クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

カテゴリ: おしゃべり

 セカンド・アルバム《赤い月》レコ発、伊福部昭没後二十年、二十五絃箏製作三十五周年、といろいろ名目を負っている。後半は伊福部作品三連発で1時間超。オープナー、自作の〈Careless grace〉を除いてすべて二十五絃による演奏。そしてアンコールに〈カッチーニのアヴェ・マリア〉を自ら唄って(ソプラノのなかなか良い声)、《赤い月》収録曲を全曲演奏と、三つの名目をすべてきっちり満たしたプログラム。A4判12頁、表一と表四はフル・カラーの立派なプログラムが配られる。会場のパルテノン多摩大ホールは客席数1,154もさることながらステージがたっぷりで、フルオケが二つくらい余裕で入りそうだ。客席は後ろに行くほど傾斜がつき、しかも左右にずらして配置してある。ステージまでの見通しが良く、どこに座ってもいいと思える。先日ブルーノートで見たマリア・シュナイダー・オーケストラもこういうところで見るとまた格別だろう(大宮はそういう会場だったらしい)。

 この広大なステージの前の方中央に箏の台。左端少し奥にピアノが壁に寄せてある。後半、箏の左に移動した。箏が面白いのは広いステージの中にあっても小さく見えない。実際長さは2メートルを超えるはずで、小さな楽器ではない。当然幅もあり、これを奏者から見て向こう側へ傾斜させて台の上に置く。少なくともそう見える。実は水平で、表面の傾斜からそう見えるのかもしれないが。外側の、低音弦をはじくときは椅子から体を浮かせ、手を伸ばしていたから、やはり傾斜はついているのだろう。

 十七弦はベースで高域はないが、二十五絃の上の方は普通の箏と同じのようだ。一台でより多様な表現が可能になる。先日 Winds Cafe で見た彼女が言っていたことによれば、二十五絃用には良い曲がたくさん書かれているらしい。今回の伊福部作品も〈琵琶行〉が二十五絃と〈交響的エグログ〉が二十絃のための曲で、〈プロメテの火より〉は石丸基司が二十五絃とピアノのために編曲している。前半の〈月舟〉も石丸作品で、二十五絃のためのものとある。

 個人的に最も感銘を受けたのは前半クローザーのバッハの〈シャコンヌ〉だった。箏でしか出せないヘンな音がたまらない。微分音とも違う。左手で弦を押さえて音を連続して変えるのを、弾くと同時に、あるいはその直前からやるように聞こえる。あるべきと思える音から外れた音が鳴る度に胸がキュンとなる。あるいは右手の主旋律に、左手が低音で応答する、その速度も、こういう楽器、つまり多弦のハープの類でしかできまい。この曲を聴けたたげでも来た甲斐があった。

 これに比べると後半の伊福部作品の面白さはぐっと地味になる。こういう曲を初めて聴いて楽しめ、というのはいささか無理がある。また聴きたいと思ったのが収穫。例の〈ゴジラのテーマ〉を思わせるキャッチーなフレーズがあちこちに出る。

 音楽とは別に面白かったのは小林氏の佇いだ。上は片方の肩を出したぴったりした服で、下はかなりゆったりしたパンタロンという出で立ち。裾は長く、靴は見えないが、どうも底が厚いか、かなりのハイヒールのようだ。それでステージの下手から楽器のところまで大股に歩いてゆく様にはやる気があまり感じられない。背は少し前屈み気味、嫌々ながらやらざるをえないことをやろうとしているとか、ルーティン・ワークをこなそうとしているとか見えるような雰囲気すら漂う。

 箏を前にして椅子に座り、弦を撫でていたかと思うと前触れもなく始める。ほんの一瞬位相が転換する間も見えないうちに曲が始まる。その途端、どこかだらしなく感じられた気分は拭い去られて、楽器と一体になった演奏が空間を満たす。曲が短いこともあるか、前半はすべて暗譜だった。バッハはメロディや構造は単純かもしれないが、箏の操作は相当に複雑に見えた。絃をはじきながらコマを細かく動かしてもゆく。弾き終わるとまた何ともゆるい感じで下がる。この対比は、後半でピアニストが加わるとさらに鮮明になった。ピアノの川上氏はピアニストらしく背筋がピンとしている。

 演奏からして木村氏が名手、達人の一人であることはまぎれもないが、楽器から離れると全然そうは見えない。別に名人らしくしていろと言うつもりはない。ただ、演奏中と演奏していないときでこれほど雰囲気に落差のある人は初めて見た気がする。

 ピアノと共演するため、後半は箏にPAを通していた。音は良く、ほぼ生音に聞こえた。箏とピアノという組合せも初めての気がする。今回ピアノはサポート役を振られていたが、対等にからみ合う演奏も聴いてみたい。箏はますます面白い。(ゆ)

1 Careless Grace(飾らない気品){木村麻耶}
2 トンコリ変奏曲 {Arturo Salinas} 初演
3 月舟 {石丸基司}
4 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ第2番からシャコンヌ
{J. S. Bach, Karl Scheit 編曲, 木村麻耶 編曲補}

5 二十五絃箏曲 琵琶行 {伊福部昭}
6 舞踏曲 プロメテの火より 二十五絃箏とピアノのための {伊福部昭, 石丸基司 編曲}
7 二十絃箏とオーケストラのための交響的エグログ ピアノ・リダクション版
{伊福部昭, 石丸基司 編曲}

8 カッチーニのアヴェ・マリア

木村麻耶: 箏, 二十五絃箏, vocal
川上敦子: piano [6 7]



 このイベントはアニーこと中村大史さんと奥貫史子さん、石崎元弥氏が3人でライヴをしたいということではじまった由。その2回目で、今回はシンガーの Ema 氏をゲストに招いた。前半トリオで、後半4人で主に歌をやる。

 この4人が初めて集まったのは2年前,『ダブリンの鐘つきカビ人間』という劇のミュージカル化の際だそうだ。中村さんはこの時音楽監督として、使われる音楽、歌の作曲をしている。確か、先日の「アンサンブル・コンサート」のときも一部か演奏されたはずだ。この日はそのうちインストルメンタル2曲と歌1曲をメドレーでやる。どれもなかなかの佳曲。「アンサンブル・コンサート」のときも思ったが、中村さんは実によい曲を作る。

 Ema 氏がいい。ふだんはジャズを歌っているそうだが、自然にたっぷりとあふれ出る声を自在にコントロールする。その差し手引き手のタイミングと加減が何ともよろしい。どこから見ても一級の歌い手。こういう人がケルト系の歌をうたってくれるのは嬉しい。まずいきなり〈ダニー・ボーイ〉と来た。こういう歌をオープナーにもってくるのは何かあるはずだと思っていたら、何かあるどころではなかった。実に元気闊達でリズミカルな演奏。間にジグをはさむ、というのはどこかで聴いたぞと思ったら、後で中村さんがトリコロール版がベースと明かす。そうなのだ、こういう〈ダニー・ボーイ〉があったっていいじゃないかを通りこして、〈ダニー・ボーイ〉はこんな風に明るく元気にうたわれるべきだと思えてくる。あのみっともないおセンチなところなどかけらも無い。こりゃあ凄いぞ。

 ところがである、その衝撃も影がかすむほど、その後に名演名唱が続いたのだ。ダブル・アンコールまで後半はずっとハイライト。あたしはもう舞い上がりっぱなしだった。このイベントを知ったのは前々日。リハーサルが良かったので聴いてくれとアニーから連絡をもらった。昼は青葉台でドリーマーズ・サーカスだが夜なら行ける。雨は気になるが、いい音楽を聴くためならもう命を惜しむ年じゃない。行って良かった。昼間のドリーマーズ・サーカスがすっかり霞んでしまった。冥土の土産がまた一つ増えた。

 2曲目はアカペラから入る〈Welcome back Paddy home〉。名前は忘れたオールドタイムの有名な曲ときて、その次がハイライト中のハイライト。今回選曲は中村さんたち3人の提案がほとんどだが、1曲ジャズのスタンダードをこの編成でうたってみたいと Ema 氏から言いだした。それが大定番の〈My favorite things〉。意表を突いてバゥロンから始まるこれには鳥肌が立った。こんな〈My favorite things〉は聴いたことがない。これに比べれば他の演奏はコルトレーンですら表層をなぞっているだけに聞こえないか。いや、こういう尋常でない手法、Ema 氏の言葉を借りれば〈異文化交流〉の組立てだからこそ歌の本質、核にあるものが明瞭に現れるのだ。同時にそれをやっている音楽家たちの器もあらわになる。

 その後の『ダブリンの鐘つきカビ人間』からの曲、アニーの初期の傑作〈オリオン〉と〈気分〉もすばらしい。後者ではアニーはピアノ、〈オリオン〉ではリードを交互にとる。

 これは強力な人が出てきてくれたものだ。ジャズを歌う一級のシンガーがこういう歌をうたってくれる例はほとんどない。あたしの知る限りではアイルランドの Christine Tobin が初期にやっていたくらいだ。あるいはSusan McKeown。彼女自身は伝統の人だが、パートナーがジャズのベーシストだったから、その頃の録音はジャズのセンスでやっているものもある。それくらいだ。この組合せはぜひぜひ続けて、いずれは録音も出して欲しい。

 前半は奥貫さんの趣味全開で、ほとんどはケープ・ブレトンやオンタリオ、ケベックなどカナダの曲。得意のフット・パーカッションはもちろん、前半クローザーの長いメドレーではステップ・ダンスも飛び出した。

 奥貫さんのフィドルをこんなにたっぷり聴けたのも初めての気がする。いつも誰かと一緒だったり、セッションの中だったりだった。あらためて音色の太さと歯切れの良さに感嘆する。歯切れの良さはスコッチ系の曲が多いこともあるかもしれないが、それだけではないだろう。基本的なキャラクターであると聞こえた。一方で後半の歌伴では間奏でしっかりメロディを崩してみせて、いやいいですね。アンコールの〈Wild mountain thyme〉ではコーラスも披露する。

 石崎氏は今日はバンジョーではなく、マンドリンとバゥロンを曲により場面により持ちかえる。マンドリンもかなりの腕で、これも本朝ではプレーヤー、つまりブルーグラスではない人が少ないから、どんどんやっていただきたい。

 アニーはピアノが弾きたいという。実際ケルト系のダンス・チューンのピアノとしては相当に異色と思う。ギター伴奏の応用だろうか。時に左手で低いところでメロディの一部をユニゾンしたりするのが面白い。こういうピアノはケープ・ブレトンではまちがっても聴けないし、スコットランド、アイルランドでもほとんどいない。スコットランドの Dave Milligan が近いかもしれないが、彼はジャズもやる人である。

 それにしても作曲家・中村大史は逸材だと思う。「アンサンブル・コンサート」を京都と北海道の故郷でやるという。これは行きたい。行かねばならん。冥土の土産にするためにも。(ゆ)

中村大史: guitar, accordion, piano, vocals
奥貫史子: fiddle, vocals
石崎元弥: bodhran, mandolin, vocals
Ema: vocals



 小暮さんは他のうたい手とはまるで異なるところ、異次元に行ってしまっていた。元々個性的な声がさらに熟したと言おうか。成長とは違う気がする。一方熟すという言葉に含まれる老いの匂いはかけらも無い。時間を超越している。倍音がより豊富にも聞こえる。貫通力も増した。ただ、力づくで強引につき通ってくるのではない。するっと入ってくる。入ってくる時の摩擦がない。

 そして死が宿っている。死の影とか匂いとかではない。死そのものが声に宿る。うたい手が死を意識しているのではないだろう。唄う動機の根底に死が作用しているのではないか。それもやはりうたい手の意識にはのぼってこないところに。こちらの年齢も共鳴あるいは共振してのことかもしれない。その死の存在ゆえに、うたわれている生きる喜びがより切実に響く。もうすぐ自分にもやって来る死が実感される。メメント・モリ。実感されるから、今日も生きてあること、生きてこの唄を聴けることの嬉しさがこみあげてきて、胸に迫る。涙がこぼれる。本当に頬を伝うのを感じる。

 その声の威力をまず感じたのは3曲目〈それはすべてファド〉だった。ギタラ・ポルチュギースとヴィオラ・バハとピアノ、それに自身のギターでうたわれる。こういう歌を唄ってファドの作り手とうたい手たちはポルトガルのサラザール独裁政権時代を生きのびたそうだ。声が伸びるところでその声がふわあと空間を満たす。

 最初に涙が出てきたのは、5曲目〈ほたるの庭で〉。「今年もまた会いに来た」。今年も生きながらえ、やってくることができた。表には出さないからその嬉しさが心の奥に沈みこむ。何といううたなのだ、この歌は。

 後半は何をうたわれても涙が出てくる。〈あぜ道〉〈ちょうちょ〉〈ガタンゴトン〉〈タンポポのように〉。どうしてこんな歌が作れるのか。まるであたしのために、あたしだけのためにつくり、うたってくれていると聞こえる。生きてあることのありがたさが湧いてくる。失敗の連続にしか思えない人生だが、それがひどく貴重でありがたいものに見えてくる。

 とどめを刺されたのは二度目のアンコール、〈誰かが誰かを〉。ギターを置いてピアノだけでうたう。うたい手が別の次元に行っていると納得させられた。作者の紅龍さんが聴いたらどう言うだろうか。よくぞここまでうたってくれたと褒めるだろうか。俺にもうたえないくらいにうたいやがってと悔しがるだろうか。などということすら頭をよぎる。

 レコ発ライヴで録音に参加したミュージシャンが総勢8名、チェロとカンテレの2人を除いて顔をそろえた。もっともフルバンドでバックアップすることは少なく、さまざまな組合せで支える。パーカッションとヴィオラ・ダ・モーレにやはり耳を惹かれる。ギタラ・ポルチュギースの鮮烈な響き、オープナーでいきなり登場したグレート・バス・リコーダーのどこまでも柔らかい、底無しの低音も耳に残る。

 会場は下北沢のビル三階の多目的ホール。床はフローリング、天上はコンクリート打ち放し。少し低いと思われたが、声を初めとして音は良く抜けていた。

 終わっても呆然としていて、帰り際、プロデューサーも兼ねたピアノの永田さんがいるのに話しかけようとしても声が出なかった。(ゆ)

小暮はな: vocal, guitar
永田雅代: piano
関島岳郎: recorders, tuba
向島ゆり子: violin
関根真理: percussion
小澤陸: bass
月本一史: guitarra portugesa
伊代田大樹: viola baixo

 後半ベートーヴェンの第3楽章に入ってテンポがさらにゆっくりになった。元々この楽章はゆっくりと演奏される上に、今日は前半のメンデルスゾーンから遅めのテンポが続いていたから、おそらくこれ以上遅くはできないくらいになる。あたしはさらに感じ入った。今日の遅めのテンポがどんぴしゃだったのだ。名曲はゆっくりと聴きたい。ゆっくりが好きというのは年齢もあるだろう。ケルト系のダンス・チューンでも、つんのめるよりはのったりと表現できるようなテンポの方がよく聞こえる。

 〈大公〉の第3楽章はこの曲の肝である。というのは今回のための予習でわかったことの一つだった。ここでは静かな時がゆったりと流れる。それでいて曲中もっとも曲調の振幅が大きく、劇的な変化が激しいとも聞こえる。ここが肝だとわかった時、あたしが連想したのは例の〈大フーガ〉だった。後期弦楽四重奏曲群の肝である。どちらも破綻している。といって悪ければ破格の曲だ。作り手がおのれの中からあふれて来るものをコントロールできなくなった結果だ。

 西欧クラシック音楽は均整美を旨とする。破綻すること、あふれて収拾がつかなくなることを嫌う。早い話、前半のメンデルスゾーンの一番はきれいにまとまっている。第3楽章は軽やかなスケルツォで、起承転結の転を鮮やかにやってみせて、フィナーレを用意する。これはこれで立派なものだ。

 〈大公〉の第3楽章は四つの楽章の中で一番長い。一瞬くるりと成されるべき転が延々と続く。転の一瞬はそこから切れ目なく移る第4楽章冒頭のドンにあると聞こえる。しかしこれが転を成就するためには第3楽章がどこまでも静謐に深々と沈んでいなければならない。アーティストからの楽曲解説にある「祈り」ではあるかもしれないが、だとしても他力本願の祈りではなく、祈ることでエネルギーを引きだし、ためてゆく祈りだ。

 この楽章はどこまでも静謐な純粋な美しさに満ちていた。例えば二本の弦のハモり。とりわけ弱音のハモり。弓を引いているというよりは、弓が自ら弦の上を滑ってゆくような響き。

 そしてむろんここだけが良かったわけではない。冒頭のピアノからラストの3人そろってのフォルテシモまで、いとも自然に音楽が流れてゆく。人間がそこにいて演奏しているにはちがいないが、音楽そのものが自ら望んで顕現しているように感じる。ピアノがほぼ弾きづめに弾いているところへ、弦2本がふわりとさり気なく加わる。楽譜にしたがって演奏しているというよりも、音楽家がふと思いついて即興で演奏しているようにさえ感じる。

 そうでないことは承知している。今回はしっかり予習して臨んだ。クラシックの曲は、ある程度体に入って、どこでどういうフレーズや音が出るか、見当がつくようになって初めて面白みがわかることは身に染みていた。実際〈大公〉を初めて聴いた時には何とつまらない曲かとあきれた。どこが名曲だ、これならメンデルスゾーンの方がよほど面白いではないか。音数は少ないし、メロディは平板だし、変化もない。第3楽章は何も起きないにしては長すぎる。

 それが演奏者を変えながら、三回、四回と聴くうちにだんだん変わってきた。何ごとも起きないことが良くなってきた。そして五回目、中村紘子、海野義雄、堤剛による録音を聴いた時、シェーマはほぼ百八十度回転した。第1楽章の半ば、ピアノが高域でトレモロを続けるのに弦2本がずっとピチカートで応じるところで、背筋に戦慄が走った。そして第3楽章。ああ、ここがこの曲の肝なのだと実感すると同時にベートーヴェン、凄えとも感嘆していた。

 クラシックをまた聴くようになって、バッハとモーツァルトの偉大さは心から実感できるようになっていたけれども、ベートーヴェンは相変わらず素直に聴く気になれないでいた。〈大フーガ〉を含む後期弦楽カルテットをじっくり聴いて風向きが変わっていたのが、〈大公〉第3楽章の真価を感得して、〈大フーガ〉とこれを作っただけでも、ベートーヴェンはすげえと思えた。

 この2曲、というのもヘンだが、ここでは仮に2曲としておくけれども、この2曲でベートーヴェンの作曲家、クリエーターとしてのデーモンが爆発している。どちらも静かな音楽で、爆発という表現は似合わないが、それでも爆発としか言いようがない。先日まとめて聴いたチャーリー・パーカーのソロとか、グレイトフル・デッドの集団即興のベストの時とかと性格を同じくする。クラシックで他に探せばバッハの〈シャコンヌ〉だ。それだけにこの2曲が本来の力を発揮するように、あるいは本来の性格がリスナーにしっかりと受けとめられるように演奏するのは容易なことではない。表面はどこまでも静謐で、しかもなお内部にふつふつとエネルギーを感じさせなければならない。録音で聴いた中村、海野、堤のトリオはその基準は軽くクリアしていた。というよりも、最高の形で提示していた。

 今回生で聴いたこのトリオの演奏はそれをも凌駕していたとあたしには思える。〈大公〉全体の演奏が、である。むろん録音と生は別物だ。それでもなお、である。前回、昨年のフォーレとシューマンの時とはまた違う。あの時はこの世ならぬところへ、時空から完全に離れて連れて行かれた。今回はあくまでも音楽そのもの、至高の音楽にどっぷりひたされた。この違いがどこから来るのかわからないが、今はどうでもいい。前回は他の音楽が聴けなくなった、聴きたいと思わなくなった。今回は逆にどんどん聴きたくなっている。川村さんは次はこの人たちのピアノ五重奏を聴きたいという。よっしゃ、ピアノ・クィンテット、聴きましょう。

 元来は3年前、このトリオに〈大公〉トリオを演ってほしいと川村さんが依頼したのが始まりだそうだ。ところが直前になって、やむをえぬ事情でヴァイオリンが参加できなくなり、急遽チェロとピアノのデュオの形になった。あたしが惚れこんだラフマニノフのチェロ・ソナタがその成果。ヴァイオリンの復帰が遅れたために、翌年はプーランク、そして昨年はフォーレとシューマンをあたしたちは体験することができた。どちらも生涯何度もできない体験で、あたしにとってはまさに瓢箪から駒のありがたさ。そして、ついに今回、ヴァイオリンの復帰がかない、満を持しての〈大公〉。まるでこれまでの3回がこのための準備運動にさえ見える、といっても各々に至高の体験だったコンサートの価値が落ちるわけではない、それくらいこの〈大公〉は良かった。生きのびてこれを聴けたことの幸せを噛みしめたことである。

 前半のメンデルスゾーンがまた良かった。メンデルスゾーンの他の曲も聴いてみたいという欲求が出てきた。第2楽章ラストのゆらゆらと揺れながら消えてゆく様子もいいし、第3楽章は浮き浮きと良く弾んでまことに楽しい。休憩の時、この曲がこれだけ良いなら、後半の〈大公〉は名演になると川村さんと話していた。

 もっともマクラとしてやった〈無言歌:春の歌〉ピアノ・トリオ版は始まった途端、あたしはもう少しで吹き出すところだった。というのも山本直純のせいである。遙か数十年の昔、たまたま目にしたテレビ番組で、「題名のない音楽会」だったか、昼間だったような記憶もあるからまた別のものか、とにかくその中で山本が音頭をとってこのメロディで「水虫の唄」というのをやったのだ。どうしてそういうことをしたのかという経緯はもうすっぽりと忘れているが、冒頭の歌詞の一節は憶えている。

せぇつなくうずくみぃずむしはぁ、きぃみとぉぼくとのあいのしるーし

 山本はこれの歌唱指導をそこでやった。だから憶えているのだ。以来、このメロディがどこかで聞えてくると反射的に「せぇつなくうずくみぃずむしはぁ」と出てきてしまう。否応なく出てきてしまう。しかもこれがメンデルスゾーンのこの曲であると、あたしは今回初めて知ったのだった。ご本人たちはもちろんそんなことはまったくご存知なく、真剣に演奏している。唄になっていなかった部分も含めて、なかなかの佳曲でもある。しかしテーマがくり返される度に「せぇつなくうずく〜」と出てきてしまうのには困った。まあ、おかげでこちらもガチガチに期待して構えていたのが、肩の力が抜けて、より素直に後の音楽に向かうことができたのかもしれない。(ゆ)

前半
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ (1809-1947)
 「無言歌集第5巻」Op.62 より 第6曲 イ長調 アレグレット・グラツィオーソ「春の歌」(1842)
  《リチャード・クルーゲシェイド Richard Klugescheid (1889-1968) によるピアノ三重奏編曲版 (1907出版)》

フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ
 ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 0p.49 (1839)

後半
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770-1827)
 ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 0p.97「大公」(1811)

アンコール
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ
 ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 0p.49 第2楽章 アンダンテ・コン・モート・トランクィロ

百武恵子: piano
荒井智子: violin
竹本聖子: violoncello

 百合ヶ丘駅前のジャズ喫茶「轍」での村井さんのレコード・リスニング・イベント。

 チャーリー・パーカーはまだよくわからない。凄いとは思う。そのソロの突拍子の無さもわかる。同時代の他の人たちとはいかにかけ離れたことをやっていたか、思い知らされたこともある。しかし、面白いと心の底から納得できたことがない。たぶんまだ聴くのが足らないのだ。パーカーは1曲が短すぎる。だから何度も聴かねばならない。いーぐるの後藤さんがやったように、毎日時間を決めて浴びるように聴いていると、ある日霧が晴れるように、あるいは天啓のように、その神髄を実感できるのだろう。たぶん。そうできるという保証はない。後藤さんのように、ジャズ喫茶で生きてゆくというような、退くに退かれぬ動機がないと、なかなかできるものではない。あたしはまたそこまでパーカーにやむをやまれぬものを感じられない。

 今回村井さんは2、3曲ずつまとめてかけた。生誕百周年記念で出た十インチ盤の片面全部とか半分とかの形だ。トータル18曲。これだけまとめてパーカーを聴くこともあまりないでしょうともおっしゃる。ジャズ喫茶ではまずかからない。パーカーはジャズ・マニアでも敬して遠ざける。

 もっともそうなってくると、天邪鬼のあたしは、よーし、パーカー聴いてやろうじゃないか、という気になる。

 パーカーが敬して遠ざけられる理由の一つは、パーカーの音楽がリスナーを集中させることにあるらしい。たいていの人はジャズをリラックスするために聞くようだ。そのことは植草甚一も書いていた記憶がある。ジャズが例えばポップスやロックにくらべて格段にゆるい音楽であることは実感している。ポップスは3分間でリスナーを捕まえなければならない。ジャズはヒットを狙わないし、3分間という制約もない。

 一方パーカーはSP片面3分間に可能とは思えないほどの即興をぶち込んでくる。おそらく本人としてはそうせずにはいられなかったのだろう。メロディがあふれてきて、早く出せと責めたてる、という風ではなかったか。即興をしない方が苦しいのだ。パーカーの録音を聴いているとそうきこえることがある。自律的に音楽を演奏しているというよりも、あふれてくるものを流し出すのに精一杯と見える。音楽にパーカーが使われている。他のこと、例えば食事とか、健康とか、人間としてのつきあいとか気にかけている余裕がない。自分の中から生まれてきてしまう音楽をひたすら吐きだす。それを続けるためにアルコールとドラッグに頼る。検死した医師が肉体年齢50代と言ったそうだが、音楽にこき使われた末の結果ではなかったか。

 それで思いだすのはジェリィ・ガルシアだ。彼はパーカーの34歳よりは20年近く長く生きて、53歳で死んだが、50代になった時には60代かそれ以上に見えた。共作者のロバート・ハンターによれば、ガルシアは自分は長生きしないと自覚していたそうだ。パーカーもまた長生きはできないとわかっていて、できる限り早く、吐き出せるだけ吐きだそうとしていた、ように見える。もし彼がLP時代まで長生きしていたとしても、10分になるような演奏はできなかったにちがいないとも思えてくる。

 パーカーの音楽はジャズを変え、それ以後ジャズをやっていますと言うほどの人間はプロアマ問わずパーカーの影響のもとにある、と村井さんは言う。ということはジャズを聴く人間もまたパーカーの影響のもとにある。ジャズを聴こうという人間は、好むと好まざるとにかかわらず、パーカーを聴いていることになる。

 とはいうものの、パーカーそのものを聴くよりも、パーカーの影響を受けた人たちの音楽の方が面白いと感じるリスナーの方が多そうだ。本当に巧い人は人気が出ない、適当にヘタの方がウケるものだ、とは、あたしの音楽の師匠のひとり、星川京児の言葉だ。あたしもそういう一人ではあって、この日も前半のパーカー18連発よりも、後半のマクリーン、ウッズ、ナベサダの三人の方が面白く、この三人はもっと聴こうという気になる。

 マクリーンとウッズはパーカーの11歳下、ナベサダは13歳下。マクリーンとウッズはパーカーの生も聴いていたはずだ。ナベサダがパーカーに接するのは戦後のはずで、録音を通じてだろう。

 村井さんは3人3曲ずつ、パーカーの影響の濃いものと、より後期の独自色が出てきた時期の録音を選んだ。我ながら興味深かったのは、後の方が面白かったことだ。やはりね。

 マクリーンは以前 Billy Gault というピアニストのつながりで、1975年の The Cosmic Brotherhood のアルバムを面白く聴いたことがある。今日もパーカーの直接の影響から脱した1962年の 〈Rene〉が良かった。この後、オーネット・コールマンとも共演するそうだから聴いてみよう。

 フィル・ウッズは1957年の2曲の後の1975年の〈Chelsea Bridge〉と〈Johnny Hodges〉のメドレーの、特に後半のジョニィ・ホッジズがいい。

 ナベサダは時間がなくなって、1976年と2023年の2曲。これは圧倒的に2023年の〈Peace〉。ウクライナ戦争が始まってからライヴでは必ず演奏している由。93歳でばりばり現役といいうだけではないのだ。前回聴いたチック・コリア、ヴィトウス、ディジョネットとのフリーはあまりの良さに CD を買ってしまったが、ナベサダはちゃんと聴こう。にしてもジャズはレコードが多すぎる。

 こういう人たちを聴いて楽しむにつけても、パーカーはやはり聴かねばならない。だいたいわかるまでに時間がかかるものはホンモノだ。聴いてぱっとわかって好き嫌いが出るというのは、実は底が浅い。忘れるのもすぐだし、忘れていい。

 パーカーは忘れるわけにはいかない。ジャズの本質を成している。少なくとも本質の不可欠の一部を成している。多少とも身を入れてジャズを聴こうというのなら、パーカーは避けて通れない。神棚に上げておくわけにもいかない。パーカーを敬して遠ざけることは、わたしにはジャズはわかりませんと宣言することに等しい。パーカーは面白いと心底感じる必要がある。そこまで行けるか。あたしにジャズがわかるか。

 音楽にはどのジャンルにも、そうした「踏み絵」になるアーティストがいるのではないか。クラシックならさしづめハイドンだろうか。ロックならザ・フーまたはキンクスはどうだろう。(ゆ)

 フィドル、ヴィオラの小松大さん、チェロの成田七海さんのデュオ Stringers のファースト・アルバム《Route One》、レコ発ライヴ。会場の「ボイラー室」は前に「音や金時」があった同じ場所。ビルの地下で、元々ここは銭湯で、地下室はボイラー室だった由。内装はステージ側の丸天井を描きかえたり、テーブル、椅子は替えているようだが、全体の配置、雰囲気は変わっていない。後でスケジュールを見ると、演目やミュージシャンも引き継いでいるようだ。まずは良かった。ただ、「ボイラー室」という名前はあまりに直截すぎるような気もする。


 このデュオのライヴを見るのは二度目。前回は hatao & nami との対バンだった。まずは成田さんのチェロの格段の進歩に喜ぶ。基本は弓で弦を短く弾く。弾くと言うより、弾くのと弦を叩くのとの中間ないし同時にやる感じ。ご本人は「ドリフト」と呼んでいる。弓を弦の上にずらせる感覚だろうか。

 ずらす長さには3種類くらいあるらしい。ごく短く、ほぼ叩くもの。少しずらすもの、そしてはっきりと弾いているとわかるもの。これに普通に弓で長く弾いてメロディをユニゾンすることもあり、ドローンをつける時もある。つまりこれらの弾き方をそのときどきに使い分け、あるいは組みあわせる。その効果はギターやブズーキやピアノなどのリズム楽器の生みだすものとは相当に異なる。

 グルーヴというには繊細だが、ドライヴする力はかなり強い。音が低いこともあるのだろう。下から押し上げる感覚も明瞭だ。フィドルやヴィオラの音が浮き上がるように聞こえる。

 一方でフィドルやヴィオラがチェロの生みだす、ビートともクルーヴとも違う不思議なドライヴに乗るのでも無い。フィドルやヴィオラの発する音がチェロの発する音に反応して輝きを増すのである。より艶やかに、みずみずしく響く。これは新しい。ダンス・チューンの、やはりノリとしかいいようが無いが、このノリ、この響きとチェロの太く、地の底から湧いてくるドライヴの感覚の組合せはこれまで聴いたことがない。

 もっともこういうことがわかってきたのはライヴが進んでからで、初めのうちは何が起きているのか、より正確にはチェロが何をやっているのか、わからなかった。一つには前回からは次元を異にしてチェロの語彙が豊富になっていたからだ。ライヴを通してあたしがわかったのは上述の五つくらいだが、もっとたくさんあってもおかしくない。それに音程も加わる。弦のずらせ方も一様ではない。弓を回転させてもいるらしい。

 どうやらチェロが凄いことになっているとようやくはっきりわかったのは4曲目のワルツだった。成田さんがやおらチェロを横抱きにした。ギターを弾くように指ではじく。さらにそのままメロディまでやってのける。しかもこの曲で小松さんが弾いているのはヴィオラだ。ヴィオラがドローンをつけ、メロディを弾くチェロにハーモニーをつける。それからおもむろにヴィオラがメロディを奏で、チェロがハーモニーをつける。うーん、こりゃあ、ええよ。

 次のホーンパイプではチェロは弓で弦を叩く。さらに次の、前半のクローザー、Music for found harmonium から始まるセットの2曲目のリールで、チェロがユニゾンする。

 ヴィオラとチェロの組合せは最強だ。後半の〈洞窟セット〉ではどんどんと地底に潜ってゆく。低音の快感。後半はハイライトが続いた。やはりヴィオラとチェロでゆっくりと始める〈クリスマス・イヴ〉。ここでチェロがつけるドローンにはハーモニクスが入っているのか。次のカロラン・チューンではチェロのソロも出た。

 曲の構成、順番は決めているわけだが、小松さんも成田さんも決まったことだけやっているわけでもない。フィドルが装飾音の入れ方を即興で変えれば、チェロも応ずるところも何回かあった。あたしにはわからなかったところもあったはずだ。とにかくふたりとも実にたのしそうだ。

 MC で明かされたことの一つに、このデュオのなれそめがある。最初予定されていたミュージシャン、成田さんのご母堂が体調を崩されて出られなくなった。その穴埋めに急遽二人でやってみたのだそうだ。ところがそれが案外うまくいった。お互いに面白かった。ではもう少し続けてみようということになった。確かにこの組合せは意図してできるものではあるまい。そうした偶然、瓢箪から駒が出るようにしか出てこないだろう。しかしできた以上は行けるところまでとことん行ってみて欲しい、と、このライヴを見てあらためて思う。音のバランスのためだろうか、どの楽器も軽く増幅をかけていたが、ほぼ生音に聞こえた。

 会場で買ったデビュー・アルバムはすばらしい出来で、あらためて書くかもしれない。やはり MC で、録音当日は小松さんが絶不調で、息も絶え絶えだったと明かされたが、録音にはそんな様子はカケラも無い。(ゆ)

 奈加さんの恒例、春の楽屋のライヴ、昨年と同じく目黒川花見の日で、中目黒の駅はごったがえし、駅員、警備員が交通整理に動員されていた。今年は屋台などだけで無く、駅前の広場では何やらライヴも行われている。そのステージの裏を通って楽屋に向かう。

 今年は向島ゆり子さんがゲスト。例のヴィオラ・ダ・ガンバらしき楽器とフィドル担当。例によってヴィオラらしいふくよかな響きが美味しい。間奏ではメロディをそのままくり返すのではなく、細かく変奏を入れる。大きく外すのも好きだが、こういう小さな変化もいいものだと思い知らされる。

 奈加さんの調子はいいい。いつになく良く声が出て、よく通る。ただでさえ耳に快い声がさらに気持ちよい。もともと澄んでいるのが、響きからわずかに残っていた不純物が漉しとられたようにさえ聞こえる。いつもはピアノに耳が誘われるが、今日はまず声に引きつけられる。うたっていない時には、ヴィオラとフィドルが空間を満たす。ヴィオラの低い方に膨らむ響きは古楽の味わいも生む。音楽がより原初的になる。ピアノはあえてサポートに徹しているようだ。ほとんど意識にのぼらない。

 今回新鮮だったのはもう一つ、奈加さんの小道具。うたいながら鈴などのパーカッションを使ったり、小鳥の声の笛を鳴らす。こういうビートへの意識はこれまで感じたことがなかった。そのせいか後半月夜の下の物語としてうたった〈As I roved out〉ではレゲエのビートが聞こえて驚いた。

 唄だけでは無く、語りもあった。有名な「リールの子どもたち」で、アイルランドの民話・伝説ではこういう理不尽とも思える話がかなりある。ひょっとすると話の筋よりも語る言葉の美しさを優先しているのかとも思えたりする。奈加さんは比較的淡々と語って余韻を残す。

 歌唱そのものは後半のほうがよかった。上述の〈月夜の下の物語〉そしてラストのわずかにテンポの速めな〈ポンチャートレイン〉。アンコールの〈丘の上にて〉。これを生で聴けたのは久しぶり。奈加さんが〈ダニー・ボーイ〉のメロディにつけたオリジナルのこの詞はやはり名曲と思う。

 濃厚でもありながら、同時に至極あっさりしているようでもある。もう少し聴いていたくもなる。たまにはリズム・セクションまでそろった編成でも聴いてみたい。それには新たな録音が必要になるか。そろそろ次が欲しいものだ。(ゆ)

奈加靖子: vocals, harp, percussion
向島ゆり子: viola da gamba, fiddle
永田雅代: piano

 矢島絵里子さんと岡皆実さんのデュオ Failte(フォルチャ、確か、welcome の意)のレコ発。前半は二人での演奏。後半はアルバムて1曲だけ加わったゲストを迎えて5人での演奏。ゲストはイレン・パイプ、ホィッスルの中原直美、フィドル、マンドリンの山田拓斗、バゥロン、ブズーキの植松波音の三氏。

 矢島さんはウッドとメタルの2種類のフルート、ホィッスルを持ちかえるほかに、小さな鉄琴,口にくわえて風の音を出すもの、鉦などのパーカッションを随所にはさむ。

 岡さんはブズーキとピアノ。ピアノは一見オルガンにみえる小型のもの。ピアノとブズーキの配分はほぼ半々。ピアノもコードを押さえるだけでなく、フルートとメロディをユニゾンしたり、カウンター・メロディを弾いたり、ハーモニーをつけたり、いろいろやる。ブズーキも同様で、アルペジオでビートをつけるのからコード・ストロークへ移ったり、逆もある。ピアノもブズーキも即興かと思える時もある。

 こういう2人の多彩な技、音色を組みあわせるアレンジが実にいい。センスがいい。2人だけでやっているとは思えない音の厚みが出る。空間が広がる。ホメリで聴いてもその効果は明らかだったが、今日は小さいながらPAをきちんと入れていて、一回り大きくなった感じだ。このPAは卓は見えず、コントロールはすべて iPad でやっているようだった。実にバランスの良い、センスも良いものだ。例えば、どちらかというと隠れがちのブズーキの音が明瞭によく響いていたのは嬉しかった。この会場はアクセスはお世辞にも良いとは言えないが、この音はそのデメリットを補ってあまりあった。

 アレンジの良さはこのデュオを初めて聴いた時から感心していたけれど、今回はひときわ冴えていた。しかもアレンジのためのアレンジというあざとさやケバケバしさはかけらもない。ごく自然に曲の良さがより引き立つように工夫されている。楽器や演奏手法の組合せ、テンポの変化、パーカッションの入れ方、いちいち腑に落ちる。まさにそれぞれの曲にふさわしく、メロディの良さが染みてくる。こういうセンスは訓練で身につくものなのか。あるいは何かお手本があるのか。日頃の精進の賜物か。あるいは天性の資質を研いているのか。おそらくはその全部の組合せなのだろう。

 そしてまた曲がいい。前は矢島さんの作る曲と岡さんの手になる曲が截然と判別できて、その対比が面白かったのだが、今日は不思議にもその区別が浮かびあがってこない。2人それぞれの曲というよりも Failte というユニットの曲として聞こえる。これもまたアレンジの妙だろうか。

 前半、後半、曲の並びも巧く、ダレることもない一方で大きな流れはあって、どちらもラストの曲がベスト。

 後半ゲストが入って、アルバムでは2人だけでやっている曲も、今日だけは5人でやる。5人の選択がまたいい。フィドルの山田氏はジル・アパップの能舞台ライヴで、ブルーグラスのバンジョーとのデュオで見ている。いわゆるケルト系以外のルーツと素養を備えて、 Failte の音楽にふだんとは異なる色彩を加える。フィドルというよりはヴァイオリンと呼ぶべきところもあって、懐がなかなか深い。

 中原さんのパイプを生で聴くのは久しぶりで、器の大きなゆったりした響きは相変わらず。ただでさえふくらみのあるロゥホィッスルの響きもさらに膨らむ。

 植松氏はたぶん初めて、少なくとも生は初めてのはずだ。堅実な演奏と聞こえた。できればサポートよりもフロントとして聴いてみたい。Chululu というバンドをされているようで、会場で売っていたCDを買いこんだ。

 5人編成の演奏はまたすばらしく、次のアルバムではぜひバンド編成の録音を増やして欲しい。流行りのアナログ盤でいえば、A面デュオ、B面バンドというのはどうだろうか。昔クリスティ・ムーアがやったように。

 曲は新譜からが大半だが、新曲やユニット名がまだない頃からやっているけれどアルバムに入れなかった曲などもやる。新曲に東欧風の曲もあるのは面白い。

 アレンジはいずれも念入りで、曲の性格ぴったりではあるが、劇的なところがほとんどない。唯一ドラマチックだったのがアンコール。というのはおそらく意図したわけではないだろう。

 アルバムは出したわけだが、曲はどんどんできていて、後二枚分くらいはすでにあるらしい。そういえば高梨菖子さんも曲がどんどんできるようで、笛の人はそういうものなのだろうか。それとも曲がどんどんできる人がたまたま笛の名手でもあるということか。できているうちの全部が全部形になるものでもないだろうが、少なくとも今日聴けた曲はどれも佳曲揃いだった。

 それにしても岡さんのピアノはいい。こうなるとセツメロゥズもピアノ入りで聴きたくなる。(ゆ)



 会場が変わってからこのコンビの初のライヴ。前のカーサ・モーツァルトの響きをたいへん気に入っていた山中さんは会場が変わることの不安を口にされていた。実際、リハの時は、旧会場がデッドだったのに対し、思いきりライブなので戸惑われていたらしい。本番では聴衆が入って音がおちつき、ちょうど良くなったと喜んでいた。

 楽器は前回と同じ、能登で被災して演奏を諦めた方から預かったもの。海外にも持って行けるよう、皮も人工のもの、糸巻きも黒檀にしている。会場の響きに加えて、人工の皮のせいもあるのか、音はすばらしい。胴にバチが当たる音が強烈なアクセントとして飛んでくる。左手の指を使う、津軽三味線特有の細かい音の連なりの一音ずつが鮮明だ。音が前に前にと出てくる。音量がぐっと小さくなるところ、より微妙な音を連ねるところも引込まずに湧きでてくる。音量の大小にかかわらず、どの音もキレまくる。音楽を頭からざっばあとかけられて、どっぷり漬かる。

 とりわけ2曲目〈秋田荷方節〉。本来唄つきだが、今回はインストとしてやる。歌えないのも当然の超高速演奏。アイリッシュのテナー・バンジョーでも滅多にないくらいの超高速三連符がいつまでも連続する。

 すさまじく気合の入った演奏が終わったところで、川村さんが、歌が入るとどうなるのか訊ねた。山中さんはやってみましょうか、と楽器を替えて、唄いながら演奏する。少しゆっくりになるものの、眼に見えて変わるほどではない。詞は本来は娘を売る歌だったが、今は婆さんが油を売る話になっている。放送などに乗せるためだそうだ。このあたり、英語圏ではどうなのだろう。放送を視聴しないからわからないが、録音では変えていないようにみえる。もっとも人身売買の歌はちょっと思いつかない。人殺しはたくさんあるけれども。

 山中さんは昨年の Winds Cafe の後、5月に能登に行かれた。とりあえず最低限のインフラは復旧したというレベル。もうしばらくしてボランティアが引きあげられると若い人たちがいなくなり、老人ばかりにもどるのが寂しいと地元の人から聞いた。これは明日の我が身だ。先の見えない時代にあって、一日一日を大切に過ごすことを心がけている。3曲目の〈じょんがら節〉も、この曲を弾くのはこれが最後のつもりで毎日弾いている。

 余談になるが、津軽三味線の世界で現在トップは上妻宏光と木下伸一の由。上妻は団十郎の全国ツアーに出ている。団十郎に舞台上で黒子がたすきをかけるバックで〈じょんがら節〉を弾く。上妻が出られない時には山中さんが代役を仰せつかる。歌舞伎座にも出るらしい。たすきをかけ終わるのに合わせて演奏も終わらなければならない。そのタイミングが日々変わるので難しい。山中さんは津軽での修行をおえて十九歳で東京に戻り、すぐに伊藤多喜雄のバンドに入る。その時の前任者が木下伸一だった。ということは津軽三味線の次のトップが山中さんになる。

 会場の変更がより大きな恩恵をもたらしたのは山本さんだった。この会場はヴァイオリンがよく聞こえるように造られていて、実際弦楽器の音の良さは実感している。擦弦も撥弦もいい。琴の五重奏の響きは圧巻だった。ところが弦だけでなく、声にとっても良いスタジオであることを今回まざまざと思い知らされたのでありました。

 唄っている本人にとってもまことに気持ちが良いことがひしひしと感じられる。いつもは結構おしゃべりな山本さんがしゃべるよりも唄いたくてたまらんというように、どんどん唄を続ける。そしてその声。ぎっしりと実の詰まった声がかつてなく太い物量をもって飛んでくる。まさに飛んでくる。唄うのが快感のせいだろうか、コブシも実に良く回る。伸びる。浮くのと沈むのとのバランスも絶妙。人の声を浴びるのがこんなに気持ちの良いものとこれまたあらためて思い知らされる。人がそこにいて唄っている。その偉大さ。ありがたさ。生きてここにあり、この唄を浴びていられることのありがたさが全身に満ちてくる。

