クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

カテゴリ: ハード

 Drop が Axel Grell とのコラボで設計製造したヘッドフォン OAE1 が注文から2ヶ月かかって到着。DHL で発送された荷物を追いかけていたら、ドイツへ行ってしまったので、あれあれと思っていたら、無事やってきた。国際便はドイツで仕分けしてあらためて送るらしい。

 とりあえず、開封。外観。


OAE1box

 中の函を開ける。

OAE1case

OAE1caseinside



 説明書、実測図、ヘッドフォン本体、OFC ケーブルがアンバランスとバランス各々1本ずつ。アンバランスは3.5mm に6.3mm プラグがかぶさって、ネジってはめる。左右のユニットにつなぐ。バランスは4.4mm で、左右どちらかにつなぐ。ヘッドフォン側はどちらも2.5mm4極。長さはどちらも1.8m。

OAE1can+cable

 左右の指示はケーブル接続口にあり。

OAE1left


 ハウジング内部。

OAE1housing


スペック
周波数特性: -3dB で12 - 32,000Hz/ -10dB で 6 - 44,000Hz
インピーダンス:38Ω
感度:106dB
最大入力限度:500mW
重さ:375g(ケーブル抜き)

 さて、どんな音だろう。(ゆ)

 HiBy の DAP RS2 用のファームウェアの最新版 1.3 が出ていました。出たのは4月上旬らしい。

 アップデート・ファイル・ダウンロード先リンク

 変更点は

Darwin V2 フィルターの追加
再生の際の問題の修正
様々なバグ・フィックス

 ダウンロードされたファイル RS2.upt をマイクロSDカードのトップ・レベルにコピーし、スロット1、正面から見て左側に入れて、起動。

 システム設定 > ファームウェア・アップデート > 確定をタップすると、アップデートが始まり、終ると自動で再起動します。メニューのデバイスについてをタップするとファームウェアのヴァージョンを確認できます。

 追加になったフィルターというのはメニューの Darwin をタップすると出てくるリストの一番上、デジタルフィルターでしょう。タップすると、見たこともない項目がずらりと出てきます。しかし、説明は見つかりません。なぞ。設定して音がどう変わるか、試行錯誤するしかないようです。またそれも楽しからずや。

 R2R を登載した DAP も各社出してきてますが、どれも高いんですよね。RS2のこの価格は奇跡的。青歯など無線をばっさり捨てたおかげでしょう。Bluetooth は載せるとライセンス料を払わなければならんそうな。おかげでファームウェアは手動でアップデートする必要があるわけですけど、そんなことは枝葉末節。

 そろそろ後継機種が出てもおかしくはないですが、Darwin とマイクロSDカード・スロット2個は死守してほしい。(ゆ)

RS2 HiBy デジタルオーディオプレーヤー(ブラック) HiBy Music
RS2 HiBy デジタルオーディオプレーヤー(ブラック) HiBy Music

 Axell Grell が Drop と共同開発していたヘッドフォンがいよいよ出来上がり、予約受付が開始されています。



 通常399USDのところ、今なら349USD。さらに、送料もサービスです。チェック・アウトで20ドル加算されますが、後で返金されました。あたしは paypal を使いました。

 まだ製造中で、発送は2カ月先。

 なお、1,000台限定だそうです。

 アクセル・グレルはゼンハイザーでHD800シリーズを作った人物。イヤフォンの IE800もかれの仕事です。ゼンハイザーの民生部門が売却された前後にゼンハイザーを辞めて独立したと記憶します。そこで出したのはイヤフォンで、ヘッドフォンは独立後はこれが初めてのはず。  > Neuman NDH30 がかれの仕事でした。





 HD800シリーズはドライバーが耳に対してまっすぐではなく、前方から斜めに角度がつけられてますけど、今回はそれをさらに徹底しているようです。



 Head-Fi のジュードがグレルにインタビューしているビデオ。グレルが手に持っているのがドライバー。大きなドライバーの中に、偏ってもう一つ小さなドライバーが着いてます。

 オープン・バックですが、低域は密閉型と同じくらいあるらしい。ジュードが低域の豊かさに驚いてます。

 グレルによれば、人は低域を耳だけでなく、頭をはじめとした体でも聴いているので、そこに配慮したそうな。

 計画が発表された時から楽しみにしてました。円安ですが、そんなことは言ってられません。(ゆ)

 FiiO M23。あいかわらずマイクロSDカード・スロットをピンで押して出すトレイ方式。これだけで選択肢から外れる。他のメーカーは皆、直接出し入れする形にしている。FiiO だけはトレイ式に固執しているが、なぜだろう。音が良くなる? とにかく、あたしは頻繁にファイルを追加するので、引き出すのにいちいちピンで押し出さねばならないトレイ式は蒙御免。M11 Pro の音は好きで、時々使うのだがなあ。



 Luxury & Precision E7 4497。ここまでするなら、なぜポータブルにおさめる必要があるのか。「業界史上最大という交換面積」を求めるなら、ソニー DMP-Z1 のように、デスクトップにすればいいではないか。DAC モジュールを交換できるようにするのも、ポータブルでなければならない理由はない。



 デスクトップにするなら、FiiO のようにストリーマとしても使えるようにしないと、今は意味が無いのだろうか。それはそうだろう。しかし、このストリーミングの時代に超弩級CDプレーヤーを作るくらいなら、DMP-Z1 が子供騙しに見えるような超弩級デスクトップ DAP をどこかが作ってもいいではないか。あたしが買うとは言わないけどさ。


そういえば、Lotoo Mjolnir があった。が、イベントでしか試聴できないのはねえ。ソニーのようなショールームは望むべくもないし。(ゆ)


 カネは無いはずだが、我ながらいじらしく何とか工面してはあれこれ買ったものである。中でこいつはいい買い物とよろこんだものたち。

Rupert Neve Designs RNHP



 RND はプロ用機器、スタジオで使われるミキサーやコンプレッサーやを作っているメーカーで、あたしには縁はない。無かった。これが出るまでは。これもプロ用で、したがって XLR のバランス入力はあるが、ヘッドフォン・アウトは標準のアンバランスのみだ。しかし一度は聴いてみたかった。ちょうど中古が出たので、ありったけのモノをかき集めて下取りに出して手に入れた。円安で新品は10万する。

 聴いてみて、顔がにやけた。まさにプロの音である。入っている音をそのまま出す。飾りなんかないし、「個性的」な音も皆無。YouTube を聴くと、これは圧縮されているなと素人耳にもわかる。それでいて全体の音は崩れない。ちょっと不思議だ。

 良い録音だと芯が1本、ビーンと通って、ひっぱたかれようが蹴っとばされようが、びくともしない音。小さくて繊細な音もそのままに芯が通っている。これで Tago T3-01 とか、Neumann NDH30 を鳴らすと、まあ、嬉しそうによく歌う。シングルエンドしかないグラドも大喜び。

 録音の良し悪しもモロに出るが、音楽そのものの良し悪しは録音とはまた別だ。最低の録音の音楽が最高ということもある。そして、そういうケースもこれはちゃんとそう聴かせてくれる。バランス・アウトなんぞ、要らない。

 サイズが小さい。しかも ACアダプターである。つまりセミ・モバイルなのだ。プロの現場は屋外だってある。どこにでも持っていける。

 そしてこの小さな姿からは想像もできないパワー。高インピーダンスとか平面型とか、いちいち気にする必要もない。あっさり鳴らしてしまう。小さな巨人でもある。

 これまでのリファレンスはマス工房の model 433 だったが、こいつが来てからは、433 の出番はなくなってしまった。まあ、いずれまたもどるだろうが、当面は RNHP さえあれば、ヘッドフォン・アンプは何も要らない。むろん、これはヘッドフォンのためのものだ。イヤフォンをつなぐものではない。


 スティック型 DAC/amp のハイエンドが花盛りである。DAP が製品として行き詰まりを見せていることの反映だろう。一昨年出た Lotoo PAW S2 を皮切りに、昨年3機種、そして今年どっと出て、モバイルの主なメーカーで出していないのは SONY くらいになった。

 DAP を出しているところは、そのトップエンド・モデルの技術を注ぎこんでいる。最新の iBasso DC-Elite はロームの DAC チップはじめ、DX320 Max に採用したテクノロジーや部品やデザインをほぼそのまま使っている。

 RU7 も Cayin N7 と同じ 1-bit DSD DAC を積んでいる。さらにバランスのラインアウトがあるのがユニークなところ。これなら試さないわけにはいかない。貯めこんでいた楽天のポイントを注ぎこんで、これまた定価の6割ぐらいでゲット。

 スティック型は小型であることもウリだが、その中でもこれは小さいし、軽い。小さいながらディスプレイもついているが、軽いのである。

 で、音はこれまたすばらしい。ふわあと開放されて、滑らかな音がすんなりと体に入ってくる。これなら N7 も欲しくなる。DAC としての優秀さは、RME の ADI-2 Pro FS R と比べてまったく遜色ないレベルだ。

 あたしはこれを主に iPad mini と USB でつないで、ストリーミングを聴くのに使う。iPad mini は今年春に出た第6世代。とりあえずどんなものか聴いてみる時には無線で、つまり AirPods Pro や final ZE8000 Mk2、あるいは HiFiMAN HE-R9 + bluemini R2R で聴くこともあるが、本腰を入れる時には RU7 とヘッドフォン、あるいはラインアウトでヘッドフォン・アンプに入れて聴く。こいつのバランス・ラインアウトから上記 RNHP にバランスで入れて、クローズドならば T3-01、オープンならば NDH30 で聴くと、もうこれでいいじゃん、他に何が要るの、と思う。真剣に思う。わざわざストリーマなんて要らないよ。

 iPad mini 第6世代で聴くストリーミングは、MacBook Air の M1 とか、iPhone SE 第3世代とかで聴くよりもだんぜん音が良い。ストリーミングの音が良いのは、どこがどう効いてるのかわからないけれど、とにかく、手持ちの機器では一番新しいモデルであるこれが一番良い。このことに気づいてからストリーミングで聴くことが格段に増えた。レコードを持っていないものはもちろん、持っていても、ストリーミングで聴くようにもなった。


 新たな展開の見えない DAP で、DAC の方式は最新にして、他は原点回帰に活路を見出そうとしたのがこの RS2。チップではない、抵抗を並べた R2R DAC、メーカーが Darwin と呼ぶシステムである。USB DAC としても使えて、その時には、ソースの機器から電気をとらないモードがついている。RU7 が来る前は、これを iPad mini によくつないでいた。

 Darwin の音は好きである。透明度が高く、滑らかで自然に響き、押しつけがましいところが無い。Darwin の音はどんなだろうと買ってみて、当初はちっぽけなディスプレイ画面とか、データベースが日本語の扱いが不得意とかがあって、失敗したかな、と思ったのだが、聴いていくうちに、すっきりと雑味のない音が好きになっていった。そうなると、画面が小さいとか、日本語がまともに扱えないなんてことは枝葉末節になる。そしてマイクロSDカードを2枚同時に挿せる、無線が一切何も無いという潔さにあらためて惚れなおした。このクリーンな音は無線をばっさり切って棄てたおかげとも思える。

 よく見ると、このサイズ、小さなディスプレイ画面、マイクロSDカード2枚挿し、いずれもこんにちの DAP 隆盛のきっかけとなった、あの懐しき AK100、AK120 へのオマージュではないか。




 MA910SR は発売前に試聴して一発で気に入って予約した。広い音場ときっちりした定位、自然に軽やかに伸びる低域、そして明るいキャラクター。バランスにリケーブルするために、REB Fes 02 @ 川崎であれこれ試聴した中で、あたしにはベストの組合せとして、これに落ちついた。Black Back はちょっと硬くて太めではあるが、この音なら許せる。

 この少し前に qdc の folk を買って、かなり気に入っていたのだが、こいつが来たおかげですっかり霞んでしまった。folk を買ったのは、こんなモデル名をつけられたら、買うしかないじゃないか。実際、ヴォーカルは実に良い。ギター、フィドル、蛇腹、笛などの生楽器もいい。ただ、ダブル・ベースがちと軽すぎる。そこで MA910SR + AIMS を使うことが増える。


Brise Audio Accurate USB ケーブル



 RU7 の前にメインだったスティック型 DAC/amp は PhatLab Rio である。チップは ESS だが、およそ ESS らしからぬ、しなやかで丈夫な音で、商売を抜きにしても、お気に入りである。馬力もあるし、外部電源入力があって、ソース機器から電気を食わなくさせることもできる。

 これと組合わせる USB-C ケーブルをあれこれ試して、結局これがベストだった。つまり、手が届く範囲で、だ。ブリスオーディオはつい先日、USB-C ケーブルの新作を発表したが、17cm で20万ではどもならん。

 お金持ちではない、フツーの、むしろビンボー人にとって Accurate が限界である。とはいえ、これがあれば十分すばらしい。比べなければ、これで最高。今はこれと RU7 をつないでいる。


サウンド・ジュリア ミニ・ミニ・ケーブル
 サウンド・ジュリアは名古屋のオーディオ・ショップ。モバイルではない、スピーカー主体の昔ながらのオーディオ・ショップである。ブログが面白く、もう何年も前から定期的に覗いている。気に入った機器を空気録音して YouTube に上げることもあり、そこで使われる音楽がなかなか面白い。あまりに良いので問合せてレコードを買ったこともある。

 ほとんどは読むだけの機器だが、ときたま、面白くて比較的安いものがある。オリジナル商品の一つ、スーパーコンタクトオイルの効果は大きい。いくつか試した接点賦活剤で、明白に効果があったのはこれだけだった。



 ケーブルも自作する。ある日、車載用として注文を受けて作ったという両端ミニの、いわゆるミニミニ・ケーブルの写真が出た。これに一目惚れしてしまった。

 オーディオ製品はツラが第一である。良い機器はいかにも良い音が出そうなツラをしている。いわゆるデザインが良い、というのとは違う。Bang & Olfsen のように、音も良いかもしれないが、その音の良さよりもデザインの良さが先に立つものとは違うのだ。時には無雑作に、そこらにある材料を貼りあわせたようなものが、良いツラをしていたりする。上記の RNHP などもその例だ。いかにもプロ用の、むしろ実用を考えた、美しいとはお世辞にも言えないが、しかしその佇まいはいかにも良い音が出そうだ。それで聴きたいと思ったわけである。

 このケーブルもそれだった。車載用だからアース線がついている。ごつごつした太いシースがからまっている。ツラがいいというだけでなく、オーラまでたちのぼっている。まったく前後を考えず、気がついたときには、これでアース線の無いミニミニ・ケーブルができないか、とメールしていた。もちろんできる、車載用と同じ長さならいくらいくらと返事が来て、うーっと2日考えて注文した。ミニミニ・ケーブルはすでに Ladder7 に頼んで作ってもらったものがあり、もうこれ以上は要らないと思っていたことなど、すっかり忘れていた。

 それで作ったので写真をとりましたという記事がこれである。





 ステッドラーは日本支社が独自の製品、つまりブランドを借りた OEM をあれこれ出しているが、これはちゃんと本家から出たもので、さすがにデザイン、作りは一線を画す。お得意の三角軸で、この三角軸は他社も含めてこれまでで最高の握り具合である。これまで最高だったファーバー・カステルの Grip 2011や Lyra の Comfort Liner をも凌ぐ。握った瞬間に違いがわかり、書くにつれて、ますます良くなる。我ながらいい字が書ける。もう、がんがん書きたくなる。軸の太さ、表面加工、全体のバランス、すべて揃った傑作。芯径が 0.7 しかないのもよろしい。シャープペンシルの芯はすべからく 0.7mm であるべきだ。0.3mm など、人として使えるものではない。


 来年出るのを心待ちにしているのは final/REB がプロトタイプを REB fes に出していたイヤフォン。一つのボディでユニバーサルとカスタムを同時に可能というのがウリだそうだが、それよりもなによりも、音にやられてしまった。まるであたしのために作ってくれたような音、これまで聴いたどんなイヤフォンよりも良いと思える音、聴くのを絶対にやめたくない音なのだ。REB fes 02 で何の気なしに試聴して、とびあがった。

 もう一つ待っているのがあのアクセル・グレルが Drop とジョイントで作っているオープン・バックのヘッドフォン OAE-1。NDH30 もグレルが中心になって作ったというので聴いてみたものだ。今やわが家のオープン・タイプでは Stax SR-L300 Ltd と人気を二分している。NDH30は本来プロ用で、OAE-1はリスナー用だろうから、どう違うかも愉しみ。


 来年は上の二つ以外は今年買ったものをはじめ、手許にあるものをおちついて聴こう使おうと殊勝なことを心に決めたりもしているのだが、たぶん、またあれこれと新しいものに手を出してしまうのであろう。MEMS ドライバを使ったイヤフォンには期待している。Noble 製品の評判は良いが、Nuarl のものが出るのを待っている。根が新しもの好きなのは死ななきゃ治らない。(ゆ)

 HiBy の DAP、RS2 のファームウェアに 1.1が出ています。

 変更点は
1. ショートカット・メニューのカスタマイズ。ドロップダウン・メニューとクイック・アクセスをカスタマイズできるようになった。
2. DSD 再生の最適化。
3. 「フォーマット」のカテゴリーを「アルバム・アーティスト」に変更。
4. 様々なバグ・フィックス。

 アップデートの方法。
イ. ダウンロードした zip ファイルを解凍。
ロ. できたフォルダの中の RS2.upt ファイルをマイクロSDカードのルート=最上層にコピー。
ハ. このマイクロSDカードを #1 のスロット、つまり正面から見て左側のスロットに挿入。
ニ. システム設定> ファームウェア・アップデート(一番下)をタップ。「確定」をタップ。

 これでアップデートが始まります。無事終ると自動で再起動します。(ゆ)

 ベルリンで開かれたコンシューマ向け電子機器の見本市 IFA でデノンが CEOL N-12 なるCDレシーバーを発表したそうな。
 


 CDプレーヤー、FMラジオ、ストリーマーが一体になっている。WiFi、イーサネット、Bluetooth でつなげられる。AirPlay2、Tidal、Amazon Music HD、Spotify などを聴くことができる。Bandcamp もOKだろう。USB入力もあるから、NAS 内のオーディオ・ファイルも再生できる。HDMI ARC をサポートしてテレビにもつなげられる。ヨーロッパでは10月01日、699EUR で発売。そのまま換算すれば11万円強。

 あたし的に問題なのはモデル名が "CEOL" であること。知ってる人は知ってるが、これはアイルランド語やスコティッシュ・ゲール語で「音楽」を意味することば。デノンにアイリッシュ・ミュージックのファンがいるのか、は別として、アイリッシュ・ミュージックやスコティッシュ・ミュージックを聴くにふさわしいマシンなのか。

 どこかで試聴できればいいんだが、こういう大手メーカーのマスプロ製品をまっとうに試聴するのは案外難しい。試聴機を借りられればベストだが、そういうシステムがあるかどうか。問合わせてみるか。(ゆ)

 6月の REB fes 0.0 を覗いたら面白かったので、同じ final 本社の REB fes 2 に行く。

 入口で試聴はするかと訊かれ、すると答えるとトレイを渡される。試聴するものをこれに載せ、中央のテーブルのどこかで試聴してくれ、同時には3アイテムまでできる。トレイは社食や学食で使われるようなほぼ正方形のダークブラウンのプラスティック製。黒のメッシュが敷いてある。柔かい素材のこのメッシュはただ置いてあるだけで、固定されてはいない。入って右側の壁際にならんでいる試聴用アイテムのブースで何か借りると、借りた品数に応じて1とか2とかの数字と出展社の名前が書いてある札を品物と一緒に渡される。トレイに札を立てて試聴する。

