピアノ的とも思えるけれども、一番近いのはジャズ・ピアノ、ジャズのリズム・セクションとしてのピアノではないか。

 つまり精神としての話だ。ブンチャ、ブンチャとビートをキープするのではなく、ビートをキープすると同時にハーモニーをつけると同時に合の手を挟んで煽ると同時にまだ他に何かやっている。岡さんとしては特別なことをやっているのではなく、何か誰かお手本があるのかもしれないが、このコンテクストではあたしにはすばらしく新鮮だ。ブズーキもハーモニーをつけるのにアルペジオでやったり、ドローンのようにつなげるのも新鮮。デュオだからよく聞える。

 曲もどれもいい。どこかで聴いたと思える曲が多いのも面白い。なつかしいというのではなく、こういういい曲は前に演っていたよねという感じ。とりわけ5曲目〈風はしる〉は即興のピアノのイントロからゆったりと入ってすばらしい。そこからの3曲はハイライト。

 矢島さんはフルートの他に各種パーカッションも操る。今回は鉄琴がよかった。こういうのは初めてだと思う。

 休憩をはさんでのセツメロゥズは諸般の事情でライヴそのものが1年ぶり。ということだが、そんなブランクは全然わからない。フィドルとアコーディオンのユニゾンが始まった途端、あー、帰ってきた、と思った。この感覚、これですよ。

 この二人のユニゾンの響きがまた気持ち良い。田中さんによると使っている楽器が珍しいもので、他には豊田さんぐらいだそうだ。音はシャープなのだが濡れている。瑞々しい。それが沼下さんのフィドルと重なるとまさに岩場を流れおちてゆく渓流の趣。4曲目のバーンダンスでのユニゾンがまたいい。もー、たまりまへん。

 そして2曲目〈Watermans〉で、来ました、このドラムス。今日は変拍子は医者に止められているとのことだが、そういう時はたいてい医者の忠告は破るためにある。おまけにここで岡さんがピアノを弾く。これはこの曲のベスト・ヴァージョン。これぞ、セツメロゥズ。生きててよかった。

 この日は主にファースト・アルバムからの選曲が多いが、いずれもアレンジを変えている。とにかくピアノが新鮮。だけでなく、誰もが新しい音を身につけているようにも聞える。7曲目のダンス・チューン、フィドルがドローンで不思議な音を出す。それに続く演奏の疾走感がまたたまりまへん。

 アンコールは矢島さんが加わって、まず矢島さんの曲。これまた清流を筏で下る感覚。締めは〈クリッターズ・ポルカ〉。

 Winds Cafe のピアノ・カルテットが非日常の極とすれば、こちらは日常そのもの。なのだが、日常でありながら、いわばもう一つの日常、そう日常の裏ともいえる次元に連れていってくれる。表面は何も変わらないけれども、その日常を作っている素粒子の回転が逆になるので、そこをくぐり抜けると溜まった澱が蒸発する、と言ってみよう。この音楽はあたしにとってはそういう作用をしてくれる。

 そうすると、あらためて生きる意欲も湧いてくるので、音楽もどんどん聴こう、本もどんどん読もう、という気になる。非日常を極める音楽は宝物だが、一方、普段着を着ることで変身してしまう音楽があってバランスがとれる。

 前半のデュオの気持ち良さにつられて、酒もお代わりしたら、ふだん飲まないからか、酔っぱらってしまったらしい。帰り、足下がふわふわしていた。まあ、たまにはいいか。(ゆ)

Failte
矢島絵里子: flute, percussion
岡皆実: bouzouki, piano

セツメロゥズ
沼下麻莉香: fiddle
田中千尋: accordion
岡皆実: bouzouki, piano
熊谷太輔: drums, percussion

 終ってから川村さんに、今日の感想は書きますよね、と言われて口ごもってしまう。これだけのものを聴いてしまっては何か書かずにはいられないが、いったい何をどう書けというのだ。川村さん自身言っていたように、参りました、で終りである。

 今年これまででベストのライヴ、だけでなく、ここ10年で、いや、音楽にここまで翻弄されたライヴが、これまでの人生ではたして何本あったろうか。面白かったライヴはたくさんある。感動したライヴも少なくない。だが、である。

 音楽そのものに持ちあげられ、運ばれ、ほうり出されるかと思うとふわりと包まれる。種も仕掛けもない、純粋に音楽そのものだけにいいようにあしらわれて、それによって幸福感がふつふつと湧いてくる。他の一切が消えている。この世にあるのは、いま奏でられている音楽とそれに身も心も満たされている自分だけ。いや、自分という意識も無い。時折り、たとえばひとつの楽章が終って音が消えるとふっと我に返るぐらいだ。こんな経験はあったような気もするが、じゃあ、いつのどれだと問われてもすぐには出てこない。

 ひょっとするとこれがクラシックの作用なのか、とも思う。昔、学校の音楽の授業で聞いた覚えのある「純粋音楽」というやつがこれなのか。

 だが、ホンモノの音楽はどれも純粋だ。アイリッシュも、ジャズも、グレイトフル・デッドも、みんな純粋の音楽だ。いや、たぶん、どんな音楽でも純粋の音楽になりうるのだ。演奏者が他の一切の雑念から逃れて、心から演りたい音楽を十二分に演奏しきることだけに集中できたとき。そして聴く側もそれに呼応して、あるいは喚起されて、もしくは巻きこまれて、一切の雑念を洗い流し、奏でられている音楽を聴くことに集中できたとき。

 あの日曜の午後、目黒駅からほど近い住宅地の一角にある「芸術家の家」で起きたことはそういうことだったにちがいない。

 それを起こしたのは4人の女性である。ピアノの百武氏とチェロの竹本氏によるラフマニノフとプロコフィエフのチェロ・ソナタに始まり、昨年はピアノ・トリオによるプーランク。そして今回はフォーレとシューマン各々のピアノ・カルテットをメインに据えたプログラム。となれば、期待は否が応なく上がろうというもの。今年の予定が発表された時から5月だけは何としても行かねばならない、と思いつめていた。のんびり家で待っていられず、早すぎるかもしれないと思いながら出てみると、なんと人身事故で小田急が町田から先は止まっている。しかし、こういう時のために相鉄が都心に直結しているのだ。うまく便さえあれば、海老名から目黒まで乗換え無しに行けるのである。目黒駅に着いたのは開場30分前だった。

 プーランクの時も先月のベートーヴェンも、前から2列目で聴いていた。が、今回は最後尾の中央、出入口脇の、一段高い椅子を選んだ。ひとつにはカルテットの音の広がりを実感したかったからであり、また一つには位置によって音に変化があるのかも確めたかった。座っていると川村さんが、お、ベストの席をとりましたね、と言う。ここ「芸術家の家」という空間の音響を担当された技師が先月見えていて、一も二も無くこの席を選んだのだという。結論から言えば、この席はまさにベストの選択だった。数十センチだが前の椅子よりも高いので、前の人たちの頭越しに音が来るし、演奏者の姿も見やすい。そして空間全体に響く音が快感になる。最前列や2列目だと、弦楽器のヤニを浴びるような感覚がたまらないが、カルテットではそれよりも全体のふくらむ響きをあたしは選ぶ。

 面白かったのは楽器の位置どりである。ピアノの前に弦楽器3人が並ぶが、左にヴァイオリン、右にヴィオラ、そしてチェロが中央に座った。これには川村さんが珍しいですねと言葉をはさんだ。確かにこれまで聴いたピアノ・カルテットの録音では全てチェロは右にいた。百武さんがチェロには真ん中にいて欲しいんですと答える。そしてこの位置どりは適切だとあたしも思った。弦楽四重奏でも、昔はチェロが右にいたが、最近はヴィオラと入れ替わって中にいることが多い。低音が中央にいることで、ヴィオラとヴァイオリンの音が分離して、各々何をやっているかがよくわかる。フォーレの曲で多い、3本の弦楽器が揃って同じメロディを奏でる時にどっしりとした安定感が出る。もう一つ、今回は川村さんからシューマンのピアノ・カルテットというリクエストが出ていて、それに対してイニシアティヴをとったのはチェロの竹本氏だった。他の弦2人を呼んだのは竹本氏らしい。チェロが真ん中になるのはその意味からもふさわしい。

 もっともフォーレのピアノ・カルテット第一番を演奏した経験がこれ以前にあったのはヴィオラ担当の山縣氏だけで、他の3人は今回初めての挑戦なのだそうだ。川村さんが茶々を入れたおかげでこの事実が明らかになったのだが、この編成に必要な4人が揃うのはむしろ稀なことだと百武氏は言う。弦楽四重奏団は一つのユニットとして活動することが多いが、ピアノ・カルテットは恒久的な楽団になることはまず無いらしい。椿やボザールのようにピアノ・トリオはあるが、そこにもう1人ヴィオラが加わってのカルテットはハードルがどんと高くなるようだ。今回ヴィオラを担当した山縣氏も普段はヴァイオリンを弾いていて、これまで何度も演奏したこの曲でも常にヴァイオリンだったそうだ。

 ヴィオラという楽器は単にヴァイオリンより音域が低いだけではない。サイズも異なり、ということは同じ音でも響きが違う。ヴァイオリンよりも膨らみがあり、柔かく広がる。あたしはそこがたまらなく好きなのだが、どうしても2番目という位置に置かれがちで、ヴァイオリンからこぼれた人が弾く楽器ということに暗黙のうちにされてしまうと、自身ヴィオラも弾く、クラシックとアイリッシュを両方演るヴァイオリン奏者から聞いたことがある。

 しかし、弦楽四重奏でもピアノ・カルテットでも、鍵を握るのはヴィオラである。と、あたしには思える。ヴィオラの出来如何で演奏の質が決まる。ヴィオラが活躍する曲は面白い。今回も山縣氏のヴィオラがまずすばらしかったことが、音楽全体を底上げしていたように聞えた。これはあたしだけではなく、川村さんの意見でもあるから、まず当っているだろう。

 シューマンの方では初挑戦はヴァイオリンの野村氏で、他の3人は別の人たちと演ったことはある由。この辺は曲の知名度の差だろうか。シューマンの方は第三楽章のおかげで、ピアノ・カルテットの中でも最も有名な曲の一つになるらしい。

 プログラムはまずヴァイオリンとピアノによるフォーレの〈ロマンス〉から始まった。このヴァイオリンの音にまずあたしは参ってしまった。プーランクの時も、ベートーヴェンの時も感じていたのだが、このホールというかスタジオはヴァイオリンの響きが違うのだ。ここは元々ヴァイオリニストが理想の演奏空間を求めて造られたと聞く。ヴァイオリンが最も魅力的に響くように造られているわけだ。その響きに艷が出るのだ。極上のニスを塗ったような、よりきりりと締まるように聞えながら、同時に裏に音にならない共鳴が働いているように感じる。同様のことはヴィオラにもチェロにも起きる。コントラバスも聴いてみたくなる。ハーディングフェーレやハーディ・ガーディなどの共鳴弦のあるものもどうだろう。