 山中さんの演奏もまた一段と冴えわたる。4曲目、〈あいや節〉の前奏で音量を絞り、細かい音を動かす中に、わずかにノイジーな響きが混じるのに戦慄する。

 山本さんは今月82歳になられる由だが、これまで聴いた中でも文句なしのベスト歌唱。お二人のコンビとして最高のライヴ。これはここでしか味わえない。民謡のライヴ、コンサートはワンマンはほとんどなく、複数のうたい手が出るので、一人あたり多くて2、3曲なのだそうだ。今回はアンコールまでふくめて8曲。山本さんはお仕事として唄っているわけではない。あくまでも唄うのが好きで、唄いたいから唄っている。一度にこれだけの数を思いきり唄えるのが嬉しくてたまらない。それも伝わってくる。

 もちろん来年もまた Winds Cafe 出演が決定したのは当然として、山本さん、喜寿まではやりましょうという言葉も川村さんから出た。こうなるとこちらもそれまでは元気にここに来なくてはならない。山本さんよりもわれわれの方が心配だ。

山中信人: 津軽三味線
山本謙之助: 唄 = 津軽民謡

 チック・コリアと言えば《リターン・トゥ・フォーエヴァー》というのが世間の相場であろうか。今回も後半のオープナーとしてタイトル・トラックがかかる。「チックのカモメ」と当時は呼ばれたそうな。しかしジャケットに写っているのはカモメではなくカツオドリだそうだ。で音楽はといえば、ジャケットから連想されるようなひたすら爽やかというわけでもない。フローラ・プリムの声に端的に表れる不気味さが全体にある。あたしなどから見ると立派なジャズに聞こえる。これが大ベストセラーになったのはめでたいことではあるが、不思議でもある。爽やかな印象を与えるジャケットの貢献であろうか。1972年というのはあたしにとっては凄い年、たいへんな収穫が相次いで、時代を画した年であるのだが、ジャズでもこういう実りがあって時代を画したのは,これもひとつのシンクロニシティだろう。

 それにしてもこれが ECM から出たというのも深い意味がありそうだ。例えば当時他のレーベルから出る可能性はあったのだろうか。ECM だから出た、出せたのではないか。とシロウトには思えてしまう。当時の ECM はまだマイナー・レーベルだったはず。あらためてみると、この日かかったもののほとんどは ECM である。ECM なくんばチックも、そしてキースも無かったのではないか。

 冒頭に村井さんはチックの出自をイタリアの父とスペインの母と紹介した。レッキとした白人である。白人のやるジャズと言えばウェストコーストのクールジャズという回路がそれまでの本朝のリスナーの間になかったか。と、あたしなどは疑ってしまう。ECM には黒人もいるが、圧倒的に白人やその流れだ。かつての黒白二分法で言えば ECM は白人のジャズを押出した。

 チックを初めてまとめて聴いてみてまず感じるのは明るさ、次に軽み、そして爽やかさである。この日の目玉はナベサダ、チック、ヴィトウス、ディジョネットというメンツでなぜかフリー・ジャズをやっているトラック。1970年の《ラウンド・トリップ》というアルバム。村井さんも言うように明るいフリーである。たいていのフリーのように眉間に皺を寄せて,あるいは目をまん丸にヒン剥いて、とにかくひっちゃきになってやってはいない。四人とも軽々と、制約のない、決まり事のないことを喜び、愉しんで、嬉々として夢中で遊んでいる。フリーは本来こういうもんだよと言っている。


【中古】 ラウンド・トリップ/渡辺貞夫
【中古】 ラウンド・トリップ/渡辺貞夫

 ここでのヴィトウスが凄い。ずっとアルコで、ひどく高い音域で弾きつづける。初めはサックスの他に管がもう一人いるのかと思った。ミュートしたトランペットに似た音だったが、そんなはずはないとよくよく耳をこらすと、これがベースだと途中からわかってたまげた。

 その前のこの日のオープナーはチックの最初のトリオで、ここでもヴィトウスが聞きもの。おそろしく粘り気のあるベースを弾く。ドラムスはロイ・ヘインズで、これも凄かった。このトリオは1980年代に再編して、後半でそこからかかったライヴ音源もヴィトウスが突出していた。

 そうなのだ、あたしにはチック・コリアのピアノがどうも捉えどころが無いように聞こえる。巧いのはわかるし、爽やかで明るい音、演奏も嫌いでは決して無いけれども、これがチック・コリアというつかみが聞こえない。どの録音も、むしろ共演者の方に耳が引っぱられる。唯一、ああいいピアノだなあと感じたのはラストの、チックが生涯最後に人前で演奏したソロの録音だった。

 あたしが単にチックを聴きこんでいないだけならばいいのだが。もっとも音楽全体はどれも美味しい。つまりチックのピアノがいいというよりも、トリオなり、カルテットなり、あるいはデュエットなりの演奏はどれも気持ちがいい。その核になっているのはやはりピアノであり、チック・コリアという存在ではある。そこを出発点としてこの人を聴いてみようという気にはなる。

 それにしてもヴィトウスである。ウェザー・リポートしか知らなかったけれど、ちゃんと聴いてみよう。

 今回はほとんどがアナログ盤での再生で、ラスト2曲のみ CD だった。《トリロジー3》から CD になって音ががらりと変わったのも面白かった。ピアノの高域の響きが透きとおった。見通しもよくなる。アナログの音も別に何の不満もなかったのが、メディアの違いか、録音の違いかわからないけれどもびっくり。

 次回はチャーリー・パーカーとそのチルドレン。うーん、村井さん、巧いなあ。キース、ロリンズ、チックと来て次は誰かな、ギターかなと思っていたらパーカーである。この辺のセンスがあたしなんかとは全然違う。売れる本を書ける人なのだ。(ゆ)



 ディック・ゴーハンのボックス・セットもまだよう聴けていないうちに、やって来てしまった。

AlongTheRoadForever-small


 副題に Live at the BBC 1965-2022 とある。こちらはCD20枚組。一応の内容。

Disc 1: Studio sessions 1973-77 Sounds of the 70s, 1973 (Albion Country Band), John Peel, 1974, 1976, 1977 (all Martin solo)
Disc 2: Onstage 1973-7 Folkweave, 1973, 1974, 1975, 1977 - live at St Albans Folk Club, Loughborough Festival & Cambridge Folk Festival (all Martin solo)
Disc 3: Onstage 1977-78 Folk '78 & Folkweave - live at Sidmouth Folk Festival 1978 & 1979 (all Martin solo)
Disc 4: Onstage 1979-1986 Sidmouth Folk Festival 1979 (Martin solo), Cambridge Folk Festival 1982 (Brass Monkey), Folk on 2 concert 1983 (Brass Monkey)
Disc 5: Onstage 1981-83 Stagfolk, Godalming 1981, Fylde Folk Festival 1982, Pontardawe Folk Festival 1983 (all Martin solo)
Disc 6: Studio sessions 1983-88 John Peel 1983 (Martin solo), Andy Kershaw 1987 (Martin solo), Andy Kershaw 1988 (The Watersons), Andy Kershaw 1988 (Martin solo), Folk on 2 1987 (Martin & Chris Wood)
Disc 7: Onstage 1984-1990 Whitby Festival 1985 (Martin solo), BBC Radio Sussex 1984 (Martin solo), Salisbury Arts Centre 1990 (Martin & Dave Swarbrick)
Disc 8: Martin Carthy & Dave Swarbrick: Studio sessions & onstage 1988-97 Folk on 2 1988, 1989, 1997, Andy Kershaw 1990, Belfast Festival c. 1988
Disc 9: Martin & Eliza Carthy: Glastonbury Festival, 1995
Disc 10: Studio sessions 1995-97 Andy Kershaw 1995 (Waterson:Carthy), Folk on 2 1997 (Martin solo - alt takes), Folk on 2 1997 (Martin & Dave Swarbrick - alt takes)
Disc 11: Studio sessions 1997-2004 Folk on 2 1997, Andy Kershaw 2004 (all Martin solo)
Disc 12: Onstage 1990-99 Sidmouth Folk Festival 1990 (The Watersons), Sidmouth Folk Festival 1992 (Martin solo), Rare Music Club, Bristol 1997 (Wood, Wilson, Carthy), Cambridge Folk Festival 1999 (Martin solo)
Disc 13: Onstage 1999 Sidmouth Folk Festival 1999 (part 1) (Martin solo)
Disc 14: Onstage 1999 / 1986 Sidmouth Folk Festival 1999 (part 2) (Martin solo), Butlin's, Bognor Regis 1986 (Brass Monkey)
Disc 15: Martin Carthy with Norma Waterson: 60th Birthday Concert, Alhambra Theatre, Bradford, 2001
Disc 16: Onstage 2005-14
Disc 17: Studio Sessions 2014-22
Disc 18: 1963-68
Disc 19: Steeleye Span 1970-71
Disc 20: Bonus: off-air 1965-72

 どうしてこういう順番にしたのか、よくわからないが、冒頭いきなりアルビオン・カントリー・バンドのライヴに始まる。1970年代から始めてほぼ年代順にならべ、Disc18 で1960年代が出てくる。最後は録音はしたものの、放送されなかったということか。とまれ、ソロとデイヴ・スウォブリックとのデュオ以外にマーティンが参加したユニットとしては、Blue Murder と Band of Hope を除いて網羅されている。この二つは BBC には出なかったのであろう。

 ゴーハンのボックス・セットはCDのサイズだったが、こちらはLPのサイズ。ライナー、詳細な録音データやクレジット、写真などを収めたハードカヴァーの本の他に、マーティンへのインタヴューを印刷したA4の紙、ポートレート、それに自筆サインの入った正方形の紙。限定2,000セットの一つであることの証明だそうだ。2,000枚サインしたのはまことにご苦労様。ただし、個別の番号などは入っていない。

 あたしはロンドンの Proper Music に注文した。他に2枚のCDも含めてだが、送料込み総額70,620円也。ところが、あやうく届かないところだった。一緒に注文し、別々に発送された他のCDが2枚とも、眼と鼻の先まで来ていながら、宛先不明で返送されてしまった。郵便局は有無を言わさず返送してしまう。後から発送されたこのボックス・セットは UPS 扱いだったので、すぐには返送されず、倉庫に入ってしまった。通関されているのに倉庫に入って動かないので、UPS のカスタマー・サービスに電話して、あらためて住所を告げて配達するよう依頼したら、翌々日、土曜日だったが福山通運が持ってきた。宛先の住所で1ヶ所、アルファベットが1文字脱けていた。(ゆ)

 ミュージシャンはいくつもの顔を持っているものだ。優れた人になるほど、顔が増える。一つの顔だけ強調するのは売れる要諦かもしれないが、いわゆるアイドルのつまらなさはそこにある。

 アニーこと中村大史もいくつもの顔を持つ一人だ。トリコロールと O'Jizo の顔は違うし、ジョンジョンフェスティヴァルでの顔もまた違う。そしてこの日はそれらのどれとも違う顔を見せた。ひと言でいえば作曲家としての顔である。この日のレパートリィはすべて自作、それも参加したミュージカルや演劇などの舞台のための曲や、コンセプト・アルバムのために作った曲が中心である。

 彼が参加した舞台やミュージカルはチケットをとるのがひどく難しい。今は少しでも人気のある劇団はどこもそうらしい。チケットを買うのに抽選などと言われると、それだけで萎えてしまうのは老人の性か。だからこれらの音楽を本来の文脈で聴いたことはなかった。と言うより、そもそも聴いたことがなかった。映画にはサントラがあるが、舞台のための音楽は後でパッケージなりストリーミングなりで聴けるようになるのは滅多にないようだ。あたしが知らないだけか。

 こうした方面での中村さんの曲はバンドのためのものとは性格を異にする。アイリッシュやケルト系バンドでの、時にアグレッシヴになる闊達な側面とは対照的に、むしろ静謐になることもある抒情性に満ちる。聴いていて心が穏やかに静まり、溜まっていた澱が溶けて、すがすがしい気分になる音楽だ。あるいはほかほかと明るい山道を歩いてゆくと、心晴れ晴れ、日ごろの鬱も散じて生きてあることが嬉しくなる音楽でもある。こういう音楽をトリコロールや O'Jizo でやるのは、雰囲気を変えたり、アクセントをつけたりするのにはよいだろうが、これ一色というのは合わないだろう。どこかふさわしくない。バンドにはそれぞれ固有のキャラがある。

 中村さんもそのことは重々わかっていて、バンドとは別の形のコンサートをやりたいと思っていた。しかし彼自身はなかなか時間が取れない。そこで見かねた石崎元弥氏が制作を買ってでた、とMCで言う。

 実際このコンサートのために集めたミュージシャンに、中村さんがやっているバンドのメンバーはいない。と言ってまったく無縁の人たちでもない。これまで中村さんがさまざまな形で関わり、共演してきた人たちである。あらためて中村さんの顔の広さを思い知らされる。

 音楽の姿としてはバンドでやっているアイリッシュやケルト系は皆無。むしろクラシックに近い。現代音楽的なところさえある。メンバーの中で最も「アイリッシュ」のカラーが濃い奥貫氏も今日弾いているのはフィドルではない、ヴァイオリンである。ヴォーカルの優河氏も堂々たるオペラ歌手の風格を見せる。二人ともこんな面があったのかと驚かされる。衣装もみな正装に近い。中村さんは燕尾服だ。おまけに前半と後半で色を替えてきた。前半は遠目にはブルーの入ったグレー、後半は黒。

 全体としてこれはバンドの音楽ではなく、中村大史個人の、ソロの世界だ。あらためてこうしてまとめて聴くと彼は屈指のメロディ・メーカーである。美しい曲が次から次に奏でられて、ひたすら陶然としていた。その美しさを引立たせるように巧妙なアレンジが施されている。例えば[04]。楽器がメロディを引継ぎながら加わってきて、ついにはフル・バンドの壮大な音楽になる。響きもいい。新倉さんのチェロの膨らみ、ハープの鮮烈、そしておそらくはわざわざ選んで持ちこんだベヒシュタインのピアノの清らかさ。一級のミュージシャンたちが、それぞれのパートを心をこめて演奏して、曲に命を吹きこむ。皆さん、演奏するのが愉しくて仕方がないのもよくわかる。

 中村さん本人はどちらかと言えばピアノに向かっていることが多い。位置としては自分の楽団をリードするエリントンと言うところ。例外の一つはラストの〈Our birth〉。自作の中で最もプライヴェートな曲というこの宝石のようなメロディをピアノでリードし、アンサンブルがさまざまな形で展開する。膨らんではまたピアノにもどる。気がつくとすっかり音に引きこまれている。曲が終わったとわかった時にはほうとため息が出た。

 中村さんの生むメロディはアイリッシュ的、ケルティックな味わいが濃厚なのだが、聴いているとどこか日本的な感覚がある。これがどこから来るのかわからない。日本的と感じるのがなぜかもわからない。わからないがその感覚は明瞭でもある。不思議な感覚。

 アイリッシュばりばりを期待した向きにはアテが外れたかもしれない。とはいえこれもまたアニーの音楽だし、ひょっとすると彼の本質により近い形かもしれない。

 一方でよりダイナミックな側面もまた間違いなくあるはずだ。今回はゆったりした音楽、急激な変化の少ない演奏に終始していたが、次はもう少し動と静の対象を聴かせてもらえたらと願う。もちろん次回のありますように。そしてこのメンツでの中村作品集の録音が出ますように。

中村大史 / Piano, Guitar, etc.
優河 / Vocal
奥貫史子 / Violin
竹内理恵 / Saxophone, Clarinet, Flute
新倉瞳 / Cello
堀米綾 / Celtic Harp
かわぐちシンゴ / Guitar, Mandolin, etc.

 以前の記事からのこの3ヶ月は規格としての Bluetooth の使い勝手の悪さを思い知らされた。

 Bluetooth は元来補聴器のための規格だ。補聴器は個々のユーザーにパーソナライズされている。難聴の度合いは個人によって千差万別、同じものは一つとしてない。各々の補聴器ペアは互いに相手とだけつなぐ必要があり、他とつながってはいけない。そりゃそうだ。電車やバスで隣に座った人の補聴器につながっては困る。Bluetooth とは一対一の接続のための規格なのだ。

 イヤフォンを無線接続で外に持出すために Bluetooth が採用された。スマホとイヤフォンを一対一でつなぐだけならば十分だ。Tonalite もパーソナライズのためにチップを必要とするから、完全無線イヤフォンとして入力は Bluetooth によることになった。

 ところがだ。Tonalite にハマってしまうと、全ての音源を Tonalite で聴きたくなる。外ではスマホでよいとしても、家ではネットワーク環境を整えたデスクトップでストリーミングを聴く際にも Tonalite で聴きたい。実際、あたしの環境では、有線LAN でつないだ Mac mini M4 でストリーミングを再生し、これを Mac とペアリングした Tonalite で聴くのと、USB> I2S変換> Wandla> model 433> DX6000 で聴くのと比べてみると、明らかに Tonalite の方が音が良いのだ。後者では他の音に埋もれがちの楽器の音が、Tonalite では小さいながらしっかり聞えるし、何より音楽の躍動感が段違いだし、音楽としての活きの良さも上なのだ。注ぎこんだ金額を勘定すると厭になってしまうが、事実ではある。

 iPhone でも Mac mini でも接続は当然 AAC による。Tonalite は LDAC をサポートしているのだから、何とかそれで聴けないか。

 Tonalite 以外のワイヤレス・イヤフォンでも Apple 製品で LDAC や aptX などのコーデックで聴きたいという要求は小さくなかったのだろう。USB-C 接続の Bluetooth トランスミッターが出てきた。この3ヶ月で Questyle、FiiO、Noble、Accoustune が出し、まだこれからも出るらしい。

 そこでまず Questyle QCC dongle pro を試した。次に FiiO の Air Link も試した。継いでこの二つを下取りにして Noble Audio Scepter を買った。結論から言うとどれも使えない。

 まずこれら3機種、いずれも Tonalite とペアリングするのに一苦労した。各々専用アプリがあり、これを iPhone にインストールして、アプリでペアリングする。ところがアプリの対象機種リストに出てこなかったり、出てきてタップしてもつながらなかったりする。何かの拍子にうまくつながっても、いざ、それで聴こうとすると切れていたりする。そうこうするうちに Noble Scepter についてのささきさんの記事が出た。

 これを参考にしてやってみて、どうやらうまくつながるようになった。この時点では QCC dongle pro と Air Link でやっている。

 最初のペアリングの時はこれらのドングル・トランスミッターを iPhone に挿してやっている。うまく LDAC でつながると、なるほどただでさえ良い Tonalite の音がさらに良くなる。たまりまへん。

 Tonalite はマルチポイントをサポートし、最大二つまでは同時にペアリングできる。一つは iPhone そのものにペアリングする。これをしないと Tonalite アプリでのパーソナライズや設定ができない。で、もう一つをドングル・トランスミッターに設定する。こうすればドングル・トランスミッターを挿せば、Mac mini でも LDAC で聴けるはず。

 ドングル・トランスミッターを iPhone から外し、Mac mini に挿すと、ペアリングが切れてしまうことがある。そうなって見てみると、Tonalite の設定もデフォルトに戻っている。えんやこらと設定をしなおし、ドングルとペアリングしなおし、さて Mac mini に挿して、なんとかつながったままでいてくれることもある。それでも出てくる音を聴くと、やはり元に戻れない。

 ところがである。この状態で聴いていると音が切れるのである。一度切れだすと、ほとんど1、2秒ごとにぶつぶつと切れる。それが何分も続く。Air Link でひどい。QCC dongle では、いくぶん減るが、やはり切れる。Mac mini はルーターから有線で引張っている。実際、Mac mini に Tonalite を直接ペアリングすると切れることはない。とすると LDAC のせいか。これは切れやすいと注意書きもある。とはいえ、Mac mini と Tonalite の距離は1メートル以下だ。間に邪魔者は何も無い。こんなに切れてはたまらんと、Air Link と QCC dongle pro を叩き売って Noble Scepter に換えた。Scepter は大分マシである。しかし、切れるのはなくならない。

 LDAC 接続を試すために買ってあった Walkman に Tonalite をペアリングして聴いてみる。音源は Apple Music と内蔵のマイクロSDカードに収めたファイルだ。そうすると切れることはないが、時たま、ふうっと音が薄れる瞬間がある。とすると LDAC はそういうものなのか。

 ここに到って Bluetooth という規格に呆れはてた。そもそも一対一の接続が原則だから、マルチポイントはおそらく曲芸をしている。Tonalite の場合、相手は2ヶ所だけで、3つ目につなごうとすると、全部切れて設定がデフォルトに戻る。auracast というのもあるが、あれはソースは一点で、それを複数の Bluetooth 受信機へ放送する。1個の Bluetooth 受信機を複数のソースに切替えて使うという使用法は想定されていないのではないか。

 しかし、無線接続のままイヤフォンを外に持出すには Bluetooth がデファクト・スタンダードだ。そこで気になってくるのが、春のヘッドフォン祭でささきさんが final の細尾社長から、有線の DTAS も準備していると聞いたという件だ。

 外に持出すのに無線でなければならないわけではない。有線でもいい。有線の DTAS なら音が切れるなんてことはありえない。どんな形で出てくるか。理想を言わせてもらえば、ポータブル・サイズの DAC/amp の形だ。Tonalite の中にチップで入っている DTAS を外に出す形。そうすれば、有線イヤフォン、あるいはヘッドフォンを取替え引替え DTAS で、パーソナライズされた音で聴くことができる。これは天国だ。しかし贅沢は言わない。有線イヤフォンに DTAS が入っただけでもいい。とにかく Bluetooth から逃れたい。こんな使い勝手の悪いものにふり回されたくない。

 Tonalite を半年使って、Bluetooth にほとほと嫌気がさしたという顛末。結局のところ、家ではストリーミングについて、Tidal は Mac mini で AAC で、Apple Music と Bandcamp はウォークマンで LDAC で聴いている。リッピングしたファイルもウォークマン。外では iPhone で AAC で何でも聴く。

 そう、Noble Scepter + Mac mini で聴く方法もまったく無いわけじゃない。Tonalite をもう1セット買って、専用にすればいい。有線 DTAS が出るのは、早くても今年年末だろう。最短でもそれまで半年、うーん、中古を買ってしまうか。(ゆ)

 奥脇泉さんの「卒業」公演。ずっと笑顔で唄っていたのが、アンコールでは涙声になった。

 現メンバーでは最も新しく、最年少、背が一番高い。声の太さも一番。畠山さんが高音に突きぬけ、菊池さんがどこまでも透明に澄んでゆくのに対し、奥脇さんのソプラノは実の締まった豊かさを湛える。〈会津磐梯山〉前のMCの会津弁に代表されるユーモアのセンスも際立つ。事情は知らないが、この人が脱けるのは実に惜しい。昨年ギターの河野智美氏とのデュオで出した《さくやひめ》はすばらしかったから、そちらに傾注するのだろうか。とはいえ、ソロとアカペラ・コーラスは両立しないものでもないだろう、と素人は思う。