 まずは一番手前の Sound Labo AIMS のブース。Maestraudio MA910SR の4.4mm ケーブルを相談。SR はリケーブルできるが、デフォルトのケーブルで最適チューニングしてある、バランスでは低域が瘠せると配給元アユートの営業氏が言う。そのデフォルトでは低域がふくらみ過ぎに聞えるから、バランスで低域が瘠せるならその方がいい。前回0.0の時に買った 2pin のものが良かったので、それに似た音のものを2種類薦められて試聴。より気に入った方はケーブル自体がひどく太い。

 決めかねて、保留し、イヤフォンを試聴する。MA910SB を試聴したかったが、試聴機は無し。値下げしたから買ってくれということか。qdc Superior、Intime 煌 MarkII、雅 MarkII、E5000、B2、A5000を試す。

 アユートさん一押しで宣伝している qdc Superior は final の A シリーズそっくりに聞える。 ならば評判がいいのはわかるが、要らない。Intime の2機種は MA910SR そっくりに聞える。そりゃまあそうだろう。先に Intime を持っていれば、MA910SR は買わなかっただろう。

 B2 がなかなか良い。筐体の材質にもよるのか、A4000より装着感がいい。音も気に入る。とはいえ、BA一発なら、夏のヘッドフォン祭 mini で聴いた Acoustic Effect を先に欲しい。final はダイナミック・ドライバーを聴きたい。Acoustic Effect は BA に命を賭けていて、それが音にも出ている。

 A5000はなるほど良い。A4000よりヴォーカルが生身に近い。となると MA910SR と似てきて、あえて買うこともない。

 とにかく聴いてみないとこういうことはわからなかったのだから、マイペースで試聴できたことはよかったと思いながら、final のカウンターにある REB ブランド新製品のプロトタイプというのを、ことのついでに聴いてみる。Acoustune のイヤフォンに外見が似ている。

 すばらしい。これに全部持っていかれた。今回一番のヒット。聴きながらどうしようもなく顔からしまりがなくなり、にやけてしまう。マスクをしていてよかった。すっぴんだったら、あの爺さん、とうとうイカレたと思われて、拘束衣を着せられていただろう。

 ヴォーカルが実に気持ちいい。晴れやかな空間に、身の詰まった音が鮮明に新鮮に鳴る。音じゃあない、音楽が鳴っている。試聴用の音源を次々に聴いてしまう。聴きなれた曲が洗われたようにみずみずしく聞える。どれもこれもあらためて名曲名演名録音、と惚れなおす。いつまででも聴いていたい。でももう時間が無い。こうとわかっていたなら、開場と同時に来て、閉場までずーっとこれだけを聴いていたかった。次はそうしよう。なろうことなら、このままもって帰りたい。この試聴機、売ってくれませんか。さもなきゃ長期貸出でも……。

 これまで聴いた全てのイヤフォンの中でベストの音。むろんこれまでのだって、どれもその時々でベストだったわけだが、この先どんな製品が出ても、この音ならずっと好きでいるだろう。死んだら、他は売っぱらっていいが、これだけは棺桶に入れてくれ。地獄に落ちても、これがあれば耐えられる。

 製品化は年内どうか、というところだというが、来年3月までに出てくれればいい。もちろん、早ければ早いほどいい。今の世の中、いつどうなるか、わかったものではないのだ。完成した音を聴かずに死ねるか。

 値段は5万以下らしい。10万でも買う。やはり試聴はしてみるものだ。

 これを聴いてしまうと、持っているものまで霞んでしまった。試聴にデメリットがあるとすればこれだな。でも聴いてみなければ出逢えない。

 とにかく、気をとりなおして、あらためてケーブルを試聴。結局オーダーメイドのものを注文。Black Back という  AIMS のサイトには出ていない、新しいシリーズらしい。

 クロージング間際まで2時間たっぷり遊ぶ。入れ替わり立ち替わり人が来て、場内はずっといっぱいの感じ。もっとも、ヘンにわさわさしていないし、殺気立ってもいない。皆さん、おちついている。試聴していた隣の席の人は MAKE 4 のチューニングに余念がなかった。ピンセットで何かやっては、自作のDAPらしきもので聴いている。A&KのハイエンドDAP をトレイに置いて、腕組みして目をつむってじっと聴き入っている人もいる。背後ではクマさんが、Analog Squared Paper のアンプについて熱弁をふるっている。それにつられて聴いてみて、のけぞって驚いている人もいる。アンプは使ったことがなかったらしい。そう、アンプでも音は変わる。MAKE シリーズのチューニングはそこまで入れることもできる。

 REB fes はこの後しばらく遠隔地を回るらしい。でも、いずれまたここに戻ってくるだろうから、その時は行くぞ。あのプロトタイプを聴かねばならぬ。(ゆ)

 FiiO M11 Pro の画面上部に黒い筋が入ってきた。気がついたのは6月下旬。買ったのは2020年8月なので、2年10カ月。最初はこんな具合。

M11Pro画面20230628
 
 それがだんだん伸びてきた。右はあまり伸びないが、左が伸びてくる。太さは変わらない。

M11pro画面20230707

 現在はこういう状態。

M11Pro画面20230727


 バッテリーはフル充電してからの再生可能時間がバランスで6時間半というところ。新品ではバランスで8.5時間としてあるから、約4分の3になった。

 今はヘッドフォン、イヤフォンのエージング用に使っていて、使用時間はリスニングに使った600時間プラス50時間ほど。

 普通にリスニング用として使っても、再生時間として連続で6時間半あれば十分だし、画面の黒い帯もこれ以上太くならなければ、使用にさしつかえはない。最低でもあと1年は使えそうだ。この際なので、エージング用に使えるところまで使ってみるつもりだが、リスニング用としてどこまで使えるかも時々試そう。

 この M11Pro 買ったときの価格は85,000円弱。今のところ月2,400円弱。さて、これが高いか安いか。ウン十万のハイエンドはもっと長く使えるのだろうか。(ゆ)

 これはやはり「ゲーム・チェンジャー」だと思うので、ファースト・インプレッションを記録しておく。

 紹介ビデオを見るかぎり、これはゴーグルの形をしたコンピュータだ。iPhone がスマホの形をしたコンピュータ、Apple Watch が腕時計の形をしたコンピュータであるのと同じ。



 ビデオにはないが、キーボードを呼びだしてテキストを打ったり、ペンと「紙」を呼びだして手書きしたりもできるだろう。

 もっとも目標はキーボードに代わるインターフェイスを備えたコンピュータ、平面ディスプレイに代わるディスプレイを備えたコンピュータであろう。

 むろん通信機器でもあって、その意味ではスマホでもあり、やはり格段に進んだインターフェイスと機能を備える。

 そして AV機器でもあって、ゲーム環境であり、ホーム・シアターである。ゴーグル一つで、これらすべてにとって代われる。大袈裟な設備も機材も要らない。しかも、従来不可能だった超大画面、高音質、没入感覚を可能にできる。アップグレードも簡単だ。

 こうしてみれば3,500ドルは安すぎる。

 iPhone が出る前から携帯電話はあった。が、iPhone が出ることでスマホが生まれた。AirPods が出る前から無線接続のイヤフォンはあった。が、AirPods が出ることで、イヤフォン、ヘッドフォンは無線接続がデフォルトとなり、空間オーディオ、3Dオーディオもあたり前になった。

 Apple Vision Pro が出ることで、創作・製作活動やビジネス活動など、コンピュータを使うあらゆる活動のデフォルトの形が変わるだろう。これからの競争で、ゴーグルが眼鏡に、さらにコンタクト・レンズにまでなるだろう。様々なグレードのものも出て、選択肢も増えるだろう。

 これまで別々だった活動、創作と鑑賞、プログラミングとアプリの使用といった「分業」も、間の壁がゆらぎ、溶解することにもなるかもしれない。

 それにしても、いきなり "Pro" とつけてきた。Apple はよほど自信があるにちがいない。(ゆ)

 ファームウェア・アップデートの記事に追加しましたが、読みにくいかもしれないので、あらためて。

 後を受けた国内ディストリビュータのミクスウエーブのサイトでも、ファームウェア・アップデートの情報が無いですね。本家サイトを見るしか、今のところないようです。

 上のページで下にスクロールするか、検索窓に RS2 と入れます。

 最新のアップデートは V.1.06で、1.05より前のものは消えてます。ということは1.06をかければ、それ以前のアップデートも含まれるのでしょう。各々の変更点は以下の通り。

V1.05 Update
1. USB オーディオのショートカットを追加。USBモードを「オーディオ」に設定しておくと、電源スイッチを左にスライドさせるだけで USBモードとなる。
2. システム設定に「画面消灯時の音量操作」のスイッチを追加。
3. Darwin フィルタ類の最適化。
4. 一部機能の読込時間の短縮。
5. アルバム・カヴァー表示の最適化。 

V1.06 Update 
1. MQA ファイルを再生したときのディスプレイの不具合の改善。
2. USB-DAC の接続が切れた時、ハングアップする不具合の改善。
3. その他、マイナーなバグ修正。


 Cayin N7 が良さそうで、清水の舞台から飛びおりるかと思ったものの、カード・スロット二発、無線無しというトンガリぶりに惹かれて、RS2 をやはりもう少し使ってやろうと思いなおしました。それにこのサイズがだんだんちょうど良いと思えてきました。

 HiBy Music のデータベースは日本語処理がうまくないので、結局、ファイルからアーティスト別のフォルダに移動する形で使ってます。これは実は Astell&Kern の最初の DAP、あの懐しくも、革新的な AK100 や AK120 と同じ使い方なのでした。

 音は文句ありません。Darwin は初代ですが、十分すばらしい。良いアンプをかますと、さらに良い声で唄ってくれます。

HiByMusic ハイビーミュージック RS2 DAP デジタルオーディオプレイヤー MQA DSD 音楽プレーヤー 音楽プレイヤー hiby 【送料無料】
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 Lotoo の据置型は気になりますね。あそこは DAC が ESS 以外であることが期待できますし。いくらぐらいかなあ。50万とかいわれるとお手上げだけど。(ゆ)

 国内販売担当の飯田ピアノのサイトには何も出ていないのですが、Hiby RS2 のファームウェア・アップデートがすでに3個出ています。本家のウエブ・サイトからダウンロードできます。

 ミクスウエーブのサイトにあいかわらずファームウェア・アップデートの情報がないですね。本家サイトを見るしか、今のところありません。

 ちょっとコツが必要で、当初失敗したので、問合せて確認したことを書いておきます。

 ダウンロードしたら zip ファイルを解凍します。その中の "rs2.upt" ファイルだけをマイクロSDカードのトップ・レベルにコピーします。これをカード・スロットの1番、正面から見て左側に入れます。ここ肝心。2番に入れてもファイルが見つかりませんと出て、アップデートできません。

 起動します。システム設定の1番下、ファームウェアアップデートをタップ。確定をタップ。

 アップデートが始まり、success と出たら終り。「デバイスについて」で確認できます。

 現在1.02、1.04、1.05 の3個が出ていて、各々にアップデートをかける必要があるようです。ぼくは出た順番にかけました。

 RS2 は音は良いし、カード・スロット二発というのはすばらしいんだけど、HiBy Music の使い勝手が今一つ。ミュージシャンやアルバムで検索した結果から再生しても、再生画面にならない。トラック・リストのトラック名をタップすると再生は始まるけど、画面では止められない。物理ボタンを使うしかない。ジャケットも出ないし、時間も出ない。とりあえず、ここは改善して欲しいです。(ゆ)


2022-11-09 追記
 検索画面で再生画面が出ない件、トラックを右から左へスワイプすると出る、と教わりました。なるほどできます。これでかなり助かります。ありがたや、ありがたや。 

 ついでながらファームウェア・アップデートの内容を書いておきます。

V1.02 Update
1. プルダウン・メニューが降りてこないことがある問題の修正。
2. プルダウン・メニューのゲインの高低切替のバグ修正。
3. 再生画面で右にスワイプすると異常な反応が起きることがあるのを修正。
4. 多階層ディレクトリの奥深くにあるファイルを再生した音のパスのメモリの問題の修正。

V1.04 Update
1. システム設定のオン・オフのトグル・スイッチに「ダブル・タップして目を覚ます」を追加。
2. トラック数の上限を 50,000に増加。
3. その他バグの修正。

V1.05 Update
1. USB オーディオのショートカットを追加。USBモードを「オーディオ」に設定しておくと、電源スイッチを左にスライドさせるだけで USBモードとなる。
2. システム設定に「画面消灯時の音量操作」のスイッチを追加。
3. Darwin フィルタ類の最適化。
4. 一部機能の読込時間の短縮。
5. アルバム・カヴァー表示の最適化。 


2023-04-27 追記
V1.06 Update が出ています。
1. MQA ファイルを再生したときのディスプレイの不具合の改善。
2. USB-DAC の接続が切れた時、ハングアップする不具合の改善。
3. その他、マイナーなバグ修正。

 ミクスウエーブのサイトにはファームウェア・アップデートの情報が見当りませんね。
 

 ささきさんの AirPods Pro 2 のレヴューは久しぶりの力作。最後の新約聖書からの引用(ヨハネ13章36節)が効いている。あちこちに分散している設定のリストはありがたい。

 ワイヤレス・イヤフォンの普及は iPhone からヘッドフォン・アウトをなくしたためだし、AirPods は決定的だった。これからはオーディオはプレーヤーと再生装置双方によるコンピュータ処理が前提というのもその通りと思う。AirPods Pro をあたしはイヤフォンというよりも、ノイズから耳を守るための ANC 装置として使っている。ZE8000 を買ってしまったから、今はそちらがメインになった。AirPods Pro 2 が iPhone とのペアで使うための汎用の製品なのに対し、ZE8000 はつなぐ相手は汎用だが、音は思いきりオーディオに振った製品、になろう。

 ヘッドフォンはどうだろう。AirPods Pro 2 が Max と同等なら、Max を買う価値はない。AirPods Max 2 はどうなるか。

 これはもはや装置の物理特性の範囲でじたばたするスピーカー・オーディオとはまったく別の世界になる。近いのは DAC 付きアクティヴ・スピーカーだが、部屋という要素が入るから、イヤフォンほどの細かいコントロールは効かず、したがってコンピュテーショナル・オーディオの効果もイヤフォン程には効かない、つまり従来オーディオとの違いが大きくないとも思われる。

 とはいえ、Airpulse はサウンド・ジュリアのような店でも音がいいと売れているようだから、いずれ、ネットワークプレーヤーと DAC 付きアクティヴ・スピーカーのペアという製品は出るだろう。そういえば、Airpulse は専用ドライバーをプレーヤー側で使うと音がよくなる、とサウンド・ジュリアが書いていた。これもコンピュテーショナル・オーディオの範疇だろう。プレーヤー側に入れた専用アプリとペアで使う DAC 付きアクティヴ・スピーカーがスピーカーのデフォルトになるか。(ゆ)


 HiBy RS2 は面白い。無線をばっさり捨てて、R2R DAC を載せ、マイクロSDカードを2枚サポート。ストレージに入れた音楽再生、それも有線のカンに特化している(AV Watch は無線を捨てていると正確に書いている)。DAP の原点。外見も AK100そっくり。でもこれでいいんだよ。

 

 DAP に無線イヤフォンを使うのは邪道だ。無線イヤフォンはスマホで聴くためのものだ。66万の DAP を無線で聴くのか。ストリーミングのために WiFi はあってもいいが、DAP に青歯はそれこそ蛇足だ。

 いや、わかってるさ。無線が有線よりも音が良くなるのは時間の問題だということは。しかし、それはつまり無線のカンに DAC とアンプが入っているからなので、これらが進化すれば DAP に高価な DAC もパワフルなアンプも要らなくなる。そうなると DAP のレゾン・デートルは無くなる。スマホと無線だけで完結する。ストリーミングだって、今でもスマホで Tidal も聴けるのだ。

 とすれば、DAP としてはストレージ=マイクロSDカードに入っている音源をよい音で聴かせることが肝要になる。無線のカンとは異なる良い音で聴かせることだ。であれば DAP と組み合わせるのは有線しかない。

 つまりは RS2 は DAP の原点回帰のように見えて、その実、DAP の未来形なのだ。(ゆ)

08月27日・土
 Raal CA-1a は聴いてみたい。

 初代は頭の両側に垂らす形で、試す気にもなれなかったが、こちらは普通のヘッドフォンの形。装着感は初代より遙かに良さそうだ。問題は国内販売されるのか。初代よりも1,000ドル安いが、円安のせいでほとんど帳消しになる。まともに行けば、国内価格は初代より高くなってもおかしくない。となると、ただでさえやる気の無さそうな代理店は諦めてしまいそうだ。国内販売がされないと試聴ができないのが困る。同じ代理店がやっていた Dan Clark Audio はフジヤエービックが引き継いだが、こちらはどうだろう。HEDDphone もそうだが、こういう斬新で風変わりな方式のヘッドフォンはどうしても価格が高くなることもあって、なかなか売れない。今、ヘッドフォンは、無線かゲーミング・ヘッドセットしか売れんからねえ。


%本日のグレイトフル・デッド
 08月27日には1966年から1993年まで6本のショウをしている。公式リリースは完全版が1本。

1. 1966 I.D.B.S. Hall, Pescadero, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。「Tour Del Mar ツール・デル・マール 自転車レースとフォーク・ロック・フェスティヴァル」と題されたイベント。コンサートは正午から午後5時まで。夜は8時からダンスとなっている。
 クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、Collosal Pomegrante 共演。金曜日からの3日間のイベントだが、デッドは土日の2日間のみ出演。セット・リスト不明。
 ペスカデロはサンフランシスコから南に75キロ、太平洋岸沿いに南下して、少し東に山に入ったところ。
 Collosal Pomegrante は地元のローカル・バンドらしい。名前のスペルはポスターにある通り。

2. 1972 Oregon Country Fairgrounds, Veneta, OR
 日曜日。前売3ドル、当日3.50ドル。開演時刻が不明だが、昼間のショウ。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。ただしガルシア抜き。
 ケン・キージィの親族の経営する酪農場の財政支援のためのベネフィット・コンサート。だが、実際には屋外で囲いがまともになかったため、チケットを持たないファンが多数入りこみ、収入は期待通りにならず、デッドは自分たちで補填した、と言われる。集まったのは3、4万とされている。まことに暑い日で、周囲に水飲み場が無く、水を節約してくれ、と繰返し呼びかけられている。給水トラックが時折り回った。あまりに暑いので、聴衆の大半がステージから見て両脇の木陰に移動した。映画では聴衆がまばらに見えるのはそのため。陽が傾むくと、ステージが正面から陽光を浴び、頻繁にチューニングが必要になった。2度目の休憩は陽光から逃げるためだったらしい。第三部は〈Dark Star〉から始めて、延々と終らなさそうだったが、ここには照明の設備が何もないので、日没とともに終演となった。
 NRPS のステージの最中、パラシュートで降りてきた男がいた。計画されたものではない。なぜ、かれがここに落下傘降下したかは不明。
 第三部、クローザー前の〈Casey Jones〉の最中、敷地の南端を通っている線路を列車が通ってゆき、汽笛を鳴らした。