 続くのはピアノ・ソロで〈3つの無言歌〉から第一、第三の2曲。百武氏はフランスに留学されていて、フォーレが「大大大大大好き」だというのがよくわかる。

 そしてメイン・イベントのピアノ・カルテットでまずノックアウトされたわけである。

 ピアノ・カルテットは弦楽四重奏とはかなり性格を異にする。ピアノと弦3本はどうしても別れる。弦楽四重奏のように全体が1個に融けあうようにはならない。弦3本をピアノが伴奏したり、ピアノ協奏曲になったり、あるいは対等にからみ合ったりする。弦の各々とピアノが対話することもある。ピアノと弦のどれかが組んで、他の弦を持ち上げるときもある。それにピアノはビートを作る。クラシックだってビートはあって、むしろ表面には出ない分、裏で大事な仕事をしている。チェロのフィンガリングもあるが、ピアノによるビートは次元が異なる。

 というようなことを、予習しながら考えていたわけだが、いざ曲が始まると完全にもっていかれた。ピアノがどうの、弦がどうのなんてことはどこかに消えてしまった。

 上にも触れたように、この曲では弦3本が同じメロディを揃って弾くところが多く、ここぞというポイントにもなっている。ハーモニーになるように作ってあり、演奏者もそう弾いているはずだが、これがユニゾンに聞えて、あたしはその度にぞくぞくしていた。音色や音の性格の異なる楽器によるユニゾンはアイリッシュ・ミュージックの最も強力な手法の一つであり、最大の魅力の一つでもある。そこに通じるものをこの曲にも感じる。各々の楽器が最も魅力的に響く音程で同じメロディを弾いているように聞えるのだ。そしてその度にカラダとココロがふわあ〜と浮きあがる。

 ひとまず休憩になった時、思わず外に出たのは、とてもじっとしていられなかったためでもあった。

 後半のシューマンはまずヴィオラとピアノによる。シューマンはたくさん歌曲も作っていて、その歌曲集のひとつハイネの詩に曲をつけた《詩人の恋》から6曲。歌のメロディをヴィオラが弾く。最初のヴァイオリンの時と同じだが、こちらの輝きにはどこか水を含んだ感覚がある。ぬばたまの黒髪を連想する。

 続いてはチェロとピアノによる〈夕べの歌〉。もともとは子どものピアノ連弾のための曲で、右側に座る人は右手だけで弾く由。そのパートをチェロが担当する。いや、佳い曲だ。この曲はチェロ以外にもオーボエなどいろいろな楽器にアレンジされ、演奏されているそうだが、演りたくなる曲なのだろうなあ。

 そしてカルテットでは、まずもってオープニングの弱音のハーモニーに震えた。そのままフォーレの時と同じく、完全に持っていかれてしまったわけだが、シューマンではさらに一段奥へ引きずりこまれたように思う。

 あそこまでのレベルになるには、一体どれくらいリハーサルを重ねたのだろうか、と気の遠くなる想いがしたのは会場を離れてだいぶ経ってからのことである。百武氏がその一端を披露していたけれど、やはり弦の3人の調整は徹底していて、弓の動きを合わせるのに大変な苦労をされたらしい。フレーズの一つひとつで、押す引くどちらから入るか、どこで反転するか、ほとんど寝食を忘れるほど議論と試行錯誤をくり返したそうだ。それが可能になるほど、3人がうまくはまっていたのだろう。この4人は、通常ではありえないほどぴったりとかち合って、ピアノ・カルテットとしては異常なまでに一体化していたのではないか。終演後、川村さんが、このまま解散させるのは惜しいと言ったのもまったく無理はない。

 アンコールは再びフォーレで〈子守唄〉。原曲はヴァイオリンまたはチェロとピアノのデュオの曲を、昨年のプーランクでヴァオリンと編曲を担当された佐々木絵里子氏編曲によるピアノ・カルテット版。いやあ、沁みました。

 あれ以来、未だに音楽を聴けないでいる。録音を聴く気になれない。聴こうという気が起こらない。こうして何か書いてみることで、経験に形を与え、それによっていわば「けりを着け」られないか、と思った。だが、書いてみて、あらためて体験したことの重みが増したようにも感じる。けりは全然着かないのだ。次のライヴは来週日曜の予定で、それまでに回復するか。それともライヴの衝撃は別のライヴでしか解消されないだろうか。

 それにしても、この組合せ、メンバーによる演奏をぜひまた聴きたい。死ぬまでにもう一度ライヴをみたい。(ゆ)


野村祥子: violin
山縣郁音: viola
竹本聖子: violoncello
百武恵子: piano

Gabriel Urbain Faure (1845-1924)
1. ロマンス Romance, Op.28
2. 無言歌 Romance sans paroles, Op.17 より第1曲、第3曲
3. ピアノ四重奏曲第1番, Op. 15

Robert Alexander Schumann (1810-1856)
4. 歌曲集『詩人の恋』より Dichterliebe, Op.48
4a. 第1曲 美しい五月に
4b. 第2曲 僕のあふれる涙から
4c. 第3曲 薔薇よ、百合よ、鳩よ
4d. 第4曲 君の瞳に見入るとき
4e. 第5曲 私の心を百合の杯に浸そう
4f. 第7曲 私は恨むまい
5. Abendlied Op.85-12 from 12 Vierhandige Klavierstucke fur kleine und grosse Kinder(小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品)
6. ピアノ四重奏曲, Op.47

Encore 
Gabriel Urbain Faure (1845-1924)
子守歌, Op.16

WindsCafe341

 かれらの横浜でのライヴは初めてらしい。あたしはこちらの方が都内よりも来やすいからありがたい。ただ、この時間帯は昼飯をどこで確保するかに悩む。ましてやこの日は休日で、横浜駅周辺はどこもかしこも長蛇の列。サムズアップで開演前に食べるというのがおたがいの幸せのためではあるのだろう。もっともこの日はサムズアップでもなぜか一時ハンバーガーが品切れになってしまっていた。事前にサムズアップの1階下のハンバーガー屋で一応腹拵えしていたので、軽くすませるつもりでナチョスを頼んだら、ここのはひどく量が多いことを忘れていた。始まる前にお腹一杯。

 このバンドはジャズで言う二管カルテットになるのだとここで見て気がついた。ただ管の組合せはトランペットとアルト・サックスのような対等なものというよりは、ソプラノ・サックスとバスクラないしトロンボーンという感じ。

 加えてリズム・セクションの役割分担が面白い。今回あらためて感服したのはジョン・ジョー・ケリィの凄さ。最後に披露したソロよりも、普通、というのもヘンだが、通常の曲での演奏だ。ビートをキープしているだけではなく、細かく叩き方を変えている。アクセントの位置や強弱、叩くスピードもメロディのリピートごとに変えていて、まったく同じ繰返しをすることはほとんど無い。そしてそれがバンド特有のグルーヴを生むとともに、演奏全体を面白くしている。となると、バゥロンはドラムスよりはむしろピアノとベースの役割ではないか。エド・ボイドのギターがむしろドラムスに近い。

 ただ、ジョン・ドイルやわが長尾晃司とは違って、エドはあまり低音を強調しない。六弦はほとんど弾いていないのではないかと思えるほどで、低域はバゥロンに任せているようにも見える。ドラムスでもバスドラはあまり踏まず、スネアやタム、シンバルをメインにしていると言えようか。

 このバンドの売物はブライアン・フィネガンの天空を翔けるホィッスルであるわけだが、今回はどういうわけかセーラ・アレンのアルト・フルートに耳が惹きつけられた。もっぱらホィッスルにハーモニーやカウンター・メロディをつける、縁の下の力持ち的な立ち位置だが、近頃はバスクラやチューバのような低音管楽器に耳が惹きつけられることが多いせいか、ともするとセーラの音の方が大きく聞える。ひょっとするとPAの組立てのせいでもあったのか。それともあたしの耳の老化のせいか。耳の老化は高域が聞えなくなることから始まる。オーディオ・マニアは年をとるにつれて聞えづらくなる高域を強調するような機器や組合せを好むと言われ、あたしもたぶんそうなのだろうが、楽器では低域の響きを好むようになってきた。チェロとかバスーンとかトロンボーンやバスクラ、ピアノの左手という具合。それにホィッスルは嫌でも耳に入ってくるから、アルト・フルートが増幅されると両方聞えることになる。

 フルックの出発点はマイケル・マクゴールドリックも加わったトリプル・フルートだったわけだけれども、ブライアン・フィネガンはやはりホィッスルの人だと思う。ソロでもほとんどホィッスルで演っている印象だ。かれの作る曲はフルートの茫洋としたふくらみよりも、時空を貫いてゆくホィッスルの方が面白みが増すように思う。

 第一部ラストの曲で、今回のツアーで出逢ったバンドのメンバーということで、レコードでと同じくトロンボーンが参加する。ライヴではいつもはトロンボーンがいないので、エドが音頭をとって客に歌わせているのだそうだ。レコードにより近い組立てで聴けたのは良しとしよう。

 客層はいつもとは違っていて、とりわけ、ブライアンがフルート吹いてる人はいるかと訊ねた時、1本も手が上がらなかったのにはちょっと驚いた。アイリッシュをやっている人でフルート奏者は少なくないはずだが、誰もフルックは見にこないのか。それともたまたま横浜にはいなかったのか。そりゃ、フルックはイングランド・ベースでアイルランドのバンドではないが、それはナマを見ない理由にはならないだろう。マイケル・マクゴールドリックだってイングランド・ベースだし。それともみんな、豊田さんも参加した東京の方に行ってしまったのか。


 会場で配られたチラシに Caoimhin O Raghallaigh 来日があって狂喜乱舞。今一番ライヴを見たい人の1人だが、向こうに行かねば見られないと諦めていたのだ。万全を期して、これは行くぞ。のざきさん、ありがとう。(ゆ)


 「ヴァイオリン・ソナタの午後」と題されて、ベートーヴェンの7、8、9『クロイツェル』を続けて聴く。7、8とやって休憩をはさんで『クロイツェル』。

 どうやらあたしはまだクラシックのライヴの聴き方を習得していない。生演奏というのはそれなりに聴き方がある。録音を聴くのとは違う。まず一発勝負だ。後で録音を聴くチャンスがあることもあるが、その時その場では1回限り。先も後も無い。ちょっとそこもう一度やってください、は不可能だ。音楽は流れている。どんなにブツブツ切れているように聞えるものでも、流れはあって、始まったら終りまで、中断は普通不可能だ。そういう体験にはそれなりのやり方をもって臨む方がいい、と経験でわかっている。ただ、漫然と聴いても音楽が中に入ってこない。