 このメンバーで最後ということもあろう、歌唱はどの曲も見事。アウラのライヴは同じ曲でも毎回アレンジを変えているように聞こえるが、今回はひときわ冴えわたっていた。オープナー〈ゴーデーテ〉はメンバーが客席後方から入ってきて唄いながらステージまで歩いて上がる演出。この礼拝堂の響きの良さがよくわかる。ハーモニーも四人が密にまとまるのではなく、上と下、高と低に広がる重なりを響かせる。この手法はこの後も存分に活用される。星野さんの声がぐっと低く沈んでゆくのがたまりまへん。時にはソプラノが下に潜ることもある。高い声が潜り、低い声が飛翔するのはスリリングだ。

 一つの時期の終りを画する時に定番で唄われる〈蛍の光〉も、アウラは原曲の意味にもどり、旧友との再会として唄う。しんみりせず、喜びに満ちた元気な唄。対照的に〈スカボロー・フェア〉は、こちらも原曲本来の意味にもどり、ダークで時に不気味ですらある。元歌の古いバラッドには The elfin knight というタイトルもあり、あたしはそれを〈妖魔の騎士〉と訳したことがある。

 前半クローザーの〈花〉はハーモニーが切れまくる。ひょっとすると空気の乾燥が会場の響きに作用しているのか。四人の声が個々にははっきり聞こえながら、その重なりに戦慄が体に走る。近年のアウラは詞のないスキャットのハーモニーを多用する。そのハーモニーの流れ、上になり下になってからみ合う流れが今日は一段となめらかで美しい。

 スキャットは後半オープナーの〈春の海〉では琴の弦をエミュレートし、次の〈竹田の子守歌〉ではすばらしい間奏の展開をする。ほとんどの曲でイントロとアウトロでも使うし、歌詞をうたうバックでも使う。楽器の役割。それが人間の声で奏でられるのは快感だ。一方で奥脇さんが強調していたように、とんでもなく難しくもあるだろう。このスキャットのインストルメンタル的唱法は近年のアウラ最大の発明であり、今のアウラをユニークな存在にしているとも見える。時にドローンとして使う時もあって、これがあたしにはまた快感。

 〈会津磐梯山〉は聴くたびにアレンジが違うと聞こえる。今日のヴァージョンは一段と冴えている。クローザーに向けて古いレパートリィを唄うと、こちらはスキャットが無い。四人とも常に詞を唄う。アウラの出発点はインストゥルメンタルに詞をあてはめて唄うことだった。今はそれとは百八十度アプローチが変わっていることになる。これも面白い。

 オペラ・シンガーの道に行きづまっていた時にアウラのファーストを聴いて救われたという奥脇さんの話は、前にもMCで聞いたことがある。とはいえ、アウラを目指し、加入したことで育てられたという感覚はアンコールの〈You raise me up〉を万感迫るものにしていた。ミュージシャンと聞き手は実はまったく別々のことを感じているのは事実としても、この時は奥脇さんの想いの一部を共感できたと感じた。

 クラシックだけでなく、さまざまな曲を、訓練された声と入念なアレンジのアカペラ・コーラスで聴かせてくれるアウラのすごさをあらためて実感する。ここ数年のアウラはコンサートごとにこれまでで最高という歌唱を聴かせてくれていて、今回も昨年末のクリスマスとくらべてもとびぬけている。この声の重なりの快感はこれからも追いかけたい。

 クラナドのリード・シンガーでハーパーの Maire Ni Bhraonain または Moya Brennan がドニゴールはグイドーアの自宅で安らかに亡くなった、と家族から発表があったそうです。享年73歳。死因は未公表。遺族は夫君 Tim Jarvis と男女一人ずつの子ども、それに兄弟でクラナドのメンバーでもあった Ciaran と Pol。モイアは姉妹兄弟の最年長でした。

 録音としては2024年の Cormac De Barra との共作《Voices & Harps IV: A Tribute To Mary O’Hara》が最後になりました。ハーパーであるコーマック・デ・バラとは2010年からアルバムをリリースしていて、これは4作目。二人だけではなく、バンド形式で伝統歌やオリジナルを唄い、演奏しています。どれもなかなか良いアルバムです。音源は Bandcamp にあります。




 クラナドについては我々古くからのファンと、当人たちの間にかなり認識の相違があります。バンド自体は1982年の 〈Harry's Game のテーマ〉によるブレイク以前のアルバムは習作としてまともに評価してくれるな、という立場ですが、ほぼリアルタイムで追いかけてきたあたしのようなリスナーは、ブレイク以前こそがクラナドの真骨頂であり、音楽的に最も豊かな時期と見ています。具体的にはセカンドとその次の《Dulaman》を頂点とし、ファースト、《In Concert》と《Magical Ring》の2枚のライヴがこれに次ぐという評価です。

 初期のクラナドはブリテンのペンタングルのほとんど唯一のフォロワーと言っていいと思います。それも表面的な形式よりも、ペンタングルの音楽の方法論、伝統音楽とジャズの融合を採用し、めざした点がユニークでした。当時、他のほぼ全てのバンドがロックのフォーマットとスピリットで伝統音楽を解釈しようとした中で、この二つの存在は際立っています。そしてどちらも時代の制約を超えて、今聴いても実に新鮮な音楽を奏でています。

 モイアは1996年8月に、ドーナル・ラニィ・バンドの一員として初来日し、同じ年の10月、クラナドとして唯一の来日公演を行いました。その時のライヴのレヴュー記事を以下に転記して、追悼に更えたいと思います。

 キャリアの長いバンドではあるが,ぼくにとってクラナドはどうも捕えどころがない。いわゆる〈ブレイク〉以後のアルバムから聞えてくる音楽は,アイルランドの色も匂いもどんどん抜けてゆく。ことさらにドニゴール出身を強調されると,ポーズにしか聞えない。それでもライヴに出かけたのは,8月にドーナル・ラニィ・バンドの一員として生に接したモイア・ブレナンのシンガーとしてのすばらしさ,来日メンバーの中にヴィニー・キルダフの名を見つけたこと,そして,やはりアイルランド中毒のせいだ。

 結論から言えば,クラナドは「バンド」ではなく,4つの声を持つリード・シンガーなのだろう。様々な装飾に埋もれがちのスタジオ録音だけでは,あのコーラスのすばらしさはわからなかった。こうして生に接するとやはり唯一無比。その意味で,アンプラグドな組立ての演奏をもっと聴きたい。

 ライヴの楽しみであるハプニングとして,メル・コリンズをお目当てにしていた人も多いだろうし,その期待は裏切られなかったと思うが,そういう人たちもヴィニー・キルダフのティン・ホィッスルの妙技には度肝を抜かれたのではないか。期待していったぼくにしても,生半可な期待などどこかにすっ飛んだ。続いて登場して前半を締めくくった,これも見事としか言い様のないモイアの無伴奏ゲーリック歌唱よりも拍手が大きく長かった。

 今回のハイライトはこの二つのアクトである。後半のほうがバンド全体のノリも良くなっていたし,アンコールに向けて盛りあがってはいた。ただ,盛りあがるところはクラナド本体からは離れているようにみえる。音楽的にもアイルランドというよりはジャズや主流ロックの文脈なのだ。

 確かに最後にまたフロントに戻って決める。アイルランドから出かけて,外の世界で遊んだ後,またアイルランドへもどる。それがクラナドのスタイルであり,一面あの国の人びとの本質をついているのは確かだ。ただかなうならば,外での遊びにアイルランドの色や香りをもう少し溶けこませて欲しい。それが中毒者の願いである。

 蛇足を加えると、この時のクラナドの「バック・バンド」はサックスのメル・コリンズとホィッスルの名手 Vinnie Kilduff を含み、ドラムス、ベースなども揃ったバンドでした。

 もう一つ、2003年にソロ・アルバム《Two Horizons》を出したときのインタヴュー記事も転記しておきます。

 ソロとして4年ぶり、レーヴェルも移籍して心機一転、今回の新譜には様々な新機軸がある。まず何といっても目につくのは名前のスペルの変更だ。

 「"Maire" ではどうしても正しく読んでもらえなかったから。そのうちみんなちゃんと読んでくれるようになると期待したんだけど、コンピュータ時代になってこれがスペルチェックに引っかかってしまうわけ。レコード店では『マリー・ブレナン』にされてしまうのよ」


 プロデューサーはトリ・エイモスやアフロ・ケルト・サウンド・システムとの仕事で知られるロス・カラムですね。

 「レコード会社からの提案だったんだけど、その名前に直感が働いたの。思った通り、かれはお互いを知る時間を作りたいという私の提案を快く受けてくれたわ」


 あなたの家で二人で古い伝承音楽のレコードを聴いたりしたそうですが、どんなものを聞かれたんですか。

 「昔の人、たとえばシェイマス・オ・ヒーニィや、60年代の録音、ショーン・オ・リアダなんかね。オ・リアダはアイルランドの伝承音楽で最重要人物の一人よ。カロランの音楽を復興させたのも彼」


 ゲストにマーティン・カーシィが入っているのに驚きましたが、いつどこで会われたんですか。

 「70年代の初め、アイルランドのフェスティヴァルね。その頃のフェスティヴァルは今とはぜんぜん違って、アーティストは全員期間中ずっといて自由に交流していたのよ。だからみんな知合」


 ナイジェル・イートンやトロイ・ドノクリィもいますね。

 「ナイジェルはロスが一度一緒に仕事をしたの。トロイは今のバンドのメンバーが何度も一緒だった。今回のアルバムではアコーティック楽器の音を重要視したので、いろんな人に来てもらったわ」


 この新譜の背景になっている物語は聖杯探求伝説をベースにしてると思いますが。

 「他の人にもそう言われたけど、聖杯探求伝説そのものは意識していなかったのよ。今までやったことが無いことをしようとして物語のあるアルバムにしたんだけど、物語そのものは私とは関係なく自然にできてしまった感じね。でもそう思っていただいてもかまわないわ。ただ聖杯の『聖』は宗教的なものじゃない。ハープは私にとって古代から受け継いだ、かけがえのない楽器と言うこと」


 空白の4年間に、彼女は自伝 "The Other Side of the Rainbow" (2000) を出している。出版社からの提案だったそうだが、書く以上は何事も隠さずにしようとしたモイアの態度は、特に女性たちから圧倒的な支持を受け、音楽以外の世界も広がった由。クラナドはどうやらその役割を終えたようだが、モイア自身はこのアルバムで新たな方向性をつかみ取った、そうした自信があるのだろう、今共演したい人はとたずねると、こう答えた。

「どんな人でもいいわ。エミネムとでもやってみたいわね(笑)。日本には誰かいないかしら」


 ほんとに、どなたか、いかがですか。

[注]
シェイマス・オ・ヒーニィ(ジョー・ヒーニィ)=1919-84。コネマラ出身の偉大なシャン・ノース・シンガー。
マーティン・カーシィ=1940-。イングランド・フォーク界最高のシンガー/ギタリスト。
ナイジェル・イートン=ペイジ・プラントにも参加したブリテン随一のハーディガーディ奏者。
トロイ・ドノクリィ=アイルランドのバンド、アイオナのメンバーで、イリン・パイプを始めとするマルチ・インストルメンタリスト。

 Irish Times の追悼記事では何人かの人がモイアを The First Lady of Celtic Folk Music と呼んでいました。アイルランドの伝統音楽出身のミュージシャンとして最初にブレイクし、ワールドワイドな人気を持ちつづけた点で確かにそう呼ばれてもおかしくはないでしょう。しかし、あたしにとって音楽家としてのモイアの評価はそれとは別のところにあることも否めません。

 先月のドロレス・ケーンに続く訃報に、いささか落ちこんでいます。そういう時期になった、ということなのでしょう。

 とまれ、モイア・ブレナンがこんにちのアイリッシュ・ミュージックを作った一人であることはまちがいなく、その恩恵を蒙っている身としては冥福を祈るばかりです。合掌。(ゆ)

 今回は會田瑞樹氏の自作ばかりを演奏するという企画。こういうプログラムは4回目だそうだ。演目はA4判4ページにぎっしり書かれたものが配られ、各曲の演奏前にも一通り口頭で説明される。この解説は必要でもあるだろう。というのも會田氏の演奏は見ているだけで背筋が寒くなるほどのものであるからだ。あんな演奏を休みなしで続けられるはずが無い。ましてや今回はダブル・ヘッダーで、後にもう1本コンサートが控えているので、1時間20分、8曲を一気にやる。

 主な楽器はヴィブラフォン。會田氏はこの楽器に惚れこんだか、とり憑かれたかしているらしい。他に小太鼓、サイドドラム、小型の木魚、電動歯ブラシ、何だかよくわからないものなども使う。電動歯ブラシはスイッチを入れてブーンと鳴る音を使ったり、ヴィブラフォンの音盤の上に当てて、目覚ましのベルの音を立てたりする。ラストの「一茶の俳句による打楽器のためのコンポジション」では、有名な「やれ打つな 蠅が手をする 足をする」の句のパートで蠅の羽音に使っていた。

 會田氏は正面に置いたヴィブラフォンの、客席から見て左に小太鼓群、右に小道具類を置く。だいたいはヴィブラフォンだが、時に左に右に跳びまわり、ヴィブラフォンの前に出ることもある。

 たいていはマレットやバチで叩いているが、時に指や、マレットやバチの柄の方で叩いたりもする。ヴィブラフォンの胴体、フットペダルの軸なども叩く。オープナーの「心臓の小太鼓——歌唱を伴う小太鼓独奏のための」では小太鼓を指で叩きながら登場し、その面に顔を擦りつけたりもする。両手以外で打楽器を「叩いた」のはこの時だけだった。つまり足で蹴ったりはしない。考えてみるともっぱら足であやつる楽器というのは知らない。上半身に障碍のある人のためのものならあるのだろうか。

 ヴィブラフォンで連想するのはジャズのものが多い。MJQやゲイリー・バートンが代表だ。會田氏の音楽、演奏は別の世界である。明確なメロディと聞こえるものはほとんど無い。音は跳びはねる、文字通り。マレットは目にも留まらぬスピードで音盤の上を縦横に駆けぬけ、本人の体も跳ねる。ただし、右足はフットペダルを踏みつけて動かず、体の中心軸もぶれない。両手だけがそれ自身の意志をもっているかのように動く。

 音の強弱、大小の差が大きい。加えるに残響。ヴィブラフォンの最大の特徴は残響の長さ、音量、音の揺れ、すなわちビブラートの振幅をコントロールできることだ。大小長短広狭のヴィブラートが交錯する。フットペダルを離せば残響はカットされて、一瞬無音になる。

 短い曲で3、4分、長い方は10分近いものもあったか。音楽の演奏は肉体を駆使する点でスポーツに通じるが、會田氏の演奏は人間の運動能力の限界に挑戦している。どんな楽器でも名人達人と言われる人たちの演奏は素人が見ても無駄な動きが無く、「コスパが高い」と見える。會田氏の演奏も最小限の動きを軽々とやっているように見える一方で、とんでもないスピードでマレットやバチがすっ飛び、音が流れでてくる。いつまでこれが続けられるのかと老人は心配になるほどだ。ガムランのスピードも人間離れしているが、あれは複数の人間が少しずつタイミングをずらして叩くことで速く聞こえるので、一人ひとりはゆっくり叩いている。會田氏はいわば独りガムランをやっている。

 ここで肝要なのは會田氏は人間能力の限界に挑戦しようとして演奏しているわけでは無いことだ。あくまでも音楽を演奏している。人間の運動能力の限界に挑むのは結果、副産物で、それ自体に意味は無い。ヴィブラフォン・オリンピックは存在しない。しえない。

 曲は會田氏の自作だが、つくっている時には演奏の難易度など考えないのは当然だ。むろん物理的に不可能なものは書かないはずで、そういうものができてしまう時には修正するか、書き直すことになる。いずれにしても、會田氏はあくまでも音楽として面白い曲を作ろうとしている。はずだ。

 ここで「うつくしい」曲というのをあたしは躊躇う。一つには「うつくしい」曲はできるもので、作るものではないからだ。もう一つには會田氏の音楽をあたしはまず面白いと感じるからだ。もっと聴きたくなる。面白いというのはまずそういうことだ。この音楽、この曲をもう一度聴きたい。この人の音楽をもっと聴きたい、と思わせるものを備えていることである。

 明瞭なメロディが聞こえないのは現代音楽的で、メロディの代わりに音は離合集散する。「踊れ、赤い靴」や「リトアニア民謡『クリスマスの朝、バラが咲く』の主題による幻想曲」のように、既存のメロディを元にした曲でも、変奏はあるいはぶつぶつ切れ、あるいは飛躍する。

 一つあたしには明瞭に聞こえるのは遊びの感覚と切迫感だ。まず、楽器での面白い遊び方を探っている。運動能力の限界への挑戦も、その一環として生まれている。ように見える。ただ、演奏している姿と聞こえている音楽に直接の関係は無い。あくまでも音楽の上での遊びだ。

 切迫感は今世紀の音楽に共通する要素にも思える。會田氏の音楽のような、またジャズのような音楽そのものの面白さを追求したものだけでなく、ヒット狙いのポップスや、伝統音楽の現代的展開にも聴きとれる。気がする。今の時代のもつ空気の反映にも聞える。のんびりなどしていられない、いろいろなものが切羽詰まってきているのだという時代の空気。危機感も含まれるが、正面からたち向かうよりは、斜めにひっぱずすことで、危機への対処をより柔軟にしようとする姿勢に見える。

 曲はすべて楽譜に書かれている。打楽器の楽譜の書き方に決まった方式は無いそうで、會田氏の楽譜は會田氏にしか読めないのだろう。あれだけ複雑で、一見ランダムにさえ聞こえる曲を、正確に繰返すには楽譜が必要だろう。あるいは楽譜という手段があるがゆえにここまで複雑になっているのか。これも卵が先か、鶏が先か、だが、相乗効果によってますます複雑になっているところはあるのかもしれない。

 これもまた時代の反映でもあるだろう。今の時代は複雑なのだ。いつの時代も複雑だと言えるかもしれないが、デジタル化以後、複雑性は格段に増している。スピード感も増している。かつてはより大きな集団のレベルで初めて備わった複雑性が、個人のレベルで備わるようになった。複雑性の海に溺れないための方策の一つは、それを反映した優れた音楽を聴くことだ。それによって我々を包みこむ複雑な事象をより目に見えるものにし、感覚をなじませることが可能になる。いつもできるとは限らないが、不可能ではなくなる。音楽だけではなく、優れた芸術作品なら何でもいいが、音楽はより直接に訴える。

 この日の演目で最も強くもう一度聴きたいと感じたのはラストの一茶の俳句をベースとした曲。俳句を組みこむのに、朗読では無く、唄うのでもなく、音として、楽器によって出る音と同列のものとして声で演奏する。われわれはそこに否応なく意味を聴きとる一方で、意味は付随しない楽器による音の中に組みこまれると、言葉の意味が解体まではいかなくても、薄れる。音の配置そのものの面白さが浮上する。詩としての俳句、韻文の位相が濃くなる。この発見は新鮮だ。

 會田氏は声をよく使う。楽器を演奏しながらハミングを入れたりもする。キース・ジャレットが演奏しながらうなるのとは違う。明らかに意図的だ。この声と打楽器、例えばヴィブラフォンとの絡み、ハーモニーではない、絡みあいとしか言いようがない在り方はとても面白い。もっといろいろな絡み方を聴いてみたい。

 それにしても、打楽器というのは何でもありだ。その気になればメロディも奏でられるし、文字通り何でも、電動歯ブラシも楽器になる。打楽器を、もっと打楽器を。(ゆ)

 final の TONALITE を使いはじめて3ヶ月経った。もう他のイヤフォンで聴こうとはむあったく思わない。試してみようという気すら起きない。まっすぐ TONALITE に手が伸びる。リスニングの99.9%は TONALITE で聴いている。一度確認の必要があって有線イヤフォンで聴いてみたら、音がきつくて5分と聴いていられなかった。Accoustune HS1300SS に onso 08 の4.4mmを着けたもので、TONALITE 以前最も気に入っていたにもかかわらず。きついというのはシャープ過ぎる。音が耳につき刺さってくるように感じた。以来、有線イヤフォン、というより DTAS でパーソナライズされていないものは怖くて手にとれない。

  AirPods Pro 3 とiPhoneで聴力検査をすると、その結果に合わせたパーソナライズが可能になる。これは耳の中の聞こえ方に合わせる方式。従来のイヤフォンのパーソナライズはこの方式だ。TONALITE が画期的なのは、イヤフォンだから耳の中だけでいいだろう、ではなく、体全体、少なくとも肩から上での聞こえ方に合わせるところ。

 bayerdynamic が自社製ヘッドフォン用にキャリブレーション用プラグインを出した。基本的な機能はヘッドフォンでスタジオ環境の再現をするものだが、機能の一つとしてパーソナライズが入っていて、「耳間距離や頭囲を手動入力し、到達時間差を微調整」ができる。

 ヘッドフォンでスタジオの再現ができる機能は最近では IK Multimedia ARC ON・EAR にも登載されている。ベイヤーのはもう半歩進んで、パーソナライズまで含む。もっとも「耳間距離や頭囲を手動入力」というのはひっかかる。

 従来のパーソナライズは、耳の中での響き方、聞こえ方を測り、イヤフォンを調整するわけだが、その場合、調整とはターゲット・カーブに合わせることになる。ハーマン・カーブに代表される、音が良く聞えるとされる周波数特性のカーブだ。このカーブは多数の人間の耳を測定したデータに基いている。つまり平均値だ。あるいはメリディアン値かもしれないが、あたしにはそこまではわからないし、今はどちらでも問題ではない。いずれにしても、ハーマン・カーブなどの値は多数の人間が良い音に聞える、だろうと推測されるデータで、聞えの周波数がそのカーブに下から上までぴったり合うなどという人間は1人として存在しない。

 TONALITE のパーソナライズはこれとは対極にある。平均値またはメリディアン値のカーブではなく、対象の個人固有のカーブに合わせる。したがってそこで作られるカーブは対象の人にとっては上から下までぴったり合うが、それ以外の人間には誰にも合わない。あたしの TONLITE が良い音、最高の音に聞えるのはあたしだけで、あたし以外の人間には良い音には聞えない。

 そしてあたしにとってはますます良くなってきた。TONALITE はダイナミック・ドライバーだ。ということはエージングが効く。使用40時間を超えるあたりからぐんと良くなった。スケール感の表現がうまくなり、フルオケやジャズのビッグバンドが気持ち良くなる。空間も広がった。細部の表現にも磨きがかかってきた。ここで面白いのが、いわゆる解像感がよくなるのに音がシャープにならない。というより、すべての音がシャープになるわけでない。シャープな音はシャープに、丸い音は丸いまま、細部が聞える。

 クマさんによる TONALITE 紹介の動画の最後にもあるように、音色選択を50時間ほどのところでやりなおしてみた。するとやはり一番下を選ぶことになった。100時間でまたやってみよう。

 MacBook Pro M4 上の Tidal で再生し、TONALITE で聴くのと、同じソースを USBから I2S に変換して Ferrum Wandla > マス工房 model 433 > final DX6000 につないで聴くのと比べる。まったく違いがない。いやになるほど違いが無い。あえて違いを探せば、後者の方が音が鳴っている空間が若干広い。