 当初のスケジュールには無く、タイプされたリストに後から手書きで書きこまれている。

 全体が撮影および録音され、"Sunshine Daydream" という映画として公開される計画だったが、制作途中のものを見たバンドとその周辺はその出来に失望した。そのため、計画は変更されて、メリー・プランクスターズの「アシッド・テスト」の映像を加えた形に編集しなおされ、ベイエリア周辺で数回、試写も行われた。が、結局デッドは企画にゴーを出さなかった。したがって公式な形では公開されていないが、ビデオとしては出回っており、YouTube にも上がっていた。
 この映画の DVD と、ショウの完全録音を収めた CD のセットが《Sunshine Daydream》としてリリースされた。その前に第三部3曲目の〈Sing Me Back Home〉が《So Many Roads》でリリースされている。

 この映画はまことに面白いもので、演奏するミュージシャンだけでなく、聴衆の様子もかなり撮っている。何も無いところにステージを設営するところから始まり、PAの設置、バンドの到着、サウンドチェックなどなど、ショウの舞台裏も見られる。冒頭、ビル・グレアムと見えるが、DeadBase XI ではケン・バブズとされている人物がメンバーを紹介して、クルーのリーダー、ラムロッド・シャートリフも紹介するのは異例ではあるが、当を得たものでもある。後半が当時流行のサイケデリックなヴィジュアルになってしまうのが惜しいが、これもまた時代の記録ではある。

 演奏はすばらしい。ピークのこの年のピークのショウの1本。


3. 1980 Pine Knob Music Theatre, Clarkston, MI
 水曜日。
 この年も全体に調子が良いが、この日は即興よりもどんどん曲を演奏する感じだった。

4. 1981 Long Beach Arena, Long Beach, CA
 木曜日。このヴェニュー2日連続の初日。
 第一部9曲目〈Cumberland Blues〉がとにかく良いそうだ。

5. 1983 Seattle Center Coliseum, Seattle, WA
 土曜日。13ドル。開演7時半。
 第一部2曲目で〈Deep Elem Blues〉を珍しくもエレクトリックでやったのがすばらしかった。第二部も良かったが、ツアーが始まったばかりのせいか、まだギアが完全にはまっていなかったらしい。ガルシアは歌詞を忘れる。

6. 1993 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。21ドル。開演7時。
 なかなか良いショウのようだ。(ゆ)

07月31日・日
 Moon Audio のニュースレターで iBasso DX170 予約開始。



 Dual Cirrus Logic CS43131 DAC 採用。バランスのラインアウトは無し。3.5mm がラインアウトと同軸を兼ねる。5G WiFi と Bluetooth 5.0。450USD=59802.31JPY。7万か。DX160 の後継。
 しかし M11Pro は表面傷だらけだが、バリバリ元気。バッテリーのヘタりも小さい。買うのなら DX320 だが、買ってもたぶんまだ出番が無いな。M11Pro は音も機能も操作も文句無いが、唯一の欠点は外付のマイクロSDカードを出し入れするのに、添付の金具でつつく必要があること。これが変わらないと、FiiO の DAC は次には買う気が失せる。
 
 ところで Cirrus Logic は「シーラス・ロジック」と表記されているが、「サーラス・ロジック」の方が近いと思うぞ。circus は「サーカス」でしょ。英語はローマ字じゃあない、とバラカンさんがくどいほど繰返すのはこういうことか。

 Moon Audio は SE180 をケースと交換 DAC ユニットの SEM2、3、4 のどれか一つをタダでおまけにつけるバーゲンをしている。太っ腹なのか、必死というべきか。




%本日のグレイトフル・デッド
 07月31日には1966年から1994年まで、9本のショウをしている。公式リリースは4本、うち完全版2本。

1. 1966, P.N.E. Garden Auditorium, Vancouver, BC, Canada
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。トリップス・フェスティヴァルの最終日。セット・リスト不明。

2. 1967, O'Keefe Center, Toronto, ON, Canada
 月曜日。このヴェニュー6日連続のランの初日。開演8時半。共演ジェファーソン・エアプレイン、Luke & the Apostles。ビル・グレアム主催の "San Francisco Scene in Toronto"。08月02日と05日にマチネーが2回あり、全部で8回のショウが行われた。
 この日のセット・リストの全体は不明。

3. 1971, Yale Bowl, New Haven, CT
 土曜日。7ドル。開演2時。第一部5曲目〈Big Railroad Blues〉からアンコールの2曲まで、第一部5曲、第二部5曲が《Road Trips, Vol. 1, No. 3》で、第二部のさらに2曲が同ボーナス・ディスクでリリースされた。計12曲、全体の半分弱がリリースされたことになる。
 第一部2曲目で〈Sugaree〉、3曲目で〈Mr. Charlie〉がデビュー。
 〈Sugaree〉はハンター&ガルシアの曲。1995年07月08日まで計362回演奏。演奏回数順では24位。〈Loser〉より11回多く、〈Samson And Delilah〉より1回少ない。オープナーになることも多い。スタジオ盤はガルシアのファースト・ソロ収録。デッドのアナログ時代の公式リリースでは《Steal Your Face》が初出。Elizabeth Cotten の〈Shake Sugaree〉が源泉の一つ。歌詞の内容はハンターらしく、なかなかに含みが多く、無気味と言えなくもない。捉えようによってはかなり怖い話になる。
 時期によってかなり様相が変わる曲で、最も輝いていたのは1977年春。ごくシンプルで単調な音を連ねるだけでおそろしくドラマティックな演奏を聴かせるモンスターとなる。
 〈Mr. Charlie〉はハンターの詞にピグペンが曲をつけた。1972年05月26日ロンドンが最後。計50回演奏。スタジオ録音無し。アナログ時代の公式リリースでは《Europe '72》が初出。
 ピグペンの持ち歌として、1972年のヨーロッパ・ツアーでは22本全部で演奏された唯一の曲。ピグペンのレパートリィの中でも最も人気がある。
 ヴェニューはイェール大学構内のスタジアムで、前年、本拠のヤンキー・スタジアムが改修工事をしていたため、フットボールのニューヨーク・ジャイアンツが時折りここを使っていた。ステージと客の入ったスタンド席との間にはかなりの空間があり、最初の音が鳴ったとたん、多数の人間がスタンドからフィールドにわらわらとこぼれ出て踊りだした。オープナーの曲の後、プロモーターは踊っている連中をスタンドにもどそうとしたが、さらに大勢がフィールドに降りた。ショウはすばらしかったが、終演後、外に出ると催涙ガスがたちこめていた。イェールの学生のなかでも過激な連中が、デッドのショウは無料であるべきだとしてゲートを破ろうと試み、警察に追いはらわれたのだった。ブレア・ジャクソンはこのショウを見て、兄弟のデヴィッドに、こいつら、あんまり有名になりすぎるんじゃないか、と不安を述べた、と DeadBase XI で書いている。
 演奏はすばらしい。ピグペンは元気な歌唱を聴かせるが、オルガンはほとんど聞えない。まるでカルテット。クロイツマンがハートの不在だけでなく、鍵盤の不在をも埋めあわせようとするかのように八面六臂の活躍。
 〈Dark Star> Bird Song〉の並びはありそうでなかなか無いかもしれない。どちらも見事な出来栄え。〈Big Railroad Blues〉はむしろ普通のロックをやろうとしているように聞えるが、結局はデッドの音楽になってゆく。この時期は移行期でもあるが、それにしてもこのメドレーのようなすっ飛んだ、トリップしている音楽もあれば、〈Me and Bobby Maghee〉のようなのんびりしたカントリー・ロック、あるいは〈Uncle John's Band〉のようなラディカルなフォーク・ロック、さらには〈Hard to Handle〉がジャズ・ロックになる。ここでのガルシアのソロは、この歌のベスト・ヴァージョン。
 若さにまかせたロックンローラーと、成熟したアーティストが同居している。

4. 1973, Roosevelt Stadium, Jersey City, NJ
 火曜日。このヴェニュー2日連続の初日。共演ザ・バンド。6ドル。開演6時。
 ポスターでは30日からの3日間になっているが、30日は中止になったらしく、どこにも記録が無い。
 ザ・バンドが先。〈The Night they Drove Old Dixie Down〉の最中、土砂降りの雨。デッドが演奏を始める頃には止んだ。
 ヴェニューはマイナー・リーグの球場で、ボクシングの試合、コンサート、高校のフットボールなどに使われた。1985年に解体。
 客の一人が地上に寢ていると、80代と覚しきスーツ姿の男性がとぼとぼと歩いてきて、けっつまずきそうになった。なぜ、その男がそんなところにいたのかはわからない。この頃80代なら19世紀生まれのはずで、デッドのコンサートを聴きにきたわけではないだろう。

5. 1974, Dillon Stadium, Hartford, CT
 水曜日。6.50ドル。開演6時。
 四部構成のうち、第三部〈Seastones〉を除いて、全体が《Dave's Picks, Vol. 2》でリリースされた。
 開演6時で終演真夜中。

6. 1982, Manor Downs, Austin, TX
 土曜日。9ドル。開場6時、開演9時。
 第二部オープナーの〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉が2012年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、全体が《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。
 ヴェニューはオースティン東郊にある競馬場で、自動車レースにも使われたようだが、2011年に閉鎖された。施設は今もそのまま残っているらしい。ここでは計5回やっている。他のものの公式リリースはまだ無い。

1977-10-12
1981-07-04
1982-07-31 30 TRIPS AROUND THE SUN
1983-09-13
1985-08-31

 この時のツアー。
1982-07-25, Tempe, AZ
1982-07-27, Morrison, CO
1982-07-28, Morrison, CO
1982-07-29, Morrison, CO
1982-07-31, Austin, TX 本CD
1982-08-01, Oklahoma City, OK
1982-08-03, Kansas City, MO
1982-08-04, St. Louis, MO
1982-08-06, St. Paul, MN
1982-08-07, East Troy, WI DICK'S PICKS 32
1982-08-08, East Troy, WI
1982-08-10, Iowa City, IA

 この年からのショウ全体の公式リリースは今のところ3本しかないが、そのうち2本がこのツアーからだから、このツアーはレベルが高い(もう1本は04月05日のフィラデルフィア)。1982年は80年代でもベストの年とデヴィッド・レミューは《30 Trips Around The Sun》のショウ・ノートで書いている。この年秋の Madison Square Garden でのショウから2本が今年10月のビッグ・ボックスで予定されているのは嬉しい。

 それにしても実に良いショウだ。CD でほとんど3時間の長丁場にまったくダレ場がない。2、3度、ガルシアやウィアが歌詞を間違えるが、そんなことはまるで気にならない。ミドランドは完全に溶け込み、随所ですばらしいソロを聞かせる。本当にこの人は惜しかった。
 初っ端、〈Alabama Getaway〉から途切れなしにごく自然に〈The Promised Land〉へとつながるメドレーからして気合いが入っている。その後の〈Candyman〉もすばらしい。《30 Trips Around The Sun》のベスト版にも採られた〈Bird Song〉から〈Little Red Rooster〉〈Ramble On Rose〉〈It's All Over Now〉〈Brown-Eyed Women〉という並びはどれもこれも力演名演。
 〈Little Red Rooster〉ではウィアのスライド・ギターのソロが聞き物。ハイ・トーンでイカレた感じになるところは、ガルシアにもなかなか無い。その気になれば、かれはこれだけ弾けるのだ。この曲は途中でミドランドがヴォーカルをとる。ドスの効いた声がこの曲にふさわしい。
 〈Brown-Eyed Women〉のガルシアのギターの音色がそれはそれは綺麗。〈Little Red Rooster〉と同じ楽器とは到底思えない。この楽器は "Tiger" だろうか。
 第二部もハイライトが続く。途切れ無しの1時間半のどれもこれもすばらしくて、ある部分だけとり出してどうのこうのと言えない。それでも敢えて言えば、〈Estimated Prophet> Eyes Of The World〉と〈Truckin'〉後半のジャム。そしてそこから〈Morning Dew〉への流れ。


7. 1983, Ventura County Fairgrounds, Ventura, CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演3時。

8. 1988, Laguna Seca Raceway, Monterey , CA
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。開演正午。デヴィッド・リンドレー&エル・レヨ・エックス、ロス・ロボス前座。
 第一部2・3曲目〈Little Red Rooster; West L.A. Fadeaway〉にデヴィッド・イダルゴ参加。

9. 1994, The Palace, Auburn Hills, MI
 日曜日。このヴェニュー2日連続の初日。26.50ドル。開演7時。
 第二部2曲目〈Way To Go Home〉が《So Many Roads》で、第一部4曲目〈Lazy River Road〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 どちらもリード・シンガーが持ち味を発揮した快演。〈Lazy River Road〉はガルシアが力を抜いた声で語りかける。間奏のギターの音色が綺麗。時々、曲によってこういう音を出す。
 〈Way To Go Home〉はウェルニクの力み具合がちょうど良い。バンド全体がそれに引っぱられてノっている。入り組んだアレンジもぴたりと決まっている。
 アンコールの〈The Weight〉でウィアがレシュが歌うべき歌詞を歌いだしてしまい、笑いをとった。(ゆ)

07月30日・土
 金曜日の昼頃から、寝室で「キュッ」か「ピュッ」という音がする。40秒ぐらいの間隔。通風口のガラリから聞えるのだが、ガラリのどこからかがわからない。とりあえず、外気用フィルタを交換してみるが、特に変化はない。温度の問題かとも思ったが、夜、帰ってきても変わらず。音が大きくなっている。
 午前、管理組合が契約している保全協会の緊急連絡番号に架電。わが団地の担当者から折り返し電話。1300前来訪。はじめガラリを外と内から見るが、何もない。そこで音が電子音だといって、天井につけてある火災報知器を指す。なるほどランプが点滅し、音もそこから出ていた。設置から10年経ち、電池切れを通知していたのだった。メーカーのサイトを見ると、2017年にすでに電池切れ警報の対処方法が出ている。報知器をはずしてもらい、電池をはずす。代わりのものを買ってつけろとある。ネットで注文。
 しかし、当初てっきりガラリから聞える、と思ったのは、やはり耳の老化か。


%本日のグレイトフル・デッド
 07月30日には1966年から1988年まで4本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1966 P.N.E. Garden Auditorium, Vancouver, BC, Canada
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。トリップス・フェスティヴァルの2日目。
 〈Cold Rain and Snow〉以下の4曲が《The Grateful Dead》50周年記念拡大版でリリースされた。この日の録音で残っているのはこれが全部のようだ。セット・リストの全体は不明。
 当然だが演奏が実に若い。〈Cold Rain and Snow〉はアップテンポでやや切羽詰まった演奏。ここで聴ける4曲はどれもブルーズやフォーク・ソングが元歌のはずだが、どれもトンガったロックになっている。この時期のデッドの音楽はまだデッド独自の音楽になっていない。あちこちにその後デッドの音楽になってゆく萌芽は見えるが、それでもロックの範疇だ。ただ、ガルシアのギターもピグペンのオルガンもクロイツマンのドラムスも、どれもはちきれんばかりにトンガっている。〈New, New Minglewood Blues〉を必死に歌うウィアはまだ19歳だ。もっとも後のように、これもまた演技であるならば、19歳にしてはませている。最後にこれで終りというアナウンスが入る。

2. 1970 The Matrix, San Francisco, CA
 木曜日。見かけ上三部制で一部、二部はガルシア入りのニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ。三部がデッドのアコースティック・セットで、デヴィッド・ネルソン、マーマデューク、ジョン・ドーソンが加わる。二部と三部は連続している可能性もあるらしい。
 三部のオープナーで〈To Lay Me Down〉がデビュー。ハンター&ガルシアの曲。1992年06月28日まで計64回演奏。1970年、1973、1974、1980から1983年、1988から1990年、それに1992年に1回と断続的に演奏された。1980年のウォーフィールドとラジオ・シティでのアコースティック・セットでは集中的に演奏されている。
 スタジオ盤はガルシアの1972年のソロ・ファーストに収録。
 07月14日以来2週間ぶりのショウで次は08月05日にサンディエゴ。この年はまとまった夏休みは無い。

3. 1983 Ventura County Fairgrounds, Ventura, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演3時。06月28日以来のショウ。ここで2日やった後、08月20日から夏のツアーに出る。
 出入口のすぐ外は渚で、ビーチ・ボーイズでも出てきそうなセッティングだそうな。〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉がオープナーだから、ショウはおそらく面白い。

4. 1988 Laguna Seca Raceway, Monterey , CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演正午。デヴィッド・リンドレー&エル・レヨ・エックス、ロス・ロボス前座。
 かなり良いショウだが、ガルシアはあえて翌日に備えて抑えていたようにも見えた。(ゆ)

07月28日・木
 開発元の富士通も見捨てたニコラ配列=親指シフトが生きているほとんど唯一のプラットフォームとしてポメラ DM250 には惹かれる。親指シフトに2種類のキーボードを用意して、かれらのサポートは本気だ。買えばもっとたくさん書くようになるだろうか。





%本日のグレイトフル・デッド
 07月28日には1973年と1982年の2本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1973 Grand Prix Racecourse, Watkins Glen, NY
 土曜日。10ドル。開演正午。共演オールマン・ブラザーズ・バンド、ザ・バンド。"Summer Jam" 通称ワトキンス・グレン・フェスティヴァルの本番。75万人が集まり、史上最大のロック・コンサートとして歴史に残る。
 出演順はデッド、ザ・バンド、オールマン。ザ・バンドのセットの最中、雨が降り、演奏が中断した。最後にも3バンドのメンバーが入り乱れてジャムをした。
 デッドのアンコールの最後〈Not Fade Away> Mountain Jam> Johnny B. Goode〉は3バンド揃い踏み。第一部クローザーの〈Playing In The Band〉にも誰かが参加して、ギタリストは3人だったそうな。

2. 1982 Red Rocks Amphitheatre, Morrison, CO
 水曜日。13.75ドル。開演7時半。このヴェニュー3日連続のランの中日。
 第二部 space から〈Not Fade Away〉に移る際、〈St. Stephen〉になりかけたのがデッドヘッドとしてはビッグ・ニュース。(ゆ)

07月23日・土
 アマゾンに注文していたスピーカー・スタンドが届く。発送通知はあったが、いつ届くのか、まったくわからず、いきなりやってきた。中国からである。待っていたものでもあり、早速組み立てる。といってもマニュアルの類は一切無い。まったく何もなく、これくらい無いと、いっそ潔い。アマゾンのレヴューなど見ながら、手探りでやるが、といって難しいものでもない。ただ、底板、天板の表面に貼ったビニールに釘を通す穴を穿けていない。指でなぞって位置を確認して、えいやっと捩じこむ。30分もかからずにできる。ドライバーを回す右手が痛くなる。ふだん使っていない筋肉はどんどん衰える。何に使うのかよくわからない部品が残る。たぶん、ケーブルを固定するためのものであろうが、使うつもりはない。

 スピーカーを置いて、とりあえず音を出す。思わず唸ってしまう。ぱああっと空間が開けて、そこにデッドのメンバーの位置がはっきりわかる。うーむ、やはり棚の中に置くのは良くないのだ。嬉しくなって、あれこれ聴く。久しぶりにチェルシーズ《あかまつさん》を通して聴いてしまう。すばらしい。録音の優秀さがあらためてよくわかる。楽曲、演奏、録音三拍子揃った名盤とはこれのことを言う。