 そういうやり方は相手によって変わってくる。アイリッシュ・ミュージックの伝統のコアを掘っていくようなライヴと、バッハの無伴奏チェロ組曲をチェロとパーカッションで演るライヴと、あるいはクラシックとは縁の無いミュージシャンたちだけの小編成による《マタイ受難曲》と、どれも同じ態度で臨んだら、得られる体験は最大限可能なものの何割かになってしまう。

 ただしそれぞれの音楽にふさわしい形の聴き方に定型があるわけでもなく、また人各々でどうふさわしいかも変わるから、こればかりは生で聴く体験を重ねるしかない。ただ、音楽によってふさわしい聴き方は各々違うことは念頭に置いて、最善の聴き方を探るように心掛けることで、その時々の体験はいくらかでも深まるだろうと期待している。

 で、クラシックの、しかもこういう至近距離でのライヴだ。クラシックで「ライヴ」と言うのは、それこそふさわしくないと言われそうだが、あたしにとってはその点は皆同じである。ライヴというのはミュージシャン(たち)と自分が時間と空間を共有し、ミュージシャンはありったけのものを音楽の演奏、パフォーマンスに注ぎこみ、こちらは全身全霊でこれを受けとめようと努める場である。少なくともあたしにとってはそういう場だ。見方によっては丁々発止と言ってもおかしくはない。とはいえ、ほとんどの場合はミュージシャンたちからやってくるものを可能なかぎりココロとカラダに取り込むのに精一杯で、それに対してこちらからどうこうなんてことはまず無い。

 クラシックの楽曲はたとえばアイリッシュ・ミュージックの曲よりも遙かに複雑だ。おそらく楽曲の複雑なことでは、地球上のあらゆる音楽の中でダントツだろう。だからクラシックを聴いて面白くなるには、相手の曲をある程度は覚えておくことが求められる。いやそうではない、覚えておく、あるいは曲がカラダに入ってくると、面白くなってくるのである。次にどういう音がどういうフレーズとして出てくるか、何となく湧くようになればしめたものだ。

 あたしは不見転のライヴに行くのも好きだ。まったく未知のミュージシャンに、いきなりライヴでお目にかかる。まったく合わずに失敗することもたまにあるが、それよりは自分で選んでいるだけでは絶対に遭遇できないようなすばらしいミュージシャンに出会えて喜ぶことの方がずっと多い。先日もスペインはカタルーニャのシンガー Silvia Perez Cruz のライヴに誘われていって、至福の時を過した。追いかけるべきミュージシャンがまた増えた。

 クラシックでもミュージシャンは未知でかまわない。が、演奏曲目はある程度知っておいた方が楽しめる。つまり予習が欠かせない。そのことに、今回ようやく気づいたのだ。前回のプーランクでも、その前のラフマニノフでも薄々感じてはいたのだが、ベートーヴェンに至って、がつんと脳天に叩きこまれた。プーランクもラフマニノフも、時代が近い。どちらも20世紀で、あたしもどちらかといえば20世紀の人間である。通じるものがある。言ってしまえば、なんとなく「わかる」。ベートーヴェンは違う。かれは18世紀から19世紀初めの人間であり、あたしなどがどんなに想像をたくましくしても、絶対にわからない部分が大きすぎる。異世界と言ってもいい。そこで極限まで複雑になった音楽が相手なのだ。もっと前、バッハやヘンデル、つまりバロックのあたりはまだシンプルだ。フォーク・ミュージックからそう遠く離れているわけではない。聴けば「わかる」。しかし、モーツァルトを経て、ベートーヴェンになると、全然別物になる。

 ベートーヴェンが一筋縄ではいかないことは、実は今回の前からわかっていた。昨年暮れにある人の手引きでベートーヴェンのいわゆる後期弦楽四重奏曲にハマっていたからだ。楽曲の複雑さでは弦楽四重奏曲はヴァイオリン・ソナタよりもさらに複雑ではある。ただ、あちらは4人のメンバー間のやりとりのスリルがあって、それをひたすら追いかけることで聴いてゆくことができる。ヴァイオリン・ソナタではそうはいかない。しかも、複雑さがより精密になる。細部にまで耳をすませなければならない。それにはある程度は曲を知っていないと難しいことになる。つまり、どこに集中すべきか、摑めないままに曲はどんどん進んでしまう。

 演奏者の集中の高さはわかる。Winds Cafe に出演する人たちは皆集中している。言い方を変えると没入している。今やっている音楽を演奏すること以外のことはすべて捨てている。雑念が無い。それにしてもこのお二人の集中の高さには圧倒される。曲はよくわからないが、何か凄いことが起きていることはひしひしとわかる。ここは良いライヴを体験している感覚だ。何か尋常でないことが起きているその現場に今立ち会っているという感覚。その尋常でないことの一部を演奏者と共有しているという感覚。

 同時に演奏者は演奏を愉しんでもいる。ベートーヴェンをいま、ここで演れる、演っていることが愉しくてしかたがない。その感覚もまた、一部ではあるが共有できる。とりわけて印象的なのはピアノの左手だ。これを叩けるのが嬉しくて嬉しくてたまらない。こういうのを聴くとベートーヴェンはヴァイオリンの人ではない、ピアノの人だと思う。そもそもベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタはむしろピアノが主人公だ、とプログラムにもある。もっともヴァイオリンの人に、本当に良いヴァイオリンの曲は書けないのかもしれない。パガニーニの曲を面白いと思ったことは、昔から一度も無い。テクニックのひけらかしに聞えてしまう。ジャズなどにもよくある、ムチャクチャ上手いがそれだけ、というやつだ。まあ、これはあたしの偏見なのであって、ヴァイオリン奏者にとってはパガニーニの曲こそは究極に愉しいものなのだろう。

 それはともかく、まったくの五里霧中の中を無理矢理手を引っぱられていくことが面白い、というのも得難い体験だ。これは不見転で、まったく未知のミュージシャンのライヴを体験するのとはまた違う。どこがどう違うかというのは今はまだよくわからないが、違うことは確かだ。

 加えて、時折りえもいわれぬ響きがふっと現れて、ぞくぞくする。クラシックのヴァイオリンはこの楽器からいかに多様多彩な音、響きを生みだすかに腐心している。技巧とは別のレヴェルで、時には偶然に生まれるものも計算に入っているのではないかと思える。あんな微妙で不可思議な響きを完璧にコントロールして生みだせるものなのか。おそらくは演奏者と楽器と、そしてその現場の相互作用で生まれるものなのではないか。ひょっとすると一期一会なのかもとすら思う。一つ例をあげれば7番第二楽章の、中低音域のフレーズのまろやかな響き。

 第一級の演奏を至近距離で浴びるのはくたびれるものでもある。『クロイツェル』が終った時には思わず溜息が出た。最高に美味しいご馳走を喉元まで詰め込まれた気分。だからだろうか、アンコールのラヴェルの小品が沁みました。ラヴェルとなると、初耳でも十分「わかる」。これなら、このお2人でラヴェルのヴァイオリン・ソナタも聴きたくなってくる。

 当然、次回の話が出て、今度はシューベルト。再来年のどこかということになる。来年でも冷や冷やものなのに、再来年となると、「ふしぎに命ながらえて」その場にいたいものと願う。

 Winds Cafe は永年会場だった原宿のカーサ・モーツァルトを離れることになり、とりあえずしばらくはここが会場になる由。その初回として、まずは上々の滑りだしと思う。前回ここで開催されたプーランクの時にも感じたことだが、クラシックのミュージシャンたちが思わず燃えてしまう何かが、ひょっとしてここにはあるのかもしれない。(ゆ)

伊坪淑子: piano
谷裕美: violin

ベートーヴェン
ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 Op.30-2, 1803
ヴァイオリン・ソナタ第8番 ト長調 Op. 30-3, 1803
ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47『クロイツェル』, 1803

 月例ラ・カーニャでの紅龍ライヴ。いつもの永田さんのピアノに向島ゆり子さんのヴィオラ・ダ・モーレ、小沢アキさんのギター。今回は永田さんの歌は無し。

 向島さんの楽器は共鳴弦を入れて10本。実際に弓が触れるのは5本に見えた。実になんともふくよかで、中身が詰まった、たっぷりとした響きがすぱあんと広がる。こりゃあ、いい。演奏する方も、これを弾けるのが嬉しくてしかたがないのがありありとわかる。いつも以上に熱が入っている。今回はまずこれがハイライト。

 ところでウィキペディアではヴィオラ・ダ・モーレの弦は6〜7本とある。今世紀に入って造られたハーダンガー・ダモーレなら十弦だが、そちらに近いのだろうか。ひょっとして折衷された新しい楽器だろうか。胴のサイズはヴィオラに見えた。

 この日のもう1つのハイライトは紅龍さん本人の歌である。絶好調と言っていい。声もよく出ているし、息の長短も自在で、伸びるべきところでは十分によく伸びる。歌うのも愉しそうだ。新譜お披露目ツアーでライヴを重ねたおかげだろうか。ギターもほとんど小沢さんのアコースティックに任せて、歌うことに専念しているようでもある。聴き慣れた歌もそれはそれは瑞々しい。

 オープナーはディラン〈時代は変わる〉。アンコールの2曲目のクローザーもディラン〈風に吹かれて〉。どちらも日本語版。完全に自分の歌としてうたっているのは当然ながら、今、ここでこれらを歌うことがまさに時宜を得ている。まさに今歌うべき、歌われるべき歌を、今にふさわしく歌っている。この2曲だけでなく、この日の歌はどれも、いつにもまして心に沁みてきた。どの歌にも切実に共鳴するものが、あたしの内にあった。そういう状態にあたしがいたということかもしれない。とはいえ、歌はあたしのために作られたわけでもなく、あたしだけのために歌われているわけでもない。それで個々の事情に共鳴してくるのは、より広く、あたしと似た状態にある人間の心の琴線を鳴らす、普遍的に訴えるものがこめられているからだろう。

 3曲目 Spooky Joe の歌のアヴァンギャルドなイントロでの向島さんの演奏、〈兵士のように詩人のように〉で小沢さんが弾くマンドリンそっくりのアコースティック・ギターが、特に印象に残る。