「オーディオは自分の好きな音を見つけ、それを聞かせてくれる機器を探す趣味のはずなのに、評論家が推薦する音を好きになろうと努力する人が多過ぎる」

 昔、ヘッドフォン祭である人に言われて、なるほどと共感した言葉である。「評論家」は今なら「インフルエンサー」を加えてもいいだろう。TONALITE が聴かせる音は誰かが推薦しているわけではない。あなたに最適な音はこれですよと聴かせてくれる。その最適な音を日々聴くたびに好きになってゆく。これ以外の音で聴きたいとも、聴こうとも思わない。したがって、TONALITE 以外のイヤフォンはもちろん、ケーブルの類、ドングルも含む DAC/amp の類、すべて不要になった。したがって関心も湧かない。これは正直ゆゆしきことである。

 万一 TONALITE がイヤフォン業界を席捲するようなことがあれば、このシーンは壊滅するだろう。それはやはりまずい。今のところ、そうなる気配が無いのは、とりあえず世間のためにはプラスであろう。願わくは final が研究・開発を続け、DTAS を改良しつづけ、ヘッドフォンなどの新製品を出せるくらいには売れていてほしい。

 パーソナライズによって市場が崩壊、消滅してしまったことには実例がある。広告である。屋外の看板、電車の中吊りなど、不特定多数に訴える広告は消えてしまった。残っているのは本来不特定多数を対象にしている商品・サーヴィスのものだけだ。

 当然のことながら、Bluetooth が気になってきた。TONALITE を使うまでは、関心がほとんど無かったのと対照的ではある。そうしてみると現状で DAP でサポートされているのは 5.x までだ。iPhone ではすでに 6 がデフォルトになっている。先日発表された iPad Air や MacBook Air, Neo でも6になった。ヴァージョンが上がっても音質が上がるわけではない、というのだが、4.x と 5.x ではやはり違う。6 をサポートしている iPhone 17 で一応比べてみた結果 5 と 6 で音質の違いはわからなかったが、店頭での短時間での試聴だから、日常的に使ってどうか。

 Bluetooth が前提なので、近頃ぼつぼつ出てきているストリーマーやストリーマー機能を盛込んだ DAC なども関係がなくなってしまった。こういう機器は有線が前提だから、Bluetooth はサポートしていなかったり、していても受信オンリーだったり、AAC や LDAC はサポートしていなかったりする。

 TWS イヤフォンはケースと一体化されている。ケースは本体がぴったりはまるようにできている。したがって筐体に何か貼って音を良くする技は使えない。もっとも今のところ、そうしたいとも思わない。DTAS によるパーソナライズは完璧だ。あるいは現在の技術水準で完璧に限りなく近い。

 これまでのところ、一度トラブルがあった。Safari で開いているあるサイトで音が出なくなった。再生はされているようだが、TONALITE から音が出ない。ブラウザの再起動、MacBook Pro の再起動、TONALITE のペアリングのオフ・オンでは一向に直らない。さらに、他のアプリ、Tidal やプレーヤー・ソフトでも音が出なくなった。ペアリングをやりなおすと、他のアプリでは直るが、Safari 上のそのサイトではだめで、そこで試した後ではまた他のアプリでも音が出なくなる。ブラウザを落として、Tidal だけを立上げても、音が出ない。一時は途方に暮れた。

 ようやく思いついて、予備の MacBook Air で同じサイトを開くと、ちゃんと音が出る。ここにいたって原因に思いあたった。Safari のキャッシュを空にすることで解決。

 さて、万能のように見える Tonalite だが、一つ、できないことがある。DSD 再生だ。DSD は DoP にしても、無線では今のところ不可能だ。DSD 再生はケーブルが要る。

 とはいうものの、である。DSD ファイルが手許にいくつあるか、数えてみる。これから急激に増えるか、と考えてみる。DSD 録音・再生では急先鋒の Blue Coast Records のクーキー・マレンコが、先日の NAMM で DSD に興味のある複数の録音エンジニアに紹介されたことに驚き、DSD の時代がやってくるのかとあおっていたけれども、グラミーを獲るような録音が DSD でもリリースされる日は来るとしてもまだ遠い先だろう。

 そのマレンコが先頃、またテスト用のトラックを出した。CDレベルの16/44.1から、24/48、24/96、24/192、DSD64、DSD128、DSD256 の各フォーマットを同じ録音で聴き比べることができる。無料での公開だ。



 これを PCM で再生すると TONALITE はちゃんと違いを出す。TONALITE で聴いて、それぞれの違いがわかる。

 もっとも、DSD256相当まで聴いていって、また16/44.1にもどってみると、これで十分じゃないかと思ったりもする。そりゃ、DSD版があれば、そしてリーズナブルな価格で手に入るなら買ってもいいが、何が何でも DSD でなければダメだ、とあたしはならない。

 TONALITE でもう一つ、不満がある。マルチポイント接続である。TONALITE は一度に2台までしか接続できない。3台目につなぐと、これまでつながっていた相手が2台とも切れ、ペアリングをやりなおさねばならなくなる。おまけに Profile が General にもどってしまい、他の設定もデフォルトに戻る。TONALITEアプリで設定をしなおさねばならない。これを避けるためにはつなぐ相手を固定するしかない。TONALITE は外出時にも使うから、iPad や Mac は母艦にならない。1台は iPhone にする必要がある。ここはもう少し柔軟にしていただきたい。

 ということで、今はストリーミングはもっぱら iPhone で聴いている。折りしも JPLAY というアプリが出た。iOS と iPadOS 用だ。2週間無料で試せる。料金は年額5,400円のサブスク。試してみるとなかなか音が良い。Tidal も扱える。今まで使ってきた Amarra がどうも今ひとつ使い勝手がよくないので、JPLAY をメインのプレーヤーにして Tidal を聴いている。

 Tidal に無いものは Apple Music で聴く。こちらは iPhone でほぼ何の不満もない。N響の録音が Apple Music で Dolby Atmos で出たというので、これに対応している AirPods Pro 3 と iPad mini で聴比べてみた。Tonalite では Apple Lossless での再生になる。空間の広さは APP3+Dolby Atmos の方が実感できる。オーケストラのサイズ感もこちらの方が近い。ところが、個々の楽器、パートは Tonalite の方が明瞭で、定位もきちんとわかる。 APP3+Dolby Atmos では、とりわけトゥッティの場面でごちゃとなる。ほとんどユニゾン。広い空間でユニゾンで鳴っている。で、どちらが音楽として気持ちよいかというと、Tonalite になる。今回はフルオケで、小編成ではどうだろうか。

 Bandcamp も Bandcamp アプリで聴くとなかなか音がいい。ブラウザ上で聴くよりもずっと良く聞える。これの問題は発売前のアルバムの先行リリース・トラックは聴けないことだ。

 かくてあたしのオーディオ・ライフは TONALITE と iPhone とストリーミングでほぼ完結している。どんなにカネをかけたシステムよりもこの組合せの音が一番気持ちよい。音楽に没入できる。ここに入ってこないグレイトフル・デッド関連用には Sony の Walkman の高い方から2番目 AM2 の中古を買った。むろんもう不要になった有線イヤフォンを売って、実際の支払いはほとんど無かった。Walkman を選んだのは LDAC の本家だからというのが一つある。AM2+TONALITEの音にも満足している。

 それにしても聴くべきものが増えてしまってどうしようもない。また聴けてしまう。聴けてしまうのは恐しいことである。昔は音源、すなわちCDなりLPなりの物理的メディアが手に入らなけば、そこで諦めがついた。他に方向転換できた。今は聴けてしまうから聴く。それだけ時間がとられる。次々に出てくるものをどんどん聴いてしまう。優先順位をつけてもそれを守ることがひどく難しい。(ゆ)

 フィドル、ブズーキ、バゥロンでオールドタイムをやるというのはひょっとすると世界で初めてではないか。というのは大袈裟だが、きわめて珍しいことではある。オールドタイムに打楽器はない。スプーン、ボーンズが使われるかどうか。ましてやバゥロンでは。バゥロンもずいぶん広まって、ナッシュヴィルあたりではごく普通に使われる。使いやすい、アンサンブルに入れやすいのだろう。それほど柔軟性のあるバゥロンですら、オールドタイムに使われることは無い。

 外れる点では赤澤さんも同じだ。オールドタイムをブズーキでやるのはほとんど聴いたことが無い。ほぼ唯一の例外は、Transatlantic Sessions でブルース・モルスキィ、マイケル・マクゴールドリックとともにオールドタイム・チューンをやっているドーナル・ラニィだ。

 オールドタイムは頑固なのだ。自然発生した伝統音楽はみな頑固なのだが、オールドタイムの頑固さは突出している。

 レパートリィにも同じことが言える。この日の演目はまぎれもないオールドタイムの曲でありながら、もっぱらオールドタイムを演奏している人たちからは嫌われる、とまではいかなくても演奏するのを好まれない曲がいくつもあったらしい。

 この夜の音楽は編成からも当然予想されたことだが、オールドタイムの核は残しながら、そこからは外れる位相も明らかだった。告白すればあたしが興奮したのはその外れる部分、より正確に言えば外れていく部分だ。

 このように外れるところを好むのはひょっとすると世代的なものかもしれない。赤澤さんはあたしと同年、バスコさんは少し下だが、世代としては同じだ。一九五〇年代生まれのわれわれは七〇年代に青春を過ごしている。七〇年代は多様性が初めてそれとして花開いた時期だ。画一性の五〇年代が六〇年代に破裂し、その成果が七〇年代に具体化した。あたしらはその恩恵を浴びた。アイリッシュやオールドタイムなど、ヨーロッパ起源の伝統音楽に接したのもその一環だ。

 多様な外の文化に触れるやり方もいろいろあるだろうけれども、あたしは、そしてたぶん赤澤さんもバスコさんも、個々の要素のど真ん中だけでなく、それらが他の要素と接触・交配するところを面白がる。二つやそれ以上の要素がたがいに影響しあって、それまでどこにも見えなかったものが現れてくるのをスリリングと感じる。ふだんはど真ん中を好んでやったり聴いたりしているが、それだけだと不満が溜まる。異種交配されたものが欲しくなる。

 ということで実現した今回のライヴをぜひ見たい、そのためには京都まで出かけてもいいと思ったのは、こうした異種交配はあるいは唯一無二のチャンスかもしれないと思ったこととともに、もう一つの動機があった。

 バスコさんは3年前、目黒でライヴを見ることができたことでもう一度生を見たくなっていた。加えて赤澤さんだ。アイリッシュ・ブズーキ奏者としては世界一と目していながら、生に接したのはもう二十年ぐらい前か、下北沢で hatao、トシバゥロンとのトリオを見ただけだ。お互い古希を越えて、いつ何どきなにがあるかわからない。生きているうちに見られる人、会いたい人には見て会っておきたい。

 ハイライトはいくつもあるが、まずはバスコさんの唄。目黒の時もオープナーでいきなりアカペラで唄いだし、その後も唄は聴きどころだった。今回もここぞというところでうたう唄がいい。遠方から来たあたしのためにと唄ってくれたリチャード・トンプソンの二曲は染みました。一曲目はブズーキ・ソロから始めて、フィドルが入って〈ウィリー・オ・ウィンズベリ=フェアウェル・フェアウェル〉。二曲目は〈I want to see the bright lights tonight〉。1曲目はともかく、2曲などオールドタイムからは完全に離陸するのだが、バスコさんの唄とフィドルはあくまでもオールドタイムのスタイルなので、原曲の持つポップさがするりと消えて、伝統音楽の匂いを帯びる。後でやった〈Waltzing for dreamers〉も同じ。作者不詳の trad. だと言われても素直に納得してしまいそうだ。

 バスコさんはシンガーとして一級というわけではない。例えばこの日もとりあげたジョン・ハートフォードとか、あるいはノラ・ブラウンのような人たちと肩を並べるかというと、どこか違う気がする。といってヘタウマでもない。バスコさんは昔から得体の知れないところがある。若い時はどことなくフェアリーかエルフのような存在を連想させた。唄にもそういうところがあって、この世とあの世のあわいで唄っている雰囲気がある。

 くらべるとトシさんの唄ははっきりとこの世でうたっている。今回は一曲だけ、後半の後半バゥロンのソロからブズーキが入っての〈ニグロ・ジグ〉を経てのジグで唄ったのみだったけれども、声が良く通るのに驚いた。みわトシ鉄心ではコーラスが多いからわからなかったのか。

 オールドタイムのフィドルにもいろいろあって、ブルース・モルスキィのようにさっぱりきっぱり、竹を割ったようなものもある。バスコさんのはとにかくふにゃふにゃしている。芯はしっかり通っている。オールドタイムのメロディはひねくれたものがある。くらべるとアイリッシュのメロディはずっと真直ぐだ。そのひねくれたメロディがバスコさんのフィドルにかかるとさらにくねくねになる。バスコさんのフィドルの響きはまたひどく軽くもあって、その軽い音でおそろしくくねくねしたメロディが奏でられると、猛烈にふにゃふにゃになる。そしてそれが快感なのだ。装飾音は入れていないようなのに、メロディが揺れる。スイングと呼ぶには波長が短すぎるその揺れがいい。リピートのやり方も複雑で、赤澤さんもトシさんも聴いているだけでは捉えきれず、とうとう直接教えてもらったそうだ。オールドタイムはアイリッシュやスコティッシュの音楽とアフリカンの音楽と、さらにさまざまな音楽が混交してできてきた、究極の異種交配音楽の一つと言えるものだ。やっている人たち、つくってきた人たちも何が入っているか、はっきりとはわからないだろう。メロディのくねり方やリピートの複雑さはその交配の果実なのだろう。

 赤澤さんのブズーキはアイリッシュのバックに入る時も意表を突かれることが多い。それでいてメインの楽器や唄を確実に浮揚させる。こういうバッキングのフレーズをどこから思いつくのだろうと聴くたびに不思議になる。バスコさんとは違うところで、この人もこの世離れしているところがある。雰囲気というかたたずまいに、この世ならぬ異界の匂いがまとわりつく。しかもその異界がどこかはわからない。アイルランドのそれではないだろうとは思う。

 たまたま席が赤澤さんの真ん前だったから、もっぱらブズーキに耳をすませていた。フィドルやバゥロンの音は否が応でも耳に入るから、音の小さなブズーキに焦点を合わせてちょうど良い。三曲目〈ミシシッピ・ブレイクダウン〉のブズーキはGコード縛りだったが、コード・ストロークではなく、単音を弾く。

 今回は赤澤さんのソロが何曲もあったのにも喜んだ。スウェーデンの曲をやったり、チャイルド・バラッドをやったり。後者、ビートを通しながらメロディをしっかり聴かせる。バゥロンが入ってテンポ・アップする気に背筋に戦慄が走る。終わるのと間髪入れずにフィドルがソロを始めたのもかっこよかった。

 最初に書いたようにオールドタイム仲間ではやってもらえない曲をバスコさんは持ちこんだらしいが、選曲は実に良い。どれも外れ具合が良くて、一聴していい曲だと思えるものばかり。ラストはステファニー・コールマンの〈Irish polka〉。アイリッシュでもポルカでもない佳曲。スローで入って途中からテンポ・アップするのも美味しい。後に続けたのはアイリッシュの本物のポルカ。バスコさんのふにゃふにゃフィドルのおかげでまるでポルカに聞こえないのも新鮮。ここにはこの夜の、どこまでもオーセンティックでありながら、本流からは外れていく音楽の愉悦が凝縮していたようでもある。

 会場に、たまたま前の日にバスコさんが会ったリチャードというアメリカ人のマンドリン弾きが遊びに来ていて、三曲ほど参加する。ふだんはブルーグラスをやっているらしいが、なかなか達者なマンドリンで、この異種交配のライヴにもう一つ別の要素を加えて愉しい。後で聞いたら、彼の姓はパークス、父親はヴァン・ダイク・パークスだそうだ。

 会場は叡山電車の一乗寺駅からすぐのところ。インキョカフェという名はマスターの姓からとった由。インキョさんのやっている店だからインキョカフェ。マスターはまだ若い。30代でも通る。

 駅について時間があったので、駅の反対側にある恵文社一乗寺店に行ってみる。名前だけは昔から聞いていた。こういう店が近所に無くてよかった。もしあったら毎日通って、ただでさえ高い本の山がさらに何倍にも増殖していただろう。実にバランスよく並べられている本をながめているだけで吸いこまれるように一冊買ってしまう。どうしても買わずにいられない気にさせるものがあの店にはある。その後のライヴと同じく、あの店にもそれとは知らず、呼ばれていたのだろう。

 寒いことは寒いが、いい気分でインキョカフェを後にする。このトリオのライヴ、おたがい息のあるうちに、ぜひまたやってもらいたい。どこでやろうとそのときには駆けつけますよ。ますは素晴らしい夜をありがとうございました。(ゆ)

 西耕一氏プロデュースによる日本の作曲家のソロ・ピアノ作品のライヴ。必ずしも初めからピアノのために書かれたものだけではなく、フルオケのための作品のピアノ編曲も含む。2曲目の伊福部彰『交響譚詩』がまずそれで、本来オーケストラ用の曲であることはタイトルからもわかる。このピアノ独奏版は今回が初演の由。二楽章からなる兄の追悼の曲。第一楽章は動、第二楽章は静。あたしなんぞは伊福部といえば〈ゴジラのテーマ〉しか知らない。作品が他に沢山あることは知ってはいるが、ふだん日本人作曲家の作品はほとんど聴かない。生まれてからこれまで日本人作曲家の作品で聴いたのは、たぶん片手で数えられる。今回演奏された中で聞いたことのあったのは、アンコールの山田耕筰〈からたちの花〉だけだった。

 今回のテーマは伊福部とその門下の作曲家たちの作品。芥川也寸志、眞鍋理一郎、三木稔、黛俊郎。プロデュースの西氏は三木の門下になるそうな。伊福部、眞鍋各1曲、芥川3曲、三木、黛2曲ずつ。

 芥川の〈ラ・ダンス〉をマクラに、伊福部作品が20分。休憩をはさんだ黛の〈天地創造〉が40分超。その間に眞鍋、芥川、三木を並べる。仕上げは黛の「ジャズ」の曲〈オールデゥーブル〉。実質2時間半。戦中から戦後、最も新しいのは1987年というラインナップ。まさにピアノの音をたっぷりと浴びた。

 ピアニストの斉藤氏は30代だろうか。レジュメの経歴を見るとヨーロッパのコンクールを総なめにしているが、なにかで躓いて再起の途中。今回もいわば再デビューの一環らしい。あたしはそんなことは知らないし、出てくる音に反応する質だから、過去のことなど気にしない。ピーンと芯の通った、表情豊かなピアノにひたすら聴きほれていた。何より音色がきれいだ。鍵盤右端でかなり長い間細かく刻み続けながら左手も左端まで一杯に動かす場面もあったが、ゆるぎない演奏は気持ちよい。

 あたしは最後列の右端、扉の脇の席で、鍵盤の上の手がよく見えた。指の長い、いかにもピアニストの手だ。こういう演奏に出会うと、ピアノというのはヘンな楽器だと思う。弾き手からは楽器を選べない。巨匠になれば別なのだろうが、ほとんどは演奏する場所に備えつけられた楽器を使う。今日はどんな楽器かと毎回楽しみなんですと、谷川健作さんが書いているのをみたこともあるが、本音はそうとでも思わないとやってられないということではないか。

 ここのピアノはフルコンよりは短いが、部屋も相まってよく響くとあたしには聞こえる。少なくとも斉藤氏の演奏は響きが良かった。ピアノだけで2時間半聴かされて全然飽きない。どころか面白い。それでもいちばん感動したのはアンコールの「からたちの花」だった。斉藤氏はこれだけ弾き方を変えて、控えめの音量でそっと弾いた。それが良かった。やはり感動と面白く思うのは違う。

 一曲ずつ西氏の解説が入る。簡潔で面白い。師匠の三木から、そんなにあれこれ言うのなら君がやってごらんと、コンサートの選曲、構成を任されたのがそもそもの初めだそうだ。わが国の作曲家の作品をこれだけ集中して聴いたのは初めてだ。西氏の師匠、三木稔の名前さえ初耳という為体。それでもどれも面白く、どの曲ももっと聴きたいと思えた。フルオケ版も聴きたくなる。でもできれば斉藤氏のようなピアノや少人数のアンサンブルで聴いてみたい。初めてクラシックにハマった中学の時にはとにかく大編成ばかり好んでいたが、年を取ってからは室内楽の方に好みが移った。少人数でのアンサンブルやソロばかり聴いてきたせいか。しかしクラシックのフルオケというのはやはり相当に歪んでいると今は思う。

 西氏のプロデュースになる Winds Cafe は初体験で、これからは全部来ようと心に誓ったことであった。(ゆ)

西耕一: produce, comments
齊藤一也: piano

芥川也寸志:ラ・ダンス(1948)    
伊福部昭:交響譚詩(1943/酒井健吉編曲ピアノ独奏版)
眞鍋理一郎:ある風の曲〜La musica dun colpo di ventoA.F.L.の鎮魂の為に〜(1987)
芥川也寸志:赤穂浪士のテーマ(1964)
芥川也寸志:前奏曲集「田舎より」op.2(1944)
        1.歌
        2.野良にて
        3.踊り
        4.水車小屋のある小景
        5.黎明
        6.行進
三木稔:芽生え(1976/2000ピアノ版)
三木稔:3つのフェスタルバラード op.2(1954)
        1.市のおもいで
        2.夜の地車(だんじり)
        3.木偶(でく)まわし
黛敏郎:天地創造(1965)全曲(ピアノ版)
        1.テーマ
        2.アダムの誕生
        3.イヴの誕生
        4.カインとアベル
        5.ノアの方舟
        6.アララト山
        7.バベルの塔
        8.ソドム
        9.アブラハムとサラ
黛敏郎:オールデゥーブル(1947)

山田耕筰:からたちの花

「高音質盤で聴くソニー・ロリンズ――新春に堪能するサックスの巨人」

 ラズウェル細木ではないが、《サキコロ》を聴いてないとは恥ずかしくて言えない。しかし何ものにも出会いに時がある。今があたしにとって《サキコロ》と出会う時なのだった、ということである。

 小田急線・百合ヶ丘駅前の「轍」で隔月に開かれる村井さんのJAZZ三昧の第4回はソニー・ロリンズを聴く。前半は《サキコロ》をはじめとする名盤を、近年出た新マスタリングによるアナログ盤で聴く。後半は新たに発掘リリースされたライヴ音源をCDで聴く。