あかまつさん
チェルシーズ
DANCING PIG
2013-07-14



%本日のグレイトフル・デッド
 07月23日には1967年から1994年まで、3本のショウをしている。公式リリース無し。

1. 1967 Straight Theater, San Francisco, CA
 日曜日。共演ザ・フィーニックス、ザ・ワイルドフラワー、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー。またデッドのショウにニール・キャサディが参加。セット・リスト不明。
 ニール・キャサディとデッドのこの共演がいつ行われたかについては混乱がある。このヴェニユーのオープニング3日間の最終日であるこの日と一応されているが、1965年クリスマス前後または1966年元旦のオレゴン州ポートランドのアシッド・テストであるとする説もある。
 レシュの友人 Hank Harrison の著書 "The Dead Book" 初版にこの録音が入ったソノシートが付録として付けられた。そこではデッドの演奏する〈Dark Star〉をバックにキャサディがラップをしているそうだ。その前に、まずガルシアがキャサディを紹介し、キャサディがデッドがでたらめにたてる音をバックにラップをしているものと〈Turn On Your Lovelight〉をバックにしたものもあるという。

2. 1990 World Music Theatre, Tinley Park, IL
 月曜日。開演7時。このヴェニュー3日連続のランの楽日。夏のツアーの千秋楽。ブレント・ミドランド最後のショウ。
 ミドランドは3日後の26日、ドラッグの過剰摂取で死亡。享年38歳。その時摂取したクスリの量は通常では考えられないほど多量で、おそらく勘違いかミスによる事故だろうとされる。
 バンドは秋のツアーを中止し、代わりの歌える鍵盤奏者を探すことになる。
 ピグペンは別としてデッドの歴代鍵盤奏者のうち、ミドランドは最もファンに愛されたようだ。もっとも、キース・ガチョーのように音楽家としてのレベルが落ちてやめたのではなく、いわば絶頂期に突然消えたせいもあるかもしれない。デュアン・オールマンやスティーヴィー・レイ・ヴォーン、あるいはジム・クロウチ、さらにはジミヘン、ジャニスと同じ現象である。ヴィンス・ウェルニクはバンドそのものの状態がついにベストにはもどらず、本人の資質、貢献がそれによって帳消しにされる傾向がある。
 このショウに対する評価も冷静にはなりえず、ミドランド最後のショウということが輝きになってしまうようだ。
 とまれ、1980年代後半、ガルシアの昏睡からの復帰以降続いていたデッド第3の黄金時代はここに幕を閉じる。これ以後の5年間は、ガルシアの健康だけではなく、様々な要素がからみあって、苦難の時代となる。経済的にはそれまでのアメリカの音楽興行の世界で空前の成功を手にすることになるが、そのこと自体がバンドにとっては必ずしもプラスにはならず、むしろマイナスに作用したところが大きい。

3. 1994 Soldier Field, Chicago, IL
 土曜日。32.50ドル。開演6時。このヴェニュー2日連続の初日。トラフィック前座。
 この年のショウではベストの1本と言われる。きれいに晴れた暖かい夜で、第一部の背景はシカゴの街並みの向こうの見事な夕焼け空、第二部が始まる頃には日が暮れ、オープナー〈Lucy in the Sky with Diamonds〉のライトショウが映えた。(ゆ)

07月21日・木
 Neumann NDH 30 は気になる。アクセル・グレルが関わっているというだけで気になる。そうなると Sennheiser HD400 Pro が色褪せる。まあ、一度聴き比べてはみたい。このあたりのオープンバックのモニタ・ヘッドフォンをどばっと買って、とっかえひっかえ聴き比べてみたい。

2022-07, Neumann NDH 30; 120/104
2022-03, Sennheiser HD400Pro; 120/110
2021-11, Beyerdynamic DT900PRO X; 48/100
2021-10, Austrian Hi-X65; 25/110
2015-03, Audio-Technica ATH-R70x; 470/98
2013-09, AKG K712 PRO-Y3; 62/93
2011-12, Shure SRH1840; 65/96
2008-04, Roland RH-A30; 40/95.5

 この他に
2021-02, Focal Clear MG Pro; 55/104
があり、
2022-08, Audeze MM-500; 18/100
が予定されているが、どちらも他からとびぬけて高いから、まあ別扱いですね。MM-500 は国内販売されるのか不明だが、アメリカでは08月発売。1,700USD。
 インピーダンスでは R70x がダントツ。ゼンハイザー、ノイマンの 120Ω も高い方だ。R70x より古いものは能率が低いのも面白い。新しいものはインピーダンスは高いが、能率も高いから、スマホでも聞けないことはないかもしれない。DAP やポータブル録音機なら問題ないだろう。しかし、MM-500のインピーダンス18Ω ってなんやねん。イヤフォン並みじゃ。
 こうして並べると、R70x から間が空いている。この間、モニタ・ヘッドフォンの新作はたくさん出ているが、どれもクローズド。2018-02 の Focal Clear Professional を除いて、オープンが無かった。それがここへ来て、タイミングを図ったようにわらわらと出てきたのは面白い。需要が出てきたということなんだろう。オープンのモニタは録音そのものよりも、ミキシングやマスタリング用と思われる。ストリーミング用やいわゆる空間オーディオ用の音源はミキシングやマスタリングがより重要になり、そのための専用の機材が求められているということだろうか。
 モニタ用ヘッドフォンはさすがに寿命が長い。一番安くて古いローランドからして現役だ。案外、これが一番いい、なんてことになるかもしれん、と思ったりもする。
 それにしてもヘッドフォンを作るのは簡単では無いらしい。イヤフォンでは存在感の大きい中華製が無い。HiFiMAN ぐらいだ。あそこもモニタ用は出してない。ソニーがオープンをずっと出していないけれど、来年くらいに出すかな。Tago Studio も期待してます、とエールを送っておこう。Phonon は SMB-01L、SMB-02G ともにセミオープンにはできるな。


%本日のグレイトフル・デッド
 07月21日には1967年から1994年まで、6本のショウをしている。公式リリースは2本、うち1本は準完全版。

1. 1967 Continental Ballroom, Santa Clara, CA
 金曜日。2.50ドル。このヴェニュー2日連続の初日。セット・リスト不明。見た人のメモのセット・リストがある。二部制で、第一部2曲、第二部6曲。二部の3曲、タイトル不明。
 Sons of Champlin、the Phoenix、Congress of Wonders 共演。
 Congress of Wonders はサンフランシスコ・サウンドの一角を成すコメディ・バンドらしい。1970年と1972年にアルバムがある。

2. 1972 Paramount Northwest Theatre, Seattle, WA
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。
 オープナー〈The Promised Land〉を除いて全体が《Download Series, Vol. 10》でリリースされた。
 第二部2曲目〈Weather Report Suite Prelude〉は独立で演奏され、これがデビューとされる。きちんとした演奏というよりは、ティーザーに近いと聞えた人もいる。
 〈Weather Report Suite Prelude〉はこの後、4回、単独で演奏された後、第一部が1973年04月02日に加えられ、第2部〈Let It Grow〉が同年09月07日に初演され、翌08日に三部からなる組曲として初演。ただし、1973年04月02日の第一部は10秒ほどの断片。実質的には09月08日がデビュー。組曲としては1974年10月18日が最後で、以後は〈Let It Grow〉のみが1995年07月まで演奏される。〈Let It Grow〉 はそれ以前には1974年05月25日に一度だけ単独で演奏されている。組曲としての演奏回数は46回。スタジオ盤は《Wake Of The Flood》収録。
 この序曲はたとえばジョン・レンバーンあたりが弾きそうな、中世・古楽風の曲で、〈St. Stephen〉の "William Tell bridge" と並んで、デッドのレパートリィの中で最もクラシックに近い風味だ。こういう曲を作るあたり、ウィアも相当に幅広く音楽を吸収している。

3. 1974 Hollywood Bowl, Hollywood, CA
 日曜日。マリア・マルダー、コマンダー・コディ、ポール・バターフィールド前座。ガルシアとウィアがバターフィールドとジャムをした。
 アンコール〈U.S. Blues〉が2016年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 これは面白い。アンコールなのに、いつも終るところでガルシアが終らせず、ギターをがんがん弾きはじめ、他のメンバーは一瞬あっけにとられるが、すぐにフォローする。そして延々とジャムを繰り広げる。録音が途中で切れるのがまことに惜しい。このままなら公式リリースは無理だろう。これからしても、すばらしいショウであることは想像がつく。

4. 1984 Ventura County Fairgrounds, Ventura, CA
 土曜日。開演2時。このヴェニュー2日連続の初日。
 妹に無理矢理連れていかれて、第一部3曲目〈Althea〉の途中で「捕まった」人がいる。
 あたしはこの曲の良さがわかるのにずいぶんかかった。

5. 1990 World Music Theatre, Tinley Park, IL
 土曜日。開演7時。このヴェニュー3日連続のランの初日。
 ヴェニユーの音響がひどかったらしい。デヴィッド・レミューも《Dave's Picks, Vol. 40》のライナーで、このシカゴの3日間はその前のディア・クリークに比べると落ちると言っている。とはいえ、それは実際に何十本もショウを見た人間の意見であって、これしか見ることのできなかった人間にとっては最高のショウだった。という見方もある。

6. 1994 Deer Creek Music Center, Noblesville, IN
 木曜日。24.50ドル。開演7時。このヴェニュー3日連続のランの楽日。
 第一部6曲目〈Me and My Uncle〉でウィアはアコースティック・ギター。(ゆ)

07月07日・木
 Audeze MM-500 は気になる。何よりも軽そうなのがいい。1,700ドル。円安で25万は下るまい。30万少し切るくらいか。LCD-X より高いなあ。しかし、国内販売されるのか。



%本日のグレイトフル・デッド
 07月07日には1969年から1989年まで7本のショウをしている。公式リリースは3本、うち完全版2本。

1. 1969 Piedmont Park, Atlanta, GA
 月曜日。公園でのフリー・コンサート。オールマン・ブラザーズ・バンド共演。
 8曲で2時間弱のテープが残っている。クローザー〈Turn On Your Lovelight〉にグレッグ・オールマンのものらしいハモンド・オルガンが聞える由。デュアン・オールマンもめだたないように入っているらしくもあるそうな。2人がここに入っていたという証言もある。このフリー・コンサートにはデラニー&ボニー&フレンズも出たという証言もある。

2. 1978 Red Rocks Amphitheatre, Morrison, CO
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。8.25ドル。開演7時半。
 《JULY 1978: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。
 U2の《Under A Blood Red Sky》の会場として有名なここでデッドがやるのはこれが初めて。1987年08月13日まで計20本のショウをしている。収容人員9,500の屋外アンフィシアター。デンヴァーから16キロ。岩山の中腹標高2,000メートル。風光明媚な Red Rocks Park の中。ステージの上以外、屋根はまったく無い。ロケーションも最高、雰囲気もよく、デッドが最も好んだヴェニューの一つ。〈Touch of Grey〉のヒットでこのサイズのヴェニューが使えなくなったのは、デッドにとって最も悲しいことの一つだった。

3. 1981 Kansas City Municipal Auditorium, Kansas City, MO
 火曜日。
 第二部2曲目〈Candyman〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 テープの損傷か、音がところどころ震える。いるはずのないドナの声が聞えると思ったら、ミドランドのようだ。コーラスのアレンジを、ドナがいた時のままにしているのだろうか、それに合わせて高い声を出しているらしい。
 ガルシアはやや突き放して、あまり感情をこめずに歌う。これはそういう歌ではある。ギターはすばらしい。曲からはかけ離れた鋭どい演奏。

5. 1984 Alpine Valley Music Theatre, East Troy, WI
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演7時。
 第二部がことに良いそうだ。

6. 1986 RFK Stadium, Washington, DC
 月曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。20ドル。開演4時。ディラン&トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアーの楽日。夏のツアーの打ち上げ。
 第一部クローザーの2曲〈It's All Over Now, Baby Blue〉〈Desolation Row〉にディラン参加。第一部はわずか5曲の、おそらく最短記録。第二部2曲目〈Playing in the Band〉のジャムにはガルシア不在。
 暑いのはワシントンの夏としては異常ではないが、ガルシアは脱水症状を呈していた。翌日、カリフォルニアに帰り、その2日後の07月10日、ガルシアは昏睡に陥る。重度の糖尿病が直接の原因だったが、幻覚症状は精神的ダメージを意味した。ガルシアが死なずに意識を回復したことに医者たちは驚いた。ここまでの重病人が死ななかったケースをそれまで見たことが無かったからだ。ガルシアは自分の回復を無数のデッドヘッドたちが注ぎこんでくれたプラスのエネルギーに帰した。
 九死に一生を得たものの、損傷は大きかった。ガルシアはギターの弾き方すら忘れていた。周囲の人びとの献身的なサポートを受けて、長く苦しい復帰をめざす。しかし10月にはジェリィ・ガルシア・バンドでステージに復帰し、12月15日にデッドとしてステージに立ったのは、むしろ早かったと言えるかもしれない。
 半年のブランクは1970年代半ばの大休止と同様の効果をもたらす。ガルシアは食事に気をつけて節制し、ケミカルもほぼ断つ。そうしてとり戻した健康によって、その後、1987年から1990年にかけて第三の黄金期を現出する。

7. 1987 Roanoke Civic Center, Roanoke, VA
 火曜日。このヴェニュー2日連続の初日。15.50ドル。開演7時半。
 第一部クローザー前の〈Bird Song〉で、サウンド・エンジニアのダン・ヒーリィが、小鳥の啼き声の効果音を加えた。

7. 1989 John F. Kennedy Stadium, Philadelphia, PA
 金曜日。開場1時、開演5時。
 第一部クローザー〈Blow Away〉が《Beyond Description》所収の《Built To Last》のボーナス・トラックでリリースされた後、《Crimson, White & Indigo》で全体がリリースされた。(ゆ)

07月06日・水
 広島の Egretta の円筒型スピーカーを見ると、タイムドメインや知名オーディオを連想せざるをえない。バング&オルフセンのスピーカーも最近はこの形だ。円筒型で、上に音を出す方式の普遍性の証でもあるのだろう。



 ここの一番小さなモデル TS-A200 はちょと面白そうだ。机の上やテレビの両脇にちょんと置ける。何よりもこのツラがいい。オーディオ製品にツラは大事だ。音のいい機器はいかにも良さそうなツラをしている。カッコいいデザインではない。

 試聴用レンタルをやっているから、聴いてみるか。買う予定はまったく無いけれど、音は聴いてみたい。スピーカーは試聴できるといっても、店で鳴っているのでは、自分の家とは条件が違いすぎて試聴にならない。借りて聴くのが一番。


%本日のグレイトフル・デッド
 07月06日には1984年から1995年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1984 Alpine Valley Music Theatre, East Troy, WI
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時。
 見事なショウの由。

2. 1986 RFK Stadium, Washington, DC
 日曜日。このヴェニュー2日連続の初日。20ドル。開場正午、開演2時。ディラン&トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとのツアー。
 演奏の順番はまずトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、これにディランが加わり、ディラン・ソロ、再び TP&HB がバック。最後がデッド。
 ディランを見に来て、デッドヘッドになってしまった少年もいた。それまでデッドは聴いたことがなく、このショウの翌日、《American Beauty》と《Workingman's Dead》を買ったという。

3. 1987 Pittsburgh Civic Arena, Pittsburgh, PA
 月曜日。16.75ドル。開演7時。
 第二部3曲目〈Iko Iko〉からアンコール〈Johnny B. Goode〉まで、drums> space を除いて、ネヴィル・ブラザーズのメンバーが参加。とりわけクローザー前の〈Knockin' On Heaven's Door〉が凄かった由。
 〈Iko Iko〉の次の〈Banana Boat Song (Day-O)〉はこれが初演。この年大晦日の年越しショウと2回だけ演奏された。大晦日にもネヴィル・ブラザーズが参加。
 曲はハリー・ベラフォンテのアルバム《Calypso》1956収録がおそらく最も有名。作曲者のクレジットは複数あり、何人もが関っているとされる。おそらくは伝統歌をアレンジしたのだろう。

0. 1987 In The Dark release
 この日《In The Dark》がリリースされた。

イン・ザ・ダーク
グレイトフル・デッド
ワーナーミュージック・ジャパン
2011-04-06


  《Go To Heaven》以来6年ぶり12作目のスタジオ盤。この年01月に、サン・ラファルの Marin Veterans Auditorium で録音。エンジニアは John Cutler, Guy Charbonneau。さらにサン・ラファルのボブ・ウィアのスタジオ Club Front で追加の録音が行われ、こちらのエンジニアとして Dan Healy, Jeff Sterling, Jeffrey Norman, David Roberts, Joe Gastwirt, Justin Kreutzmann がクレジットされている。

 観客を入れないライヴ形式で録音されたものに、スタジオで追加、修正を加え、ミキシング。通常の録音スタジオでは普段の実力を発揮できないバンドの苦心の末の工夫。

 ジャケットにはライヴ録音中たまたま遊びに来たビル・グレアムも入っている。

 トラック・リスト。
Side One
1. Touch Of Grey (Hunter+Garcia)           5:47
2. Hell In A Bucket (Barlow+Weir & Mydland)           5:35
3. When Push Comes To Shove (Hunter+Garcia)           4:05
4. West L.A. Fadeaway (Hunter+Garcia)           6:39

Side Two
5. Tons Of Steel (Mydland)           5:15
6. Throwing Stones (Barlow+Weir)           7:18
7. Black Muddy River (Hunter+Garcia)           5:58
          トータル40:58

 〈My Brother Esau〉がアルバムのカセット版のみに4曲目として収録。〈Touch of Grey〉シングルのB面に収められた。2004年拡大版に8曲目として収録。

 初演年月日順。
4 West L.A. Fadeaway           1982-08-28
1 Touch Of Grey           1982-09-15
6 Throwing Stones           1982-09-17
  My Brother Esau           1983-03-25
2 Hell in A Bucket           1983-05-13
5 Tons of Steel           1984-12-28
3 When Push Comes to Shove      1986-12-15
7 Black Muddy River           1986-12-15

 終演年月日順。
5 Tons of Steel           1987-09-23
  My Brother Esau           1987-10-03
3 When Push Comes to Shove   1989-07-17
4 West L.A. Fadeaway           1995-06-30
2 Hell in A Bucket           1995-06-30
6 Throwing Stones           1995-07-05
1 Touch Of Grey           1995-07-09
7 Black Muddy River           1995-07-09

 演奏回数順。
6 Throwing Stones           265
2 Hell in A Bucket           215
1 Touch Of Grey           195
4 West L.A. Fadeaway           140
  My Brother Esau           104
7 Black Muddy River           86
3 When Push Comes to Shove   58
5 Tons of Steel           29