 〈野良犬の話〉と〈旅芸人の唄〉。2枚のソロに収められたうたのいずれにも隙は無いけれども、この二つには紅龍さん本人の音楽家としての行き方、人間としての在り方の自画像が聞える。そこにあたし自身を重ねて聴くのは、どういう風の吹きまわしか、自分でもわからない。わからないけれども、憧れと呼んでもいい感情が湧いてくる。ひとつの理想像でもある。完全無欠という理想ではなく、そのように生きてみたいと望む姿だ。性格からして不可能だし、実行したならたちまち野垂れ死ぬことは目に見えているにしても、望んでしまう。

 あたしの見るかぎり、新作を出した後のライヴは、演るたびに良くなっている。声はますます充実し、伸びるのが長くなっている。歌唄いとしての存在感、説得力が目に見えて大きくなっている。シンガーとしての紅龍はこれからが黄金期ではないか。いずれライヴ・アルバムも作ってほしい。

 日曜夜の下北沢は完全に観光地で、終ってから入ろうと思っていたカレー屋は夜も9時近いのにまだ長蛇の列。真冬に戻った中で老人は並んでなどいられない。さっさと退散したことであった。(ゆ)

 無伴奏チェロ独奏によるコンサート。二部に別れた前半の締めと後半の初めにバッハの無伴奏組曲を置き、前後はソッリマの自作や現代曲の演奏ではさむ。

 ソッリマはやはり天才だ、とバッハを演奏する姿を見て思う。その姿はバッハが昔作った曲を今演奏しているものではない。今ここでバッハが時空を超えてのりうつって、音楽が流れでてくる。あるいはバッハの音楽がソッリマに宿ってあふれ出てくる、と見え、聞える。

 体の外にあるチェロを弾いているのではなく、それは体の一部、延長であって、われわれが指を動かして箸をあやつったり、ボールを蹴ったりするのと同じレベルで楽器を操る。

 かとと思えば、チェロを楽器として扱わず、おもちゃにする。チェロで遊ぶ。それも一度にひとつの遊びをするのではなく、いくつもの遊びを次々にやってゆく。同時に複数やることもある。そういうことができる高度に複雑なおもちゃに、チェロはなることができる。それともこれはソッリマだからだろうか。ソッリマにしかできないことだろうか。チェロを複雑でそれ故に面白いおもちゃに、ソッリマはしてしまえる。

 基本はチェロで音を出すことで遊ぶのだが、出し方も出てくる音も実に多種多様。弓で弦をこする、指ではじくのはほんの一部、手始めでしかない。

 だから、ソッリマのライヴは感動はあまりない。ひたすら面白い。ひたすら楽しい。音楽の自由さ、柔軟さ、多様さが具体的な音、音楽になって浴びせられる。音楽はここまで自由に、柔軟に、多様になれることが、音楽そのものとして体験させられる。

 さらにここで終りという感覚もない。すべてをやりきったとか、これ以上もうできませんという感覚が無い。今できることをすべてとことんやり尽くしてなお余力がある。明日になれば、また全く別の、同じくらい面白く、楽しい音楽を生みだせる。

 しかもソッリマはそれを聴いてもらおう、見てもらおうとしてやっているのではない。今の巷にあふれかえる「ねえ、見て見て」「聞いて聞いて」の姿勢がかけらも無い。人を驚かすために、注目を集めるために AI で作った画像や動画や音源をネットに上げるとは根本的に違う。

 ソッリマは自分が面白いと感じることをしている。まず自分が愉しんでいる。愉しむために自分の心と体を鍛え、鍛えた心と体を駆使して愉しんでいる。だから雑味が無い。すっきりと、どこまでもさわやかに、ひたすら純粋に面白い。心洗われる。カタルシスを与えられる。これこそ真に見聞に値する。視聴する、体験する価値がある。後に残る。一度消費されて終りではなく、聴く者、見る者を何らかの意味、形で変える。

 それにしてもチェロというところが味噌だ。これがヴァイオリンやヴィオラではこうはいかない。コントラバスでも無理だ。どちらも各々にベクトルが限定されている。ある方向にどうしても行ってしまう。チェロは自由だ。どんな風にも使える。何にでもなれる。ソッリマはチェロを運びながら演奏することもやる。こう弾かなければいけないという縛りも限界も無い。

 ソッリマは飛び抜けていると思うけれども、スコットランドのスア・リー Su-a Lee とか、南アフリカのエイベル・セラコー Abel Selaocoe とか、面白いチェリストが出てきているのは愉しい。ジャズの方ではトミカ・リード Tomeka Reid もいるし、歌うチェリスト、ナオミ・ベリル Naomi Berrill もいる。こういう人たちを見て、聴いていると、チェロの時代はこれからだと思えてくる。ソッリマは先頭に立ってチェロの黄金時代を開いているのだ。(ゆ)

 唄の山本謙之助、三味線の山中信人のお2人による津軽民謡と津軽三味線のライヴはすっかり Winds Cafe 春の定番になって、毎年楽しみだ。通えるかぎりは通いたい。年齡からいえば山本さんが最年長だが、ますますお元気で、この方を前にするとあたしの方が先に行きそうな気がしきりにする。唄をうたうことは身心の健康に良いと言われるが、その生きた証がここにおられる。

 前半は例によって山中さんのソロ。今回はいつもとはいささか趣を異にして、演奏というよりは講演。山中さんは今年50歳になり、入門した時の師匠・山田千里の年齡60歳まであと十年。60歳の時の師匠に追いつけるか、これからの十年が正念場と言う。そこでまず山中さんが師匠を「発見」した〈あいや節〉。津軽三味線名演を集めたテープの中の1曲。その鄙びた味わいに惹かれたのだそうだ。この演奏はむろん師匠へのオマージュだ。

 山中さんは立って弾く。楽器を吊るす紐などはない。三味線の音は実に切れ味が良く、勢い良く飛びだしてくる。犬皮でなく、プラスティックを張っていると後で明かされる。繊細な響きとパワーが同居している。弦を撥が弾く音と、撥が胴に当たる音がほとんど同時に鳴る。

 この楽器は能登の人が使っていたもので、地震でとても三味線は弾けなくなったから処分してくれ、とボランティアで行った山中さんの友人が託された。その友人から山中さんが預る形で今使っているそうだ。ペグは黒檀。

 最近の傾向への批判も飛びだす。ネット上の動画などで、他の奏者の演奏が沢山、簡単に見られるようになった。そのせいで、どの奏者もスタイルが似てきている。昔は皆ローカルでやっていたから、独自の奏法をもっていた。と言って、高橋竹山や木田林松栄のスタイルで弾く。竹山は木の撥を使っていて、折れないようにやさしく弾く。林松栄は鼈甲の撥なので派手だ。

 他人の演奏を簡単に視聴できるようになって、伝統芸能の演奏スタイルが似てくることは津軽三味線だけではない。アイリッシュ・ミュージックの世界でも起きていて、ネット以前からやっている人たちはどこでも危惧している。もっともテクノロジーの導入が伝統音楽の奏法やスタイルに影響することは今だけの話でもない。SP盤が現れた時も、ラジオ放送が始まった時も、同様のことは起きた。今回は規模が違うから自信をもって言えるわけではないが、そう悲観することもないだろうとあたしは思っている。何らかの表現をする人間は最後のところでは他人と違うところを出したいはずだからだ。みんな似ていると感じるのも、やっている人間の絶対数が増えているからということもあるのではないかとも思う。当然凡庸な演奏者が大部分なわけで、そういう人たちは誰かのコピーをするので精一杯だろう。もちろんこれもすべてがそうだとは言えないが、伝統音楽の世界では、演奏者の絶対数は増えているだろう。なにしろ接するチャンスが飛躍的に増えている。音楽伝統やその背後の文化とは無縁の人たちが増えていることはまた別の問題だ。

 それはそれとして、他の人たちのように東京に行かず、津軽からついに出なかった山田千里の流儀を伝えていこうという山中さんの志には共鳴する。〈黒石よされ〉を東京流と山田流で弾きわけたのは面白かった。さらに山田流の〈じょんがら節 中節〉もいい。

 そうして山中さんの本領が出たのが最後の〈さくら〉。フリーリズムのおそろしく凝ったイントロから、デフォルメしまくり、インプロに展開し、ロック・ギターのストローク奏法を自乗したような奏法が炸裂する。弦を皮の上で指をそろえた左手で押えて出す音がたまらん。このスピードは三味線でしか出せないだろう。単なる速弾きというのではない、細かい音がキレにキレながらすっ飛んでゆく。近いものといえばウードだろうか。


 後半の歌伴の楽器は本来の犬皮と象牙のペグ、鼈甲の撥。全然違いますね。こちらの方が響きが深い。うーむ、あたしはこっちの方が好きだなあ。

 山本さんが Winds Cafe に出るようになって今年は十年。それもあってか、この日はすばらしかった。十回全部見られたわけではないが、見た中では文句なくベストの歌唱。川村さんも同意見だったから、これまででベストの出来だったことは確か。声の張り、響きの充実、コブシの回しと粘り、それに力を抜いて声が細く消えてゆくところが見事だ。津軽民謡といわず、伝統歌謡といわず、人の唄として最高だ。

 三味線とのかけあいもぴったりというより、三味線が乗せ、それに唄も乗ってゆく、その呼吸が絶妙というしかない。山中さんは唄のイントロでもはじけていて、唄う方の気分をかきたてる。

 他の唄と変わっていたのが6曲目〈やさぶろう節〉。実話を元にしたバラッドで、歌詞は本来15番まであるそうな。嫁いびりがひどく、10人の嫁を息子にとって全部いびって追いだした婆さんの話。これを山本さんはコミカルに唄う。笑わせよう、笑ってくれというのではない。この唄はどうしてもこうなるという自然な感じだ。だからよけい可笑しい。

 ラストの〈山唄〉とアンコールの〈あいや節〉で山中さんは尺八を吹く。これもお見事。音楽のセンスの良さがこういうところに現れる。

 母の不在の感覚がだんだん強くなっていて、ともすれば落ちこんでいたところに、たっぷりと元気をいただいて、感謝の言葉も無い。93歳という年齡から、いつ、どういう形で来るか、いつも冷や冷やしていたから、ついに決着がついたことでほっとした部分は否定できない。一方で、もう二度とその存在を実感できない喪失感は、時間が経つにつれてむしろ強くなっている。日常のふとした折り、たとえばやっていることが一段落して次に移る転換の時に、その二つの想いが対になってじわっと湧いてくることがある。すると、しばらくそこから離れられない。やるべきことはすべてやっていたかと思ったりもする。そうしてすがるようにして音楽を聴く。本は読む気になれない。ここしばらくのライヴはどれもずっと前からスケジュールに入れていたものだが、まるで図っていたかのようなタイミングでその日がやってきて、おかげで何とか保っている。気もする。