 村井さんの解説は例によってさらりと細部に切りこんでゆく。オープナー、《サキコロ》の冒頭〈St. Thomas〉。タイトルはロリンズの母親の出身地であるカリブ海の島の名。この曲のテーマにその島の民謡から借りたものが使われている。リズムはカリブのシンキージョで、ドラマーのマックス・ローチはハイチの伝説的打楽器奏者チローロに師事してカリブのリズムを身につけた。ここでもチローロそっくりのソロを展開する。というのを曲を聴いた後で言われる。この辺は兼合いが難しい。こういう解説は曲の前に聞いておきたい一方で、おしゃべりよりも先ず曲だという気分もある。まあ、後で自分でもう一度聴けばいいわけだ。

 《サキコロ》どころかロリンズをまともに聴くのさえ初めてだ。ラズウェル細木の影響で《橋》だけは買ってあったが、まともに聴いた覚えはない。終わってから、これだけまとめてロリンズを聴く機会はあまりないでしょうと村井さんが言うくらいだから、今のジャズ・ファンはそういうものか。もっともロリンズしか聴かない、それも一九六〇年代までという頑固な人もいそうだ。

 まとめて聴いてまず気がついたのは、この人はお茶目だ。ユーモアのセンスがいい。コルトレーンのように眉間にしわを寄せてやっている、なんてことはまるで無い。ニコニコ笑いながら、というのはサックス吹きながらでは難しいだろうが、目は笑っているにちがいない。ふだんジョークを連発しているかどうかは知らないが、少なくともサックスを吹くとマジメにばかりやっていることができないのだろう。意識しないでユーモラスな音が出てくる。

 出す音もヘンだ。折に触れて、妙にひしゃげた、音階からはずれた音を出す。微分音や別のモードという感じでもない。単独の時もあるし、しばらく続ける時もある。例えば3曲目にかかった〈Old devil moon〉。ロリンズはピアノレスのトリオを好んだというのもわかる。ピアノがいてはこういう音は出せないとは言わないまでも、出しづらいだろう。最後にかかった八〇歳記念コンサートでのオーネット・コールマンが入っての四人による演奏でも、やはりそういう妙な音を出す。サックスから普通では出さない、出せない妙な音をあれこれひねり出すのを愉しんでいるようでもある。そこだけなにか特別なリードを使うとか(んなバカなことはないよね)、指穴のふさぎ方が尋常ではないとか、とんでもないことをしているようでもある。

 そしてあたしがいちばん感動したのは、ロリンズのソロの感覚がジェリイ・ガルシアのソロにそっくりなことである。どこかとぼけた、マジメなのかふざけているのかわからない。でも、不思議にツボを突いてくる。派手に音をばらまくこともない。楽器の限界に挑戦するような高音を出すこともない。一見誰にでも吹けそうなシンプルなフレーズ。同じ音を延々と続けたり、ごく少ない数の音で心に刺さるメロディを織りなしてみせる。まさにガルシアのギター・ソロだ。

 ガルシアのソロの源泉にジャズが大きな位置を占めていることはわかっていた。ただ、ジャズを吸収するにあたって誰を手本にしたのか、具体的な名前がわからなかった。もちろん一人だけであるはずもないが、最も大きな源泉になったアーティストはいるはずだ。オーネットあたりではないかと漠然と比定していた。共演もしているし。しかし今回ロリンズをまとめて聴いて、おそらく十中八九ガルシアの手本の中心にロリンズがいると感じた。

 むろんガルシアがロリンズのソロをまんまコピーしたことはまず無いだろう。それよりはロリンズのレコードを聴きこんで、その語法や組立てを吸収したのではないか。チャンスがあれば生も見ただろう。それにガルシアは自分と同質の性格をロリンズに見てもいただろう。ユーモアのセンス、時に茶目っ気たっぷりの演奏をするセンスは二人に共通する。

 ガルシアのギター・ソロは時にひどく愉快な、笑いを含んだものになる。そのユーモラスなギターは他ではロックでもジャズでも聴いたことがない。ギタリストは皆さん実にマジメなのだ。悲劇が好きなのだ。

 ユーモアのセンスはビートルズがあふれるほど持っていたし、キンクスやザ・フー、ロニー・レインなども豊富だ。クィーンはあまり表に出していない。隠し味にしていたようだ。フランク・ザッパも時にユーモラスな演奏をするが、かれはどちらかというと裏に潜ませる。そしてよりダークだ。ガルシアのギターは基本的に明るくおおらかだ。

 ジャズではあたしはよく知らない。モンク、エリントン、ミンガス、マイルスあたりはかなり濃いと見える。それでもロリンズは別格だ。コールマンもユーモアには事欠かないが、彼は根が天然なので、本人がユーモアのつもりなのか、よくわからない。

 とまれ、ロリンズとガルシアの相似はあたしにとってはとんでもなく刺激的だ。ロリンズをちゃんと聴いてみようと決意した次第である。

 後半のライヴ音源。

 前半の新マスタリングのアナログの音は鮮烈だった。面白いのはブルー・ノートとコンテンポラリーの録音の違い。前者は定位とかサウンドステージなんてものは知らないよとばかり、サックスを前に押出す。ピアノ、ベース、ドラムスはどこか後ろの方で小さくやっている。

 西海岸ではサウンドステージが明瞭で整理されていて、誰がどこにいるか、はっきりしている。その場の空気も透明だ。《サキコロ》は煙だか何だかたちこめたところでやっている。ヴィレッジ・ヴァンガードなんか狭くて、ミュージシャンたちはでかいピアノに押しのけられるようにしてやっている。写真によればロリンズはピアノの向こう側で吹いている。こりゃあ、定位もへったくれもなくなるわな。

 今回村井さんがかけたヴィレッジ・ヴァンガードの録音は、ヴァン・ゲルダーがリリースしたテープとは違うものだそうだ。ヴァン・ゲルダーが現場で使った録音機は携帯用で、テープ速度が半分だった。スタジオではそのままでは使えないので、スタジオに戻るとまずスタジオ用のテープにダビングし、ダビングしたテープで作業してリリースした。オリジナルはどこかに仕舞ってしまった。そのことが数年前に明らかになり、捜索の結果オリジナルのテープが発見され、そこから新たにマスタリングされたものがリリースされた。今回聴いたのはこちらの方である。やむをえない事情とはいえ、本来考えられないことをヴァン・ゲルダーはやっていたわけだ。こういう話を聞くと、ジャズの展開はやはり相当な圧力で加速されていたのだとあらためて思う。

 最大の聞き物はやはり最後のロリンズとコールマンの「対決」で、コールマンの演奏にロリンズのスイッチが入り、後半吹きまくるところ。これには終わった時、心の底から拍手が自然に湧いてきた。この音源はストリーミングには無いようで、CDが欲しくなった。

 ソニー・ロリンズは昔の人というイメージで、聴く気になれなかったのだが、《サキコロ》からして実にモダン、粋な今の音楽であると教えられた。村井さん、まことにありがとうござしました。(ゆ)

 ポール・ブレディの演唱を見ながら、この人はソロの人なのだとつくづく思い知らされた。後半で山口洋が加わったが、ソロでこそ真価を発揮する2人のアーティストが親密に丁々発止をしているけしきだった。

 そしてもう1人のソロ・パフォーマーを思出した。ディック・ゴーハンだ。伝統歌謡から出発し、キャリアの半ばでオリジナルを歌うことに転換した点でも共通する。唯一無二の特異な声と無類の歌のうまさ、そしてそれに見合うギターの技量。スコットランドのゴーハンとアイルランドのブレディは、各々の伝統音楽に片足を置きながら、あらためて自分の生きる時と場所に向きあい、そこに共鳴し、共に生きる人びとをあるいは鼓舞し、あるいな慰め、あるいた労るうたを作り歌っている。流行とはまったく別のところで「今」をうたってきた2人は、スコットランドとアイルランドの2つの文化を代表する、と言うよりも各々の文化を土台として、20世紀から21世紀の世界に屹立する巨人だ。残念ながらゴーハンの生に接することはもうできないが、キャリア前半を網羅するボックス・セットが出たところだ。

 一方ブレディは78歳という年齡をまったく感じさせない、エネルギーに満ち満ちたうたとギターをたっぷりと聴かせてくれた。時折りピアノに座る以外は立ちっぱなしで、前に後ろに動く。

 ヴォーカル用のマイクはよくある口をつけてうたうものではなく、角張った形のものが縦にやや低めに正面に立てられていた。ブレディはうたいながら、顔や上体を動かす。そういう動きを自由にできるようにするためか。拾う音は距離に比例するらしい。近づけば声は大きくなり、離れると小さくなる。そしてブレディのあの声、わずかにスモーキーで、ほど良い甘さを含んだテナーの声が実に自然に、まるでノーPAで聴いているように響く。声が出てくる位置も、PAのスピーカーからではなく、ブレディの口からだ。サウンド・エンジニアと設備のコラボレーションの賜物だろう。ギターは無線で飛ばしていたが、こちらもホンモノのアコギの音だった。

 3回のアンコールまで含めれば、20曲はうたったろうか。前半クローザーの〈Arthur McBride〉、アンコール1曲目の〈ポンチャートレイン〉は別格として、前々日もうたった〈Blue World〉と〈Nothing but the same old story〉がハイライト。

 後半オープナーから山口洋がギターで加わる。こちらはPAを通さず、ヴォーカル・マイクで拾っていたようだ。山口もブレディに劣らないギターの名手であることをあらためて確認する。山口のギターにブレディも興奮する。いま、ここでしかできない体験。いつまでも終ってくれるな。1曲だけコーラスを合わせていたのもすばらしく、もっと聴きたかった。クローザーの〈Home of Donegal〉で、交替で山口版を歌ったのはハイライトの一つだったが、ブレディと山口の声のハモりには音楽の神が宿っていると聞えた。

 〈Home of Donegal〉が始まって、ああ、もうすぐ終りだとわかってから、ブレディの声に一段と集中していた。かれの年齡を考えれば、この声を生で聴けることは2度と無いだろう。アイルランドに行けば別かもしれないが、もう長距離の飛行に自分の体が耐えられない。生で聴けるのはこれが最後だ。ギターもさることながら、この人はやはり歌、声なのだ。マーティン・ヘイズがアイルランド随一のシンガーと太鼓判を押した、その声。ヴァン・モリソンを除いては肩を並べるものもない歌。そしてハマった時にはそのモリソンですら凌ぐうた。年齡を重ねて、文字通り年季の入った歌。そのうたに、声に耳をすます。流れこんでくるうたをひたすら呑みこむ。3番目のアンコール、ピアノ伴奏の〈Belong to you〉の最後の声が消えて茫然となった。

 観光客でごった返す渋谷の街の雑沓を抜け、小田急の電車に揺られてしばらくしてから、あらためてポール・ブレディを聴こうという意欲が湧いてきた。数多いカヴァーまでも含めて、聴いてやろうじゃないか。敬称略。


追伸
 ポール・ブレディを初め、ルナサ、ヴェーセン、メアリ・ブラックなど、たくさんのミュージシャンたちを招聘し、かれらの生演奏にひたらせてくれた野崎洋子さん@ミュージック・プラントはこのポール・ブレディ公演をもって引退されたと聞く。その恩恵をたっぷりと受けた身として、心からの感謝を捧げる。長い間、ま・こ・と・に・ありがとうございました。(ゆ)

 フルート2本だけの演奏を生で聴くのは初めて。hatao さんはアイリッシュ・フルートに楽器として大きな可能性を見ているという。いわゆるベーム式の、キーの付いた形ではできないことが、シンプルなアイリッシュのフルートではできる。指孔にあてる指をずらしたり、ゆっくりとふさいだり、開けたりすることで細かく音を変化させる。ビブラートは9種類できる。息でかける。指を細かくあてては離す。指孔をもむ。楽器自体をわずかに回す。楽器を動かすと同時に息でかける。などなど。指孔をもむのは中東のカヴァルやネイでも使われるという。

 それに気がついてから、アイリッシュ・フルートでアイリッシュ以外の音楽もやってみたくなった。矢島さんとの試みは一昨年11月が初めで、昨年6月に神戸で2人のオリジナルのみでやってみてたいへん面白かった。そこで再度東京でやろうというわけだ。もっとも今回はオリジナルだけでなく、尺八のために書かれた曲もやり、これがハイライトになった。

 使う楽器は2人ともD管。hatao さんの楽器は異なるメーカーの吹き口と本体をつなぎ合わせたものの由。普通は径が違って合わないのだが、たまたまぴったり合った。その組合せで出る音が唯一無二のものとして気に入っているという。

 楽器というのは作る人によって音が違うことは承知していたが、こういう合体の仕方は初めて聞いた。フルートは吹き口と指孔のある本体が必ず分れるからこういうこともありうる。パイプも部品がいろいろあるし、何よりリードは専門の職人がいるくらいだから、作った人が別々の部品を組合せることはあるかもしれない。

 手作りのモノの場合、どんな名人でもうまくできた製品とそれほどでもないものとできてしまうのはやむをえないだろう。むろん一定の水準はクリアするにしても、ぎりぎりでOKのものと、会心の出来のものでは質は変わってくる。その差が限りなく小さくなるのが名人、達人ということだろうが、神様ではない生身の人間である以上、どうしても差は出る。うまくできたモノに当る幸運を祈るしかない。

 フルートやホィッスルは直接息を吹きこんで音を出す点で、楽器の中でも肉体に最も近い。昔マット・モロイはフルートを吹いていたおかげで肺の病気に気がついたという。

 演奏者は楽器の出来の良し悪しに敏感だが、フルートの場合、より繊細に敏感になるのではないか。たぶん、ストラディヴァリウスは音が違うというのとはまた次元の違う話になる。誰でもそれを吹けば良い音が出るというよりは、もっとパーソナルな共鳴になるのではないか。hatao さんの楽器にしても、他の人が吹けば、そんなに良いとは感じない可能性は高い。

 とまれ2本のフルートだけの音楽は基本的にゆったりしている。とんとんとダンス・チューンというわけにはやはりいかないらしい。一方、フリー・リズムではない。ゆっくりではあるが、一定のテンポはある。

 2本のフルートの音はハーモニーとして重なるよりも各々独自の動きをする方が多い。どちらかといえばポリフォニーだろう。時に重なる場合はユニゾンになることが多い気がする。今回たまたまそうだったのかもしれないが。

 後半の初めで各々ソロも披露する。

 hatao さんは近年、アイリッシュ以外の笛、能管やケーナ、尺八などにまで対象を広げてインプットに努めている由。できる限り幅広くインプットに努めるのはミュージシャンとして当然とも思えるが、hatao さんの場合、アーティストとしての精進はあるにしても、笛のことをもっと知りたいという好奇心につき動かされているようにも見える。こういうインプットは義務感からできるものでもあるまい。

 ソロの演目はおなじみの〈ストー・モ・クリー〉だが、9種類あるというビブラートも含め、様々なテクニックの品評会、いわゆるショウ・ピースのようだ。といって単なるテクニック自慢にならないのが凄いところ。曲としてちゃんと聴ける。聴きほれる。これも伝統の力だろうか。

 矢島さんのソロは、パンデミックの始まりの頃、夜中にどうしてもフルートが吹きたくなってカラオケに行き、ようやく気が鎮まって出てくると夜明けがもう近かった。その時に湧いてきた曲。なかなかの佳曲。

 その次、山本邦山作曲の尺八二重奏第一番「竹」が今回最大のハイライト。序破急の三楽章から成る、その第三楽章がすばらしい。この二重奏曲は三部作であと2曲あり、それもいずれこのフルート2本でやりたいとのことで楽しみだ。

 邦山作品を除き、この日の演目は元の曲をフルート2本のためにアレンジしているが、1曲、hatao さん作曲の〈2本のフルートのための Spring air〉を最後にやる。ポリフォニーの曲。アンコールも hatao さんの曲で、本来は韓国語のタイトルで邦訳すると〈7月1日風が吹く日〉。倍音が実にきれい。

 同じ楽器の二重奏で無伴奏というのは、洋楽の場合ほとんど無い。ジャズや前衛、即興音楽の世界には2台のピアノによる演奏がある。ギター2本というのもある。アイリッシュのセッションで、たまたまその場へ来たのがコンサティーナ2人だけとかパイプ2人だけだったので、それでやるというのはありそうだが、それはまた別の話だろう。意図して同じ楽器、それもメロディ楽器2人だけでやるのはかなり新しい試みになる。そしてフルートによるものはこうして聴くと、結構いろいろな可能性がありそうだ。何よりも不思議なさわやかさが残った。フルートという楽器だけでなく、この2人の奏者から生まれているのかもしれないが。(ゆ) 

 ボブ・ウィアが亡くなったと家族が発表していました。享年78歳。昨年7月がんを宣告され、それは克服したものの、隠れていた肺の疾患があった由。Dead.net にはデヴィッド・レミュー、ミッキー・ハート、ジェリィ・ガルシアの遺族、グレアム・レシュ(フィルの息子)、ブルース・ホーンスビィ、それに誰かわかりませんが JohnBo なる人物の弔辞が出ています。ビル・クロイツマンからのものが無いのは気になります。

2026-01-16 追記
 今朝見たら、クロイツマンが長文を寄せていました。かれにしか書けないことも多々あり。他にも追悼文が追加されています。コメント欄も興味深いです。


 グレイトフル・デッドの創設メンバー、いわゆるコア・メンバーの最年少。ジェリィ・ガルシアの5歳下。1963年の大晦日、サンフランシスコの街を友人と歩いていたウィアは聞えてきたバンジョーの音に誘われて、ある楽器店に入ります。バンジョーを弾いていたのがガルシア。当時ベイエリア随一のバンジョー弾きと目されていました。ウィアは持っていたギターで合わせ、2人は意気投合して、ジャグ・バンド Mother McCree's Uptown Jug Champions を結成します。これがやがて The Warlocks となり、Grateful Dead となるのはすでに歴史です。

 The Warlocks の創設メンバーはガルシア、ウィアとロン・ピグペン・ロカナン、それにビル・クロイツマン。ピグペンは途中退場し、最後まで通したのがガルシア、ウィア、クロイツマン。うちクロイツマンは一度病欠しています。グレイトフル・デッドの全てのショウに出た「皆勤賞」はガルシアとウィアのみでした。むろん、容易なことではなく、一度などふらふらで、〈Playing In The Band〉の最初と最後だけステージに上がったこともありました。ガルシアも喉頭炎で声が出ないまま、ショウを続けたことがあります。

 メンバー中の最年少として、当初かれは「みそっかす」ないし「ボーヤ」の扱いを受けていたらしい。もっとも当人はそれを苦にした気配はありません。1969年にはピグペンとともに、バンドを離れることが真しやかに伝えられます。実際2人を排除する動きもあったようですが、結局バンドは69年から1970年にかけて路線を転換し、ほとんど別のバンドに生まれかわります。新しいバンドはガルシア—ウィアを軸としたアメリカーナ・デッドでした。従来のバンドはピグペン—レシュを軸とした前衛サイケ・ブルース・デッドと言っておきます。

 以後、ウィアの役割は大きくなってゆき、ステージ上のバンマスになります。ガルシアにソロを促したり、全体のジャムの潮時をはかってまとめに入る合図を出すのはウィアでした。

 デッドは30年のキャリアのうちにバンドとして大きく変化しています。それとともにメンバーも各々に変化しました。その中で最も大きく変化したのがウィアです。ギタリストとしてもシンガーとしてもその成長を追うのも愉しい。個人的には1970年代後半、やはり先日78歳で亡くなったドナ・ジーン・ガチョーとのデュエットがデッドを聴く最も大きな愉しみの一つです。

 ジョン・ペリィ・バーロゥとのコンビはロバート・ハンター&ジェリィ・ガルシアのコンビと対照的な歌作りで、デッドのレパートリィを豊かにしました。デッドを貫く「双極の原理」の顕著な現れの一つです。

 デッドがアメリカ音楽界のトリックスターであるとすれば、ウィアはその中のトリックスターであるともいえます。かれは根っからのいたずら好き、何かきっかけがあれば、いたずらをせずにいられない性格に見えます。対象がリスクの高いものになるほどいたずらをしかけたくなる。かれはディスクレシアであったそうですが、それすらもトリックスターとしての性格の現れと見えてきます。

 ポスト・デッドでウィアは良い年のとり方をしていたと思います。たとえばこの〈Loose Lucy〉の歌唱。



 元来ガルシアの持ち歌で、デッド現役時代にウィアが唄うことは考えられませんでした。これを聴くと、あるいはずっと好きでうたいたかったのかともみえます。とはいえ、ガルシアの歌唱にどうにもかなうはずもないことも自覚していたでしょう。ここではガルシアにはできなかった形でうたっています。

 メンバーのうち、ガルシアは別として回想録を出していないのはウィアだけです。今後出ることがあるのか。書いていて欲しいと願うのはあたしひとりだけではないはず。他のメンバーやクルーとは全く違った感覚を備えていたとみえるウィアが自分の体験をどう見ていたかはぜひ知りたいものです。

 ウィアは死を人生に対する報酬とみなしていました。文字通りの冥福を祈るものです。合掌。(ゆ)

クインテット、コンチェルト

 大田智美氏のアコーディオン、野村誠氏のピアノによる、野村氏作曲の〈アコーディオン協奏曲〉を聴きながら、ふと音楽家にとって Winds Cafe というのは何なのだろう、という思いが浮かんできた。これはコンサートなのか。発表会なのか、あるいは私的な、プライヴェートな場での演奏なのか。

 下世話なところから言えば、投げ銭による収入はヘタなコンサートよりも多いだろうと思われる。Winds Cafe に出られるのは大いにメリットがあるだろう。選曲面でいえば、かなり自由だ。川村さんからお題が出ることもあるが、今回のように、ある作曲家の特定の楽器のための曲を全部演奏することは、通常のコンサートではまず考えられないだろう。しかもその楽器がアコーディオンだ。クラシックの世界では相当にマイナーな存在だ。なにせ、その高等教育のコースがある大学は世界で唯一ドイツにあるのみというくらいだ。

 今回のタイトルは「クインテットとコンチェルト」で、五重奏はともかく、協奏曲はどうするのだろうと心配にもなった。会場は室内オケでも演奏者だけで一杯になる。実際には作曲家自身がオケ・パートをピアノに編曲して演奏した。弦楽カルテット版もあって、当初はそれによる演奏も検討されていたらしい。

 この協奏曲は大田氏が例のドイツの大学のアコーディオン・コースの中のソリスト養成コース卒業試験のために、野村氏に依嘱したものだそうだ。あたしから見るとずいぶん贅沢な話に聞えるが、あるいは卒業試験用に作曲家に曲を書いてくれと頼むのはそう珍しいことではないのだろうか。

 演奏のためのリハーサルに野村氏もたち合った。その際指揮者との打合せにピアノ用に編曲したものを自分で弾いた。それは打合せ用で全曲をきっちりと編曲したものではない。ただ、そのことを聞いた川村さんが、オケの代役として野村氏のピアノを提案したのは川村さんなりの計算があったのだろう。つまり弦楽カルテットによるものよりも、野村氏自身のピアノ1本にする方が面白いものになるのではないかと考えたのだ。