 チャート・パフォーマンスはデッドのスタジオ盤の中で最も良く、ビルボードで6位。発売後、3ヶ月と経たない9月中にゴールドとプラチナ・ディスクを続けて獲得。
 ここからは4枚のシングルが出る。
 Touch of Grey; Billboard Hot 100 で9位。Mainstream Rock Tracks 1位。
 Hell in a Bucket; Mainstream Rock Tracks 3位。
 Throwing Stone; Mainstream Rock Tracks 15位。
 West L.A. Fadeaway; Mainstream Rock Tracks 40位。
 この〈Touch of Grey〉はデッド唯一のベスト10ヒットとなり、ガルシアの昏睡からの奇跡的な回復と相俟って、デッドの人気は従来のファン・ベースを大きく超えて、一気に拡大することになる。
 このことは通常のポピュラー・ミュージシャンの場合とは裏腹に、デッドにとっては様々な問題を引き起こした。見ようによっては、バンドの寿命を縮めた。タラレバを言うのは無意味ではあるが、この大ヒットが無かったら、ガルシアがあそこで死ぬことはなく、バンドは21世紀まで存続していたかもしれない。しかし、ある曲がヒットするかしないかは当のミュージシャンのコントロールの及ばない事象だ。〈Touch of Grey〉にしても、デビューはレコード・リリースの5年前だ。そのシングルが9位になったと聞かされて、ガルシアは心底恐怖の表情を浮かべた、と伝えられる。デニス・マクナリーはバンドの公式伝記 A Long Strange Trip の中で、もう1曲ヒットが出ていたら、その時点でバンドは潰れていただろうと記す。
 それまでのデッドのコミュニティは徐々に大きくなっていたから、後から来た人びとを同化吸収することができた。コミュニティのしきたりや暗黙のルールを伝え、入った方もそれに従った。《In The Dark》リリーズ後の拡大は急激で、新たに入ってきた人間の数が桁違いに多かった。あるいは新たに入った人間の方が、従来のファン・ベースを上回っていたかもしれない。ヒット曲から興味を持った人間は若年層が多く、他人の慣習やルールを尊重する気風も薄い。そういう人間たちがデッドのショウに来て、駐車場やキャンプ場でのマーケットや、ケミカルへの規制のゆるさに触れれば、混乱が起きるのは避けられない。一部はショウそっちのけで、ショウの周囲の "Shakedown Street" と呼ばれた青空マーケットを目的に集まる。ヴェニュー周辺の混乱が大きくなれば、ヴェニューのある地元の街の住人や当局が嫌うようになる。
 デッドのショウには、追いかけて移動するトラヴェル・ヘッドを中心に、周辺の州からも多数のデッドヘッドが集まるから、ヴェニューのある市や街には多額のカネが落とされた。コミケに向けて、都内の宿泊施設が満杯になり、会場周辺の商店からモノが無くなるのと同じだ。デッドヘッドはおおむね平和を好み、礼儀もわきまえ、教養も高く、他のロック・バンドのコンサートに集まる群衆に比べれば遙かに好ましい。だから、デッドのショウが来るのを大歓迎する市や街もある一方で、1960年代から脱け出してきたようなデッドヘッドの外観や、ケミカルがあたりまえに流通・消費されることに嫌悪感を示すところも多かった。若年層ファンの急増は、この後者も増やすことになる。
 さらに急増したファンの要求に答えようとすると、従来の規模のヴェニューでは小さすぎることにもなった。以後、デッドのショウのヴェニューは最低でも2万人収容できるようなスタジアムやアリーナ、屋外のアンフィシアターに限られるようになる。収入も増えるが、かかるコストと手間も格段に増える。また、バンドにとっても、あまりに大きな会場でやるのは、聴衆との交感が疎遠になるので、好みではない。デッドが最も好んだヴェニューのサイズは5,000前後だ。気に入っていたヴェニューでできなくなることは、バンドにとってストレスの溜まる原因にもなる。
 これに加え、チケットを持たずにやって来て、数を頼んでゲートやフェンスを破り、無理矢理ショウに押し入る Gate crasher 押し入り屋の問題も生じる。これが可能なのは、やはり会場が大きいためだ。押し入りはだんだんにひどくなり、ついには1995年07月02日の Deer Creek Music Center で大規模な押し入りが発生して、翌日のショウがキャンセルされる事態にまでなる。
 こうしたことはいずれもデッドやそのコミュニティにとっては迷惑以外のなにものでもない。古くからのデッドヘッドの一部はこの時期に急増した新たなファンを "Touchhead" の蔑称で呼んだ。
 1980年代末から1995年まで、デッドは毎年、音楽興行成績で常にベスト5以内に入っている。普通なら大成功と呼ばれるこの現象はデッドにとっては望んだものではなかった。むしろ、大きくなりすぎて、自分たちのコントロールが及ばなくなっていた。しかも、今回は1974年のように、止めることもできない。ガルシアの死とバンドの解散は時間の問題だった、と言うこともできなくはない。
 大成功にまつわる大きなマイナス面を乗り越えて生き延びているアーティストもいるわけで、望外の成功だけがデッドを殺したわけではない。そもそもの原因はガルシアのライフ・スタイルにもある。一方でそのライフ・スタイルはガルシアの創造力と表裏一体でもあった。

 アルバムそのものの内容、出来はまた別の話になる。収録曲は2曲を除いて最後まで演奏されたし、〈Throwing Stones〉はこの時期にデビューした曲の中ではダントツに回数が多い。バーロゥ&ウィアの代表作の一つと言っていい。演奏回数はそう多くないが、〈Black Muddy River〉はハンター&ガルシアのやはり代表作の一つと言えるだろう。デッドにハマる遙か以前、イングランドの伝統音楽のベテラン・シンガー、ノーマ・ウォータースンによるこの曲のカヴァーを聴いたときの衝撃は忘れられない。最初に聴いた時はデッドの曲とさえ知らなかった。この2曲を擁するだけでも、このアルバムの価値はある。
 演奏は確かに伸び伸びしている。ライヴ音源の感覚に近い。ところどころ加えられた効果音や追加のサウンドが新鮮に聞える。その一方で、A面は曲の印象がどれも似ている。ライヴ音源ではまったく異なる曲なのだが、ここではアレンジの型も共通だ。
 全体としては質の高い曲の質の高い演奏を質の高い録音で捕えた音盤。デッドのスタジオ盤はそれだけとりだせば、決して悪いものではない。むしろ、どれも質は高い。ただ、ライヴと比べてしまうと、まるで影が薄くなってしまう。アナログ時代のライヴ・アルバムはスタジオ盤と収録曲の重なりが少ない。これまた他のポピュラー音楽のライヴ・アルバムとは意味合いが異なる。だから、アルバムとしてリリースされるものだけ聴いていても、スタジオ盤とライヴの違いはわかりにくい。しかし、テープあるいは公式リリースされたライヴ音源を聞くと一聴瞭然だ。

 音楽を聴くかぎり、これだけがヒットするような違いはこれまでのスタジオ盤との間には見えない。ヒットするかしないかは音楽的内容とは関わりの無いところで決まるものなのだろう。


4. 1990 Cardinal Stadium, Louisville, KY
 金曜日。21.50ドル。開演4時。
 第二部4〜6曲目〈Standing on the Moon> He's Gone> KY Jam〉が《View From The Vault Soundtrack》でリリースされた。
 〈Standing on the Moon〉のガルシアの声はいささかくたぶれてはいるが、芯は通っている。おそらくこの歌として最も遅いテンポだが、これがベストないし精一杯速いようにも聞える。悪いわけではない。これほど遅くて、しっかり底を支えるのは凄い。ガルシアは一語一語噛みしめてうたう。ギター・ソロもメロディから遠く離れてよく遊ぶ。孤独を振り切ろうとしながら、今はこの場にいない相手に死にものぐるいで呼びかける。
 〈He's Gone〉は心弾むヴァージョン。奴がいなくなったことを歓ぶ歌。あんな奴と一緒でいるくらいなら、さっさと消してやれ、というくらいの意気。
 そして〈KY Jam〉が凄い。前の曲の流れでゆっくりとガルシアのギターで始まり、だんだんと集中の度合いが強くなり、ビートが速くなり、全員が対等にジャムる。テンションがそのまま着実に上がってゆく。メロディがあるようで無いようであるようだ。〈The Other One〉のリフに似たもの、あるいはそのヴァリエーション、遠いいとこが顔を出すこともある。
 このメドレーを聴くだけでも、このショウの出来の良さはよくわかる。何とか全体を出して欲しい。
 〈Truckin'〉が第二部の Drums> Space 後の後半に演奏されるのはこれが最後の由。

5. 1995 Riverport Amphitheater, Maryland Heights, MO
 木曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。28.50ドル。開演7時。
 第一部4・5曲目〈Me and My Uncle> Big River〉でウィアはアコースティック・ギター。
 これを入れてあと3本、と今はわかるが、当時、もう終りだと思っていたデッドヘッドがどれくらいいたか、やはり疑問だ。ネット上ではわかっていたという書き込みが多いのは、そう思うことでガルシアが死に、デッドがもういないことの虚脱感をまぎらわせようとする、とあたしには見える。このショウにも感動した人はいる。その感動はこれが最後という気分からでは、その時は無かったはずだ。
 Thomas Bellanca は DeadBase XI で、これはすばらしいショウで、ディア・クリークや、前日のキャンプ場での事故などのネガティヴな雰囲気を一掃してくれた、と書いている。ガルシアの調子もよく、90年代初めのような演奏をしていた。ウィア、レシュも積極的に演奏を引っ張った。こう書いたのはショウの直後で、その後の展開を知らない時だが、変更する必要は感じなかった、とも言う。これはおそらくベランカだけではないだろう。グレイトフル・デッドは最後まで、倒れるその瞬間まで、前を見すえて、進みつづけた、というのはこういうところだ。(ゆ)

06月24日・金
 iBasso DX320、ローム社 BD34301EKV 採用は魅力。同じくこれを採用した Cayin N8ii の半額。

 バッテリーの分離、アンプの交換も面白い。A&K SE180 は DAC の交換。どちらが面白いか、となると、アンプの方が面白そうだ。アンプによる音の変化は量、DAC による音の変化を質、と見れば、質が替わるのは土台がふらふらする感じがある。DAC の好みはより根本的だから、好みのものが出れば、古いものにもどることは滅多にない。アンプは取っ替え引っ替え遊べる。

 DX320 の謳い文句の中では、無線の強化も魅力。SE180 はそこが弱い。WiFi 接続が安定しない。

 R2R 採用の HiBy RS6 も気にはなっている。Himalaya DAC を使って HiFiMAN が新しい DAP を出さないか、待ってもいる。まあ、すぐに飛びつくのはやめよう。


%本日のグレイトフル・デッド
 06月24日には1970年から1995年まで10本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。

01. 1970 Capitol Theater, Port Chester, NY
 水曜日。5.50ドル。早番8時、遅番零時開演。
 セット・リストはテープによるので、完全かどうかは不明。早番ショウは70分強、遅番ショウは2時間半弱の録音がある。早番はアコースティック・セットとエレクトリック・セット。遅番ショウではアコースティック・デッド、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、エレクトリック・デッドの構成。早番でもこの構成かどうかは不明。早番の NRPS とされるテープは無い。
 この頃の NRPS はガルシアがペダルスティールで入り、レシュやドラマーの片方がほぼレギュラー、ウィアもゲストとは言えないほど頻繁に参加しているので、まだ完全に別れてはいない。とはいえ、レパートリィといい、演奏といい、グレイトフル・デッドの演奏とは言えない。
 遅番ショウのオープナーで〈Big Railroad Blues〉がデビュー。Cannon's Jug Stompers のメンバー Noah Lewis の曲。1928年のシングルがある。デッドは1966年に初演していると言われるが、記録が無い。はっきりしているのがこの日の演奏で、1974年10月まで頻繁に演奏され、1979年02月に復活。1990年代はぐっと頻度が落ち、最後は1995年06月28日で、計175回演奏。スタジオ盤収録は無し。アナログ時代では《Skull & Roses》に収録。オリジナル以外では、これが最初の録音とされる。
 ノア・ルイスの曲では〈New Minglewood Blues〉が429回演奏され、〈Viola Lee Blues〉が1960年代のレパートリィの柱の1本。
 大休止以後、演奏頻度が落ちるせいか、演奏されると話題になる。
 エレクトリック・セットの7曲目で〈Sugar Magnolia〉がニューヨーク・デビュー。
 DeadBase XI の Rene Gandolfi によれば、アコースティック・セットと NRPS の間、指定された席におとなしく座っていた聴衆は、オープナー〈Not Fade Away〉の最初の一音が鳴った途端に立ち上がり、前方にぎっしりと詰めかけ、ショウの終りまでそのままだった。ガンダルフィからはバンドの後ろのスピーカーとアンプの壁の向こうにステージの端から端まで四重になった人垣が見えた。みんな踊っていた。時折り、中の1人の女性がステージに踊り出ると、誰か男性が1人出てきて、踊りながら連れもどした。男性が出る時には女性が連れもどした。場内禁煙で、誰かジョイントに火を点けると、懐中電灯の光が照らされた。火を消すと、灯りも消えた。消さないと、何本も光が集中して、その姿が浮きあがった。
 ガンドルフィの友人のボブはこの日が誕生日だったが、チケットが無く、入口付近をうろうろしていた。すると頭上から、おまえ、何やってんだ、と声がかかった。見上げると髭面の男が見下ろしていた。事情を述べると、ちょっと待て、と言って、手持ちのマッチブックにさらさらと何か書き、放ってよこした。そいつをステージ横のドアにいる奴に見せろ、と言われた通りにするとボブはたちまち引きずりこまれ、バックステージのパーティーに加わった。するとさっきの髭面の男が羽根のついた帽子をかぶってやってきて、ステージに出てゆき、オルガンとマイクの後ろに座った。この日、ピグペンは絶好調だった。

02. 1973 Memorial Coliseum, Portland, OR
 日曜日。前売4.50ドル、当日5.50ドル。開演7時。中止になった05月03日の代替のショウ。
 全体が《Pacific Northwest》でリリースされた。
 全体としては前日の方が充実しているが、これも良いショウ。前半、〈They Love Each Other〉のアップビートな演奏がすばらしい。〈Looks Like Rain〉も味わいふかい。これは前日よりも良いか。〈Box Of Rain〉のレシュの歌唱は前日よりもずっと良い。ちゃんと歌になっている。〈China> Rider〉も水準が高い。
 ここでのポイントは〈Dark Star〉で、これはかなり良い演奏。とりわけ、歌の前が良い。〈Eyes Of The World〉へのつなぎも良いが、こちらはもう一つ。〈Greatest Story Ever Told > Bertha〉の流れも悪くない。

03. 1976 Tower Theatre, Upper Darby, PA
 木曜日。このヴェニュー4本連続のランの楽日。8.50ドル。開演7時。

04. 1983 Dane County Coliseum, Madison, WI
 金曜日。11.50ドル。開演7時。
 第二部は最初から最後までまったく途切れず。最高のショウの1本。

05. 1984 Saratoga Performing Arts Center, Saratoga Springs, NY
 日曜日。10ドル。開演8時15分。
 ガルシアが喉頭炎で声が出ず、〈China Doll〉ではミドランドが代役。
 第二部2曲目〈Bertha〉でどしゃ降りの雨。演奏は良かったが、天候は最悪。

06. 1985 River Bend Music Center, Cincinnati, OH
 月曜日。13ドル? 開演6時半。
 ショウを間、雨が降っていた。
 第一部6曲目〈My Brother Esau〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《30 Trips Around The Sun》の1本として全体がリリースされた。

07. 1990 Autzen Stadium, University of Oregon, Eugene, OR
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。26ドル。開演正午。雨天決行。リトル・フィート前座。
 この時期のデッドのショウに悪いものは無い。リトル・フィートの出来もすばらしく、計9時間超は人生最高の9時間にもなりえた。

08. 1991 Sandstone Amphitheatre, Bonner Springs, KS
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。
 オープナーの〈Help on the Way> Slipknot!> Franklin's Tower〉は30分を超える見事な演奏だそうだ。

09. 1994 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。30ドル。開演6時。トラフィック前座。
 気温摂氏48度超。このヴェニューは砂漠のど真ん中にあるそうだから、無理もないか。踊っている人たちにホースで水がかけられた。ガルシアには大きな扇風機があてがわれていたそうな。

10. 1995 RFK Stadium, Washington, DC
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。32.50ドル。開演6時。ボブ・ディラン前座。ブルース・ホーンスビィ、ピアノで全篇参加。
 第一部5曲目〈El Paso〉でボブ・ウィア、アコースティック・ギター。
 こんなのはクソだと言う人びとがいる一方で、いやいや、立派なものじゃないか、言われているような状態でなおかつこんな音楽ができるなんて、グレイトフル・デッドは、ジェリィ・ガルシアはやはり特別だ、と言う人びともいる。デッドのショウをこきおろしたくなる気持ちもわからないではない。しかし、デッドは常に前を向いて進んでいた。他の誰もが後退りに未来に向かう時、かれらだけは前を向いていた。そういうかれらをこきおろす資格は誰にも無い。(ゆ)

06月08日・水
 このところスピーカーで聴くのがすっかり愉しくなってしまった。イヤフォン、ヘッドフォンはほとんどがお休み中だ。AirPods Pro で YouTube や Bandcamp などで試聴するくらい。

 理由の一つは良いスピーカーを手に入れたからだ。Hippo さんが A&C Audio で造った最後の製品 Dolphin PMS-061。今の薩摩島津最初の製品 Model-1 の原型。スピーカー・ユニットは同じで、ガワが違う。樹脂製で前面はユニットから斜めに後退する形だし、制振ユニットもついていない。しかしあたしにはこれで十分だし、制振ユニットは Hippo さんがオマケで付けてくれた100円ショップで売っているゼリー状のもので代用が効く。


 この「特に不満がない」というのが危険であることは、オーディオを趣味とする人なら身に覚えがあるであろう。裏返せば、大満足していない、あるいはその機器に夢中になっていない、ということで、これは即ち、実はもっと良いものがあるのではないか、とうずうずしている状態をさす。

 しかし Aiyima のペアは Hippo さんが推薦するだけあって、8割から9割くらいの満足感は与えてくれているし、これより格段に優れたものを求めれば、おそらく手の届かない世界の住人であろうとも思われた。

 そんなこんなで、ぼんやりとあちこち覗いているうちに行き当ったのが ExAudio という横浜の通販専門店のサイトだ。ここに Bakoon Products というメーカーのスモール・アンプがあった。メーカーは熊本だそうだ。まず何よりもツラがいい。真黒にオレンジのノブとプリント。音が良いのはツラも良い。面が良いのは恰好が良いとか見映えがするのとは異なる。やたらデザインに凝った挙句、隠したつもりの媚びがはみでているのとももちろん違う。まず自信がある。これが出す音は良いものであることに自信がある。その面を見た途端に聴きたくなった。



 パワー・アンプの最大出力が 6W というのも気に入った。ニアフィールドで聴く分には巨大パワーは要らない。十分なパワーで出す音をいかに良くするかに集中したともある。まさに聴いているのはニアフィールドだ。スピーカーまでの距離は 1.5m もないくらいだ。

 値段もいい。このスモール・タイプのプリとパワーは合わせても18万。そりゃ安くはないが、500円玉貯金も20万を超えてはいるから、まったく買えないわけではない。こうなると、矢も盾もたまらなくなって、試聴を申し込んだ。

 やってきた箱が小さい。受け取ってみると軽い。これでプリとパワーが入ってるの、と思わせるほど軽い。確かに二つ入っている。サイズも小さい。Aiyima TPA3255 の方が大きいくらいだ。

 パワーのスピーカー端子は昔ながらの、レバーを押してケーブルを突込み、レバーを離して固定する。TPA3255 はバナナ端子で、ケーブルもそれ用に処理された Canare だ。ネジを回してゆるめ、バナナ端子をはずした。