 山本&山中デュオは来年も Winds Cafe で演ることが決まった。会場は変わるが、やはり元気をもらえるだろう。ありがたや、ありがたや。(ゆ)

メンデルスゾーン&ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 [ 椿三重奏団 ]
メンデルスゾーン&ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 [ 椿三重奏団 ]

 一昨年あたりからクラシックの室内楽にハマっている。きっかけはラフマニノフのチェロ・ソナタだったが、昨年暮れから弦楽四重奏に焦点が移った。ある人からハーゲン・カルテットによるベートーヴェン後期作品群の録音を聴かされたのである。

 加えてロンドンの King's Place のコンサート案内でアタッカ・カルテットというのにでくわした。これがまた滅法面白い。勢いがついて、YouTube に山のようにあるライヴ動画を見まくり聴きまくるようになった。とりわけハマっているのはバルトークで、音だけでなく、見るのも愉しい。第4番など、人間の能力の限界に挑戦しようとしたのではないかと思える。

 こうなるとピアノ・トリオが地元でやるというのを見逃せるはずがない。しかも新倉瞳さんがメンバーとなればなおさらだ。渡辺庸介さんとのデュオは見ているが、いわば本業も一度はちゃんと見てみたい。

 今回は厚木市文化会館リニューアル記念という。文化会館は昨年からずいぶん長いこと閉めて改修していた。小ホールは久しぶりだけど、どこが変わったのか、よくわからない。改修したのは大ホールの天井耐震化、客席の一部への難聴者支援設備の導入、外壁のれんがタイル補強、などだそうだから、目に見えるところが新しくなったわけではないのだろう。

 ステージ正面奥にピアノ、手前右にチェロ用の椅子と譜面台、左にヴァイオリン用譜面台がある。チェロの譜面台は iPad であろう。専用のスタンドで支えている。YouTube の演奏動画でも最近のはほとんど iPad だ。ところが、めくるのはどうするのか、不思議だった。紙の譜面のように指でめくったり、タップしている様子が見えない。と思っていたら、演奏前、スタッフが何やら黒い弓形の装置をもってきて譜面台の下に置いた。あれはフット・スイッチではないか。足で踏んで画面をめくると推測する。対してピアノは足もペダルで使うから、自分ではめくれない。そこで譜面めくりの人がつくわけだ。

 プログラムは前半、3分前後の短かい曲や抜粋をならべ、後半はメンデルスゾーンの第1番全曲。後で検索すると、最近の椿のコンサートはどれも同じ曲目、構成。何だ、チーフテンズじゃないか、とちょっとがっかりしたのだが、現場で見聞きするかぎりは、そんなリピートの気配はまったく感じられなかった。チーフテンズのステージの一部に見えた「お仕事」感覚はカケラも無い。チーフテンズと違って MC は毎回違うらしい。オープナーのブラームスの〈ハンガリアン舞曲第6番〉を自分たちのCDに入れているかどうかをめぐって、ピアノの高橋氏が笑いの発作にとらえられたのは愉しかった。笑い上戸らしい。

 一方、このプログラムはよく練られてもいる。あたしでも聴けばああ、あの曲とわかるし、中には〈ハンガリアン〉のように、メロディまで浮かんでくるものもある。そういう有名曲と、そこまで有名ではない曲、あるいは地味ながら佳曲をまぜあわせている。前半の後半はチャイコフスキー、ショスタコヴィッチ、シューベルト各々のピアノ・トリオの一部、1楽章をならべて、もっと聴きたい気にさせる。しかもだんだん長くなる。あたしはまんまとひっかかって、終演後、図書館に駆け込んで、この三つの各々全曲が入っているCDを借りだしたものだ。今ではわざわざCDを借りなくても、ネット上にストリーミングや動画が山ほどあるわけだが、CDに飛びついてしまうのは年寄りの癖だ。

 オープナーは出てきていきなり演る。その昔、クラシック少年だった時はわからなかったのは当然だが、今聴くとこの曲はなるほどチャルダーシュまんまだ。ブラームスというと交響曲第1番のいかにもドイツ、それもハプスブルクよりはホーエンツォルレンの、謹厳実直、にこりともしないイメージだったのだが、こんなモロ・トラッド=伝統音楽をやっていたというのは、あたしにとっては新たな発見である。かれは実は相当なロマンチストだったのか。

 1曲やってから MC でまずは自己紹介。そして各々のソロをやる。ヴァイオリン、チェロ、ピアノ。サン・サーンスの〈白鳥〉はまた定番、耳タコというやつだが、新倉さんの演奏は実に新鮮、みずみずしい。初めて人前で演奏した曲だそうで、以来無数の回数弾いているが、いつ弾いても他に二つとない演奏になるそうだ。キンクスのレイ・デイヴィスが最初のヒット曲〈You really got me〉はステージで無数に演奏しているが、何度やっても新鮮だと言っていたのに通じるだろう。

 ピアノはショパン。ひばり、白鳥ときたが、鳥の曲で適当なのが見当らないので動物つながりで小犬。これも耳タコ。ただ、ワルツには全然聞えない。ちなみに3人とも暗譜で演る。

 ここでピアノも一度引込んで舞台を作りなおす。ピアノの譜面めくりもここから入る。

 チャイコフスキーのワルツはこちらは確かにワルツ。チャイコフスキーはワルツが大好きだったらしい。あたしからすると、ヨハン・シュトラウスはむしろ行進曲の人で、ワルツといわれると浮かんでくるのは〈花のワルツ〉。ディズニーの『ファンタジア』のこの曲のシーンは音楽の映像化として、未だにあれを超えるものはないんじゃないか。

 ショスタコヴィッチも三拍子だがワルツじゃないよなあ。この曲には弦楽器のボウイングにも指定があるそうだ。普通音の出しはじめは、弓を上から下、左から右へ引っぱって音を出すが、指定は逆の動き。演奏者から見てまずぎゅっと押す形で音を出す。確かに音の出方は違う。引っぱると音の始まりは明瞭だが、押すとふわっと出てくる。ショスタコヴィッチは試してみたのだろう。だが、これを思いつくきっかけは何だったのか。

 前半クローザーのシューベルトの第2番は椿としては初演の由。新倉さんの発案だそうだ。中学でクラシックに熱中した頃はリートは全然わからず、面白くなかったので、シューベルトはほとんどすっ飛ばしていた。今回聴いてみると、やはりなかなか面白い。とにかくドラマティックでわかりやすい。ロマン派だなあ。他の室内楽曲も聴いてみようじゃないかという気になる。

 後半のメンデルスゾーン。こうして生で聴いてみると、室内楽は作曲家の本質が現れるように思える。メンデルスゾーンは作曲家としてはどうも二番手、アーサー・C・クラークの言う「超一流の二流」とはこういうものか。本人の作品よりバッハ再評価の方が大事なんじゃないかと思えたりもする。まあ、あたしには合わなかったということだろう。

 とはいえ、このピアノ三重奏曲はなかなかに面白い。第2楽章3回目のリピートでチェロがやるピチカートや第4楽章のロシア風のメロディは印象に残る。会場で買った椿のファーストにも入っているから、後でじっくり聴きなおしてみましょう。

 アンコールは〈You raise me up〉とオープナーの〈ハンガリアン〉をもう一度やる。歌のない〈You raise me up〉は新鮮。1時間半くらいだろうと思っていたら、休憩いれて2時間たっぷり。いや堪能しました。

 席は新倉さんからは反対側だが正面になって、譜面台を置いている曲でもところどころ目をつむって気持ちよさそうに弾いている姿がよく見えた。ヴァイオリンの響きが普通と違ってどこか華やかなのだが派手ではない。品の良さが感じられた。あれがストラディヴァリウスの音であろうか。ピアノはスタインウェイ。開演前、初老の男性が調律していた。休憩でもチェックを入れている。

 母が亡くなってから初めてのライヴ。むろんチケットは昨年のうちに買っていた。往きはとぼとぼ会場に向っていたのが、帰りは図書館へさっさか歩いていった。音楽の力は偉大だ。ありがたや、ありがたや。

 この翌日、母の最後の診療費の支払いに行った病院のロビーのディスプレイに、音楽が認知症を防ぐという話が映しだされていた。母は最後の瞬間まで全くボケなかった。積極的に音楽を聴いていた姿は記憶にないが、音楽に対する感性を備えていたのは間違いない。あたしの血縁者では母だけだ。その昔、社会人のあたしがまだ家にいた頃、Sammy Walker のワーナーのファーストをかけていたら、そのオープナー〈Brown Eyed Georgia Darlin'〉に合わせてあたしの部屋の入口で体を揺らしていたのは忘れられない。映画『タイタニック』で一番良かったのは、三等船室のダンス・パーティーとも言っていた。あたしの音楽好きは母からの贈り物と思っている。椿のコンサートが葬儀の2日後というめぐりあわせになったのは、ひょっとして母のはからいであったのかもしれない。(ゆ)

 四谷のジャズ喫茶「いーぐる」での村井康司さんの連続講演「時空を超えるジャズ史」第十回の最終回。

 連続はわかるが、断絶はどういうことだろう。と思ったら、ジャズの歴史には両方あると、村井さんは言う。つまりすぐ前を飛びこえてその前のジャズ、ずっと前のジャズ、さらにジャズ以外の音楽の「参照」だというのだ。

 ジャズ以外の音楽として今のジャズが「参照」しているのは、ヒップホップであり、80年代以降のR&Bやロック、初期アメリカ大衆音楽、中南米やアフリカの音楽だそうだ。これらはジャズとどこかでつながっている、と今のジャズをやっている人たちは感じているわけだ。

 と言われると、80年代以前、60年代、70年代のロックやR&B、あるいはソウルはどうなのだ、とその時代の音楽で育ったあたしなどはツッコミたくなる。

 というのはとりあえず棚に挙げて、村井さんが今のジャズの担い手としてサンプルにあげたのは、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、ノラ・ジョーンズ、そして UKジャズの面々。まあメジャー中のメジャー、この人たちを今のジャズの代表と言っても、どこからも文句は出ないでしょう。この3人の登場が今のジャズの隆盛を画したと言えるだろう。この3人が今のジャズの隆盛をもたらしたとは言わないが、ジャズが生まれかわって、新たな隆盛に向かっていることを、誰にもわかる形で示したとは言える。で、この人たち自身の音楽と、かれらが参照している音楽を交互に効いてみるという趣向。


 あたしはグラスパーの音楽がどうにも好きになれない。どうしてか、よくわからないが、とにかく気に入らない。今回、その参照項と並べられても、やはり気に入らないままである。