 野村氏がそれを受けたのは、一つには川村さんの意向とあれば無視できなかったためもあるだろうが、それに加えて、自分でもその方が面白そうだと感じたからでもあるはずだ。そのために、他の大きな仕事との並行になって、直前まで編曲しては弾いてみて、難しすぎるとまたやり直して練習するという大変な思いをすることになった。御本人の日記によれば、前日まで弾けなかったのが、当日は指が動いた、ともある。音楽は玄妙なものだとつくづく思う。

 結果として川村さんの直観は見事にはまり、まことに見事な演奏をあたしらは味わわせてもらうことになった。

 この曲は卒業試験の初演、国内での弦楽カルテットによる演奏に続いて3回目の演奏の由。あたしはアコーディオンの協奏曲を聴くのも初めてだが、オケで聴くよりこの形で聴けて幸いだった。いわばアコーディオン・ソナタになっていたからだ。アコーディオンもよりよく聞えるし、曲の根幹がより明瞭になる。ダイナミズムやスケールの大きさはわかりにくいかもしれないが、本質にはアクセスしやすくなる。そしてそれが実に良い曲なのだ。

 野村氏の曲はわかりやすい。というより、より自然な姿勢で聴ける。現代曲によくある、聴くのにこちらのスイッチをいつもとはかけ離れたところに入れる必要がない。ピアニカのバスキングから出発したという野村氏のキャリアによるのかもしれない。協奏曲も、後のクインテットも聴いて愉しい。前者の祈りも後者の励ましも直接響いてくる。一方、どちらもかなり複雑な曲でもあって、一度聴いただけで呑みこめるようなものでもない。つまりくり返し聴くに値する。大田氏と野村氏にはぜひ録音を出していただきたい。できればピアノ版とフルオケ・ヴァージョンをカップリングで。

 協奏曲の演奏前にこの曲誕生と初演の事情を大田氏が説明した。

 ソリスト・コース卒業試験は二段構えで、2時間のリサイタルを行うのが一次。これに受かっての二次が協奏曲演奏で、野村作品はこのためのものだった。一次に受からないと再試験などはなく、そこでさようならである。作曲を依嘱したのは一次試験の前の話。さらに二次のための協奏曲は2曲の候補を提出し、大学側からどちらにするか指示がある。つまり野村作品はそのための依嘱だったにもかかわらず、演奏される確率は4分の1だった。大田氏は無事一次を通り、この曲を演奏して二次も通ってソリスト資格を認定されたわけだが、この事情は野村氏も知らず、今回初めて明かされた。作曲者としては非常な驚きだったわけだが、その影響が後の演奏にもあったとしても、実にポジティヴなものであったにちがいない。

 25分の熱演の後、休憩をはさんで、後半はクインテット。メンバーのうち、水谷氏は高校生、高橋氏は中3。年齡の違う人たちが一緒に演奏する姿は見る者を励ます。水谷氏は、この「野村誠のアコーディオン、全部やります」の第1回、 2021年11月の Winds Cafe 299 で3人の演奏者の1人としてデビューしたのを目撃している。当時小学生ながら、そんなことは微塵も感じさせない堂々たる演奏に仰天したことを覚えている。この時のことはブログに書いた。Vol. 2 は何かの理由で見逃している。やむをえぬ事情があったはずだが、こうなると見逃したことが悔まれる。

 これで一応野村誠のアコーディオン全部やりますはめでたく完結となった、はずだが、終演後大田氏が実はまだあるんですと言いだした。共作や新作があるというのだ。

 音楽家にとって Winds Cafe は何度でもやりたい場なのではないか、とここで先ほど浮かんだ思いが戻ってきた。ひょっとするとクラシック演奏者、特に若い人たちにとって Winds Cafe に出られることは一種の憧れの的になっているのではないか。これまでの経験からして、こういう直感はえてして半ばかそれ以上当っている。

 そう感じる理由の一つはここで聴かれる演奏が、どなたも実に活き活きしているからでもある。心底やりたい音楽を、とことん演れることが愉しくてたまらないのだろう。ジャンルにかかわらず、演奏者が心から愉しんでやっているかどうか、聴く方はわかるものだ。そして聴く方もまた愉しくなる。最高の演奏、音楽が生まれるのはそういう時だ。Winds Cafe ではそれが起きる確率が極めて高い。人間のやることにパーフェクトは無いから絶対そうなるとは言わないが、限りなく百パーセントに近い。毎回、奏者も演目もリスナーも違うところも影響しているかもしれない。気候がどうだなどと言っていられない。Winds Cafe には通わなくてはならない。(ゆ)

野村誠作曲「アコーディオン協奏曲」(2008/2025)
松原智美: accordeon
野村誠: piano

野村誠作曲 アコーディオン5重奏「おっぺけぺーの種を撒け」(2014)
大田智美: accordeon
松原智美: accordeon
水谷風太: accordeon
坂口拓: accordeon
高橋芽生: accordeon

 final TONALITE を使いだして1か月経った。この年末年始を含む1か月は TONALITE に始まり、TONALITE に終る日々だった。



 他の追随を許さない画期的で突出した製品やサーヴィスはゲーム・チェンジャーと呼ばれるが、TONALITE はあたしにとってワールド・チェンジャーとなった。オーディオの世界が百八十度変わってしまった。というよりはこれまで世界だと思っていたものが平面で、TONALITE によってそこから垂直に上へ飛びだしたけしきだ。

 こういう世界の変わり方を味わったのは遠い昔、CDウォークマンを買って音楽を外に持ちだした時以来だ。あの時は音楽がスピーカーから解放された。音楽を聴くにはスピーカーの前に座らなければならなかったのが、どこでも聴けるとわかったのだ。それまではスピーカーの前に座る必要があることすら意識していなかった。そこから解放されて初めて、実は縛りつけられていたことが明らかになった。

 いざ解放されてみると、目に映る景色によって音楽の聴こえ方が変わるし、目にする景観も聴こえる音楽によって変わる。それ自体がまったく新しい体験だったが、それ以上に、音楽はどこでどんな形で聴いてもいいのだ、むしろそうしてこそ発見できるものがある、音楽の別の位相が聞えてくる、ということを教えられた。わかってみればあたりまえのことなのだが、ウォークマンとヘッドフォンが出現するまでは、そしてそれを自分で体験するまではまったく思いもよらないことだった。

 イヤフォン、ヘッドフォンの無線化のため、本体にアンプとチップが入った。チップはDACとDSPを担う。スピーカーで言えばDACやDSPとアンプの入ったアクティヴ・スピーカーに相当する。プロのモニタ用アクティヴ・スピーカーでは、部屋の特性を測って出音をこれに合わせる機能はデフォルトになっている。無線のイヤフォン、ヘッドフォンでは音が出るのは部屋ではなく、個人の耳だから個々の耳に合わせるパーソナライズが可能になった。すでにいくつかの製品が出ていて、いずれも耳を計測し、それに出音を合わせる手法だ。

 TONALITE はTWSによって史上初めて可能になった出音のパーソナライズをもう一段深化させた。イヤフォンの聞こえ方のパーソナライズではなく、個人の聞こえ方全体をシミュレーションしてイヤフォンの出音をそれに合わせる。耳の中だけからイヤフォンを開放した。

 すると聞えてくる音は現在のテクノロジーに可能なかぎり、イヤフォンをつけていない状態で理想の空間つまり部屋で聴いているものに近くなる。この理想の空間というのがミソだ。TONALITE があれば、いつでもどこでも理想の空間で聴ける。

 これは従来のオーディオ製品の作り方とは対極にある手法だ。従来のオーディオ製品はイヤフォンに限らず、スピーカー、アンプ、プレーヤーすべて、それを作った人たちが「良い音」と考える音を出すように作られている。作り手はこれがあなたにとっても良い音でしょうと提案している。ユーザーはその中からなるほど「良い音」だと共感できるもの、自分の音の嗜好に最も近いと感じられるものを選ぶ。選んでいるつもりなのだが、自分の嗜好を自分で的確に把握するのは至難の技だ。まずたいていの場合、他人の言うことに左右される。評論家やショップ、メーカー自身、あるいはネット上のインフルエンサーの言うことに簡単に左右される。値札の数字にも左右される。さもなければ、単純に音が変わるだけで良くなったように感じてしまうこともある。

 いずれにしても、従来のオーディオ製品は少々大袈裟に言えば、帯に短かし、襷に長し、というやつだった。自分が好きな、と自分では思いこんでいる音に、ぴったり同じにならないことは覚悟の上だった。オーディオ製品には限界があるものだ。ここまで望む音に近ければ、これだけの金額を出してもいい。言ってしまえば妥協の産物である。TONALITE にはその限界が無い。

 TONALITE はそれ自体として他よりも音が良いですとは言わない。作る基準、製品のめざすところがまったく違うからだ。従来の基準に照らしても高い水準の製品ではあるが、それが目標ではない。メーカーは製品それだけで「音の良い」ものを作ろうとしていない。むしろ、従来言われている意味で「他よりも良い音」というのは存在しないと言っている。あるのはユーザー/リスナー各々に合っている音か、はずれている音だけだ。リスナー個人に合えば、それがリスナーにとって良い音どころかベスト、最適の音になる。合っているかどうかの判断は、簡単にゆらいでしまう主観によらない。その人の体の形という客観的データによる。リスナー側から言えば、オーディオ製品としてより良い音よりも、聴いてより気持ちの良い音になる。

 CDウォークマンによってあたしにとって音楽がスピーカーから解放された。TONALITE によって音楽がオーディオ製品の限界から解放された。実現した「理想の空間」で音楽を聴く世界に棲んで1か月。どう変わったかのポイントをあげてみる。

 まず、音楽を聴く時間が増えた。気がつくと TONALITE に手が伸びて聴いている。これまではまったく音楽を聴かない日も結構あったのだが、ほぼ毎日、最低でも1時間は聴いている。たいていは1日の限度として設定している3時間に近い。TONALITE は音楽を聴きたくなるようにそそのかすらしい。しかもより音楽に集中させる。初めて名前を聞くこの人はどんな音楽をやっているのかと、ちょっと聴いてみるつもりが、そのまま引きこまれて聴きつづけることが増えた。聴くのをやめたくなくなるからだ。

 TONALITE の音が基準になった。自分に最適の音であることは、メーカーから言われなくてもわかる。聞えてくる音がいかにも自然なのだ。ひどく曖昧な表現だが、今は他により適切な言葉を思いつかない。聞こえている音のどこにも無理がない。聴くことが快感になる。いつまでも聴ける。ミュージシャンがこう聞こえてほしいと意図した音が聞えるというのはオーディオ製品の宣伝文句の一つだが、まさにそういう音だと思える。実際にそうかどうか、確かめる術はないが、たとえば故意に歪ませた音は、ああこれは故意に歪ませているのだな、とわかる。どうしてわかるのか、自分でもわからないが、そう思える。

 あいかわらず、次々に出る新製品への関心は一向に湧かないが、手持ちのイヤフォンとあらためて聴き比べを始めた。何といっても買った当初は気に入って買ったのだし、まったく捨てて顧ないというのもしのびない。それに、基準としての TONALITE と比べると、各々の性格が明瞭にもなる。

 当初は、一度にいくつもの機種を次々に聴いたが、今回は1日1機種として、より時間をかけている。TONALITE と比べてみるとどれもどこかが歪んでいる。歪むというのは強すぎるとすれば、ずれている。高域がやたら派手だったり、低音が大きかったり、ヴォーカルが近すぎたり、配置がおかしかったり、どこかが TONALITE で聞える音からはずれている。そのイヤフォンだけを聴いていたときはそんなことは感じない。聴き比べではまず対象のイヤフォンで聴く。もともとこの音は好きだと思って買ったものなのだから、ああ、いい音だなあ、バランスもとれている、と聞える。TONALITE に替える。すると、まずはぐっとおちつく。いい音だなあ、と感じる前に、気分がおちついて意識せずに音楽に向きあっている。そして聞えてくる音に比べると、さっきの音はやけにギターが響きすぎだったな、とか、音のテクスチュアがざらついていたな、とか思いだされてくる。TONALITE で聞えるこの音が本来入っている音だと思えてくる。根拠がないといえば根拠はない。しかし、これが本来の音だという感覚はリアルでゆらぐことがない。比較対象のイヤフォンを買った理由、基準は結局バラバラだったとわかる。いや、基準などはなくて、あれも好き、これも好きと買っていただけだった。まあ、ごく大雑把にこういう傾向の音が好きなんだなというのはわかる。

 これまでは無線はまだまだだと思っていた。ZE8000 も両方買ったし、AirPods Pro 3 を TONALITE の前に買っていたから、無線の音が相当なところまで来ていることは認識していたが、まだまだ有線だよ、と思っていた。ケーブル替えて遊べないじゃないかとも思っていた。TONALITE のせいで Bluetooth に関心が湧いた。そうしてみるとソースの機器によって音が違うことにも気がついた。iPhone SE3、iPad mini 6、そして M4チップの入った MacBook Pro で、明らかに音が違う。この順番で良くなる。メインの DAP の HiBy RS2 は無線を潔く捨てているので TONALITE は使えない。その前にメインだった FiiO M11Pro で聴いてみる。いいですねえ。MacBook Pro と比べてみる。あれえ、やっぱり明らかに音が違う。M11Pro の方が貧相に聞える。こりゃ、面白い。どこが違うんだ。MacBook Pro は Bluetooth の Ver. 5.3。M11Pro は 4.2。ウィキペディアではヴァージョンが上がったからといって音が良くなることはない、とあるが、どうなんだろう。もっとハードウェア的な要因なのか。

 TONALITE のこれからを想像してみる。というよりも DTAS のこれからだろうか。

 まずはヘッドフォン。今年中にはと期待。やはり4万くらいだと嬉しいが、TONALITE と同額はないだろうなあ。

 イヤフォンのドライバーによってやはり音は変わるのだろうか。final はハイブリッドはやらないが、MEMS や BA を使ったのを聴いてみたい。

 WiFi のサポート。先日 HiFiMAN がやったように、Bluetooth に加えて WiFi が使えるようにならないだろうか。

 DTAS はイヤフォンやヘッドフォンの中に入れなければならないということもないんではないか。つまり DAC/amp として、ドングルとかポータブル・アンプのサイズにならないか。それを通すと、他社のイヤフォン、たとえば AirPods Pro 3 にDTASをかけるとかできる、というのはどうだろう。そんなもの要らないかなあ。

 パーソナライズはTWSのトレンドの一つで、各社独自の方式を出している。TONALITE は今のところぶっちぎりで深く、精度も高く、従来のものとは異次元だ。DTAS に使われているソフトウェアは永年の研究の成果だろうから、そう簡単に他社が追随できるとも思えないが、デジタル技術の展開は文字通り日進月歩だ。DTAS も使っているのだろうが、AI を利用した、さらに画期的な方式が出てくることはありえる。

 この点はイヤフォンに限らず、オーディオ製品に限らず、資本主義システムによる大量生産品はすべて関わってくる。つまり、世の中で売られているモノは、すべてメーカー側からの提案なのだ。完成品であって、ユーザーが各々の使用環境、方法、習慣、癖、体のカタチとサイズに合わせてどこかを変えることはできない。パーソナライズはできない。せいぜいが完成品を組合わせて、できるかぎり使いやすいようにするだけだ。

 TONALITE は完成品ではない。ユーザーが DTAS によってパーソナライズして初めて完成する。パーソナライズが前提として組込まれている。個人の体験がすべてというイヤフォンでこういう製品が生まれたのは必然であるようにも思える。とまれ、他社もより高度なパーソナライズを追求するはずだ。

 ひょっとすると TONALITE は、パーソナライズ可能な大量生産品の先駆けになるのかもしれない。

 ということまで妄想してしまうのが TONALITE だ。ドライバーはダイナミック。ということはエージングが進めばもっと気持ち良い音になるだろう。3ヶ月後、半年後、1年後にどういうことになっているか。世界はぐらぐらしているが、この行方は確かめたい。(ゆ)

 よしだよしこさんを聴きなさいと言われたのは初夏だった。その人のライヴを企画したから来いという誘いでもあった。〈Black muddy river〉を日本語化してうたっているよ、というのはあたしを誘いだすための殺し文句だった。別途 YouTube の URL も送られてきた。それを聴き、収録されているアルバム《ヨイシラセ》を買って聴いた。同時にライヴへの出席も申込んでいた。


ヨイシラセ [ よしだよしこ ]
ヨイシラセ [ よしだよしこ ]

 場所は誘った友人たちとその一党が月に一度集ってバンドの練習をし、録音もしているスタジオだという。送られてきた住所をスマホのマップに入れて辿ると地下鉄の月島の駅からほど近い。が、地図の示す場所に着いてもそれらしきものはない。狭い路地に住宅が建ちならんでいるだけだ。周囲を回ってみてもやはりそれらしきものは見当らない。しかたがないので一番近そうな路地の入口に腰を下ろし、開場時間まで待つことにした。するとほどなく誘った張本人の片割れが迎えに出てきてくれた。やはり自力で見つけるのはムリとわかっていたのであろう。案内されてみれば、マップの示した個人宅の1階がそのスタジオなのだった。ここの〈亭主〉が実家を隠居所に建てかえたとき、永年の夢をかなえるために造ったものの由。広さにすれば十六畳ぐらいだろうか。25名限定のライヴだ。

 欧米ではこういうハウス・コンサートは珍しくない。フォークやルーツ・ミュージックのミュージシャンたちは頻繁にやっている。

 よしださんはギターとハーモニカ、マウンテン・ダルシマーと御本人の唄。サポートがつくこともあるそうだが、今回はソロ。ここなら生音でもOKと思われたが、ちゃんとコンソールを通し、声も楽器もPAを通す。見事な音響でバランスもいい。おかげで実に気持ち良く、唄も楽器も聴くことができた。

 一時間半ノンストップ。はじめは休憩を入れるかどうか、決めていなかった様子だったが、流れからしてノンストップになったらしい。カヴァーがメインでオリジナルが交じる。ように聞える。カヴァーの方に印象の強い曲が多いからだろうか。カヴァーといっても海外の曲に日本語の詞をつけたものだ。それも訳詞というよりは半分以上オリジナル。まずオープナーの〈シューリルー〉、後半の〈ディポーティー〉〈Black muddy river〉そしてアンコールの〈ベルナデットの唄〉。まったく独自の日本語なのだが、各々の唄がうたっているキモの部分はしっかり押えているのに感嘆する。コーラスでは原詞により近く寄り添う。BMR のコーラス、黒く濁った河のように流れていけ に共感する。生で聴くと共感が深くなる。

 あたしは〈ベルナデット〉はもっぱらジェニファ・ウォーンズで聴いていて、あのコーラスには、とりわけ最後の1回にいつも感動して背筋に戦慄が走るのだが、よしださんの日本語のコーラスにも同じ戦慄を味わう。

 何でも日本語にしてしまうのには賛成できないが、「ディポーティー」とされてしまうことの痛みと重みが、よしださんがうたうと実感される。

 よしださんの唄はフォーク・ソング、民衆歌の基本から揺るがない。弱い人、虐げられた人の声なき声をうたう。本来癒しようもない痛みをうたにくるむことで聴くに耐えられるようにする。聴く者は痛みを一部共有する。それによってすぐに何かが変わるわけではないが、すぐ変わるものはまたすぐ変えられる。めざすのはより深い変化だ。考え方、感じ方そのものの変化だ。

 それにしても凄い唄が続く。〈竹田の子守唄〉の原曲。京都の竹田とも九州の竹田とも言われ、さらにうたわれているのが竹田という場所に限られることでもないそうだ。むろん子どもを寝かしつける唄ではない。

 マリー・ローランサンの詞に高田渡が曲をつけた〈鎮静剤〉。典型として女をうたっているけれど、ことは女に限られるものでもないだろう。

 しかし何といっても衝撃を受けたのは〈クラウディオさんの手〉と〈てっちゃん〉だった。チリからの亡命者であるクラウディオさんと、詩人・桜井哲夫をそれぞれにうたう。

 クラウディオさん(あたしはご本人を存じ上げないが、よしださんのうたを聴いた後ではこうとしか呼べない)が故国にいられなくなり、亡命する羽目に追いこまれた事情、その事情の原因となったかれの父親の行為には身がすくむ。同じ立場に立たされたとしたら、あたしはどうするか。

 てっちゃんとよしださんが新百合ヶ丘から乗る小田急線はあたしが住むところも通る。優先席を譲られたこともあるし、その時も譲った相手は礼を言う間もなく消えてしまった。ハンセン病患者たちに国は謝罪をした。しかし同様を仕打ちをしながら謝罪は愚か、過ちを認めてもいない人たちは他にもいる。そういうこともよしださんのうたは思い出させる。

 よしださんは最初の3曲〈シューリルー〉〈竹田の子守唄原曲〉〈鎮静剤〉を椅子に座り、マウンテン・ダルシマーを弾きながら唄う。弦は指で押える。

 4曲目自作の〈3/4あたり〉から立ってギターを弾く。時折りホールダーをつけてハーモニカを吹く。ギターもハーモニカもそれはそれは巧い。どちらもいい音がする。後で伺ったらギターは日本の個人メーカーの製品の由。

 生で聴いて初めて気がついたのはよしださんの声のうるみだ。どこか喉にからんでいるように二重に響くのが生で聴くとしっとりしたうるみに聞える。スコットランドのダギー・マクリーンの声に響き方がそっくりだ。

 この声と上手なギターによってていねいに唄われるうたはヘヴィで厳しい詞の内容がするりと入ってくる。ヘヴィで厳しいことに変わりはないが、受入れること、共感することができるようになる。心と体のどこかに跡を残す。それをなでると痛がゆく、気持ちよくなくもない、気がつくとなでてしまうような跡。いずれそれについて自分にも何かできるチャンスが来るかもしれない。その時に備えておくために、そこを時折りなでることになるだろう。そこをなでるためにもよしださんの唄を聴くことになるだろう。ヘヴィで厳しく重いことではあるけれど、それをうたうよしださんのうたを聴くのは快感なのだ。

 11月リリースに向けて録音している、とその時おっしゃっていた新作は先頃リリースされた。それを聴きながら、またこの場所で、よしださんの唄を聴きたいものだと思う。(ゆ)


よしだよしこ / 願います [CD]
よしだよしこ / 願います [CD]

 ここ2、3年、所沢で3人で一緒にやる機会があり、たいへん楽しかったので、東京でもやろうということでこの日のライヴ。

 まず前座と称して、澄田氏がソロでやる。あたしは初見参。四十代後半というところ。達者なギター、一級のうたい手。ルーツとしてはブルースだろうか。まずアコースティック・ギターで2曲。1曲目はコード・ストロークのみ。これだけ聴くとフォーク・シンガー。3曲目からエレキ。これはあたしにはちょっと音が大きすぎた。以後も時々音が大きすぎることがあって、いつも持ちあるいている耳栓をする。