 まず、Bakoon のペアで聴く。聴いた途端、買おうと思った。音の芯が太い。空間が広い。聴いているのはハンス・ロットの交響曲第1番をパーヴォ・ヤルヴィがフランクフルト放送管弦楽団を振ったもの。その第四楽章前半。

ロット:交響曲第1番
ヤルヴィ(パーヴォ)
SMJ
2012-05-09


 こういう時、アイリッシュなどは使わない。生楽器の小編成の再生はいま時まずたいていの機器は失敗しない。一応まっとうに聞かせる。実際、ダーヴィッシュなんか聴いても、Aiyima と Bakoon で違いはない。どちらもすばらしい。フルオケのフォルティシモをきちんと描けるかがあたしの場合、判断の軸になる。

 ハンス・ロットはマーラーの二歳上の同窓で、後でマーラーが口を極めて誉めたたえた人だ。交響曲第1番は残された中での最大の作品で、地元の図書館にあったヤルヴィの録音を片っ端から聴くうちに遭遇した。そしたらすっかりハマってしまった。とりわけ、この第四楽章だ。これは他の楽章の倍の長さがあり、おまけに半ばで一度ほとんど終ったようになる。そこまで盛り上がってゆく部分。

 次にプリを Aiyima に替える。これは一応真空管のハイブリッドだからだ。すると、どうだ、弦の響きはこちらの方が良いではないか。比べると Bakoon のプリ CAP-1007 では、ほんの少しだが、雑に聞える。

 そこで Aiyima のペアに戻してみる。パワーは Bakoon SCL CAP-1001 に軍配があがる。スケール感、空間の大きさ、広がりは後者が明らかに上。フルオケの音が綺麗。濁りが皆無。

 DAC からパワー・アンプに直結してみる。音はそう変わらない気がする。この場合には DAC からは音量固定で出して、パワー側で音量調節する。やはり CAP-1001 に軍配が上がる。Aiyima は若干だがフルオケのところでより粗くなる。それに、CAP-1001単体よりも Aiyima TUBE-T10 を入れた方が弦が綺麗になる。真空管のおかげか。

 というわけで、Bakoon SCL CAP-1001 を買うというのが現在の結論。念のため、もう少し他のものも聴いてみる。デッドはどちらもいい。あえて言えば、Tube T-10 + CAP-1001 の方が、ヴォーカルが生々しい。


%本日のグレイトフル・デッド
 06月08日には1967年から1994年まで、11本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。

01. 1967 Central Park, New York, NY
 木曜日。2時と5時の2回のショウ。無料。共演 Group Image。
 この頃のデッドの写真で必ず出てくるセントラル・パークでのフリー・コンサート。カフェ・ア・ゴーオーでのランの初日の昼に行なったトムキンス・スクエア・パークでのフリー・コンサートと並んで、デッドの存在をニューヨークに強烈に印象づけた。音楽もさることながら、無料だったことで、「庶民のバンド」というイメージが固定する。このイメージを信じこんだ狂信的ファンによって、5年後のフランスで散々な目に遭うことになる。
 Group Image はマンハタンで結成された6人組。ジェファーソン・エアプレインが一応のお手本らしいが、音楽はもう少しブルーズ寄りの由。1968年にアルバムをリリースしている。

02. 1967 Cafe Au Go Go, New York, NY
 木曜日。このヴェニュー10日連続のランの8日目。二部、7曲のセット・リストがある。この第一部クローザーで〈Born Cross-Eyed〉がデビュー。ボブ・ウィアの作詞作曲。この後は1968–01-17から03-30まで10回演奏。スタジオ盤収録無し。
 2曲目の〈Golden Road To Unlimited Devotion〉はこれが記録にある最後の演奏。

03. 1968 Carousel Ballroom, San Francisco, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。セット・リスト不明。

04. 1969 Fillmore West, San Francisco, CA
 日曜日。このヴェニュー5日連続のランの4日目。3ドル。Jr ウォーカー、グラス・ファミリー共演。
 6曲目〈Turn On Your Lovelight〉に Aum の Wayne Ceballos がヴォーカルで、エルヴィン・ビショップがギターで参加。ピグペンは不在。その後の〈The Things I Used To Do〉〈Who's Lovin' You Tonight〉ではビショップがヴォーカルとギター。この間、ガルシアは不在。その後の〈That's It for the Other One〉でガルシアは復帰。フィル・レシュの回想録によれば、このショウではレシュほか数人が、ありえないほどドラッグ漬けになっていて、ステージで幻覚を見ていたそうな。
 第一部2〜4曲目〈He Was A Friend Of Mine〉〈China Cat Sunflower〉〈New Potato Caboose〉が《Fillmore West 1969: The Complete Recordings》のボーナス・ディスクでリリースされた。〈New Potato Caboose〉は2015年の《30 Days Of Dead》でもリリースされている。第二部〈That's It for the Other One> Cosmic Charlie〉が2012年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 〈New Potato Caboose〉はこれが最後の演奏。1967-05-05以来25回目。レシュの曲で、明確なフォームを持たず、モチーフを核にして集団即興をするタイプだが、核になるメロディが複雑すぎて、うまく即興に打ち上げられない。リード・ヴォーカルはウィアだが、15回目の1968-03-17になってようやくまともに歌えるようになる。ガルシアは積極的にはソロをとらず、レシュにとらせ、そのソロをサポートしようとする。しかし、レシュはプライム・ムーヴァーではないので、バンドの即興をリードするまではいかない。バンドは何とか面白く展開しようと努めてみたものの、結局うまくいかなかった。

05. 1974 Oakland-Alameda County Coliseum Stadium, Oakland, CA
 土曜日。A Day On The Green #1 と題された2日間のフェスティヴァルの初日。前売8.50ドル、当日10ドル。開演午前10時。この日の出演はデッド、ビーチ・ボーイズ、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、コマンダー・コディ。出た順番はこの逆。ビーチ・ボーイズにとってはデッドは近づきたくない相手だったようだ。怖がっているようにみえたという話もある。
 デッドのショウそのものは良いものの由。
 ちなみに翌日は会場が Cow Palace に移って、テン・イヤーズ・アフター、キング・クリムゾン、ストローヴス。

06. 1977 Winterland, San Francisco, CA
 水曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。《Winterland June 1977》で全体がリリースされた。
 前日もベストだったが、それよりさらに良いとも思える。とりわけ後半、〈Estimated Prophet〉から〈Johnny B. Goode〉 まで一続きの演奏には、その続き方といい、デッドでも滅多にないゾーンに入っている。
 第一部が劣るわけでもなく、2曲目の〈Sugaree〉は5月初めの頃を凌ぐかとも思えるし、たとえば〈It's All Over Now〉のような種も仕掛けもない曲でも活き活きとしてくる。一見のんびりやっているようで、ドナ、ガルシア、ウィアのコーラスが決まっているし、ガルシアは例によって坦々とシンプルに音を重ねるだけで、すばらしいソロを展開する。これはもうギタリストのレベルではない。音楽家としての器が問われる。第一部クローザーの〈Supplication〉は、〈Slipknot!〉同様、ジャムのための場で、その中でも突出している。ガルシアがいかにも気持ち良さそうに快調に飛ばすギターを核にした集団即興には、もうサイコー! ベスト・ヴァージョン!とわめいてしまう。
 1977年は幸せな年であるので、デッドのユーモアもまた最高の形で発揮されている。もともと〈Row Jimmy〉とか〈Ramble On Rose〉などのユーモラスな曲には腹を抱えて笑ってしまうし、〈Wharf Rat〉のようなシリアスな緊張感に満ちた曲でも、顔がほころぶ。

07. 1980 Folsom Field, University of Colorado, Boulder, CO
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。12ドル。開演正午。ウォレン・ジヴォン前座。
 オープナーが〈Uncle John's Band> Playing In The Band> Uncle John's Band〉というのはこれが唯一。その後さらに〈Me and My Uncle> Mexicali Blues〉までノンストップ。こういうショウが悪いはずがない。

08. 1990 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。07-22まで20本の夏のツアー、ブレント・ミドランド最後のツアーのスタート。開演7時半。まことに見事なショウの由。

09. 1992 Richfield Coliseum, Richfield, OH
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時。ハイライトの多い見事なショウの由。

10. 1993 The Palace, Auburn Hills, MI
 火曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時。
 なかなかに良いショウの由。とりわけ第二部前半。

11. 1994 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 水曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。08月04日まで29本の夏のツアーのスタート。26.50ドル。開演7時。第一部〈Me And My Uncle> Big River〉でウィアはアコースティック・ギター。
 第二部 Drums> Space 後で〈Samba In The Rain〉がデビュー。ハンターの詞にウェルニクが曲をつけた。1995-07-09まで38回演奏。スタジオ盤収録はデッド時代は無し。1998年04月に出たウェルニクのバンド Vince Welnick and Missing Man Formation の唯一のアルバム《Missing Man Formation》収録。(ゆ)

05月31日・月
 Edifier の STAX SPIRIT S3 は実質的に Audeze のヘッドフォン無線版で5万というのは面白い。Audeze とは世界配給で提携しているが、ここまで技術を使えるとすると、資本提携まで踏みこんでいるのか。Audeze 自体はまだ無線を出す気は無さそうだ。低音強調したエフェクトを "Classic" と呼んでいるのも興味深い。クラシックのオーケストラは低音が強調されていることを、生のコンサート、ライヴに通って思い知らされているのだろう。形からするとクローズド。とりあえず、買物カゴに放りこむ。実際に買うかどうかは、後で考えよう。


 
 こういう「廉価」製品に STAX の名を使うのは、いくら親会社だといっても冒瀆だ、という意見が Head-Fi に出ている。気持ちはわからないでもないが、やはり筋違いだろう。むしろ素直にオマージュと見ていいんじゃないか。


%本日のグレイトフル・デッド
 05月30日には1967年から1992年まで6本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1967 Winterland Arena, San Francisco, CA
 火曜日。2.50ドル。HALO (Haight Ashbury Legal Organization) のための資金集めのベネフィット・コンサート。共演ジェファーソン・エアプレイン、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー、クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、シャーラタンズ。ジェファーソンの Wiki によれば、全てのバンドがこの日演奏したわけではないらしい。クィックシルヴァーのイントロで Tom Donahue が「3つのバンド全部が2回ずつ演奏する」と言っているそうだ。
https://concerts.fandom.com/wiki/Jefferson_Airplane
 HALO はアシュベリー・ストリート710番地のデッドの館の通りをはさんで真向かいに事務所を構えた弁護士たち。

2. 1968 Carousel Ballroom, San Francisco, CA
 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。セット・リスト不明。チラシにはチャーリー・マッセルホワイトと Petris の名前もある。後者は不明。

3. 1969 Springer's Inn, Portland, OR
 金曜日。2.50ドル。開演9時。Palace Meat Market 前座。この施設は Springer's Inn または単に Springer's という名前で、ポスターでは Springer's Hall になっている。ここでは翌年1月にもう2回、ショウをしている。
 Palace Meat Market はオレゴン州ユージーンのローカル・バンドで、1968〜69年にこの名前で活動。メンバーにサックス、フルートの奏者を含む。基本五人組らしい。
http://www.pnwbands.com/palacemeatmarket.html

4. 1971 Winterland Arena, San Francisco, CA
 日曜日。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、R. J. Fox、ジェイムズ&グッド・ブラザーズ共演。
 第二部7曲目〈Truckin'〉が2010年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、第二部冒頭の2曲を除く全部とアンコールの10曲が2012年11月のレコードストア・ディ向けのアナログ盤として出た《Winterland: May 30th 1971》でリリースされた。
 R. J. Fox とポスターにはあるが、検索してもミュージシャンでは出てこない。

5. 1980 Milwaukee Auditorium, Milwaukee, WI
 金曜日。9.50ドル。開演7時。とりわけ第二部が良い由。

6. 1992 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。23.50ドル。開演2時。
 この年のベストの1本。90年代全体でも指折りの由。Space では稲妻が光り、雷鳴が聞えたが、雨は降らず、アンコール〈Knockin' On Heaven's Door〉の時、大きな虹がかかった。(ゆ)

05月15日・日
 乾燥機の騒音対策に何かないかと探すと、抽斗の奥から FitEar のライブ用耳栓が出てくる。つけてみるとなかなかよい。これはライブ用で完全に音を遮断しないから、会話もできなくはない。乾燥機の近くにいなければならない時はこれをつけることにする。
 


 サイトによればライブ以外でもいろいろ使えるとある。いや、まったくその通り。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月15日には1970年から1993年まで6本のショウをしている。公式リリースは3本、うち完全版2本、準完全版1本。

1. 1970, Fillmore East, New York, NY
 金曜日。3.50ドル。開演8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ共演。早番、遅番の2回のショウ。それぞれ三部制で、アコースティック・デッド、NRPS、エレクトリック・デッドの構成。NRPS にはガルシアがペダルスティールで参加。ボブ・ウィアが一部にヴォーカルで参加。早番は3時間弱、遅番は4時間の録音が残っている。
 早番ショウ第三部2曲目〈Easy Wind〉が《Fallout From The Phil Zone》で、遅番ショウ第一部5曲目の〈Friend Of The Devil〉が《The Golden Road》所収の《American Beauty》のボーナス・トラックでリリースされた後、《Road Trips, Vol.3, No.3》とそのボーナス・ディスクでニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジのセットを除く全体がリリースされた。
 遅番ショウ第一部クローザーで〈A Voice From On High〉が初演。ビル・モンローの作詞作曲。この年の08月05日まで、アコースティック・セットで3回演奏された。また1986年の感謝祭ディナーでジェリィ・ガルシア、デヴィッド・ネルソン、サンディ・ロスマンからなる The Log Cabin Boys によっても演奏された。
 ビル・モンローは1954年01月25日にこの曲を録音しているが、スタンリー・ブラザーズによる録音の方が早いという話もある。
 ビル・モンローはガルシアが10代の頃、ブルーグラスに入れこんでいた時のヒーローで、ケンタッキーまで追っかけをしている。バンジョー奏者としてブルーグラス・ボーイズに入るのが夢だった。

2. 1977 St. Louis Arena, St. Louis, MO
 日曜日。7.50ドル。開演7時。《May 1977》で全体がリリースされた。
 第一部9曲目で〈Passenger〉がデビュー。Peter Monk の詞にフィル・レシュが曲をつけたもの。1981-12-27、オークランドまで99回演奏。レシュの曲だがリード・ヴォーカルはウィア。ガルシアは普通スライド・ギターを弾く。
 第二部6曲目〈St. Stephen〉から次の〈Not Fade Away〉に移る際に〈Iko Iko〉が歌われ、この曲の初演とされる。この3曲、切れ目なくつながっている。1995-07-05まで計183回演奏。だいたいにおいて時期が遅くなるにしたがい、とりあげられる頻度が増えていった。スタジオ版としてはジェリィ・ガルシアのソロ・アルバムを集めたボックス・セット《All Good Things》収録の《Cats Under The Stars》に、録音セッションからのアウトテイクが収められた。
 セカンド・ラインに載せて歌われるニューオーリンズ・ソングの代表作として、ドクター・ジョンのヴァージョンなどが有名。1950年代初めに James "Sugar Boy" Crawford によって、2曲のインディアンのチャントに曲をつけられてできた。"iko iko" は勝利の歌、"jack-a-mo" が戦いに赴く歌。クロフォードは〈Jack-a-Moe〉として録音。これを The Dixie Cups が〈Iko Iko〉として1964年に録音。こちらに著作権が与えられた。アメリカの著作権のホラー・ストーリーの一つであろう。
 とまれ、デッドはこれを好み、ガルシアの持ち歌として様々な形で歌った。ガルシアは自分のソロ・プロジェクトでも歌っている。
 ここでは〈St. Stephen〉は一通り歌ったところで切り上げ、〈Not Fade Away〉のビートが始まり、ガルシアが軽くスロを弾いたりして、なかなか完全に移行しない。と、いきなりガルシアが "Hey Now" と歌いだし、ドナとウィアが即座に応える。とすれば、この日どこかでデビューさせることはおそらく決まっていて、リハーサルもしていたのだろう。ワン・コーラス歌ったところで、一拍置いて、今度は〈Not Fade Away〉を歌いだす。
 ここでのガルシアのギター・ソロが良い。この日もガルシアのギターは絶好調で、第一部3曲目〈Row Jimmiy〉やその次の〈New Minglewood Blues〉あるいは〈Lazy Lightning〉のような、普段あまりギター・ソロを展開しない曲や、クローザーの20分近い〈Dancing In The Street〉、第二部オープナー〈Estimated Prophet〉から〈Eyes Of The World〉にかけてのギターは凄い、としか言いようがないものばかりだが、この〈Not Fade Away〉では低音域だけを使って渋いソロを弾きまくる。次第にビートがフリーになり、メインのメロディから離れたすばらしいジャムになる。ひとしきり演った後、ガルシアがまだポロンポロンやっているうちにウィアがリフを弾きだして〈Sugar Magnolia〉。ここでの歌の後、Sunshine Daydream の前のガルシアのソロはこの世のものとも思えない。ほとんどのどかな、老農夫が春の日の午後を愉しんでいるけしき。テンポが遅いとも思えないが、ひどくのんびりしている。駘蕩として悠々たる気分。こういう余裕が音楽をさらに豊かにしているのもこの時期の特徴に思える。原始デッドはもっとギラギラしているし、1980年代以降は余裕がだんだんなくなってゆく。
 ゆったりとした余裕はアンコールの〈Uncle John's Band〉にも引き継がれて、ここでもガルシアがそれはそれはすばらしいギターを聴かせる。ギターだけとればこの歌のベスト・ヴァージョン。マイクの調子が今一つなのが惜しいが、そんなことも気にならないくらいだ。
 この時はセント・ルイスは1日だけで、次は中1日置いてアラバマ大学。

3. 1980 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
 木曜日。11.50ドル。開演8時。このヴェニュー3日連続のランの中日。
 第一部10曲中6曲、第二部の1曲を除く全体とアンコール、計16曲が《Go To Nassau》でリリースされた。

3. 1981 Athletic Center, Rutgers University, Piscataway, NJ
 金曜日。11.50ドル。開演7時。この施設は大学の本体とは離れたところにある。
 良いショウの由。第一部クローザー前の〈Looks Like Rain〉や第二部3曲目〈Estimated Prophet〉の途中で、空に電光が走った。

4. 1983 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA
 日曜日。開演3時。このヴェニュー3日連続のランの楽日。
 クローザーの〈Not Fade Away〉にジョン・チポリーナが、Drums にアイアート・モレイラとフローラ・プリムが参加。
 第二部開始前、サウンドマンのダン・ヒーリィの誕生日を盛大に祝った。
 なかなか良いショウの由。

5. 1993 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 土曜日。開演2時。スティング前座。
 第二部オープナー〈Here Comes Sunshine〉でガルシアが "Here comes sunshine" と歌いだした瞬間、雲が切れて陽が射した。あまり良いショウではないらしい。スティングは良かった。(ゆ)

05月11日・水
 iPod の二代目と AAC の導入で、あたしは CD から離れた。AAC にリッピングした音を聴いて、これなら行けると判断し、持っていた CD を片端からリッピングしはじめた。初めは当然 iTunes でリッピングしていた。ライブラリーの大半は今でもその時にリッピングしたままだ。数千枚の CD を全部リッピングしなおすことは考えたくもないし、それでもすでに 3TB に近づいているのだから、全部やりなおせば、容量がいくらあっても足りない。