 村井さんによるとグラスパーはとにかくハンコックが大好きで、ハンコックのやったことをなぞっているところがあるらしい。まず最初はそのハンコックの1978年の曲と、グラスパーの2016年のハンコックのカヴァーを対比する。一番の違いはドラムスの叩き方で、グラスパーの方はヒップホップを経たスタイル。まあ、今風の、故意にノイズを入れた、「ローテク」なもの。ひょっとするとこれは叩き方というよりも録り方の違いなのではとも思える。ハンコックの方のドラムスは、ああ、これは70年代のサウンドとあたしにもわかる。で、あたしはこのハンコックの方のドラムスを好ましいと感じるのだ。

 村井さんも、後藤さんも、グラスパーの方が新しい、ハンコックのはいかにも古いとおっしゃるが、新旧の違いはあたしにはよくわからんし、あまり意味があるとも思えない。今は新しくても、すぐに古くなる。ヒップホップに匹敵する大きな現象がまたすぐ起きるとは思えないけれども、あれが最後であるはずもない。それにものごとが変化する周期は、今世紀に入っておそろしく短くなっている。昨日新しくても、明日には古くなる、どころではない。あのラファティの傑作「長い火曜の夜だった」にあるごとく、朝には新しくても、夕方には古くなっているくらいだ。

 もっともそうなるとちょっと古いものが新しいものとして「再発見」されることも増える。1980年代の音楽が近頃もてはやされているのもそういうことではないか。

 それがなぜ70年代や60年代にまで遡らないか、と問うて明瞭が答えが出るとも思えないが、距離が遠すぎるのかもしれない。自分が生まれる前の時代はみな遠い。ただ、生まれる20年くらい前まではまだつながりが感じられるものだ。つまり親が生まれた頃まではつながりを感じる。あたしの両親は昭和一桁生まれだから、1930年代まではつながりを感じる。これが大正になると途端に遠くなる。明治は異世界だ。

 ところがわが国の場合、1930年代と1950年代では世の中があまりに違いすぎる。つながりはあっても、共感できるものはごく少ない。そうなるとあたしの場合、青春期であった1970年代が最も共感できる時期になる。

 グラスパーやワシントンやジョーンズたちにとって、自分が生まれた時期と今は同じ世界にある。少なくともアメリカ文化圏ではそうだろう。それに、一度は表舞台から消えたように見えてもその時代の産物は様々な形で残っている。アクセスが可能だ。デジタル化によって、アクセスはさらに格段に簡単になった。そこで「再発見」されるわけだ。

 グラスパーやワシントンやジョーンズたちが今のジャズ隆盛の旗手として登場したのは、そうした古いものを再発見できる環境が整った時期に育ち、これを使いこなせるようになった最初の世代だったからではないか。そして、かれらに古いものは実は新鮮だよ、それを使うと面白いぜと教えたのがヒップホップだった、というのはどうだろう。

 グラスパーが売れたのは、その肌触りが冷たく、演っている音楽からも一歩距離を置いたように聞えるからではないか、とあたしは思う。いわゆる「チル」の感覚ではないか。一方で、ミニマルでありながら、機械的ではない。有機的なズレがある。あたしが反撥してしまうのは、そこかもしれない。ミニマルならどこまでも無機的でいてほしいのである。どこまでも無機的に繰返される、その奥からひどく生々しいものがにじみ出るのが、ミニマル・ミュージックのあたしにとっての魅力だ。機械にまかせれば正確無比にやるところを、人間がキーを叩く形で介入するためにズレが生じる。そのズレを今度は故意に人間が再現してよろこぶ。そういう人間がいてもかまわないが、あたしはそういう人間にも、そういう人間がやっている音楽にも近寄りたくはない。

 カマシ・ワシントンはグラスパーに比べるとずっとジャズの王道に近い。村井さんも言うとおり、コルトレーンの正統な後継者と呼んでもいいくらいだ。そのワシントンが参照しているとして示されたのが、エチオピアのジャズ、エチオ・ジャズの最も有名なサックス奏者の1人、マッコイ・タイナー、そしてサン・ラである。

 エチオ・ジャズのサックスが持ってこられたのは、ワシントンが最新作でコプト語で歌われるエチオピアの伝統音楽をとりあげているからだ。面白いことにエチオピアはアフリカでも最も早くからポピュラー音楽が開花したところで、1960年代から膨大な音源があり、ここから編集したアンソロジー・シリーズがフランスの Buda から出ている。30枚近いタイトルの大きな部分をジャズが占める。

 おまけにエチオピアの伝統音楽はわが国のものとメロディがよく似ていることで有名だそうだ。なるほどここでかかった曲も、メロディだけもってきて誰かやれば、日本民謡だと言われても誰も疑わないだろうと思われる。

 エチオピアはアフリカの内陸国の例にもれず、多民族国家で、しかもここは古くからの歴史があり、帝国主義国が勝手に引いた国境線で区切られていない。ヨーロッパよりも古い、パレスティナから直接伝わったキリスト教があり、イスラームがあり、言語も多様。たくさんある文化集団の各々に伝統音楽がある。わが国とメロディの似ているのはそのごく一部だ。

 マッコイ・タイナーは1976年のオーケストラとの共演。アイリッシュ・ミュージックの連中が功成り、名遂げると、いや時にはローカルでのみ有名な連中も、みんなオーケストラと演りたがるのは、こういうところに淵源があったわけだ。いや、たぶん、もっと前からの習性ないし性癖なのだろう。クラシックのオーケストラというのは、ジャンルを問わず、ミュージシャンにとってはたまらない魅力があるのか。音楽を演るための編成としては、人類が生みだした最大のものではある。

 ワシントンはデビュー作からの1曲で、確かにかれにはできる限り壮大な音楽を生みだそうという習性ないし性癖がある。

 サン・ラとの対比はどちらもビデオ。編成といい、衣裳といい、音楽といい、そしてリーダーのカリスマといい、これまたまさに後継者。


 ノラ・ジョーンズで村井さんが指摘したのは、ジョーンズが歌っているのはジャズ以前の曲ばかり、ということで、ここで対比されたのが、あたしとしてはこの日最大のヒット、マリア・マルダー。文字通り、あっと思いました。そうだ、この人がいたじゃないか。伝統歌からディラン、ゴスペルからジャズ、おそろしく幅が広く、しかも何をどう歌ってもマリア・マルダーの歌である。自分ではほとんど曲を作らないのに、歌ううたはどれもこれもまぎれもないマリア・マルダー節。ひょっとすると彼女こそはアメリカーナの化身、アメリカン・ソングの女神、一国に一人しかいないディーヴァではないか。彼女のセカンド《Waitress In A Donut Shop》1974から、ミルドレッド・ベイリーが1936年に出した〈Squeeze me〉のカヴァーがかかったのが、この日最も感動した音楽でした。

 対比の3曲目にディランの〈I'll be your baby tonight〉をそれぞれ歌った録音を聴いたのだけれど、比べてしまうと、ノラさん、まだまだ修行が足りんよ。


 UKジャズからの遡行の例として選ばれたのは、セオン・クロス、ヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングスの3人。これまたこの3人をもって代表とするのはどこからも異論は出ないでしょう。

 何といっても、セオン・クロスがヌバイア・ガルシアとモーゼズ・ボイドの3人でやっている〈Activate〉が凄い。これは前回もリストにはあがっていたが、時間不足で飛ばされていた。チューバとドラムスの組合せということではわが「ふーちんぎど」も負けてはいないと思うけれども、このトリオの演奏は現代ジャズの1つの極致、とあたしは思います。

 そのガルシアがコロンビアの女声トリオ La Perla と共演したのも面白い。コロンビアの音楽がガルシアというカリブ海つながりで、アメリカをすっ飛ばしてロンドンへ行くというのも面白い。

 そして3人め、シャバカ・ハッチングスに対比されたのが、この日2度目の「あっと驚くタメゴロー」(古すぎるか)、フェラ・クティ。そうだ、この人がいたじゃないか。シャバカが「あいつら、死んでもらうぜ」とおらべば、フェラが「そうさ、あいつらはもうゾンビ」と答える。こういうところがロンドンの面白いところ。ニューヨークではたぶんこうはいかない。ロンドンは広く開かれているけれども、ニューヨークはそれだけで自己完結してしまう。

 UK は帝国主義国家として、とんでもなくひどいことを散々やっているけれども、一方でその旧植民地から面白い人たちを集めて真の意味での坩堝にほうりこみ、新しいものを生みだす。ニューヨークは坩堝にはなれず、サラダボウルのままなのだ。


 ということで、「時空を超えるジャズ史」はともかくも現代まで到達した。村井さんとしてはこれをやることで見えてきたこともあり、新たに試してみたいことも出てきたそうで、むしろここは折り返し点にしたい意向だそうだ。むろん大歓迎で、すぐにというわけにはいかないだろうけれど、続篇をお待ちもうしあげる。

 あたしは全部は参加できなかったけれど、できた回はどれもこれも滅法面白かった。目鱗耳鱗ものの体験もたくさんさせていただいた。とりわけ、最後にマリア・マルダーとフェラ・クティという宿題をいただいたことは、最大の収獲のひとつでもある。

 とまれ、村井さん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。(ゆ)

 村井康司さんの連続講演「時空を超えるジャズ史」第9回は「1980年代ジャズ再訪:ネオ・アコースティックとジャズのニュー・ウェイヴ」として、マルサリス兄弟、ブルックリン派、「ニュー・ウェイヴ」、ギターとチューバの新しい響き、そして今のジャズと1980年代との繋がりという五部構成。

 1980年代というのはジャズにとって結構面白い時期であることは「いーぐる」で学んだことのひとつだ。フュージョンの後にマルサリス兄弟やブルックリン派のような人たちが出てきたり、新世代のギタリストたちが現れたりするところに、ジャズの粘り強さを感じたりもする。フュージョン・ブームの失墜とともに荒れはてたりせず、ちゃんと新しい草が生えてくる。こういう弾力性を備えるのは、ジャズがロックと異なり、自然発生したフォームだからだ、というのがあたしの見立て。その点でジャズは伝統音楽の一種なのだ。

 1980年代はこうした新しい草とともに、かつて活躍した巨匠、名人もまだ健在。だから80年代のジャズはかなり多彩、ダイヴァーシティ=多様性が大きい。そこが面白い。今回は新しい草に焦点が当てられたが、ベテランたちの80年代でも1回やっていただきたい、とあたしなどは思う。