 4曲目はサンハウスという日本のバンドの〈あてのない手紙〉。日本のバンドにはからっきしのあたしは原曲を知らないが、澄田氏の演奏はなかなかいい。差し手引き手のタイミングがいい。そこは次の「危険な遊び」をしようというブルース・ロックでも、その次のロックンロールでも同じ。声もいいし、唄も巧いし、ギターも弾ける。なるほど、こういう人もいるのだ。

 一拍あって、小滝氏が加わる。この2人の演奏がまずハイライト。英語のうたなのだが、澄田氏がギターを弾きながら口パーカッションを入れるのが面白い。こんなのは初めて見たが、近頃流行りなのだろうか。口パーカッションも即興で、センスがいい。そのうちメロディが消えて、小滝氏がフリーのアンビエントな音を出すのに、澄田氏もフリーで応じる。ほほう、2人でデッドの Space をやっているぞ。面白い。ひとしきりやって、澄田氏は一度引っこむが、小滝氏がいっかな止めず、プログラミングの音をしきりに出すので、また出てきて応じる。いや、楽しい。こりゃあ、いい。

 休憩が入って松浦さんのソロ。いつもながらギター巧い。今日は声もデカい。アコースティック・ギターのソロの弾き語りで耳栓をしたのは初めてだ。大好きな〈出土騷ぎ〉から始まったのに喜ぶ。〈カモなんです〉が続いて、〈その件について〉は初めて聴く。「ミャクラクなくミャクハクはかる」。曲の中で声をどんどん変える。次は待ってました、〈アサリでも動いている〉。その前にビールを飲むその表情がひどく真剣だ。ほとんど命をかけている。

 ここで澄田+小滝が入ってトリオとなり、〈デーモンとカーバンクル〉。これも初めて。澄田氏のギターがすばらしい。他人の伴奏の時の方が自分の唄につけるよりずっと良いのはリチャード・トンプソンそっくりだ。一方、ギターそのものの感じはジェリィ・ガルシアに似ている。

 かものはしからカヴァーをやってはどうかと提案をうけてやった〈レモンティー〉は松浦・澄田が終始デュオでうたう。おお、ドナ・ジーンとウィアではないか。そう見ると小滝氏はキース・ガチョーに聞えてくる。

 確かにこのトリオはナスポンズとは別の魅力がある。八方破れでもあり、どこへ行くかわからない。ナスポンズは狂気を秘めながら、表の形は整っている。バンドとしての枠組みを保っている。このヨカレのトリオはリズム・セクションがいないことでより自由で開放されている。どんな形もとれる。3人各々の性格がより露わにもなる。ラストの〈ヨカレの唄〉はその奔放さがモロに出ていた。

 アンコールがまた良かった。澄田氏がアコースティック・ギターで〈ラスト・ダンスはわたしに〉。日本語詞は誰か書いたか知らないが、実に見事だ。外国語の日本語版として最高の一つだろう。それを松浦さんがうたうと、原曲はすっぽり消えて、ぞっとするほどのリアリティが出る。松浦さんがにこにこと歌うと、項の毛がそそけ立つ。ナスポンズはスタジオ盤が聴きたいが、ヨカレのトリオはライヴ盤が聴きたい。

 それにしても下北沢の街を見ていると、人口減などどこの国の話だと言いたくなる。(ゆ)

松浦湊: vocal, guitar
澄田健: vocal, guitars
小滝みつる: keyboards

 マヌーシュ・ジャズは熱心なファンではないが、チャボロ・シュミットやストーケロ・ローゼンバーグ・トリオは来日公演を見に行った。アコースティック・ギターが活躍する音楽は何でも好きである。

 なぜかサンプル CD と資料が送られてきた。ありがたく聴いてみれば、こりゃあ好みですよ。はっきり好きと言えるのは、ここ数年ジャズを聴くことが増えているせいかもしれない。ただ、ジャズの主流ではギターは日陰者扱いだ。パット・メシーニィ(と読むのが本来の発音)、ジョン・マクラフリン、ジョンスコ、カート・ローゼンウィンケルなどの登場でエレキの存在は大きくなっているけれど、アコースティック・ギターのジャズはジム・ホールくらいしか聴かれていないようでもある。近年ルイス・スチュワートが続々復刻されているけれど、どれくらい聴かれているのだろうか。

 スチュワートもそうだが、アコースティック・ギターのジャズはラッパやピアノに比べるとおとなしい印象がある。あまり派手なことはやっていないように聞える。よく聴くと、派手ではないかもしれないが、結構スゴく面白いことをやっているのだが、表面地味ではある。

 マヌーシュはジャズのサブジャンルの一つになるのだろうけれども、それだけで一つの世界を作っているようでもある。何よりスタイルないしフォーマットが決まっていて、ほぼそこから外れない。アコースティック・ギターが2本、リードとリズム、ダブル・ベース。フィドルが加わることもある。しかしラッパやピアノが入ることはない。ビートの刻み方もいくつか決まったもののどれかになる。

 むろん制限があるから面白くなるのは俳句や短歌もそうだし、ブルーグラスもその点は共通する。まあ、今のあたしにはブルーグラスよりもマヌーシュの方が面白い。とりわけこのトリオのようなバンドを聴くのは面白く楽しい。アコースティック・ギターを限界まで駆使するところはたまらない。

 TDC は二人の達人ギタリストとベースのトリオで、ギタリストは実力伯仲の双頭バンドであるのもいい。チャボロは人間離れしていたけれども、サブのギタリストはずうっとリズムだけを刻んでいて、それ以外のことをやらせてもらえないのはいささか気の毒だった。チャボロの前では生半可なことはできないにしてもだ。

 手嶋氏と河野さんは実力は伯仲でもタイプが違うのもいい。これはライヴを見るとよくわかる。レコードを聴いているだけだと、そこまではっきりしない。やはり実演を見ることは大事だ。位置はレコードと同じく、右に手嶋氏、左に河野さん、中央奥にベースの阿部氏。

 河野さんは使う音域がどちらかというと低めが多く、あるいは好きで、音に温もりがあり、太く、丸い。

 手嶋氏は音はシャープでクール、ともすると足どり軽く高域に行く傾向があって、清涼感に満ちる。

 演奏そのものがどれだけ熱くなっても、各々の性格は変わらない。

 演奏はイントロがあって、テーマの提示、ギタリストが各々交替にソロをとり、時にベースもソロをとり、またテーマに戻る。というのはモダン・ジャズの定型ではある。このトリオには持続音が無い。ベースがアルコをやることはあるが、特別の場合だ。持続音の無いことと、ギターもベースも残響は小さく短いことで、マヌーシュ自体は音数が多い音楽だが、全体にさわやかになる。あたしが好きなのはまずそこだ。比べるとサックスなどは時に暑苦しくなってくる。

 そしてお二人の妙技。むろん技だけではない。即興には人が出る。細かく言えば、その日何を食べたか、近頃の人間関係はどうかまで出る。この日は3人とも絶好調と見えた。即興のキレがいい。面白いフレーズが湧きでて、意表をつく展開をする。単に交互にソロをとるだけでなく、一小節ごとにやりとりしたり、同時に別々のことをやることもある。そしてたぶんアレンジなのだろうが、きれいにユニゾンを決める。やりながら二人とも笑みを浮かべる。思わず出てしまう。

 そして鮮烈な音。小さなスピーカーで増幅はしていたが、聴いている分には生音が飛んでくる。デビューCDのレコ発ライヴにホメリがあるのを見て、迷わず申込んだ。その目論見はずばりとはまってこの音を浴びられるのは快感。

 どちらかというと後半の方が演奏が良くなっていたと感じた。やはり本当にエンジンが温まるまで時間がかかるのだろうか。リハーサルはしているはずだが、本番はまた別なのだろうか。

 後半2曲目、手嶋氏自作のマイナー調バラードの〈ランドスケープ〉がまずハイライト。その次のマイナーブルースが凄かった。ベースのソロから入って、ギターが細かいパッセージをユニゾンでやるのにぞくぞくする。ベースがメロディを奏で、ギターがかけあい、からみあう。次の次の曲では3人でユニゾンも飛びだす。この曲はイントロから面白い。レコードよりも曲が多彩だ。アルコ・ベースのイントロから始まる〈Made in France〉という曲にはどこかアラブ音楽の雰囲気もある。このバンド、まだまだ全部さらけ出していない感覚も残る。

 アンコールはコートダジュールというムードの曲。コーダで一小節ずつ3人が交互に演奏する。ぐるぐる回していっかなやめない。

 マヌーシュというジャンルないしフォーマットがこの音楽を生んでいるのだろうが、このトリオは面白い。ぜひまたここで聴きたいものだ。(ゆ)

Tokyo Django Collective
河野文彦: guitar(左)
手島大輔: guitar(右)
阿部恭平: bass

 年に一度の独演会。昨年からこの会場になった。面白いのは、木馬座も同じだったが、ステージの上は下足禁止であるらしい。靴下なのだ。昨年、上の助空五郎はタップダンス用の靴をはいたが、専用の板が敷かれた。それで思い出すのは先日見た能舞台でのジル・アパップたちの公演。アパップも含めて全員白足袋をはいていた。これも決まりらしい。裸足ではダメなのだろう。こういう決まりに理屈は無い。慣習というだけだ。ヨーロッパでクラシックのオケの公演なら、演奏する側はもちろん、聴衆側もタキシードにイヴニングで正装するのが慣習なのと同じだ。

 ただ、落語ではない音楽のライヴで靴下というのはどこかおちつかないのである。足元を見なければいいのだし、たいていは無視していられるが、一度気がつくと脇腹をつんつんされる感覚がある。

 もっとも能舞台に足袋というのは納得してしまうものもあるのもこれまた確か。

 岡さんのライヴで靴下というのが気になるのは裸足ではないからかもしれない。裸足はやはりダメなのか。他の人たちはともかく、岡さんが靴下というのが気になる。あたしが靴下が大キライで、自分ではなるべくはかないようにしているせいか。それにつけても思いだすのはリアム・オ・メーンリやキーラのロナン・オ・スノディがステージで裸足でやっていたこと。松本泰子さんも裸足でうたう。ミュージシャンは靴がはけないのなら、裸足でやってほしい。

 というのは文字通りの蛇足。

 今回は岡さん以外の出演者が3組。ちんどんののまど舎は3回連続の登場で、もはやこの人たちなしの独演会は考えられない。この人たちの音楽能力の高さからそれも道理で、岡さんとの共演はいつもハイライトだ。

 後の2組のうちひとつはウクレレ漫談。音楽で笑わせるという点では昨年見たモーツァルト・グループに通じる。この人も純粋にウクレレの演奏だけでも充分メシが食えるだろう。しかし音楽を演奏するだけでは収まらない何かを持っているにちがいない。

 もう一つはマジック。手品師。奇術師。妙齢の美しい女性。音楽とは一応縁は無さそうだ。

 ウクレレとマジックのお2人は岡さんと落語協会の同窓という縁で呼んだらしい。マジックもウクレレも大いに楽しませてもらった。マジックは笑いをとりながら、ちゃんとマジックとしても見せる。ルービック・キューブをネタにしたのは見応えがあった。

 これは岡さんの独演会。誰を呼ぼうとあたしなどが文句をいう筋合いはない。いろいろな芸を見せてもらうのもいい。こういう人たちもいるという紹介、いわゆる推し活もわかる。それでもなお、である。

 あたしは岡さんを見にきている。岡さんの唄を聴きに来ている。それが減るのだ。ありていにいえば3組は多すぎるのではないか。

 今回その少ない岡さんの出番で、あらためてうたい手としての成熟に感じいった。この声の張りと充実は滅多にないレベルにきているのではないか。それに初めて気がついた。というのは遅すぎるだろうが、気がつかないよりはマシではある。

 唄の巧さと MC の下手さはわかっていた。しかしこんなに声が良くなっていたのか。シンガー岡大介はまさに四十にして立っている。うたい手としてこれからが黄金期だ。

 もう一つ喜んだのは高田渡のカヴァーである。高田渡の唄こそは現代の、20世紀後半から21世紀初めにかけての「演歌」と呼んでいい。岡さんが大正・昭和の真の「演歌」に賭けていることは承知している。それも大事だ。しかしあまりにも時代が遠く、うたわれている社会も違っている。高田渡のうたはそのギャップを埋めている。岡流演歌として高田渡をうたうのをもっと聴きたい。レコードも欲しい。

 日曜夜の浅草は内外からの観光客でごった返している。ちょうど中国の大型連休でふだんにも増して増えているらしい。今見て聴いてきた芸と音楽のおかげで、観光客どんどんいらっしゃいの気分だ。それであたしのサイフが太るわけじゃまったく無いにしてもだ。(ゆ)

岡大介:唄, カンカラ三線, ギター
のまど舎=紺野しょうけい:チンドン + ほりごめみほ:アコーディオン
ウクレレえいじ:ウクレレ, 唄, 漫談
小梅:マジック

 TONALITE を使いはじめて1週間経った。どうやら、TONALITE 病にかかったらしい。



 TONALITE 病とは final の社内に蔓延していると、クマさんが紹介動画の最後に触れていたやつだ。

 あたしの症状は、他のイヤフォンが全部要らなくなる、というものだ。手許にあるものはどれも何らかの形で気に入っていたものだが、それがもう要らない。というのは聴きたいと思わないからだ。気に入る、入らないではなく、TONALITE 以外のイヤフォンで聴きたいと思わない。TONALITE があればそれでいい。これで完結。他のイヤフォンは全て売るか、売れないものは捨てるかすることになるだろう。

 一応、聴き比べてみた。聞き慣れた音源を TONALITE と手許にあるイヤフォンとなるべく条件を同じにして聴き比べてみた。そこで出た結論は TONALITE で聴く音が自分が何よりも聴きたいという音である、ということだ。あるいは、これがあたしの聴きたかった音なのだと納得してしまった。どちらかわからない。どちらでもかまわない。高域がどうの、解像度がどうの、というのはあっさり消えて、とにかくこの音をずっと聴いていたくなる。この音で奏でられる音楽をずっと聴いていたくなる。

 もちろんここで言う TONALITE の音とは DTAS で自分専用に設定された音である。

 聴き比べた対象はみな有線モデルだ。さらに、RME の DAC とマス工房のヘッドフォン・アンプに、これも買ったばかりの final の DX6000 をつないだ組合せとも聴き比べた。TONALITE は 当然 Bluetooth 接続だ。音源は M4チップを積んだ MacBook Pro 上の Tidal。しかし、何で接続しているか、有線か無線か、というのも意味がなくなる。TONALITE で聴ける音はあらゆる有線に勝ってしまった。勝るというのは、より高域が伸びるとか、より低域が締まるとか、あるいはより細かい音が聞えるとか、そういう通常、イヤフォンを評価する際に持ち出される項目の話ではない。どちらが好きか、好ましいか、どちらで聴きたいか、という比べ方で TONALITE が文句なく勝ってしまった。それはもうあっさりと勝ってしまった。TONALITE で聴く。比較対象のイヤフォンで聴く。また TONALITE で聴く。するともう戻れない。Bluetooth は音が悪いって。そりゃ、DTAS してない音だからだろ。

 つまり、TONALITE で聴いていると、イヤフォンで聴いているという意識が薄くなり、より音楽にのめり込んでいく。音ではなく、音楽が耳に入ってくる。耳からカラダの中に入ってくる。

 final のサイトにある R&Dコラム vol.2「イヤホンのための音色個人性適用」の中の一節は、事の次第を適確に表現していると思われる。

—引用開始—
私たちが、生楽器による演奏を聴く際に、音を聴いた瞬間に、音色印象に対するオーディオ的な表現によって演奏の生音を評価することはほとんどないと思います。まずは、音楽そのものに向き合うはずです。



ところが、イヤホンでは、音を聴いた瞬間に、音楽そのものに向き合うのではなく、音色や音質の評価を始めてしまいます。なぜでしょうか。これは、音色が正しく再現されていない、あるいは、音色が自然でないということが原因のひとつだと思われます。つまり、音色に問題があった、あるいはいわゆるアーティファクト(不自然な付帯音)があって、それが気になって、すぐに音楽に向き合えなかったということなのではないでしょうか。

—引用終了—

 初代の ZE8000 が出た前後だったと思う。final の細尾社長が、あと2、3年で無線イヤフォンは有線の音を超えますよ、とおっしゃっていた。今、そのことが実現するのを目の当たりにしている。ただ、その時に浮かんだイメージとは実際に起きていることはずれていた。細尾社長の言葉から浮かんだのは、無線イヤフォンの音が最高の有線イヤフォンの音を凌駕するというものだった。実際に TONALITE が実現したのは「最高の音質」ではなく、「最適の音質」だった。誰にとって最適か。あたしにとってだ。すなわち、あたしにとって TONALITE の音は最高なのである。今、これ以上のイヤフォンは、どんなに高いものであっても、あたしのためには存在しない。

 実際の  DTAS の設定では、カメラで耳を写すのにちょと手間取った。右側がなかなかウンと言ってくれない。撮れた写真を見ると、顎が上がっている。あたしは昔から顎を上げているらしく、高校の卒業アルバムの写真でも顎が上がっていたのを未だに憶えている。鼻の頭が切れているようにも見えるが、そこはOKらしい。むしろ、イヤピースを外した状態での測定に不備があったとしてやり直しになる。右の聴力が弱いからか。測定用の音の聞え方が明らかに違う。右の方が小さく聞える。二度目でうまくいく。その後はとんとん進んで、音色係数を決めるために音楽を聴く。iPhone の  Tidal on Amarra でアレ・メッレル、Granny's Attic、ジェニファ・ウォーンズなどなど。ウォーンズはいつもの〈Song for Bernadette〉だが、感動の戦慄が何度も背筋を走る。ウォーンズの声がいつになくはっきりと耳に入ってくる。アレはビッグバンドで、アレンジの秀逸さに脱帽。Granny's Attic は今年出た新作のオープナー。これまた脱帽。いやあ、いいなあ。最後の音色係数をイヤフォンに書込むところでつまずいた。イヤフォンと iPhone の接続が切れてしまう。再度接続して Step 5 から再開をクリック。一度書込み、音色係数選択して書込みして、今度はOK。無事完了。

 初めて外へ持ちだした時、ノイキャンがゆるいと感じた。外の音がずいぶん入ってくる。あたしは左耳の入口が右より小さく、イヤピースのサイズは右が M なら左は S で合うことが多い。今回もそうしていたのだが、どうも小さすぎたらしい。左も M に替えると、ぐんと良くなる。念のため、右を L にしてみたが、大きすぎて、やはり遮蔽がゆるむ。両方ともサイズは M で決定。さらに念を入れて、アジャストリングも S に替えてみたが、これも合わない。デフォルトの M のままが良いようだ。

 イヤピースを合うものにしてあらためて音楽を聴く。低域が違う。ふくらむとか締まるとかいうのとはどうも違う。ピアノの最低音はふくらんで消えてゆく。ダブル・ベースの音はシャープにはじける。ノイキャンも今度はばっちりである。

 いろいろな音源を聴いていると、各々の音楽の真の姿が現れてくる。これまで聴いていたのはかりそめで、TONALITE で聞えるものこそがベールをぬいだ真の姿に聞える。音楽とあたしの間にあって音楽の伝達をぼやけたものにしていた何かが、TONALITE によって無効化される。だから、聴きなれた音楽を聴くと実に新鮮だ。これはこんな曲だったのか、ここでこの人はこんなことをやっていたのか、と耳からウロコが何枚もとれる。

 思えば音楽の真の姿が現れるということを final はずっと追求してきた。MAKE のシリーズを出した時、その本来の目的はユーザーが「自分だけの音」を見つけることだった。final のサイトの MAKE のページにはこうある。

—引用開始—
イヤホン組立体験会は、イヤホンの組立がメインでしたが、フィルター等のパーツを使った音のチューニング方法をお伝えしたところ、 自分好みの音を作れることが好評となり話題を呼び、チューニングに注力したイベントへと進化していきました。

参加者はリピーターが半数を越えます。「自分で音を調整したイヤホンでないと、違和感を感じる」「今まで使用してきた高級イヤホンよりも好ましく、手放せなくなった」と訴える方が続出しています。 それは幸運にも唯一無二の『自分だけの音』を見つけられたということです。
--引用終了--


 「自分だけの音」が DTAS によって最適化された音と同義であることは明らかだ。MAKE は「自分だけの音」をフィルター等のパーツによって物理的に、アナログ的に試行錯誤して発見しようという試みだった。しかし実際にその方法で「自分だけの音」を発見できたユーザーは残念ながらごく限られた。大多数のユーザーは「自分だけの音」を発見する前に、物理的パーツによって音を変えることそのものに夢中になった。それには「自分だけの音」を主観で判断することの難しさもあったと思われる。

 ユーザーが自主的に「自分だけの音」を発見することの限界を見て、final は個々のユーザーの「自分だけの音」を客観的に生成するシステムをイヤフォンに組込むことを考えた。そこで生まれたのが ZE8000 を対象とした JDH だった。アナログによるプロセスに備わる問題をデジタルで解決したのだ。そこでの経験を経て生まれた TONALITE は「自分だけの音」を生むプロセスを大幅に簡略化した。ユーザーに求められるのはパーツの組合せによる試行錯誤ではなく、スマホによる自分の頭部の撮影と耳道内の測定だけだ。

 かくて TONALITE で聞えている音は、MAKE シリーズのページにある、Before と After の2枚の星空の写真の After に相当する。

lighter


 TONALITE を使うことによって、あたしのオーディオ世界像はがらりと変わってしまった。それはコペルニクス的転回と呼びたくなる。TONALITE 以外のイヤフォンへの関心は消滅した。それは final 自身の TONALITE 以外の製品についても同様で、A2000 も S6000 も、TONALITE を使う前は、出たら買おう、聴いてみようと思っていたのが、今は欲しいとも聴きたいとも思わない。次々に出る新製品も、ウン十万もするハイエンド・モデルも、文字通り、どこ吹く風である。ケーブルもポータブル・アンプも存在しないも同然だ。とにかくひたすら音楽が聴きたくなっている。TONALITE で音楽を聴きたいのである。

 ヘッドフォンはイヤフォンとは聞え方が違うから、関心がまったく消えたわけではないが、相当に薄れている。どんなに好みのヘッドフォンで聴いても、TONALITE に勝る音で聴けるはずはないからだ。DTAS を組込んだヘッドフォンが出れば、そこでヘッドフォン探索も終るだろう。

 かくて TONALITE の功罪の「功」ははっきりしている。あたしにとって、現在望みうる、最高のリスニング環境を提供してくれている。

 とはいうもののだ。あたしもマニアのはしくれである。モノを取っ替え引っ替えして遊びたい欲求は人並に持っている。その欲求は TONALITE によって捌け口を摘みとられてしまった。これは「罪」の側面だ。欲求だけが溜まって、いずれ爆発するだろうか。TONALITE の音に飽きる時が来るだろうか。「自分だけの音」に飽きるということが、あるのだろうか。(ゆ)

このページのトップヘ