 その前に移動しながら、つまり散歩しながら音楽を聴くことは CDウォークマンでやっていた。カセットのウォークマンはついに使わなかった。部屋の中に閉じこもらず、スピーカーの前に座らずに、オープンな環境で音楽を聴くことのメリットはだからウォークマンに教えられた。音楽を聴きながら歩くと、目に映る光景も、耳に聞える音楽も、新たな位相を現す。音楽が演奏されている現場では無いところで、まったく別の情景を目にしながらでも鑑賞できるようになったのは、テクノロジーの御利益、我々が人類史上初めて享受しているありがたさだ。つまりこれはまったく新しい体験なのだ。

 あれはいつだったか。もう20年かそこら前かもしれない。ちょうど今ころか、田圃はまだ前年に刈りとられた切株が残っていたから、もう少し前だったろう。その田圃の間の道を散歩していた。晴れて、大きな雲が大山の向こうからせり出してきていた。先端がちょうど頭の真上に来ようとしていた。雲は陽光をいっぱいに受けて輝いていた。何を聴いていたかは覚えていない。とにかく音楽を聴きながら、その雲を見上げた瞬間、たとえようもない幸福感がいきなり湧いてきた。なにか具体的なことが幸福というわけではない。そうしてその場にあること、そこに雲があり、田圃があり、こうしてここに生きてあること、音楽を聴いていること、その全体がただただ幸福だと感じていた。至福、とはああいう感覚だろう。その感覚は覚えている。忘れられようもない。足は自然に止まり、阿呆のように雲を見上げたまま、しばし立ちつくした。

 iPod は CD の枠、アルバムの枠を外してくれた。詰めこめるだけ詰めこんだライブラリーをシャッフルで聴く愉しさを教えてくれた。作られたコンテクストから一度完全に離れた形で聴く音楽は、また別の次元で異なる位相、新鮮な位相を現す。交響曲の1楽章の次にどブルーズが来て、その次は荒井由美、続くのはニック・ジョーンズ、その次はトト・ラ・モンポシーナ、というのはまだどこか因果関係がある。もっとランダムに、デタラメに、えー、ここでこれが来るのかよ、と驚く愉しさは、他にたとえるものもない。こんな曲、入っていたっけ、と驚く愉しさもまた、たとえるものもない。なるべく多彩と思えるものを詰めこむようにしたり、容量が大きいものを求める。

 音楽を録音で聴くことは、生で体験するのとは違う。それはデメリットもあるけれども、一方で、コンテクストから外して、あるいはまったく別のコンテクストに移して聴くことができるメリットはそれを埋め合わせて余りある。iPod はそれを教えてくれた。ウォークマンではなかった。

 iPod は iPhone を生み、音楽の録音を聴く自由度、選択肢の幅、多様性はさらに大きくなった。ソニーがウォークマンにこだわっているのは、つまるところ、オーディオ・メーカーだからだろう。Apple にとってハードウェアはインフラにすぎないが、ソニーはハードウェアを作り、売ることが好きなのだ。だが、もう一度つまるところ、iPod に相当するジャンプをソニーはできていない。ウォークマンなくして iPod は生まれなかったが、今のウォークマンは iPod のコピーだ。ウォークマンで音楽をコンテクストから外し、CD で音楽をデジタル化してパッケージから解放したようなジャンプを、ソニーには期待しよう。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月11日には1968年から1991年まで11本のショウをしている。公式リリースは4本。うち完全版2本、準完全版1本。

01. 1968 Virginia Beach Civic Center (aka The Dome), Virginia Beach, VA
 土曜日。2.50、3.00、3.50ドル。7時と10時の2回。共演 The Wild Kingdom。
 チラシには "Direct from San Francisco" とある。会場の音響はひどかったらしい。

02. 1969 Aztec Bowl, San Diego State University, San Diego, CA
 日曜日。開演正午。ワンマンではなく、キャンド・ヒートがヘッドライナーで、デッド、Lee Michaels、サンタナ、Tarantula がポスターには出ている。
 デッドの演目には長いドラム・セットがあり、ここにサンタナと the Grandmasters が参加したと、DeadBase IX にはある。
 Lee Michaels は1945年ロサンゼルス生まれのシンガー、キーボード奏者。ハモンド・オルガンの名手として知られる。1967年 A&M Records と契約、ソロ・アルバムを出す。1971年に〈Do You Know What I Mean〉がトップ10に入る。
 Tarantula は不明。この名前のバンドはたくさんあるが、1960年代にアメリカで活動したものは見当らない。ローカル・バンドか。

03. 1970 Village Gate, New York, NY
 月曜日。ここで行われたティモシー・リアリー弁護費用基金のための資金調達ベネフィット・コンサートにデッドが参加した、という話がある。が、確証が無い。別の証言では出たのはアレン・ギンズバーグ、アラン・ワッツ、ピーター・ヤーロウ、ジミ・ヘンドリックス、ジョニー・ウィンター、ジョン・セバスチャンだった、と言う。

04. 1972 Rotterdam Civic Hall, Rotterdam, Netherland
 木曜日。ヨーロッパ・ツアー15本目。
 第一部6曲目の〈Chinatown Shuffle〉が《So Many Roads》でリリースされた後、全体が《Europe ’72: The Complete Recordings》でリリースされた。
 前日とは様変わりして、冒頭からバンドは走っている。なにせ10分を超える〈Playing In The Band〉でショウを始めるのだから。
 ウィアは声がかすれているが、ショウが進むにつれ、歌っているうちに一度治ったらしい。最後にはまた潰す。ガルシアのヴォーカルは元気いっぱいで、粘り気がある。ピグペンは絶好調。この日はガルシアはギターも最初から飛ばして、ピグペンの曲でもいいギターを弾く。それも低い音域を使うのがいい。第一部10曲目〈It Hurts Me Too〉が、ピグペンのヴォーカルもガルシアのギターもベスト。第一部クローザー前の〈Good Lovin'〉もすばらしい。
 第二部オープナー〈Morning Dew〉を聴くと、会場が前日よりも広いらしいことがわかる。コンセルトヘボウは19世紀末のオープンで定員2,000。ここは1966年にオープンしたモダンなデザインのホールで、定員2,200。定員からすればそう違わないが、こちらは最新の音響設計を施しているそうな。
 第二部3曲目〈The Stranger〉でもガルシアがハーモニクスを駆使して、面白い音を出す。
 このショウはデッドのアーカイヴの初代管理人ディック・ラトヴァラの大のお気に入りだったそうで、それというのも全部で50分近い〈Dark Star〉から〈Turckin'〉にいたる1時間半になんなんとするメドレーのおかげ。ライナーでブレア・ジャクソンがこの〈Dark Star〉を詳細に分析しているのは、デッドの音楽に相対する手法の一つではある。バンド全体での集団即興も面白いが、この日はベースとドラムスの3人とか、ガルシア、ウィア、レシュのトリオとか、少人数で比較的静かにやるのがたまらん。
 ショウを仕舞う〈Uncle John's Band〉でもガルシアが切れ味のいいギターを展開して納得。
 次は1日置いてフランスのリール。

05. 1977 St. Paul Civic Center Arena, St. Paul, MN
 水曜日。全体が《MAY 1977》でリリースされた。
 この前の3本のラン、05月08、09、10日が三部作なら、ここからの3本、翌日と翌々日のシカゴも三部作と見ることもできる。《MAY 1977》のボックス・セットでは、それに15日のセント・ルイスと17日のアリゾナも加えている。
 この日のショウは前3本に比べてしまうと地味に聞えるところもある。一方で、この春のツアーの浮き立つような感覚、このバンドで音楽をやれることの歓びはやはりたっぷりと浸ることができる。
 第一部はきっちりした演奏が続く。特別に離陸することもあまりないけれども、いつもやっている曲をいつもと同じようにやって、なおかつ、まるで初めて聴くように新鮮に聴かせることができる、というのはやはり凄いことだ。中では〈Looks Like Rain〉が一頭地を抜いている。この時期、この曲はウィアとドナのデュエットで、とりわけ2人が即興で歌いあうコーダがたまらん。
 これに限らず、ドナの存在はこの時期の音楽に特別の輝きを与えている。大休止からの復帰後のドナは参加する曲も大幅に増え、また単にコーラスに参加するだけでなく、この曲や〈Cassidy〉のように、デュエットをする場面も多く、長くなる。さらには自作の〈Sunrise〉もレパートリィに入る。女性の声が入るだけでも色合いが変わるし、70年代後半のドナは場面によって様々に歌い方も変えて、デッドの歌の表情がより多彩になる。この日も第二部〈Scarlet Begonias〉の後半、ガルシアのギター・ソロの裏で入れる「泣き」がすばらしい。
 第一部クローザーは〈Sugaree〉で、この春のこの曲はやはり異常なまでに美しい。
 この日はアンサンブルがよく弾む。第二部2曲目〈Brown-Eyed Women〉のような曲でも、こんなに弾んでいいのかと思うくらい元気がいい。
 バンドの全体が元気がよいので、ガルシアが突出することはあまりないが、〈Fire on the Mountain〉後半ではギターを弾くのをやめない。コーダのフレーズに入ってからもその変奏を延々と続け、さらにまたソロになったりする。
 この時期はまだ第二部中間での Drums> Space は確立していない。ここでは〈Uncle John's Band〉のラストがジャムになり、そのまま Space と呼ばれる時間になる。しばらく集団での即興が続くが、やがてガルシアがそれまでの小さな音量からややアグレッシヴな演奏になると、他のメンバーが退いてまったくのソロになる。ここは指が勝手に動く、音が湧いてくる感じ。そしていきなりコードを叩いて〈Wharf Rat〉。ヴォーカルもいいが、Space でカンをとりもどしたか、その後のガルシアのギター・ソロはこの日のベスト。演奏もすばらしく、力を入れるところと、すっと引くところの出し入れの呼吸が絶妙。
 続く〈Around and Around〉がまたすばらしい。ドナのヴォーカルがいよいよ冴えわたり、途中でどんとテンポが上がるといつもより速く、熱が上がる。ラストが決まった後、レシュが Thank you, good night と宣言して、これまではここで終るのだが、この日はアンコールがある。〈Brokedown Palace〉のこれもベスト・ヴァージョンの後、今度はガルシアが最後の挨拶をする。
 終ってみれば、やはりこれも1977年春の輝きに満ちている。

06. 1978 Springfield Civic Arena, Springfield, MA
 木曜日。開演7時。第一部の3曲、第二部でも3曲を除き、《Dick's Picks, Vol.25》でリリースされた。また、第二部オープナーの〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 非常に良いショウで、あまりに奔放なので、バンドは全員ヤク漬けになっていたのだ、という噂が飛びかっていた。

07. 1979 Billerica Forum, Billerica, MA
 金曜日。9.50ドル。開演8時。
 ミドランドが体調を崩したのでアンコールはできないとハートが宣言したそうな。

08. 1980 Cumberland County Civic Center, Portland, ME
 日曜日。これまた良いショウの由。

09. 1981 New Haven Coliseum, New Haven, CT
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。10.50ドル。開演7時半。
 第二部4曲目〈To Lay Me Down〉が2014年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 これも良いショウの由。

10. 1986 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 日曜日。16ドル。開演2時。このヴェニュー2日連続の2日目。
 前日ほどではないが、良いショウ。

11. 1991 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演7時。(ゆ)

05月05日・木
 てっきりエイプリル・フールのネタかと思っていたら、ホンモノの新製品だった FitEar Silver 開発者インタヴューが面白い。
 


 須山社長も50代、とすれば確かに耳の衰えはやむをえない。高域はずいぶん聞えなくなっているはずだ。20代の若い方が一線で開発を担当するのは、オーディオ・メーカーとしては理想的な形だが、そんなに実例は多く聞かない。本人がやっていた頃のマーク・レヴィンソンはそれくらいだろうか。
 それにしても、この堀田氏、父君がオーディオ・マニアで、高校生の頃からイヤフォンを自作し、イヤフォン作りをするために歯科技工士の資格を取って FitEar に入るというのは、徹底している。レールに載らない、というか、レールは自分で敷くものではある。
 足らないところといえば、須山社長もおっしゃるように、生音の体験だろう。生音が聴けるライヴに通っていただきたいものである。同じシンバルでも、素人が叩くのと、名人が叩くのでは音が違うことも実感していただきたい。
 あえて希望を言えば、ぜひ、わが国のアイリッシュ系、ケルト系のアーティストのライヴを体験していただきたい。そこで、こういう音楽を聴くのに最適なイヤフォンを作ろうという気になっていただければなおのこと嬉しい。

 ヘッドフォン祭の会場で、須山社長は18金でボディを作った FitEar Gold も見せてくれたが、あちらはホンモノのエイプリル・フール・ネタらしい。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月05日には1965年から1991年まで9本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。

1. 1965 Magoo's Pizza Parlor, Menlo Park, CA
 日曜日。バンドが The Warlocks の名で人前で初めて演奏したものと言われる。当時ここで演奏をしていたのはむろんかれらだけではなく、様々なバンドやアクトがやっていた。ピザ屋に来る客はピザを食べに来る人、音楽を聞きに来る人、ピザと音楽と両方のために来る人がいた。
 DeadBase XI でレポートしている Donn Paulk は当時10歳だが、The Warlocks の演奏は楽しいものとして印象に残っているという。

2. 1967 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。テープが残っており、セット・リストの一部がわかっている。

3. 1968 Central Park, New York, NY
 日曜日。グレイトフル・デッドがマンハッタンで初めて演奏し、ニューヨークの人びとにその存在を印象づけたことで有名なショウ。
 ジェファーソン・エアプレインが前日フィルモア・イーストで初めて演奏し、やはり鮮烈なニューヨーク・デビューを果した。その前座は Crazy World of Arthur Brown で、これとジェファーソン・エアプレインの幕間にビル・グレアムが出てきて、翌日セントラル・パークでリッチー・ヘヴンス、ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンド、ジェファーソン・エアプレイン、グレイトフル・デッドがフリー・コンサートをすることをアナウンスした。また別の証言では、エアプレインのポール・カントナーも翌日のフリー・コンサートをステージからアナウンスした。
 DeadBase XI でレポートしている Doug とその友人たちにとってはリッチー・ヘヴンスが最大の魅力だった。ジェファーソンはこの日見たばかり、ポール・バターフィールドもグレイトフル・デッドも聴いたことがなかった。結局ヘヴンスは登場せず、替わりに Larry Hankin というコメディアンが出た。バターフィールドも良かったが、デッドには文字通り、ぶっとんだ。同様にぶっとび、以後、忠実なデッドヘッドになった人間は数多い。
 この日は天気もよく、会場の雰囲気もリラックスしたものだった。聴衆の中からステージに向かってフリスビーが投げられ、カントナーの尻にあたった。カントナーはこれを見せびらかした。デッドの演奏の時には、ステージの脇や後ろで出番の終ったミュージシャンたちがビールを飲みながら、デッドの演奏を愉しんでいた。
 この日、バンドが使っていた機材についての詳細なコメントが Setlist にある。

4. 1977 Vetrans Memorial Coliseum, New Haven, CT
 木曜日。7.50ドル。開演7時。
 全体が《May 1977: Get Shown The Light》でリリースされた。
 1977年春のツアーは1972年のヨーロッパ・ツアー、1990年春のツアーとならぶ、デッド史上最高のツアーの一つ。メンバーが30代前半、1974〜76年の大休止によって心身ともにリフレッシュしたこと、年頭の《Terrapin Station》録音での経験などが相俟って、バンドは最高の状態にある。
 この1977年のサウンドにはこうして音楽をやっていること、やれることの幸福感が満ちあふれている。1972年は原始デッドの最後の残照がどこか悲劇的な色合いを加えている。1990年には時代の流れに逆らっている状況が、72年とは異なりながら、やはり悲劇的な色合いを忍ばせる。デッドとしては意図して逆らっているわけではなく、ごく自然に、あたりまえにデッドであろうとすることがそのまま逆らうことになってしまう構造であるにしても、だ。
 1977年はそれまでの蓄積が花開き、音楽の上でやりたいことを自在にできるようになり、グレイトフル・デッドというバンドの音楽が最も実り多い形に結実している。そのことをバンド自身も、周囲もファンも日々実感しながらツアーをしている。この春の音楽を聴いていると、この音楽に浸れることの歓びがふつふつと湧いてくる。気分が昂揚し、生きてあることの幸せを噛みしめる。
 この年は2月下旬、サン・バーディーノ、サンタ・バーバラでの2日間で始動し、3月半ばにウィンターランドで三連荘をした後、04月22日、フィラデルフィアからツアーを開始、05月28日コネティカット州ハートフォードまで26本の長丁場だ。フロリダまでの大陸東岸のほぼ全域から、西はアリゾナまで含む。この長いツアーからもどったバンドを迎えたビル・グレアムは、「ご苦労さん、ご褒美だよ」と6月上旬、ウィンターランドに3日間ブッキングする。それに答えて、バンドはここでも最高の演奏を披露する。アウェイのツアーに対して、こちらはホーム感たっぷりだ。

 《30 Trips Around The Sun》収録の1977-04-25ニュー・ジャージー州パセーイクでのショウのライナーでデヴィッド・レミューは、同じ春のツアーでも4月中はまだ1976年版のデッドから77年版のデッドへの移行期だと言う。完全に入れ替わるのが05-03、ニューヨークのパラダイムでの5本連続のランの4本目だそうだ。
 76年と77年では確かに違うが、この移行はあたしには正直まだわからない。もっと聞きこめばわかるようになるかもしれないが、2時間半のショウをそう何回も聴くだけの時間はまずない。
 とまれ、この05月05日ニューヘイヴンでのショウは前述の幸福感がふつふつと湧いてくる体験をさせてくれる。オープナーの〈The Promised Land〉だけでまずご機嫌になるが、その次〈Sugaree〉が凄い。15分を超える演奏はまさに「モンスター」。ガルシアの歌もすばらしいが、ギターがほとんど人間業ではない。ごくごくシンプルな、ほとんど四分音符だけをただ並べてゆく。起伏もあまりないメロディを繰返し、繰返しながら少しずつ変えてゆく。それだけでどこまでも盛り上がってゆくのだ。他のメンバーもこれにならって、各々にシンプルなフレーズを繰返し、波が波を呼び、干渉しあって大きくなる。なんで、こんな単純なものに感動するのだ、と自分でもわけがわからなくなる。単純でシンプルだからこそ感動するのだろう。デッドの演奏としてもこれは尋常ではい。デッドのベストの演奏としても尋常ではない。あらゆる基準を超えてしまっている。
 ガルシアのギターはただシンプルなだけではない。この頃になると、まさに自在、ジャズにもブルーズにもロックンロールにも、あるいはほとんどアコースティックなフォークにも、融通無碍に遊びころげる。流麗と言ってもいい。かと思えば〈Deal〉では丈夫なバネがそなわったように弾むこと弾むこと。もともと即興の曲である〈Supplication〉でも、第一部クローザー〈The Music Never Stopped〉でも、同じ人間が弾いているとも思えない。
 しかも、そういう超人的なギターが独り突出するわけでもない。バンドがちゃんとついてゆく。ガルシアのギターもアンサンブルの一部、核心ではあるが一部として成り立っている。そして、メンバー各々に遊んでいる。〈Scarlet Begonias〉で "in the heart of gold band" でブレイクするところで、キースがピアノで軽く残るのが粋だ。この後でもガルシアはごくシンプルなのに心に響くフレーズを連発する。
 これもこの時期の特徴だが、全体としてゆったりとしている。テンポが遅いとまではいえないが、タメ、余裕がある。それと優しさがある。タッチがやわらかい。〈Good Loving'〉でさえ、優しくやわらかく水のごとく流れるように演奏される。
 その流れを汲んで始まる〈St. Stephen〉では、歌の後の即興がメインのメロディからは完全に離陸する。そこからさらに別の位相に転換し、ほとんど〈Truckin'〉のノリで延々と続くかと思うと最後にテーマにもどり、歌が出てくる。この回帰のカッコよさには唸るしかない。
 「ウィリアム・テル・ブリッジ」直前のコーラスで切り、一拍おいてウィアがリフを始めて〈Sugar Magnolia〉。ここでもガルシアがすばらしいギターを聞かせ、"Sunshine Daydream" では、ドナとウィアがやはり優しく歌いだす。だんだんに熱を帯びるが、エッジは立たない。
 〈Johnny B. Goode〉はアンコールとしては定番だが、ひどく新鮮に響く。
 春のツアーの中でも、ここから07日ボストン、08日バートン・ホール、09日バッファローの「三部作」はピーク中のピークになる。