 まずはマルサリス兄弟。ウィントンのハービー・ハンコック・カルテットでの鮮烈な登場、さらに衝撃的なデビュー・アルバムと来て、3曲目に紹介された《The Majesty Of The Blues》からのタイトル・トラックがあたしには面白かった。出た当時には酷評されたそうだが、そういうアルバムで時間が経って聴いてみると、どうしてそんなに酷評されねばならなかったのかさっぱりわからないアルバムは少なくない。結局従来の評価軸の延長でしかモノを言えない人が多いのだろう。あたしの体験ではボブ・ディランとグレイトフル・デッドというアメリカ音楽の二大巨星ががっぷり四つに組んだ《Dylan & The Dead》について、出た当時、「こんなものは出すべきではなかった」と言ったヤツは耳か頭か、あるいは両方がいかれていたとしか思えない。あるいは、できたものが大きすぎて、同時代ではこれを受け入れられるほど器が大きな人間はいなかったのだろう。その点では後世の人間は有利だ。人間としての器のもともとの大きさではかなわない相手にしても、こちらがより年をとっていると何とかまともにつきあえる。

 ウィントンにしても、デビューは確かに新鮮だったろうが、それだけに今聴くと時代の色がついてしまうのはやむをえない。《The Majesty Of The Blues》は時代を超えていて、今聴いて現代的と聞える。しかもここでは、エリントン楽団が1920年代に多用したプランジャー・ミュートを使っているという。ちゃんと勉強している。英語でいう homework をしっかりやっている。

 とはいえ、あたしにとってはやはりウィントンよりはブランフォードだ。ここでもかかったスティングのアルバムも強烈だが、何といってもグレイトフル・デッドとの1990年3月の共演は、ブランフォードにとってもデッドにとっても頂点の1つで、いつ聴いても、何度聴いても、音楽を聴く愉しみを存分に味わわせてくれる。

 ここでの発見はブランフォードが Buckshot Lefonque 名義で出したヒップホップと組んだ録音で、ほとんどアフリカの呪文に聞える音楽に、この人の懐の深さをあらためて感じる。あたしにはまだわからないヒップホップへの導入口になってくれるかもしれない。


 ブルックリン派は登場した当時、中村とうようが大プッシュしていたせいもあり、あたしもリアルタイムで聴いていた。当時聴いていたということは、CDを何枚も買いこんでいたことに等しい。もっともそれでジャズに傾倒したかというとそうはならなかった。それにかれらの真価はむしろ90年代になってカサンドラ・ウィルソンが化けたり、ジェリ・アレンが1枚も2枚も剥けたりしてから発揮されたようにも見える。ウィルソンの《Blue Light 'Til Dawn》はとりわけヴァン・モリソンのナンバーで、あたしにとっても衝撃だった。ここでかかったジョニ・ミッチェルとのつながりを見出すのはもっと後になる。あたしにはあのアルバムのウィルスンはむしろまったく新しいタイプのフォーク・シンガーだった。

 村井さんによれば、あれはジャズ・シンガーとしても新しいタイプだったので、後で今のジャズとのつながりでかかったベッカ・スティーヴンスもその流れに乗っていると見える。アコギ1本の弾き語りでうたうスティーヴンスなど、こんなのジャズじゃないと「ジャズおやじ」ならわめきそうだ。

 確かにウィルスン以降、スティーヴンスとか、グレッチェン・パーラトとか、あるいは Christine Tobin とか、Sue Rynhart とか、ジャズ・シンガーの姿も変わってきていて、あたしはやはりこういう方が面白い。

 ところで《Blue Light 'Til Dawn》はプロデューサーの Craig Street にとってもデビュー作というのはちょと面白い。この人がプロデュースしたアルバムとしては、なんといってもノラ・ジョーンズの《Come Away With Me》が挙げられるだろうが、Holy Cole とか Jeb Loy Nichols とか Chris Whitley とか、渋いところもやっているのは見逃せない。デレク・トラックス、ベティ・ラファイエット、ダーティ・ダズン・ブラス・バンドなんてのもある。ジョー・ヘンリーの《Scar》をやっていて、あれはあたしにとっては「問題作」なので、いずれプロデューサーの流れで聴きなおしてみるかという気にもなる。


 第三部は「ニュー・ウェイヴ」、あるいは新しいアヴァンギャルドで、ここでのキーパースンはジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、アート・リンゼイ。そうか、この人たちが出てきたのも80年代なのね。

 あたしとしてはこの中ではラズウェルが一番親近感がある。ワールド・ミュージック的なことをしているからかもしれない。ヒップホップに関わっていたとここで村井さんに教えられて、その方面も気になってくる。

 ラズウェルというと連られて思い出すのがキップ・ハンラハン。あたしの中ではどちらも似たようなところにいる。ハンラハンの方がプロデューサー的か。ラズウェルは自分も一緒になってはしゃぐのが好きだけど、ハンラハンはクールに人にやらせて悦に入っているところがある。


 ギタリストではまずビル・フリゼールとパット・メセニー。前者はポール・モチアンのモンク・アルバム。後者は動画。メセニーまたはメシーニィはギタリストとしてもさることながら、作曲面での影響が大きいのだそうだ。複雑な変拍子なのに、聴いている分には心地よくて、変拍子だとはわからない。あるいはその心地よさを生むために変拍子を使うというべきか。

 あたしなどは変拍子の快感はむしろ体の内部をよじられるような、一般的には心地よいとは言われないものだ。マゾヒスティックと言えないこともないが、いためつけられているわけではなく、それまで体験したことのない、本来ありえない方向によじられるのがたまらなく快感なのだ。だから変拍子とわかることはむしろ前提で、そうわからずにひたすら心地よいだけ、というのはどうもつまらない。もっともメシーニィの音楽はただ心地良いだけではすまない面白さがあると思う。そこが変拍子の効験であろうか。

 80年代のジャズはギターの時代と言ってもおかしくない。他にもジョン・スコフィールドとか、マーク・リボーとかもいるし、ジョー・アバクロンビー、フレッド・フリス、アラン・ホールズワースあたりも80年代に頭角を現したと見える。80年代のギタリストは従来のジャズ・ギターの定番だったクリーン・トーンではなく、ノイズや歪みを含む、ロック的なサウンドも積極的に出すのが、あたしには面白い。クリーン・トーンのエレクトリック・ギターは音を伸ばせるところだけを利用していて、楽器の特性をフルに使っていないと思える。もっとも、ジャズで電気前提の楽器はかつてはむしろ珍しかったから、ノイズやディストーションを当たり前に使うのには抵抗があったのかもしれない。

 ここでギターと並べられたチューバの新しい響きはアーサー・ブライスの《Illusion》のものだが、チューバがリード楽器として花開くには、もう少し時間がかかるようだ。一方、わが関島岳郎はやはり1980年代に登場している。あるいは関島の活動をジャズでくくるのは、かえって狭い枠に押しこめることになるのかもしれない。


 第5部、今のジャズと1980年代のジャズとの繋がりで挙げられているのはジョシュア・レッドマン、ブラド・メルドー、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、ヴィジェイ・アイヤー、マカヤ・マクレイヴン、ベッカ・スティーヴンス、マリア・シュナイダー、ジェイコブ・ブロ、セオン・クロスといった面々。

 この中であたしが一番面白かったのはこの中で唯一初見参だったマカヤ・マクレイヴン。村井さんによればかれにはオーネット・コールマンとビル・ラズウェルの影響があるそうだけど、あたし的にはバランス感覚がいいと思えた。とにかく面白くて、もっと聴こうと思って検索すると、なんとこの人の母親はあのコリンダのシンガーというではないか。どうしてこういう人とジャズ・ドラマーが結びついて、マカヤ君が生まれたのかは訊いてみたいが、それにしてもこういうつながりのあるジャズ・ミュージシャンは初めてだ。同時にかれの音楽をあたしが面白いと思う理由の一端も見える気がする。

 コリンダ Kolinda というのは1970年代後半、ハンガリーの伝統音楽を現代化したバンドで、フランスの Hexagon から出した2枚のアルバムに我々はノックアウトされた。当時、ブリテン、アイルランドの伝統音楽に夢中になっていた、あたしらごく少数の人間たちに、ハンガリーにも伝統音楽が生きており、それはブリテン、アイルランドのものとは異質ながら、まったく同等の美しさと広さを備えていることを初めて叩きこんでくれたのだ。演奏、選曲、編曲の能力のとんでもなく高い連中で、その後しばらくして陸続と出てきたハンガリーのミュージシャンたちの中でも、あそこまでの存在は見当らない。コリンダが凄すぎて、後から出てきた人たちは別の方向をめざしたとも見える。今聴いても十分に新鮮、というより、むしろハンガリー伝統音楽の諸相が普通に聴ける今聴く方がその凄みがより実感できるだろう。久しぶりに聴きなおして、マクレイヴンの音楽とのつながりを探るのも愉しそうだ。

 今回は最後にびっくりのおまけもついて、1980年代というのは面白いとあらためて認識させられた。リアルタイムでは80年代に入った途端、出てくる音楽がつまらなくなったという印象が残っているのだけれど、後から見ると、その後につながる動きはたいていが80年代に始まっている。50年代に始まった動きは1970年代末で一応完結し、そこで位相の転換が起きた、というのはどうだろう。パンクは新しい動きというよりも、それまでのロックの集大成だったのかもしれない。クロノス・カルテットのアルバム・デビューも1979年。ロン・カーター、チャック・イスラエル、エディー・マーシャルを迎えたモンク・アルバムが1985年、エディー・ゴメスとジム・ホールを迎えたビル・エヴァンス・アルバムが1986年だ。

 ジャズにあっても、フュージョンはそれまでのジャズの行きついた果てで、そこで舞台がくるりと回って今回聴いた人たちがわらわらと登場してくる。今のジャズが直接つながるのが70年代ではなく、80年代なのも納得できる。

 それに、そうだ、80年代はデジタル録音が広まり、CDが普及する。音楽の録り方が変わっている。このことの意味も小さくないはずだ。(ゆ)

 村井さんの飛んでるジャズ歴史講座の8回目は1960年代後半から70年代いっぱい、エレクトリック・マイルスからクロスオーバー/フュージョン。

 20世紀末のヒップホップでフュージョンがそれ以前のジャズ同様にサンプリングされて新ためて脚光を浴びているのだそうだ。それを受けて21世紀のジャズ・ミュージシャンたちがフュージョンを参照し、カヴァーするようになる。あたしには今回この部分が一番面白かった。彼ら、今30代、40代のミュージシャンたちはハービー・ハンコックがフュージョンをいわば完成させ、代表的の録音を残しているとして、リスペクトしているのだそうだ。

 もっともハンコックのフュージョンとしてかかった《ヘッドハンターズ》などの音源は今一つ面白くない。音楽としてはその源流であるエレクトリック・マイルスの方がずっと面白い。あの混沌がいい。何か新しいものが生まれてくる時の勢いがまざまざと感じられる。

 ハンコックたちになると妙にできあがってしまっている感じを受ける。整理されてきちんとやっている。だから引用、参照、利用されやすくもなるのだろう。マイルスの音楽は方法論やコンセプトを学ぶことはできるだろうが、素材としては使えないまではいかなくても、相当に使いにくいのではないか。

 マイルスとしてかかったフィルモアのライヴは、グレイトフル・デッドの前座で出た時の録音のはずだが、70年のデッドは68、69年の原始デッドの混沌から《ワーキングマンズ・デッド》《アメリカン・ビューティ》のアメリカーナ・デッドへと転換している。混沌からよりメロディ志向になっている。混沌へ向かうマイルスとベクトルがちょうど対極だ。この二つの方向性がフィルモアで交錯していたわけだ。これもちょと面白い。

 クロスオーバー/フュージョンは当初大ヒットした。ジョージ・ベンソンの〈Blazin'〉などは、あの頃そんなものには見向きもしなかったあたしでさえ、散々耳にした、聞かされた。ラジオやら BGM やら、そこらじゅうでかかっていた。今聴いて、やはりもっと聴きたいとは全く思わない。こんなものを聴くのに貴重な人生の残り時間を使いたくない。

 それ以前、こういうものはイージーリスニングと呼ばれていた。それとの違いはリズム・セクションだと村井さんは言う。リズム隊がタイトにきっちりと支えている。言われてみるとなるほど、そこがフュージョンの革命だったのかもしれない。あれ以後、リズムがきちんとしていない音楽はヒットしなくなった。

 それにしてもヒップホップによるサンプリングというのはどこか異常だ。元の音源を構成する要素に分解し、その断片を抜き出して組合せる。村井さんは元の音源もかけて、ここが使われてます、と腑分けしてみせてくれて、それはそれで面白いが、サンプリングした方がこの「曲」を使っていると宣言しなければ、絶対にわからないと思われる。そしてそうした宣言によって、引用先の音源をヒップホップのファンは聴くらしい。

 もっとも伝統音楽のフィールドでも、この曲のこのヴァージョンは誰それの録音なりこの資料なりがソースとライナーで書くのと同じことではある。あたしらはそこでそのソースを聴こうとする。今の解釈と聴き比べるためだ。そこであらためて Frankie Archer は凄いという話になる。おそらく、それと同じことなのだろう。

 かくて引用されたボブ・ジェームズは大金持ちとなり、ハンコックがリスペクトされ、グラスパーがカヴァーしたり、《ビッチズ・ブリュー》のトリビュート・アルバム《London Brew》でヌバイア・ガルシアがマイルスをカヴァーすることになる。

 そしてフュージョンは今や新たなダンスバンドとして、例えばエズラ・コレクティヴの形をとるわけだ。フュージョンはかつては「聴いてはいけない」ものとされたそうで、それも隨分な話だが、そこまで貶しめられたものが最先端ジャズの一角として甦っている。愉しいじゃないか。(ゆ)

 四谷は「いーぐる」での村井康司さんの連続講演、今回は「モード・ジャズ」のお話。《カインド・オヴ・ブルー》から、ジャズはモード・ジャズの時代に突入する。たった1枚のアルバムでジャズ全体の方向性が変わる、というのもどうかと思うが、文学でいえば『ユリシーズ』とか『失われた時を求めて』のようなものなのだろう。モード・ジャズはジャズにより自由で多様な世界を開いたことは確か。また一方で、ジャズが世界各地の伝統音楽現代化のための強力で柔軟なツールになってゆくのもモード化のおかげではあろう。

 では、そのモードによって即興をやるというアイデアをマイルスやコルトレーンたちはどこから得たのか、それを探ろうという試み。こういう発想が村井さんらしい。

 いかにマイルスやコルトレーンが天才でも、無から有を生みだしたわけじゃない。そんなことは神ならぬ身には不可能だ。必ずどこかに先行ないし原型があって、それをお手本にしてあちこち変えたり、まぜ合わせたりすることで新たなものを生みだす。アインシュタインだって相対性理論を無から考えついたわけじゃない。アリストテレスとは言わないまでも、ニュートン力学の完全な理解に立って相対性理論に到達したのだ、と寺田寅彦が言っている。

 だいたいモードと言われても実はよくわからない。旋法と訳されるるが、教会旋法なんてのがあって、要するに音階の型のようでもあるけれど、それと関係があるのか、無いのか。今回の講演を聞いて、わかった!わけではないが、何となくこーゆーことなのかなーというヒントはもらえた。ひと言でいえば四度のハーモニー、三度や五度ではなく、四度離れた音をつけてゆくのが、モード奏法のひとつの基本らしい。

 とまれ村井さんが提示するモード奏法の源流はまずキューバの音楽、そしてクラシックつまり20世紀前半の作曲家たちの音楽、アフリカの音楽とミニマル・ミュージックだ。

 そこで次々に披露される音源は、よくまあこれだけのものを見つけてくるよなあ、といつもながら感心する。それを並べられると、言わんとされていることもすなおに納得されてしまう。

 まずパート1はキューバのソンの一種「モントゥーノ」。と言われてもキューバ音楽は全く知らないので、はあ、それが何かとしか反応できないのは悲しいが、いきなりかかったのはコルトレーンの〈アフロ・ブルー〉。あ、これは知ってる、好きです。モンゴ・サンタマリアの作、いや、好きだなあ。これには歌詞もあってアルジェリアのシンガーのヴァージョンは良かったと思い出す。

 コルトレーンは同じことを繰返していて、そこは西洋音楽ではない、と村井さんは言う。西洋音楽も繰返すけれど、繰返すたびに少しずつ変える。キューバやアフリカは変えない。変えずに繰返すことが気持ちいい。後のディスコもそうだけど、そこは体を動かすからだろう。こういう音楽は踊るためのもので、そうなると、繰返して変えてしまっては踊れなくなる。変えてはいけない。ビバップでジャズもダンス音楽ではなくなったわけで、モードはビバップでやったことをさらに徹底しようと考えだされたわけだが、片方でダンス音楽の要素も復活させている。この部分はエレクトリック・マイルスで拡大されるように聞える。ところで1963年のコルトレーンのパターンの原型としてかかったのは1948年のマチート&アフロ・キューバン・オーケストラ。

 四度のハーモニーの実例が並ぶのがパート2。ラヴェルの〈パヴァーヌ〉の1938年のウィーン放送交響楽団と1939年のグレン・ミラー楽団の演奏が並ぶ。味わいは当然違うが、グレン・ミラーってやっぱりヘンだし、スゲエと思う。

 休憩後はマッコイ・タイナーから始まって2013年 ECM の児玉桃によるラヴェルの〈鏡の谷〉、チェコの作曲家、ピアニストのイルジャ・フルニッチによるドビュッシー〈版画〉の1曲〈塔〉と、四度のハーモニーの実例が次々にかかる。クラシックでは長調短調システムからの離脱が意図されているようだ。ジャズでも従来とは異なる響きを使っている。コルトレーン《アセンション》の1965年フランスでのライヴ映像、ウガンダの伝統音楽、そして1964年にテリィ・ライリーが作った〈テイト・モダーン&アフリカ急行〉のライヴ映像。

 四度のハーモニーは尻がおちつかない。不安定というより綱渡りの気分。終りがない。とはいえ、終らないのが音楽の理想ではなかったか。1曲の演奏時間が5〜7時間かかるモロッコのヌゥバも延々と繰返してゆく。もっともあれは少しずつ変わってゆくので、ヨーロッパの音楽の源流はここにあるわけだが、それは余談。

 同じことを繰返して終らないといえばファンクやサルサはその代表でもある。ジェイムズ・ブラウンが同じことを繰返すのが実にカッコいいではないか。どこか人間の感覚の根源につながるからか。音楽は本質的には同じことを繰返す。繰返しのパターンの単純複雑や、繰返しながら変えるか変えないかなどの手法を組合せる。

 モード奏法、モードで即興するというのは、出す音を選ぶときに四度のハーモニーをベースにして、しかもなるべく同じように繰返すことである。というのがこの日学んだことに思える。思いきり誤解しているかもしれないが、この枠組みでモード以降のジャズを聴くのは面白そうだ、と少なくとも感じられた。(ゆ)

 一昨日、2月26日にダブリンの Vicar Street で行われた RTE Radio 1 Folk Awards の今年の授賞式で、生涯業績賞を贈られたドーナル・ラニィへのクリスティ・ムーアの祝辞全文が Journal of Music のサイトに上がっています。



 ドーナルの最も古くからの友人であるムーアはドーナルの全キャリアについて語っていますが、とりわけ興味深いのはごく若い頃の話、Emmet Spicland 以前のドーナルの活動です。この時期はおそらく録音も無いでしょうが、ドーナル・ラニィは一朝一夕で生まれたわけではないこと、そしてやはりドーナルは初めからドーナルだったことがわかります。当然といえば当然ですが、こうして具体的な名前まであげて語られると、その事実があらためて重みをもってきます。

 もう1つ、プランクシティからボシィ・バンドへドーナルが移った時のショックがいかに大きかったかも伝わってきます。直接ボシィ・バンドへ移ったわけではないことも興味深い。

 さすがムーアとあたしが思ったのは、ドーナルがフランク・ハートを援けて作ったアルバムにわざわざ言及していることです。歌うたいとしてのムーアの面目躍如です。ムーアとしてはああいうアルバムを自分も作りたかったが、自分にはできないこともわかっているのでしょう。

 ハート&ラニィの6枚のアルバムは、ドーナルのものとしては最も地味な性質のものではありますが、かれの全業績の中でも最高峰の1つ、プランクシティ〜ボシィ・バンドとモザイク、クールフィンと並ぶ、見方によってはそれらをも凌ぐ傑作だと思います。

 ドーナルがゲイリー・ムーアとリアム・オ・フリンと3人でセッションし、しかもバンジョーを弾いたというのもいい話です。バンジョーではないけれど、ここでバンジョーを弾いていてもおかしくない一例。(ゆ)



 今年の RTE Radio 1 Folk Awards の Life Achievement Award が ドーナル・ラニィに授与されることが発表されました

 この賞のこれまでの受賞者はトゥリーナ・ニ・ゴゥナル、メアリ・ブラック、クリスティ・ムーア、スティーヴ・クーニー、モイヤ・ブレナン、アンディ・アーヴァイン。錚々たるメンバーですが、ドーナルこそは誰よりもこの賞にふさわしいと思います。

 授賞式は今月26日で、ドーナルは新しいグループ Donal Lunny's Darkhorse をそこで披露するそうです。

 そういえば、パンデミック前でしたっけ、このバンドのアルバム製作資金をクラウドファンディングしていて、あたしも参加しましたが、その後、どうなってんだろう。(ゆ)


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