5. 1978 Thompson Arena, Dartmouth College, Hanover, NH
 金曜日。8ドル。開演8時。
 会場の音響は最低だったそうな。

6. 1979 Baltimore Civic Center, Baltimore, MD
 土曜日。短かめだが、良いショウの由。

7. 1981 Glens Falls Civic Center, Glens Falls, NY
 火曜日。10.50ドル。開演7時。
 DeadBase XI で Stu Nixon は〈Uncle John's Band〉での2回のジャムを誉めたたえている。

8. 1990 California State University Dominguez Hills, Carson, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時。FM放送された。
 気温38度で、演奏もホットだった由。

9. 1991 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。開演6時。
 オープナーの〈Help On The Way> Slipknot> Franklin's Tower〉のメドレーが2010年、最初の《30 Days Of Dead》でリリースされた。(ゆ)

05月03日・月
 final のサイト、final Lab のコーナーの九州大学・河原一彦博士のインタヴューがめちゃ面白い。
 


 これまでされてきている仕事の話もたいへん面白く、とりわけ「聴能外蕁廚蓮△海Δい授業、訓練を若い時に受けたかったと思うけれど、最も興味を惹かれたのは最後の2回、Vol. 6 『音響教育と民生オーディオ』、Vol. 7 『今後目指すもの』。とりわけ、最後の最後の部分は、昨日の中村繪里子氏のコメントにも通じる、今からのオーディオのめざすべきところを押えていると思う。オーディオというと河原博士ではないが、無責任になるな。オーディオのユーザーすなわちリスナー、つまりあたしらがめざすべきところ、だろうか。

—引用開始—
河原:そういう意味じゃ、このインタビューの中でもキーワードみたいになったと思うんですけど。商品、オーディオに関するような商品を買う人も、自分を鍛えないといけない。鍛えたら良いことがあるよっていうふうにしたいなと思いました、この準備をしながら。そうすると、例えばfinalの場合だと、自分に合ったイヤホンが得られ、選ぶ能力というか、例えば僕が言いたかったのは、車を買う時に、めちゃくちゃ調べるでしょ?そんな車を買う時みたいに調べないけど、イヤホンを買う時に、このハンドブックを見とったら、選ぶコツが分かるっていう、1個選ぶ時に、拠り所になるように、例えば僕らにとっては当たり前ですけど、自分の好きな音楽を聴いて選んだらいいよとか。それだけでもいいと思うんですよね。例えば誰の音楽が好きというのがあれば、その曲がかっこよく聴こえるイヤホンを選んだら、それでいいわけじゃないですか。だから自分の好きな曲が、あまりラウドネス競争していると困るんですけど、自分の好きな音楽が、自分にとって気持ち良く聴けるようなイヤホンだったら、値段が高い安いじゃなくて選んでいいんじゃないですか?選んでいいんだよ。思い出した。いつも言ってること。おそらく、今までの民生オーディオは、良い悪いの対立だったと思うんですね。良いのはどれ?みたいな。おそらく、パラダイムシフトが起こらないといけないと思っていて。多分、好きかそうじゃないかとか、もしくは、適しているか適していないかっていう、そういう軸に変わるんじゃないか。それは、ある程度良い悪いっていう意味でのHi-Fiのソリューション、解にほぼ近づいてしまったから、それからどっちかというか、どういう音楽をどう聴かせるかという味付けの方に、味付けというか、調整の方に。味付けというのは、適切じゃない。Hi-Fiでは、ほぼチューニングとして達成できるとしたら、じゃどの音楽を聴かせますか?どういうジャンルの音楽に合わせますか?っていう時代になるんじゃないかと思っているんですよ。そういう時に、じゃあそういう売り方、あるいは、選び手もどういう音楽、好きな音楽、いつも聴いている音楽は、これ。じゃあ、それを聴いてみて、AとBとCと聴いて、じゃあ1番これが素敵に聴こえる。その時に、いっぺんボリュームを下げて、あらためて上げましょうっていうのもあるけど、そういう聴き方をして選んでもらえるような、そういうテクニックというか、リテラシーをちゃんと伝えないといけないなと思います。いけないな、無責任な発言だな、これは。主語がないからいけない。業界関係者ときちんと連携して、教育機関も、そういう発信をしていかないといけないなと思っています。どうでしょう。 

濱:ありがとうございます。私自身は、音楽コンテンツを作る側の仕事もやってきましたから、元々は、ある時代までは自分が作った音をそのまま聴いて欲しいという意図が強かったですね。ですから、フィデリティという、忠実性というのを再生側にも求めてきていたんですけど。今は、先ほどのスマートフォンやら、一体どういう環境で聴かれるか分からない。そこに信号処理で、いわゆるレンダリングという技術ができてきて、かつ、3Dオーディオというのも、非常に一般的になりつつある。そうすると、私はこう作ったので、こう聴いてくださいではなくて、こういう形の素材を用意しましたから、あとはお好きに聴いてくださいみたいな形が多分求められてきているんですね。そうしないと、コンテンツもきちっと渡していけないみたいな。それは、MPEG-Hだとか、ああいう符号化がそれこそ、そういうことも想定して、音をどういうふうに伝えるかっていう符号化の考え方も変わってきている。そういう意味では、ユーザーというか、リスナーが主体的に音楽をどういうふうに聴くかっていうことを、主体的に自分で選ぶ。じゃあ、どういうデバイスで選ぶ、あるいは、どういう音で選ぶ、どういう音で聴くというのを多分選べる時代になってきた。でも、そのためにはある程度知らないと選べない。だからそこは、多少なりおっしゃったように、ガイドブックなのか、勉強するのか、調べれば、今の時代ですから、色々な情報があって。今回のこういったインタビューも、おそらく普段それこそ河原先生の授業でも取らない限りは、こうやって話を聞くなんてことはできないというのも、finalというひとつの会社がお願いして、お話を聞かせていただいている。このコンテンツ自体も、そういう意味ではユーザーの人たちが自分たちで考えて、何か音を判断して、自分たちの好きな音楽を好きに聴くというための材料になると思うんですね。だから、そこが多分おっしゃったように、リテラシーなのかなとは思いました。 

河原:濱さんのお話、すごくよく分かる。ヘッドホンを選ぶって、レンダリングツールを選んでいるんですね。スピーカーで聴くか、イヤホンで聴くかという所がすでにそう、レンダリングとのつながりで選んでいるっていうような捉え方をすれば、レンダリングする能力というか、リテラシーを身に付けていると、例えば日曜日の朝のご飯を食べながらのレンダリングと、通勤電車の中でのレンダリングの仕方は違うわけですよね。だから、そういうキーワードで意識することができれば、もっとハッピーなリスニング体験ができるんじゃないかなと思いました。産学連携というか、上手く色々な所で連携しながら、儲かるという意味じゃなくて、中のハピネスを増大できるような、それだけ平和な時代なので、せっかくの平和な時代に我が国にいることを楽しめるハピネスを楽しんだらいいんじゃないかなと思います。音楽の力の文化を、リテラシーを高めていくことが、我が国の音楽の文化の聴き方というか、音楽の聴き方を高めていければ、豊かになるんじゃないですか。西洋ヨーロッパの諸国のコンサートのあり方がすべてじゃないかもしれないので、ヘッドホン・イヤホン、ウォークマンを生み出した国なので、そういう音楽の聴き方が日本で色々な聴かれ方が発展していくという1つの聴取スタイルを作っていければいいかなと、お話ししていて思いました。 
--引用終了--

 引用が長いが、切れるところがない。ポイントはいろいろあるが、最も面白いのはオーディオのパラダイム・シフトだ。従来のオーディオは良い悪い、あたし流に言いかえれば、「原音再生」を軸として良い悪いを競い、リスナーの方もその評価軸を無批判に受け入れていた。今からのオーディオは聴く人間が楽曲を楽しく聴けるかが評価軸になる。「原音」などという曖昧模糊としたものではなく、具体的にこの楽曲、この録音を愉しく聴けるかどうか、なのだ。あえて言い換えれば、「原音」は一つではなく、リスナーによって、録音によってそれぞれに異なることを認め、受け入れることだ。
 
 オーディオの評価の一つに、「どんなジャンルにも合うオールラウンダー」という表現がある。従来これはプラスの評価だった。裏返せば、特定のジャンルにしか合わない製品は不良品である、という認識だ。

 新たなパラダイムのもとでは、この表現を与えられた製品は、どんな録音もそこそこに聞けるが、どれにも合わない中途半端なシロモノ、あるいはのっぺらぼうのゴミ、ということになる。

 ただし、そういう製品であっても、あるリスナーがある楽曲・録音を愉しく聴ける可能性はある。それを見つけだすことがオーディオの愉しみにもなる。

 作り手としては、ある製品を特定の楽曲に向けて作ることは不可能だ。作り手としては「オールラウンダー」をめざすしかない。しかしそれはあくまでも作り手の論理で、リスナーがそれに従う必要はさらさらない。作り手が各々に工夫して作りだした製品の中から、自分が愉しく聴けるもの、聴きたい楽曲・録音を愉しく聴けるものを見つけだすのが、ユーザー/リスナーの論理だ。

 あるジャンル、ある音楽の型に向けて製品を出している例はある。イヤフォンのリケーブルには "vocal" や "musical" と製品名に謳っているものがあるし、Chord & Major はジャンル向けに調整したイヤフォンを出している。後者はこれまではいささか眉唾ものという印象だったが、パラダイムが替わってみると、あらためて興味が湧いてくる。

 現時点でおそらく新たなパラダイムに最も忠実なのは他ならぬ final の Make シリーズだ。これはリスナーが自分が聴きたい音に向けて調整できるというイヤフォンだ。先日のイベントで、たまたま final の社長と話す機会があったとき、Make シリーズがまことに面白い可能性をもっていることを強調されていた。Make のユーザーはまさに新たなパラダイムに沿って、ある楽曲を愉しく聴けるように音を作ってくるという。そしてそのレシピに従ってイヤフォンを調整し、対象の楽曲を聴いてみると、たとえその曲やジャンルがなじみのないものであっても、当の曲に対するリスナーの愛が、つまりこの曲を愉しく、理想的な音で聴きたいという想いがひしひしと感じられるのだそうだ。

 その愛がたがいに感じられる時、リスナー同士の垣根、ジャンルや年齡や環境の垣根がとりはらわれて、対等の会話が生まれる。細尾社長はそこにオーディオの新たなコミュニティの可能性を見ておられる。

 これはすごいことである。この場合、リスナー同士は同じ音を聴いているのだ。スピーカーを前にして一緒に聴いている状態がイヤフォンで実現している。しかも、その音は、少なくともその一方にとって理想の音なのだ。スピーカーをある楽曲にとって理想の状態にするのは、限りなく不可能に近い。イヤフォンだからこそ可能になっている。

 Make シリーズや Chord & Major、リケーブルは物理的な手段による最適解の探索だ。いわばアナログの手法だ。対して DSP によるデジタルの手法で最適解をめざす手法も当然出てくるし、おそらくすでにいくつかあるだろう。ワイヤレスのイヤフォン、ヘッドフォンは、ケーブルがなくなることはすでにあたりまえで、それよりも、DAC、アンプも内蔵し、その中で音を調整する、作ってゆくことができることの方が、これからは重要になるだろう。細尾社長によれば、あと2世代くらいで、基本のレベルにおいて、無線の音は有線を超える。

 ウォークマンによって始まったオーディオのパーソナライズは、ついにというか、ようやくというか、パラダイム・シフトを起こし、オーディオを作り手の論理ではなく、リスナーの論理にしたがう、真の意味で趣味と呼ばれるにふさわしい段階へと脱皮しようとしている。

 いや、パラダイム・シフトは見えた時にはすでに起きているものだ。あたしのような鈍い人間にも見えてきたのだから、とっくの昔に新たな段階へ突入している。

 あたしとしては、当面、グレイトフル・デッドのアーカイブ音源を愉しく聴ける組合せを見つけることが課題だ。あるいはイヤフォン、ヘッドフォン、DAP、DAC、アンプの組合せを試し、 あるいは Make で作ってみよう。アイリッシュ・ミュージックやわが国の現代音楽向けのものを探すのも同時にできるか。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月02日には1969年から1987年まで5本のショウをしている。公式リリースはほぼ完全が一本。

1. 1969 Winterland Arena, San Francisco, CA
 金曜日。3.50ドル。セット・リストの全体は不明。
 このヴェニュー2日連続の初日。ジェファーソン・エアプレイン、モンゴ・サンタマリア共演。この公演は当初フィルモアで予定されていたが、金曜日と土曜日のショウがウィンターランドに移された。

2. 1970 Harpur College, Binghamton, NY
 土曜日。東部大学連続7本のランの2本目。三部制で、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。ガルシア、ペダルスティール。
 NRPS のデヴィッド・ネルソンが第一部8曲目〈Cumberland Blues〉にアコースティック・ギターで、第一部クローザー前〈Cold Jordan〉にマンドリンで参加。ジョン・“マーマデューク”・ドーソンが〈Cold Jordan〉にバス・ハーモニーで参加。
 第二部9曲目〈Cold Rain And Snow〉を除き、全体が《Dick's Picks, Vol. 08》でリリースされた。
 この年のベストのショウの1本と言われる。

3. 1980 Hampton Coliseum, Hampton, VA
 金曜日。7.50ドル。開演8時。良いショウらしい。

4. 1981 The Spectrum, Philadelphia, PA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。10ドル。開演7時。

5. 1987 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演午後2時。デッドは長いことスタンフォードではタブーだったそうな。どちらかというと抑えた演奏の由。(ゆ)

05月01日・日
 フジヤエービックのブログに載っている「声優・中村繪里子さんが語る Astell&Kern AK UW100 の魅力とは?」で中村氏が語っていることにちょと面白いところがある。
 


 ほとんど終り近くだが、アンビエント・モードいわゆる外部音取込み機能の一種で、AK UW100 では「自分の歌声もマイクで拾って返してくる」ところが特徴らしい。これには「外音をちゃんと取り込めるので”自分の内側の世界と外側の世界が遮断されずに両立する”っていう良さがある」。

—引用開始—
中村:アンビエントモードにすると、ちゃんと音楽を聴いているんだけど、それを自分の中でBGMにすることができる。生活空間はみんなと共有しながら、自分の中だけに音楽を入れてあげられるんですよね。



音楽を自分の中に閉じ込める使い方じゃなくて、みんなと繋げていく、っていう時代にすごいマッチしているなあって思いました。



外音取り込みって、安全を確保したりする便利なツールのひとつだったと思うんですよね。だけど、音楽を楽しむための機構としてもとらえることができるなあと。たしかに生の音とは違うんですけど、音がクリアであるとかより生っぽいとかっていうことにこだわる意味とは違う、楽しめる機構としてこのアンビエントモードが搭載されている良さっていうのをすごい感じました。
--引用終了--

 「音がクリアであるとかより生っぽいとかっていうことにこだわる意味とは違う、楽しめる機構」というのはポイントだ。これは「オーディオのめざす理想」とは一見対極なのだが、実のところ「音がクリアであるとかより生っぽいとかっていうことにこだわ」りながら、実現されているのは加工された、クリアでも生っぽくもない音であって、リスナーは各々のメーカー、ブランドによって加工された音を聴いている。ならば、むしろ音楽を楽しむことを目的に掲げた方が潔い。音楽を聴くのは音楽を楽しむためであって、機種やシステムによる音の違いを聞き分けるためではない。

 もう一つ、面白いのはここ。
 
—引用開始—
アーカイブはいつでもウェルカム、にしてるんですけど、その分、わたし生放送とか生配信っていうのがすっごい好きなんですよ!


今しかないじゃないですか。もちろんアーカイブに残すこともできるんですけど、生み出されてる”いま”って今しかないじゃないですか。


その”いま”を共有できるものをもっともっと作っていきたいなあ、って。
--引用終了--

 これはグレイトフル・デッドの態度なのだ。デッドがやっていたことはまさにこれ、「”いま”を共有」することなのだ。ライヴをするとはそういうことである。やったショウを聴衆が録音してアーカイブすることを、デッドは初め黙認し、やがて公認し、さらに暗黙に奨励さえした。聴衆はアーカイブし、したものを共有し、それによってコミュニティを作っていった。そのコミュニティがバンドを支えたのは当然の副産物なのだが、当初の目的はあくまでも「”いま”の共有」である。その時1回限りの”いま”の共有だ。アーカイブ録音は時空を超えてその共有を可能にする。アーカイブ録音を聴いているとき、我々は「そこ」にいる。”いま”にいる。それが何よりも楽しい。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月01日には1970年から1988年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1970 Alfred College, Alfred, NY
 金曜日。04月24日からの春のツアーの中で、ここから09日まで東部の大学7ヶ所を回る。この日の会場は体育館ないしいわゆる多目的ホールらしい。
 この日は3部制で、第一部はアコースティック・セット。〈Me And My Uncle〉〈Mama Tried〉はニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ参加。第二部はニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジで、ガルシアがペダルスティール。第三部がエレクトリック・セット。
 第一部5・6曲目〈Me And My Uncle〉〈Mama Tried〉にニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ参加。
 第一部10曲目の〈New Speedway Boogie〉が《Fallout From The Phil Zone》で、クローザー〈Uncle John's Band〉が2012年の、4曲目〈Candyman〉が2014年の、2曲目〈I Know You Rider〉が2018年の各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 リリースされたものだけ聴いてもすばらしいショウであることはわかる。

2. 1977 The Palladium, New York, NY
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。8.50ドル。開演8時。
 第一部クローザー前で〈Sunrise〉がデビュー。Donna Jean Godchaux の作詞作曲。1978-09-16エジプトまで30回演奏。

3. 1980 Greensboro Coliseum, Greensboro, NC
 木曜日。

4. 1981 Hampton Coliseum, Hampton, VA
 金曜日。8ドル。第二部が特に良い出来の由。

5. 1988 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto , CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演午後2時。KZSU で FM放送された。春のツアーの千秋楽。この後は06月17日から夏のツアーが始まるまで休み。
 〈Box of Rain〉がオープナーという異例で、その後の第一部の曲順も尋常ではない。(ゆ)

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